友情・愛情

—コンコン、カチャ……

紫「失礼しまぁす」

白「あ、紫ちゃん!来てくれたの?」

紫「うんっ!白が寂しがってないかな〜って思ったらもういてもたってもいられなくなっちゃって……」

白「ありがとう!私嬉しいよ!」

紫「ホントに!?あたしなんか来て迷惑じゃない?」

白「迷惑だなんて、そんな訳ないじゃない!」

紫「そっか、よかった♪……(ぼそ)あ、リンゴおいしそ……」

白「ん、リンゴ食べる?」

紫「えっ?そ、そんな……白のお見舞いに持ってきてくれたリンゴなのにあたしが食べちゃ……」

白「ふふふ、いいよ。私も丁度喉が渇いたなぁって思ってたから」

紫「ホントっ!?じゃあ、あたしが剥いてあげる!」

白「紫ちゃんが?……怪我しないように気をつけてね?」

紫「任せといてっ♪」

—10分後

紫「むぅ……ぁー……ぅー……白ぉ〜……」

白「ふふふ、交代しよっか?」

紫「……ゴメンね」

白「いいよ。気にしないで?私のために頑張ってくれたんだもん(サクサクサクサク)」

紫「わっ、すごっ!!白上手〜!!……あたしもそんな風に上手くなりたいなぁ」

白「紫ちゃんならきっと出来るようになるよ」

紫「そうかなぁ?」

白「うん!大丈夫だよ」

紫「白は優しいね!」

白「そ、そう?///」

紫「うん!なんかお姉ちゃんみたいだし」

白「お、お姉ちゃん!?……(ぼそっ)紫ちゃんの……お姉ちゃん……悪くないかも」

紫「ん、なんか言った?」

白「う、ぅうん!なんでもない!!(こんな可愛い妹、欲しいなぁ……)」


紫「いってきまぁす!」

朱「おう、いってらっしゃい!」

青「こらぁ、赤ぁ!待ちなさい!」

赤「待てと言われて待つ馬鹿はいないよっ♪あ、朱色さんいってきまぁす!」

朱「ん、いってらっしゃい!あんまりはしゃいでるとコケるぞ〜?」

茶(コツン)ふぇっ!?(ビタン!)……うぐっ……ふぇぇ〜」

朱「……って、お前がコケるな!あー、ほらよしよし。大丈夫か?気をつけて行ってこいよ?」

桃「でね〜、駅前に新しく出来たケーキ屋さん結構美味しいんだって〜」

橙「へぇー。じゃあ今日は放課後行ってみよっか!」

黄「さんせーい!あ、でもお金無いや……橙奢って♪」

橙「あたしの血と汗と涙の結晶をアンタなんかに渡せるかぁ!」

朱「おいお前ら、ケーキ食うのはいいけどちゃんと夕飯食える程度にしとけよ!」

緑「……(ぼそっ)いってきます」

朱「こら!本読みながら歩くなって何回言えば……ま、いっか。行ってらっしゃい!」

水「……い、いってきますっ!///(ダッ)

朱「あ、おい!……あの子はなんでいっつも恥ずかしがってるんだ?」

黒「早くしないと遅刻するぞ」

灰「あっ、お姉ちゃん待ってぇ!」

白「ゆっくりでいいよ、灰ちゃん。私が待っててあげるからね」

朱「お前らも仲いいなぁ。気をつけてな!」

黄緑「あらあら、みんな朝から元気ねぇ〜」

無「黄緑さんはマイペース過ぎなんじゃ……」

黄緑「でも色無君も遅いじゃない」

無「俺は寝坊しただけですよ。黄緑さんは早起きしてもこの時間に出るじゃないですか……。あ、行ってきます、朱色さん」

朱「お前らでやっと最後か……やれやれ、賑やかなもんだな」

朱「ふぅ……だけど、こう賑やかなのもいいもんだな。よしっ、なんか気分いいから今日の夕飯は美味いもん作ってやるか!」


『起床』

赤「いろなしーおきろー」

無「ん? もう朝か……って、赤!」

赤「おはよ、色無。遅刻するわよ」

無「! そうだ、今日から修学旅行じゃないか」

バッ

赤「……」

無「……赤、何見て……」

赤「っ、きゃぁぁぁぁぁぁぁ」

バスン

無「グハッ……赤……みぞおちは、やば……」パタリ

無「……起こしてくれたのは感謝している」

赤「うん……」

無「……でもアレは自分の意思ではどうにもならないんだ」

赤「ぅ……思い出しちゃうじゃない」

無「……赤の力で目一杯殴られたら、下手すると永眠するから手加減してくれ」

赤「だっていきなり……見せられたら……ねぇ?」

無「……」

赤「……(でも男の子ってああなって……)」

無「……赤、鼻血」

『出発』

青「おはよう、色無」

無「おはよ、青。朝から生死の境をさまよったよ」

青「自分で起きないからよ……赤もやり過ぎだけどね」

無「なぜそこで赤の話が出てくるんだ?」

青「みんな知ってるわよ」

無「……みんなってまさか」

青「全員」

無「……モウオムコニイケナイ」

青「たるんでるからよ、私が鍛えてあげようか?」

無「鍛えるって何を……」

青「毎朝、私とランニング」

無「ランニングかぁ、朝から走るのはちょっと」

青「なら散歩でもいいわよ」

無「それくらいなら何とか」

青「じゃあ修学旅行から帰って来たら毎日やるわよ」

無「……出来るだけ頑張るよ」

空「お姉ちゃーん、忘れ物だよ」

青「空、わざわざ届けに来てくれたの?」

空「……はい、お昼のお弁当。でも多くない? 三人分くらいあるよ?」

青「……いいのよ、これで」

空「お姉ちゃん、いいことあったの? なんだか楽しそう」

青「ええ、帰って来てからの楽しみも出来たし、まずはお昼をがんばるわ」

空「? それじゃ、いってらっしゃい、お姉ちゃん」

『貸し切り』

無「さてと、お昼ご飯も食べたし、なにするかな」

黄「色無! 列車貸し切りなんてすごいね」

無「黄……ああ、うちの学校生徒が多いからな」

黄「というわけで……じゃーん」

無「……マイク?」

黄「カラオケ大会—」

無「……」

黄「もぅ、ノリがわるいなー」

無「マイクだけでどうしろと」

黄「メロディーは頭の中にあるもん」

無「……じゃあガンバレ」

黄「〜〜〜〜♪ どう?」

無「……上手いな」

黄「ホント? じゃあもっと歌っちゃうよー」

無「……(黄は声もキレイだから聞いてると何だか……眠く……)」

黄「あれ? 寝ちゃった……そうだ」

ピッ

黄「へへー、色無の寝顔ゲットー」

——その後、色無の寝顔を待受にするのが流行ったとか。

『寺巡り』

緑「……」

無「緑、珍しいな。本以外に興味を持つなんて」

緑「……私だって、本以外に好きなものくらいあるわよ」

無「……悪かったよ、だから睨まないでくれ」

緑「睨んでないわよ。色無はどうしてここに?」

無「一度清水寺を見てみたかったんだ」

緑「そう……やっぱりお寺は落ち着くわよね」

無「落ち着くけど、落ち着かないな」

緑「どうしてよ?」

無「それなりに高いだろ、ここ」

緑「そうね……ここから飛びおりるつもりで、か……」

無「ん? なにか言ったか?」

緑「……いいえ、なにも」

無「そういえば、ここから飛びおりるつもりで何かをするとかって言葉があったよな」

緑「清水の舞台から飛びおりたつもりで、ね」

無「よっぽどの事がないとこんな所から飛べないよな」

緑「そう? 私は飛べるかも……」

ぎゅ

緑「! い、色無……手なんか握ってどうする気?」

無「やめとけよ……想像するのもイヤだぞ」

緑「……(暖かい……今はこれでいいかな……)」

『お見舞い』

——旅館の布団で寝ている白

白「……せっかくの修学旅行なのに」

コンコン

白「……はい」

ガチャ

無「よっ、白」

白「! 色無君」

無「少しは元気出たか?」

白「はい」

無「……でも心配したよ」

白「前日にはしゃぎ過ぎたから、そのせいかもしれないです」

無「白がはしゃぐ……スマン、想像出来ない」

白「……私だってはしゃいだりしますよ」

無「例えば?」

白「色無君と知らない街を二人で歩いたらどんな感じだろう、とか」

無「……他には?」

白「お店でご飯を二人で食べて、ゆっくりお話したりとか」

無「……はぁー」

白「……あきれてますか?」

無「今から出掛けよう」

白「え?」

無「せっかくの修学旅行なんだから、いい思い出をつくらないと損だぜ」

白「いいんですか?」

無「いいよ、それで出られるか?」

白「はい、すぐに着替えますね」

無「!」

白「……よいしょ」

無「ゴメン! すぐに出るから」バタン

白「……急いで着替えよう」(嬉しくてそこまで気が回っていない)

『舞妓さん』

無「……橙」

橙「……なによ」

無「ホントにやるのか?」

橙「なに言ってるのよ、あたりまえじゃない!」

無「……そうか、じゃあがんばってくれ」

橙「見てなさいよ、すっごく綺麗になって驚かせてやるんだから!」

無「二時間も何して待ってればいいんだよ。……寺でも見てまわるかな」

無「そろそろ時間か……」

舞妓「こんにちは」

無「え、あ、はい! こんにちは(うわーすごい美人な舞妓さんだな)」

舞妓「待ち合わせですか?」

無「ええ、はい、同じ学校のやつなんですけど(橙、早く来いよ、このお姉さん美人すぎて

まともに顔も見れない、それに何だか妙に近づいてくるし、間が持たないぞ)」

舞妓「……ふふっ」

無「?」

舞妓「なに、ガチガチになってるのよ色無」

無「え、お姉さん。どうしてオレの名前……」

舞妓「私よ、橙」

無「……」

舞妓(橙)「どう? 見直した?」

無「……」

舞妓(橙)「色無?」

無「これは夢だ」

舞妓(橙)「……はい?」

無「橙がこんなに綺麗になるなんて、夢に違いない。でも夢って事はオレの願望が混ざって

るって事でそれはつまりオレが橙に対して(ry」

橙「……落ち着いたら一緒に写真撮ろう?」

無「……ああ」

『湯上がり』

無「さて、風呂に入るかな」

桃「色無、今からお風呂?」

無「ああ、って桃! なんて格好してる!」

桃「普通の浴衣だよ? どこかおかしい?」

無「いや、桃はすごいなと改めて思いました」

桃「変な色無? そうだ、お風呂から出たら卓球やらない?」

——入浴後

無「(落ち着け色無……ただの卓球だ、そうだこういう時こそスポーツで煩悩を吹き飛ばすんだ)」

桃「色無、いくわよ」

カコン

無「……てぃ(そうだ余計なものは視界にいれるな)」

カコン

桃「……えぃ、スマッシュ!」

無「!! 桃、見え——」

コォン

桃「色無! 大丈夫?」

無「……健全な若者にその刺激は危険だと思うんだ……」

パタリ

桃「色無!」

ぎゅ

無「……(御先祖様、極楽って本当にあるんですね)」

『卵はだ』

紫「へへー、さっすが温泉よねーお肌ツルツル。これで色無を……」

無「疲れた……少し休もう」

コンコン

紫「……色無、居る?」

無「……」

紫「せっかく遊びに来てあげたのに寝てるなんて、でも貴重な色無の浴衣姿……」

カシャ

無「……」

紫「色無ー、紫ちゃんだよー」

無「……」

紫「お肌ツルツルだよー、今なら触らせてあげるよー」

無「……」

紫「むー」

無「……」

紫「……ぇぃ」

無「ん……」

紫「! 起きた?」

無「いま、なにかやわらかくて、すべすべしたものが……」

紫「……」

無「何かしたか?」

紫「ううん、なにも?」

無「そうか……」

紫「……手、大きいね」

無「そうか?」

紫「……」

無「……(なんだこの空気)おいむらさ——」

紫「それじゃ!」

無「……なんだったんだ?」

『迷子』

水「どうしよう、迷っちゃった」

水「ぅぅ……このままみんなに会えなかったらどうしよう、みんな……色無くん……」

無「水?」

水「ぁ……」

無「こんな所で一人でどうしたんだ?」

水「いろなしくん……」

ぎゅ

無「ちょ、水?」

水「色無君、色無君……グスン」

観光客A「……こんな所で女のコ泣かせてるよ」

観光客B「何考えてんだあの男」

無「……どうみても濡れ衣です本当に(ry」

無「落ち着いたか?」

水「うん、ごめんね」

無「でも迷ったんなら携帯使えばいいのに」

水「あ、忘れてた」

無「……」

水「あの、ごめんなさい」

無「ほら」

水「え?」

無「旅館に帰るからはぐれないように手を繋いで帰るぞ」

水「……いいの?」

無「いいから言ってる……また迷われたら困るからな」

水「ありがとう(グスン)」

『晩ご飯』

黒「色無、夕食は食べた?」

無「いいや、これからだけど」

黒「なら一緒に行かない?」

無「いいよ」

無「バイキング形式なんだ……」

黒「しおりに書いてあったわよ?」

無「ほとんど見てないや」

黒「……まぁいいわ、あの席があいてるわね」

無「そうだね」

黒「……モグモグ」

無「……あむ、この肉美味しい」

黒「……そう、一つくれない?」

無「いいよ、はい(ってなに自分の箸で食べさせようとしてるんだ)」

黒「パク……確かに美味しいわね」

無「あの」

黒「なに?」

無「今、箸を……」

黒「……イヤだった?」

無「いや、黒がイヤじゃないかなって」

黒「私は、イヤならイヤってはっきり言うわよ」

無「それって……」

黒「そんなことより、もう一つくれない?」

『写真』

——帰りの列車内

茶「いっぱい写真も撮れたし、色無君ともたくさん話せたし、いい修学旅行だったー」

無「茶、結構写真撮ってたな、帰ったら見せてくれよ」

茶「うん」

無「ふぁ……さすがに三日も寝てないと眠いや。茶、2時間くらいしたら起こしてくれないか?」

茶「いいよ、おやすみなさい色無君」

無「たのむよ、茶……zzz」

茶「……色無君、時間だよ」

無「ん……ありがと、茶」

茶「こちらこそ」

無「は?」

茶「ううん、なんでもない」

無「じゃあ、写真楽しみにしてるよ」

茶「うん、まかせて」

——後日、教室にて

無「あれ、オレはあんまり写ってないんだな」

茶「うん、女のコ達の写真をメインで撮ってたから」

無「そうなのか、じゃあ、これとこれとこれ焼き増し頼む」

茶「わかった、いいよ」

無「それじゃあ頼んだ」

茶「……色無君の写真は宝物だから、クラスのみんなには見せられないもの」

——その後、色鉛筆達の間で、とても丁寧に作られた色無写真集が回覧されたとか。

『我が家』

黄緑「やっとつきましたね」

無「つかれたー」

朱「お帰り、他のやつらはもう帰ってるぞ」

黄緑「ただいま帰りました」

無「ただいま、朱さん」

朱「風呂と晩ご飯の準備はできてるからな」

無「……明日いい天気になるといいですね」

黄緑「そうですね」

朱「……ちょっとまて」

無「ごちそうさま」

黄緑「お茶いれますね」

無「黄緑さんは座っていて下さい、たまにはかわりにお茶いれますよ」

黄緑「そうですか? ありがとうございます」

無「……やっぱりここは落ち着きますね」

黄緑「ええ、そうですね」

無「でも楽しかったですね」

黄緑「そうですね」

無「今度、寮のみんなでどこかに出掛けるのもいいかもしれないですね」

黄緑「それは名案です、私からみんなに話してみますね」

無「お願いします……とりあえず今日はもう寝ますね。おやすみなさい」

ガチャ

黄緑「おやすみなさい……貴方のおかげでいつもここはにぎやかで楽しいです。それじゃあ

明日からまたがんばりましょうか」

朱「……寮母なのに、ないがしろか私は」

『写真集』

焦茶「……」

無「あの、元気だして下さい」

焦茶「修学旅行、参加したかった……」

無「いや、それはちょっと無理ではないかと」

焦茶「仕方ない、だが次の旅行は参加するからな」

無「ええ、運転手も必要なんでぜひお願いします」

焦茶「……色無は私の車の助手席だからな」

無「ナビですか? がんばります」

——夜

焦茶「……妹作の写真集を観てみよう」

茶「お姉ちゃ——」

ガチャ

焦茶「……」

茶「(真剣だ……ものすごく真剣な目で写真をみてる)」

焦茶「……茶、姉は嬉しい」

茶「え?」

焦茶「これほどの物を作り上げるとは、成長したな」

茶「うん、ありがと」

焦茶「そこで一つ頼みたいのだが、これをもう一冊作ってもらえないかな」

茶「いいよ(10冊作るのも20冊作るのもかわらないもんね)」

焦茶「それと、次の旅行にはこの最新型のデジカメと私のパソコンを使っていいからな」

茶「いいの?」

焦茶「いいに決まっている。全面的にバックアップしようじゃないか」


『眠り姫の午睡、魔女の憂鬱』

「白……あら」

 親友の部屋を訪れると、机に突っ伏して寝る背中が目に入った。まったく、身体が弱いのに。

 私は小さな背に、いつも彼女が着ている柔らかなカーディガンをかけた。本当はベッドに寝かせてあげたいけど、そんな腕力ないし。

「風邪ひかないといいけど」

 することもないので白の寝顔を見つめる。色素の薄い頬に、長いまつげ。

「眠り姫、ってとこかしらね……さしずめ私は魔女かしら」

 自嘲でもなくつぶやく。

 幼い頃からこのお姫様と一緒にいるのだ。あまりにも無防備で、純真な白を守ろうと、ついついきつい事を白にも周りにも言ってしまう。

 彼女を守れるなら、魔女の役割も軽いもの。そう思っていた。白の眼差しに、彼が入るまでは。

 色無。ちょっと情けないところもあるけど、優しい男の子。

「騎士が現れたら、魔女はおしまいなのかしらね」

 幼い頃から育んできた、彼女と私二人だけの、宝石のような時間。

 甘い甘い砂糖菓子のような淡い想いは、大人に近づくにつれ、ほろ苦い思い出に変わってゆくのかもしれない。

「……くろ……ちゃん……」

 白の唇からこぼれる囁き。くすくすと笑い声。そして、また規則正しい寝息。

「……罪な子」

 頬が熱くなるのを感じて、顔を両手で包む。誰もいなくて良かった。きっと今、私、変な顔してる。

「私が大切に育てたお姫様だもの。騎士様だって、簡単には渡さないんだから……見てなさいね、色無」

 もう少しだけ、独り占めさせてね。

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男「今年の小林幸子はどんなんだろうなー?」

橙「ねぇねぇガキ使見ようよー」

朱「ダメだ。ここの寮は毎年紅白と決まってるんだ」

橙「じゃあ部屋行くー」

群「それは私が許さないわ。みんなで団欒するのが決まりなの。っていうかそっちのほうが楽しいでしょ?」

灰「大丈夫。DVDレコーダーに録画してきてますぜ」

橙「さっすが灰色!いい仕事してますねー」

黄緑「はいはーい年越し蕎麦ですよー!」

白「うわぁおいしそう!」

紫「あ……人参……」

黄緑「食べるんですよ?」

紫「むー……」


紫「おらー、色無ー。サボってないで働けー」

無「うっせー。一回がデカイ分お前より重いんだよ」

紫「うー、ちっちゃいってゆーなぁ!」

ここは虹寮玄関前。季節は冬も半ばに来て、積雪も目立ってきている。

当然、積もったままでは歩きづらいし、交通機関も使えない。

なのでこうして当番を決めて雪かきをしているのだった。今回は色無と紫。

無「しっかし寒いなー」

大体半分の除雪を済んだところで、痛くなってきた腰を労わるようにノビをする色無。

寒さによって思ったより体が固まっていたようだ。体中から小気味良い音が奏でられた。

紫「なー、今日はこれくらいで終わりにしよ。流石に寒いよ」

無「まだ半分しか終わってねぇよ」

紫「いいじゃん。ホラ、手だってこんなに真っ赤」

無「え〜?……まあ、とはいっても、辛いことは辛いか。よし、紫は先あがっていいよ。あと全部俺がやるから」

辺りをざっと見渡す。後半分といってもさほど広いわけではない。

無「これくらいなら俺一人でも充分出来るから」

そう言って、大きく息を吐いて気合を溜め、再び新雪のマットを切り崩していく。

紫「……」

勢い余ったのか、予想外に取り込んでしまい、少しふらつくが何とか積み上げた雪山にスコップを被せた。

そして、新たな場所を空きにゆこうと振り返ると、紫が作業を再開していた。

無「どうしたんだ?休むんじゃ無かったのか?」

紫「……危なっかしくて見てられないだけ。あと、勝手に無理させて風邪引いてあたしの所為にされるのが嫌なの。あんな姿見せられたら愚痴ってたのが恥ずかしいじゃん……バカ」

ブツブツとごねる様に働く紫。顔は先程見せ付けられた両手のように真っ赤だった。

無「そうか……だったら早く終わらせないとな」

そうして、当番二人で雪かきを済ませたのだった。

無「ふー。終わった」

紫「意外と早く済んだね」

黄緑「お疲れ様、二人とも」

雪かきを終えて、玄関でコートの雪を払う二人を黄緑がタオル持参で出迎えた。

それぞれに礼を述べる二人。

黄緑「外は寒かったでしょう。あったかい物、用意してますよ。

ちゃんと頭を拭いて、コートを片付けてから来てくださいね」

無・紫「「は〜い」」

まるで母親のように振舞う同級生。しかし、色無や紫には、全く違和感を感じなかった。

黄緑「はいどうぞ」

無・紫「「いただきます」」

言いつけを守ってリビングに入った二人は黄緑のスープに迎えられた。

無「はぁぁぁ……あったけぇ〜」

それは本当に心から温まるようなスープ。

紫「なんかこうしてスープ飲んでると、外国ってかんじだね」

無「HAHAHAHAHA!欧米かっ!」

紫「あいたっ!もーあたま叩くなぁ!ちっちゃくなるだろ!」

無「はんっ!元からちっちゃいだろうが」

紫「なにを〜!」

ギャースカギャースカ騒ぎ始める二人。余程元気が有り余っているようだ。

黄緑「こら、お食事中に騒ぐんじゃありません」

躾のなっていない二人をたしなめる黄緑。

怒られたふたりはそろってこう言ったのだった。

「「はぁ〜い」」


黄「ひゃっほー! 雪だ雪ー!」

薄「あ、あの……そんなはしゃがなくても」

黄「なーに言っているの薄黄ちゃん! 雪だよ? 楽しそうじゃない!」

無「まるで小学生みたいだな」

黒「本当ね……薄黄ちゃん、大変ね」

薄「あ、いえ。私も楽しんでますから」

無「そうか? 迷惑だったら、俺が黄を」

薄「……色無さん、私の出番を奪う気ですか?」

無「いや、そういうつもりじゃ……ぶほっ」

黄「なーにやってんの三人とも〜! 雪合戦するんだから!」

黒「私も勝手に入っているのね」

無「ぺっ……あいつ、顔面にやりやがったな……! 待てこら!」

薄「あ、私も参加しますー! 待ってくださいー!」

黒「……仕方ないわね。私もたまには楽しみますか」


青「ふぅ……」

紫「いい気持ちだったね。やっぱりお風呂って最高♪」

青「ええ。紫と入るっていうのも、新鮮で面白かったわ。また入りましょう?」

紫「うん!」

男「おっ、青も紫も風呂あがったとこか……」

青「な、なによ。なにかついてる?」

男「いや、二人とも髪の毛下ろしてるから見慣れなくて……」

紫「見慣れなくて、なによ?」

男「あー、えーと……それはそれで、いいかなとか思ったんだけど」

青「!」

紫「ホント!?」

男「嘘なんかついてどうするよ。たまにはそれで学校行ってみてもいいんじゃね?」

青「……さ、参考までに聞くけど! その、アンタはどっちがいい?」

男「へ? ……んー、たまに下ろしてたりするとちょっといいかな? ま、少なくとも学校の男子は喜ぶだろうな」

紫「そうなの? でも、それなら学校ではやらないでおこうかな」

青「……そうね。ヘタに男子を煽るようなこと、したくないし」

男「えー?もったいねぇ」

青(アンタだけに見せるんだからね、とか言えばいいのかなぁ……オレンジなら言うんだろうけど……はぁ)

紫(今度から、お休みは髪をほどいておこうっと。へへ♪)

男(正直、違う一面っぽくてかなりドキッとしたけど……コイツらに言うと真っ赤になって怒るし、黙ってよ)


男「さて、寝よ」

橙「おっと。この状況でそんなの許されると思う?」

男「それでも寝るの。はい、電気消すから」(パチッ

朱「こ、こらぁ色無ッ!いきなり電気消すな、びっくりするだろうが!」

男「いーから寝ろ!もう十分遊んだだろが!」

朱「——ほーぉ……」

橙「おー、朱色さんにタメ語とは。これはもうキレちゃってるかな」

朱「……いいよ。わかった、確かに騒ぎすぎたね。だからもう、おとなしく寝るよ」

橙「へ?マジですか?」

男「よかった。それじゃおやすみなさ——って、ちょっと!?」

朱「ただし、こ・こ・で・な♪ 寝ろと言ったオマエの言うことは聞いたんだ。だから文句は言わせねーぞ」

橙「あ、なるほど。さすが朱色さん」

男「この……だったら俺はリビングで寝ます。俺はぐっすりと心安らかに寝たいので」

橙「まぁまぁ。別に私らはいっしょに居たいだけで、色無のジャマしようってワケじゃないから」

朱「ちゃんとぐっすり眠れるように気を配ってやるから安心しろ。それなら文句ないだろ?」

男「……もういい。好きにしてくれ」

男「Zzz……」

橙「素直に寝ちゃいましたね、コイツ。私が同じベッドにいるというのに……ちょっとショックかも」

朱「私の膝枕が気持ちよかったってことにしておきな。 さて、色無も寝たことだし……私は部屋に戻るよ」

橙「え?朱色さんは……」

朱「さすがに一晩中膝枕は無理だよ。ベッドに入るのも、なんだか気が引けるしな。あいにく3Pは趣味じゃないんでね」

橙「そ、その言い方は……だけど、朱色さんだってコイツのこと」

朱「いいのいいの。色無の寝顔を見ながら膝枕してただけでじゅーぶん。後はオレンジに預けとく」

橙「……」

朱「色無の手、冷たかっただろ?握ったまま寝てやりな。それだけでずいぶん違ってくると思うから」

橙「……そうします。 おやすみなさい、朱色さん」

朱「あぁ、おやすみ。 オマエらふたりに、良い夢を」


空「お姉ちゃんのバカああああ!!!!」

青「空が悪いんじゃない!!」

空「悪いのお姉ちゃんでしょ!!バカ!!ぺちゃパイ!!」

青「……ぺちゃパイ……(カチーン)」

空「ホントのことでしょっ!!」

青「……このバカたれえええ!!!!!!」

無「……それで、俺の部屋に来たと」

空「……はい」

無「謝っちゃえば終わるんだからさ、謝っちゃえば?」

空「私は悪くないですからっ!!」

無「……ご、ゴメン」

空「……」

無(完全にむくれてるな……)

青「色無、空が来てるでしょ」

無「……うん、来てるけど……」

青「全く、関係ない色無にまで迷惑かけて」

空「……お姉ちゃんがいけないんだよ」

青「全く、あんたは頑固なんだから……早く部屋に戻って来なさい」

空「……嫌」

青「空が戻って来ないなら、部屋にある虹色堂のココアプリンは誰が食べるのよ?」

空「……え?」

青「その……空が食べないなら……私が食べちゃうわよ!」

空「……ありがと……それと……ごめんね」

青「……うん」

無「……」

青「……な、何よ」

無「やっぱり青は優しいなって」

青「!!!!!!!!!」

無「痛い!痛いって!」


黄緑「……だったのです」

無「あれ、黄緑? この子供たちは……」

黄緑「あ、色無くん。ふふ、いつの間にか集まっちゃって」

紫「黄緑は、絵本の読み聞かせがすっごく上手なんだよ?」

無「へー」

紫「あ、あれ……?」

無「なんだ?」

紫「ちっちゃいって言わないの……?」

無「いや、俺も聞いてみようと思って」

黄緑「ふふ、じゃあ次はこれ」

子供たち「わぁーい」

黄緑「むかしむかしあるところに……」


白「く、黒ちゃんもういいよー。そんなに借りても読み切れないし……」

黒「いいんだ、これは私が好きでやっていることだから」

無「どうしたんだ?」

白「あ、色無くん。黒ちゃんがね、本を探すって聞かないの」

無「本を……?」

黒「色々調べれば白の身体にいいことも載っているかもしれないだろ?」

無「そっか」

黒「……どうした?」

無「黒って案外優しいんだなと思って。口調はキツイけど」

黒「な゙っ……!」

白「うん、黒ちゃんはとっても優しいよー? この前私が体調崩したときも付きっ切りで——」

黒「ば、ばか! 私は自分の健康のためにもだな、その、本を……」

無「素直になればいいのに」

黒「うるさい私はもう行くからな!」

白「あ、待ってよ黒ちゃん!」

無「やれやれ……」


無「お、黄はカレーの本か?」

黄「わ、私がカレーばっかりだと思ったら大間違いなんだからねっ!」

無「……青のまね?」

黄「うん……」

無「ちょっと恥ずかしかっただろ」

黄「うん、ちょっとね……」

無「それで、何の本読んでたんだ? ……育児?」

黄「うん。こういうの見てたら、私たちの親もいろいろ考えながらやってくれてたんだろうなぁ〜って」

無「そっか」

黄「ふふ、それからね、私もいつかお母さんになるのかなぁ〜って」

無「はは」

黄「……何?」

無「黄はきっといいお母さんになるよ」

黄「う、なにそれ、褒めてるの?」

無「うん」

黄「……」

無「……」

黄「ほ、褒めたって何も出ないんだからね!」

無「……」

黄「……」

無「それも青のまね?」

黄「う、うん……」

無「……ちょっと恥ずかしかっただろ?」

黄「うん、ちょっと……」


無「お、青は料理の本か」

青「ええ」

無「へー。美味そうだなー」

青「何よ、物欲しそうな顔して」

無「……作ってくれるんだろ?」

青「な゙……そんなわけないでしょ!」

無「期待してるから」

青「アーアー聞こえなーい」


無「桃は何読んでるんだ?」

桃「あ、色無くん。うんとね、これ」

無「……? 恋愛小説?」

桃「この小説の主人公はね、いろんな女の子から好かれているの。みんな好き好き光線出して周りは気付いているのに、その本人だけは気付かないの。ね、これってどう思う?」

無「うーん、羨ましいというかなんというか……。はは、出来れば変わって欲しいな」

桃「もー! こうしてやるっ!」

無「うわっ、やめれ! 胸で窒息するぅ!」


橙(シャカシャカシャカ〜♪ シャカシャカ〜♪)

無「オレンジは音楽聴いてんのかー」

橙(チョイチョイ)

無「ん? こっち来いってことか?」

橙「えへへ〜」

無「(スポッ)うわっ! いきなり被せるなよ! ……へーこんなの聴いてたのかー」

橙「えへへ、色無?」

無「(シャカシャカ〜♪)んー?」

橙「幸せって何気ない、こういうことを言うんだね」


「おーい、黒さん」

 担任がいくつか連絡事項を告げるだけのホームルームが終わり、足早に教室を立ち去ろうとした私を同級生が呼び止めた。

「なに?」

「今日これからみんなでカラオケ行こうってことになったんだけど、女の子が足りなくってさ。よかったら黒さんも一緒に——」

「そういうの興味ないから。悪いけど急いでるの。じゃあね」

 相手の台詞を途中でさえぎり、私は振り向きもせず廊下に踏み出す。

「だから言ったじゃん。誘っても無駄だって。ほんとつきあい悪いんだから」

「見た目は綺麗なんだけどなあ。あのきつい性格じゃ、友達いなさそうだよな」

 後ろ手に教室のドアを閉める直前に、彼らの声が聞こえてきた。陰でいろいろ言われるのは慣れっこなので、特に何とも思わない。私なら面と向かって言うところだけど、誰もがそうできるわけじゃないことも分かっている。

「……だけど、友達いないってところだけは訂正してもらいたいわね」

 友達なら私にだっている。何よりも大切で、誰よりも愛おしい——友達が。

 目をつぶってもたどり着けるほどに通い慣れた病室の前に立ち、ドアを軽くノックする。

「入るわよ、白」

「どうぞ」

 待ちきれず、返事とほぼ同時にノブをひねって部屋の中に入る。窓の外の夕日を背にして、白はベッドの上に身を起こし、柔らかくほほえんでいた。

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「……」

「……」

 この瞬間、いつも私は白に見とれてしまう。すぐに我に返り、何ごともなかったかのように枕元へ歩み寄る。白は何も言わないけれど、きっと私のことを変に思っているだろう。

「具合はどう?」

「今日はずいぶん楽だよ。この調子なら、もうすぐ退院できるかも」

 いつもの問いに、白はいつものように返事をする。調子が悪いと白が言ったことはかつて一度もなく——退院できたことも、一度もなかった。

「そう、よかった」

「ねえ黒ちゃん。今日は学校でどんなことがあったの? 聞かせて」

「いいわ。じゃあいつものようにね」

 白に向こうを向いてもらい、脇の棚からヘアブラシを手に取る。長い綺麗な髪を梳かしてもらいながら、その日に学校であった出来事を聞くのが、最近の白のお気に入りだ。

 静かに目を閉じ、私の言葉に白は耳を傾ける。白が学校での私の様子を心配しないように。同時に、あまり学校生活を羨んだりしないように。慎重に言葉を選びながら、ときにおもしろおかしく、ときに事務的に、私は言葉を紡ぐ。

「ねえ、黒ちゃん」

 髪を梳き終わるのが、話の終わりの合図。

「なに?」

「今日もありがとう。大好きだよ」

「……私も、白のことが大好きよ」

 これが、白のもう一つのお気に入り。他愛のない言葉遊び。

 たぶん、白の“好き”と私の“好き”は違うものだろう。でも、それに気づかれたらゲームはおしまい。私の“好き”は、きっと誰にも許されない。

「じゃあ、また明日ね、白」

「うん。黒ちゃん、また明日」

 今日もゲームに勝った私は、本当の気持ちを深く沈めて、病室をあとにした。


『せんせー、白ちゃんがまた倒れましたー』

『なに!? おい、大丈夫か? 誰か、すまんが白を保健室に……』

『私が連れて行きます』

 貧血で目の前が真っ暗になっちゃって、みんなの顔はよく見えないけど、声と匂いで黒ちゃんが私を抱えてくれたのは分かった。

『あんなに身体弱いんだったら、無理して体育の授業受けなくてもいいのに』

『体育だけじゃないよ。教室でも気がつくと気分悪そうにしてるもん。気が散ってしょうがないんだよねー』

 クラスメイトの声が、私の周りをぐるぐる回ってる。ごめんね、迷惑ばっかりかけてごめんね……。

「!!」

 がばっとベッドから跳ね起きる。とたんに咳が出て息が詰まる。ようやくおさまり、深呼吸して落ち着くと、自分が泣いていることに気づいた。

「嫌な夢だったな……」

 ため息をついて涙を拭う。一学期の体育の授業中に倒れて、そのまま入院。それきり学校には行ってない。進級は間違いなく無理だし、みんなが私を覚えてるかどうかさえあやしい。

「高校では友達いっぱい作ろうって思ってたのに、また失敗しちゃったな……」

 以前、本当に一人も友達がいなかったころは、こんな人生に意味があるなんてどうしても思えなかった。でも、今は違う。

 今の私には友達がいる。何よりも大切で、誰よりも愛おしい——友達が。

 まるで原子時計のような正確さで、今日も昨日と同じ時間にドアがノックされた。

「入るわよ、白」

「どうぞ」

 きっと私が返事するタイミングも分かってるんだと思う。私の声とほぼ同時にドアが開き、黒ちゃんはほほえみを浮かべながら、流れるような仕草で病室に入ってきた。

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「……」

「……」

 この瞬間、いつも私は黒ちゃんに見とれてしまう。黒ちゃんが近づいてきて、私は慌てて枕元の椅子を引き寄せる。黒ちゃんは何も言わないけれど、きっと私のことを変な子だと思ってるんじゃないかな。

「具合はどう?」

「今日はずいぶん楽だよ。この調子なら、もうすぐ退院できるかも」

 いつもの問いに、私はいつものように返事をする。嘘は言ってない。黒ちゃんがいてくれるときは、ほんとに楽だから。退院は……ちょっと無理かもしれないけど。

「そう、よかった」

「ねえ黒ちゃん。今日は学校でどんなことがあったの? 聞かせて」

「いいわ。じゃあいつものようにね」

 あんまり心配かけたくなくて、私はいつものようにお話をせがんだ。ベッドの上で座り直して背中を向けると、黒ちゃんは脇の棚からヘアブラシを手に取った。

 髪を梳かしてもらいながら、その日に学校であった出来事を聞くのが、最近の私のお気に入り。静かに目を閉じ、黒ちゃんの言葉に耳を傾ける。ほとんど通えなかった学校だけど、一生懸命記憶を掘り起こして、頭の中で再現してみる。

 黒ちゃんのお話は、いつもちょっとだけ変。お友達の名前がほとんど出てこないし、途中経過をずいぶんはしょったりもする。黒ちゃん、お友達いないのかな? ちょっと心配。もしかして、私に気を遣ってつまらなそうに話してるのかな? そんなことしなくていいのに。

 だけど私は何も言わない。心配してることに気づかれたら、気遣いがばれてることに気づかれたら、きっと黒ちゃんを悲しませちゃうから。

 黒ちゃんがブラシを棚に戻す。髪を梳き終わるのが、話の終わりの合図。

「ねえ、黒ちゃん」

「なに?」

「今日もありがとう。大好きだよ」

「……私も、白のことが大好きよ」

 これが、私のもう一つのお気に入り。他愛のない言葉遊び。

 たぶん、私の“好き”と黒ちゃんの“好き”は違うものだと思う。でも、それに気づかれたらゲームはおしまい。私の“好き”は、きっと誰にも許されない。

「じゃあ、また明日ね、白」

「うん。黒ちゃん、また明日」

 今日もゲームに勝った私は、本当の気持ちを深く沈めて、振り向かない黒ちゃんの背中を笑顔で見送った。


「今まで色々とありがとう……なんだか黒にはずっと迷惑かけっぱなしだったね……」

「何言ってるのよ……私は迷惑だなんて思ったこと一度も……」

「ううん、いいんだ。本当ごめんね……それと……本当にありがとう……さようなら……」

「さ、さようならって……白?白!?ね、ねぇ起きてよ?ちょっと!?お願い起きて!あ……あぁ……うわあああああ!!!」

ガバッ

「……ハァ……ハァ……夢……」

最悪だ……今日はこれから白のお見舞いに行こうと思ってたのに……縁起でもない……

「……ただの夢よ……双に決まってる……」

なのになんだろう……この胸騒ぎは……

「あっ、おはよう黒。今日は早いね、どうしたの?」

「別に……早起きしたけどやることも特になかっただけよ」

よかった……そうよ、あれは夢なんだから……

「でもごめんね、せっかくの休みなのに」

「言ったでしょう、別に予定なんかないんだから」

「でも黒ならそれこそ引く手数多だと思うけどな……綺麗だし優しいし」

「……どうでもいいわ、そんなこと」

危ない危ない……たまに白はこうやって不意打ちで嬉しいことを言ってくれるのよね……

「駄目だよどうでもいいなんて。もったいないよ、誰か彼氏とか作ろうと思わないの?」

「思わないわ。面倒だし」

白以外の男となんて誰が付き合うもんですか……

「面倒って……もったいないなぁ」

「……白はなんとも思わないの?」

「え?」

「だから……私が誰かと付き合うってこと」

「そんなことないよ」

え……

「嬉しいよ。黒に彼氏が出来たら」

「……そう」

嬉しい……か……そうよね……白にとっては私なんて……ただの幼馴染でしかないものね……

「……そろそろ帰るわ」

「あっ、うん。またね」

「次は学校でね。確か明後日には退院でしょう?」

「その予定だったんだけど……もうちょっと長引きそうなんだ」

「そう。みんな残念がるでしょうね、結構楽しみにしてたみたいだし」

「ごめん、黒のほうから伝えておいてくれないかな」

「貸し一つね」

「ありがとう」

そっか……延びたんだ……せっかく久しぶりに一緒に学校行けると思ったのにな……

「はぁ……」

胸がもやもやする……白があんな事言うから……

『嬉しいよ』

面白くないとか……嫉妬したりとか……してくれたらなぁ……


茶「こんにちわぁ」

白「あ、茶ちゃん。お見舞いに来てくれたの?」

茶「は、はひ! 今日は私だけです。……ごめんなさい。あ、でも色無くんは後で来るって言ってました」

白「そんな、気にしなくていいのに」

茶「で、でも私ドジしてばかりだし、逆に迷惑じゃあ……」

白「ふふ」

茶「ふぇっ!? な、なんですかぁ!?」

白「ご、ごめんね。茶ちゃんて可愛いなぁって思って」

茶「ふ、ふぇぇっ!?」

白「くすくす」

茶「はぅぅ……」


ある晴れた日。学校ではサッカーの授業が行われていた。

「色無パス!」

そう言われた色無は、飛んできたボールに向かって大きく足を振り上げた。次の瞬間、ボールはあさっての方向に飛んでいった。

色無の足は空を切り、見事に顔面でボールを受け止めて大きく尻餅をついてしまったのだ。

そしてあまりに足を高く上げた為に、危険行為とみなされ相手チームにフリーキックまで与える始末……。

当の本人は恥かしそうに鼻を押さえ、チームメイトに心配されている。

『かっこ悪う……』

それを見て同時にそう心の中で呟いたのは、桃色と紫色だ。二人は運動場のはしっこで、50メートル走のタイム測定の順番待ちをしていた。

そんな桃色に不意に話しかける者がいる。

「桃色さん〜」

振り返ると、同じクラスの女子が桃色の胸をジロジロみながらこう言った。

「ちょっと体操服、窮屈なんじゃないの〜」

桃色は内心ムッとしたがいつもの天然で切り抜ける。

「え〜〜そうぅ?これぐらい普通だと思うけどなあ〜〜」

可愛く顔を傾けながらも、相手を怒らせないように……これがこういう場を切り抜ける為に桃色がとる”天然ボケ”であった。

しかし、それを聞いて面白くないのが隣にいた紫色だ。

紫色は幼児体系なのを気にしており、桃色の言葉にカチンときてしまったのだ。

「胸が大きかったら馬鹿そうに見えるしね……」

と、つい呟いてしまった。

桃色もさすがに頭にきたらしく、

「そーいう紫色ちゃんは、ちょっと体操服が大きめだね〜〜」

桃色はそう言いながら人差し指で、少し大きめの紫色の体操服の胸繰りをひっぱった。胸元が一瞬露になった紫色は烈火のごとく怒ろうとした。その時、

「次ー!桃色、紫色位置について!」

二人の自己ベストは当然のことながら更新された。

『全く!好きで胸大きくなったんじゃないって言うの!』

桃色は怒りながらも、ブラウスのボタンを留めた。

「お客様〜どうですか?良かったら出てきて見せてくださいね」

外から定員の声がする。休日、桃色はショッピングに来て、今フィッティングルームの中でかわいいブラウスを試着していた。

しかし、胸の辺りがきつそうで、横から見るとどうやら下着まで見えそうになっている。

『Mサイズだといつもこう……でもLサイズはデブみたいで着たくないし……』桃色は心の中で何度同じコトを呟いた事か……。

「はあー。ダイエットしよ」

大きくため息をついてブラウスを着替えフィッティングルームを出る。

「なんか〜思ってた感じと違って、あまりにあいませんでした〜〜」

小さかったとは言わない女心か。

ふと桃色が店内を見ると、バツが悪そうな色無の姿が目に止まった。

「色無君?どうしたのこんなところで……」

桃色が不思議そうに話しかけると、色無はびっくりした目で桃色を見る。

「驚いた!偶然だな。いや、ちょっと買い物に一人で行くの嫌だとかで、連れ回されてて……」

「誰に?」

と桃色が聴いた瞬間、さっきまで桃色がいたフィッティングルームの隣に並列してあったフィッティングルームのカーテンが開いた。

「どうだ、色無?」

憮然とした態度だが、顔を真っ赤にした紫がそこに立っていた。

今流行のラップワンピースだが、紫色が着るとウエストの所に来るはずのリボンは腰骨の所にずりおちている。

そしてスカートの裾が膝丈のはずが、ふくらはぎまできてしまっているという有様。俗に言うワンピースに着られてしまっている状態だ。

「ちょっと大きいんじゃない?それMサイズでしょ、Sサイズにしたら?」

答えをためらっていた色無の代わりに、桃色が悪気なく言った。が、紫は嫌味にしか聞こえない。

「自分だって、隣から大きなため息聞こえたけど……サイズが小さかったんじゃないの?」

紫に言われて、桃色も顔を真っ赤にした。

「なによ、私がデブだって言うの!?」

「自分だって、私がチビだって言うの!?」

二人はここが店の中だということ忘れてを無視してケンカを始めてしまった。

「ありがとうございました〜!」

当然の如く店内から二人は追い出された。

少し落ち着いた二人が色無をふと見ると、声を押し殺して笑っている。

「何がおかしいの!」

二人が同時に色無に詰め寄ると色無は、笑顔でこう言った。

「だって、小さくて可愛いのも、スタイルがよくて素敵なのも、二人のいいところなのに……そのことでケンカしてるんだから……」

『色無!!!』それを見て二人は同時にそう心の中で叫んだ。

そして二人は耳まで真っ赤になりながらも、笑い転げる色無から目が離せないのであった。

学校の昼休み。

「色無君!一緒にお弁当食べよっ。大きいお弁当に二人分作ってきたの〜。お箸も二膳用意したよっ」

上目遣いで、色無を誘う桃色の姿があった。突然の事にびっくりする色無だったが、特に断る理由も無いので

「いいよ」

と答えて立ち上がった瞬間

「カシャーン!!」

と音がした。

見ると、何故か紫色が色無の直ぐ後ろにきており、色無が立ち上がった為にどうやら紫色の体にあたり、紫の箸が床に落ちたようだった。

「ゴメン!」

色無が言うと

「いいけど、そのかわり箸が使えなくなったから、色無の箸を一緒に使う……とかしないと」

紫色は顔を真っ赤にしてそう言った。

「保健室で洗ってきてあげるよ〜」

そうはさせじと桃色が言う。

「べつにいいし!」

「いいって!箸かして!」

又、ケンカが始まったと思った瞬間ー

「桃色ー紫色ー先生が渡すものがあるから職員室来いって!」

男が言った。

「う・る・さ・い!」

桃色と紫色が同時に凄い剣幕で男に怒鳴り、男はすくみあがってしまった。

色無は『桃色のお弁当を、紫色と交互に箸を使って三人で食べるのも楽しそうだ。しかし本当に二人は気が合うんだなあ。』と笑った。

職員室では先生が二人の来るのを、今か今かと待っていた。

「遅いなーもう御飯食べに行こうかなあ」

先生の机の上には真新しいLサイズとSサイズの体操服が置いてあった。


白「ねぇ黒。もし僕が後半年の命だったら……どうする?」

黒「……笑えない冗談ね」

白「そうだね。でももし本当だったら……?」

黒「……悲しいわよ。当然でしょ?幼馴染なんだから」

白「そっか……」

黒「……冗談……よね?」

白「うん」

黒「……なんでそんな冗談を言ったの」

白「ほら今日はエイプリルフールだから」

パンッ!

黒「……そうだとしてもそういうことは言うものじゃないわ。さようなら。今日はもう帰るから」

つかつか……

白「……やっぱり怒っちゃったか。本当はもうすぐ退院できるしね」

病院のトイレ

黒「ひくっ……よかった……白君死んじゃわなくて……本当に……よかったよぉ……ふぇぇ……」


『ある春の日に』

無「みーどーりーさんっ」

緑「……」

ペラ

無「……」

緑「……」

ペラ

無「……正直スマンカッタ。話を聞いてくれないか? 水に頼まれたんだけど」

緑「……」

ペラ

 ——1時間後

緑「ふぅ、面白かった。あら、色無?」

無「……」

緑「こんな所で壁にもたれかかってどうしたの?」

無「……」

緑「色無? ……寝てる」

水「色無君、緑さんに本借りて貰……」

橙「水? こんな所に立ってなにしてるの?」

水「ちょっと編み物持ってきます」

橙「え? ……なるほど、私も雑誌でも持ってこよっと」

——夕方、縁側で眠っているのを朱色さんに見つかって叩き起こされるまで、

3人は仲良く色無にもたれかかって眠っていた。


無「待ち合わせってここだったよな……」

白「色無くーん」

黒「ちょっと白、走ったら危ないわよ!」

無「あ、二人とも。……その着物どうしたの?」

白「これね、黒ちゃんから着せてもらったの」

黒「白にとてもよく似合いそうな着物があったのよ」

無「すごく似合ってるよ。んー、なんて言えばいいのか分からないけどさ」

黒「いいわよ、色無の言いたい事は分かったわ」

無「そ、そうか?」

黒「十分嬉しかったわ」

白「もーう! 二人の世界に入らないでよ!」

無「は、入ってなんかないって」

黒「そうよ、白。馬鹿なこと言わないで」

白「ふーん……ね、三人でこのまま散歩でもしない?」

黒「あら、いいわね。まだ桜も咲いてるし行きましょ、色無」

無「ちょ、俺恥ずかしいから……」

白「そんな事言わないでよー」

黒「せっかくの両手の花なんだからいいじゃない」

無「いや、だからこそ……」

白「ほらほら、早くー」

黒「白、あまり動き過ぎてはダメよ」

無「二人とも分かったら引っ張らないでくれ!」


白「いーろなしくん」

無「ん、どうした?」

白「一緒に遊びに行こう?」

無「そうだな、俺も連休は予定ないし」

白「良かったーじゃあ、ここはどうかな」

無「ここは泊まりでもしないといけないんですが……」

白「お泊りするよ?」

無「えええぇぇ?!」

白「私も初めてだしちょっと不安なんだけど──」

無「だ、大丈夫。俺も初めてだから……って俺らまだ学生だよ!」

白「心配ないよ、黒ちゃんも来てくれるし、別荘使ってもいいって言うし」

無「黒が?」

白「うん!」

無「そっか……たくさん遊ぼうな」

白「たっくさん思い出つくろうね!」

黒「がっかりした?」

無「まさか。少し驚いたけどな」

黒「ふふ、もし間違いが起きたら私たち二人ともよろしくね」

無「ちょ、それどういう──」

黒「日本が一夫多妻制じゃないのが残念ね」


橙「オッス!久しぶりぃ!」

緑「……。(コクン)」

橙「なんだ高校の頃と変わんないなぁ。今度は何読んでんの?」

紫「あれ?橙来てたの!」

橙「今来たばっかだよぉ。他にはいないの?」

紫「今茶色が駐車場の車庫入れに挑戦してるんだけどみんな自分の車が心配だから……」

茶「遅れてすみませーん!……あれ?」

紫「みんな外で茶色の様子見てたから誰も中にはいないよ」

茶「そ、そうでした!置いてきちゃった!」

白・水(ガクガクガクガクガクガク)

橙「どうしたっさ!二人とも!」

青「この二人は茶色の車に相乗りできたの」

赤「なんで心臓の小さそうなのを茶色の車に乗せるかなあ」

桃「だって面白そうだったから」

全員「お前かよ」

黒「また白の病気が再発したらどうしてくれたのよ」

白「もう治ったよぉ。黒ちゃんはもう私に構わなくても大丈夫。それも全部黒ちゃんのお陰だよ」

黒「白……(キュン)」

黄緑「はいはいみんな今日は沢山飲みましょうね」

紫「待ってました!」

青「ほんと、黄緑さんの料理も久しぶりね」

黄「でもハヤシライスがないよ」

全員「!」

黄「冗談冗談。カレーがな」

全員「カレーは黙ってろ」

水「そういえばまだ色無さんが……」

ガチャ

無「ごめん遅くなった!ちと渋滞巻き込まれた!……どうしたの?」

              おかえりなさい

無「ん……なんだか照れるな。……ただいま」


青「そういえば紫、なんで黄緑と桃とは仲いいの?」

紫「?どゆこと?」

青「いや、二人とも紫の敵視してる体型だからさ」

紫「むー、なんか釈然としないけど……黄緑は優しいしなんかお母さんみたいだから。本人にそう言ったら『私も紫ちゃんと同い年なんだけどね……』って言ってたけど」

青「黄緑は母性に満ち溢れてるからついそう言っちゃうよね……それで桃とはなんで?」

紫「うー、そっちはあんまり話しちゃダメなんだけど……青は桃と昔からの友達なんだよね?」

青「ええ」

紫「じゃあ大丈夫かな……修学旅行のときにね……」

 某テーマパーク

紫「あっ、クッキーモ○スターだ!こっちはエ○モ!すごーい、セ○ミのぬいぐるみがいっぱい「キャーッ!」あれ?この声は……」

桃「このビッ○バードのぬいぐるみおっきくて可愛いー♪あっ、このストラップいいなぁー」

紫「……桃?」

桃「へ?むむむ紫ちゃん!?」

紫「桃も好きだったんだ……意外……」

桃「こ、子供の頃から好きなの……紫ちゃんも?」

紫「あ、うん……」

青「それで色々話してるうちに?」

紫「うん」

青「あの子意外とああいうの好きだからね。サン○オとかディ○ニーとか……ちなみに紫のことも気になってたみたいよ。結構気にしてたわね、嫌われてるのかなって」

紫「ふーん……でもそれってあたしってマスコット的扱いってこと?」

青「まさか。でも桃昔から妹か弟欲しいって言ってたからそんな感じなのかも」

紫「むー、やっぱり複雑……」


「ん……?」

 深夜、色無は目を覚ました。なにやら暑い。そして狭い。

 普段とは違う雰囲気を察知して明かりをつけようとする。手を突いたその時。ふにゅ。感触が脳を揺さぶる。

 ふにゅ? 色無は疑問に思ったが、とにかく明かりをつけないことには始まらない。手を突く位置を変え——今度はシーツの上だった——起き上がり、ベッドから降りると、蛍光灯の紐を引く。カチリ。チカッチカチカッ。

 明かりが辺りを照らす。すぐには目が慣れない。それでももやもやと視界が広がっていく。果たしてその先には——

「……さすがにこれは予想外だったわ……」

 胸を押さえた黒がいた。小さい頃から知っている、色無の幼馴染みが顔を赤らめて俯いている。

「く、黒!?」

「……」

 黒は声に反応して、頬を染めたまま顔を上げる。

「何……やってんだ……?」

「……妹を取り返しにきたの」

「あ……」

 見ると確かに灰色がそこには寝ていた。どうやら色無は黒と灰色に挟まれて寝ていた格好だったらしい。これでは暑かったのも頷ける。

「そうか……灰が来てたのか。ありがとう、助かる」

 色無は答えたが黒はすぐには灰色を連れて行こうとはせず、身じろぎもしないで何やら思案顔。

「……黒?」

「……色無、すぐに起きちゃったのね。これじゃ私が楽しめないじゃない」

「……は?」

 拗ねるように言う。

「灰ばかり、ずるいと思うの」

「ずるいって……」

 ベッドから立ち上がると、黒は告げた。

「今日から私も一緒に寝ることにするから」

「な……」

「あら、ダメなの?」

 黒はそう言うと微笑んで、色無との距離を詰める。

「ダメっていうか、そんなこと……」

「灰とは一緒に寝てるじゃない」

「……コイツは俺が寝たのを見計らって、勝手にカギ開けて……」

「なら、私も灰と一緒に、色無が寝静まった後に来るわ。それならいいでしょう?」

 黒はさらに身を寄せて囁くように言う。ふわりと甘い香りがした。

「それならって……っていうか黒ならわかるだろ? こんなこと知られたら……」

「……わからないわ」

 呼吸の音さえ聞こえてきそうな距離。透明感のある声が花咲き、耳をくすぐる。色無の鼓動は早くなって、さらに——

「……っ!」

 頬を撫でられる。色無は身じろぐことさえかなわない。——そこへ、

「……お姉ちゃんが、色無を誘惑してる……?」

 灰色がタイミング良く(?)目を覚ます。目をすりすりと擦りながら。ぽわんとした表情のまま二人の方を見やる。

「あら、起きたのね。今度から私も一緒に寝ることになったから」

「なってないって……」

 目に見えない緊縛の状態のまま、色無は呻くように言う。

「え……なんで……?」

 灰色はそこで一旦考える。この状況にとまどっているようだった。が、すぐに思い当たる節があったようで、

「あっ……そうか……」

「……えっ!?」

 おもむろに近づいたかと思うと、灰色は黒の身体を抱きしめた。ぎゅっと。愛しむように。

そして頭を優しく撫で始める。身長差があるために黒の顔を見上げるかたちになって。

「ちょ、ちょっと!? 灰!?」

 妹に抱きしめられ、そのうえ頭まで撫でられる恥ずかしさに、黒の頬は紅潮する。

「ごめんね、お姉ちゃん。最近かまってあげられなくて」

「——っ!」

 何かに気付いたようで。黒は一瞬、声を失う。……そして、諦めたように呟いた。

「……もう、これじゃどっちが姉だかわからないじゃない……」

 撫でられ、照れながらも、どこか嬉しそうな表情を見せて。

「お前ら、本当に仲良いよなぁ……」

 その様子を見ながら、しみじみと、どこか呆れたように色無は呟く。昔から、何度となくこういう光景は見ていた。もっとも、灰色が黒をリードする光景を見るのは珍しかったが。あるいは初めて見たのかもしれない。

「それじゃ、今度から忍び込むときは、お姉ちゃんも誘うから」

「ふふ、ありがとう、灰」

 二人は仲良くお互いの手をとりあうと、顔を見合わせて、にっこりと微笑んだ。

「……おいおい……」

 色無はそんな二人の頬笑ましい光景を見ながら、これからどうしよう……と、途方に暮れるのだった。

 

「おねえちゃん、わたし、おねえちゃんのことだいすき」

「ふふ、きゅうにどうしたの?」

「おねえちゃんもすき? わたしのこと」

「好きにきまってるじゃない」

「ずっと?」

「ええ、ずっとよ」

「おおきくなっても?」

「そんなのきまってるじゃない」

「……うわぁい! やっぱりおねいちゃんだいすき!」

「こら、だきつかないの! ふふ、もうこの子ったら——」


「おはよ」

 寮の玄関を出て赤に声を掛ける。真ん丸な目をして驚く顔がとても可愛い。

「どうしたの?」

「いっしょに走ってもいいかな?」

 突然の申し出に嫌な素振をみせずに赤はOKしてくれた。本当は自分のペースで走りたいだろうに。

 ゆっくりとしたペースで走りながら体を温める。私でもついていけるスピードだ。

「もう少し早くても大丈夫よ」

「無理したらダメだよ。それにしてもさ、どうしたの? 橙が朝に走る理由がわからないンだけど」

「ああ、そんなこと? ダイエットに決まってるじゃない」

「ダイエット? そんなに絞りたい体には思えないなぁ。お風呂で裸も見てるけど、同性のボクが見ても綺麗だと思うよ」

「普段から節制してるから、いきなり絞る必要はないんだけどさ。年末年始の為にいまからトレーニングしておかなきゃ」

「年末ぅ! まだまだ先の話じゃない」

 立ち止まってしまう赤。そこまでして驚くほどのことでもないと思うんだけどなぁ。

「いまから体の基礎代謝を上げておかないとさ、クリスマスから始まる連続パーティーで大変なことになるのよ。たくさん食べて、飲んで、呑んで、眠ることを繰り返すわけじゃない。去年も注意してはいたんだけれど、1月後半のダイエットが終わらないうちにバレンタインの時期になるし。そうしたら、チョコの試食が続くわけでしょ。それが終わったら3月の桃の節句の準備。それが終わったら、歓送迎会が待っているし。年末から春まではダイエットに向かない季節なのよ。油断してると、そのまま夏になっちゃうわ。水着が着れなくなると困るしね。だから、いまからトレーニングするのよ」

「はあ……すごいね。さすが橙というか……。ボクは、そこまで考えたことなかったよ」

「赤は、普段からトレーニングしているからいいのよ。桃も、そろそろ鍛えだすはずよ。あの娘はあたしより切実だから。胸が大きすぎると運動するのも大変だし」

「ああ、確かにね。食事制限だけじゃねぇ」

「胸を維持する為にウェイトトレーニングを始めたってことは聞いたけれど、どの程度進んでいることやら」

「ああ、ボクの部屋からダンベルを持っていったのは、そのせいかぁ。なるほどねぇ。綺麗な娘って、当たり前のように綺麗なんだと思っていたけど。そっかぁ、綺麗を維持する努力を惜しまないから綺麗なんだねぇ」

 軽くジョグしながら話を続けるうちに公園に着いてしまった。ストレッチを繰り返して体をほぐす。

「赤もさ」

「ん?」

「今度のハロウィンパーティーで綺麗になろうよ」

「えええええええええ。無理だよぉ、ボクなんて……」

「そんなことないよ。赤はスタイルもいいし、顔も綺麗だし。きちんとお化粧をして、似合う服を着て、いつもの笑顔で微笑んでいたら、とても綺麗だと思うよ」

「いやぁ〜、いくら橙の言うことでも、さすがにそれは無理だよぉ」

「あら、赤はレース前にスタートラインに立つ前から無理だって決め付けるの?」

「……」

「ライバルが増えるのは、本当は避けたいところなんだけど。みんなでお洒落して楽しいことするのって、とても楽しいし、嬉しいじゃない。色無が照れる顔も見れるしね」

 色無の名前を出したとたんに赤の顔が赤くなる。正直な娘ね。この笑顔でせまられたら、男なら喜んで陥落するんだろうなぁ。女でも危ないかもね。

「さ、帰ろうよ。学校に行く前にシャワーもしたいしさ。一緒にシャワーして洗いッこする?」

「な、な、な……」

「あははは。ホラ、いくよ赤っ!」


『つみあがるもの』

灰「いーろーなーしーあーそー……あれ?」

無「Zzzzzzz」

灰「なんだー、寝てるのか」

無「Zzzzzzz」

灰「……」

白「(コンコン)色無君……あれ?」

無「zzzzzzzz」

灰「すぅ……すぅ……」

白「寝ちゃってるんだ。……気持ちよさそうだなぁ」

無「Zzzzzzzz」

白「……。ちょっとだけ……」

黒「(コンコン)色無。灰色知らn……」

無「ZZzzzzzzzz」

白・灰「すぅ……くぅ……」

黒「寝ちゃってるのね。さすがに起こすのは可哀想かしら」

無「ZzzzzzZZZzzzzzz」

黒「……それにしても、気持ちよさそうね」

白・灰「すぅ……すぅ……」

黒「……私も、ちょっと寝ようかしら」

無「ZzzzzzzzzzZZZzzzzzzzzzzz」

黒・白・灰「すぅ……」

ある日の午後。


『抱き枕』

空「おはよー」

灰「おはよー……」

空「灰ちゃん、眠たそうだね」

灰「まぁねー……昨日は抱き枕が無かったから寒かったし眠れなかったよー」

空「そうなんだ。無くしたの?」

灰「いやいや、昨日は姉様に止められて無理だった」

空「止められて?」

灰「そう。使ってみる?」

(その日の夜)

灰「あー、温かい。抱き枕はきもちいいねぇ」

空「あ……うん、そうだね……」

無「……あのなぁ、もう慣れたとはいえ、うるさくするなよ」

灰「えー」

無「えーじゃない」

空「あの……お兄ちゃん、お邪魔だった?」

無「二人になっても大して変わらないから気にするな」

空「……うん」

灰「色無、不公平」

無「お前はもう少し遠慮を持て」

空「あはは」


空「じゃじゃーん! 本日12月6日は! なんと!」

灰「……え〜、『姉の日』らしいです……」

空「わー、ぱちぱちぱち〜!」

黒「……なんの騒ぎ?」

青「姉の日?」

空「というわけで、今日は普段お世話になってるお姉ちゃんたちに、可愛い妹たちが一日中精一杯ご奉仕します!」

黒「……まあ、思い立ったが吉日娘の空ちゃんがやる気満々なのはいいとして……灰、あなたもご奉仕してくれるの?」

灰「できれば指一本動かしたくない——」

空「灰ちゃんももちろんやる気満々です! 『いつもお姉ちゃんに甘えてばっかりだから、今日くらいは姉孝行しなきゃ』って言ってました! ね、灰ちゃん?」

灰「……はい。一生懸命やらせていただきます……」

青(空に無理矢理つき合わされたのね)

黒(空ちゃんに無理矢理つき合わされたのね)

空「今日一日は姉としてのつとめを忘れて、ゆったり羽を伸ばしてね! さあ、頑張るよ灰ちゃん! えいえいおー!」

灰「……おー」

空「それじゃ、さっそくだけどお姉ちゃん、何かして欲しいことない?」

青「うーん、急にそんなこと言われてもねえ……別に普段通りでかまわないんだけど」

空「そっか。そうだよね、急に言われても思いつかないよね。それじゃこっちで企画してた、『ポエムネーム:セイントブルーの朗読会』を食堂で開催——」

青「それだけはやめて!! えーと、ほら、そうだ! 肩! 肩揉んでちょうだい!」

空「肩? うん、おやすいご用だよ! よいしょ、よいしょ……どう、お姉ちゃん? 気持ちいい?」

青「うーん、少しツボからずれてるわね。空、ちょっとここ座って。肩胛骨のこの出っ張りからだいたい指3本分のとこ……このあたりが効くのよ」

空「あ〜、気持ちいい〜」

青「空、あんた肩凝ってるわねえ」

空「うん、最近遅くまで起きてるせいかなあ……あーそこそこ、気持ちいい。は〜幸せ〜……ってそうじゃなくて! 今日はお姉ちゃんが幸せじゃなくちゃいけないんだよ! もう!」

黒「……私にはあなたがいつも通りゲームしてるようにしか見えないんだけど、どんな姉孝行してもらえるのかしら」

灰「ああ、あれは無理矢理つき合わされてただけだから。空の目がない今、そんなめんどくさいことを私がするとでも?」

黒「はあ……まあ別になんの期待もしてなかったからいいけど。じゃあ私は宿題片付けちゃうから、せめて静かにしてなさいよ」

灰「はいはい。あ、それじゃコーヒーでも煎れてあげるよ。ブラックでいいんだよね?」

黒「ええ……って、珍しいわね。ささやかな姉の日効果かしら?」

灰「まあそんなところ。……ねえ、お姉ちゃん」

黒「何?」

灰「……いつもありがとう」

黒「……え?」

灰「なんでもない。コーヒー煎れてくる!」

黒「まったく……照れるくらいなら言わなければいいのに。ふふ……なんだかこっちまでくすぐったくなるわ」

空「くー……」

灰「すかー……」

青「もう、こんなところで寝ちゃって……仕方ないわね」

黒「空は張り切ってたから疲れちゃったのよ。灰は何もしてないけど」

青「灰ちゃんもなんだかんだ文句言いながらいろいろ気を遣ってたじゃないの。よいしょ、空を背負うからちょっと手を貸して。灰ちゃんはどうする?」

黒「この子は私が抱えていくわ」

青「そう。……この子たち、いつまで私たちのこと、お姉ちゃんお姉ちゃんって慕ってくれるのかしらね」

黒「さあ。誰か他に大切な人ができるまで、かしら。まあそれまでは、慕われるに値する姉でいないとね」

青「……そうね」

茶「お姉ちゃん、今日は私がご飯つくってあげるから——ふわあっ!」

焦「大丈夫か? ああ、割れたお皿は私が片付けるから、茶は下がってなさい」

茶「ご、ごめんねお姉ちゃん……今日はお姉ちゃんにゆっくりしてもらおうと思ったのに……」

焦「気にするな。茶の世話を焼いてるときが、私の一番の幸せなんだから。これからもいくらでも面倒かけて欲しい」

茶「お姉ちゃん……ひゃあっ!」

焦「……だが、ほどほどにな」

群「朱ー、びーるがもうからですよー」

朱「姉さん飲みすぎだよ……」

群「あによー、あねのひくらいおねえちゃんのゆうことききなさい!」

朱「もう姉だ妹だって歳でもないだろ……姉さんも早くいい人見つけてさっさと嫁に行ってよ。上が詰まってると私も結婚しにくいじゃん」

群「……ウッ……グスッ……」

朱「あ、うそうそ、嘘ですお姉様! 結婚なんて焦ることないよねー、そもそも私もいい人いないしね! ほらほら姉さん、ビールですよー、ささ、ぐいっと!」


黒「……灰?」

灰「さむさむ(もぞもぞ)」

黒「ちょ、ちょっと!? どうしたの?」

灰「色無をからかったら追い出された」

黒「……あきれた。また色無のところに行っていたのね?」

灰「ぬくぬく」

黒「こーら、自分の布団で寝なさい」

灰「嫌。寒いもん」

黒「電気毛布があるのに?」

灰「うん」

黒「……」

灰「……」

黒「……もう、仕方ないわね」

灰「えへへ」

黒「今日だけだからね?」

灰「はぁい」

黒「まったく……」

灰「……」

黒「……」

灰「……お姉ちゃん?」

黒「何よ」

灰「手、繋いでいい?」

黒「手?」

灰「うん、昔みたいに」

黒「いいけど……」

灰「やった♪」

黒「きゃ!? あんた、なんでこんなに冷たいの?」

灰「へへ、なんでだろ? お姉ちゃんの手あったかぁい……」

黒「……私は冷たいわよ?」

灰「ごめんね」

黒「はぁ……これ使いなさい」

灰「……カイロ?」

黒「私の手よりあったかいわ」

灰「うん、でも……」

黒「なに?」

灰「お姉ちゃんの手のほうがいい」

黒「はぁ……灰は甘えん坊さんね」

灰「うん」

黒「じゃあこうしましょ?」

 にぎっ

灰「あ……」

黒「これで二人とも暖かいわ」

灰「うん……ありがとうお姉ちゃん」

黒「どういたしまして……ふぁ……もう寝るわよ」

灰「うん」

黒「灰も早く寝なさい」

灰「わかった」

黒「おやすみ」

灰「おやすみなさーい」


『黒と緑と色無』

「あ、色無。ちょうどよかった、この間借りた本を返すわね」

寮の廊下で緑と擦れ違いざまに声を掛けられる。

口数の少ない娘だからといって愛想まで悪いわけではない。

二人っきりで話をしていると時々だけれど極上の笑顔を見せてくれる。

「ああ、いつでもよかったのに」

「読み終わっちゃったものだから。今夜、また借りにいくわね。この作者のシリーズを読んでみたいわ」

「わかった。ああ、ペットのお茶くらいしかないけど、いいよな?」

「気を使わないで。でも、お茶が出るならお菓子でも持っていこうかしら?」

「楽しみにしてるよ。じゃあ、あとでな」

「あっ! ねえ、色無」

「ん?」

「最近、黒と仲がいいみたいね」

「ん??」

「ああ、いや、なんでもないの。気にしないで。じゃあ、また夜にね」

そそくさと走り去っていく緑を見送り部屋へと向かう。黒と仲がいいって言ってもなぁ。同級生だし、同じ寮生だしなぁ。

仲が悪くなる理由のほうがないのだが……さて。

 

部屋の前では黒が扉にもたれかかっていた。

艶のある長くて黒い髪。白い肌。ほっそりとした体型。クールな印象を受ける瞳は可愛いというよりも綺麗と言う言葉がよく似合う。

ノーメイクでも絵になる女ってのはいるモンなんだな。

「遅かったわね」

「灰が作ったトンネルがあったんだから、部屋に入っていればよかったのに」

「あたしが灰の真似は出来ないでしょ? 止めなさいって言ってるわけだし」

部屋に入りコタツのスイッチを入れる。が、冷えた部屋はすぐには暖まらない。

「これ借りるわね」

黒はベッドに置いてあった俺のセーターを着込む。実はこういうときは注意しなくてはならない。

黒がこうして俺の衣服を着た場合、かなりの高確率で黒が着て買えることが多く

せっかくバイトを重ねて買ったお気に入りの服が いつの間にか黒のワードロープを肥やすことになるのだ。

まあ、男物をこれだけ着こなす女の子なんて、身近では橙か黒くらいのものだけど。

「ねえ、さっき緑と何を話していたの?」

手元の本をパラパラめくっている黒に問われる。

「ん? 貸してた本を返してもらっていたんだよ。今夜、また借りにくるってさ。その作者が気に入ったらしい」

「ふ〜ん、緑が好きそうな感じはしないけど。ま、いいわ。じゃあね色無」

そう言って黒は出て行った。俺のセーターを着たまま……またやられた。

まったく今日はなんなんだ。緑といい、黒といい。

女の子ってやつはよくわからん。今度、焦茶さんにでも相談してみようかな。


灰「お姉ちゃん」

黒「なに?」

灰「お風呂入ってくれば?」

黒「……そうね、この番組終わったらそうするわ」

灰「……一緒に」

黒「……誰と?」

灰「私と」

黒「……」

灰「……」

灰「何年ぶりだろうねー、一緒にお風呂入るのなんて」

黒「結構入ってるじゃない」(ごしごし

灰「あれはみんなででしょー?二人でってこと」

黒「……」(ごしごし

灰「あ、お背中流しますぜ。……おぉ、そういえばこんなとこにほくろあったね」

黒「撫でるな!」

灰「懐かしいなぁ……しかしあの頃とは違ってなかなかナイスバデーになりおってからに」

黒「どこの親父よ。そういうあんたは昔と変わってないわね」

灰「むー……これからに期待」

黒「とりあえず早く寝ることから始めなさい」

灰「へーい」

黒「……」

灰「……」

黒「……ほんとに何の企みもないの?」

灰「?まぁ、別にこれといって……」

黒「……何かありなさいよ!」(ばしゃっ

灰「なんで!?」

黒「ありがと。じゃあこんどは私が洗ってあげるわ」

灰「ん、頼んだ」

黒「……」(ごしごし

灰「……色無……お姉ちゃんさ、色無どう思う?」

黒「?どうしたのいきなり」(ごしごし

灰「いやさ、モテモテじゃん?みんなから。お姉ちゃんもその一人……なんだろうけど、実際どう思ってんのかなーって」

黒「そうねー。……普段は冴えないけど、たまに凄くかっこいいことをやってくれる、ってところにみんな惹かれてるんじゃないかしら」

灰「……お姉ちゃんは?」

黒「……私も含めて」

灰「そっかー。要はギャップ?で、お姉ちゃんはどうしたいの?捕まえちゃいたい?」

黒「私は、ただ、一緒にいたいかな」

灰「……それを恋と言うんだよ」

すぱーん

灰「あいたっ」

黒「知ってるわよそんなこと。……っていうか、あんた髪長いわね。こっちも洗ってあげる?」

灰「話を逸ら」

すぱーん

灰「あいたっ」

黒「むかつくくらい綺麗な髪ね……まったく傷んでないじゃない」

灰「すぐ手を上げるのはどうかと思うよ!?」

黒「……ふふ、でも本当はね、私だって色無の

『おーい、黒ー、灰色ー、黄緑さんがご飯冷めちゃうよーってー』

灰「へーい、いま出るー」

黒「——ッ」

灰「あれ、お姉ちゃん、可愛い反応だね?」

すぱーん

灰「あいたっ!」


「はあ、はあ、はあ、はっ、はあ……」

 二人の少女が熱く荒い息使いで先を急ぐ。もう一山超えればフィニッシュだ。

「はっ、はっ、はっ、はあっ、はあ、はあ、はあぁぁぁぁ……」

 二人の少女がグッタリとした体を投げ出し、上を見上げる。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

 激しく体を動かした後の事なので息が乱れたままだ。二人の視線が絡み合い、どちらともなく微笑みあう。

「ふふふ、さすがだね。すごいよ、赤は」

「そんなことないよ。橙こそすごいよ。ボクに着いてこれる様になったんだもの」

 この二人から少し離れたところに、青と空の姉妹がいた。

「ふっ、ふっ、はあぁ、はっ、はっ、はあ……お、おねえちゃぁん」

「大丈夫よ、空。さあ、いっしょにいきましょう。お姉ちゃんといっしょに……ねっ」

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 さらに離れたところにも虹色寮の少女達が声にならない声をあげ。息も絶え絶えに乱れた姿を見せていた。

 それぞれの少女達もそろそろ山を上り詰める。赤と橙が迎えたところと同じフィニッシュの時が訪れる。

「はあぁ、はあぁ、はぁ、はあ……」

陸に打ち上げられた魚のように、何人もの少女達が苦しげに吐息を漏らす。

 先にゴールしていた二人はそろそろ回復してきたようだ。

「みんなもスゴイね。頑張るなぁ」

「ふふふ、そうね。ヴァレンタインを過ぎたら、みんながこんなことになるなんて思わなかったわ。色無が独りで淋しがらないかしら。でも、気持ちいいわね。最高の気分よ」

「ふふ、橙も好きになったみたいだね」

「すっかり気に入ったわ。朝のランニング。すっきり目が覚めるし、シャワーでさっぱりしてから学校に行くのも気分いいしさ。体の基礎代謝も上がってるようだから、ダイエットにも効果出てきてるし」

「みんなも必死だねぇ」

「そりゃぁねぇ……コレだけの人数でチョコの試食が続いたからねぇ。しばらくは、寮生みんなで走ることになりそうね」

 橙と赤の朝のランニング。橙の均整のとれたスタイルに目をつけた他の娘達が我も我もと走り出したのだった。

 嗚呼、なんという爽やかな少女達。虹色寮に幸あれ。


『虹色のレストランへようこそ』

 新しい土地というのは、なかなか慣れない。

 卒業して早々、自分のわがままでこっちの高校に行かせてもらい、今は住宅街の中にある小さなレストランでの住み込み。

 料理なんてもちろん出来っこない。雑用と接客をやりながら、時折料理の作り方を教えてもらう。

 もうすぐそんな生活に、高校生活が加わってくる。正直、上手くやっていけるか不安だ。

 ……店の前を掃除しながら、どこか近づいてきているような青空を見上げる。

 青空に映える木製の看板。

 店の名前はRegenbogen(レーゲンボーゲン)。確か、ドイツ語で虹っていう意味だ。

 

 住居を改築した店内。床や壁、天井は木製で、テーブルは6組。観葉植物や古い映画のポスターがそれを彩り、電球の明かりが温かみを与えてくれる。

 店の奥にはカウンターがあり、その奥からは厨房がわずかに覗く。

 時刻は昼食時を過ぎ。店内は客もなく、この場にいるのはカウンターで昼食のまかない物を食べる俺と……。

「はい、じゃあ今日の6時に。分かりましたー」

 カウンターの奥、居住スペースに続く階段のそばに置かれた電話の前に立つ女性。

 どこか古めかしいダイヤル式の電話。その受話器で話をするのは、俺が最も世話になっている、ここの店長黄緑さんだ。

 母さんの親戚で、現在はこの店を一人で切り盛りしている、最低でも俺がここに来るまでは。

「それでは、お待ちしてますね」

 そう告げると、受話器を戻してこちらに顔を向ける。

 三角巾に、シンプルなエプロン。少し長めの髪は、後ろで束ねるという、黄緑さんの仕事姿。

「予約ですか?」

 ええと返事を返しながら、隣の席に着く。

 電話の内容から予想はしていたが……こんな小さな店だ。予約というのはかなり珍しい。

 しかし、わざわざ予約か。常連さんの誕生日でもあるのだろうか。

「黒ちゃんが、お友達の退院祝いにって。色無君も付き合いなさいって」

「黒が?」

 黒。俺がここに来て初めて知り合った同い年の女の子。

 ストレートな物言いで、お世辞も嘘もないその言動は、どうにも友人の退院祝いをするようなキャラには思えないのだが……。

「あいつが退院祝いをやるような相手って……」

「そんな意外そうな顔してたら、黒ちゃんに怒られちゃうよ?」

「そ、そうですけど……はは」

 あの黒とそこまで親密になれるって、いったいどんな子なんだろうか。

 同じようにストレートな物言いなのか。それともあの性格を笑って許せるぐらいにおおらかなのか。

「ってか、全然その子のこと知らない俺が付き合ってもいいのかなぁ」

 その一言に、微笑を返してくる黄緑さん。

 カウンターに置かれた、湯気を立ち上らせるコーヒーカップを手に取り一言。

「黒ちゃんの気遣い、かな」

 と、そんなことをつぶやく。

「気遣い……ですか」

「ええ。色無君が、こっちでもっとお友達が増やせるように。そんなことを思って、誘ってくれたんじゃないかしら」

 確かに、今同い年で普通に会話ができるのは黒ぐらいだ。

 もちろん、知り合いが少ないということもあるが、そもそも俺自身、あいつの表裏のない性格が嫌いではなかった。

 出会って1ヶ月も経っていない相手……そんなことは関係なしに、黒のことを友人と思っている。

 ……その辺は、あいつも一緒ということ、か。

「さてっと、早速準備に取り掛かりましょうか……あら、色無君。口元にご飯粒」

「え、あぁ……って、だから自然に取ろうとしないでくださいって、恥ずかしいから」

 

 窓から差し込む西日も弱くなってきたころ。時刻は午後6時3分前。

 そろそろ来るか。テーブルを拭きながらそう思ったのと同時に、入り口が開いたことを知らせるベルが鳴る。

「いらっしゃいませー」

 ちょうどカウンターに出ていた黄緑さんの声。

「こんばんは」

 聞きなれた女の子の声。テーブルとにらめっこしていた顔を上げると、ちょうどドアを閉めようとしている黒の姿があった。

 長い髪を後頭部に、地味な髪留めで留めた後姿。服装は相変わらず地味だ。

 そして、その隣には見慣れない女の子が一人。俺の視線に気づいたのか、どこか恥ずかしそうに頭を下げる。

 ——おとなしそうな子だな。それが第一印象。

「いらっしゃい、黒ちゃん。そこの席にどうぞー。色無君」

 窓際にある4人用の席。テーブルの上には手書きで予約席と書かれた紙が置かれている。

 黄緑さんに呼ばれ、カウンターに戻って二人分の水を用意する。時折テーブルのほうへ顔を向けると、緊張した様子の女の子を引き連れて席に付こうとする黒の姿があった。

 なんだか姉妹みたいに見えなくもない。そんなことを思いながら、水とおしぼりを載せた盆を二人の席に持っていく。

「色無、店員たるもの客が来たときは挨拶をするべき」

 と、早速厳しい一言が黒から飛んでくる。友人のほうは、目の前に置かれた水と俺の顔を交互に見てから、頭を下げる。

「私や白だから良かったものを。これが礼儀にうるさい客で、悪いうわさでも流されてこの店がつぶれたらどうして……」

「わ、分かった分かった。悪かったって……で、白ちゃんって言うんだ、その子」

 ああと返事を返して、黒が視線を白ちゃんの方に向ける。

「あの……あ、初めまして」

 頬をわずかに赤くしながら、お辞儀付きの挨拶を返してくれる。

 小さく、緊張からかキーの高い声。恥ずかしがり屋なんだなぁ……。

「……君は本当に挨拶ができないね」

「え? あぁ……はは」

 相変わらず、厳しい指摘ばかりが返ってくる。

「えっと、今度こっちに越してきた、色無って言うんだ。よろしく」

 こんな厳しいやつが相手では、すぐ泣いてしまうんじゃないだろうか。

 そんな不安すら与えるぐらい、弱々しい白ちゃん姿が、俺の目に入った。

 

 テーブルに並べられた料理の数々。

「つまり、君はいつも黄緑さんの手料理を食べられて贅沢なんだ。ずるいよ」

「し、仕方ないだろー。一人暮らしは絶対禁止とか言われたんだから」

 黒の隣に座らせられ、話題は俺がここに住み込みを始めたことに関すること。

 なぜ話題がそっちの方向に行ったかは分からないが、まぁみんな楽しそうにしているからいいのか。カウンターから俺たちの様子を見ている黄緑さんも、笑顔を向けている。

「それなら寮を借りればいいじゃないか……ん、そういえば通う学校がどこか聞いてない」

「ん? あー、すぐそこにあるところだけど。ここに居候してるのも近いからだけど」

 その一言に、白ちゃんの視線がこちらに向けられる。

「ふむ、同じ学校だったんだ。私と白も、来月からあそこに行くんだ。同じく、近いということで」

 なんか適当な理由だなと言いたくなったが、また厳しい指摘が来るからやめておく。

「む……ごめん、ちょっと席を外す」

「ん、ああ」

 そう言って立ち上がる黒。そして迷うことなく、店の奥にあるトイレへと向かう。カウンターの前にいたはずの黄緑さんも、いつの間にか厨房で皿を洗っている。

 ……前方から感じる視線。

 会話が途中中断され、なんともいえない沈黙が席を包む。

『色無君が、こっちでもっとお友達が増やせるように。そんなことを思って、誘ってくれたんじゃないかしら』

 黄緑さんの言葉が、頭をよぎる。

 黒、これはもしかしてお前なりの気遣いなのか。だとしたらかなり厳しい状況だぞ!

「あ、あの……色無さん」

 何か話題を作ろうと頭をめぐらせていたところで、予想外にも白ちゃんから声をかけてきてくれた。

「同い年なんだから、さん付けはちょっと」

「あ、ごめんなさいっ。うぅ……」

「って、あぁそこで肩落とさなくていいって。それより話があるんだろ?」

 俺の一言に、遠慮がちなうなずきを返す白ちゃん。

「はい。えっと……どうして、上京してあの学校に、行くのでしょうか……って」

 遠慮がちな上目遣いとともにたずねられる質問。

「あー。あそこの学校の運動系の部活が優秀だからだよ。俺サッカーが好きでさぁ」

「や、やっぱりそうなんですかぁ」

 ……あれ?

 なぜか白ちゃんのまなざしに、光が増したような気がする。

「私、体が弱くて運動は出来ないんですけど、見るのは好きなんです。病院でも、テレビでのスポーツ観戦は欠かさずに。あ、その、サッカーが好きっていうことは、サッカー部に入るんですか? 私、この間やっていた試合もちゃんと……」

 驚いた。まさかあんなに遠慮がちだった白ちゃんが、こんなにしゃべり出すとは。

 二面性というのかなんと言うのか。とにかく意外だ。別に嫌ではないが。

「し、白ちゃん白ちゃん、とりあえず落ち着いて」

「え? あ、ご……ごめん、なさい」

 先に見せたときよりもずっと頬を赤くして俯く白ちゃん。

 ——可愛い。そんなことを思ってしまう。

「別に気にしなくていいよ。ちょっと驚いただけだから」

「うぅ……」

「それより、何か助かったよ。話の合う人が見つかって。こっちに来たばかりだから、話し相手黒と黄緑さんしかいなかったから」

 再び、上目遣いで俺の顔を見つめてくる白ちゃん。

 恥ずかしがり屋で、病弱だけどスポーツ好きの女の子。

「なんだか、こっちで上手くやっていける気がしてきた」

 自然と、自分の顔が笑顔になったのが分かる。

 その顔を見て安心してくれたのだろうか、白ちゃんも俯いていた顔をゆっくりと上げて……。

「そ、の……私も、入院長くて……知ってることは少ないですけど」

 ……思わず、黒の気遣いに感謝したくなってしまった。

「よろしく、お願いします……えっと、色無君」

 

 次の日。

「昨日はありがとな。何か気まで利かせてもらって」

 黒に声をかけながら、注文であるグラタンセットをテーブルに置く。

「気を? 君は何を言っているの……?」

「いや、白ちゃん紹介してくれてさ。仲良くやっていけると思うよ、あの子とは」

 その一言に、なぜか黒は怪訝そうな表情を浮かべる。

「昨日、君を誘ったのは」

 そして、相変わらず嘘も遠慮もない一言が……。

「会計が少し安く上がるから、なんだけど」

「……は?」

「まぁ、白と仲良くするならそれでもいいけれど、変なことしたら許さないから」

 ——ホント、こいつは自分に正直なやつだ。

 今日もらえるはずだった小遣いが減っているのを知ったとき、俺は黒の言葉の意味をはっきりと知るのだった。


『君は弟分』

 それは2日ほど前のことだ。

「色無、アルバイト募集って?」

 注文のロールキャベツをテーブルに置くと同時に、黒がそんなことを口にした。きっと、入り口前に貼ってあったチラシを見たのだろう。

「言葉どおりだけど、どうした?」

「言葉どおり……やはり、君が使えないから人員を増やすことに……あーこらこら、ロールキャベツ撤収させない」

 その場を去ろうとする俺の服の裾を掴む。

「大体、今まで黄緑さん一人でやってきたのに、ここに来てアルバイトなんていわれたら、君が足を引っ張っていると考えるのが自然じゃないかい?」

「自然じゃねぇよ! もうすぐ学校始まって、毎日手伝えなくなるからって雇うんだよっ」

 黒をにらみつけながら、テーブルにロールキャベツを戻す。周りの客は俺たちのやり取りになれているためか、気にせずそれぞれの時間をすごしている。

 だが、カウンターの向こうから黄緑さんが口元に人差し指を寄せている。反省……。

「で、やはり回転率が良くなればそれだけ忙しくなったということか。君、役には立っているけど苦労かけてるね」

「もう少しまともな言い方はないのか……」

「ごめん、思いつかない。それにしても、黄緑さんのためならいつでも手伝いたいところだけど、私は色無と条件は一緒。平日来れる人に任せるしかない」

 俺の言葉は華麗に流されたが、確かにその通りだ。

 きっとこれから一緒に働くこともあるかもしれない。出来れば普通の人に来てもらいたいが……。

「という訳で、今日からうちで働いてもらうことになった桃さんです」

 開店前の店内に、俺と黄緑さんと、様子を伺いに来た黒。

 そして、目の前には初見の女性、桃さん。明らかに俺より年上だろう。

 身長、スリーサイズ、どれをとってもこの中でトップに間違いない。そのくせ童顔で、アンバランスでありながらきれいだと思えた。

「よろしくお願いしまーす。で、店長さんから聞いているお手伝いさんは一人だと思ったんだけど」

「あぁ、それ俺です。こっちはオマケで……イタイイタイ、黒つま先踏むな、かかとで踏むな」

 黒の靴から無理矢理つま先を脱出させる。くそっ、思いっきり踏みやがって……。

「だめだよー、女の子をオマケなんて言っちゃ。えっと」

「あ、色無です。こっちはオマ……悪い悪い、ただの冗談だからそんな『君の学習能力は鳥並か』みたいな視線を送るな」

「……黒です。一応、ここの常連で、どんな方が黄緑さんの手伝いをするのかと視察に」

「そっかぁー、よろしくね。一応、実家が喫茶店だから、足手まといにはならないつもりだよー」

 その言葉を聞き、だそうだと言いたげに黒がこちらへ視線を送ってくる。

 いや、これはどちらかといえば足手まといフラグが立ったなと言いたいのか……どちらにしろ、腹立たしい。

「ほほぉ……これはこれは」

 で、桃さんはなぜか俺と黒を興味深そうに見つめて……。

「……色無君、ごめんね」

「へ?」

 なぜか謝罪の言葉。

「きれいな店長さんに可愛いお友達……なんか、邪魔しちゃったみたいだねぇ」

 ……笑顔でこの人、いきなり何言い出しますか。しかも黒は横目で睨んでくるし。

「いや、俺は別に」

「いやいやいや、隠さなくていいんだよー。男の子だもの」

「だから俺は……」

 いくら否定しても、桃さんは俺の肩に手を置きながらニヤニヤと。

 それで俺は確信した、普通の人が来てほしいという願いは、無残にも崩れ去ったと。

 桃さんは変な人だ。

 実家が喫茶店だというだけあり、仕事の手際は先に働いていた俺より良い。

 客に対する愛想もいいし、何より美人だから客寄せとしての効果は絶大だ。なんだか本末転倒と思えるほどに。

 しかし……。

「ちょっと通りますよぉー」

 そう言って、カウンターで水の準備をしていた俺の背後を、桃さんが通り抜ける。

 カウンターの奥はあまり広くない。特に男である俺がいると、黄緑さんや桃さんのような女性ぐらいしか通り抜けられないだろう。

 だが、黄緑さんには悪いが桃さんには圧倒的ボリュームの『あれ』がある。

そしてなぜか背中合わせではなく……。

「う……」

 背中を通り抜ける、今まで感じたこともないような柔らかい感触。

 桃さんの圧倒的ボリュームの『あれ』が、俺の背中を撫でたのだ。

 ——わざとなのか、素なのか。

 いくらなんでも、青春がこれから始まろうとしている高校生に、この刺激は強すぎる。

 顔が赤くなってくるのを体温で感じ、思わず顔を伏せる。

「色無君……大丈夫?」

 と、カウンター席でクリームソーダをつついていた白ちゃんが声をかけてくる。

「あ、あぁ、大丈夫」

「あまり無理、しないでね。病気だったら大変だよ? 良いお医者さん知ってるけど、よければ……」

「いやいやっ、病気じゃないから大丈夫大丈夫っ。あはははは」

 乾いた笑い声が、口から漏れる。

 白ちゃんに心配してもらえるのはうれしいが、その理由を話すのはさすがにダメだろう。

「そう……そういえば、新しい店員さんきれいだね」

 で、ちょうど思い出したくない人の話題が振られる始末。

「あ、あぁそうだなぁー。近くの大学通ってるらしいよ」

「近く……わっ、あそこって名門って言われているところだよ。すごいですねぇ」

 と、カウンターの奥で料理を盆に載せていた桃さんに向け、声をかける。

「えへへ、ありがとうね。あたしの数少ない自慢なんだよー」

 と、顔だけをこちらを向け、笑顔を見せる桃さん。

 ……そして、俺に向けられる視線は、どこかいたずらっ子のような雰囲気を持っていて。

 あぁ、やっぱりこの人は俺で楽しんでるんだな。

 そう思うと、より一層のどが渇いてくる。痛いほどに。

 ——絶えられるのか、俺は。

 コップの一つに入った水を一気に飲み干しながら、そんなことを思ってしまった。

「色無君、お店のコップで水飲んだらだめよ」

「あ……すみません」

「ねぇねぇ、昼間いたあの子もお友達?」

 閉店後、いすの整理をしていた俺の背後から、桃さんが顔を覗かせてくる。

 当然のごとくあたる、圧倒的ボリューム。ダメだ、赤面してしまう。

「も、桃さんっ、離れてくださいって」

「えー、冷たいなぁ。で、あの子は?」

 俺から離れ、隣に立ちながら笑顔を振りまく桃さん。

「黒の友達ですよ。ちょっと前に知り合ったばかりで」

「そうなんだぁ。可愛い子だね、あたしは色無君のタイプの子だと推理してるんだけど」

 何もないところで、俺はバランスを崩してよろけた。

「桃さん、あまりからかわないでくださいよ……」

「えへへ、ごめんねー。でも年下の男の子と知り合いになるのって、初めてだから」

 そう言うと、テーブルの上にあった俺の手に、自分の手を重ねてくる。

 圧倒的ボリュームとは違う、柔らかい感触。それは俺の鼓動を高鳴らせ、額に一筋の汗を流させる。

 ……緊張だ。俺の頭の中で、初めて出たサッカーの試合が思い出される。

「お母さんにね、弟が欲しいって言った事あるの。子供のころにね。そのときはよい子にしてればいつかはってはぐらかされたけど」

 笑顔のまま、上目遣いで俺の顔を覗き込む。

「結局弟は出来ずじまい。今じゃ上京して一人暮らしだよ」

「そ、そうなんですか……俺も、その、上京してここで」

「うん、店長さんに聞いたよ。大変だね、高校生なのに」

 ……今までとは違う顔だった。

 俺のことを純粋に気遣ってくれる、それこそ実の姉のような。

「何かあったら、あたしにも相談してね。色無君」

 俺の手から離れる、桃さんの手。

 そして……。

「あーあ、色無君みたいな弟、欲しかったなぁーっ」

 ……なぜか、腕に抱きつかれた。

 何かもう、自分でも理解できない。とにかく俺の左腕に、いろんなものが当たっている。

 唯一つ、このままでは俺が倒れかねない。それこそ白ちゃんにいい医者を紹介してもらって……じゃない!

「も、もも、桃さんっ! あまり当てないでくださいよっ!」

「えー、何でぇ?」

 分かっているはずなのに、とぼけた様子で首をかしげる桃さん。

 その顔が可愛くも見え、恐ろしくも見え。

 いつ白が紹介する医者の面倒になるか分かったものではない。

これからの生活に不安を与える危険な存在に思えた。

「あらあら、もう仲良くなれたのねぇ」

「きっ、黄緑さん……」

 そして、このやけに嬉しそうな黄緑さんの笑顔が、俺の羞恥心をさらに煽ってくるのだった。

「そうですよ、店長さん。色無君はこれからあたしの弟分ですから」


『相応の対価』

 黄緑さんの店は、いつも賑やかだ。

 常連で、俺に対してばかり厳しい言葉をぶつけてくる黒。

 時折来ては、甘いものを食べていく白ちゃん。

 こっちに来て1ヶ月経っていないが、いつの間にかいろんな人と話を……。

「ねぇねぇ、あたしのこと忘れてなぁい?」

 開店準備でいすを並べる俺の背中に伝わる、とてつもなく柔らかい何か。首に回される、細い腕。

「ぐっ……も、桃さん……別に忘れてませんってば」

「ホントかなぁ?」

「ホントホント、本気と書いてマジ……だからあまり密着は」

 忘れてはいない。思い出すと顔が熱くなるので、思い出さなかっただけだ。つか妙なところで鋭いな。

「あ、赤くなってる。可愛いー」

 体は離してくれたが、今度は俺の横に回って頬をつついてくる桃さん。

 弟分とは言てったが、どうしてこう……。

「たのもーっ」

 入り口ドアが開いたことを知らすベルが、キーが高めの声と共にうるさく鳴り響く。

 たのもーって、準備中の看板が見えなかったのか。

「あー、まだ開店前なんだけど」

 入り口のほうに顔を向けると、ずいぶんと偉そうに胸をそらすちびっ子が一人。明らかに俺より年下だろう。

「んー、誰よあんた? 黄緑の下僕? バカップル?」

 ……偉そうなのは態度だけじゃないようだ。

「まぁ、あんたには用ないから。そこの巨乳、黄緑呼んできなさい」

「きょ、巨乳……?」

 予想外の呼ばれ方に、困惑の表情を見せる桃さん。

 まぁ、その呼び方は間違いではない。いや、間違いか。もう少し言葉遣いというものに気を使わないと。

「なぁちびっ子、年上に向かってその態度はないんじゃないか? もっとこう、ものの頼み方が……」

 このとき、俺の方が明らかに言葉選びを誤ったんだ。

 それに気づいたときには、入り口にいたはずのちびっ子は姿を消し、代わりに俺の背後に、殺意すら覚える黒い気配。

 ——身を引くんだ。

 そう思ったときにはもう遅く、その黒い気配は明らかに俺に向けて牙をむいた。

「だぁれが年下のちびだってぇ!?」

 

「ごめんなさいね。今日は紫ちゃんが来る日だって教えてなくて」

 おそらく靴後が痛々しく残ってるであろう尻を撫でながら、黄緑さんはカウンター席に座る紫と呼んだチビに水を差し出す。

 この明らかに年下にしか見えないチビ、どうやら俺と同い年らしい。

「紫ちゃん、色無君達にあまりひどいこと言っちゃ駄目よ?」

「失礼なこと言ったのはこいつが先っ。それより黄緑、今日こそ決着付ける!」

 明らかに年上の黄緑さんに向かって、この横暴っぷり。何なんだこいつは。

「えっと、勝負って何をするのかな?」

「むっ、良く聞いてくれた巨乳。あたしはこれから黄緑と料理対決をするっ」

「料理……対決ぅ?」

 このチビ、いきなり何を言い出すかと思えば。

 黄緑さんの料理の腕は、素人である俺からしてもかなりの腕だというのは分かっている。少なくとも、俺が外食したどの店よりも美味い。

 そんな黄緑さんと勝負とか言い出すということは、この紫とか言うの、相当の腕と思っていいのか? 到底そんなには……。

「おい色無っ、お前また失礼なこと考えた!」

「え? か、考えてねぇよ!」

 何なんだ、今日の俺は電波でも出ているのか? 考えていることが筒抜けだ。

「あんたみたいなエロ顔は、大体失礼なことを考えてるモンなのよ」

「え、そうだったの? 色無君って結構……」

「適当なこと言うな! つか桃さんもそんな気づかなかったと言いたそうな顔で見ないでください!」

 黒だけでも相手をするのにかなり苦労するというのに、なんだかとんでもないのが出てきたな。

 何だか、開店前から体力を使い果たし……ん、開店前?

 ふと、壁に掛けられた古めかしい鳩時計に目を向ける。深夜に鳴り出すと結構怖い代物だ。

 ……って、もう開店時間過ぎてる!?

「うわっ、早く店開けないと! ちゅーかチビっ、お前休業日に来るとか気を使えよ!」

「チビって言うな!」

「あだっ! す、脛がっ!」

 

 今日の開店は15分遅れ。

 しかも立て札を取りに来てみれば、普段昼食をここで済ませる黒が待っていたため、当然のことながら文句を言われることに。

「もしかして君は時間にルーズ? そんなことで飲食店手伝いをやろうなど」

「まぁまぁ、黒ちゃん……」

 だが、一緒に白ちゃんがいてくれたおかげで、その小言もわずかにおとなしい。

「そ、そうなんだよ。とにかく緊急事態でだな」

「緊急事態であろうと、時間をおろそかにしては駄目。手伝いとしてしっか……」

 と、そんな会話をしながら店内へと入る俺達。

 出迎えるのは当然……。

「いらっしゃー……むっ、あんたは黒っ! またあたしの料理にケチを付けに来たの!?」

 いつの間にかエプロンとコック帽を身に着けた紫が、カウンター越しに二人を出迎えた。

「……色無、前言撤回だ。君に愚痴をこぼして悪かった。だからあいつを早く追い返してくれ」

「くぉら黒ーっ、何言い出すのよぉーっ!」

「しかしなぜもっと早く説明してくれなかった。紫がいるなら今日はなくなくここでの昼食を我慢したというのに」

「無視するなぁーっ!!」

 どうやらこの二人。相当の因縁があるようだ。

 だが黒がここまで嫌がるということは……紫のやつ、相当ひどい腕前なのでは。

「ふんっ、別にあたしだってあんたに食べさせるために作るわけじゃないんだから!」

「……私は黄緑さんの料理を食べに来た。お前はお呼びじゃないから帰るんだ」

「むっかぁーっ。そういう言葉は食べてから言いなさいよ!」

「だから私はお前のを食べになど」

「うるさいうるさいうるさぁーいっ! とにかく食え! 他の三人も、ほらっ!」

 

 接客をしなければいけないのに、なぜか俺と黒、白ちゃんに桃さんは、カウンター席に座らされている。

「今日はビーフシチューで勝負っ。1週間作り続けたんだから、今回こそはっ」

 で、カウンターに置かれた、小さめで底の深い皿が二つ。どちらもビーフシチューだが、意外にもどちらとも美味しそうだ。

 こういう展開だと、大体紫のほうがまずそうなもんだと思ったんだが……もしかしたらこれは。

「ほら、とっとと食べてよ! ちなみに公平に審査してもらうためにどっちが作ったかは秘密」

 その一言に、嫌そうな顔を浮かべる黒。あれ、見た目だけで実はすごいあれっていうアニメ的展開か?

 ……急に、目の前に置かれた二つの皿が恐怖の存在に見えてきた。だが匂いだって普通だし……。

「じゃあ、いただきまーす……んっ!」

 俺が悩んでいる横で、何の躊躇もなくスプーンを手に取る桃さん。そして右側のビーフシチューを口に運び……。

「おいしー。これがもし紫ちゃんの作った方だったらすごいよー」

 らしい。

 だが、カウンターの向こうに立つ紫はずいぶんと不満そうだ。なんと分かりやすい。黄緑さんについては顔色一つ変えず、にこにこしているが。

 まぁ、これで右に置かれたのが黄緑さんのものだというのは分かった。という訳で俺も一口。

 ん、美味い。俺としてはもう少し濃い味付けでもいいが。

「……右が安全、と」

「黒ーっ」

 そして相変わらず黒は……そんなに嫌なのか。

「まぁ、秘密にしたところで黄緑さんの作った料理の味は分かるけど……うん、こっちは間違いなく黄緑さんの味。すばらしい」

「そっかぁ、じゃあ左が紫ちゃんのだねー。じゃあ早速」

 で、やっぱり桃さんは躊躇なく左のほうも口に運ぶ。

 何かもう公平も何もあったモンじゃないが、果たして……。

「わっ、おいしぃー。店長さんのとはまた違う味付けなんだねぇ。色無君、これは思った以上の接戦ですよっ」

 ……そうなのか、マジなのか。左側にあるそれは黄緑さんのものとよい勝負なのか?

 これが桃さんの虚言でなければ……恐る恐る、左のビーフシチューを一口。

 ……本当に、美味い。少し甘味が強いが、確かに桃さんの言うとおりだ。

「おい、だから何でも甘口にするなと何度も言っているっ」

 だが、勝ち誇った顔をした紫に、黒の酷評。いつの間に食べていたのだろうか。

 嫌がっていても食べるとは、その辺はプライドか何かなのか?

「……まぁ、あんたに公平な審査は求めてないモン。で、どっちが美味しいっ?」

 妙に営業臭いスマイルを桃さんに向けてくる。

「んー……もちろん紫ちゃんのは美味しいけど、あたしは黄緑さんの方かなぁ。ホント、難しいところだけど」

 と、桃さんのきわどい審査結果を受け、紫の笑顔が固まる。

「そ、そう。こうなったらドロー狙い……じゃあそこのっ、えー……」

「白をそこ呼ばわりするなっ」

「黒は黙ってなさいよ! で、どーなの?」

 スプーンを口に当てていた白ちゃんが、目を丸くして紫を見つめる。

 突然のことで困っているのであろう。いそいそとスプーンを戻し、水を一口。

「え、えっと……両方、おいしいよ?」

「駄目、選ぶのっ!」

 紫の怒号に肩をすくめる白ちゃん。こういうの決めるのは苦手そうだもんなぁ。

「それ、じゃあ……えと、んと……こっち」

 ほんの少し悩んだ後、指を差したのは左の器。やっぱり甘いほうが好きなのか。

 奇跡的にも、紫に白星が一つ、だ。

「ん、白……まぁ、それが白の好みなら仕方ない、ね」

「やったぁ! 白ぉーっ」

 で、なぜかカウンターから飛び出し、城ちゃんに抱きつく。

 なんというか、気まぐれな猫のように懐いている。白ちゃんはどうすればいいのと俺に目線で訴えかけ、黒はこれまでにないほどの威圧感を……って。

「白ぉー、あんたなら分かってくれると思ったよぉ」

「そ、そんなことは……」

「っ、喜ぶ前に色無の答えを聞いたらどうなの? 色無が黄緑さんのを選べばどの道負けなんだから」

 そんな黒の一言で、周りの視線が一気に俺のほうへ集まる。

 まったく持って、その通りだ。紫が喜ぶのにはまだ早いというものだ。

 しかし……これは公平な審査が必要なんだよな?

 こんな脅迫めいた黒と紫の視線を受けて、公平な審査なんて出来るか?

 黄緑さんの方を選べば、きっと紫の実力行使。紫の方を選べば、黒からどんな目に遭わされるか。

 そんな状況で、公平な審査なんて……。

「……あー、そういえば客が全然来ないなぁー。外で何かあったか見てくるわー」

 少しでも延命できる道があるなら、俺はそっちを選ぶ。

 その場から立ち上がり、慌てて店の入り口へ向かう。

「あっ、こらー! 逃げるなんて許さないぞぉーっ」

「色無、そこで逃げるのは男らしくない。男なら戦うときは戦うべきっ」

 何とでも言ってくれ。

 さっきの様子からは想像出来ないほど、二人が息を合わせて罵倒してくる。

 あれだけ仲悪そうにしてたくせに。

「むーっ、色無が食い逃げだぁーっ!」

「そうだ、食事をしたのだから相応の対価を支払うのが君の義務っ。今の君は無銭飲食と同じ事を」

「誤解を招くようなこと言うなっ!」

「あらあら、無銭飲食はいけないわねぇ」

「アルバイト料から天引きですか、店長さん?」

「そうねぇ……」


『もらわなければ、普通の日』

 金曜日の定休日。

 いつもなら静まり返っているはずの店内なのだが、なぜか今日は厨房で四苦八苦する黒と桃さんの後姿があった。

「えーっと、これをこう混ぜ混ぜと……うぅ、腕疲れるよぉ」

「なら私が……ん、これは……きつい」

 二人が作っているのは、いたってシンプルなチョコチップクッキー。

 そして明日はホワイトデー。もらってない俺は関係ないとして、どうしてこの二人がお菓子作りに勤しんでいるのだろうか。

 カウンターで頬杖を付きながら、二人の様子を伺う。

 どちらも手際が良いとは言えず、時折手を止めては、二人で一冊の料理本を凝視している。

「なあ、どうしてクッキーなんて作ってるんだ?」

 なんとなく気になったことを尋ねてみると、何だいたのかと言わんばかりの顔で、黒が振り返る。

「君にあげる訳ではない」

「分かってるっちゅーの。で、何でだ?」

「友達と交換するんだよー。あたしは学校の後輩で、黒ちゃんは白ちゃんにって」

 へらと生地の入っているボウルを持って、桃さんが振り返りながら答える。

 なるほど、女の子同士でか。なら俺は関係ない。

「色無君は、誰かにお返しとかしないの?」

「っ!?」

 口に含んだコーヒーで、咳き込みそうになる。店の中でギャグ漫画よろしく噴出せるか。

「げほっ、ごほっ……い、いや、俺はほら、こっちに引っ越してきたから」

「それは関係ないよー。女の子に三倍返しは、基本中の基本なんだから」

「うん、いくら離れても、お返しするのが礼儀。もらってないなら関係ないけれど」

 にやりと、人の怒りを一気に湧き立たせるような笑みを浮かべ、黒が再び厨房へ向き直る。

「あ、あのなぁ、俺だってチョコの一つやふた」

「もらったんだ」

「……に、二年前にな」

 あいにく今年は1個もなし。卒業前だからみんな本命に全力を注いだのか?

「なるほどなるほど、そうかそうか……ふふふ」

「こらそこ、笑うなっ!」

 情けないったらありゃしない。笑っている黒の横顔を見て、顔を赤くする自分が。

 しかし、黒の笑顔は、こちらを馬鹿にしているような顔ではない。どちらかといえば嬉しそうなのか、楽しそうなのか……。

「私はもらったよ、白から」

「へぇ、白ちゃんが……って、お前はあげる側じゃなくもらう側かよ」

 なんとなく黒らしい気もするが。

「うん。言い寄ってくる男は多いけどね。桃さんは……」

「あたしも本命はあげなかったなぁー。義理ばっかり」

 本命のところはやたらと強調する桃さん。そしてなぜか、俺を横目で見てくる。

「でも、そっかぁー。色無君は今年成果ゼロなんだねぇ」

「そこをあまり強調しないでくださいって……男にとってはいじめですよ」

 ごめんごめんといいながら、桃さんも厨房へ顔を戻す。

 チョコをもらってないのをからかわれるって、こんな気持ちなんだな……ふと、そんなことを思ってしまう。

 普段なら気にしないはずなのに、どうも気分が億劫になってしまう。これは家に戻って黄緑さんの手伝いでもしてくるべきか。

 そう思い、椅子を引いて立ち上がる。これ以上甘い匂いを漂わされては、むなしさがこみ上げてきてしまう。

「色無。どこ行く?」

 と、椅子が床にこすれる音で気づいたのか、黒が再びこちらへ横顔を向けてくる。

「んー、黄緑さんの手伝い。きっと家事してるだろうから」

「そっかぁ。ここって自宅兼用だもんねぇ……頑張ってね、色無君」

 顔を向けずに、桃さんが一言。

 そして……。

「あ、色無君ー。これの甘さ、どれぐらいがいい?」

 その予想外の質問に、思わず目を丸くしてしまう。

 どれぐらいがいいか? そんなこと言われても……。

「えっと……じゃあなるべく控えめで」

「控えめだね。分かったー。黒ちゃんはどうする?」

「ふむ、やはり色無とは気が合うんだな。私もそれぐらいに」

 ……あぁ、男って単純だ。

 何気ないその一言で、二人が和気藹々とクッキーを作る姿がこんなにも期待膨らむものになってしまうなんて。

「期待してる? 期待てるよねー?」

「間違いない、期待してる」

 そんな二人の言葉を、俺は否定することが出来ない。

 一気に熱くなる顔面。またからかわれるネタが、一つ増えてしまったようだ。

 それでも止まらない期待感。あぁ、男ってやっぱ単純。







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 13:05:14