スクールデイズ

青「橙、これ、委員会のプリント。目通しとけだって」

橙「さんきゅ」

青「じゃあ」

橙「…青、お前ってあんまり笑わないよな」

青「急に何?…そんなことないと思うけど」

橙「せっかく可愛い顔してんだからもっと笑った方がいいと思うぜ?」

青「なっ?!……そんなお世辞なんかいらないわよ」

橙「お世辞じゃねーし。照れるとこも可愛いな」

青「(///) …アンタ、女の子に皆にそんなこと言ってるんでしょ」

橙「誤解だー、んなことねーよ」

青「はいはい」

橙「(確かに女子とはよく話すけど、こんなことはコイツにしか言わねえんだけどな)」

赤「青ー、数学の宿題写させてくれー」

青「またなの?アンタいい加減、宿題ぐらいやってきなさいよ」

赤「だってよ、部活で全力出しちまって帰ったら速攻で寝ちまうんだもん」

青「他の部活やってる人は宿題もやってるわよ?」

赤「奴らとは部活に懸ける意気込みが違うのだよ!」

青「勉強しない言い訳を大声で主張してどうすんのよ…」

赤「ってことでノート借りるぜぃ!」

青「あ、ちょっと待ちなさいっ!」

橙「…楽しそうだよな」

黄「あはは、喧嘩するほど仲がいいってやつだよね」

橙「…こっちが不利だってのはわかってたしな」

黄「は?」

橙「まあ、そっちのほうが面白いか」 ザッ

黄「?」

赤「あー終わらねえ…(ガリガリ)」

橙「おい、赤」

赤「ん、何だ橙?」

橙「…負けねえからな、絶対に。そんだけだ」

赤「は?…………行っちまったし。何なんだ?あ、体育のバスケか?」


赤「体育だ!バスケだ!!」

男子「そんな盛り上がんなくてもw」

赤「健全な男子高校生がバスケで盛り上がんないでどーすんだ!んでもって橙!」

橙「ん、何だ?」

赤「何だ、じゃねえ!さっき負けねえって言ったのコレのことだろ?その勝負受けてたつ!」

橙「(…なんか勘違いしてるし…でも)あ、ああ!…絶対負けねえからな」

青「ピンク、何やってるの?」

桃「なんかね、男子のバスケがすごいんだって」

青「は?」

黄「……」

男子A「橙すげええええ!!!11!!また3ポイント決めた!」

橙「っしッ!」

赤「セコセコ遠くから打ってんじゃねえよ!あああああッ、だあッ!!」

男子B「赤はドリブルで持っていってダンクかよ?!!」

橙「このスポーツ馬鹿がッ…!」

赤「最高の褒め言葉だねっ!」

青「……」

桃「あの2人だけ次元が違うよね…」

青「なんであんな盛り上がってんだろ?」

桃「さあ?」

黄「……………鈍感」

  体育終了後

赤「だあーもう動けねえー!」

橙「……体力ありすぎだっつーの」

赤「そうか?でもやるな橙。いい試合だったぜ、引き分けたけどな」

橙「…点は俺のほうが取った」

赤「ゴールは俺のほうが多いもんねー」

青「あんた達いつまで倒れてんのよ。次が体育の人たちが来ちゃうでしょ」

赤「んなこと言っても動けねえものは動けねえ」

青「いいから早く立ちなさい。ほら、手貸してあげるから」

赤「サンキュ。…よっこらせっと」

青「年寄りくさー」

赤「別にいいだろ」

橙「………。…青、俺も動けねえ」

青「え?あ、はい」サッ

橙「わり。………赤、『次』は負けねえからな」

赤「ん?お、おう」

橙「じゃ先に戻ってるわ」

赤・青「?」


橙「勝ー利ーーー!!」

青「……嘘。なんでアンタが英語のテストで94点なんて取れるのよ!?」

橙「俺の本当の実力?」

青「だってアンタ、いつも平均点ギリギリじゃない!」

橙「寝てんだから仕方ねーじゃん。ってことで青、昼飯おごりな」

青「……わかったわよ」

橙「(……この為に必死こいて勉強したとは言えねえよなー)」

青「一品だけだからね」

橙「わかってるよ。……青、お前は弁当か」

青「だってあるんだから仕方ないでしょ」

橙「……ついでと言っちゃアレだけど、そっちも食わせてくれ」

青「別にいいけど」

橙「じゃあこのサンドイッチもらうわ。……うまッ!」

青「そう?」

橙「すげー美味いよ。青、料理すごく上手いな」

青「そうかな……(///)」

橙「学食の百倍美味いよ。罰ゲーム、奢りじゃなくてお前の弁当もらえばよかった」

青「(///) ……そんなにおいしかった?」

橙「ああ。俺が今まで食ったサンドイッチの中で一番美味かった」

青「あ、ありがとう……」

橙「むしろこっちが礼を言いたいくらいだけどな」

青「……なんかアンタ、最近いきいきしてない?」

橙「ん?」

青「授業でも体育でも休み時間でもなんか前よりしゃきっとしてる。前はいつでもなんかめんどくさそうなカンジを出してたのに」

橙「そうか?」

青「うん。今のアンタのほうがいいと思うよ」

橙「……そっか。……そうだな、俺が変わったって言うなら」

青「?」

橙「譲れないものがあるから、かな」

青「譲れないもの?何ソレ」

橙「さぁね。……そうだな、もし俺がソレを勝ち取ったら、そん時は俺に弁当作ってきてくれない?」

青「はあ?……まあいいわ。アンタがそんなに賭けてるものだもんね。もしそうなったら、お弁当くらいなら作ってあげるわ」

橙「了解。こりゃ余計に頑張んねぇとな」

青「頑張ってねー」

橙「(……待ってろ。俺は絶対負けねえからな)」


コイツはいつからこんなに輝いて見えるようになったんだろう?

「でさ、そのサンドイッチがマジで美味くてよ……」

すごく嬉しそうに今日の昼休みの出来事を隣の席の橙が話しかけてくる。

今日の青へのアプローチは成功したようだ。テンションがやや高い。

「さすが青、料理上手いもんね。私とは一味違うなあ、うん」

「一味のレベルじゃねえ!お前の作ったお菓子とか、もはや化学兵器だろ!」

私だってあんな物体を作り出すつもりなんてなかった。こうやればおいしくなるんじゃないかと工夫を凝らした結果、ああなってしまっただけだ。

「それは黄色サマの愛情表現だと受け取りなさい」

「……お前が俺に殺意を感じているのはわかった」

「ひっどー!可愛い幼馴染の気持ちをそんな風に受け取るなんて!」

確かにあんなものがおいしくいただけるものだとは微塵も思ってないけど、コイツとの会話はこのテンポ、このノリで進めなきゃだめだ。

明るく楽しく元気よく。こうやって今までコイツと接してきたんだから。

「黄、橙。話をやめろ」

せっかく盛り上がってたところを先生に邪魔されてしまった。授業中だからしょうがないか。

橙は小さい頃から何でもできるやつだった。スポーツでも勉強でも大抵人より上だった。……勉強は中学の途中からサボりだしたから並になったけど。

見た目もいいし、明るいし、お洒落だ。コイツの周りにはいつも人がたくさんいた。私はただそれに付いてまわっていることが多かった。

私も性格は明るい方だと思っているので(それをとったら何も残らないかも……)、友達は多いが橙には敵わない。

そして何より、コイツはモテる。

私が知っているだけでも、小学校から数えれば20回は告られている。なかには学校のアイドルとも言われていた人もいた。

だがそのどれも

「俺が本気じゃないのに、遊びで付き合ったらその人に悪い」

とかほざいて断っている。この無自覚女たらしめ。

正直、私は異性としては橙のことが好きと言うわけではなかった。それよりは相棒、みたいな感じがしっくりくると思っていた。

だけど、ある人がきっかけで、橙が変わり始めていた。

「っしゃあッ!」

体育のバスケの試合では、この前に引き続き無駄に熱い戦いが繰り広げられている。

どうやら橙がレイアップを決めたらしい。さっきは鮮やかな3ポイントを決めていた。

これだってそうだ。橙は少し前まで、本気を出すのはめんどくさいと言わんばかりに手を抜いていた。

なのに今では、全身全霊をかけているようなプレーを続けている。

理由は簡単だ。恋敵の赤に負けたくないのだ。つまりは————青の為。

「だあー疲れたー」

橙はへとへとになっているが一目でわかるぐらいグッタリしていた。

汗がまだ出てきているし、整った顔も歪めているし、だらしなく机に突っ伏している。

それでも、いや、だからこそ————今の橙は輝いて見えた。

何かに対してひたむきで、一生懸命な姿が、今までのどんな橙よりもかっこよく見えた。

きっと誰よりも長い間、橙の姿を見てきた私が一度も見たことのない姿を、青のために見せたのだ。

なんでなんだろう。本当なら、あの、赤に橙が宣戦布告したときから茶化しながらも、橙を応援してやるつもりだったのに。

今は、ただこの橙に笑って話しかけようとするだけで、何かが心をもやもやとさせる。

ワタシハイマワラッテハナシカケラレテイルダロウカ?

気づけば昼休みは終わっていた。退屈な午後の授業、外を見やれば大きな雲が青い空を泳いでいた。

いつもならそれだけでテンションが上がってしまうのが私のはずなのに、何故か溜息なんかこぼしていた。

隣の橙は幸せそうに眠っている。

『ああ、私らしくないなあ』と思いながらまた溜息をこぼしてしまった。


赤「青ッ!弁当をわけてくれっ!」

青「は?」

赤「……弁当が足りなかった」

青「食堂とか購買いきなさいよ」

赤「金、無し」

青「はぁ〜……毎回毎回私のところに来るのやめなさいよ……」

赤「だって青の弁当うまいんだもん」

青「そ、そんなこと言ったって誤魔化されないわよっ!」

赤「? なんでテンパってんだよ?」

青「テンパってなんかないっ!」

赤「なら別にいいけどな。ってことで唐揚げいただきッ」

青「あっ!」

赤「うまっ!相変わらずクオリティたっかいなー」

青「あ、アンタねぇ……」

赤「へっ、こんなに美味い料理を作る青が悪い」

青「何よそれ!この食欲魔神」

赤「ひっどー……人を食欲の塊みたいに」

青「あら、違うの?」

赤「おいコラ」

橙「(ったく、楽しそうに言い争ってやがんなぁ……)ちっ……」

黄「おーい、いくらなんでもずっとあっちを見てるのはどーなのよ……橙サーン、おーい。……少しくらいこっちも見てよ……」


私はもう少ししっかりした人間だと思っていた。

私は小学の頃から学級委員とかを任されてきた。中学では生徒会長にもなった。

皆が推薦してくれるし、他にやる人がいないなら……という気持ちでそれらは引き受けてきた。

正直、人から頼られている感じは嫌ではなかったし。

「青ちゃんすごーい!天才なんじゃない!?」

家庭科の調理実習の途中、同じ班の女子にそう言われたが、まあこのぐらいは……と思う。

家事等も一通りできるが、それらも『できなきゃ困る』程度だと思っている。うちの家事は私がほとんどを仕切っているのだ。

それにこの料理だって、小学の頃からの積み重ねだ。

『積み重ね』。これが今の私を支えているものと言ってもいい。

さっきの子が私を『天才』と呼んだが、間違いだ。あえて言うなら『秀才』。才能ではなく、努力によって結果を出すタイプなのだ。

だからこそ、高校に入学当時、私は赤が嫌いだった。

なんか馴れ馴れしいし、授業中はいびきをかいて寝ているし、どちらかといえばうるさいし。

皆の授業中の集中を妨げる、典型的な問題児だと思っていた。

しかし、そのとき私はまだ赤の本当の姿を知らなかった。

去年の秋のことだった。

その日は部活の片づけが遅れてしまい、帰る時間が随分と遅くなってしまった日だった。

ふと赤の部活の練習場を見てみると、なんとまだ人が残っていた。———赤だった。

練習自体はもうとっくに終わっているだろうに、遠目から見ても疲れた様子で、厳しそうなメニューを自らこなしていた。

そして次の瞬間、———赤が倒れた。

訳がわからなかったが、放っておくわけにはいかないので駆け寄った。

「赤っ!大丈夫っ!?」

大声で叫びながら走っていくと、赤はひょこっと立ち上がった。

「あー……?青か。どーした?」

能天気な声ではあったが、かなりの疲労が見て取れた。

「どーした?じゃないわよ。いきなり倒れたからびっくりして来てみれば……」

「ん?ただ脚がつっただけだけど」

この男はそう平然とほざいた。

「大丈夫?っていうか、何でアンタこんな遅くまで自主練してんの?」

たしかコイツの部活はけっこう前に終了しているはずだ。

「何で、って……勝ちたいからに決まってんだろ」

またもや赤は平然と答えた。

「あー……前の大会イマイチだったもんね」

「おう。来年こそは全国だぜ」

全国?この男は今、全国と言ったのか?

「全国?でもウチの学校ってそんなに強かった?」

正直、失敗した、と思った。こんな『無理だ』ということを匂わすことなんて言いたくなかった。むしろ私が大嫌いな類の発言なはずだ。

「関係ねえよ。俺がもっと上手く、強くなればチームだって強くなる」

そう語る赤の顔は先程の顔とは違っていた。———真っすぐで、強い意志を秘めた目。その目はここではない、遥か遠くを映しているように見えた。

間近で見ると赤の疲弊具合はよりはっきりとわかった。呼吸はすごく乱れているし、汗が滝のように流れているし、さっきつったと言っていた脚はまだヒクヒクと軽く痙攣していた。

「ねえ、なんでそんなに頑張れるの?」

つい、そんな問いが口から出た。

「ん?———もう二度と、届かないって諦めたくないからな」

———その時の赤の顔を、私は今だに忘れることができない。今まで見たことのない真剣な顔。その表情は、認めたくはないが……周りが騒いでいるような俳優やアイドルなんかより格好いい、と思えた。

この後のことを私はよく覚えていない。何のことを言っているのか、とか気になることもあったけど、私の記憶にはあの表情だけが鮮明に残っているのだ。

あれから赤のことをもう少し知った。あの馬鹿みたいな自主練は毎日行っていること。朝もそこら中をランニングしていること。それを雨の日も欠かさないこと。男子が笑い混じりに言っていたことだが、アイツなら本当にやっているのだろう。

そう認めたとき、私は心のどこかで赤を見下していた自分に、心の底から情けなさを覚えた。赤はどこまでもひたむきなのだ。その他のもの全てが見えなくなるほどに。

気付けば私は、赤の姿を目で追うようになっていた。

そうか、これがアレか。この気持ちが世間が騒ぐようなアレなのか、と気付くのも随分時間がかかった。

「なあ、青」

赤の何気ない、私を呼ぶ声。これを聞くだけで一瞬ドキッとしてしまう。

最近では、橙の目もあの時のアイツみたいに真っすぐで、驚いてしまうこともある。

全く、私はいつからこんな『女の子』になってしまったんだろうか。私はもう少し、こんなことには流されない、しっかりした人間だと思っていたのに。

そう思って軽く息を吐いたが、この悩みがそんなに嫌じゃないって思っていることは絶対に秘密だ。


初めて、『絶対負けたくない』と思えたんだ。

小さい頃から、大体のことはそれなりにできた。でもまあ、自慢するほどじゃないと思ってたし、威張ることは格好悪いと思ってたから威張り散らすようなことはしたことはない。

でも、ある程度はできるからどこか手を抜いていた部分はあったと思う。つまり、あんまり本気にはなったことがなかった。

「ねえねえ橙くん」

なんだかよくわからないが俺の周りには男子より女子のほうが多い気がする。別に仲良くなることは悪いことじゃないから相手はするけど。

正直、告られたことはそこそこある。でもこっちが本気じゃないのに付き合ったりしたら相手に悪いと思って、付き合ったこと自体はない。

黄なんかには「天然なたらし」とか言われるが、こっちにはまったくそんなつもりはない。

ただ……

「アンタ、何やってんの?」

休日に買い物をしてたら、偶然青に会った。強気な目、整った顔立ち、揺れるポニーテール。彼女の特徴の一つ一つを見るだけで幸せな気分になる。ラッキーな出来事についにやけてしまいそうになった。

「何って、買い物」

「ずいぶんぼーっとしてたけど」

それはお前のことを考えたからだ、と言ったら青は信じるだろうか。どっちにしても青は顔を赤くして照れるだろう。その顔を見たいとも思ったけど、まあ抑えておいた。

「そうか?」

当然ながら青は私服だった。制服も似合うが私服姿は余計に可愛らしく見えた。「似合うな、その服。すげー可愛い」

アピールというよりも思ったことを口にしただけだ。

だが彼女はその言葉にも赤くなってしまった。

「な、何言ってんのよっ?!」

「いや照れなくていいって、そう思っただけだし」

「……どーせアンタは誰にだって同じようなこと言ってるんでしょ?」

まったく、俺はそんなに軽いイメージを持たれているんだろうか。可愛い、なんて滅多に人に言ったりしないのに。

「んなことねーって」

つい苦笑をしてしまった。

ホントに、なんで俺はコイツのことになると、こんなにも必死になってしまうんだろうか。コイツのせいで一喜一憂してしまうのも、みっともないかなと思いつつも、実は悪くはないかなと感じていたりもするんだ。

「でさ、内藤のヤツがさ……」

「……うん」

登校途中で黄に会ったので、話しながら一緒に学校へ向かう。

「……どうした、黄?なんか最近おかしくないか?」

近ごろ、黄の様子が少しおかしい気がする。ノリが悪いというか、いつも彼女の明るさが半減しているように思う。

「えっ?!そんなことないって!年中無休で元気ハツラツ☆オロナ〇ンC♪な黄色サマは健在ですっ!」

「ならいいけどよ」

今のハジけた物言いもどこか無理をしている気がする。

「……」

ほら、黙った。黄は沈黙なんか似合うヤツじゃない。悩みがあるなら言ってくれてもいいのに。……まあそこまで信頼されてもいないかもしれないが。

「青っ、頼むっ」

「……またなの?」

教室に着くと赤が青に頭を下げていた。どうせ宿題を写させてもらうんだろう。

……こういうところで差を見せ付けられるのはキツイ。なんたってこのやりとりをしてる時の青は、とても楽しそうなのだ。まだまだ差は広い。

「よお青、赤」

別に邪魔をするわけじゃないが、二人に声をかける。

「おはよ、橙」

青の燐とした声も俺は好きだ。こうしたちょっとしたやりとりでも好感度は上がると信じたい。

「おっす、橙」

恋敵、ではあるがつっかかってみればみるほど、なるほど、赤はすごくいいヤツだとわかる。まったくもって、嫌な相手に宣戦布告なんてしたもんだ。

……まあ、負ける訳にはいかないが。

「橙、今日のバスケは負けねーぞ」

そういえば今日は体育がある。こっちだって負けてやるつもりは微塵もない。

自分が実は相当な負けず嫌いだった、ってことは最近ようやく実感してきた。


やだなあ……また、いつもみたいに笑えてない……

朝。目が覚める。準備をして学校に行く。と、いつもの私ならここまでで『今日も元気に頑張ろうっ!』っていう気分になってるハズなのに、最近はダメだ。

原因はもう自覚してる。橙のせいだ。———もう少し、恋だの愛だのってやつは楽しいものだと思ってたのにな。

今ではソレが原因で気分が盛り上がらない日が続いている。

「おーっす、黄」

歩いていると後ろから橙の声が聞こえた。家も近いので、登校時に一緒になるときも結構ある。

———気づかれちゃいけない。

橙に私がおかしいことは絶対に悟られてはいけない。私は必死に、『いつもの私』に切り替えた。

「いよっす、橙。今日も太陽がサンサンだねえ。……太陽だけに」

「わざわざ涼しくなるような配慮ありがとさん」

「あ、今の最後の、さん、は上手いことやったつもり?!」

「ばれた?って、違うっつーの!」

うん、いつも通りの会話だ。すらすら出てくるはずの言葉を、考えて、なんとか取り繕ってるあたりもまずいなあ……とは感じているんだけど。

昼休み。弁当をさっさと食べた橙は、青への特攻をかけに行った。

まったく、アイツは青に対することに関してはなんであんなに一生懸命になるんだろう。……まあ好きだからなんだろうけど。

少しでも、ああいう目で私のことも見て欲しい、ってのは無理な願いだとは思うけど、毎日のようにあの姿を見ていると、さすがに青に羨望の念を抱いてしまう。

……私のほうが付き合い長いのにな。

部活帰り。また橙のことが頭に浮かぶ。いい加減にしてほしい。アイツのこと考えたって気が重くなるだけなのに。

「おーい、黄ぃー」

なんと橙に遭遇した。すごいラッキーだ。

「あのさ、聞いてくれよ———」

いつものノリで会話が始まる。楽しく明るい橙との会話が。

———楽しいはずだ、ラッキーなはずだ、嬉しい出来事のはずなんだ。

なのに、なぜか昼休みの青に対するコイツの目を思い出してしまった。

ワタシモアンナメデミテヨ……ナンデフザケテバカリナノ?ワタシニモ……ワタシニモ……

「そんなへらへらと話しかけないでよッ!!」

気付けば私は信じられないようなことを叫んでいた。

私は何でこんなことをやってしまったんだろう?橙は呆然とこっちを見ている。当然だろう。

「ご、ごめんっ!私、何言って……」

それだけ言うと私はその場から逃げ出してしまった。もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

「おいっ、どこ行くんだよっ!」

橙の言葉にも振り返らず、私はひたすら全速力でその場から離れた。

「はあ……はあ……」

あてもなく走りまくって疲労が溜まりきった後、私は公園のベンチでうなだれていた。

あんなこと言うつもりじゃなかったのに。橙は怒っているだろうか?呆れているだろうか? 
「……ははは」

口からは乾いた声しか出てこない。気付けば涙まで流している。

信じられないよ。なんでこんなにおかしくなっちゃったんだろう?ただ橙が好きなだけなのに。

昔、鬼ごっこで調子に乗って逃げてたら全く知らない場所まで来てしまっていたことがあった。

私はなすすべもなく、ひたすら泣いていた。

だんだん夕焼けが暗くなってきて余計に寂しさが募っていた。

周りの大人に何を聞かれても泣きじゃくって、大人たちも困り果てていたと思う。

そんなとき、1人の男の子が私を見つけてくれた。

息を切らせて、その子は私に言った。

「どこまでにげてんだよっ!しんぱいしただろっ!」

その子の姿を見て、心底安心したのを覚えている。どんな大人が優しく話しかけてくれるよりも、その子の言葉がとても嬉しかった。

……そういえば、あの時あの子はホントに一生懸命私を探してくれたなあ……

「どこまで逃げてんだよっ!心配しただろッ!」

その声に反応にて顔をあげると、———汗だくで、肩で息をしている橙の姿があった。

……私のことを必死に探してくれてたのかな?そう思うと、ありがたさと申し訳なさで胸がいっぱいになった。

そして気付いた。コイツはたった今、私のために一生懸命になってくれた。

そのことの嬉しさ、なぜかこみあげてくる安心感をこらえきれず、また泣き出してしまった。

「泣け泣け。……俺なんかじゃ人を慰めるなんてことはできねーけど、お前が泣きやむまで隣にいてやるから」

嬉しかった。隣に橙がいてくれると思うと、心が軽くなったように感じた。

「……あり、がとっ……ッ……」

「最近、お前、キツかったんだろ?無理してたんだろ?よく頑張ったな」

無理してるのはあんたのためなんだけどなあ……なんて言えるはずもないけど、それでもだいぶ楽になった気がする。

少しずつ、嗚咽もおさまってきた。

「よし、泣き止んだな。んじゃ、もうちょい落ち着いたら行こうぜ」

もう少しで帰らなきゃいけない。そう思うと寂しさがまた襲ってきた。

……今日ぐらい、もう一個だけわがままを聞いてもらっていいかな? 
ちょっとだけ勇気を出して、橙の手を掴んだ。

「なっ……」

橙は案の定、焦っていた。まあ今日ぐらい許してよ。

「少しだけ、このままで……。……ちょっと充電させて。明日になったら、きっと元の私だから。……だから、ちょっとだけ……」

橙は笑ってくれたと思う。久々に見たような優しそうな笑顔で

「いいぜ。……元気出せよ」

と励ましてくれた。

うん、充電は完了。明日からは完璧に笑ってみせるよ


陸上なんてのは、まあ、孤独な戦いだと思う。

走って走って走って走る。その一歩に、フォームに、自分の全集中を傾けて。

つらいし、きつい。でもここで自分に負けたら、今は見えない数多くのライバルに負けることにつながるだろう。

負けたくないのなら、人よりも1本でも、1メートルでも多く走るんだ。妥協はしない。絶対に負けたくないのだから。

「……ふぅ」

誰もいないグラウンドにどっかりと座り込む。こんな広いグラウンドに一人でいるとさすがに淋しさみたいなものを少し感じる。

一通りの自主練を終え、ストレッチをしながら一息ついた。ストレッチは重要だ。筋肉をしっかり伸ばし、疲労を溜めないようにする。疲労が溜まって肉離れ、なんて最低だからな。

「おーい、赤ー」

ふと後ろから声がした。聞き覚えのある声に振り向く。

「アンタ、今日も自主練してるんだ」

「マジでこんな時間まで自主練してんのかよ……」

青と橙だ。

「おっす。お前らは何してんだよ?デート?」

俺はともかく、なんでこいつらがこの時間まで残ってたんだろ?

「ち、違うわよっ!そんな訳ないでしょっ!」

「それならどんなにいいか……ボソ) 違う」

ん、速攻で否定された。別に悪くない組み合わせだと思うけど。

「体育祭実行委員の話し合いがあったの」

「細かいルールの確認とかで時間かかったんだよ」

そういえば体育祭が近づいてる。こういう行事の実行委員はとんでもない忙しさになるんだろう。

「体育祭か……橙、お前何に出んの?やっぱバスケか?」

「まあな」

なかなかどうして、橙の運動神経は抜群だった。なんで運動部に入ってないのか疑問に思うほどだ。すぐにエースだろうに。

特に最近の体育のバスケは橙の全力プレーが炸裂している。おかげで随分盛り上がっている。

「アンタ達二人が出るなら結構いいセンいくんじゃない?」

「出る以上、目指すは優勝だ」

とりあえず、負けんのは嫌だ。先輩だろうが、勝たせてもらう。

「熱いねえ、赤」

橙が若干笑って言う。む、なんかバカにされた?

「うるせえ!お前も燃えろ!」

負けず嫌い精神全開だ。つーかこの世に負けるのが嫌じゃない奴っているんだろうか?

「はいはい」

コノヤロウ、あんまり乗ってこないな……。

「じゃあ橙、体育祭でも勝負な」

「は?」

橙は面食らった顔をしている。ふふん。

「だから、勝負。たくさんゴール決めたほうが勝ちな」

「……。いいぜ、負けねえ」

ほら、乗ってきた。コイツだって負けず嫌いなはずだ。目が真剣だし。

「んじゃ、勝ったほうに……青の弁当ッ」

「はあ?!」

青がすごいびっくりした顔でこっちを見た。

いや、俺も奢りとかにしようと思ったけど、もし負けたら、と思うと……。確か財布には百円玉すらないはずだ。ない袖は振れない。

ってことでとっさに思いついた。いいんじゃないだろうか、うまいし。

「……了解。ぜってー勝つ」

若干、橙がよりマジになった気がする。そんなに食いたいのか?確かにうまいけど。

「ちょっと、人の許可も取らないで何勝手に話進めてんのよ?」

「嫌か?」

「え、あ、……別にいいけどさ」

ん、問題なし。なんだかんだで青は頼みごとを聞いてくれる。優しいヤツなんだろう。

「決まりな。……ってと、そろそろ帰りますかね」

一応、やっときたいメニューはこなしたし。

「どうせだから待っててやるよ。さっさと着替えてこい」

……そういえば誰かと帰るのは久しぶりだな。まあ毎日一人で残ってるんだから当然だが。

「了解。マッハの着替えを見せてやる!」

「バッカじゃない?」

全速で走ったら、青に笑われた。

こういうのも悪くないな、と思った。やっぱり、友達ってのはいいもんだな。

マッハの着替え、有言実行。30秒もかかってないはずだ。……そのせいで汗も拭いてないからYシャツの背中とかが大惨事になってる気がするけど。

とりあえず二人が待ってる。急いで戻って、皆で帰ろう。今日の帰り道はいつもよりも疲れを感じないようなものになるだろう。


友達って、こんなにいいもんだったっけ?

部活の帰り、青、橙と一緒に帰る。会話なんて他愛無いものだ。馬鹿話して青につっこまれたりとか。そんな当たり前の会話が、とても楽しかった。

そういえば最近、あんまり友達とかと長い間喋ったりしていない。『アレ』以来、部活にばっか集中してたしな。

だからこそ、この会話が久しぶりで、とても楽しいものだった。何だよ俺、けっこういっぱいいっぱいだったんじゃねえか。

「あ、俺こっちだわ」

橙が途中でそう言った。もう少しいてくれてもよかったのに。まあ仕方ない。

「マジか。んじゃな」

「じゃあ、また明日」

若干大げさに手を振ってみる。青も橙もちょっと笑ってた。いいじゃん、別に。

「俺一人かよ。———ちぇ。じゃあな」

と思ったら、案外橙も複雑そうな顔をしてた。ヤツも淋しいんだろうか?

「でさ、その合宿所のメシがすっげーマズイんだよ。なのに山のように出してくるんだよなー……いじめかよって感じだー」

「まあ、合宿所のご飯に期待するのも間違いではあるけどね」

青と二人になっても会話は続く。こうしてるといつもの距離が短く感じるから不思議だ。

「そういえばさ、あんたの次の大会っていつなの?」

「ん?近いのは来週」

陸上はけっこう記録会とか大会とかが多いのだ。ちょっと面倒だが、モチベーションを落とさないためにはいいのかもしれない。~「来週って、すぐじゃない」

「まあな。でもたいしたやつじゃないし。目標は来月末、〇日の大会だ」

俺としては、来月末のほうに照準を合わせている。狙うは自己ベスト、んで優勝。

「え?その日って、文化祭の前日じゃない」

……マジか。でも文化祭なんて模擬店をちょっと手伝いながら、フラフラ遊んでればいいはずだと俺なんかは考えている。疲れていようが問題ない。

「マジで?でも俺は遊び倒すけどな」

「馬鹿体力ね……」

「魔神と呼べ」

「はいはい……」

青は呆れ顔だが、そんなに嫌そうでもない。

いつもなら重い足を引き摺りながら歩くような帰路を今日はむしろ、もっと続けばいい、なんて思ってる。……友達がいない訳でも、寂しがり屋な訳でもないはずなんだけど。

「あ、私こっちなんだ」

そんなことを思っていると、そう言われた。青の家の近くまで来てしまったらしい。ちぇ。

「ああ、じゃあな」

惜しみながらも軽く手を挙げて声を掛ける。

「うん。———赤」

「何だ?」

名前を呼ばれ、歩きだそうとした足を止めた。

「今度の大会、頑張ってね」

その時、涼しげな風が通り抜けた。柔らかささえ感じたその風で、青の前髪がさらさらと揺れた。

ちょっとぼやけた月の光の下で、少し微笑んでそう言った彼女は———綺麗だった。

「あ、ああ!もちろんだ!」

不意打ちをくらい、動揺してしまった。何してんだ、俺……。

青に手を振って別れる。どうしてか、さっきの青の表情が頭を離れない。

通り抜けた風、ぼやけた月光、彼女の微笑み。

認めるのがなんかアレだが、素直に見惚れてた。やっぱ女ってすげえな、なんて自分でもわかるくらい的外れなことを考えながら、自分も帰路に着いた。

いつもより足も心も軽い帰り道。歩いていると、もう一度、あの風が吹いた。


桃「青ちゃん、青ちゃんって髪キレイだよね」

青「そう?」

桃「前から思ってたんだけど、ツインテールとかも似合いそう」

青「え、そうかな?」

桃「ということで、やってみていい?」

青「え、ちょっと待って、え、あ、アーッ」

桃「(計 画 通 り)」

桃「ねえねえ赤くん、橙くん」

赤「ん?」 橙「何だ?」

桃「じゃーん!青ちゃんに注目!」

青「桃、あんたね……」

赤・橙「うわっ?!」

青「う、うわっ、って何よ!私だってやりたくてやってるわけじゃ……」

赤・橙「(可愛い……)」

赤「(ウサギみたいだ……)」

橙「(ツインテールも似合うな……てかその可愛さは反則だろ!)」

青「まったく……桃、もう直すわよ」

橙「いや、似合ってるよ青。めっちゃ可愛い」

青「えっ?///」

橙「ホントだって。俺、見惚れてたし」

青「そ、そんなこと……///」

赤「俺もそう思う……」

青「赤までっ?!」

赤「あ、ああ……///」

桃「(ふふ、こういうところは橙くんがリードね。赤くんも照れちゃって可愛いww さて、青ちゃんはどっちの王子様を選ぶのかしら?楽しみだわww)」


男「体育祭の出場競技を決めたいと思います。1人2種目は最低でも出てください。めんどいんでさっさと決めるぞ野郎ども」

赤「はい!俺、バスケ!あと橙も!」

橙「おい!……まあ出るけど」

赤「狙うは優勝だからな!3年にも負けん!」

橙「確かに狙えっかもな」

赤「おうよ!とりあえず作戦はだな……」

男「で、男女混合ペアのテニスが男女両方2人づつ残ってんだけど……女子は一通り決まったか。誰か三種目め出てくれないか?あと、誰かそこのバスケ談義やめさせてテニスやらせろ」

赤「あ、わりい」 橙「つーか残ってんのテニスかよ」

男「自業自得だ。で、女子、誰か頼む」

女「……」

青「(周りを見て)……はあ。いいわ色無、私が出る」

男「あ、いいの?さんきゅ」

赤・橙「!!!」

黄「……。色無、私もやる」

男「よし、決まりだ。あとはペアは各自で決めてくれ」

赤「で、どうする?俺はどっちもいいけど」

橙「!?……俺も別に」

黄「(嘘ばっかり……)私もどっちでもいいよ」

青「じゃあ……公平にじゃんけんで」

   じゃんけんぽい!

勝ち 赤・青   負け 橙・黄

赤「青か。よろしく、絶対勝つからな」

青「まあ、頑張るわ」

橙「結局お前かよ。いまさらコンビネーションもクソもないよな?」

黄「もち!やる以上は勝つよ!」

桃「(ふふ、面白いわねwwこれは黄ちゃんにもチャンスかしら?)」

赤「テニスも頑張っけど、やっぱメインはバスケでしょ!」

橙「お前ホントに燃えてんなー」

赤「当然。勝負のこと忘れてねえだろうな?」

橙「……当たり前だろ。ぜってー負けねえ」

赤「それはこっちの台詞だぜ」

?「おい、赤」

赤「んあ?……黒……」

黒「よお。お前は体育祭はバスケに出るのか?」

赤「……ああ」

黒「そうか、俺もだ。ああ、体育祭の日は白も来れるように頑張ってるぞ」

赤「———そっか」

黒「じゃあ。体育祭はお互い頑張ろうぜ」

赤「……」

橙「おい赤、どうした?」

赤「……いや、何でもない。何でも……」


勘弁してほしい。調子が狂ってしかたない。

「体育祭の一回戦、一年だってよ」

「……へー」

体育祭まであと二日。各種目のトーナメントの組み合わせが発表された。

その結果を赤に知らせてみたら、このザマだ。

「ラッキーだろ?まあ三年でも負ける気はしねーけど」

「……だなー」

うわの空。ふざけんな。この前はめちゃくちゃ俺のことを焚き付けといて。普段のこいつなら、むしろ自分でトーナメント表を確認しに行きそうなのに。

「赤、お前なんかあった?変なものでも食ったのか?」

いくらなんでもあんまりだろうとつい聞いてしまった。

「あ?……いや、何もねえさ。何もない」

「ならいいけどよ」

本人が言わない以上、あまり追求はできない。うーん、謎だ。

ってことで体育祭を迎えた。めんどくさい開祭式を終え、皆それぞれの競技会場に向かう。

俺たちはバスケなので当然体育館だ。

「おっしゃ、いくぞテメーら!ぜってー勝つ!」

赤が張り切って先陣をきる。どうやらあの変な雰囲気は払拭したみたいだ。

てか、一年相手の試合なんて結果は言うまでもないでしょ?

あえて、そして強いて言うなら、得点・ゴール数ともに赤より俺のほうが多い。よし。

「橙、次は三年みたいだぞ」

赤がタオルをオッサンのように首から垂らしながらやってきた。

組み合わせとしては順当だ。でも負ける気はしないね。

「すぐ試合か?」

「いや、そこそこ時間空く」

スポーツドリンクでも買ってこようか。そう思っていると、他のクラスの生徒が近づいてきた。

確か……黒だ。後ろには見慣れない子を連れている。

「よお赤、順調か?」

黒は赤に気軽に話し掛けてくる。去年同じクラスだったのだろうか?

「……ああ。まずまず、だよ」

心なしか、赤が黒と接するとき、ぎこちない感じがする。

「そうか。それとな、見てわかるだろうが、今日は白が来れたんだ」

「赤くん、久しぶり」

白、と呼ばれた少女が赤に小さく手を振りながら声を掛ける。

肌が真っ白だ。線もずいぶん細い。あまり快活そうではないな。……と俺は何を見てるんだ。

「お、おう」

やはり赤はどこかぎこちない。

「お前達が次勝てば、俺たちとあたる。絶対に勝てよ」

黒はその目をまっすぐと赤に向けた。……自分達が勝つことは決まってる、みたいな言い方だな。

「さっきの試合も見てたが、橙、君うまいな。気を付けさせてもらう」

「お、マジで?軽めに頼みよ?」

俺、この会話に初参加。なんだか部外者は入っちゃいけない感じがしてたし。

「いやいや、こちらとしても勝ちたいからな。全力を出させてもらう」

普段通りの口調にも、『真剣さ』がにじみ出てる。意外と熱いヤツなのかも。

「じゃあ、そろそろ試合だから。赤、勝ち上がってこいよ」~「頑張ってね」

黒はやや強い口調で、そして白はとても優しく赤に声を掛けて、きびすを返した。

白の歩調はゆっくりで、黒はそれをいたわりながら白にあわせて歩いていく。……まあ、そういうことなんだろう。

隣の赤は、複雑そうな顔をしている。正直、嫉妬かな?とも思ったけど、多分違う。嫉妬でも、失意でも、後悔でもない表情の赤になんと声を掛ければいいのか、俺にはわからなかった。

それでも、試合はやってくる。

何もできない、って思ったの、もしかして初めてかもしれない。

体育祭、バスケ2回戦。うちのクラスは3年生が相手だった。結果は勝利。満足するべきもののはずだった。しかし……

「赤、なんだよあのプレー」

「……わりぃ」

「いくらお前でも一人で持ちすぎだろ。ディフェンスにも戻ってこねえし」

「ごめん」

赤と橙があまりいい雰囲気じゃないのだ。なんか、赤がいつもの感じじゃないし。

「……別に謝んなくてもいいけどよ」

橙もそんな赤に戸惑っているように感じる。

少し考え、頭を掻いて、意を決したようすで橙が再び口を開く。

「お前さ、黒とかとなんかあったのk」

「関係ないっ!何もねえよ!」

その言葉を遮るように赤が大きな声を出した。

「……わりぃ。頭冷やしてくる」

橙も、私も、周りもどうしていいのかわからずにいた。

次の試合、相手は同じ2年生だった。結果は———負けだ。相手の黒とかが上手かった、というのもあるが敗因は多分赤だろう。

誰がどう見ても、赤は明らかに空回りしていた。

橙が必死にカバーをしていたが、結局2点差で負けてしまった。

「……」

競技が終わり、教室に戻ってきた赤は終始無言。まったく、橙もこんな時に仕事にいかなくてもいいのに、と心の中でごちる。

———赤は、つらそうだった。何かがつらいのかはわからないけど、とにかく赤は、何かに押し潰れそうな程つらそうだった。

どうにかしたかった。今まであんな赤は見たことはない。何より———あんな赤を見ていたくなかった。

こっちまでつらくなってくる。また、元気に笑っていてほしい。明るく声を掛けてほしい。

「ねえ、赤……」

「……わりぃ、青、ほっといてくれ」

気を奮い立たせて声を掛けても、拒絶。本当に、どうしたらいいんだろう?少しでも、赤の力になりたい……。

私はただ、つらそうな赤を見つめるだけだった。


うちのクラスは今、不穏な空気に包まれているらしい。

今日は待ちに待った体育祭二日目!……という感じではないようだ。

あたしなんかは昨日、バレーで白熱して、ちゃっかり準優勝をしてしまったせいでテンションが高いのだが。

「ったく、テンション下がるよなぁ……」

二日目の競技、テニスを前にして橙がこんなことをほざきやがった。ったく、はこっちの台詞だ。らしくない。

「下げるな!これからは戦だぞ!」

「そうだけどよ……なんかイマイチ」

うーん、コイツもか。聞いたところによると赤が絡んでいるらしいので、橙も関わっているんだろう。

「イマイチももこみちもあるかあっ!ファイトー、いっぱぁっつ!!」

橙は呆れ顔であたしの頭を叩く。当然、痛くはないけど。

「テンションたけーっつの、バーカ」

「むぅ。バカ上等!頼むよ相棒、やる以上目指すはてっぺん!」

高々と人差し指を天にかざす。甲子園で見たアレだ。前からやってみたかったんだ。

「……ったく、お前はしょうがねえヤツだな。……足引っ張るんじゃねえぞ」

———ようやく、軽く笑ってくれた。コイツのシリアス顔は……まあカッコイイんだけど、やっぱり似合わない。

「まっかせなさい!とりあえずは『無我の境地』を……」

「無理だろ」

「じゃあ『黄色ゾーン』で」

「試合前に病院行ったほうがいいか?」

うん。いつものあたし達になってきた。なんかもう、負ける気はしないんですが。

「あははははっ。まあ、頑張ろ、橙っ」

最後は黄ちゃんスマイル全開。笑うっていいよね。

「……黄、お前やっぱ、笑顔の方が可愛いわ」

「え?」

よく聞こえなかったけど、もしかして、可愛いって言った? 
「うん。お前は笑顔が似合うよ。……どう考えても俺、二人にしか使ってねえよな……(ボソ)」

なんだかよくわからないが、試合がやってくる。

うん、やっぱり幼馴染みの絆は強いね。ダブルスとか負ける気しないもん。大体、アイツがどう動くかわかるし。

この競技は3ペアの結果で勝敗が決まる。……正直、第3ペアは数あわせみたいなものだから、あたし達と赤・青ペアでどうにかするしかない。

だがそこはさすがの赤と青。普通に強い。あたし達も負けないが。

と、気付けば準決勝まで来てしまった。相手は2年生。不足はない。

だが、橙があることに気を取られていた。

「また、黒のクラスかよ……てか応援しに来てんじゃねーか……」

「どしたの?」

「いや、赤達、大丈夫かなと思ってな」

聞くところによると、赤騒動にはあのクラスが関わっているらしい。むむう、因縁の対決か。

「まあ、あたし達も自分の心配しないとね」

とりあえず、これに勝つ。話はそれからだ。

勝った。普通に。あとは赤・青ペアの結果待ちだ。

その試合は接戦を繰り広げていた。相手が上手い。だが、赤と青が、周りからも気持ちが入ってるってわかるプレーを見せ、追い縋っている。

相手が若干リードしていたが、見る見るうちに逆転した。そして、マッチポイント。

相手のリターンが微妙な所に返ってきた。青が全力でそれを返そうとする。でも後ろからは赤がすごい勢いでボールに寄っている。

少し、嫌な予感がした。

青は自分が打つつもりでいる。でも赤もまた、そうだ。むしろ赤からは鬼気迫るものを感じる。

「———どけっ!!」

「えっ?!」

青は赤の声で無理に体を止めた。それに対し、赤が突っ込んでくる。二人は交錯した。

赤は派手に転んだようだ。なかなか立ち上がらない。まだ、立ち上がらない———

赤は数分後、保健室、さらには病院に連れていかれた。

テニスコートにはただ、呆然とした青だけが残されていた。


心がからっぽになったとき、思い出すのはあの日のことだ。

全治二週間。ちょっとした打撲。大げさに病院にまで行かされたが、診断はこんなものだった。

すぐ治る、とは思ったが陸上選手にとってみれば、二週間のブランクは大きい。まあ五日も経ったら無理にでも練習するつもりだけど。

それにしたって五日は痛い。落ちてしまった体力やコンディションを戻すのに十日はかかるだろう。大会のことを考えると、正直厳しい。全部自業自得だからどうしようもないが。

今回のことを言い訳するつもりはない。単純に、俺が周りをよく見ずに、間違った判断でプレーをしたせいだ。

……全然、変われてないじゃないか。去年の俺から変わりたくて、必死になってたはずなのに。

「情けねぇ……」

口からはため息ばかりがこぼれる。

惨めだ……あの時と同じくらいに。

昔から、足だけは速かった。小学校くらいだと、かけっこが速いヤツがヒーローになれる。

徒競走はもちろんダントツだったし、ずっとリレーの選手だった。

中学では陸上部に入って、かなりいいセンまでいった。誰よりも速く走る。そのときの爽快感が大好きだった。

つーことで高校は推薦とかで楽勝で入った。もちろん陸上部。

俺は、自分で新記録を出したりするのももちろん好きだったけど、何が一番嬉しいって、みんなの歓声だ。一番になれば同じ学校の奴らとかも喜んでくれる。その顔が何よりも嬉しかった。

「だあー……」

初夏。少しづつ高校にも慣れはじめた頃、体育ではサッカーが行われていた。

こーゆーので全力を出してしまうのが俺だ。試合の待ち時間に水を飲みにきていた。

日差しが暑い。サッカーやるならもうちょい涼しい時期でいいと思う。

もう一回水を飲もうと蛇口をひねると、強く出しすぎて水が顔に派手にかかってしまった。

「うわっ、ぶっ」

気持ちいいと言えば気持ちいいが、目に水が入ってしまった。少し痛い。

「クスクス……」

どこからか、漏れるような笑い声が聞こえた。んあ?と周りを見回してみる。

「あ、ごめんなさい……」

———その水飲み場の正面には保健室があった。笑い声の主は、ベッドから身を起こしてこっちを見ている、女の子だった。

「いや、別にいいけど」

その娘は笑ってしまったことを気にしているような顔をしていた。

「なあ、風邪か何かか?」

なんとなく話し掛けてみる。水浸しのままだが、気にしない。

「うん。たぶんね」

「ふーん。大変だな」

「まあね。……君は何をしてたの?」

「ん?サッカー。あんまり暑くて、もうすぐそっちに行っちまうかも」

「えー、大変だね。気を付けてね。熱中症は怖いから」

「いや、冗談だよww俺、一応陸上やってっから慣れてるし」

「陸上やってるんだ。足速いんでしょ?」

「まあ、全国で2番目くらいにな」

「すごい!」

「ははは、それは嘘。3年間での目標だな」

彼女とはたわいのない会話を交わしていただけだったが、気が付けば、その中で俺は彼女に惹かれていた。

さらさらの髪、白い肌、優しげな声。それらに夢中になって、気付けば体育の授業が終わるチャイムが鳴りはじめるまで話をしてしまった。

「やっべ、んじゃっ」

焦った。とりあえず皆がいるところには行かないと……体育教師には怒鳴られるだろうけど。

「あっあの、君、名前なんていうの?私は、白。1年3組」

たどたどしい言葉で質問され、俺は足を止める。……そういえば俺ら、お互い何も知らないで話してたのか……。

「1年2組、赤ッ!」

急いでいたせいでぞんざいな言い方になってしまった。つーか、タメでよかったよ……。

というわけで、翌日の昼休み、俺は3組に乗り込んだ。目的は……言うまでもない。

知ってる奴も数人いるし、別に気後れもする必要はない。

教室全体を見渡し、白を探してみる。……見っけ。

窓際の後ろから2番目で、彼女は一人、弁当をつついていた。

「よっ」

ズイズイと進んでいって声を掛ける。

「あ、赤くん」

俺を見て、白は少し嬉しそうに笑ってくれた。……可愛い。

「風邪は大丈夫か?」

「少し落ち着いてるよ」

そっか、と相づちを打つ。大丈夫でなきゃ教室にはいないだろうに、俺も馬鹿な質問をしたもんだ。

「つーか、白、弁当箱小さくね?足りんのか?」

必死に会話を作ろうと努力してみる。白の弁当箱は、本当に幼稚園児が持ってくるような大きさの弁当箱だった。

「うん。私、小食なの」

「俺ならその量はおやつだな」

「あはは、すごいね」

屈託のない笑顔につい見入りそうになる。……ああ、わかってるさ。これはつまり、惚れちゃった、ことなんだろう。

「白、飲み物買って来た。勝手に選んでよかったか?」

不意に、後ろからの声。

「うん。ありがとう」

「どういたしまして。……君は?ああ、君が2組の赤くんか」

ジュースを2本持ってきたその男子は1本を白に渡す。

俺のことは知られてるっぽい。どうやら白が昨日のことをこいつに話したらしい。

「昨日は体育をサボらせてしまったらしいな。すまない。……あ、ちなみに俺は黒って言うんだ。よろしく」

ちょっと堅苦しい話し方をするやつだ。それにしても……

「なんで白のことを、黒が謝ってんだ?」

ふとした疑問。

「あ……。すまん、つい、な。白とは小さい頃からの付き合いでな、保護者気取りをしてしまうんだ」

「私もう子供じゃないんだからやめてよー」

「悪い悪い」

2人が話してるところを、ふーん、と眺める。敵状視察、のつもりまではないけど。

これから、俺はこの2人とよく付き合うようになった。白は体が弱いらしい。だからあのときみたいに保健室のお世話になることもしばしば、ということだ。

さらに、小・中学と学校に通えない時期も長かったらしく、友達も少ないそうだ。

まあ学校に通えてるだけ、今は安定してるそうだが。健康優良児(バカは風邪をひかないってよく言われた)の俺なんかとは正反対だ。

俺たちはよく3人で図書館で勉強会(俺は当然途中で飽きた)したり、白の体調がいいときは3人でゆっくり散歩したりした。

こいつらといると楽しかった。ただ騒いでるだけじゃなくて、こう、笑いあってることが幸せ、みたいな?うーん、表現力がないとつらいね。

おそらく恋敵、ってやつであろう黒ともすげー仲良くなった。ちょっと口調が固いけどいい奴なんだ。

一応、収穫としては、白と黒は付き合ってはいないということがわかったことだ。つまり、まだ試合は終わってない。

でも、俺の中では白のことを『付き合う≦大切にする』って感じで見てた部分もあった。

だから俺は、白、というよりも、この3人の友情を大切にしようと思ってたんだ。

そう、あの日までは。


「私、虹が見てみたいな」

突然、白がそんなことを言い出した。

「どうした?突然」

白とは長い付き合いであるはずの黒も驚いている。

「実は一度も見たことないんだ」

珍しいやつもいたもんだ。誰でも一回ぐらいは見られそうなもんだと思うけど。

「すげーな白、それ、逆に珍しいぜ」

「へへ。ほら、虹って雨上がりに出るんでしょう?……私、雨の日は体調崩しちゃいがちであんまり外に出ないから」

白はそう言って笑っていたけど、俺はその笑顔がひっかかっていた。

黒なんかは、その流れを上手くフォローしている。そのおかげで白も、いつもの笑顔になってくれた。

俺はそんな風にはできなかった。それも、少しだけ引っかかっていた。

虹を見に行くときは、3人で行こう。

誰ともなく、そんな約束がされた。傘持って、白にはめちゃくちゃあったかいカッコさせて、3人で行こう———。

11月に入った土曜日。なぜか知らないが、うちの高校には土曜学習日なるものがある。退屈な授業を終え、大きく伸びをする。

俺は陸上の記録会がすぐそこに控えていた。そして、そのせいで今日の練習メニューは各自でコンディション調整だった。

本来なら軽く流したり、ストレッチでもしなきゃいけないんだろうが、今日は3人で遊びに行く予定だった。俺は子供みたいにわくわくしていた。

「今日は、なしにしよう」

黒がそう告げた。

白は少しだけ体調が悪かったらしい。保健室でちょっと休んでいた。

「大丈夫だよ、私今日はそんなにひどくないもん」

どうやら白も今日の予定を楽しみにしていたようだ。黒の判断にむくれた。

「天気も午後はよくないみたいだし、俺も少し用事ができたんだ」

「まあしゃーないでしょ。またのお楽しみってことで」

まだ白は納得しきれていないみたいだった。黒はその様子を見て、

「……そうだな。2人でちょっと待っててくれるか?俺もすぐ用事を終わらせる。そしたら、一緒に帰ろう」

こんな提案をすると白は途端に嬉しそうになった。……そういえば俺も最近部活が忙しくてこいつらとは一緒に帰ってなかったな。

そうして俺と白は、『ちょっとの間』黒を待ってることになった。

とりあえず腹が減ったので購買でパンを買ってきた。所詮おやつ代わりにしかならないけど。

どうやら外では雨が降ってきたみたいだった。黒の言ったとおりだな。

焼きそばパンを口にほおばりながら、ビニール袋片手に保健室に帰還する。

——パッ

俺が保健室に入ると、白はあきらかに何かを隠した。

「ぃわあいあういあんあ?(今何隠したんだ?)」

もぞもぞと焼きそばパンを噛みながら聞く。

「何でもないっ」

慌てている様子の白だが余計に気になる。今度は口の中のものを飲み込んでから聞いてみる。

「いいじゃんかよ、教えてよ」

「ダメ!赤くんには絶対教えない!」

結構きつめに言われてしまった。絶対、とか言われると少し傷つくよなあ……。

「あ、そうっすか」

笑ってごまかしたけど、実はちょっとさびしかった。

もさもさとパンを食べていると、しだいにベットから規則的な息が聞こえてきた。どうやら白が眠ってしまったらしい。それに気付くと、自然に笑みがこぼれてくるのがわかった。

さっきのわずかなさみしさも吹き飛んで、今度は幸せな気分になってきた。つくづく単純な性格だと自分で思う。だが———

「——」

白の口から、寝言みたいなものが聞こえてきた。俺はそれを聞き取ろうと耳を澄ました。

「——く、ろくぅん……ぁかくんに……みつ……ふたりでぇ……」

信じられなかった。黒の名前が出てきたのはわかる。この勝負が俺に不利なものだってのは百も承知だ。

でも、『赤くんに秘密。2人で』?

なんだよそれ、俺は友達じゃねえのかよ。いつだって『3人』だったじゃないか。そりゃ時間は短いかもしれない。でも、俺を除け者にすることはねえだろ!

さっきの隠し事だってそうだ。『赤くんには絶対』?黒ならいいのかよ。黒はよくて俺は駄目なのかよ!

俺だってお前が好きなんだよ。隣にいたっていいだろ? 結局俺はお前にとって何でもない存在なのかよ……。

「——ぅん?」

白が目を覚ました。寝ぼけ顔が可愛らしい。

それでも、俺の暗い気持ちは晴れていなかった。——俺のことはどうでもいいのか?

「なあ、白」

俺は白の細い手首を掴んでいた。白は当然戸惑っている。

「行くぞ」

このとき俺は、自分の手で、大切なものを引き裂き始めていた。


白の笑顔が好きだった。笑顔でいてほしいと思った。

でも俺には隠してた感情がある。——この笑顔を俺だけのものにしたい……

降っていた雨が弱くなり、空は明るくなっていた。

——きっと、虹が出る。

俺はやや強引に、戸惑っている白の手を引いていく。

「ど、どうしたの?」

「たぶん虹が出る。見てみたかったんだろ?」

「あ、じゃあ、黒くんも「黒を待ってたら虹が消えちまうよ」

嘘っぱちだ。黒なんかに来てほしくない。白の笑顔は俺だけがもらうんだ。

まだ小雨は降っていたが、じきに止むだろう。見晴らしがいいところがよかったので、高台に向かうことにした。若干白は気が乗っていないようだったが、きっと虹を見ればそんなの吹っ飛ぶはずだ。

白を自転車に乗せて走り出す。このぐらいの小雨は俺にとっては気持ちいいくらいだ。

「うし、着いた。——見ろよ白!やっぱり虹が出てるぜ!」

予想通り、空には七色の橋が架かっていた。——きっと、白も笑ってくれる。

「……ほんとだぁ……やっぱり綺麗だね……ケホッケホッ」

「? 大丈夫か、どうしたんだ白?」

学校を出るときと様子が違う白。いつもより彼女が小さく見えた。

「……大丈夫、ちょっと体がだるいだk……」

そう言いかけると、白は力が抜けたかのように倒れこんだ。

「おい、白っ、どうした、大丈夫かっ!!白っ、白!!」

結果から言えば、白は肺炎にかかった。

あのせいで風邪をひき、それをこじらせたのだという。無理をさせたこと、雨に濡らしてしまったこと。色んな理由があるだろうが、俺が悪いってのは子供でもわかることだ。当然ながら、俺はいろんな人に怒られた。白が庇ってくれるのが余計に俺を情けなくさせた。

だけど、俺が本当に受けるべき罰はこれから待っているのだった。

「よう、赤」

記録会が明日に迫ったその日の放課後、黒が俺のところにやってきた。

「……おう」

黒と話すのは、あの日以来だ。……正直、俺が避けていたんだけど。

「用事があるついでに、ひとつだけお前に聞いておきたいことがある」

いつものような少し堅い口調に今日は鋭さを感じる。

「なんだよ?」

「白は、行くことを望んだのか?」

は?まったく予想外の質問だ。俺は、なんで連れ出したりしたんだとか、聞かれると思っていたのに。だが、黒の表情は真剣そのものだ。

「自分の体の状態も、傘を持つことや自分の服装を気にしないで、雨の中でも虹を見に行くことを望んでいたのか?」

なんの揺らぎもない、まっすぐな黒の視線。俺はそれを直視できなかった。

「あいつが望んだなら、あいつが笑顔でいられるなら、お前がどんなことをしたって怒りはしねえ。だが、あいつはあの行動を望んでなかっただろ?」

強い意志を秘めた目だった。固い決意。白さえ笑顔ならそれでいい——そんな黒の想いが伝わってくるようだった。

「……ああ」

俺は、なさけなく、そう答えるしかなかった。

「ざけんじゃねえ!」

突然、黒が俺のほうにずいっと身を寄せた。俺の胸ぐらを一瞬掴むと、すぐに離した。

「……悪い。こんなつもりじゃないんだ」

そう言うと、黒は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「……あいつは、一度肺炎で死にかけてる。笑えるだろう?風邪をこじらせた程度のもんでだぜ。……本当に大事にならずに済んでよかった」

必死にいつも通りの仕草をしようとしている黒の様子が、余計に痛々しく感じる。

——責めるなら責めてくれ……悪いのは俺なんだ……そのほうがよっぽど楽だ……

「引き止めて悪かった。用事っつーのは、コレを渡しに来たんだ」

まだ少しばつが悪そうにしながら、黒はごそごそと鞄から何かを取り出した。

「——千羽鶴……?」

色とりどりの折り鶴たちが一つになる、あの千羽鶴だった。

「明日、大会だろ?赤が頑張ってるみたいだからって、白に言われて作ってみた。俺、忙しくて折り終わるの今日になったんだが。本当は2人で応援に行こうと思ったんだけど……」

——瞬間、自分の耳を疑った。

白が言いだした千羽鶴、『赤くんには教えない』、2人で応援に、『ふたりでぇ……』……全てが繋がった。そしてそれがわかったとき、俺は、何とも言い表わせない気持ちに駆られていた。

今すぐにでも、膝が崩れてしまいそうだった。泣きそうになる自分を必死で抑えていた気がする。

これから後、俺はどうやって黒と別れたか覚えていない。ただ、自分を殴り付けたいと何度も考えていた。

俺は、友達を信じることができなかった。そのせいで、大切な人の笑顔を奪った。何が、笑顔が見たいだ……。

全部、俺が弱いせいだ。

俺は黒みたいに、白の笑顔を守るための強い決意も、奥に秘める強さも何もなかった。

俺は、ヒーローになれなかった。自分が思い描く理想の自分に届きそうもない、くだらない自分がそこにいた。

記録会の結果は散々。当然と言えば当然だ。

陸上は、自分との過酷な戦いだ。こんななさけない自分が勝てるわけがない。

俺はこの日から、陸上に専心するようになった。自分を鍛えれば、少しは強い自分になれると思い込んで。

——そんな理由をつけて、俺は黒や白から逃げ続けてきた。考えるのは走ることだけ。

虚しく、でも強い、そんな自分を必死に作り上げてきたんだ……。

なぁ、なのにどうして俺は変われないんだ?教えてくれよ、誰か、教えてくれ……


あんな彼女の顔なんか見ていたくないんだ。

『あの』体育祭以来、青の表情は曇ってばかりだった。青が落ち込む理由なんかひとつもないはずだ……なんてこと、青の性格上何の慰めにもならないってことはわかってる。

でも、それでも俺は、あんな青は見ていたくなかった。

「……なあ、青、一緒に帰らないか?」

俺は放課後、青を待っていた。そして出てきた青に声をかけた。かっこわりいなんて、考えてもいなかった。

「別にいいけど」

いつも通りなはずのそっけない態度。だが、今日の彼女からは気の強さが感じられなかった。

ったく、ホントざけてんじゃねえぞ赤の野郎……

「……」「……」

重っくるしい空気が漂っていた。話したいことがないわけじゃない。でも、言葉にするのが躊躇われた。

———言わなきゃ始まんねえよな……

「青、最近元気ねえよな」

……我ながら唐突な切り出しだ。少しばかりへこむ。

「そんなことない」

んなわけねえだろう。その気の入ってねえ声は何だ。

「あるさ。……赤のことか?」

こんな、わざわざ恋敵のことを口に出すなんてつらい。でも、好きなやつのために、自分のプライドなんて気にしてらんないだろ?

「……」

「なあ……お前にはそう思えねえかもしんないけど、あれは事故だよ」

「……でも」

その先、青は言葉を紡げずにいた。彼女の姿は小さく見えた。

「……青は、責任感が強すぎるんだよ。わりいことじゃねえんだけど……もう少し、楽になってもいいんじゃねえか?」

「できないよ……」

青が小さく呟いた。それは俺が聞いたこともないような弱々しい声だった。

「だって……私が悪いんだもん……私のせいなのよ……楽になんかなれないよ……」

今にも泣き出しそうな顔で、彼女はいまだに殻にこもっていた。

「でも何もできないのよ……どうすればいいの?私はどうしたらいいのよ……?」

道に迷ってしまったような子供みたいな青、その言葉は———確かに俺を頼っていた。

堪え切れなかった。我慢することができなかった。それくらい、青のことを愛しいと思った……

俺は、青のことを抱きしめた。彼女の体が軋むぐらいに抱きしめてやりたかったけど、そこは俺が耐えることのできた最後の理性だ。できる限り優しくした、軽いハグ。

「もう少し、頼ってくれよ……1人で悲しむなよ……俺だって、話ぐらい聞けるんだぜ?お前が1人で辛そうな顔してんの、助けてやりたいんだよ……」

情けない台詞だ。所詮、俺にできんのは青の話を聞いてやることだけ。もっとなんかできねえのかよ……そんな考えが浮かんでは消えていた。

「……っ……ひっ……っ……ぅぐっ……」

正直、引かれても仕方ないと思ってた。自分でも暴走だって自覚もしてた。

でも、青は泣いていた。強気な彼女が、嗚咽を漏らして泣いていたのだ。

引かれなかった安堵なんかしなかった。俺が抱きしめてもよかったんだ、なんて自惚れなんかできなかった。ただ、こんなきっかけで感情が爆発するぐらい我慢をしていた青が哀しく、愛しかった。

「……っ……ごめ……橙……ちょっとだけ……っ……ほんの少しだけだから……」

弱音を吐いている青に俺はこれ以上何も言うことができず、やり場のない気持ちをどうにかするためにぎこちなく青の頭を撫でていた。

こいつのこと、ぜってえ守ってやりたい。くっさい恋愛ドラマの主人公みたいなことを俺は本気で考えていた。


私が誰かの前で泣いたのは、これが2回目だった。

正直、やはり私は疲れていたんだろう。情けないほど弱々しく泣き、嗚咽を抑えようともしなかった。

———ただ、橙の腕が、胸が暖かった。

ゆっくりと私の髪を撫でる手を優しく感じた。ボソボソと聞こえる「大丈夫だ……」って声がありがたかった。

ホントは1人で抱え込めやしない。もう少し、素直になるって、前にも思ったんだけどなぁ……

私は弓道部部長である。春の大会のあと、先輩達にその役を任された。

立派な部長になりたかった。皆を一つにして、皆で一生懸命練習して、今年以上の結果を出してやりたかった。

しかし、人は自分の思う通りには動いてくれなかった。

練習に来ない者、来てもろくに練習もせずに喋ってばかりの者、働かない一年生に、その愚痴を言うだけで、手本となる行動を示せない二年生……。

当然だが、新体制になって初めての練習試合はひどいものだった。

やる気になっているのは私だけなんだろうか?それとも私なんかが部長をしているから皆がまとまらないのだろうか?

先輩たちには話せなかった。部長を任せた、という先輩たちの信頼に応えられていないみたいで気が引けたのだ。今考えれば、私の勝手な自尊心からの行動だったのだが。

どうしようもない(少なくとも当時の私にはそう思えた)悩みを抱えていたある日、私はまた、あの光景に出会った。

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ。っしッ、あと3本ッ……ハァッ……」

誰もいないはずの陸上トラック。ただ一人走っているのは、もちろんながら赤だった。

私はその様子をぼーっと見ていた。全体練習もきつくないわけではあるまいに、自主練でも体の力を振り絞って全力で走っている。———すごいなぁ……。

「だあ……ッ、もうダメ、マジ死ぬっ……」

自主練のメニューをこなしたのであろう赤は、やはりバッタリと倒れこんだ。……でも多分、少し歩いたほうがいいんじゃないかなぁ、と冷静に考えてたりした。案の定、少し経つと赤はうろうろと歩き始めたが。そこはさすが陸上部だ。

「今日もやってるのね」

私は近くまでいって声を掛けた。

「うお、青。……まあ当然だろ、自主的にやってるんだし」

間近で見るとやはり疲労は色濃い赤は笑顔でそう言った。

「体壊したりしないの?」

「体調管理くらいちゃんとできる」

「今にも死にそうなんだけど」

「うるせぇよ。……そりゃ、オーバーワークだって言うやつもいるけどな。サイシンのスポーツカガクから見るとド根性や激しすぎる練習は駄目らしいし」

「じゃあなんで……」

こんな苦しいことをしてるの?この自主練より効率的なものがあるなら、100人が100人そっちを選ぶはずだ。

「それでも、俺には努力とか根性しかねぇからよ」

馬鹿な男の考えだ。一昔前のスポ根じゃあるまいし。———冷静に考えれば、そんな言葉が浮かんでくるはずなのに、この時の私には、いやきっと今でもそう思うだろう———自分の信じたものを迷わず進む赤が羨ましかった。

ただ、私は嫌なやつだった。

「いいなぁ、陸上は個人種目で」

「は?弓道も個人あるだろ?」

「団体も、あるから困るのよ。私だけ頑張ってもなあ……」

最低な台詞だ。自分のことを棚に上げて、他の皆を責めようとしていた。

「……らしくねえな。なんかあったのか?」

「別に」

「いいからいいからおにーさんに話してみ」

「……」

こいつにならいいか。そう思えた。それが、赤ならこちらの事情を知ってるわけじゃないと、たかをくくって出た感情だったのか、それとも赤に対して安心感を感じたからなのかはわからない。

言ってしまうことは以外に楽だった。もう少し抵抗を覚えるかも、と思ったのだけど。

「ん〜。青はやるべきことちゃんとやってんだろ?」

「もちろん」

誰かに指示をする人間がテキトーに動くわけにはいかない。

「じゃあ、いいんじゃね?」

「え?」

「ドラマや漫画じゃねえんだから、いきなり一体感のあるチームにはなんないだろ」

「そうだけどさ……」

そんなことわかってる。でも私は……

「青がしっかりしてんなら、わかってるやつはついてくるさ。全員がサボってるわけじゃないんだろ?」

「まあね」

確かに、真面目に取り組んでる子もいる。その子たちは一生懸命だ。

「だろ?大丈夫だって。お前の正しさはそいつらが証明してる。お前がやってることは間違ってない」

———私がやってたことは間違ってなかった。そう言われたのは初めてだった。きっと、私はその言葉をずっと誰かに言ってほしかったんだろう。

「大体、チーム全体を一つにするってホント大変だぜ?そんな落ち込むことじゃねえし……って、なんで泣いてんのっ!?」

「え……?」

気付けば、頬には涙が流れていた。ゆっくりではあるが、一筋、二筋と涙が続いた。

「え、俺なんか悪いこと言った?!えっと、あっと……と、とりあえずごめん!」

女の子に泣かれることに戸惑っているのか、赤はテンパっていた。私はまだ少し目を潤ませながらも、笑いだしてしまった。

「青は今の青が一番いいと思うぜ」

そう言った赤の言葉が私の心を和ませてくれたことを覚えている。ホント、意地っ張りだなあ、私……

「ホントにここまででいいか?」

「うん。ありがと、橙」

結局、今日は橙に甘えてしまった。さっきまでのことを思い出すと顔から火が出そうになるので、極力考えないようにしていた。

「どーいたしまして。……もう一人で悩むなよ?」

「う、うん」

私が若干焦りながら頷くと、橙は優しく笑った。

すると橙はスッと私の手を取ると、そのままかがんで——

「微力ながら、私は貴女を支えたい。いつでもまた相談してください、お姫さま」

そう言いながら、私の手の甲にキスをした。

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「——なんてね」

「ば、バカじゃないのッ?!!」

この男は何をしているんだ?欧米か!いや、そんなことじゃなくて……

「はははっ。わりぃ。ようやくいつもの顔になったな」

「えっ?」

「真面目くさった顔より、そっちのほうがいいぜ。笑顔のほうがもっといいけどな」

じゃあな、と軽く手を振って橙は背を向けた。まったく、なんか私一人で焦ってしまって馬鹿みたいじゃないか。

ついさっきまで、赤のことであんなに悩んでいたのが嘘みたいだ。さっきの橙の言葉や笑顔を思い出すと心が暖かくなる。感謝、しないとね。

でも、手の甲がさっきからやたら熱いのはどうにかしてほしいんだけどッ。


『黄』

ねえ、この気持ちわかるかな?私ね、諦めてもいいって思えるんだ。

文化祭を明後日に控え、学校全体が騒がしくなっていた。私も模擬店の準備で働き回っていた。

橙なんかは、前日祭とかでのバンド演奏のほうに忙しいみたいだったけど。まあ、あいつ一応ボーカルだしね。

「ごめーん、じゃあそろそろ行くから」

陸上部の子がこれから大会に向けて出発だ、ということで作業から抜けた。むう、文化祭の前の日に大会なんて大変だなあ。

……そういえば、赤君ももうそっちに向かったのかな?体育祭以来通院してるせいもあるけど、少し前とは違う感じ。青とか橙とかともぎこちなくなってる。てか、青ちゃんはわかるけどなんで橙まで?……知らぬがナントカとも言うから深くは探らないけどさ。

私の今日の分の仕事には一段落ついた。普段のホームルームの仕事はめんどくさいのに、こういう行事の仕事を頑張っちゃうあたりはさすが私、って感じ。

自販機でジュースを買って、飲みながら歩いていると見慣れた顔の、でも見慣れたくない組み合わせを見つけた。

「準備おつかれー」

「ありがと。橙はバンドだっけ?明日やるの?」

「ああ。3年に囲まれ若干アウェーでもやりますぜ」

「うわー」

「うわー、って言うな。そんなんなんだから見にきてくれよ?」

「うん、じゃあ行く。でも私が行かなくても、2年の娘もたくさん行くでしょ。橙目当ての娘もいそうだし」

「んー、でもそういうのってちょっと違うだろ。やっぱ青に聴いてもらいてーよ、俺は」

……見事にアプローチかけてますねぇ。あ、青ちゃん照れちゃった。まあ、そりゃそうか。

楽しそうな会話を交わす橙と青ちゃん。進歩したじゃん。……おっと、いつまでも盗み聞きしてたんじゃストーカーみたいだ。でもなぁ……あの2人がいるところ歩くのはなぁ……複雑だしなぁ……

「んじゃ、俺今からリハだから」

「それじゃあね」

ん、ちょうど会話が終わったみたい。ふぅ。

別に、話し掛けられないならそれでもよかったけど、この幼馴染みはそういうやつじゃない。

「おう黄、ジュース片手にサボりか?」

……あんたのせいで半分くらい飲んじゃったんだよ。

「サボってませんー。任務遂行したんですー」

「珍しい。怠惰人間のお前が」

「人をナマケモノみたいに言うな。そっちこそ森の演奏会の準備は終わったの?」

「今からリハだよ」

「あーせいぜい騒音撒き散らしてきてねー」

「ひっでぇ。お前、本番来るだろ?」

一応、お誘い。うん、青に対する誠意に比べると6割減ってとこかしらん。

「えー、わざわざあんたのカラオケ大会聴きに行ってもなー」

私もいつもの素直さ4割減ぐらいで答える。

「お前なー」

橙は若干苦笑い。ふふん、さっきの気まずさのお返しだ。

「冗談だよ。聴きに行くって。ついでにハジけますって」

「いや、お前はハジけなくていいだろ」

「一人で騒いだり、ステージに乱入してエアギター弾いたり」

「うん、やっぱお前来んな」

ふざけあった会話が続く。うん、楽しいよ。すごく楽しい。だからこそ、私、決めたんだ。

——私は、このままでいい。

最近、橙のことがホントに大切だ、って思えるようになった。

だからね、君には幸せでいてほしいの。楽しそうに笑っててほしいんだ。その君の傍で、こんな風にいられたら、それは幸せだろうな、って思った。

なんでだろうな。もう、決めたのに。まだ少し泣きたくなる。

でも私は、君と私の幸せのために、君の傍で笑うから。だから、このままでいさせて?

強すぎると思える音響。必死にシャウトしてる橙。多分、演奏は成功したんだろう。ジュースくらい差し入れてやろうと思ったら、また橙は青と話してた。

「明日さ、青は午前の仕事だろ?午後さ、一緒に回んないか?」

柄にもなく緊張してる。なんとなく、明日、勝負をかけるんじゃないかなって思った。

——そっか。明日か。

ジュースを持ってる手に自然と力が入った。ここから見た感じ、青ちゃんは了承したみたいだ。よかったね、橙。

話が終わったみたいで、青ちゃんも教室に向かった。

私はしきり直して、橙の前に笑顔で突撃する。ね、笑えてるでしょ?明るく楽しい黄ちゃんでしょ?だからさ、このままでいることを許してください——

そして私は、私がとるべき明日の作戦を思いついた。


『赤』

どうして俺は、まだ走り出せずにいるんだろう?

大会が明日に迫っていた。大会に向けて出発するのは11時。大会会場の近くで一泊する。でも学校としては明後日にある文化祭の準備で忙しい。陸上部も、ギリギリまで手伝いをするみたいだ。

俺はクラスの模擬店の宣伝のチラシ張りや看板の設置に回されていた。青や橙とは別だ。

——正直、体育祭以来青や橙と上手く接せていない。

明らかに、青はあのことで落ち込んでいた。あれは俺の不注意だ。青が気にする必要なんかどこにもない。

でも俺はそんな言葉を青に掛けられずにいた。……どうしても、ダブって見えてしまうんだ。あの時の白と。

掛ける言葉は簡単だ。「悪いのは俺なんだから気にすんな」って言ってやればいい。だけど、どんな風に言えばいい?どんな顔して青の前に立てばいい?

考えれば考えるほど、青に声を掛けることが難しいことのように思えてくる。

一年前の影が俺の前を遮るんだ。

それでも、どうにかしなきゃいけないと思う。いつまでも青にあんな顔をさせとくわけにはいかない。——いや、違う。俺の中での、本当の理由はもう違うものになっていた。

青の、笑った顔が見たかった。

俺は『一年前、大切な人たちを傷つけた』って思ってた。……いや、思おうとしてた。本当は『今もまだ傷つけ続けて』いる。わかってはいた。ただ、俺自身も傷ついたフリをして、ずっと逃げてきた。黒や白はむしろ、俺のことを待っていてくれてたのに。

俺は、一年前のことがあるから、って勝手に壁造って、ずっとこの気持ちを気付かないようにしてたんだ。でも、もう無理だった。青は俺にとって、大切なやつだ。また、大切な人を傷つけたままにしとくなんて、絶対ダメだ。

ようやく、自分で認められた。ありとあらゆるもやもやが消えた。……ああ、決めた。もう、逃げねえ。文化祭の時、青とちゃんと話をしよう。それから、黒や白ともしっかりと向き合うんだ。そしたら……そしたら、きっと俺はようやくスタートラインに立てる。

まったく、気付くのが一年遅いっつーの……でもこれ以上の延期はナシだ。

晴天の下、陸上トラックのスタートラインに俺は立っている。——負けたくないね。

考えてみれば、今日のレースで走る距離なんて、そう長くはない。ただ、今の俺にはこのゴールの奥に、もっと大事なスタートラインが待っている。グズグズなんかしてられない。

俺は、全速力で走りはじめた。


『文化祭』

 〜BLUE SIDE〜

天気予報が大当たり。昨日に引き続いて、気持ちいいくらいのお天気となった。こんな天気の日に文化祭が行えるんだから、私たちはとてもラッキーだ。

とは言え、私たちの仕事は教室内の模擬店なので、皆あまりその幸運を感じることなく、多忙な仕事に従事していた。

私たちの模擬店はクレープ、焼き鳥、綿飴を取り扱う。統一性がないのはご愛嬌ってやつです。

客寄せ、調理、受け付け……それぞれがそれぞれの持ち場で働いている。正直大変だが、これもまた振り返ってみればいい思い出になるだろう。

赤は今は自由時間だし、橙は客引きで校内を回っているはずだ。

あの体育祭のことは橙のおかげでだいぶ冷静に考えることができるようになっていたが、肝心の赤本人とはゆっくり話をすることができていない。……できれば、早いうちにしたいな。

「クレープストロベリー一つ入ったー!」

おっと、注文だ。私は余計な考えを振り払い、目の前のクレープと対峙した。

〜YELLOW SIDE〜

実は私、このクラスの模擬店の責任者だったりするのです。まあ、ただ係の中でのジャンケンに負けただけなんだけど。

だけど、この役職がこんなに役立つとは思わなかった。

「じゃあ、陸上部の人たちは大会明けで大変だろうし、12時から1時までの一時間だけ手伝ってくれればいいよ」

朝、セキニンシャとして赤を含む陸上部の人にはこう伝えた。(私が思うには)きわめて自然な指示だけど、これは、私がない頭をひねって考えた作戦の第一歩だ。

今日の仕事分担では、橙と青は午前番なのだ。そして、午前番の仕事は12時半まで。つまり、赤の仕事が終わる時間とは差がある。その間にあの2人が一緒に自由時間に向かえばいい。

……赤があの2人についていくことは阻止しないとね。空気づくりは大事だ。

あとは橙に頑張ってもらうしかないんだけど。アイツなら、大丈夫なんじゃない?決めるところは決めてよね。

……あー、もうなんかしんみりしちゃったし。今日の私は橙の応援団長なんですよ。これでいい、って決めたんですから、頑張りましょうよ、私。

あの野郎、もしこれで直前でヘタれやがったら本気でぶち殺すぞ。

あ、その本人が客寄せから帰ってきた。

〜RED SIDE〜

仕事が昼の一時間、って楽だけど暇だなあ……。文化祭もやることがないと時間を持て余すもんだ。

仲のいい奴らは大体仕事が午前番らしいし。青や橙もそうみたいだった。……青に話をすんのは午後だろうな。

昨日の結果はぼちぼち。怪我があったことを考えれば上等だった。ベストには届かなかったけど。

ふと、昨日の走る前の気持ちがまた沸いてきた。『こっち』では、今まででは考えられないぐらいのベストを出さなきゃならないんだ。———のんびりはしてらんないよな。

俺は、携帯を手に取り、ここ一年かけることのなかった相手の名前を電話帳から探した。

「どうした。いきなり電話なんかかけたりして」

喫茶ペンシルとかいうクラスの喫茶店で、黒と白が待っていた。

「せっかくのデート中、悪いな」

自分の口から意外に簡単に軽口が出てきたことに自分でも驚いた。

「そっ、そんなことっ」「いやいや」

白は動揺しているみたいだけど、黒は冷静に流した。可愛くないやつ。

「お前らとは、こーゆーの久しぶりだと思ってさ」

つーか俺が避けてたわけですが。

「うん。久しぶりだね」

白はそんな俺に屈託なく笑いかける。……くっそ、可愛い。

「ああ、橙。どうせだからコーヒーでも飲んでいけ。と言うより、うちのクラスの売り上げに貢献しろ」

 ……この野郎。

 なんだかんだで、話は弾むもんだった。

「私、もう一杯ジュース頼んでくるね」

「おう」

白がそう言って、食券(?)を買いに行った。

「……ついていかないのか?」

「過保護は、やめることにしたんだ」

「……そうか」

去年のまでの黒なら、こういう小さなことにも白についていき、助けてやろうとしていただろう。こいつも、変わったんだな。

「赤、今のうちに一言言わせてくれ」

「なんだ?」

「馬鹿」

「はっ?」

「……去年のことを、引き摺ってたんだろう?」

黒の堅苦しい口調が真剣みを帯びる。……図星だった。

「……ああ」

「……そうだろうとは思った。でも、白は、いやもちろん俺もだが、———お前を待っていた」

そうなんじゃないかとは、正直体育祭から感じてた。でも、俺は……

「でも俺は、責任感じて、しかもそれに耐えられなくて勝手に逃げ出した」

これが、俺の一年の負い目の全てだ。ようやく言えた。俺はたったこれだけのことを認められなくて、惨めったらしく生活してた。

「ああ、そうだな。責任ぐらいはしっかり取れよ」

黒は突き刺すような目で俺を見ながら……

「これからも、俺と白の友達でいろ」

なんてな、と表情を緩め、ふっと軽く笑った。

「あ、ああ」

ちょっと緊張してたのに……。こいつ、会話にフェイントまで入れるようになりやがった。

でも、嬉しかった。きっと俺は心のどっかで、こうなることを望んでたんだ。

「ただいまー。もう、人並び過ぎだよー」

「客が多いことはいいことだろう」

白がジュースを片手に戻ってきた。……いいタイミングで帰ってきてくれて助かった。

「ところで赤、もう白のことは吹っ切れたのか?」

「ぶっ?!!」

冗談じゃなくコーヒーを吹いた。白がちょうど帰ってきたときに言うことかよっ!

「え?どうしたの?」

白は黒が何を言っているのかをわかってないらしい。……そんな目でこっちを見ないでくれ……。

「あ、いや、俺が言いたいのはだな、お前は青さんのことをどう思ってんのかな、と」

「はあっッ?!」

黒、いい加減にしてくれ……。お前が、言いたいことはストレートに言うやつだってのはわかってる。それにしたって直球すぎんだろ!

「え、え?」

ほら、白もキョトンとしてるだろ。

「お前は悩んでる。ただ、それは良いほうにむかってる。そしてその原因は青さんだ。違うか?」

「……」

図星だ。

——まったくこいつにはかなわない。黒の目は突き刺さりそうなほどに真剣だ。

どんなに言うタイミングが早くても、直球すぎる言葉でも、黒の言葉は真実を突いてくる。

「……余計なことは言わないさ。ただな……もう、遠回りするなよ。お前は、こういうことには臆病だから」

随分な言われようだ。だけどその通りなんだろう。

言われなくても、わかってるさ。

「あ、えーと……なんだかよくわかんないけど、頑張って!」

白も笑顔で励ましてくれてる。うん、頑張るよ。

「えへへ、ホントなら、一年前に言うはずだったのにな」

——一年前。俺の弱さで2人を傷つけた過去。もう、大切なやつを傷つけたくない。

「——白、サンキューな」

決意も込めた笑顔を大切な2人に向ける。

第1関門突破かな。

〜BLACK SIDE〜

「じゃあ俺、そろそろ時間だから」

赤はそう言って席を立ち、自分のクラスに向かっていった。

「変わらないな」

最後の一口を飲みきり、つい呟いてしまった。

「あいつは走り出したら真っすぐだ、って?」

白が、俺の真似をしているのか、声を低くして俺の言いたかったことを言う。

「ああ」

「黒くんよく言ってるもんね」

……そんなに言ってるつもりはないんだが。けれど、俺が赤を評価するならこの言葉になる。

ただ、自分が信じる方へ。それが正しくても、間違っていても。

一年前、赤が馬鹿みたいに陸上に執心しているのを知ったとき、少し呆れた反面、納得していた。今、あいつはそっちに走り出したんだろう、と。

止めることはしなかったし、できなかっただろう。

「……なあ、白」

「……言わなくていいよ。大丈夫。もう、大丈夫だから」

「そうか」

俺は白を見る。白はそれに応え、微笑んでくれた。

なあ、赤、知らなかっただろ?

本当は、本当はな———あの時、白が好きだったのはお前なんだぜ?

それでも、今は今だ。白は俺の隣にいてくれてる。

だからさ、大切なのは、いつだって今なんだよ。お前は、ようやく今に向かって走り出したんだ。掴んでこいよ、大切なもの。

俺も、今でも大切な友達には、幸せでいてほしいから。

〜ORANGE SIDE〜

馬鹿みたいに心臓が高鳴る。俺は恋する乙女かっつーの。……いや、恋する、までは合ってるけど。

仕事終了まで残り15分。気持ちはもう、終わったあとの午後にばかり向いている。

「青、腹減ってない?まずはなんか食おうぜ」

……誘い方としては無難だよな?時間的にも12時過ぎてるわけだし。

「そうね」

「何食おうか?」

「とりあえずクラスの売り上げに貢献しましょう」

……ホント、真面目なやつだ。

「じゃあとりあえず焼き鳥で」

俺は焼き鳥を食いつつ、それを行儀が悪いと注意する青の存在の嬉しさに浸りながら、我がクラスをあとにした。若干赤がこっちを見てた気がしたけど、手を振って対応するぐらいにしておいた。

悪いね、リードさせてもらうよ。俺だって必死なんだ。

「和風白玉一つ」

「アイスをチョコ味で」

「ストロベリークレープください」

青と一緒に色んなクラスの店に寄っていく。正直、被ってるメニューがたくさんあるが、高校生の文化祭だから仕方ない。それにしても……

「青って意外に甘いもの好きなのな」

続々と甘いものを頼んでいく姿を見ると、改めて青も女の子だなあと思う。

「い、いいじゃない、好きなんだもの!」

ん、別に否定はしてねえんだが。

「別にいいけどさ。……でもこれはいただけねえな」

青の口の端にクレープの生クリームが付いてる。———懐かしいな。黄のヤツが子供の頃は、クレープでもソフトクリームでもこうやって口の端に付けてたもんだった。

その時のように、俺は自然と手を伸ばした。

「ん、甘っ」

生クリームはやっぱり甘かった。嫌いじゃないけど……って、あれ、青が止まってる?

「どうした?」

「あっ、い、いまっ、ゆ、指っ、くちにっ、で、で、それを、た、たべっ……」

なんか顔を真っ赤にしてる。俺、なんかしたか?

……あ、今の行動はヤバかったのね。なるほど。確かに、考えてみりゃ唇の近くを触るわけだしな。ガキの頃の感覚でついやっちまった。

うん、反省終わり。さて、この茹でダコをどうしますかね。

とりあえず、楽しまなきゃ損だしね。縁日をやってるクラスにタコさんを引っ張ってきた。……若干ヘタれちゃって、手首を握って引っ張ってきたんだけど。さすがに手は握れなかった……。まあ、押しすぎてもアレだしね。

「なんかやりたいのある?」

輪投げ、ヨーヨーすくい、射撃に福引き……できる範囲の最大限で頑張ったんだと思わせる、3年生のクラスの縁日はけっこう盛り上がっていた。

俺の質問に、青は少しためらった後、

「射撃やりたい」

とぼそっと言った。

そして射撃開始。……なるほど、弓道部だけあって狙いが正確だ。その狙いの先は……

「テディベア……」

青が放った弾は、少し大きめなテディベアに全弾命中していた。しかし玉も軽く、テディベアはぴくりとも動かなかった。

「あーもう、全然動かないじゃない!」

若干テディベアを欲しがっていることを知られることに抵抗があったらしい青は、ちょっと照れた風にしながら文句をこぼした。

「ダメダメ、射撃をわかってねえなあ。狙いはあのクマでいいんだろ?」

青は頷いた。よっしゃ、やりますか。

あのクマぐらいならどうにかなる。景品を落とすためには当てるだけじゃダメなんだ。

……とん。

任務完了。使用弾数、3。まずまずだね。

「はいどーぞ」

「すごいね、ありがと」

テディベアを渡すと、青は素直に微笑んでくれた。……可愛い。ちくしょう、単純だな俺……。

次は福引きでもやるかと、その場所に移動したとき、あるクラスメートに会った。ピンクだ。

「あ、青ちゃん、赤くんが探してたよ」

「えっ、ホント?」

……余計なことしやがって。青は驚いたような、でも少し嬉しそうな顔をしていた。

落ち着け、気にすんな。

「じゃあこれからは赤を探しながら行こうぜ」

冷静に対処する。……今日はできれば会いたくない。

……焦るよりは、先延ばしにするか?いや、今日逃げたらダメだ。きっとタイミングを失ってしまう。

早めに決めねえと。俺は福引きの次のコースを考えていた。

〜YELLOW SIDE〜

橙が青を連れ出していった。よしよし。

私も午前番だけど、善意ってことで少し延長して働いている。

正直、目的は赤君の足止めなんだけど。ごめんなさい、クラスの皆さん。

「さあ、シャキシャキ行くよ!焼き鳥3つ!」

ご飯時だし、スパートだ。とりあえず仕事は捌かないと。

「お疲れー」

「あとは任せてねー」

仕事終了。ここからが本当の勝負ですよ。

「……」

無言で急いで着替えている赤君。さっさと青ちゃんを探しに行きたいんだろう。

……うん、ホントごめん。私、これから史上最悪な女になります。

「ねえ、赤君。青ちゃん探してるんでしょ?」

「ん?ああ」

「多分、橙と一緒にいるよ。一緒に探しに行かない?」

「なんで黄色も?」

「私も橙に用があってね。私、あいつの幼馴染だからさ、どこに行きそうかとか大体わかるんだ」

すごい嘘だ。いや、行きそうなところがわかるのは本当だけど。それは、逆に言えば行かなそうなところもわかるってこと。赤君には悪いけど、あいつが来なさそうな場所にご招待します。

「あー……いいぜ、一緒に行こう」

赤君は何も知らずに了承した。……あー、やなヤツだなー私。

というか、赤君も青ちゃんの性格ぐらいわかってないのだろうか?

「いねえな」

「おかしいなー」

橙が来ないであろう場所めぐりの旅。校舎内を適当にグルグルと回ってみた。

こうなってくると赤君からは、ほんの少しだけ焦ってる感じがした。

……うーん、あんまり露骨に変なところばっかり行くと不自然だしなあ。ちょっと危ないけど、人で賑わってる場所も言っておかないとなあ。

3年生の担当しているところはやはり気合の入り方が違う。客引きもすごいから、お客さんの数も多い。

あの2人がいませんように……と祈りながら3年生の廊下を歩く。

「あ、いた」

!!

早いよ、いくらなんでも速攻で見つけすぎ!

「あ、赤だ」

……やばい、青ちゃんも赤君を見つけちゃった……。

橙と青ちゃんは、お化け屋敷に並んでいた。くそう、並んでるんじゃあっちは動けないじゃないか。

……やるしかないですかねえ、アレ。

「うわっ……と」

転んだ振りして、赤君の腕にしがみつく。そりゃあもう、がっしりと。

「き、黄色?!」

突然の行動に赤君は驚いてる。

「あはは、ごめん、転んじゃって……」

すんごい明るい笑顔を赤君に向ける。……青ちゃんに見えるように。

「……」

ほら、青ちゃんの目が冷たくなった。正直、さっきから橙の呆れてる視線が向けられてる気がするけど我慢我慢。

赤君も、青ちゃんの性格ぐらい考えないと。けっこうヤキモチ妬くんだから。

「……橙、行こ」

ちょうど順番が来たみたい。青ちゃんは橙の手首を掴んで中に入ろうとする。

「おい、青!ちょっと待てって!俺、お前に——!」

赤君の、恥ずかしさを捨てた叫びが虚しく響いた。

——赤君も必死なんだな。ごめんね。私も、必死なの。

〜BLUE SIDE〜

赤が私を探しているという事実は嬉しかった。

赤も、あのことを気にしてるんだろうな。早く話をして、このギクシャクしてる状態を元に戻したい。

フリーマーケットの品を見ながら、少し笑みがこぼれてくるのを自分でも感じていた。

「うっわ、お化け屋敷並んでんなー」

3年生が全力をもって作ったと思われるお化け屋敷。正直、他のクラスと被ってるんだけど。

「けっこう人気なのね」

「多分残念な感じになってると思うけどな」

「しーっ!ここには、弓道部の先輩もいるからね」

高校の客寄せで一番手っ取り早いのは後輩を呼んでくることだ。それに見事に引っかかり、こうして私達はお化け屋敷の列に並んでいる。

……中学生くらいの女の子2人が少しべそをかいて出てきた。え、怖いの?

「あ、いた」

ふと、後ろから聞きなれた声がした。振り向いて見れば、赤だった。

「あ、赤だ」

「ッ!?」

橙も赤に気がついたらしい。

そういえば、私、ケータイをまったく鳴らないように設定してた気がする。もしかしてメールとか着信あったのかな。

手を振ってきた赤の姿に嬉しくなる。声をかけようとすると———

「うわっ……と」

黄色が赤の腕にしがみついた。可愛らしい笑顔を赤に向けている。赤も照れているのか、顔を赤く染めていた。

……仲、よかったんだ、あの2人。

別に驚くこともない。黄色は明るくて、可愛い子だ。文化祭を一緒に回ってるんだから、かなり仲はいいんだろう。

……仲直りをしたがってたのは、私だけだったのかな。

せっかく楽しい気分だったのに、気持ちがどんどん暗い方に沈んでいく。

「青?」

橙が心配そうな顔でこっちを見てる。……ダメだ、これじゃあ橙にまでつまらない思いをさせてしまう。

「橙、行こ」

私たちの前の係りの人が、どーぞ、と中に案内してる。いいタイミングなのかな。私は橙の手首を掴み、半ば引っ張るようにしてお化け屋敷の中に入った。

「おい、青!ちょっと待てって!俺、お前に———!」

入る直前、そんな声が聞こえた。ほんの少しだけ振り向くと、赤は『あのとき』みたいなまっすぐな目で私を見ていた。心が、揺れた。戻りたくなったけど、気持ちを抑えて歩を進めた。

お化け屋敷がどうだったかなんて、まったく覚えていない。

馬鹿みたいに赤のことばっかり考えてて、でも橙に嫌な思いをさせないように笑顔は絶やさないようにしてた。

「少し、落ち着こうか」

橙がそう言って、私たちは喫茶店に入った。教室の癖に、個室にしようという努力がわかるところだった。

「……」「……」

重苦しい無言が続いた。

ふと、ケータイに目を向ける。メール、4件。全部赤から。着信、2件。両方赤から。

メールと着信の一番新しいものは、お化け屋敷のときのあとのすぐだった。

少し躊躇いながらもメールを開いて見る。

「題  なし

 本文  会いたい。とにかく会ってちゃんと話がしたい。返信、頼む」

絵文字も顔文字もない、文字だけの、だけどそれゆえにまっすぐなメール。

赤らしすぎる。ほんの少しだけ、気持ちが緩んだ。

それでも返信は送りづらくて、とりあえずマナーモードに切り替えておくだけにした。

「メール、赤から?」

向かいに座った橙が、目はあまりこちらを見ないで聞いてきた。

「うん」

また無言。橙は何かを話しかけようとしてるみたいだったけど。

店員から紅茶が渡された。多少、会話がなくてもごまかせる感じ。

……でも、わかっちゃうよ。橙、何か重要なことを言おうとしてる。どんどん真面目になっていくのを感じる。

「……青」

「な、何?」

「メール」

そう言われてケータイを見ると、ブルブルと震えていた。私は慌ててそれを取る。

赤からだった。

「題  なし

 本文  3時、体育館裏。待ってる」

……馬鹿じゃないの?待ってる、ってこっちの意見を一つも聞かないで、もし私が行かなかったらどうするんだろう。……多分、ずっと待ってるんだろうな。私が来ないなんて思いもしないで、あのまっすぐな目をしながらずっと待っていてくれるんだろう。

どうしてだかわからないが、笑みがこぼれてきた。アイツらしいや。

それでも、私はいまだに頑なだった。

隣にいた黄色はなんなんだろう。……嫉妬なんだろうか。ほんの少しだけ、躊躇いがあった。

橙がぽつぽつと話しかけてくる言葉も、耳には入っていかなかった。

時間だけが刻々と過ぎていく。

「……なあ、青」

橙が、ちょっとだけ強めに私を呼んだ。はっとしてそっちを見る。橙の表情は今まで見たことがないほど真剣だった。

「な、何?」

橙は何かに躊躇いながら、それを口にした。

「赤のことが好きか?」

息が、止まった。

〜RED SIDE〜

見つけたのに……。

さっきから、俺はそんなことばかり考えていた。メールも送ったし、電話もかけた。でも、返答はまるでなし。

……必死になって仲直りをしようとしてんのは俺だけなのか?

青は橙と行動してたみたいだし、つまりは……いや、これじゃ一年前と変わらねえじゃねえか。信じろよ、大切な人を。

「あー……なんか修羅場っぽいけど……赤君、お腹空かない?お昼まだでしょ?」

黄色が気まずそうにしながらも提案してくる。

悪くない。というか、腹が減っては戦はできぬっていうしな。

「そうだな。食堂でも行くか」

飯時を若干過ぎた食堂はがらんとしていた。

適当にものを頼む。空いているからか、すぐに頼んだものが来た。

速攻で食う。足りないが、んなことは気にしない。

——青と、連絡が取りたい。電話のほうがいいか?いや、いつでも見れるメールにしよう。

まわりくどいメールなんて俺にはできない。

3時に、待っててくれるだろうか。……大切なのは信じることだ。もう二度と、大切な人を傷つけない為に。

現在、2時20分。待ち合わせの時間としては悪くないと思う。文面もおかしくないはずだ。うん、送ろう。

と、メールを送信する直前に、黄色が俺に問い掛けてきた。

「……もしかして、青ちゃんにメール?」

「ああ」

黄色の表情が曇った気がした。

「ケンカの仲直りだよね?そんなに焦んなくてもいいんじゃない?」

「いや。ちょっと、のんびりしてらんない理由があってね」

「見た感じ、電話とかメールとかしてるじゃん。それでも相手にされないってことは避けられてるんじゃない?あんまりしつこいとウザがられるよ」

普通に聞けばアドバイスなんだけど、何かが引っ掛かる。なんか、黄色自身が焦ってる感じがする。

こう言われても、引けないもんは引けないんだ。

「まあ、いいさ」

とりあえず、送信。

頼むから、見てくれよ?

「……今、なんて送ったの?」

ホント、今日の黄色はいつもクラスで見る彼女とは別人だ。

「ん?3時に体育館裏で待ってる、って」

正直、お前には関係ないだろ、とも思ったけど、別にコソコソすることでもない。

しかし、黄色の表情は明らかに変わった。

「そんなメール送ったの?!」

「ああ」

なんでそんなに驚くんだ。そんなの俺の自由だろ。

「……ねえ、赤君」

少し躊躇したあと、黄色が口を開いた。

普段の彼女からは想像もできないほど、真剣な眼差しをこちらに向けながら。

「お願い……行かないで」

〜YERROW SIDE〜

何を口走ってしまったんだ、私は。

赤君はキョトン顔。当然だ。

それでも、もう一度、零れるように言葉が私の口から漏れた。

「……行かないで」

本心だ。行かないで欲しい。橙の邪魔をしないで欲しい。

もし、赤君のメールに対して青ちゃんが応えてしまったら。それが意味するのは……。

それに、体育館裏なんていくらなんでもベタすぎる。そこで行われる展開なんて簡単に想像できる。

……させたくないよ、そんなの。本気になってる、大切な幼馴染の為に。

「……悪い。俺も、今回だけは譲れないんだ」

赤君の迷いのない声。まっすぐすぎる、その目。

……反則だよ。絶対揺るがないってわかっちゃうじゃない。

それでも、それでも私は諦めるわけにはいかなかった。——私はもう、一度諦めてしまったのだから。

もう諦められない。私の、大切な人を想う全ての気持ちを懸けて。

「……私には、大切な人がいるんだ——」

私は、私がその人をどんなに大切に想っているか、だからこそどんなにその人に幸せになってもらいたいかを、心が思うまま吐き出していた。

「だから……お願い……アイツを……幸せにさせてあげて……私の……唯一の望みを、止めないで……」

本当に、赤君には行かないで欲しかった。

それを叶える最後の足止めの為に、みっともないぐらい、私は全てを吐き出していた。

それでも、目の前の少年の瞳は、少しだって迷ってはいなかった。

「……わりぃ。……俺もさ、大切な人の為に、止まれねえんだ。俺はもう、絶対に逃げたりしねえ」

バカみたいに、きもちいいくらいにまっすぐな言葉。……わかっちゃったなあ、青ちゃんの気持ち。コイツの、こういうところを好きになったんでしょ?格好いいよ、赤君。彼の目はきっと一点だけを捉えてる。

「俺、行くわ」

立ち上がった彼を、私はもう完全に、止めることなんてできなかった。

終わった……。無力感が私を包み始めたその時、歩きだしていた赤君が、思い出したようにこっちを振り返った。

「あのさ、大切な人に幸せになってほしいならさ、お前自身がそいつを幸せにすりゃいいんじゃねえか?『誰か』じゃなくて、お前が大切な人の隣に居てみせろよ。……ホントに大切なら、譲れやしないだろ?」

じゃあな、とスピードを上げて走っていく姿を見送り、私はただ茫然としていた。

何をしてるんだろう。色んなことで頭がゴチャゴチャになってる。整理しようとしたら、涙が流れ始めた。止まらない。

嗚咽が隠せなくなってくる。

私はまた、負けちゃった。絶対譲れないと思った想いすら、叶わなかった。

大切な人の幸せを望むことすら、私には許されないの?

悲しみに染まる私の心。それでも、赤君の言葉は、心のどこかで響いていた

〜ORANGE SIDE〜

「赤のことが好きか?」

散々、悩んだ。諦めたくないって想い続けていた。

それでも、俺は今、青に向けてこの質問をすることを選んだ。

「……うん」

大きすぎる、たった一言の肯定。でも、わかってはいたさ。青の返事なんか聞くまでもなく。

俺も、こんな問い掛けなんかするつもりはなかった。ただ……ただ、赤に声を掛けられた後の表情や赤からのメールを見た一瞬だけ見せた、青のはにかんだような笑顔が、俺には眩しすぎたんだ。

あんな、あんな切なそうな顔をする青なんか見たことない。あんなに嬉しそうに笑う青だって見たことない。

そのどれもが、大切だった。そのどれもが、愛しかった。そして何より……その表情を守りたい、と思ってしまった。

だから、どうしても——「好きだ」と伝えることができなかった。「俺じゃダメか?」なんて聞けなかった。

俺の想いが、青を迷わせるんじゃないかって、青の表情を曇らせてしまうんじゃないかって……そのことが何よりも恐ろしくなったんだ。

だから俺は今、愛の言葉じゃない言葉を彼女にかけると決めた。

「——行けよ」

ああ、喉が震えてる。

「迷ってんじゃねえよ……」

頭がおかしくなりそうなくらい、胸が何かに締め付けられていた。——きっとこれを、切ない、って言うんだろうな。

「……行け」

最後のたった一言に、全ての感情を押し殺して、だけど俺の気持ちを全て押し込めた。

青は少し戸惑いながらも、個室から出ていった。たぶん、走り始めたんだろう。遠くなっていく足音のリズムは速くなっていった。

……これでいいんだ。

初めて、本気になった。

初めて、絶対負けたくないって思った。

初めて、人を愛しいと思ったんだ。

だけど俺は今、譲れなかったものを諦め、情けなくテーブルと向き合っている。格好悪いし、とんでもなく惨めだ。

けどな、赤。一つだけ言わせてもらう。

——俺は、負けてねえぞ。

青の、宝物みたいに輝いてる表情。きっとあの表情は、俺じゃあさせてやることはできない。赤に向けるからこそ、あんなに輝いているんだろう。

俺は、ずっとあの表情に惹かれていたんだ。

だからさ、俺は俺の為に、俺の一番大好きなものを守ったんだ。お前の為なんかじゃない。

なあ、青。きっとお前はさ、ずっと俺の大好きな表情をしていられるんだろ?なら、俺は勝ったよ。

大好きな人を、俺は守れたんだ。

でもさ、どうしても……切ねえよ……。負けてねえはずなのに、どうして涙が出てくるだろうな?

ああ、格好わりぃ……

『掴んだ者への涼風』

少女は走る。自分を待つ、大切な人の所へ。

少年は待つ。大切な人へ、何かを伝える為。

午後の日差しは、まだ暖かさを残していた。約束の時間よりほんの少しだけ早い、約束の場所。

少女は少年を見つける。少年も少女に気付く。

縮まりゆく2人の距離。少年は少し照れ臭そうにしながら、口を開く。

「ありがとな、来てくれて」

少女は切らした息を落ち着けると、やや俯くようにしながら応える。

「ううん」

そして続けるように、言いたかった一言を告げる。

「赤、……ごめんね」

少年は微笑む。気にするなとばかりに少女を見る。

「俺のほうこそ。ごめんな、気にさせちゃって」

「そんなっ、私が……」

少年が謝るのは筋違いだと少女は慌てたように言う。

少年は、そんな少女を見てもう一度微笑む。

「いいよ、もう。もういいんだ」

受容。少女を?否、自分を、自らの過去を否定するのではなく、それを次へと繋げる為に。その先にこそ、大切なものがある。

少年の表情は真剣なものを含んでいく。

「青、俺、もう逃げねえから。『今まで』じゃなくて、『これから』と向き合うから」

誓い。まっすぐな瞳が捉えるのは、『今』。

「……?」

何を言っているのかはわからない。それでも、このまっすぐな目は何かを伝えようとしている。

「青、俺もう、大切なものを放したくない」

いつしか少年の表情が赤みを帯びている。それでも、その目は逸らさない。

「好きだ」

たった一言。その一言に全てを込めて。

少女は驚く。しかし、恥ずかしそうに少しだけ俯くと、赤くなった顔を隠そうともせず、少年の目を見つめた。

「大好きだよ。私も、あなたのことが」

もう隠さない。少女は少女で、気持ちをまっすぐに伝える。素直になると決めた。心に、嘘はつかない。

お互いがお互いを見つめる。こぼれ出たのは、微笑み。ともに赤くなった顔を見せあい、ともに笑う。

まだ暖かな、午後の陽だまり。いつか吹いた、爽やかな風が2人の間を通り抜けていった。

『零した者への月光』

高校の文化祭の後ともなれば、盛り上がった生徒達は打ち上げへとなだれ込むだろう。

文化祭の後の楽しげな生徒の波を抜け出て、黄色はいつかの公園へと向かっていた。

……うちはどうして橙の家の隣なんかに建っているんだろう。

ばったり橙に会いたくない。そんな気持ちがここへと足を向かわせた。

ブランコにでも揺られてよう。そう思って移動すると、向かいのベンチに知りすぎている姿があった。

「……よう」

ベンチをいっぱいに使って寝ている橙。お互いに気まずそうにしながら、黄色が口を開く。

「何してんの?」

「別に。お前は?」

「別に」

やる気のない言葉が行き来する。すっかり冷たくなった風が吹く。

「大体、あんた片付けサボったでしょ」

「……いっしんじょーのつごーによりー」

「私はサボれないんだよ、セキニンシャだし」

「知るか」

重い沈黙が流れる。この時期になると暗くなるのも早い。

5時過ぎの今は、もうかなり夜の暗闇が空を覆っていた。

「……格好わりぃな、俺」

呟くように、でも近くにいる幼馴染には聞こえてほしいかのように言う。

「本気になったのに、全力出し尽くしたのにダメだった」

初めての挑戦は、惨めな結果に終わってしまった。

「私のほうがすごいよ。負けられない戦いに2連敗。しかも、完敗」

大切な人を想う気持ちが一つだって届かなかった。

「すごいな」

「でしょ」

「俺もすごいだろ?」

「うん」

自嘲だとは、お互いわかっている。それでも、お互いが懸けていたものはあまりに大きかった。

「……格好悪いな、俺ら」

「……うん」

橙が仰向けになったまま、空に手を伸ばした。

「遠いな、空」

「そうだね」

届かないのは空か。それとも。

「……ちっくしょ……」

「ねえ橙」

「なんだ?」

「もしかして、泣いてる?」

聞き慣れた声が擦れている。

「……泣いてねーよ。お前こそ」

わからないわけはない。

「……泣いてないもん」

2人の強がり。本当はお互いわかっている。

「そっか。……帰るか」

「……うん」

「格好悪いもの同士」

「……なんかやだな」

そうして2人は腰を上げる。

並ぶ様子はいつも通り。

「寒いなあ」

「寒いね」

他愛ない会話だっていつも通り。

「……今日さ、遊びに行っていい?」

「……久しぶりだな。いいぜ」

寂しさ含む、夜の風。

風をもたらすその空は月が顔を見せ、静かに、けれど確かに2人を照らしていた。


『another story』

「寒いな」

「寒いね」

12月だから当然だとは思いつつ、それでもつい口に出してしまう。

息を吐けば白く染まるし、夕方を過ぎれば手袋をしてても手が冷える。

「大丈夫か?」

「うん、頑張って風邪ひかないようにするね」

隣にいる白は厚めの手袋、マフラー、コート、帽子を着け完全防備だ。少しやりすぎかもしれないが、彼女にはこれくらい必要だ。

——今年は、クリスマスもお正月も元気でいるんだから。

去年、クリスマスは頑張ったが12月31日に具合が悪いと寝込んでしまいお正月のムードを感じないまま、さあ新学期だ、となってしまった白は今年こそ、と気をつけている。

「クリスマスも、初詣も、一緒にいたいもん」

ぐっ、と手を握り締めて気合をいれているらしい。

俺は、今の台詞がどうしようもなく可愛くて、笑みがこぼれてくるのを感じながら、彼女の手を取った。

今でも少し照れくさいが、手を繋ぐという行為が俺は好きだった。

「そうだな。一緒にいような」

手を繋いで、2人で歩いていく。

歩く道は今までと同じで、隣にいる人も変わらない。けれど俺たちは間違いなく、過去から今へと歩いてきた。

これからへも、一緒に歩きたい。それは思うものじゃなく、今の積み重ねでできていくものだ。

はっ、と振り返ったそのときに結果が見えてくるもんだろう?

一年前、冬。

町はクリスマスに向けて、どこかしこが鮮やかや色や、光で彩られていた。

いつもと同じ道を2人で歩く。しかし、俺たちはまだ、あの喪失感を拭えてはいなかった。

「赤くんはさ、毎日遅くまで自主練してるんだって」

「知ってる」

赤が、秋のアレを気にしているのか、俺たちから離れていってしまった。

代わりに、と言っていいのかわからないが、陸上に集中し、毎日とんでもなくキツイ自主練を行なっている。

……まあ、あいつらしいと言えばらしいのだが。

「最近、一緒に帰ってないよね」

「ああ」

白は寂しそうな表情を見せる。俺以外の、初めての男友達。

いや、それ以上か。初恋の人、だろうな。

秋にはあんなことを赤に吐き捨てたが、間違いだった。

あいつは、いてくれるだけで白は嬉しそうな顔をするのに。たぶん、あの言葉のほとんどは——嫉妬からのものだろう。

情けないな、あんな偉そうなことを言っておいて、結局それは自分のエゴだった。

自己嫌悪に陥りそうになるが、自分のせいで白が悲しんでるのに、それを放っておいて、勝手に落ち込むことすら俺の我がままだ。

やるべきことは、今、白を沈み込ませないことだ。

「……大丈夫だ。あいつは今、陸上の方に集中してるけど、またきっと前みたいになれるさ」

気休めかもしれない。それでも、白を励ますことができるならよかった。

「……うん」

寂しそうな笑顔。

胸に何かが突き刺さるが、顔には出さない。——隣にいられれば、満足さ。

それが単なる逃げだって、わかってはいるが気付かない振りを決めこんでいた。

寒くなりゆく、12月の空。


六年前、秋。

昨日まで降っていた雨が上がり、綺麗に晴れた日だった。

けっこう『もしも』のことを考えるタイプの俺は、一応折りたたみ傘をランドセルに入れた。

すぐそこの家まで白を迎えに行って、一緒に登校する。俺にとっては習慣になった、いつも通りの行動だ。

「黒くん、おはよう」

ニコッと笑って白が挨拶をする。

「おはよ、白」

俺は白みたいに綺麗に笑うことができない。なんでなんだろう。

秋なのに朝から日差しは暖かめで、これからは暑くなるんだろうと思った。

「……こほ」

軽く白がせきをした。……おかしいな、白は体が弱くてよく風邪をひくから、せきをするような日はあまり積極的に学校に来ないんだけど。

「白、風邪ひいてるの?」

「ううん、大丈夫だよ」

白はまた笑顔になったが、ちょっといつもとは違う感じがした。

今日は5時間目に体育がある。今やっているのはサッカー。俺はけっこうサッカーが好きだった。前の授業ではゴールも決めていたので、今日はわくわくした気分だった。

「サッカー楽しみだなー」

独り言のようになったが、すぐに失敗した、と思った。白はほとんど体育は見学している。確かそれを気にしているはずだ。

「あはは、頑張ってねー」

意外と大丈夫だった?

「私は調理実習が楽しみだな。友達と一緒に作るんだ」

……ああ、なるほど。今日は3・4時間目に調理実習があるんだ。もしかして、それが楽しみで今日は頑張って来たんだろうか。

2人で笑いながら学校へ向かう。今日も楽しい一日になればいいな。

「ナイッシュー、黒—!」

「っしッ!」

2点目を決めた。みんなも喜んでくれた。気持ちがいい。

……キーンコーンカーンコーン

チャイムだ。結果、3対2で勝ち。やっぱり勝ったほうがいい。

「黒、すごい上手いじゃん!」

「そうかな」

「今日さ、隣のクラスの連中と試合するんだけど、来てくれない?」

……どうしようか。今日も白と一緒に帰る予定だけど。正直、行きたい。

でも、一応聞いてみないとな。

「いいよ。いつも黒くん一緒に帰ってくれてるもんね」

「そうか。サンキュ」

白が了解してくれたことで、気持ちはもうサッカーのほうに向いていた。

「頑張ってね」

「ああ。じゃあな」

「うん。……こほ」

俺は走って友達の方に向かったが、一瞬聞こえた白のせきが少し気になった。でも走り出した足を止める気にはならなかった。

ザーザー——天気が一変し、雨がしとしと降り始めた。

途中まで気にせずサッカーを続けていたが、みんな寒くなったのか、誰からともなく解散となった。

濡れてしまった服を着替えて、シャワーで暖まった。

特別なことがあるわけじゃない、普通の一日だった。——俺にとっては。

「ごめんねー。白、風邪ひいちゃったみたいなのよ」

翌日、いつも通り白を迎えに行くと、白の母親にそう言われた。

少し驚いたが、白が風邪をひくことは珍しくない。気にせず、とまではいかないが、そうなのかぐらいの受け止め方をして学校へ向かった。

しかしそれが金曜日まで続いた。さすがに心配になってくる。金曜の夕方、俺は白の家に行くことにした。

白の家を訪れると、白の母親が外出の準備を慌ただしそうにしていた。どこかへ行くんだろうか?単純にそんなことを考えていた。

「おばさん、白、大丈夫?」

俺が声をかけると、おばさんはようやく気付いたようだった。

「あ、黒くん。こんにちは。白はねえ、今病院にいるの」

「病院!?」

病院と聞くと、白が3年生ぐらいの頃に入院していたのを思い出す。あの時の白はとても退屈そうで、可哀相だなと思った。

「おばさん、俺もお見舞い行っていい?」

あの時は、俺が行けば白はすごく嬉しそうな顔をしていた。そのときみたいに、白を元気付けようと考えていた。

「うーん……」

おばさんは躊躇っていたようだったが、俺があんまり頼むので渋々了解したようだった。俺の母親には、おばさんから連絡してくれたみたいだった。

病院独特のにおいが鼻につく。いつも思うが、いいものじゃない。

俺はてっきり、白はベットで休んでいて、俺が行けば笑いかけてくれるものだと楽観視していた。

「白、大丈夫か……?」

病室に入ると、そこは別世界のようだった。ドラマでしか見たことがないような医療器具。それに包まれるように、白は苦しそうに寝ていた。

「白ッ!?」

慌てる俺をおばさんは静かに諭した。

「今はだいぶ落ち着いてるわ。昨日はもっと酷かったんだけど。この子、風邪をこじらせちゃってね。この前の雨に当たっちゃったみたいで」

おばさんがぽつりぽつりと話す内容を聞き取ると、一時は命も危なかったらしい。

……この前の雨のせい?

あの日、俺は傘を持っていなかったか?せきをする白の異変に気付いていなかったか?それなのに白を放っておいて、サッカーをしにいかなかったか?

……俺のせいだ。俺があの時、サッカーをしに行かなかったら。そうすれば、白がこんな目に遭うことはなかったのに。もし、何かが間違っていたら、俺は白を殺してしまうところだったんだ。

——もう、絶対に白をこんな目には遭わせない。もうこいつを危険な目に遭わせたりしない。温かみのない病室で寝かされている白を見て、俺はそう決意した。


今年、初夏。

白が欠席した。それ自体は珍しいことじゃないが、最近は休むことが前よりも増えた気がする。

秋に肺炎にかかってしまってから、風邪になりがちになってしまったし、免疫力が弱まっているのかもしれない。俺に医学的な知識はまったくないが。

「まだ新しいクラスに慣れてないんだ」

配布されたプリントを渡しに行ったとき、白はそう言って苦笑いした。

……痛々しいな。

彼女が病気になりがちになっているのはこういうところも要因になっているのだと思う。

正直、白の友達の数は多くはない。友達なんてものは量より質だとは思うが、あまり積極的ではなく、誰かに声をかけたりすることを苦手にしている白は、なかなかクラスメートに打ち解けることができていない。その上、欠席する日が多いのだからその問題は深刻だ。

たぶん白は今、孤独感を感じているんだろうと思う。そんな精神的な疲れもあるに違いない。

「あはは、ホントはきちんと毎日学校行きたいんだけどね……」

ちくりと胸を刺す白の笑顔。どうにかして、心から笑わせてやりたいと今日もまた、思った。

今年、夏。

日差しが暑い。地球温暖化が進んでいるのも関係あるのか、年々夏が暑くなっている気がする。

俺も過度に暑いのはあまり好きじゃないが、気になるのはやはり白だ。彼女は熱射病対策にはぬかりなく対処しているが、どうしても少し心配してしまう。

「暑いねえ」

その白がこちらに苦笑いしながら話し掛けてくる。

「まだ朝なのにな」

朝の通学の時、隣に白がいることはもはや当然というようになっている。

白は日焼けクリームの効果を心配しているようだった。白の肌は透き通るような、という形容詞がぴったりなぐらい真っ白だ。普段からあまり外に出ないことが大きいんだろうから、本人にとっては複雑らしい。

「花火大会、近いね」

彼女が声を弾ませて言った。そうだ、と思い出す。

この時期の風物詩である花火大会を、白は毎年楽しみにしている。とはいえ、実際に出かけているのは数回だ。去年なんかは白の体調もよく、赤と一緒に3人で行くことができた。

余談だが、白が俺らとばかり一緒にいるのは、彼女なりの配慮なのである。白に女友達がいないわけじゃない。むしろ、世話を焼いて上げようとするような優しい子たちがちゃんと友達としている。

しかし、こういうイベントのときなど特にだが、白は急に行けなくなることが結構ある。それによって、その優しい子たちに迷惑をかけたくないらしい。

「今年も見に行こうな」

俺なら大丈夫、と思われているんだろうか?甘えられる相手として、俺はいることができているんだろうか?

まあ、その答えを出すのは俺じゃないが。

『……ごめん。……風邪、ひいちゃった……』

「気にすんな。それより、電話なんかして、体調大丈夫なのか?」

『これぐらいはやらないと、と思って……また、黒くんに迷惑かけちゃってるし……』

「こんなの迷惑でもなんでもない。ゆっくり休んで、早く治せよ」

『うん……ありがと。……あーあ、行きたかったなぁ、花火大会。綿飴とか、焼そばとか食べたかったのに』

「残念だったな」

『うん。……あはは、私ね、お母さんに浴衣も準備してもらってたんだよ』

「……。……よく似合ったんだろうな。俺も見たかったよ」

『えへへ、嬉しい。……あー、行きたかったなぁ』

花火大会当日。白から、風邪をひいたから行けない、という電話がかかってきた。

普段の彼女の声とは違う、擦れ気味の声なのに、その声にも慣れてしまっている自分が少し誇らしく、そしてたまらなく嫌だった。

聞こえてくる、その彼女の声からは寂しさや残念さが伝わってきた。

……どうして彼女がこんなにつらい思いをしなければならないんだろう。普段から楽しいことを制限されているなか、無邪気にイベントごとを楽しみにしている彼女に何故今日、風邪なんかひかすんだ。

誰に文句を言うわけでもなく、ましてもっと不幸な人がこの世にはいるってことも知っているくせに、彼女の不幸がその全てみたいに嘆く。……これもエゴなんだろうか?——それでも構わないさ。

「新学期にはしっかり元気に出てこれるようにしろよ」

『……うん』

頷くだけ。あちらは言葉を続けないのだが、それでも電話を切ろうとはしていないようだった。

「……どうした?」

つい尋ねた。

『……黒くん、もうちょっと電話しててくれないかな?……その、なんか……寂しくて……』

——心が、痛んだ。それがどんな感情からなのかはわからなかったが、ただ白の言葉が心にジンジンと染みていった。

「……そっち、行ってやろうか?」

家はすぐそこだ。白の家に行くことは造作もない。

『ううん。風邪、移っちゃうと悪いし』

「そうか」

そうして俺と白は、いつもよりもゆっくりと、いつもよりも優しい話をした。30分も話しただろうか、白が今なら寝れそう、と言って電話を切るまで、俺たちだけに時間が緩やかに流れているように感じながら話をしていた。

もうすぐ、夕方だった。

空では星が光を放っている。昼が長いと言っても、やはり夏にも夜はある。至極当然だが。

スタンドライトによって控えめに照らされる白の顔。それは美しく、切なく、儚く見えた。

いつから俺は、白のことを『儚い』と思うようになったのだろうか。

彼女は微笑んでいることが多い。しかしそれは、薄く薄く作られた表面上のものだ。

ふとした瞬間に見せる彼女の素の表情が、どんなに痛々しいか。その顔に映るのは恐らく、『寂しさ』。

俺は、それに気付けるんだ。……なのにどうして動かない?一年前の秋、間違ってこそいるが、彼女の本物の笑顔の為に動いたアイツを見たのだろう?

動かなければ、変わらないのだ。いつまでも、『保護者』の振りをした『傍観者』ではいられない。

——だから俺は今、ここにいる。

「なあ白、起きろ」

すぅすぅと寝ていた白に声をかけ、起こす。

「……ぅん?」

眠り自体は浅かったらしく、すぐに目は覚ましたが、寝呆けてはいるようだった。

「おはよう」

そんな様子の白を見て、少し頬が緩んだ。笑いながら声をかけた。

「おはよう……?」

白はまだ状況を把握できていないようだ。

「どうして黒くんがここにいるの?」

彼女は不思議そうな顔をしていたが、その質問を答えるのは後回しにさせてもらう。

「白、あの窓から空見てろ」

まったく話の流れに乗っていないが仕方ない。とにかく、白の目をそちらに向かわせる。

「?」

まだ白は戸惑っている様子だったが、ちゃんと外を見てくれた。

——ヒュウゥゥゥ……ドーン……

「見えた!花火!!」

たった一発。実は、花火大会の締めである特大の二尺玉だけは白の家の窓からでも半分ぐらいが見えるのだ。

……くだらないよな。こんなことをするためにわざわざ白の部屋にまで上がり込んだ。でも、後悔はしていない。

「白は楽しみにしてたからな。あと、縁日の気分だけでも思って綿飴買ってきたんだが……もしかして食べられないか?」

調子に乗って綿飴まで買っている。病人に持ってくるものじゃないと誰でもわかるだろうに。

「……」

白の反応もいまいちだ。珍しく黙ってしまっている。

しかし、やがてそれが泣くのを我慢しているのだとわかった。

「白?」

何故泣きそうになっているのかわからなかった。

「ごめん……でも……ッ……嬉しくて……」

声も少し涙声だが、白は目を指で擦りながら笑っていた。

「——ッ」

『あの』笑顔だった。彼女は確かに、俺が焦がれた笑顔を見せていた。

もう、『保護者気取り』では誤魔化すことなんかできなかった。——彼女が、愛しい。

「黒くん……ありがとね」

ずっと抑えてきた感情が、彼女の声で、些細な仕草で大きくなっていくのを感じた。

スタンドライトの頼りない光に照らされる部屋。窓からは星がチラチラと光っているのが見える。

俺はまだ、言葉を紡げずにいた。

「……ホントはね、一緒にいて欲しかったの。……一人になるのはいやだった……なんでかわかんないけど……なんだか寂しくて……黒くんにいてほしかった」

でも嘘ついちゃった、と呟くような声が聞こえてくる。

そんな言葉の一つ一つが俺の心の奥の奥まで突き刺さっていった。

——動けよ。本当に大切な人を、自分自身が守る為に。

「ずっと、いるから」

少しずつ、想いが溢れだした。

「ずっといる。絶対お前を一人になんかしない。ずっと俺が隣にいてやる。いつまででも、……お前が望むなら一生だって一緒にいるから。だから……」

溢れだした感情は止まりそうもなかった。正直、何を言ってるのか自分でもよくわかっていない。

白はそれを聞くと、俯いて、しかし少し笑った。

「プロポーズみたい」

よく見れば、彼女の顔は真っ赤だった。俺も彼女にそう言われ、顔が熱くなるのを感じていた。

「……黒くんは、いっつも私の為のことしてくれるけどさ、……黒くんはそれでいいの?」

白はまた俯き加減で、ぼそぼそと俺に問う。

「?」

「私、こんな体なんだよ?滅多に遊びに行けないし、行ってもすぐに疲れちゃうし、いつも病気になっちゃうし、また入院しちゃうかもしれないし、トロいし……」

だんだん弱くなっていく白の声。彼女が思う自らのコンプレックスの壁はとても大きい。

「……そんな私でも、君の隣にいていいの?」

「ああ」

何を迷う必要があるんだ。『そんな』彼女の笑顔の為に、俺はここにいるのだから。

「ずっと一緒にいよう、白」

強く、しっかりと。もう、決して揺るがず、彼女を支えると決めた。

彼女ははにかみ、俺の胸に寄り掛かった。

「大好き」

俺たちを照らす、淡いスタンドライトの光。それに似た、淡く優しく、しかし明るい光が俺の胸の中に確かにあった。

そして、今。

俺は白と一緒にいる。特別じゃないけど、とびきりに特別なことだ。

「寒いね」

「そうだな」

この問答だってありふれた、たわいもないものだ。でも、それを大切な人とできる。これ以上の幸せなんてどこにあるんだ?

手袋越しでも、繋いだ手には温もりを感じる。隣を歩く彼女の存在は、間違いなく俺に暖かさを与えている。

——暖かいな。

寒空の下、そんなことを考えていた。

「ねえ、黒くん」

彼女の、俺を呼ぶ声。

「なんかさ、寒いんだけど……こう、なんか、あったかいよね?」

笑いが込み上げてくる。堪え切れずに吹き出すと、彼女も一緒に笑った。

笑いあい、並んで歩く俺たちは、決して今だけのものじゃない。ずっとずっと長い間、一緒に歩いてきたんだ。

だから、今は歩き続けよう。約束や誓いなんて要らない。

一緒に歩いていくことが結果であり、そして未来だろうから。







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 12:11:19