メイン複数SS

『一月 ファースト・コンタクト』

 印象は最悪、その程度のはずだったのに——。

「けほっ、かはっ、はっ、がはっ……」

「!? 白っ——」

「大丈夫ですかっ? ちょっとごめん、すぐに保健室に連れて行くから。少し揺れるよ」

「ちょ、ちょっと貴方!」

「ちょっと手を貸してくれないか。このままじゃドアが開けられないんだ」

「そうじゃなくてその子に気安く触れな——」

「緊急事態だ!話なら後で聞く。急いでくれないか」

「——分かったわ。急いで」

「あぁ」

 思えばあの時から私は、他人とは違う何かを感じていたのかもしれなかった。

「……助かったわ。ありがとう」

「えっ、怒ってないの?」

「感謝する理由ならあるけど、助けてもらった人に怒るなんて神経は持ち合わせていないわ」

「ど、どういたしまして……でも、さっきは凄い睨んで」

「それはそれ、これはこれよ」

「そうなんだ……」

「……ぅん、あ、れ……ここ、どこ……」

「……!白、大丈夫?気分は?気持ち悪くない?」

「大丈夫だよ……ここ、保健室?そっか、また倒れちゃったんだ……ごめんね」

「気にしないで。それと、ここまで運んだのは私じゃないわ。コイツよ」

「コイツってのは俺のことかよ……おう、気が付いたか」

「えっと……いいい、色無くんっ!?」

「コイツのこと知ってたの?」

「……その、あの、えっと……」

「……ちょっと、貴方、白に何をしたの!」

「何にもしてないって! 誤解だ! そもそも、同じクラスだろ。今までそんなに話したことはなかったけど」

「……そうなの?」

「うん……」

「分かってくれたか? つーかクラスメイトの名前ぐらい覚えとけよ」

「悪かったわね……それでも、真っ先に白に駆けつけて抱きかかえるなんて怪しいわ」

「そりゃあ、教室で目の前の女の子が急に倒れたら誰だって助けるだろ」

「——貴方、それは本気で言っているの」

 世の中なんて、所詮は汚いもの。誰もが手を差し伸べることなく、平気で隣を過ぎていく。

 それは、歪が当たり前の世界。

 だから二人で生きてきた。私が白を守る。誰の助けも借りない。

 だったのに——。

「何でわざわざ嘘つく必要があるんだ? 目の前で困ってる人がいるなら、助けるのが普通だって」

 どうして、こんなにも、違う——。

 認めない。認めない。こんなことはありえない。今までにもない、いったいこの……この気持ちは、何?

 コイツが憎い? ……違う。

 白を守りきれなくて悔しい? ……違う。

 分からない。分からない。分からない。

「……おい、どうした?」

 ならばどうするか。

 見極めよう。この気持ちはなんなのか、それと、この男の先程の言葉の真意を。

「貴方、名前は?」

「お、おぅ、いきなりソレか……色無だよ」

「そう、色無……」

「黒ちゃん?」

「私は貴方を見極める。その言葉を、貴方自身を」

「……えーっと、黒、さんだっけ? それはどういう意味なんだ?」

「要するに、白に何か変なことしたら容赦しないわ、ってことよ。それに——」

「ちょっと! く、黒ちゃん! それって」

「だから、誤解だって!」

「白に相応しい男かどうかね」

「ん? どういうこと……」

「わーわーわー! 黒ちゃん待った! その先はダメっ!」

「落ち着きなさい。妙に熱っぽそうだったのは、やっぱりこういうことだったのね……」

「……俺にもわかるように話してくれないかな」

「貴方には関係ないことよ、少なくとも今はね」

「ソウデスカ」

「く、くくくくくくろちゃん(ぷしゅーーーーっ)」

「そういうわけだから、よろしくね、色無」

「こ、こちらこそ……」

 これがはじまり。私と貴方の出逢い。はじまりの1月——。


『二月 side black 現状報告』

 こちら黒。正直、とても機嫌が悪いわ。ええ、ハラワタが煮えくり返ってそのまま四回転ジャンプを決めて優勝狙えるほどかしら。

 我慢にも限界があるってホントだったのね。

 ボキッ、バキッ。

 あぁ、私としたことが、今週になってシャーペンを五本も折ってしまうなんて、お恥ずかしい。

 それもこれも、アレのせいよ。アレ。

「えーっと……色無くん……お昼、一緒に食べませんか?」

「ね、色無くん。あのぅ……一緒に、帰らない?」

「ねぇ、色無くん!」

「色無くん……」

「色無——」

 色無色無色無色無色無色無色無色無——いい加減、ツっこむべきかしら。

 ちょっと、いや、かなり白は色無に関わろうとするようになった。

 色無も拒まないから、余計に性質が悪い——ほら、あっち行きなさい!

 確かにあの一件で、何かが変わったのは間違いないと思う。白も、私も。

 でもこれはさすがに異常だと思うわけ。少なくともこの冬の冷え込みぐらいに。

 あとから白に聞いてみれば、なんと同じ寮に住んでいたらしい……

 知らなかったのは仕方ないのよ。普段は白のことばかり気になって、他の事なんか気にする余裕はなかったから。

 まぁ、最近はアレのせいで『余計な』ことを心配する必要があるんだけれど……ゴホンッ! そういうわけで、色無なんてクラスメイトのことなんか全く知らなかった。

 知る必要もなかった、今までは。

 でも、私は知らなければいけない。白を守るために。あの言葉が本当なのか確かめるために。

 だけど……こうしてアイツを見ているうちに、なんだか言葉では言えないような、もやもやしたものが募ってゆく。

 一体何なのかしら——どうやら、まだこの問いに対する答えは見つからないよう。

 保留せざるをえないわね……あぁ、この理不尽さは何なのかしら。イライラするわね……。

 そうしてこんな風に私が悩んでる端から、白はまた色無の方に向かっている。

 あぁ、もうっ!近い近い!ちょっと色無、離れなさいよ!

 悩んでる暇なんか、ないのかしら……

 今日もまた、白を守るため孤軍奮闘しようと思う。あんなヤツには、白は任せられない。

 そして、今日もまた私は走り出す。いつも通り、そんなある2月——。


『三月 side white 回想』

 おはようございます、白です。

 今日もいい天気ですね……うっかり二度寝しちゃいそうです。

 最近は、毎日が楽しくて仕方ありません。今では色無くんと話せるようになったから……

 黒ちゃんは「あんなヤツのどこがいいの」とか「何考えてるかわからないわよ」とかいろいろ言ってるけど。

 でも、私は知っている。彼が本当の優しさを持っていることを。

 黒ちゃんは、私が一月に会ったときから好きになったって思ってるみたいだけど、本当はもっと前。

 それは、わたしとあなたの初めての出逢い。

 入学式を終えて、最初の学校案内で私は校舎の中で迷ってしまいました。

 本当は、黒ちゃんと一緒にいたはずだったのに、新入生のものすごい人ごみと、新しい校舎をあっちへこっちへふらふらしていたらはぐれてしまいました。

 あの時は本当にごめんなさい。ちゃんと反省しています。

 そうして次はどこへ移動するんだろうと、ちょっと泣きそうになりながら歩いていた時、

「君も、迷ったの?」

「えっ」

 突然声を掛けられたのと、やっと人に会えたことへの安心感とかがぐちゃぐちゃになって、私は泣いてしまいました。

「うっ……うぐっ……ぐすん……ふぇぇ……」

「ちょ、ちょっと! どうしたんだ? ……あぁ、どうすりゃあいいんだよ……」

 ごめんなさい、いきなり泣いてしまって、とか謝ろうとしてもうまく言葉にできず、しばらく泣きっぱなしでした……恥ずかしいです……

 でも、

「んー……大丈夫だから。不安だったんだろ?もう心配しなくていいから。どーせ俺も迷ってたし、一緒に行かないか?」

 そういって優しく笑っていました。それは、今まで見たこともないくらいきれいで、ぽんぽんと、最後に頭に触れたその手はとても温かく——。
 あの時から、私はあなたのことが——。

 その後、無事にみんなの元に戻ることができました。

 もちろん、黒ちゃんにはすごく怒られましたけど。黒ちゃん、色無くんのこと覚えてなかったのかなぁ……

 あ、もうそろそろ学校行かないと。今日も色無くんと、黒ちゃんと一緒に行きたいなぁ、って思います。

 でも、いっつも色無くんのこと睨んでるような気がするのは気のせいかなぁ……

 黒ちゃんと色無くんも仲良くなったらもっと楽しいのに。

「白、そろそろ行くわよ」

「はーい、ちょっと待ってー」

 それじゃあ、いってきます!

 清々しい朝、寒さの残る空気、春の待ち遠しい三月——。


『四月 変化、その兆候?』

「よ、よう……」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「よかった、また一緒だね♪」

 三者三様、こうもリアクションがバラけると見事ね。先生も先生で、一ヵ所にまとめるのもどうかと思う。

 私と白は問題外だけど、主にコイツとか、コイツとかコイツ(以下割愛)

 まぁ、確かに去年はやりすぎたと思う。白どころか、クラスを巻き込んだこともあった……ま、まぁ、今年はできるだけ控えるようにするわ。それもこれも、ぜーんぶ色無が悪いのよ。全く……。

「ほらー、新しい席につけー。場所は指定、黒板に書いてある通りな。先に言っとくが、文句は一切受け付けないからな。これは名簿順ですから、名簿順。ここ重要、テストに出るぞ」

 先生、こっちみないでください。

 えーっと、新しい席はー、どーこーかーしー……ら……。

「うっ」

「げ」

「わー」

 ……思わず本音が漏れてしまったわ。不覚。

 私の席は一番後ろ、良いでしょう。隣が白、ここまでは認めるわ。むしろ当然。それよりも……。

「隣、だな……」

 なんでコイツも私の隣なのよ。

「……なぁ、今、『何でコイツが隣なんだよ』とか思っただろ」

 むぅ、よく分かったわね。

「顔に書いてある」

 そう言って色無はちょっと笑った。

「笑うところじゃないわ」

「そうかな?」

「そうよ」

「うわー、厳しい。でも、最近は黒の考えそうなことが分かるようになってきたな」

 コイツ、いつの間に私のこと呼び捨てるようになったのかしら……。

「じゃあ、今、私が何を考えているか分かるかしら?」

「そうだな……」

 ……ちょっと、ジロジロ見すぎよ。あと、顔が近いわ。

 何だかほんの数秒だったはずの時間が、何十分にも何時間にも感じた。まるで、時が止まったみたいに——。

「熱っぽいのか?顔、赤いぞ」

「そんなわけ、ないじゃない……で、どうなのよ」

「話そらすな。体調悪いなら無理すんなよ。保健室行くか?」

「その程度で休んでられないわ……」

 だって、私は白の側にいないと……こんなことで離れたら、白は、白は……。

「そうじゃない。黒が調子悪かったら、白が心配するだろ。少しは考えてやれよ」

「——えっ」

 思わず声が出た。慌てて口を覆う。幸い、白には聞こえてないみたい。

 新しい席について、周りのクラスメイトから話掛けられている……後で男たちには釘を刺しておかないと。今はそんなことより——。

「白が、私を、心配する?」

 確かに白のことだ、自分のこと以上に思ってくれるだろう。そういう娘だ。

 だからこそ、彼女を守ろうと決めた。そんなことも忘れていたなんて、情けない。そして、それ以上に……。

「ん?どうした?まさか、本当にヤバいんじゃ……」

 そのことに気づいたこの男は……。

「おい、おーい、黒さーん?」

「貴方って、本当に——」

「何か言ったか?」

「……別に」

 またあの、以前のもやもやした感情が渦巻いて仕方ない。ああもう、コイツは本当に私の心を乱すことが得意なようだ。

 なんだか悔しくて顔を背けてしまった。こんな顔は白にも見せられない。

 どうしてだろう、何故白に見せられないなんて思ったのか。今までは何だって共有してきて、お互いを見せ合ってきた。

 なのに、白にも見せたくないと思った。思ってしまった。

 あぁ、本当に私はおかしいのかもしれない。少し休もうかしら。

「そういうことなら大丈夫なんだろうけどさ……でさ、黒」

「何よ」

「さっきの、黒が何考えてること、分かったぞ」

「……言ってみなさい」

「何だか、楽しそうだった。ちょっと笑ってたし」

「な゛!」

「今年一年、またよろしくな!」

 ……私が、楽しそう?まさか……。

 慌てて顔に触れてみる。が、悔しいことに自分の表情は分からない。

 目の前を見る。

 コイツは妙にニコニコして、私に手を差し出す。

 ……釈然としないわね。でも、その笑顔は本当に純粋で、ただまっすぐな気持ちがあった。ここで手を伸ばし返さないのはフェアじゃないっか……仕方ないわね。渋々手を伸ばし、握り返す。

「よろしく」

 ぶっきらぼうに言ったはずなのに、アイツは意外そうに驚き、また笑顔で握り返した。

 ……やっぱり変なヤツ。なんだか……こういうのも悪くないけど。

 でもまだ、貴方を認めたわけじゃない。今年一年、覚悟しなさいよ、色無。

 触れた指は妙にあたたかかった、ただそれだけ。それだけの四月——。


『五月 side white 文化祭』

 皆さんこんにちは、白です。今は文化祭も午後の部に移り、更ににぎわいを見せています。

 私はというと、受け持ちだった午前の仕事を終え、のんびりと見物をしています。

 ちなみに私のクラスは喫茶店で、午前中はとーーーっても忙しかったんですよ?

 あ、あれおもしろそうだなぁ……あ、こっちも……。

「白、あんまりふらふらしないの人にぶつかるわよ」

「……ごめんなさい」

「怒ってるわけじゃないんだから……もう、折角の文化祭なんだから。楽しみましょう?」

「うん、ありがとう」

「つ、疲れた……」

「何へばってんのよ、あれしきのことで」

「バカ言うな。人をアレだけこき使っておいてよくもまあそんな口きけるな」

「白にばかり負担は掛けられないでしょ」

「まぁ、そうなんだが……」

「私だって手伝ってあげたんだから。文句言わないの」

「色無くん、わざわざありがとうね」

「いや……どういたしまして」

「じゃあ……どこかで休みましょうか。外に屋台もあるみたいだし」

「さんせーい」

「異議なし」

「それじゃあ、行きましょう」

「何食べようかしら」

「ふぁは、ふぁほっへふほふぁ?(まだ、迷ってるのか?)」

「色無くん……もう買ってきたの? っていうか、もう食べてるし……」

「もぐもぐもぐ……ごくん。ここのクレープおいしいって聞いてたからな。実際、ものすごくうまいけど。オススメはあんこクリームあんみつ風味だってさ」

「……考えておくわ」

「うーん……あ、色無くん、ほっぺにクリームついてるよ」

「本当に?ここか?」

「全然ちがうよ。ちょっと動かないで……ほら、取れた」

「サンキュ、白、これで手ふいて」

「んーーーーーー(ぱくっ)ん、おいしい」

「……いーろーなーしー……」

「……黒、違う、誤解だ」

「問答無用……覚悟ッ」

「待て。待て待て、落ち着いて話合おう゛っ!」

 ——色無くん、ごめん。やりすぎちゃった。

「そろそろどこか行かない? もう充分休んだし」

「お、俺は全然——」

「何か言ったかしら?」

「ねぇ、黒ちゃん。私、あそこがいいな」

「『ホラーハウス』……ああ、いいんじゃないか?」

「え、えぇ……そうね……」

「早く行こ!」

「なぁ、黒。食べすぎか?顔色が……」

「行くわよ……」

「お、おぅ……」

「はい、三名様ごあんな〜い。中は暗いので気をつけて進んでくださいね」

「うわ、暗い……」

「よく見えないよぅ……」

「……」

「あれ、黒? いるのか?」

「……いるわよ」

「っ! そんなに近くにいたのか」

「……悪い?」

「悪くはないが……驚く」

「だったらさっさと進みなさい」

「シャツの背中掴みながら言うことか? ソレ」

「色無くーん、黒ちゃーん、ここなんかくぐるトンネルみたいなのがある——きゃああああああ!」

 ビクッ

「白、落ち着けって——痛ッ! 黒、おい、痛いって! 爪が刺さってるから!」

「……ど、どうかしたの?」

「じゃねえって。爪が食い込んで痛いって」

「……ごめんなさい」

「だからって腕にしがみつくな!」

「うるさい!少し……黙りなさい」

「色無くん、こわいよぉ……」

「白まで抱きつくなっ! う、動けねぇ……」

「——っ! 今なんかぬるっとした冷たいものが触ったわよ!」

「ぃゃぁぁ……」

「うっ、首、しまるって……離し、てくれ……」

「あのぉ、後ろつっかえてるんですけど……」

「きゃっ!何かが肩にっ!」

「もう……だめだ……」

「死ぬかと思ったぞ」

「「ごめんなさい」」

「わかればいいけどさ……それに、二人ともおもしろかったし」

「べっ、別にふざけてああなったわけじゃないのよ!」

「ひ、ひどいよ……」

「そうじゃないから、違うって。ただ、普段見れない二人が見れてよかったってだけ。特に、黒とか」

「確かに、あんな黒ちゃんは初めてみたかも」

「……色無、どうやらおしおきがまだ足りなかったみたいね」

「……不可抗力って、ありますよね」

「黙りなさい!」

 ——でも、あんな黒ちゃん、本当に初めて見たなぁ。これも、色無くんのおかげかも。

 わたしといるときは、ちょっと難しい顔とかしてたけど、色無くんといるときはすごく楽しそう。

 ……色無くんがちょっとうらやましいなぁ、なんて。

「楽しいなぁ、ほんとに」

 ふと、つぶやいた言葉は風に流れてゆく。誰に届くこともなく、ふわりと消えてゆく。

 されど、言の葉に込められた願いは、消えることなく、貴方に届きますように。

 髪を撫でる優しい風。そんな風薫る五月——。


『六月 sudden rain,rude rainbow』

『本日は晴れのち曇り、雨の降る確率は低いので、カサは持たなくてもいいでしょう』

 ザァーーーーーーーーーッ

 もうあんな天気予報は見るもんか。絶対。久々に雨雲が薄らいで、今日のうちに買い物を済ませようと思ったのが運のツキ。もう、随分憎らしいほどの雨。全く、私だけならともかく、

「すごい雨だね……帰れるかなぁ」

 白の身体を冷やすのはあんまりよろしくない。あぁ、ユウウツ。曇り空がこんなに恨めしいなんて。さっさとどっかいきなさいよ。~ ズザァーーーーーーーーーーーーッ

 ……少し、言い過ぎたわ。本当にどうしようかしら……とりあえず、近くの喫茶店にで雨宿りでもしよう。

「白。近くの休めるお店、探しに行くけど……大丈夫?」

「う、うん……へーき」

 できるだけ早くしよう。久々の外出で、予想以上に疲れているみたい……迂闊だった。そうして白の手を取って歩き出す。

 ぎゅっと握る私の手。ぎゅっと握り返す白の手。

「どこも満員なんて……」

「この雨だから、みんな雨宿りしてるみたいだね」

 最ッ悪。この雨の中、帰れないなんてどうしようか。ちらっと白の方を窺がう。

「……ふうっ」

 ごめんなさい。やっぱり今日は部屋でじっとしていればよかった。

 なんて、柄にもなく天に祈りたくなる気分になってしまう。誰か——。

「何してんだ、こんな所で」

「あっ、色無くん!」

「……」

 天にまします我等が神よ……大馬鹿野郎。

 雨はまだ、止まない——。

「何でここに?色無くんもおでかけ?」

「いや、知り合いに頼まれて駅まで送ってたんだよ。何かカサ持ってなかったみたいだし、俺のを貸してた」

「それで2本も持ってるってワケか」

「そういうこと。駅に着いたらもう必要ないから、って言って行っちまったけど」

 ……好機。

「色無、ちょっとそのカサ、貸しなさい」

「えっ、ああ、いいけど……そもそも何でこんな所に?」

「帰ろうと思ったけど、急に雨が降っちゃって帰れないのよ」

「休もうにも、どこの喫茶店も満員だったんだ……」

「そりゃあ大変だったな……ほら、使って」

「ありがと、じゃあ白、使いなさい」

「それじゃあ黒ちゃんは……」

「いいのよ、私はコッチ使うから」

 そう言って、色無が使っている傘を差す。

「俺はどうやって帰れと?」

「一緒に帰ればいいじゃない、一緒の寮なんだし」

「そうじゃなくて……」

「一緒の傘で帰ればいいでしょ」

「「えっ」」

 ……何、二人で同じこと言ってるのよ。

「でっ、でででででででもっ!」

「白と二人で使ったら、傘に入りきらないで濡れちゃうでしょ。白が風邪引いたら話にならないわ。それに……」

「……なんだよ」

「白に何するか分からないわ。監視よ」

「ぶっ!」

「ほら、行くわよ。さっさと傘を持ちなさい」

「あっ、待って!待ってよぅー」

「なぁ、黒」

「何よ」

「……近い。身体が近い」

「馬鹿な事言わないの。濡れるから仕方ないでしょ」

「そうなんだけどさ……」

「文句あるの?」

「ない。ないんだが……その……」

「黒ちゃんずるいー!」

「仕方ないでしょ、傘が二本しかないんだから。それに風邪引いたら困るでしょ?」

「ぶーっ……」

「黒、聞いてるのか?」

「聞こえてるわよ。だから何?」

「ほら……黒だって、その、一応、女の子なんだから……その……」

「『一応』ってどういう事かしら?」

「あああ、そうじゃない!違う!言葉のあやってヤツで!」

 ……わかってる。わかってるわよ。確かに私は必要以上に近づいている。色無が困ってるのを楽しんでる。

 胸がすごく……ドキドキしてる。実を言えば、白と色無が同じ傘に入るのが嫌だった……と思う。

 だから、私が傘に入った。自分でも無理言ってるなぁ、なんて思ったけど。

 今まで分からなかったこの心のモヤが次第に私の中でカタチになろうとしている。

 でも私はそれを認めたくなくて、気付きたくなくて、でもそれに反して私の行動は思うようにならない。

 昔から嘘を付くのは苦手だった。けれど、それは他人が前提の話。じゃあ、自分に付く嘘は……?

 本当の気持ち、それを認めない気持ち。

 何て矛盾——。

 私は本当は何を望んでいるんだろう……こんな変な気持ち、雨に流れればいいのに。

「冷たっ……ちょっと色無、雨がかかったわよ!傘をこっちに……」

「お、俺じゃなくて……」

「えへへ、私も一緒に入る!」

「し、白っ!?」

「黒ちゃんばっかりずるいよぅ……だから私も」

「せまっ、つーかいろいろ当たってるって!」

「ちょっと、押さないの!」

「ふふっ……三人だと、楽しいね」

「っ——」

 白のその一言が、妙に印象に残って——その顔は心からの笑顔——思わず立ち止まった。

「おい、黒。濡れるぞ……って、雨」

「あがったねー」

 ふと見上げた空、雲の中から光が差し込む。~そこから広がる虹。その時、一粒の雨が私の顔に落ちる。

 額を伝って目の中に入ると、輝く虹が歪んで見えた。~いびつな虹。~でも本当にいびつなのは虹?それとも——。

 もうすぐそこに、夏が迫っている。さよなら雨と、別れを告げよう。そんな六月——。


『七月 それは夏の幻? いいえ、ケフィアです』

 色無です。今、私がいるのは県内某所の海岸です。

 海です。わーい、やったー。んなコトねー。なぜ私がこんなに鬱ムードなのかは、以下回想をご覧下さい——。

「夏休みよ、色無!」

「そ〜だな゛〜(扇風機に顔を向けながら喋る)」

「夏と言ったら何?」

「あ゛〜暑いからアイス食いたいな゛〜(扇風機に以下略)」

「そうよ、海よ!じゃあ、行くわよ」

「かき氷もいいなぁ……はぁ?」

「さっさと用意して。そもそも水着はあるんでしょうね?」

「いや、ちゃんとあるけどさ……つーか今から?」

「そう、15分以内に準備して。ほら、急ぐ!」

「?はぁ……」

「荷物持ちですか」

「重かったかなぁ……色無くん、ごめんね?」

「気にしなくて良いのよ。さぁ、行きましょう」

「お、おう……」

「はーい」

 ——回想終了。このバスケット、本当に重いです。すごく、重いです。

 運んでぐったりして、現在に至る。二人はどこかへ行ったようだ。

 ……お茶、買ってきてくれないかなぁ、と希望を抱いてみるけど。まぁ、心の隅に留めて置くぐらいにしておくか。

 あぁ、太陽が憎い。何でそんなに何でそんなに張り切ってるんだ?無駄にエネルギー使わせんな。ぶつぶつ。

「色無くーん!お待たせっ」

「白、どこ行ってた、ん、だ……その水着」

「えへへ……どう、かな?」

「似合ってる、うん。すごく……」

「ほんとに?頑張って選んだかいあったかな」

 もうケチの付けようのないくらい白の水着は似合っていて、改めて見てみると、普段は控えめに見える体も意外と……。

「そ、そんなに見ないで……」

「じろじろ見ないの、この変態」

 急に首を後ろにぐっと引き戻される。知らず知らずのうちに身を乗り出していたのか、俺。

「それ以上進むと警察沙汰になるわよ」

「わ、悪い……」

「まったく。着てそうそう、何やってるんだか……」

 振り返って黒の方を見、ると……。

「……何よ」

「そ、そ、その……なんでもないです」

 直視できねーよ。ああ、すごい強烈でした。白の綺麗さと方向は違っても、負けず劣らずといったところ。

 いや、ただ……胸の方は白のほうがおおき——。

「それ以上先は……分かるわよね」

 ——そして、考えるのをやめた。

 しかしまぁ、これだけスペックが高いとは思わなかった。これも海の効果か?太陽、バカにして悪かったな。

「もぅ……早く遊ぼうよー!」

 

「ふぅ、少し疲れたから休んでるわ」

「じゃあ、私も……」

「私のことは気にしないで。それより色無、ちゃんと白のこと見てなさいよ」

「あ、あぁ……」

 そうして私は席を外す。もちろん白のためにだ。だから、今日だって半ば無理矢理に色無を海に誘った。

 白は時々大胆だけれど、こういう展開に持っていくのは、ちょっと苦手だ。だから、そういうのは私の仕事、だった、のに……。~ 白は色無が好き。だから私は白のためにと、それだけのために誘ったんだ。それだけ——。

 こんなことを考えるのは止めよう。考えれば考えるほど確信になっていく。

 ……ダメだダメだ。白は色無が、好き。それでいいじゃない。私なんかどうでもいい。

 白を守る、白を傷つけるものは誰であろうと許さない。例え、それが自分だとしても。

 それだけ白は私にとって大切なのよ。だから……だから……。

「ネェ君、今暇っしょ?つーか一人?オレらと遊ばない?」

 ……何コイツら。頭大丈夫?

「そんな冷たい顔すんなって!いーじゃん、ツレいないんだろ?アッチの方で泳ごうよ」

「興味ないわ。消えて」

「うわ、きっつー!」

 ……面倒だけれど、叫んだらライフセーバーか誰か気付くかしら。

「きゃ——」

「何してんだよ、てめえら」

 気が付くと、目の前に見覚えのある背中。

「チッ、クソが」

「人の連れに手ぇ出してんじゃねえよ。帰れ」

 ——怖い。色無が怖い。初めて見る荒々しさに、その顔を見ることができなかった。

「何だテメェ、関係ねぇヤツは引っ込めよ!」

「……失せろ、コイツは俺のだ」

「い、ろなしっ——」

「野郎ォ……」  

 バキッ

 色無は黙って殴られた。ペッと口から血を吐き出す。それでも何も言わずに、ただ相手を睨みつけていた。

「……クソッ、気持ちわりぃ。さっさと行こうぜ」

「い、いろ……」

「色無くん!血がっ!」

「あぁ、口の中切っただけ。それより……」

 そいつは、あんなことがあったっていうのに、殴られて少し腫れた顔で優しく笑った。

「大丈夫か?」

 もう涙が止まらなくて、ぼろぼろあふれて、二人ともすごく慌てていて、

「黒のことコイツって言ったり、かなり失礼なこと言ってごめん」なんて謝っていたけど。

 大丈夫、何ともないから。なんて言葉さえ、涙が邪魔して言えない。

 そんな私の顔の涙を、優しく拭うように触れた手。あたたかくて、意外とほっそりした手。

「黒、大丈夫か?」

 改めて問われる。しゃくりあげる声をなんとか抑え、ようやくカタチになった言葉。

「うん」

 その一言は、今までのどの言葉よりまっすぐな心の声だった。

 彼は手を離し、今度は私が殴られた彼の顔に軽く触れる。

「痛っ」

「ごめんなさい……」

「何に対してだ?」

「色々よ……」

 そう、本当に色々。色無に対してだけじゃなく、白にも、そして私自身にも。

 私は……私は……色無のことが——好き。

 でも、白にどんな顔をして言えばいいんだろう。

 怒るだろうか、悲しむだろうか。それとも困った顔をするだろうか。

 わからない、わからないけど——少なくとも、今はこのまま、彼の傷に触れていたいと思った。

 潮風が涙を乾かしてゆく。ほんの少しだけ冷たい七月——。


『八月 核心、確信へ』

 とある某日、白の部屋。夏休み真っ盛りの昼下がり。今日は勉強会という口実で集まった。

 と言っても、ここには私と、白と、二人だけ。

 朝から考えに考え、宿題なんて手付かずで勉強会なんかする意味あるのかしら……

 と頭の片隅で反省しつつ、やっとのことで切り出した。

「ねえ、白」

「なーに?」

 声は震えていただろうか、裏返っていたらどうしよう。なんだかそんなことばかりが頭の中でループする。

「ん?どうしたの?朝からずっと調子悪いみたいだけど……」

「白は……白は、色無のこと、好き?」

「うん」

 ——やっぱり。そうであって欲しくないと、どれだけ願ったことか。

 でも、言わなければならない、私の気持ちを。口にしなければならない。

 白との関係も……変わるかもしれない。

 それでも、伝えなければならないと思った。それが、私が私であることだから。

「私ね……」

 ノドがやけに乾く、重たい口をやっとのことで開く。

「私、色無のことが、好き、なのよ」

 言った。けれど白の顔は見れない。すぐに顔を伏せる。白は怒っている?泣いている?怖くて見れない……。

 白、ゴメンナサイ。白、ゴメンナサイ。心の中で何度もつぶやく。

「黒ちゃん——」

「ごめんなさいっ!」

 思わず口に出してしまった。慌てて白の方を見る。

「黒ちゃんもそうだったの?早く言ってくれれば良かったのに……」

「——えっ?」

「むぅー、黒ちゃん、謝る必要なんてないよ?」

「だって、私は白が色無を好きなことを知ってて……」

「黒ちゃんは優しいから、だから難しく考えすぎなんだよ」

 どうして……どうして、そんなに笑っていられるの?白は色無が好きで、私も色無が……好きで、意味することは一つのはずなのに。

「黒ちゃん……」

 そう声がして、ふんわりとした感触が私を包んだ。白の匂いだ。こんな風にされるのは……あの日以来かもしれない。

 あの日、白と初めて話した日と。そうして、私の頬には、暖かな涙が流れ出した。最近はどうも泣きっぱなしね……。

「黒ちゃん。いくら私が色無くんを好きで、黒ちゃんが色無くんを好きでも、」

 抱きしめられたまま、優しく囁かれる。それは酷く脆いガラスのように。

「決めるのは、色無くんなんだから。黒ちゃんが難しく考えることないんだよ?」

「でも……」

「それに、私は色無くんと同じくらい、黒ちゃんのこと、好きだから」

 なのに、どうして——。

「二人が」

 ——笑っていられるの?

「大好き」

 

「泣いたら、すっきりしたわ……ありがと」

「どういたしまして」

 私が泣いている間、ずっと抱きしめていてくれた白。

 私は怖かった。白との関係が壊れることを。今までのようには戻れないことを。

 それでも私は伝えた。私の我侭でこの関係が終わるかもしれないと思っても。

 でも、それをひっくるめて、白は私を包んでくれたのだと思う。

「そろそろ戻るわ、今日はごめんなさい」

「ううん、気にしないで」

「……ありがとう」

 

「……ありがとう」

 そう言って黒ちゃんは部屋から出ていった。うん、本当はびっくりしている。

 黒ちゃんから色無くんが好きだって聞いたとき、あぁ、やっぱりと思うのと同時に、色無くんのことを好きでよかったとも思った。

 変なことかなぁとは思うけれど、私には二人とも大切な人で、二人とも大好きな人だから。

 だから、三人がずっと一緒ならいいのに、なんて思ったり。

 黒ちゃんは何て言うだろうか。怒る?それともあきれる?

 ……やっぱり私のワガママでしかないのかなぁ。

 考えても答えは見つからないけれど、もし願いが叶うなら……。

 一月遅れの星に願おう、私達三人のハッピーエンドを。

 祈り、想い、彼方へ届け。願う八月——。


『九月 side black 回想』

 暑い。今、九月よね。そろそろ秋を感じる季節じゃなかったかしら。

 愚痴ってみるが、返す言葉はない。なぜなら、ここには私しかいないから。

 私の部屋は他人より多少は殺風景かもしれないけど、これでも女の子なのでそれなりにかわいいものも置いてある。

 まぁ、大抵は白が持ってきてくれたものだけれど。

「はぁーーーーっ」

 あれから、白とか色無とか、今までどおりとはいかないけれど、それなりに関係は良好。

 でも、改めて色無の顔を見るのは何となく恥ずかしい。

 そうして私がたじろいでいると、アイツは「どうかしたか?」なんて暢気にこっちの顔を覗き込む。

 ——全く、人の気も知らないで。

 ……あ゛ーもう、なんて理不尽なのかしらっ!

 とりあえず、近くにあったぬいぐるみを掴んで抱き『絞める』。こう、ぎゅ〜〜〜〜〜〜っと。

 プチストレス発散したところで一息。

 あぁ、なんだか無駄に疲れたわ。特に精神的に。

 さっきのぬいぐるみを今度は優しく胸に抱き寄せ、ベッドに倒れ込む。

 すると視界がだんだんと狭くなり……やがて暗闇が落ちた。

 私は夢を見ている。そう、昔に起こったある出来事を。されど、自己の変革には十分すぎる要因。

 あれは——私と彼女のハジマリ。

 元々、思ったことをそのまま言う性格が災いして、小さい頃から友達は少なかった。

 周りのみんなが、わざわざ人に合わせようとする意味が分からなかった。

 どうして自分を押し殺しているの?私は本当のことを言っているだけなのに。

 まぁ、最近はそんなことも少し変わってしまったのだけれど。

 それだけでも、小さな子供の仲間はずれの理由には十分だった。

 だったら友達なんか……いらない。

 次第に孤立する術を身に付け、一人でいることに慣れていった。

 それが当然のようになっていた頃、私は一人の女の子を見つけた。

 そこは保健室。

 最近人があまりいない場所を探していたのだが、ベッドの上で、彼女は消えそうなほど弱々しくも、明るく輝いていた。

 このとき、本当は羨ましかったのかもしれない。

 まるで、私がそう望んだかのような姿であり続けていたことが。

 そして、私たちは出逢うべくして出逢った。

「大丈夫、怖くないよ……泣いても、いいんだよ。辛いなら辛いって、言っていいんだよ。辛いときに泣けないのは、一番悲しいから……わたしも、おんなじだったから……さっき初めて見たとき、前の私みたいだったんだ。周りを寄せ付けないで、必死に自分を守ろうとしてた頃と。だから……ほっとけなくて。だから、もしよかったら……お友達になってくれませんか?」

 ——っ!……夢か。

 久々に、昔の夢を見た。思えば、あれから何年経ったのだろう。後にも先にも、友達と言えるのは白しかいなかったと思う。

 私の性格のことも分かっていて、こうして付き合ってくれている大切な友達。初めてできた、友達。

 だから、絶対に失いたくなかった。親の反対を押し切って白と同じ寮制の高校に進学した。

 周りからしたら、下らないと一蹴されるだろう。

 それでも私には一番大切な——。

「なんだか、余計にもやもやしてきたわ……」

 はぁぁ。と、いつもより長めの溜息をつく。胸元を見下ろすと、抱きしめたぬいぐるみが腕の中にあった。

「この、……ばか」

 目の位置まで持ち上げて、語りかける。それは、誰に向けてなのか。自分でもわからない。

「私は、私は……好きなのよ、色無が。好きなの……」

 今度は自分に言い聞かせるように。ごちゃごちゃした自分の中に、一つだけはっきりとしたカタチを作る。

 白にも言われたはずだ、難しく考えすぎだ、と。

 ざあぁぁぁぁぁぁ……

「あっ」

 少し開けておいた窓から、さらっとした風が入ってくる。少し寂しい、秋の風。

 まるで、この風にさらわれていったかのように、ごちゃごちゃしたものが少し消えていった。

「……好き」

 今度は自分にではなく、自分から言葉にする。今度は自然に出てきた。

 窓から外を覗き込むと、薄く夕が落ちている。淡いオレンジ、段々と深まる闇。

「綺麗ね」

 なんだか少し、気が楽になった気がする。最近、思いつめてばかりだったから、こんな気分は久しぶりだ。

 まだ、きっと全部は納得できていないんだと思う。

 それでも、今は進みたい。それが、私だから。

 いつも心に、忘れぬように、この想いだけは決して。秘める九月——。


『十月 side white return to ordinary days』

 こんにちは、白です。

 一年も早いもので、もう十月です。あっという間でしたね……

 生い茂っていた緑も、赤や黄や茶に色を変え、すっかりと秋らしい秋になりました。

 風もちょっと冷たさを見せ、セーターやカーディガンをクローゼットから引っぱり出してみたり。

 皆さんはどんな秋をお過ごしでしょうか?

 私たちはというと、芸術とかだったらちょっとはおしゃれなんですけど……。

「あ、俺はピザまんで」

「はい、熱いわよ……じゃあ、私は肉まんにしようかしら」

 ……食欲の秋みたいです。ふんいきないなぁ、なんて。

「白はどうする? とは言っても、後はあんまんしかないけれど……」

「……食べますっ!」

 ううっ、やっぱり食べ物のゆうわくには勝てないみたいです。ぐすっ。

 でもおいしいから、よしとしましょう。

「はぐっ、甘くておいし〜♪」

「んぐ、やっぱり中華まんの中じゃピザまんがダントツだよな」

「……ピザなのに中華まんって変よね?」

「細かいこと気にするなよ、コレが日本の文化なんだから。それより、せっかくの肉まんが冷めるぞ?」

「……腑に落ちないけれど、色無の言う通りね。私も食べようっと」

「ね、黒ちゃん。その肉まんちょっとちょうだい?」

「いいわよ……はい、どうぞ」

「ありがとー。はむっ、熱っ!」

「あーもう、気を付けなさいよ。何か飲み物は……げ、私のホットだったわ」

「お、俺のアイスだぞ、ほら」

「こんなに寒いのによくアイスなんか飲めるわね……白、大丈夫?」

「まだそんなに寒くないって」

「十分寒いわよ。え、貴方まだセーターも着てないの?」

「そんな邪険に言わなくても……」

「んぐ、んぐっ……ぷはぁ、舌がまだひりひりする……」

「人のをがっついた罰よ」

「が、がっついてなんかもん!……ん゛、げほっげほっ!」

「お、落ち着けって……黒もあんまりいじめんなよ」

「いじめてるわけじゃないわ。私は慎みを持てって意味で……」

「すきあり」

「アッー!」

「んー、ピザまんおいしー」

「ちょ、俺の……」

「だって、いろんな味食べてみたいし……せっかく3人とも違うのにしたんだから、ね?」

「ね? じゃないでしょ、全く……色無」

「……はい?」

「私にも少しよこしなさい」

「なぁ、もうあと少ししか残ってないんだが」

「いいから」

「……はい、どうぞ」

「よろしい……はむ。ん、ピザまんもなかなかおいしいわね」

「でしょー? 今度は私もこれにしようっと♪」

「俺のなのに……」

「もう、いつまで拗ねてるのよ。私のもちょっとあげるから」

「じゃあ私のもあげるよ、はい!」

「お、おう、サンキュ。って、2つ同時には無理、無理だから!わ、肉とあんこが混ざるって! おぶっ! 鼻、鼻に入るっ!!! おい白笑うな、黒もニヤッとしてないでやめろっ——」

 こうして、私たちの日常は元通りに……ちょっと激しくなって戻ってきました。

 やっぱり、みんな一緒だと楽しいなぁ。

 色無くんがいて、黒ちゃんがいて、私がいて、私たちが色無くんも周りをぐるぐる回ってるみたいで、まるで地球と月みたいに。~ ぐるぐる回って、いつも一緒のように見えるけれど、そこには決して触れられない距離があって——でも、お月さまだって、地球が恋しくて、触れてみたいって思ってる。

 今まではその一歩を踏み出せなかった。私も、黒ちゃんも。

 でも、私は触れてみたい。隣に寄り添ってみたい。

「告白、かぁ」

 今まで一度もしたことがないし、したいと思う人もいなかった。

 だから、わくわくする反面、とってもどきどきする。色無くんは、何て言ってくれるんだろうか。

「やっぱり……こわいなぁ……色無くん、黒ちゃん……」

 黒ちゃんには大丈夫なんて言っても、やっぱり不安でいっぱいなんて、ちょっぴり情けない。

「色無くん、黒ちゃん——」

 心が、苦しいよ……。

 様々な想いは渦となり、深淵へと沈む。迷う、十月——。


『十一月 それぞれの想い』

 そう、変化なんてものは、大抵のものがいつも些細なことから始まる。

 突然の出会い、思いもせぬ出来事、そして——

『Ring! Ring!』

 ——予想もしたくなかった電話。

 表示されるディスプレイには、親という無機質な一文字が浮かんでいる。

「親、か……」

 高校の入学以来、親からの電話なんて考えもしなかった。

 親の反対を振り切り、喧嘩をしたまま家出をしたも同然に、白に着いていくようにここに来た。

「今更話すことなんか……ないのにね……」

 それでも着信音は響き続ける。電話に伸ばす、腕が震える。何を今更——そう、何を言われようと、決めたのは自分自身。ならば、私は私が想うとおりに進む。

 そして、指先が触れた。

「——もしもし」

 

「色無くん、あの、その……す、すっ……き、です……はぁ、全然ダメだぁ」

 あれからずっと、自分の気持ちを伝える勇気がない。

 どうしても色無くんに、好きです、って言えないままで、こうして練習してみるけれど、やっぱりぎこちない。

 色無くんを好きって気持ちは確かなのに、どうして言えないんだろ。

 ——はぁ、今までって、こんなふうに困ったときってどうしてたんだっけ?

 自分からきっかけを作るのは苦手で、いつも黒ちゃんが助けてくれた。

 私と違って、はっきりと物を言える黒ちゃんはかっこいいし……本人には内緒だけれど、実はずっと私の憧れだったりする。

 心のどこかで、黒ちゃんみたいになれたらって思ってた。でも、どうしよう……。

 ——だめ、いつまでも黒ちゃんに頼ってばかりなのは。いつも迷惑かけっぱなしだもん。

 私が、がんばらなくちゃ。

 そして、私は私の一歩を踏み出す。

「……告白、しよう」

 

 突然の電話の内容、それは、卒業の後、一度戻ってきてくれないか、とのことだった。随分と虫のいい話だ。

 この手のひらを返したような態度に違和感を覚えたが、電話機越しの母の声は普段より落ち着きのないものだった。

 そして、

「お父さん、もしかしたら海外に転勤するかもしれないの」

「えっ」

「たぶん長期になるかもしれない。そうなったら私も付いていくつもりなんだけど」

「……」

「黒は、どうする?」

「そんな、どうするって——」

 あまりに唐突すぎて言葉が出てこない。

 海外? 海外って具体的にどこで、それにすぐに出国するのか、その前に日本を離れる? 白とも?

 それに……色無とも?それって——。

「まだ来年の話なんだけど、ちゃんと黒に話しておいた方が良いと思って」

「……」

「ごめんなさい、急にこんなこと。でも、お母さんたちは黒と一緒ならいいって思ってる。もちろん無理にとは言わないわ。ただ、長い間会えなくなるの」

「え、その……」

「ひとまず電話、切るわね。黒、よく考えてね、返事はまだいいから……それじゃあ、またね」

 ガチャッ、ツー、ツー、ツー……。

 心の中にぐるぐるといろいろな感情が渦まいて、もう気持ち悪いぐらい頭がおかしくなって、でも、そんな中で一つだけ。

 色無に会いたいと思った。

「色無……」

 部屋のドアを開け、彼の姿を探し、彷徨う。暗闇の中で、光を求めるように。

 

 携帯のメモリを検索、一番最初のグループを表示、そこには立った二人しか登録してない。

 私の大切な人達、黒ちゃん、そして『色無くん』。

 指先がぷるぷる震えてボタンがうまく押せない。

 メール作成のボタンを押そうとして、「あっ」震えた指先は通話ボタンを押してしまった。

 プルルルルルッ、プルルルルルッ

「あ、わ、ど、どうしよっ」

 あわてて消そうとしても、うまくボタンを押せない。

「あわわ」

「——ピッ。もしもし、白?」

「っ!」

 つながった。

「……もしもし?どうかしたのか?」

「えと、えと、あ、あのね、その……」

 どう話を切り出していいかわからなくて、すごく焦って、でもどうしたら……。

 ううん、言わなきゃ。今度こそ、私が。さっき決めたばかりなのにもう弱音を吐くなんて。バカだ、私。

 ちゃんと、言うんだ——。

「……ちょっと、話があるんだ」

「電話じゃ話せないことか?」

「うん、私が直接会って話したいの」

「そっか。場所はどこがいい?」

「これから、色無くんの部屋に行くよ」

「わかった、待ってる」

「ありがとう、それじゃね」

「ああ」

 ピッ。

 さぁ、勇気を出して進もう。彼の待つ部屋へ。

 

 コンコン、と軽く、けれど気持ち強めのノック。ドアのプレートには『色無』の文字。

「……」

「鍵、開いてるぞ」

 ガチャッ。

 ただの木製のドアが、金属の重い扉のように感じる。それをゆっくりと、恐れるように開く。

 あまりちらかっていない、これといって特徴のない簡素な部屋。

 それが彼らしくて、どこか温かみのある部屋。

「いらっしゃい。とりあえず座って」

 部屋の主はいつものように優しく微笑む、が、空気を察してか、どこか真面目に見える。

 私はゆっくり歩み寄り、促されたクッションの上に座る。

 しばらくはお互いに口を閉じたままだった。彼はもう、どうしたのかとは聞かない。

 私が話し始めるのをじっと待っている。

 もう何分経っただろうか、さっきからやたらと時計の音が響く。

 彼の顔を見つめる。私は一度深呼吸をして、そして口を開く。

「好きです、貴方のことが、大好きです、色無くん——」 

 

 ガタッ。

 その時、ドアの向こうで小さな物音がしたことに気付いたのは俺だけみたいだった。

 でも、俺は白の告白を最後まで聞いていた。

 途切れ途切れに、拙いけれど、それでも精一杯の告白。

 こんなことは今までで初めてのことで、すごく嬉しくて、最後までちゃんと聞こうと思ったから。

 やがて話し終えて、白は泣いてしまって、どうしていいか分からなかったけど、そっと、白の頭を撫でた。

 彼女が泣きやむまで、せめてものなぐさめに、と。

 彼女が落ち着くまで三十分くらい経っただろうか、本当はもっと短かったかもしれないが。

 そして、白が泣きやんで、俺は告白の返事をすることにした。

 正直、まだ全然まとまってない。気持ちの整理もついてない。

 それでも、今、答えなければならない。そんな気がした。

 そして、あいつにも。

「白、俺は——」

 抱く幻想は、儚く消えるだけなのか。泡沫の十一月——。


『十二月 ラスト・シーン』

 『白、俺は——』

 あれから一週間、何とかして黒に話しかけようとしてみるものの、

「なぁ、黒」

「……」

「黒ちゃん……」

「……」

 白にさえ反応しない。やっぱり、聞かれてたか。そりゃあ、こうなるのも仕方ないと思う。

 だが、何を言おうにも取り付く島もない。一体どうしたものか。

 ……段々と冬休みが近づいてくる。その前に何とかして話だけでも——。

「おい、色無」

「どうしたらいいんだ……」

「おい、色無って言ってんだろ!」

「うわっ! ……なんですか、朱色さん」

「何だって、さっきから呼んでるだろ」

「……すみません、気が付きませんでした」

「……相当、まいってるみたいだな」

「朱色さんに心配されるなんて、まいったなぁ……」

「バカ言うんじゃないよ、このバカ。これでもアタシは寮母なんだからね」

「……そうでした」

「やっぱり、黒のコトだろ?」

「はい」

「確かにアレは誰が見たっておかしい。あの白でさえ、ダメなんだって?」

「……」

「色無、アンタがなんとかしないと——」

「わかってます!!! ……すみません、怒鳴ったりして」

「……別に、気にしてないよ」

「すみません」

「……一つ、教えておくことがある。本人からは口止めされてたんだけど……これだけ回りに迷惑かけてるんだ、これでチャラだろ」

「何がですか?」

「黒な、アイツ……親が海外に転勤なんだと。そんで、もしかしたら黒も親に付いていくかも——」

「失礼しますっ!!」

 ダッ!

「……かもしれない、って言っただけなんだが。ま、頑張れよ、色無」

 走った、必死に、肺の息を切らしても走った。息をするのも忘れるほどに。

 海外? ふざけんじゃねぇ!! こっちはなぁ、まだ何も言ってねぇし、何も聞いてねぇ、お前の口から!

 目指すはただ一つ、アイツの部屋。

「黒ッ……」

 部屋まであと、10メートル。

 ドアの前には先客がいた。朱色さんから聞いたのかは知らないが、同じことを思ってのことだろう。

 白の手は真っ赤で、何度も何度もドアを叩き続けていた。それでも、ドアは開かない。

 俺は白の隣に立って、ドアを正面から睨みつける。正確にはドアの向こうにいるバカに向かって。

「黒」

 返す言葉はない。続ける。もう、我慢の限界だ。

「黒、聞こえてんだろ、いいから聞け。この前、白に告白された。好きって言われた」

「嫌ッ! それ以上言わないでっ!」

 ……久しぶりに聞いた黒の声は、かすれて、弱々しくて、どれだけ黒が傷ついていたのかよく分かった。

 それでも、言わなければならない。隣の白は今にも泣きそうなのを堪えている。それでも、言うんだ。

「俺は返事した。白のことが好きだって」

「嫌ァーーーーーーッ!!!!」

 ドアがいきなり開くと、そこには涙で顔がぐしゃぐしゃの黒がいた。

 俺をキッと睨みつけたかと思うと、胸元にくたっと倒れこみ、か細い腕をぱしぱしと叩きつけた。

「嫌よ……聞きたくないっ……」

 細くて、弱々しくて、小さな女の子がそこにいた。

 白もいつの間にか俺の背に顔をすりつけるように抱きついていた。嗚咽を必死にかみ殺して。

 前と、後ろと、二人分の温かさを感じながら、続ける。

「それでさ、もう一つ白に言ったことがあるんだよ。『俺は白のことが好きだ。でも、同じくらい黒のことが好きなんだ』って」

「えっ……」

 黒は突然の俺の告白に戸惑いを隠せない。

「それから、『でも、俺はまだ黒から何も聞いてない。だから、黒が返事するまで本当の返事は待っててくれないか』ってな」

「……」

「好きだ、黒。お前が、好きだ」

 いつの間にか、二人の息は静かになっていた。

「それだっていうのに、お前は海外に行くとかぬかしやがって……」

「それは……」

「で、どうなんだよ、黒。白も、俺も、言いたいことは言った。次は、黒の番だ」

 すごく酷な質問だって分かってる。どれだけ傷つけたかも分かってる。

 でも、それでも、俺達は越えなくちゃならないんだ。だから……

「私だって……私だって好きよ! 色無のこと好き! 白が想ってるのと同じぐらい、もっともっと好き! でも、でもっ——」

「黒」

「黒ちゃん」

「白のことも大好きなのっ! 二人とも好きなのよ! でも、片方に近付けばもう片方が遠ざかって……だから、こんな苦しい思いするぐらいなら、私なんかいなくなっちゃえば——」

「バッカ野郎ッ!!! ふざけたことぬかしてんじゃねぇっ!!!」

 空気が震える。心が震える。

「どっちか片方? 冗談じゃねぇ! 一人だけじゃ意味がねぇ! 二人だけでも足りねえんだ! 三人じゃなきゃダメなんだよ!! 俺と、白と、黒の三人じゃなきゃダメなんだよっ!!!」

 泣きながら叫ぶ。心の全てを、ありのままに。

「ぐすっ、うっ……」

「それからもう一つ、言ってないことがある。白がな、告白した後に『私は黒ちゃんのことも色無くんと同じくらい好きなんだ。だから、黒ちゃんと一緒がいい。だから、もし黒ちゃんが色無くんとはダメって言ったら……私もごめんなさいだよ』だってさ。黒、お前はどうなんだ?」

「うっ、ぐすっ、うぁ……」

 声にならない声。それでも必死に、言葉にしようとする。

「何度だって聞いてやる。黒、お前はどうなんだ?どうしたいんだ?」

「うぐっ、ひっく、ぐっ、はっ、は……」

「黒ちゃん」
 白が黒の右手を握る。

「黒」
 俺は黒の左手を握る。

「三人で」

「一緒だ」

「はっ……は、なれたく、ないっ!!!!!」

「あぁ……そうだ」

 涙で何も見えない、ぐちゃぐちゃな世界だったけれど、腕の中の二つの温かさだけは、絶対に、離さないように、強く抱きしめた——。
 想いはめぐりめぐって愛というカタチになる。

 さぁ、歌おう、愛の謳を。

 自由なリズムで、好きなメロディーで。

 きっとひとりで歌うより、ふたりで歌うより、さんにんで歌ったほうが楽しいから。

 愛の十二月——。


『ぐるっとまわってまた1月 エピローグ』

「初詣、行くわよ!さぁ、準備しなさい!」

 新年もやはり黒からの提案から始まりましたこの一年。

 代わり映えの無さは全くの進歩のなさの表れなのでしょうか。

 遅れましたが、皆さん、明けましておめでとうございます。昨年は本当にいろいろあって……大変でした。

 まぁ、大変でしたけれど、それでも意味のある、それ以上に価値のある一年だったと思います。

 とまぁ、話を戻します。

 本当は初詣は年が明けてからすぐに行こうと思っていたんですが、こたつで、つい寝てしまって……。

 黒にも、もし寝たら起こしてくれって頼んでおいたはずなのに。

 目が覚めてみたら、幅の狭いコタツの中に三人でぎゅうぎゅうづめで寝てたんです。いつの間に、白まで……?

 そもそも、よく起きなかったなぁ、と。

 そういうわけで、これから改めて行こうってところです。

「色無くーん、早く行こー?」

「さっさとしなさい!」

 ——大切な人達が、呼んでいる。

「……おう、今行くって」

 そんじゃ、行ってきます。皆さん、よいお年を。

 

「まさか、色無が直接ウチの両親に『黒を連れて行かないでください!』なんて言うと思わなかったわ。二人とも私より驚いていたのよ」

 と、苦笑交じりの黒ちゃん。今は初詣に行くので、寮の廊下をお話しながら歩いているところです。

 結局、あの後、黒ちゃんはご両親に電話をしました。

 本当は、黒ちゃん自身が全部話そうとしていたみたいなんですけど、色無くんは、『ちゃんと言っておきたいんだ、俺が。けじめってほど、綺麗なもんじゃないけどさ』って言って。説明も途中からムチャクチャになってしまったけれど、一言、『ずっと一緒に居たいんです』という言葉を聞いて、『黒のこと、よろしくお願いします』と答えたのは、黒ちゃんのお父さんだったそうな。

 そんなこんなで、こうして三人で幸せな新年を迎えることができました。

「や、あれはテンションがかなり高かったわけで……」

「でも、すっごくかっこよかったよね」

「そうね、プロポーズの言葉としてはいまひとつだったけれど」

「ブッ!」

「あー、ずるいっ!じゃーあ、今度は私にも、ね?」

「勘弁してくれ……」

「でも嬉しかったのよ。真剣だったもの」

「……どういたしまして」

「ふふっ、照れてる照れてる……寒いっ!」

「ほんと、やっぱり早朝は良くなかったかしら……」

「手袋もってくるの忘れちゃったよぅ……」

「じゃあ、俺の使うか? 男物でサイズがぶかぶかだと思うけど」

「……そう、私には貸してくれないってわけ?」

「だって今自分の手袋だそうとしてたじゃ——」

「貸しなさい」

「——んか」

 こ、こわいです、黒ちゃん。

「でも、一組しかないぞ?」

「……! わかった! こうすれば……」

 まず、
 1.色無くんを私たちで両側からはさみます。ちなみに定位置は決まっていて、私は右側。黒ちゃんは左側。

 2.手袋は私の右手に1つ、黒ちゃんの左手に1つ。

 そして……。

「残った手は、色無くんとつないで、ほら、完成!」

 我ながらかいしんのいちげきです。

「白……貴方って、天才よ……」

「えへへー、でしょ?」

「……なぁ、コレで初詣行くのか?」

「うん!」

「当然よ」

「……はぁ。ま、仕方ないか」

 そういって色無くんは、私たちの手を1つずつ手に取って、ちょっと乱暴にコートのポケットの中に入れた。

「ほら、これなら寒くないだろ? さっさと行こう」

「「は、はい……」」

 ……時々、こうやって私たちの手を引いてくれる色無くん……なんかずるいなぁ、ちょっとかっこいいし。

 たぶん、黒ちゃんもおんなじことを考えてる。だって顔赤いもん。

「……何よ?」

「な〜んでもないよっ」

「二人とも何ニヤニヤしてるんだ?」

「んーとね、今年も楽しくなるなぁ、って」

 

 神社までの道程を、私と、白と、色無で歩く。

 これまでも三人で並んで歩くことはあった。もう、あれから一年も経っているのだから。

 それでも、今までとはちょっと違う、小さなこと。三人が繋がっている、手。

 三人が、みんなで分かり合えたその証。

 ほんの些細なことなのに、それがどれだけの支えになったか。

 感謝してもしきれないほどの温かさをもらった。そして、これからも続いていくのだろう。

 コートのポケットの中には、私の手と、色無の手。この手にも、たくさんの温かさをもらった。

 そっと、自分の指と、色無の指を絡めてみる。

 一瞬、びくっと、僅かに震えた指先は、しっかりと私の指を絡める。

 それは、離さない、と訴えてくる。

 離れない、と答えるように、私はよりしっかりと絡める。

 こんな些細なことが、私という人間を動かしている。なんて、儚い。

 けれど、ここにしっかりと、確かに変わらないものがある。大丈夫。それで、十分だと知っているから。

 あぁ、熱い。きっと私、顔がすごく真っ赤に違いないわ。だって……白の顔が赤いもの。

「……何よ?」

「な〜んでもないよっ」

 ……あぁもう、ホントに熱いわね。ちょっと涼しい風でも吹かないかしら?

「あ」

「どうしたの?」

「いや、今、ポツってしなかったか……雪?」

「違うよ……雨みたい……空はこんなに晴れてるのに」

「とりあえず、あそこのお店の屋根の下に行きましょう。幸い、今日は休業日みたいだから」

「異議なし! 走るぞ!」

「わひゃっ、ひ、ひっぱらないでぇ……」

「ばか、雨はやりすぎよ……」

「何か言ったか?」

「何も言ってないわよ!」

 パラパラ……。

「どうなってるんだろう? 今日って雨の予報かなんかででたの?」

「いいえ、晴れのはずよ。山の方には雲が少し残ってるみたいだけれど……」

「たぶん、それだ。山で降ってる雪が風に流されて、溶けて雨になって降ってるんじゃないか?」

「ん、それっぽいわね」

「なかなかの名推理だろ」

「んー……そっか、今日は狐の嫁入りの日なんだよ! 元旦に結婚なんておめでたいなぁ。ふふっ」

「古っ! ……でもまぁ、そーゆーのもアリかな」

「……そうね。たまにはこんな雨も、悪くないわ」

「ね、雨があがるみたいだよ!」

 晴天の青空に輝くキラキラとした雨粒は、光を受けて、宝石みたいで、ちょっと名残惜しい。

 以前の私では、こんな風にも思うことは出来なかった。

 六月、あの日見えた歪な虹。でも、今日は——。

「綺麗……」

「ホントだ。くっきりと見えるな」

「わー、すごーい。虹のはじっこまで見えてるよ!」

 この先、どんなことがあったとしても、もう私は大丈夫。今なら、あの虹だって渡って行ける気がする。

 繋いだ手のぬくもりが、私を導いてくれるから。

「さぁ、行きましょう。三人で、一緒に」

 そう、どこへだって——。







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 12:20:22