メイン複数SS

午後の二時、一日でもっとも熱くなる時間帯で日が燦々と降り注ぐ中、俺は遅めの昼食をとっている。チャーハン美味い。

起きている茶は英語の描かれた薄い茶色のタンクトップに膝までの濃い茶地に明るい茶色のチェックのスカートを履いている。茶はどこかで見たようなテレビ番組に釘付けだ。

「ほえー」

テレビの中の人が何かする度に手をパチパチと叩いたり眼をキラキラさせたり感嘆の声を上げたりする。

テレビからは「ジャー○ネットジャ○ネット夢のジャ○ネットたか○」と聞こえる。通販を見ているのだろう。

時折電話をとってどこかへ電話をしているのは気のせいだろう。

たまに「間違えましたすいませんすいませんすいません」と聞こえるのも幻聴だろう。



「で」

満足げな顔で「はえ〜」と気持ち良さそうな声を出しながら悦に浸っている茶の向きをこちらへ向かせて、

「何してた?」

「注文してたー」

「何を?」

「帽子と、テレビと、掃除機」

頼みすぎじゃないか?

とりあえず、俺は後で消費者生活センターへかけあうことを決めた。クーリングオフってヤツだ。まさか使うとは思わなかったけどな。

にこにこしてる茶を、眉間に皺を寄せ、メガネを外し、眼を細めて睨みつけてみた。

びくっ、と身体を震わせだんだんと涙眼になり眉がハの字になる茶を見て、罪悪感がズキズキと心に響く。

「だ、だって、掃除機なかったよ?」

涙を溜めたウルウル眼をこちらに向け、両手を大きく使って必死に茶は言う。

確かに、掃除機は無い。先進国にしては珍しいと思うが。

「箒で充分だろ?」

「うぅー……で、でも! 3万円だよ!?」

立ち上がり、拳を握り力説をする茶色。誰に演説をしてるんだお前は。

ただ、俺の目線はその下にいくわけで。えぇ、またですよ?

俺の網膜は純白の映像を完璧に捉え、瞬間的に脳細胞に焼き付ける。記憶に固着させ、永久保存の処理を施し、記憶の中心に据えておいた。

「お前、またか」

「ほえ?」

俺は眼を閉じ、ふぅ、とため息をつきながら首を横に振る。

「下半身に注目」

「!」

茶は、ずばっ、と両手で問題の箇所を隠す。いつものトロさはどこへやら。

顔はすでに真っ赤で、こちらをこれ以上溜まらないんじゃないかというほど涙を溜めた眼で睨みつけている。

正直、全然怖くない。

「見た!? 見た!?」

「あぁ。 すでに網膜に焼き付いてるから安心しろ」

「あうぅ」

「やめなさい」

後ろから明瞭かつ重い声が聞こえ、俺の延髄に形容しがたい衝撃が走った。

ああ、眼がチカチカするぅ。何しやがるんだ。

首をさすり、後ろを恨めしい表情を作って身体ごと振り返るといつの間に起きていたのか、そしていつの間に後ろに居たのか分からないがとにかく黒が居た。

首にはシルバーネックレスがあり、上は半袖黒地で縦に二本、十字架のラインが入っているシャツ。下はロングスカートで裾にはフリルがついていた。

「このエロガッパ、茶に何をしていたの?」

「何もしてねぇ。 俺は単に機会を逃さなかっただけだ」

「……あぁ、かわいそうに。 あなたは今、私に亡き者にされる運命にあるのね」

と、手を頭に当てて天を仰ぎ、そしてどこから取り出したか分からないが小太刀を握っていた。

さすがに冗談だろう。黒がこちらを獣を狩る狩人の眼で見ているのは気のせいだろう。薄ら笑いを浮かべているのも幻覚だ。何もかも夢だ。

「……まあ、さすがにやりすぎだと思うから」

黒は小太刀をまたどこかへと消した。どこに消えてるんだ。もしかしてコイツには四次元空間につながっているのだろうか。

謎だ。

「乙女の秘密よ」

黒は口に手を当て、口元をゆがめ首を一センチほど傾けて言った。眼は笑っていない。訊いたら殺される確信が俺に芽生えた。

茶色が「もーいーよー」と言ったのを合図に、俺はテーブルへ振り返り食事を再開した。

あ、冷えてる……。だが冷えても美味いのが真のチャーハンの証。まだ美味いぞこのチャーハンは! 誰にも否定はさせない。むしろしないでくれ。後生だから。

「しかし、あなたの料理は美味しいわね」

気配を消すのが得意技だとしか思えない黒がスプーンを俺から掠め取り、チャーハンをぱくつく。

茶はちゃんと下を穿いて、顔の赤みは「ほのか」と形容できるぐらいまでに落ちついてテーブルの対面に座って俺と黒を、ぶすっ、とした表情で見ていた。

風がそよそよと吹き、視界の端っこの黒の髪がサラサラとなびく。

「うん、美味しいわ」

にこり、と黒は笑う。こいつは実は毒舌ではなく腹黒くもなくて、常に自分に素直なのだろうか、と思う。

「じゃあ、あたしちょっと疲れたから寝るね」

笑顔を作った茶は俺らに宣言し、こちらを意識して見ないようにしながら机の上に上り、光って消えた。

その背中はなんとなく物寂しい感じがした。

空になった皿をステンレスの流しに置き、お茶の入ったポットを持ちテーブルに座った。

黒はベッドの上に座り、こちらを見ていた。

どかっ、と座ってあぐらをかき、俺はお茶を湯飲みへ八割ほど入れ一口飲んだ。

そのまま俺は眼を閉じ、ふぅぅ、と長く細くため息を吐く。

直後、俺の背中に柔らかい感触。首に回される細い何か。右の耳に何かの吐息が当たる。

「なっ!?」

俺は思わず叫び、眼を見開き横目で黒を凝視。黒は眼を閉じながら俺の首に手を回し、俺と密着していた。後ろから。

言うまでも無く、俺の背中には幸せな感覚が伝わるわけで。心の中でガッツポーズ。

「あなた、もしかして気付いてないの?」

細く切れ長の眼が俺を見て、艶やかな言葉が俺の耳に侵入する。

……ん?「気付いていない」とは?もしかして俺は琴線に触れるようなことでもやったのか?

だが俺の思考回路は熱暴走を起こし、強制終了。ピーという機械音とノイズが俺の脳内を支配し、俺の時が止まった。なるほど、ざ、わーるど。

硬直して微動だにしない俺に対して、黒は、

「私はね、あなたが好きよ?」

俺の頭は熱暴走を通り越して核融合を起こし始め、当然それに耐え切れるはずも無く爆発した。

核融合から爆発までの僅かな時間のうちに超速度で思考をし、なんとかしてひねり出した一言を呟いた。

「冗談、だろ?」

俺がこの言葉を発した直後に爆発—つまりは気絶—したので黒がなんと言ったのかは分からない。

ただ、俺が次に起きた時、俺の問いかけがいかに空しく無駄なものだったかが分かった。

俺が意識を取り戻し、感覚を知覚し始める。右に暖かいものを感じ、左から下にかけて重力がかかっているのを感じた。

眼を開ける。俺は右を下にして横になっているようだ。だが、問題は俺の頭が置かれている場所である。

「気がついた?」

膝枕である。これはもう喜ぶしかないとは思いもしたが、俺は何事も無かったかのように起き上がる。

「あぁ、なんとかな」

まさか気絶をしている最中にわざわざ俺を膝の上に寝かせたのだとしたらそれはもう確定である。コーラを飲んだらげっぷが出るくらいにね。

黒は正座を崩し、いわゆる「女の子座り」をしてから俺の眼を見据え、答える。

「私の言葉は常に嘘、偽りは無いわ」

黒は常に冷静に、言うことははっきりいうヤツだと思っていた。利害得失は関係なく、思ったことを率直に言うものだと。

ただ、まさかこんな話題までも素直に言うとは思わなかったが、気になることがある。

もし、嘘をついてないとするなら、「皆」とは……?

俺が眉間に皺を寄せ、あごに手を当てながら考え始めたのを見計らって黒は立ち上がり、ベッドに腰掛けた。

黒は口元に手を当て「ふふふ」と妖艶な微笑みを浮かべながらこちらを見た。

「まあ、信じる信じないはあなた次第よ」


実にまったりした、いい静けさである。

休日の午後3時頃、俺と黄緑は二人して饅頭をお茶請けにして緑茶に舌鼓を打っている。

「平和ですねー」

黄緑が目を細めながら、淡く光が差し込む部屋に視線をめぐらせる。

今の黄緑は、上は明るいグリーンで無地のボディーシャツにこれまた薄い緑のシースルーシャツ。

下は濃い緑のロングスカートで、礼儀正しく正座をしていた。

周りでは先ほどまで騒いでいた色鉛筆達やクレヨン達が転がっている。

俺は疲れを吐く息に乗せて深呼吸し、黄緑の方に眼をやる。

黄緑は常に誰もを和ませる微笑をたたえて、「激」と描かれた湯飲みを両手で持っている。

「確かにな」

湯気がもくもくと立つ緑茶を啜り、ふぅ、と息を吐く。

俺の頭の中に巡っているのは、先日黒から言われた一言だ。

紅や青に訊くのは気が引ける。黄や桃なんてもってのほかだ。

で、相談するとしたらこの黄緑しかいないだろう、と思っている。

彼女ならば冷静に物事を受け止め、親身になって考えてくれると思ったからだが、どうもきっかけがつかめない。

唐突に話してしまえばこの和んだ雰囲気が右肩下がりで悪くなるのは当然だしな。

と思っていると、黄緑は静かに湯飲みを置き、微笑みながらこちらを見て、

「昨日、黒から聞きました」

俺は不意をつかれた。一時脳の機能がストップし、リスタートするまで数秒を要した。

ぎこちなく俺も湯飲みを置き、気を落ち着かせながら言う。

「な、何を?」

「告白した、ということですね」

相変わらずほんわかとした微笑みを顔に貼り付けながら言う黄緑。

皆が起きる雰囲気も無く、絶好の機会といえば機会なのだが、向こうから話を振られるとは思わなかった。

しかも黄緑はあらかじめこうなることが分かっていたような顔である。

微笑みは変わらないが、わずかな表情の違いを見分けられるくらいの洞察力は俺にもある。

「その『好き』の度合いも人それぞれですよ」

黄緑は眼を更に細め、ゆったりとした言葉を俺に向ける。

度合い、か。確かに色にしても濃かったり薄かったりするしな。

嫌い、という感情にもdislikeとhateなんかのニュアンスの違いも存在するし。

「恋愛感情じゃなくても、兄弟愛、親子愛、友情、といったものもあるのか?」

「えぇ、その通りです」

「で、誰がどういう感情なのか、ってわかるか?」

黄緑は母親らしい笑みを曖昧な笑みに変え、

「さあ、私にも分かりません」

「そうか、残念だ」

「ただ」

黄緑は続ける。

「ほとんどは恋愛感情でしょう」

正直に言おう。

そうではないほうがよかった、と思っていた。

黄緑の「度合い」の話が出た時に、一筋の光明が見えた気がしたのだ。

しかし、光明は一筋でしかなく、すぐに周囲の闇へとあっさりと飲まれ、消えていった。

確かに、こいつらは個性があるし、人と同じような存在なのかもしれない。

……だが、「同じような」なのだ。厳密には「人ではない」。

どうにかして「人」になることは出来るのかもしれないが、そんな方法があるなら是非とも教えてくれ。

なんともしがたい壁が、俺と鉛筆達の間には存在していたのだ。

ベルリンの壁、などという比喩が当てはまるほど生易しい存在ではない。文字通り越えられない壁なのだ。

壊せるなら壊したいさ。

だが、どうも出来ない。

それは鉛筆達も気付いているはずだ。彼女らは認めたくないのかもしれないが。

「で、黄緑はどうなんだ?」

「はい?」

珍しく微笑みを崩し、きょとんとした顔で黄緑はこちらを見た。

野暮かもしれないが、とにかくはっきりさせておきたかった。

「ほとんどは」と言っている以上、「誰かは違う」ことを黄緑は知ってる筈なのだ。

黄緑は一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに微笑みに戻して、

「私はどちらかといえば『保護者』『親』として、ですね」

ほぼこちらの予想通りの答えを出した。ただ、その表情はよく読めなかったのが一抹の不安だが。

とりあえず黄緑の返答に一安心しつつ俺は再びお茶を一口飲む。生ぬるくなった緑茶は予想以上に美味しくない。

湯飲みを置き、俺は再び思案にふけり始める。

ということは、黄緑以外は恋愛感情なのだろうか。

つまり、いつか、誰かが告白することがあるのだろうか。そうなった時、俺は……。

「気にするほどでもないと思いますよ」

俺の考えを読んだのか、黄緑は湯飲みを優雅に持って、聖母のような微笑みを更に深くし言う。

「みんな、多分分かってますから」

何を? などと無粋な言葉は言わない。むしろ、言えない。

分かっていない奴など、居ないのだろう。

だからこそ、俺はこの状況が変わらないことを望む。

なんだかんだ言いながら、鉛筆達の生活は面白い。

そして、今は気にしてても仕方がない、という結論に至った俺は、饅頭を口へ放り込んだ。

「ま、その時はその時だな」

俺の独り言に黄緑は微笑みながら首をかしげたが、すぐに通常の母親モードに移行。

そこら中に転がっていた鉛筆達やクレヨン達を元の箱へと戻す。

俺はテーブルの上にある、饅頭を包んでいた袋を全てゴミ箱へと投げ入れた。

丸めた袋は孤を描きながらゴミ箱へと向かい、一つは入ったがもう一つはヘリに当たり、外れて音もなく床へ落ちた。

今の気分はゴールポストに阻まれたキッカーだ。黄緑は俺の怠け精神全開な行動に対し、

「ちゃんとゴミ箱にいれてくださいね」

と微笑みを崩さずに俺をやんわりと指弾し、外れた袋をゆっくりとゴミ箱へ入れた。

黄緑には頼りっぱなしだな、と俺はぼんやりと感じた。

俺が頼られるようになる時は必ず力になってやろう、ともうっすらと思ったのだった。


さて、今日は休みである。もちろん、最近ないがしろにされつつある労働基準法に則った休みだ。

なんだか俺が「お前実は働いてるように見せかけたニートじゃねーの?」とか思われているようだが断じて違う。

ただ人より休みが多いだけだ。しっかり働いてんだぞ俺は。

そんなこんなでモーニングコーヒーを入れながらわいわいがやがやと騒がしいリビングを見る。

俺の家は1LDKで、玄関から左右にトイレと洗面所、風呂場がある廊下を抜けるとリビングダイニングに出る。

リビングダイニングから玄関に向かって細長くキッチンがある。

そこから襖を隔てていまや「個」の字がほとんど意味をなさない個室がある。

今は襖を取っ払って巨大なリビングとして使用している。

そりゃそうだ。いまやこの部屋の住人は俺+13人(本?)の色鉛筆やクレヨン達、総勢14人だからな。

仕方ない仕方ない。そう言い聞かせない限りやるせなさが猛然と俺に襲い掛かるので半ばまじないのようだ。

相変わらずみんなでトランプをやっている。よく飽きないものだ。

「ねえ」

俺が悪魔のように黒く地獄のように熱い、さほど甘くない微糖のコーヒーを飲みながら思案にふけっていると、珍しく緑が声をかけてきた。

緑は薄いライトグリーンでフードつきの長袖、濃い目の緑でポケットのたくさんついた長ズボンをはいている。

こいつはどっかにサバイバルにでも行くのだろうか。たくさんのポケットの中にナイフぐらい入ってそうだ。

緑の手には一冊の本がある。おそらくその本について訊きにきたのだろうと思う。

「ん?」

「この本、使ってないの?」

よくよく見ると、「公務員試験予想問題集 小学校教職員用」と書かれている。

そういえば使っていたな、こんなの。昔からの夢だったが、最近では忙しくて眼を通す暇もなかった。

……休みばかりだったのは確かだが、決してそれは俺が怠けていたわけではなく泥のように眠ってしまった俺の惰眠の……。

いや、なんか言ってるだけで言い訳がましく聞こえるな。って、俺は誰に言ってるのだろう。

「ああ、最近は見てない」

「……『最近は』ね……確かに、本が少しくたびれてる」

緑はぺらぺらと本をめくり、中の問題や俺の解答に眼を向けている。

俺は基本的に直に書き込むタイプで、その理由は『同じものを何回もやったって無駄』だと考えているからだ。

「このまま、放っておいていいの?」

「え?」

「このまま、『使ってほしい』この本を、放っておいていいの?」

……「使ってほしい」、か。

こいつらも元々は「モノ」だからな。そういうのが分かったりするもんなのだろうか。

そういえば、今日は何もない。

いつもなら休みといえば知り合いとバカやるのが通例なのだが、今日は珍しく予定はなし。

「そうだな、久々にやってみる」

「そう」

にこっ、と安堵したかのように笑った緑はこちらへゆっくりと本を渡してきた。

俺は受け取って、机からシャープペンと消しゴムを取り出し、残りの部分を解いてみることにした。

結論から言おう。

難しい。全然手をつけていなかった報いが来ているのかもしれない。

ちくしょう、ここまで分からないとは思わなかった。

「どう?」

緑が気になってか俺の横から質問し、本を見て、深々とため息をついた。

ああ、分かってるともさ。俺の不肖具合が良く分かるってやつだ。ちくしょう。

俺は目の前のほとんど埋まっていない解答欄に頭を抱えながらも解答を構築していく。

知識を問う問題は楽にできるのだが、俺が苦手なのはいわゆる「思考力」を試す問題だ。

ある条件やシチュエーションが与えられ、それに対する俺の考えや対応策を答える問題。

おそらくこれが解ければ俺は採用試験にも受かるのだろうとは思うが、それは誰だって同じだとも思う。

「なーにしてんのっ」

比較的高い声が俺の後ろから聞こえ、声がした方向を向くより早くしゅびっ、と飛びつかれた。

横目で確認すると、紫色のポニーテールが少し見えた。その前に、首。首っ!

「紫、死にそうになってるわよ」

「えっ? ……ごっめーん☆」

……なんだその語尾のそれは。可愛さアピールでごまかそうってのか、この腹黒幼女め。

「むっ、今『小さい』系の言葉を言ったなっ!?」

言ってない。思ったが。

「むぅー」

むくれても許さん。さてと、解答を考えることに集中しなければ。

「ねー」

やはり主体的な行動を促した方がいいよな。道筋を示すだけで充分か。

「ねーえー」

調べさせるのは子ども達にさせて、解決法を考えさせる。

「ねーえーってーばー」

んで、そこで授業でやったことを引き合いに出す。理科の実験の考察法なんかはいい例だな。

「ねーえーってーきーてーるーのー」

そうすれば子ども達の自立性がガクガクガクガク。

「何をするんだおのれはッ!!」

人が解答を考えている最中になぜ首根っこをつかんで前後に揺らすんだっ!

おかげで脳みそシェイクされて今さっきまでいい考えが浮かんでたのにどっかへすっぽ抜けてしまった……。

「だってー」

「なんだっ!?」

「……えっと、その、なんといいますか、あう、ご、ごめんなさい」

よく分かりました。いい子いい子。って、ああっ! 泣くな! お願いだから泣くなっ!!

「罰当たり」

緑も傍観者を決め込んで横でクトゥルフ神話とか読んでないで助けてくれ! そもそも罰当たりってなんだっ!?

紫をなだめ、緑以外の11人をなんとか落ち着かせると、すでに時間は夜中の9時をまわっていた。

というより、なぜ風呂の時でさえもこいつらは色々と食いかかってくるんだ……これが女のサガか……。

普通風呂場のドアの前まで来て「謝れ! 紫ちゃんに謝れ!」はないだろ。しかもいれかわりたちかわり。

なんか精神的に酷く疲れた。だが残り3ページだから今日中にやっちまうか。

俺は問題集をテーブルの上で開き、どっこらせ、と年齢に似合わない声を出して座る。

彼女らのだいたいはすでに眠っている。どうやら先ほどの問答でかなり疲れたらしい。

起きているのは件の紫と緑だ。紫は俺とは反対側の席に所在なさげに肩をすくめ、下を向いて座っている。

緑はというと、窓ガラスに背を預け、ハードカバーを読んでいるが何の本かは分からない。

問題の解答を考えながら、ちらちらと様子を見てはいるのだが、どうも居心地が悪い。

「あ、あのさ」

と雰囲気の悪さを緩和する策を色々思案していると、紫から声をかけられた。

俺は問題を解くのに集中しているふりをして、なおざりな返答をすることにする。

「んー?」

「……その、昼間は悪かったよ。 ごめんなさい」

……なんだ、いつも強気で生意気だと思ってたけど、案外素直なところがあるんだな。

俺はわずかに感心しつつ、席を立つ。紫が俺の返答がないことに不安そうな眼でこっちを見ているがとりあえずほっとく。

牛乳をウサギの絵柄入りのコップに入れ、レンジで温める。いわゆるホットミルクだ。

ホットミルクが入ったコップを紫の前に出すと、紫が「?」と疑問符を頭に浮かべながらコップを見ている。

俺は席に座り、問題集に眼を向けてシャープペンを手先でくるくると回しながら答える。

「ほら、早く飲んで寝ろ。風邪引くぞ?」

俺の言葉を変に解釈したのか、紫は顔を真っ赤にして、

「こ、子ども扱いすんなっ!!」

と近所迷惑も顧みず金切り声で叫び、目の前のホットミルクを一気に飲み干しむせながら鉛筆の箱へ歩いていく。

そういう行動が子どもなんだよな、と心の中でつぶやき、俺は問題を解くのに戻った。

結局、解き終わったときは深夜の12時を回っていた。

「ところで」

俺が問題集を閉じ、んーっと背伸びをすると隠密のごとく後ろに回りこんだ緑が質問する。

びくぅっ、と体をこわばらせる俺。こ、ここは落ち着け。素数を数えるんだ。

「な、なんだ?」

「あなたは『来世』を信じる?」

そこで、俺は緑の持っている本に眼を向けた。「インドの神々達」と書かれた講釈書である。

そんな本、俺持ってたっけ? と疑問に思いつつも俺は素直に答える。

「一応な」

もちろん、前までは信じてなかった。超常的な現象など、あるはずがないと。前世の記憶なんぞ眉唾だと。

こいつらと出会ってからはそうもいかなくなった。身近に超常的な存在があるわけだからそんなことも言ってられない。

いわゆる「物の怪」が居るんだ。「来世」ぐらいあったっておかしくない。そういう考えが俺の中に芽生えていた。

緑はハードカバーを俺の目の前に置いた。緑は本を開き、指差す。指が指し示すところには、

「輪廻転生、か」

「人をはじめとした『生きとし生けるもの』は皆輪廻の輪の中。 じゃあ私達は、どうなのかしら?」

俺は緑の表情を見てみた。メガネの奥に見えた瞳に映る感情は、

「私達は九十九神で意思があるとはいえ、基本は『モノ』。 生きているのかしら?」

不安、だ。こんな質問をしたのも、その表れか。

人間である俺と、九十九神である彼女らとは、別れが確実にやってくる。

それは俺も考えていることだ。だが、彼女らにとって、俺との別れは死と等しいのかもしれない。

九十九神は持ち主に大事にされれば恩を、ないがしろにされれば仇を返すという。

……ならば、「持ち主との別れ」は、彼女らにとってどんな意味を持つのだろうか?

持ち主を中心に彼女らの行動が決まる。ならば、その中心との別れとは。

後ろめたいことを考えるのはやめた。俺は思ったままを言う。

「魂は物にも宿る。それが発現すると九十九神になるんだろ? なら立派に生きてるじゃねーか」

「……そうね」

とだけ言って、緑は本を手に取り、ぱたんと閉じる。そのまま、眠るために箱へと向かっていった。

その表情には、心なしか安らぎを得ているように見えた。


勤めたくもない会社勤めから、非日常がある種日常と化した家へと帰ってきた。

家のドアを開けると、中から和気藹々で聞きなれた声の大合唱。

なんだか帰ってきたって感覚がする。

「たーだーいーまー」

やはり俺も普通の人間、激務とストレスのせいで疲れているためやや間延びした声を出す。

「おかえりー」

俺にねぎらいの声をかけてくるのはたった一人だけ。

それもそのはず、今はすでに11時を回っているころだ。

普通ならば皆寝ているころあい、それなのに起きているのは、

「紅か」

一人テーブルにあごをのせ、ぐでーんとダレている紅に言う。

「ごめーん、とりあえずごはん準備するねー」

「頼む、その間に風呂入ってくる」

「あいよー」

紅はゆっくりと姿勢を正し、立ち上がってエプロンをいつもの赤いタンクトップの上に着た。

俺はスーツの上着を木で出来たハンガーにかけ、寝巻き代わりのジャージをつかみ風呂場へと向かった。

今ではこれが日課になっていた。

紅以外で料理が出来るのは黄緑ぐらいだが、黄緑はいつも料理以外の家事を担当している。

ただ、他の皆は黄緑を手伝ったりはしているようだ。紫なんかは逆効果らしいが。

なので、黄緑には相当疲れがたまる。そこで、ある種必然的に紅が料理をすることになる。

料理を温めるだけなのだが、俺があがってくる絶妙のタイミングで出してくれるからありがたい。

「あー」

熱い風呂に入ると必ず出てきてしまう声。年寄りじみててなんかイヤだな。

半身浴なぞ知るかとばかりに風呂に肩まで入りつつ色鉛筆やクレヨンが来てからのことを悶々と考える。

今までの生活からは想像が出来ないほど、明るくなった。

一人暮らしで生活に追われ、何の潤いもないまますごした毎日。

それが一転、騒がしく疲れも溜まるが、なぜか楽しい毎日へと変わっていった。

誰もが個性を持ち、同じ色鉛筆やクレヨンだとは思えないほどだ。

「いつまで、続くんだろうか」

俺は疲れを呼気と共に吐き出しつつ、誰に言うでもなくつぶやく。

この生活は。

非日常の存在との生活は。

いつまで?

……考えるのはやめだ。

仕事で酷使してただでさえ疲れている頭だ、動かすものでもないだろう。

終わる時は終わる時だ。

その時考えよう。

俺は湯船から出て、風呂場のドアを開けた。

「あー、いー湯だったー」

「テーブルにおいてあるよ」

今度はテレビを見ながらぼけーっとあぐらをかいて座っている紅がいた。

テーブルの上にはご飯と油揚げとナスの味噌汁、サバの味噌煮に肉じゃがと、いたって和食。

「お前和食好きだよなー」

「んー、それしか作れないだけー」

ぼーっとテレビを見ている紅の表情が物憂げにうつる。

こいつでも考え事をするんだな。

俺は紅が気になって、飯をかきこんで食器をシンクへ放り込んでから隣に座る。

「何考えてんだ?」

紅は顔を俺のほうへ向け、再びテレビの方を向いた。

そのまま沈黙が俺と紅の間に居座る。

時計はすでに12時を回った。

テレビでは霊能者とやらが悩みを持つゲストにそれっぽく聞こえる説教をたれている。

「こいつ、なんかうさんくさいよなー」

何気なく発した一言。

「そうでもないよ」

紅が反応した。

いつもの明るい調子や軽い口調ではない。

真剣なもの。

「……なんでだ?」

「伝わるんだ」

「は?」

「あの人は『本物』だよ」

なるほど、今まで忘れていたがこいつらも一応「人外」の存在だからな。

こういった職業の人間達はいわば「敵」みたいなもん。

敏感に感じるのも仕方ないか。

「そうか」

再びテレビの音だけが流れる少し居づらい空間に戻る。

「あ、あのさ」

今まで沈黙を守ってきた紅が俺に問いかける。

「ん?」

少しの間をおき、頬をわずかに赤らめながら、

「なんか、恥ずかしいんだけどさ」

眼は俺を見ないで俺から見て右下の床を見ている。

照れてるのか。珍しい。

「なんだ?」

「……えと、なでて」

……あん?

「いや、その」

しどろもどろになり、頭を急激に赤らめて顔をうつむかせる紅。

いや、言いたいことは分かるけどな。

俺は紅の頭をつかみ、俺のひざへ乗せるように倒す。

……男の膝枕なんてあんまり良いとは思えないが。

ひざに乗せた紅の頭を俺はゆっくりと出来るだけ優しくなでる。

元気印の紅にも、たまにはこうしてもらいたいんだろうか。かわいいやつだ。

と思っていると。

「……うっ……ひっ……」

紅は俺に背を向けている形のため、俺のほうからは紅の顔は見えない。

だが、紅が何をしているのかぐらいは分かる。

俺は黙って、なで続けることにした。

……それぐらいしか、出来ないからな。

嗚咽がやみ、紅はゆっくりと起き上がる。

「んー、落ち着いたー」

赤い眼をこすりながら紅は、あははっ、と俺に笑いかける。

そんな笑いも、今となっては強がりのように見えてしまう。

「……その眼はなーにー?」

ジト目で紅は怪訝そうに見る俺をにらみつける。正直、怖くない。

「もしかして、あたしが珍しく女の子っぽいとこ見せたから『らしくねー』とか思ってるんでしょ?」

「半分な」

「半分!?」

「……いや、8割か」

「ひっどー!」

こんなたわいもない会話が嬉しく思えてくる。

無理はすんな。

言おうと思ったが、あえてやめておく。

まだ、言う機会はある。

こいつらとは、長い付き合いになりそうだからな。

テレビでは相変わらず霊能者がゲストに辛い一言を浴びせていた。

「しかしまー、こいつはカウンセラーになったほうがいいんじゃねーか?」

「いーや、この人かなり霊感強いみたいで波動がヒシヒシときますぜおやっさん」

「おやっさんて誰だ」

うお、指をさすな指を!

「まあ、今日のことは皆に黙ってやろう」

うんうん、と俺は頷きながら食器洗いをしている紅に言う。

「あーそーですかそりゃありがとーごぜーますー」

「じゃあ言ってもいいのかな?」

「ごめんなさい言わないでくださいお願いします」

ふ、他愛もない。

んじゃ、俺は寝るぜ、とくれないに言って俺はベッドへと入った。

すぐに眠れた。

……あいつが眠ったあと、あたしは食器を洗い終え、ふと、テレビを見た。

あたしが泣いてしまうほど感じてしまった抱いた不安。

それが、現実のものとなる確信が、放送されていた。

「さて、次回は久々に本格的な『祓い』ですが、標的は?」

「『九十九神』ですな」

「つくも、がみ?」

「物が時間を経て妖怪化したものを『九十九神』と呼ぶのです」

「でも、あなた霊能者じゃ……?」

「霊も妖怪も人外のもの。さほど変わらんのです」

「そういうものですか」

「そうです。部下の報告からは悪行を働いているわけではなさそうですが、悪の芽は摘みます」

「なるほど……では、来週お会いしましょう! さようなら!」







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 12:23:15