朱・群青メインSS

朱「……(ブツブツ)」

無「? 朱色さんが考え事なんて珍しいな。どうしたんだろう」

朱「しかし……いやダメだ、これでは」

無「朱色さん、どうかしたんですか」

朱「おお、色無か。実は……いや、お前に言うことではないか」

無「気になるじゃないですか、教えてくださいよ。それに朱色さんの力にもなりたいですし」

朱「色無……分かった。実はちょっと困っていてな」

無「なるほど、それで」

朱「うむ、�−�で緑のヤオーイスキが勝つか、�−�で黄のカーレスキーが勝つなんだが、お前はどう思う?」

無「え? それって……」

朱「競馬に決まってるだろうが、それで? �か�かどっちだ?」

無「……�−�で」

朱「よっし分かった。当ててくるからな、まってろよ」

その後、ほくほく顔で帰ってきた朱を迎えたのは鬼神も逃げ出す形相の群青だったそうな。


無「朱色さん、何してるんですか?」

朱「いやぁ、今度の一発屋杯競馬なんだけどさ。どれもこれも微妙でなぁ」

無「またギャンブルの予想ですか?少しは真面目に働いたらどうです?」

朱「たまにはお前らにも美味い肉とか食わせてやろうと思ったんだが……」

無「だったら朱色さんのお給料でおごって下さいよ」

朱「あたしのお給料は姉さんに管理されてるからなぁ」

無「そうでしたね。群青さんから毎日千円ずつ渡されてるんですよね」

朱「そういうこった。ほれ、黒毛和牛とか大トロ食いたかったらお前も考えろ!」

無「やっぱり俺も手伝うんですか?」

朱「働かざるもの食うべからず!」

無「朱色さんにだけは言われたくないですよ」

無「ジェニーハゴキゲンナナメ(騎手:奥野)・メモリーグラス(騎手:堀江)・トンデトンデ(騎手:円)・カンゼンムケツノロックンローラー(騎手:荒神)・マゴヨー(騎手:大泉)・イッショウイッショニイテクレヤ(騎手:三木)・セイシュンジダイ(騎手:森田)・フラレキブンデロックンロール(騎手:TOMCAT)・ソレガダイジー(騎手:大事満)マツワ(阿民)・サヨナラモヨウ(騎手:伊藤)……なんだか流行歌みたいな馬名と騎手名ですね」

朱「ああ。でもジェニーハゴキゲンナナメとかセイシュンジダイとかサヨナラモヨウなんてのは知らないよ」

無「そうなると群青さんか黄緑さんに聞かないと。あぅあぅあぅ。割れる〜。頭が割れる〜!」

黄緑「あらあら、それはどういう意味かしら、色無さん?返答次第では、うふふふ……」

群青(黄緑ちゃん、今回だけは許可するわ!!)プンスカ! 


朱「おかえり色無」

無「朱色さん人の部屋で何してるんですか?」

朱「掃除という名のガサ入れ」

無「……」

朱「しかしベッドの下には無いんだな」

無「はぁ……普通そんなに堂々と家探ししますか?」

朱「いいじゃないか、ヒマなんだよ」

無「暇つぶしで人の聖域を侵略しないで下さいよ」

朱「侵略って事はどこかにあるんだな……」

無「ほらお菓子あげますから出てって下さい」

朱「年上を子供扱いすんなよー」

無「すねないで下さい。ガサ入れとか充分に子供じゃないですか」

朱「むー、なら暇つぶしに付き合え」

無「ちょっ、引っ張らないで下さいよ」

朱「いいから、いいから」

無「……ここは?」

朱「見てわからないか? 寮の屋上だぞ?」

無「それはわかりますけど、どうしてここに?」

朱「今年は暖かいからな……ほら、あの木」

無「花が咲いてる……綺麗ですね」

朱「……あたしのとっておきの場所だ。たまにはこういうのもいいだろ?」


『マッサージ』

群「ふぅ……ただいま」

無「お帰りなさい、群青さん」

群「色無君、こんな時間まで起きてたの?」

無「ええ、直接渡さないとなくなりそうでしたから」

群「なにを?」

無「これです」

群「ケーキ? 今日誰かの誕生日だったかしら?」

無「いいえ、色々あって作らされまして」

群「そう……って色無君が?」

無「はい」

群「意外な才能ね」

無「……みんなに言われました」

群「ありがとう、部屋で頂くわ」

無「じゃあ少ししたら持っていきますね」

コンコン

群「色無君? どうぞ」

無「お邪魔します、紅茶もいれてきました」

群「ありがとう。いただきます……ぁ、おいしい」

無「ありがとうございます」

群「でもケーキ作れるなんて知られたら、これから大変よ、きっと」

無「そうですか? みんな喜んでくれたし、たまにはいいかなって思いますけど」

群「……その気持ちを朱色に分けてほしいわね」

無「そういえば、朱色さんに聞いたんですけど、肩コリひどいらしいですね?」

群「何故そんな話が出たのか気になるけど、確かにそうよ」

無「少しマッサージしましょうか? 家で親や祖父母によくしてましたから」

群「……いいの? 毎日残業続きでそういう所にも行けないから助かるけど」

翌朝

群「おはよ、朱色」

朱「姉さん……昨日部屋で何してたの?」

群「なにが?」

朱「昨日の夜中、一時間くらい姉さんの部屋から……」

群「ああ、それなら色無君に……」

朱「!! 色無が……姉さんに……」

群「?」

無「おはようございます」

群「色無君、昨日はありがとう。気持ちよかったわ」

無「そうですか? よかったらまたしますよ」

朱「ね、姉さんが色無の毒牙に……いーろーなーしー」

無「朱色さんちょっと、いきなりアイアンクローとかやめ——」

——朝の寮に色無の悲鳴が響き渡ったとか


「ただいま……」

 そっと玄関のサッシを開け、なるべく音を立てないように滑り込む。日付が変わって一時間弱。寮生の半分以上はもう眠っているはずだ。

「ふー……決算月とはいえ、こう毎日毎日終電で帰宅じゃ身が持たないわね……」

 パンプスを脱ぎ、むくんだ足を軽く揉むと、群青は鞄とコンビニ袋を放り出して廊下にぐったりと横たわった。

「まったく、あのハゲタヌキとメガネギツネめ、人に仕事押しつけて自分たちはさっさと帰っちゃうんだから……上司なら部下より働きなさいよね!」

 本人には決して聞かせられないあだ名を使い、たっぷり五分ほど上司の無能と男女格差、果ては日本経済の行く末について愚痴ったあと、大きくため息をつく。

「はあ……明日も早いし、お風呂はいらなきゃ……ああもう、立ち上がるのもめんどくさいなあ……」

「えーと、なんなら肩貸しましょうか?」

 視界に逆さまに映った男の子の顔。半ばもうろうとしていた頭が一気に覚醒し、群青は目を見開いてがばっと身を起こした。

「い、色無君! まだ起きてたの!?」

「ええまあ。明日指名されるもんですから、念入りに予習をと思って」

「あの……いつからいたの?」

「『ふー……決算月とはいえ——』のあたりからです」

 最初からだ。大人として一番見られたくない姿をさらしてしまい、顔から火が出そうになる。

「肩は貸さなくても大丈夫そうですし、とりあえず鞄とこれ、朱色さんの部屋に持っていきますね」

「あ! だめ、それはだめ!」

 重要書類が入った鞄には目もくれず、コンビニ袋に手を伸ばす。群青の指が片方の持ち手にかかったところで、色無が驚いて反射的に手を引き、袋の中身が音を立てて床に散乱した。

「白酒、あられ、ひしもち……あの、今日は四日、ていうか日付変わってますから五日ですけど……やるんですか? ひな祭り」

 もうこのまま消えてしまいたい——半額シールの貼られた品々に囲まれながら、群青はがっくりと膝をついてうなだれた。

「いい、色無君。もともと節句行事っていうのは旧暦で行われていたの。それを西暦の日付でやること自体ナンセンスなの。だから……」

「はいはい、分かってますって。日付は関係なくて、祝えるときに祝えばいいんですよね」

「そういうこと……なに笑ってるのよ。ふん、そうやって馬鹿にしてればいいのよ。私だって分かってるんだから。こんなおばさんがひな祭りなんて滑稽だって……」

「馬鹿になんてしませんよ。ただ、うちの連中もたいして盛り上がらなかったのに、わざわざ二日遅れでひな祭りするなんて、群青さんは乙女だなあ……って思って」

 笑みを隠そうともせず、色無は大げさに感心してみせる。群青はふてくされてそっぽを向き、色無はますます頬をゆるめた。その横で、不機嫌そうな朱色が大あくびをする。

「人が気持ちよく寝てるところをたたき起こして、何かと思えば……姉さんもいい加減自分ちに帰りなよ。ここんとこずっとこっちに住んでるじゃん」

「こっちの方が会社に近いのよ。週末にはいったん帰るから、それまでお願いね」

「しょうがないなあ……おい色無、そんな人形の飾りつけなんか適当でいいから、白酒ついでくれ」

 中に入っていたあられの袋を抜き、男びなと女びなの人形をコタツの上に並べていた色無は、朱色に催促されてコップを用意し、酒瓶の栓を開けた。

「ん? この匂い……これアルコール入ってるんじゃないですか?」

 鼻を鳴らし、顔をしかめる。

「当たり前だろ、白酒なんだから」

「色無君、ひな祭りに飲むのは甘酒じゃなくて白酒なのよ。売ってるコンビニ探すの大変だったんだから」

「そんな暇があったならさっさと帰ってくればよかったのに……まあそういうことなら、僕は遠慮しますね」

 自分の分のコップを片づけようと立ち上がった色無の手を、朱色と群青が同時につかんだ。

「何言ってんだ、たいして強くねえよ。水みたいなもんだから大丈夫大丈夫」

「お祝いごとだし、ちょっとたしなむくらいはいいでしょ? お上も大目に見てくれるわよ」

 なおも渋る色無を二人で座らせ、その手にコップを握らせる。断る暇もなく、“たしなむ”とは言いがたい量の白酒が注がれた。

『ほら群青、わがまま言わないの。おひな様は三月三日までしか飾れないのよ』

『やだー! ずーっとかざっとくの!』

『おねえちゃん、はやくしまわないとおよめにいけなくなっちゃうんだって』

『いいもん! おとうさんとけっこんするから!』

『そーかそーか、それなら安心だな。母さん、いいじゃないか、あと一日くらい』

『わーい! おとうさんだいすき!』

「——てことがあったらしくてね……あんまりはっきり覚えてないんだけど」

「はあ、そうですか……」

 空っぽの酒瓶をコップの上で逆さにしてしずくを落としながら、群青は幼いころを振り返っていた。生返事をする色無は夢うつつで、朱色はすでにダウンしている。

「おかげでこの歳になっても男っ気一切なし。もし過去に戻ることができたら、父さんを縛り上げて、昔の私にこんこんと説教して、即日片づけさせてやるわ」

「僕が過去に戻れたら……おじさんにお礼が言いたいなあ。おかげで、こうして独身の群青さんに会うことができたんだから……」

「……え? 色無君、今なんて——きゃ!」

 耳を疑い、聞き直した群青の胸元に色無が顔を埋める。ずっしり重い男の身体を支えきれず、群青はそのまま後ろに倒れ込んだ。

「い、色無君、急にそんな……朱色が起きちゃうから……色無君?」

 ぐったり脱力した色無の身体を苦労して引きはがし、その下から脱出する。コップ二杯の白酒で泥酔した色無は、小さないびきをかいて爆睡していた。

「もう……酔った勢いで変なこと言ったり、レディーより先に酔いつぶれたり。まだまだね、色無君」

 ぴくりとも動かない色無をなんとか朱色の隣に転がし、毛布をかぶせる。頬をつつくと、眉根を寄せて嫌そうな顔をした。

「ふふ。今日はつきあってくれてありがとう。おやすみ」

 群青は居間の電気を消し、朱色の寝室に続く扉をそっと閉じた。

 ——数分後。居間の電気が再び灯る。群青は寝室から布団を持ち込み、色無の隣に広げて灯りを消すと、今度こそ眠りの中に落ちていった。


朱「ふぁぁ……暇だぞ色無」

無「人を自分の部屋に呼んでおいてそれはないですよ、朱色さん……」

朱「暇だからお前を呼んだんだ。なんか面白いことしろ」

無「そんな無茶な……」

—ガチャッ

群「ただいま。今日は早上がりだったわ……って、あれ?この靴は……色無君?」

無「あ、どうも。お邪魔してます」

群「いらっしゃい。また朱色の暇つぶしにでも付き合わされてるのかしら?」

無「まぁ、そんなところです」

朱「姉さん、せっかく早上がりしてきたんなら早風呂して一杯どうよ?」

群「そうね、たまにはいいかもね。色無君も夕飯くらい食べていったら?」

無「えっ?いいんですか?」

群「もちろん。あ、でもお酌するのも忘れちゃダメよ」

無「そのくらいなら喜んで」

朱「ついでに姉さんと一緒に風呂入っていったらどうだ?」

無「ちょっ?!朱色さん!冗談言わないでくださいよ」

朱「あはは、色無顔真っ赤だぞ?」

無「もう……からかわないで下さい」

群「……(ボソッ)そうよね、こんなおばさんと一緒にお風呂入るのは嫌よね」

朱「……(あれ、姉さん本気にしてた?)」


群「君、これどういうつもり? こんな甘い見積もりで先方が納得するはずないでしょう! 一時間で再提出!」

A「は、はい!」

群「こっちでも用意しとくけど、今回は君に責任者を任せてるんだから、できるだけ一人でやってみなさい」

A「頑張ります!」

群「よし。そっちは例の件、どうなってるの? 報告が滞ってるようだけど」

B「それが、なかなかアポが取れなくて責任者と会うことができず……」

群「アポが取れなかったら飛び込むなり待ち伏せするなりしなさい! 口を開けて待ってたって契約は取れないのよ!」

B「すみません、今から行ってきます!」

群「いいわ、その意気よ! いざとなったら私が同行してあげるから、どーんとぶつかってきなさい! 断られてからが勝負よ!」

C「うう、処理しても処理しても書類が減らない……終業間際にこんなたくさん押しつけられても無理だよ……」

群「何この書類の山? また部長に押しつけられたのね? あのタヌキオヤジめ、また私の頭越しに仕事回して!」

C「か、課長!」

群「大変だったわね。あなたはもう帰っていいわ。今日親御さんが遊びに来てるって行ってたわよね? 早く帰って親孝行してあげなさい」

C「え? で、でも仕事が……」

群「それは私がやっとくわ。私は今日なんの予定もないし、部下の残業代を減らすのも管理職の仕事のうちだからね」

A「群青課長ってさ、理想的なできる女って感じだよな」

B「そうそう。言うことはキツイけど筋が通ってるから素直に従えるし、本当にどうしようもないときには手を貸してくれるし」

A「なんだかんだで一番仕事してて、めったに俺たちより先に帰らないしな。ああいう上司にはついて行こうって気になるよ」

C「さりげない気遣いとか優しさがまたたまらないのよねえ……私が男だったら絶対ほっとかないのに! あんたたちもアタックしようとか思わないの?」

B「馬鹿、才色兼備の課長が俺たちみたいの相手にするわけないだろ。男の気配は全然しないけど、きっとそれ相応の相手とつき合ってるに決まってる」

A「そうそう、しょせん俺たちには高嶺の花だよ。休みの日とか、彼氏と二人で優雅に過ごしてるんだろうさ」

C「それもそうね。いいなあ、課長は私生活も素敵なんだろうなあ……」

群「ふい〜……ひっく。ガード下の屋台で一杯引っかけて、今日も群青さんは一人寂しくご帰還ですよ〜……あれ? 鍵空いてる……」

無「こんばんは。勝手に上がらせてもらってます」

群「い、色無君!? どうやって入ったの!?」

無「朱色さんが『最近こっちに顔出さないから、ちょっと様子を見に行ってくれ』って合い鍵貸してくれたんです。それにしても……ひどい有様ですね」

群「ち、違うのよ、これは……たまたま! ちょっとここ数日忙しかったから、少しちらかってるだけで……」

無「パンストだのブラだのがいくつも脱ぎ散らかしたまま。流しにはカップ麺の残骸がぎっしり。ゴミは分別もせずに九十リットル袋三つに詰め放題……とてもここ数日の惨状とは思えませんね」

群「う……う〜!」

無「うなってもダメです。ご飯ちゃんと食べてますか? 特に朝ご飯は大事ですよ」

群「け、今朝はちゃんと食べたもん……お豆腐とか」

無「え? もしかして、いまだ出しっぱなしのコタツの上にある豆腐の空きパック、今朝食べたんですか? お皿にすら出してないのもひどいですけど、これ消費期限十日前ですよ!?」

群「そ、そうだったかな……けっこう大丈夫なものよ? ちょっとおいしくないだけで……」

無「ダメですよ! お腹壊したらどうするんですか! ちょっと失礼……うわ、冷蔵庫の中もぐちゃぐちゃだ。原形をとどめてないのまで……」

群「最近お料理する暇もなくて……」

無「はあ……朱色さんが心配するわけだ。こりゃほっとけないですよ。明日おやすみですよね? 僕も手伝いますから、掃除や洗濯して、生活環境を整えましょう」

群「……色無きゅ〜ん!! らいしゅき〜!!」

無「うわっ、いきなり抱きつかないで下さいよ! なんですか『きゅん』って!? そのきゅん禁止! ……群青さん?」

群「らいしゅきー……ふにゃ……」

無「寝てる……スーツはよれよれだし、酒臭いし……朱色さんの前ではしっかりしてるのに、自分のことはだらしないなあ。こんなんで課長って務まるのか?」


明け方、異常な程の喉の渇きを覚えた朱色は目を覚ました。

原因は一つしか考えられない。呑み過ぎたのである。

床の上からテーブルの上にある水のボトルを掴んで中身を飲み干し、

足下に転がる十を下らない酒瓶とビールの山、ベッドの上で抱き合って眠る姉と焦茶を見て溜息を吐いた。

「半裸はないだろアンタら……」

ずり下がった毛布をかけ直した朱色は一つ背伸びをして、

「久々に全力で働いてみますかー」

寮生からしてみれば矢の雨が降ろうかと言うことを宣ったのだった。

食堂と廊下の換気をして、冷蔵庫の食材を確認する。綺麗に整頓されて、食材の消費も無駄がない。

「黄緑の奴、アタシより寮母に向いてるかもしれんな」

嬉しそうにしながら朱色は朝食の材料を選んでいく。

魚の焼き加減を見ては裏返し、味噌汁の味を調えたところで背後から酷くうろたえた声が聞こえてきた。

「しゅ、朱色さんですよ、ね?」

「おはよう、緑。アンタが黄緑より早いのは珍しいね」

朱色が振り返ってみれば緑の目は見開かれ口元は手で覆われているがひくついているのが解る。

「火ぃ切ったから黄緑が来たら出すように言っといてな」

「はい……」

「全く、アンタって子は——働くならちゃんと働きなさい」

「いやーこんな事になるとは思いもしなかったからさぁ」

その後、玄関を掃いていれば朝早くから朱色が起きている事に驚いた赤が盛大に転倒し、大量の洗濯物を籠に入れて運んだ時には紫が見えずに跳ね飛ばすなど茶とはまた違った所で寮内に混乱を巻き起こしたのだった。


無「あー、こう雨ばっかり続くと眠気がとれないよな……予定もないし寝るか」

ガチャ

朱「おーい色無ー、朱色さんが遊びに来てやったぞー」

無「……」

朱「ん? いーろーなーしーくーん、朱色さんを無視するとは良い度胸だなー」

無「……ん?」

朱「生意気な色無なんかこうだ!」

無「イタッ! ……だれだ人を蹴るのは、灰か?」

朱「いよう色無!」

無「し、朱色さん?」

朱「何だ色無? 灰に毎日蹴られてるのか? そういう趣味なのか?」

無「いや、勝手にあいつが仕掛けてくるだけで」

朱「おねーさんは悲しい。……よし、かわいそうな色無くんを助けてあげよう」

無「は? っていうか朱色さん酔ってます?」

朱「酔ってなんかいませんよー、ちょっとお酒を呑んで気分がよくなってるだけですー」

無「いや、それを酔ってるって言うんです……て、ちょっ、朱色さんいくらスパッツ履いてるからってそれはまず——」

橙「それで?」

灰「はい、彼の部屋から女性の笑い声と男性の悲鳴が、あまりの声に怖くて確かめることが出来なかったのが心残りです」

群「朱色ったら……あれほど昼間から呑んじゃダメって言ったのに」


無「朱色さん、ちょっといいっすか?」

朱「夜這いならパンツ穿き替えるからちょっと待ってろ」

無「何言ってんですか! 小さいしろとくろのことです」

朱「ああ、なんだ?」

無「別に2人とも赤みたいに大飯食わないし、朱色さんみたいに大酒もn(ry ゲフォ!」

朱「余計なことは言わんでいい。それで?」

無「それでも2人とも寮のメシ食ってますよね。寮費足りてるんですか?」

朱「ふっ、この朱色さんがそんなトンマなことすると思うか?」

無「はぁ?」

朱「寮で1番金がかかってるのは何だと思う?」

無「やっぱり食費でしょ?」

朱「そう。それで炊事と買出しは誰がやってる?」

無「もっぱら黄緑さんです……」

朱「そう。しっかり者で誰にでも愛想のいい黄緑だ!」

無「でも、それって、本来朱色さんの仕事じy(ry ゲフォ!」

朱「あいつに賄を任せると費用が確実に2割は浮く」

無「確かに。それによくオマケしてもらってますしね」

朱「そういうことだ。だから2つくらい口が増えても大丈夫どころか……」

無「どころか?」

朱「浮いた食費でこうやってビールもチュウハイも……ハッ!?」(ガクガクブルブル)

群「ビールもチューハイもどうしたのかしら?」

無「ああ、群青さん。お帰りなさい」

群「ただいま、色無君。悪いけど朱色と話がから席外してくれるかしら?」

無「はい。それじゃオヤスミナサイ」

群「黄緑ちゃんが賄やってる割には予算通りに予算使ってるわよね」

朱「だ、だから、それはしろとくろの食費に…… ギャー! ギブギブ!」


無「ふっ……はっ……」

朱「何やってんだ、色無?」

無「何って、見れば腹筋だって……ん?朱色さんいつのまに!?ていうか勝手に部屋に入ってこないで下さい!」

朱「いやぁ、今日は色無の顔でも見ながら晩酌をしようかと思ってな」

無「もう、何ですかそれ……お酌して欲しいなら言ってくれればしますから」

朱「はは、悪いな。(まぁ、顔を見たいというのはあながち嘘じゃないんだけどな。)」

無「(トクトク)はいどうぞ」

朱「おう。(コクコク)んー、やっぱり色無に注いでもらうと一味違うな!」

無「あはは、大袈裟ですよ朱色さん」

朱「まぁ気分の問題なんだけどな」

無「一人よりはマシってとこですか?」

朱「そんなとこだな。ああ、そういえばお前腹筋中だったんだっけ?ちょっと手伝ってやるよ」

無「え?」

朱「ほら、そこに寝転がれ」

無「はぁ……」

朱「おし……いくぞ!歯ぁ食いしばれっ!!」

無「え、ちょまっ!?なにをすr(ドボォ)うごっ!?」

朱「さーもう一発歯ぁ食いしばれぇー!」

無「しゅ、朱色さ……こころの準備がまだ(ドボォ)ぐほっ!!」

群「今色無君の部屋から悲鳴が聞こえたような……ま、気のせいよね」


朱「色無、今暇だからつき合え」

無「俺夏休みの宿題で忙しいんですけど」

朱「お姉さんがいいことさせてやるから付き合え」

無「はぁ」

朱「……どうだ色無」

無「確かに良いことですけどね」

朱「水は冷たいし、風呂は綺麗になるし良いことづくめじゃないか」

無「……そうですね」

朱「不満そうだな……おりゃ!」

無「うわっ! シャワーで水かけないで下さいよ朱色さん」

朱「色無は涼しいしあたしは目の保養になるな」

無「こんなの見てうれしいんですか?」

朱「ん? そうだな」

無「あっ! 朱色さん自分で水かぶらなくても、す、透けて見えますよ!」

朱「これくらいはうれしいぞ?」

群「……なんだろう、とても楽しいことに乗り遅れてる気が……」


「よう、色無。来たか」

「……」

「なんだ? 人の顔まじまじと見やがって」

「髪、切ったんですね」

「ああ……これか。やっぱ似合わねーよなぁ」

「そんなことないですよ」

「そ、そうか?」

「ええ、ちょっと意外でしたけど可愛いですよ」

「ほ、褒めてもなんにもださねぇぞ!」

「そんなつもりで言ったんじゃ……」

「まぁそれは置いておいてな、頼みごとなんだが」

「ああ、そうでしたね。改まってなんです?」

「わりぃんだけどさ、せっかく髪切ったし、服選んでくれねーかな?」

pencil_1922.jpg

(これはえらいことになった……! 下手なものは選べない……!)


群「ふぅ……今日から仕事か……」

無「おはようございます、群青さん」

群「あら、早いのね色無君」

無「ええ。群青さんを見送ろうかと思って」

群「えっ?」

無「お仕事、今日からでしたよね?」

群「……色無君」

無「大したことは出来ませんが、見送りくらいはしようと思って。お仕事頑張って下さいね!」

群「……ありがとう色無君。なんだか頑張れる気がしてきたわ!」

無「それは良かったです。じゃあ、いってらっしゃい」

群「いってきます」


朱「色無ッ!」

無「うわぁっ! ……な、なんですかこんな遅くに」

朱「夜食だ、食え」

無「うぉ。美味そうですね、じゃあ一つ」

朱「一つと言わずもっと食えばいい」

無「うん、美味い! ちなみに誰が作ったんです? 黄緑さんはもう寝てそうですけど……」

朱「あたしだ」

無「……へ?」

朱「なんだ、あたしが作っちゃわりぃってのか?」

無「い、いえ、そんなことは……」

朱「ならいいけど、さ」

無「……なんか頼みごとでも?」

朱「あたしが普段どういう目で見られてるのかがよぉ〜くわかった」

無「ご、ごめんなさい」

朱「まぁ、美味いって言ってくれたから帳消しにしてやろう」

無「そうですよ、普段も作ってくれれば良いのに」

朱「……気が向いたらな」


群「おまたせ、色無君」

無「あ、群青さ……」

群「ん?どうしたの?」

無「いや……普段の凛々しい群青さんと比べてギャップが……」

群「似合わないかしら?」

無「とんでもない!なんていうか……可愛いらしいです」

群「やだ、色無君ったら……」

?「……ぃ」

群「……何か言った、色無君?」

無「いえ?」

?「……さん。姉さーん」

群「はっ!!」

朱「やっと起きたか。姉さん、日曜だからってぐーたらしてるのは良くないぞ」

群「……(プルプルプル)」

朱「ん、どうs」

群「朱色のバカぁーっ!!夢の中でくらい夢見させてくれてもいいじゃないっ!!」

朱「……うん、なんていうかゴメンなさい」

無「ていうか朱色さんが群青さんに向かってぐーたらしてるなとか言ってるのもおかしいような……」

群「い、色無君!?」

朱「お前のためにわざわざ姉さん起こしてやったのに、その言い方は酷いだろ」

群「……?」

無「群青さん、ちょっとお買い物付き合ってもらえません?親の誕生日にプレゼントしたいものがなかなか決まらなくて……」

群「……え?」

無「せっかくのお休みに申し訳ないんですけど……って、嫌ですか?嫌なら無理にとは……」

群「い、行くわ!親御さんに挨拶……じゃなくてプレゼントね!よし、お姉さんに任せなさい!!」

無「本当ですか?ありがとうございます!じゃあまた準備できたころお迎えにあがりますね」

朱「……今姉さん一瞬変な事口走ったような……」


無「あれ、朱色さんまた飲んでるんですか?」

朱「ただ飲んでるだけじゃないぞ。月見酒だ」

無「ああ、綺麗ですね月。でもそれは酒を飲む口実じゃないんですか?」

朱「はっはっは、細かいことは気にするな少年」

群「何が『気にするな』よ。大体アンタは普段から飲んだくれでしょ」

無「あ、お帰りなさい群青さん」

郡「ただいま色無君」

無「今夕飯の用意しますね」

郡「あー……うん、お願いね」

朱「……何、姉さん」

郡「アンタさぁ、もう少しまともに生きてみたら?」

朱「若くして寮母になってから、もう手遅れなぐらいまともじゃないよ」

郡「……それもそうね。貴女に仕事を与えるはずが、逆にここまでぐーたらな女になるとは両親も思わなかったでしょうね」

朱「姉さんが見てないだけで、これでも陰ではちゃんと仕事はしてるんだよ?」

郡「へぇ。それなら私の見てるところでもしっかりしてもらいたいものね」

朱「人に見られると駄目なんだ。なんとなくこっ恥ずかしい」

郡「そんなんじゃ結婚どころか付き合うことも難しいわね」

朱「そういう姉さんはどうなのさ」

郡「え!?……まあぼちぼちと言ったところかしら」

朱「はぁ……まあ一杯飲みなよ」

郡「頂くわ……んっんっん……ぷはぁ」

無「群青さーん、出来ましたよー」

郡「はーい今行くわー」

朱「食ってらっしゃい」

朱「はぁ……結婚ねぇ……」


群「こんな夜中まで起きてる悪い子はだーれだ?」

無「ぐ、群青さん!?」

群「なんてね、ふふ」

無「はぁ、心臓に悪いですよ」

群「勉強?」

無「ええ。もう少しでキリがいいとこなんで止めますけど」

群「そう?じゃあぐっすり眠れるようにホットミルクでも入れるわ」

無「えっ、そんな気を使ってもらわなくていいですよ?」

群「勉強した後は目が冴えてなかなか寝付けないでしょ?」

無「それは……」

群「ちょっと待っててね。今作ってくるから」

 10分後

無「……群青さん遅いなぁ。ちょっと見に行ってみるか」

群「……すー……」

無「あれ、寝てる?群青さん、こんなとこで寝ちゃ風邪ひきますよ」

群「……ん……色無く……ん……っあ!ホットミルク……」

無「もう頂きました。美味しかったですよ。それより、部屋に戻りましょう?群青さんもお疲れだったんじゃないですか?」

群「ぅ……だ、大丈夫よ。うん」

無「って、フラフラですよ!」

群「ご、ごめんね」

無「肩貸しますよ?」

群「どうせなら抱っこ……じゃなくて!やだ私ったら何言って……」

無「(ひょい)よっと。……これでいいですか?じゃあ部屋に行きますよ?」

群「い、色無君!?」

朱「姉さん、コタツで寝ると風邪ひくよ?」

群「……まぁ、この手の夢オチはもう慣れたわ」

朱「何が?……あ、そうだ。後で色無にお礼言っといたほうがいいかもね。寝惚けた姉さんをここまで抱っこして運んできてくれたんだから」

群「……ゆ、夢じゃなかったのね」


朱「おい、色無!」

無「なんですか?」

朱「これから電器屋行くから荷物持ちやれ!」

無「別にいいですけど、何買うんですか?」

朱「生ゴミ乾燥機買うんだよ」

無「なんでまた?」

朱「台所で生ゴミの匂いも無くなるし、ゴキも来なくなるから黄緑も喜ぶし」

無「ええ」

朱「お前もゴミ出しの回数減るから助かるだろ?」

無「そうですね」

朱「乾燥したゴミは水色の花壇や黄色の菜園の肥料に使えばいいし」

無「朱色さんもいろいろ考えてるんですね」

朱「そういうことだ。わははは……」

群「本当は黄緑ちゃんがやりくりしてくれるお蔭で食費が余ちゃって」

朱「姉さん? いつの間に後ろに!?」

群「それでこの子がお酒やタバコ買う前にゴミ乾燥機買わせることにしたのよ!」

朱「姉さん、それは言わない約束っでしょ……」

無(ええ、どうせそんなとこだろうと思ってましたよ……)


無「群青さん、いまのお仕事楽しいですか?」

群「決して楽じゃけど充実した毎日を送ってるとは思うわ」

無「お給料とかの待遇はどうです?」

群「本音を言うとお給料はもう少し欲しいかなぁ」

無「ふむふむ。ところで会社ではどんなお仕事やってるんですか?」

群「昔は経理で連結決算までやってたわ。いまは営業職だけどね」

無「それじゃ条件良ければ転職することもありえます?」

群「そうねぇ。条件次第ね」

無「それじゃ群青さん、ウチの会社に来てくれないですか?」

群「ええっ?」

無「俺が3代目になる予定なんですけど、まだまだ管理面が弱くって」

群「それで?」

無「先代から仕えてくれた番頭さんも歳のせいか最近調子が悪くって……」

群「それは大変」

無「オヤジから誰かいい人いたら紹介しろって言われてるもので……」

群「ええ」

無「ちなみに年俸は2千万までならお出しできます」

群「そんなに!?」

無「ええ、群青さんがウチの家族になってくださればですけどね」

群「色無君、それってまさか!?」

無「おそらくそういうことですが、いかがです?」

群「えへへへへ……」

朱「また姉さんコタツで寝てるよ。お〜い色無、ベットまで運ぶの手伝え!」


『カチューシャ』

群「たらいま〜」

朱「姉さん、飲み過ぎだぞ」

群「らって〜しかたないらない、取引先の人と話が合っちゃって〜」

朱「お? 姉さんにもついに春が!?」

群「……おんなよ」

朱「……やっぱり」

無「あ、群青さんお帰りなさい」

朱「色無、起きてたのか。ダメだ姉さんいま酔っ払ってるから」

群「ただいま、色無君。出迎えてくれてありがとう」

朱「姉さん……今までろれつもまわってなかったのに」

無「ところで群青さん」

群「なにかしら?」

無「その頭の上の物は……耳ですか?」

群「え?」

朱「そういや姉さん、なんで飾りの付いたカチューシャなんかしてるんだ?」

群「……えっと(パーティーグッズをおもしろ半分に付けられたの忘れてたわ)」

朱「まさか姉さんその格好で帰ってきたのか?」

群「……あ(まずいわ、通りでタクシーの運転手も変な顔してたのね)」

朱「しかもネコ耳」

群「……う(こんな格好色無君に笑われ——)」

無「なんか可愛いですね。あ、群青さんに可愛いとか失礼ですよねすいません。そ、それじゃ!」

朱「逃げたな……姉さん、色無も悪気があった訳じゃないと」

群「ふ、ふふふ」

朱「ね、姉さん?」

群「『可愛いですね』ですってー」

朱「姉さん?」

群「朱色、あなたももう寝なさいよ。ああ、今日は良い夢が見られそうー」

朱「姉さん……」


『朱色さんの思い出』

 秋の夕焼け空を眺めていると、少しだけ感傷的な気分になるのは、私の中にもまだ女の子の部分が残っているからだろうか。つい、かつての恋人のことを思い出してしまう……。

 恋に恋をしてしまう年頃だった。

 アイツは……不良でガサツな男だったけれど、ときどき、変に真面目で……律儀で、笑った顔が可愛くて。

 でも、可愛いって言ったら怒ったっけ……シャイなやつだったなぁ……。

 父さんや母さんに反対されたっけ。姉さんも嫌がってたのよねぇ……。

「汚いシャツを着た男ね」

 そう一言で切り捨てて、挨拶もしなかったっけ。

 家族みんなに反対されて……あの頃が一番辛かったかなぁ……。

「いつか、二人でこの街を出よう。二人で幸せになろう」

 そう言ってくれたときは嬉しかったなぁ。初めて結ばれたのも、そのときだったし……。

 でも、若かったのよね……だんだんとプレッシャーに負けて、誘惑も多かったし。

「家族に会うのは嫌だ」

 デートの帰りに そう言って、私を家の近所で降ろして走っていった時……すごく哀しくなって道端で泣いたっけ。

 着いていきたかった……でも、私にとっては家族も大切な存在だった……どちらかを選ぶことなんて出来なかった。

 夏休みに実家に帰ったとき、あの頃の二人が時間を忘れて将来を語った公園にいってみた。

 そこには瀟洒なマンションが建っていた。時の流れの残酷さに哀しくなった。

「大人になるって……結構、哀しいことなのかもね……」

 いまでは、どこで何をしているのかもわからないけれど、アイツも どこかでこの夕焼け空を眺めているだろうか……。

 シャイで不良な少年がどんな男に成長したのか、気になるところだけど。気にしてみたところでどうなるものでもないし、アイツにも今の暮らしがあるのだろうし。

 それでも、あの頃二人のハートに刻んだ小さな輝きは失くさないでほしいものだ……。

 それと……今も恋をしているのか分らないけれど、今度は諦めないで欲しいものだ……

 まったく……今日は私らしくない……色無を誘って飲み明かそうか。


 ガチャ

群「ただいま。ふー、今日も疲れ……あれ?」

朱「お帰り、姉さん」

群「ねぇ、私の抱き枕は?」

朱「ん?あぁ、姉さんの抱き枕『色無君2号』は黄緑さんが洗濯してた」

群「そ、そんな……気を利かせてくれたのはありがたいけど、私あれがないと寝れないのよ?」

朱「(ボソ)いい年こいて抱き枕ないと寝れないとかどんだけだよ……」

群「何か言った?」

朱「い、いいえ何にも。あ、そうだ。ちょっと待ってて」

群「はぁ……」

朱「お待たせ。さ、こっち来い」

無「な、なんですか一体!?」

群「い、色無君!?」

朱「姉さんの抱き枕『色無k

群「わーわー!だめぇ!言っちゃだめぇ!」

朱「……え、えーと……まぁ要するに姉さんと一緒に寝てやってくれ」

無「……はい?」

群「そ、そんなこと……お願いしてもいい?」

無「なんという急展開。お願いされただけでわくわくしてしまった。間違いなく今日は眠れない」


朱「おい、お前ら。今日は勤労感謝の日だぞ」

無「あぁ、そういえば……」

青「いつもありがとう、黄緑ちゃん」

赤「ほんと、黄緑ちゃんには頭があがらないよね」

黄「黄緑ちゃんが居なかったらあたし達この寮で生活できないもんね」

紫「今度お手伝いするからね!」

白「そういえば、水ちゃんもいつもお花を綺麗に飾ってくれたりしてるよね」

橙「お花の水を代えたりしてくれてるのって水ちゃんなんだよね。あと、花壇の世話なんか結構重労働なのに頑張ってくれてるし……」

黒「さりげないことかもしれないけど、おかげでいつも気持ち良いわね」

桃「密かにおっぱいが大きいのも、花壇の世話をしてるからとか?」

茶「な、なるべく花瓶割らないように気をつけるからね!」

朱「……グスッ……いいんだ……私なんて所詮お飾りの寮母だもん……」

無「朱色さん、そんなことないですよ」

朱「……確かに毎日黄緑が作ってくれた飯食って掃除はお前らに任せて炊事、洗濯なんかも一切やらない私なんかには誰も感謝しないよな……」

無「でもみんなの悩みとか聞いてくれたりしてるらしいじゃないですか?それも寮母の仕事の内じゃないですか?みんなきっと感謝してますよ」

朱「うぅ……ありがとう、色無(でもその悩みの大半はお前絡みの悩みで、お前が悩みを作り出してるんだよ……)」


『熱燗』

無「朱色さん……また飲んでるんですか……」

朱「今日は寒いから熱燗だぜィ」

無「飲みすぎないようにしてくださいね……」

朱「当たり前だ。だいたい熱燗はな、量を多く飲むようなもんじゃねえんだぞ」

無「熱いからですか?」

朱「アホ。……こういうのを飲んでるとだな、昔のことを思い出すんだよ」

無「へえ、朱色さんの昔話、聞きたいですね」

朱「ほろ酔いついでに教えといてやるよ、色無。想い出ってのはな、話の種にして輝くもんと、自分だけで楽しむから美しいもんがあるんだよ」

無「……今思い出してるのは、後者ですか」

朱「あたしにもさ……まあ、まだあたしだって若いけど、いろいろあったのさ」

無「楽しい思い出ですか?」

朱「それだけじゃないよ。……ま、たまにはこうやってそいつらを磨いてやってんのさ」


『栄養ドリンク』

カタカタカタカタ

群「……色無くん、悪いんだけど、栄養ドリンク持ってきてくれない?」

無「……またですか?体に悪いですよ」

群「どうしてもコレは終わらせなくちゃいけなくてね」

無「……あまり無理はしないでくださいね」

群「わかってるわ。ありがとう」

無「……お仕事、頑張ってください」

群「ええ」

群「頑張って、かあ。栄養ドリンクなんかよりよっぽど頑張れるわ」


『そして明日の色鉛筆より——?』

無「二人は、明日が地球最後の日って言ったら、そのときは何をしますか?」

朱「最後? そりゃあ、とっておきの酒で宴会に決まってるだろ。秘蔵も秘蔵、高かったんだよなー、あれ」

群「ちょっと、聞き捨てならないわね。一体、いくら使ったのかしら?」

朱「やば、今のはなかったことに——」

群「今月のおこづかいは、カットさせてもらおうかしら。文句、あるかしら? ないわよね? お酒に使う余裕あるものね?」

朱「うぅ、姉さんの鬼め……仕方ない、色無に借りるとするか。頼りにしてるぞ、色無」

無「たまにはお酒控えてください。それで、群青さんは何をするんですか?」

群「わ、わたしっ? 私は、そうね……やっぱり、大切な人と過ごしたいかしら。素敵な、旦那様と一緒、とか……」

朱「姉さん、それはさすがに……」

群「何よ!私には無理だって言いたいの? わ、わたしにだって、わたしにだって!」

無「ま、まぁ、落ち着いて。はい、ミネラルウォーター飲んでください」

群「はぁ、はぁ、はぁ……ごめんなさい、取り乱して。ありがとう。ゴクッゴクッ……」

無「朱色さんも言いすぎですって。いくら怒られたからって言っても限度が」

朱「たかが酒、されど酒ってな。アタシにとって酒っていうのは命の次に大切なんだよ」

無「ったく……寮母さんが昼間から酒臭いなんて、勘弁してくださいよ?」

群「……ひっく」

朱「何、そのときはお前も一緒にって……おい、色無。姉さんに何飲ませたんだ?」

無「なにって、冷蔵庫に入ってた瓶のミネラルウォーターですけど」

朱「あーーー! それ、姉さんにばれないようにとっておきの酒と中身詰め替えてあるやつだ!」

無「え、それって、まさか」

群「ひっく、いろなしくーん、およめにもらえー」

 どーん

無「わ、わわわっ、群青さんどいて下さいって! う、酒臭い……」

群「うー、こんなに顔がちかぁい……んー、うふふー」

無「ななな、ちょっと朱色さん! 早く助けてくださいよ!」

朱「……なんか、ずるいな。アタシも混ぜろー!」

 ごすっ

無「げふっ。い、息が……二人とも……かはっ——」

群「だぁいじょうぶっ……地球がなくなってもずーっと一緒なんだから……すー、すー」

朱「あの世でも酒の席につき合ってくれるならアタシはそれで……って二人とも寝てるし。ま、アタシも寝るか。そんじゃおやすみ」


無「いつも思ってたんですが、煙草って美味いんですか?」

朱「どうかな。わからん」

無「ちょっと吸ってみてもいいですか?」

朱「やめとけ、身体に悪いぞ」

無「吸いながら言っても説得力ありませんって。そういえば、どうして煙草を吸い始めたんですか?」

朱「子供にはわからない事情があるんだよ」

無「なんですか、それ」

朱「必要になる時があるんだ」

無「どんな?」

朱「そうだなぁ。例えば……コトが終わった時とかな」

無「ぶっ!」

朱「この程度を切り返せないお前にゃ煙草はまだ早いよ。精進しな」


無「あーくそ! やられたー」

灰「ふふん、甘いね色無」

黄「ああ! カミナリぐもとかやめてよ」

黒「勝負は非情なのよ」

朱「ん? お前ら何してんだ」

赤「マリカートですよ。灰ちゃんが買ったらしくて今みんなでやってるんです」

青「朱色さんもやってみます?」

朱「お、いいのか」

青「いま勝負がついたみたいですから」

赤「おーい! 誰か朱色さんと変わって」

無「じゃあ俺が──」

黄「えー抜けんなよー、黒と灰じゃあ気軽に狙えないじゃん」

無「お前、わざと俺ばっか狙うなよ」

灰「黄色ちゃんだけじゃなくて私たちも狙ってたけどね」

無「いじめかよ!?」

黒「愛情の裏返しよ」

無「そんなもんいらねー。はい朱色さんコントローラー」

朱「へぇーハンドル型なのか」

無「ここがアクセルで、ここがブレーキで、アイテムは──」

朱「ふむふむ、わかった。よしお前らかかってこい!」

黄「手加減しませんよ?」

灰「ぎったんぎったんにしてやる」

黒「こら、初心者をいじめないの」

灰「は、速い……」

黒「そしてうまい……」

黄「なんでー!?」

朱「ちょっと峠を攻めていた時代があってね」

無&色娘(この人走り屋!?)


「朱色ー、来たわよー。頼んでたやつ出しといてくれたー?」

 久しぶりに休めた土曜日の午後。みんな出かけているのか、人の気配がしない寮の玄関をくぐり、寮監室へと向かう。

「朱色、いないの? もうすぐ集荷の人が来るから——あーっ、なによこれ!?」

 ノックもせずに妹が寝起きしている部屋のドアを開いたとたん、群青は驚きの声を上げて固まった。

 服、服、服——畳がまったく見えないくらいに服が散乱していた。さながら服の海といったところだ。

「ちょっとやだ、これわたしのじゃない! も〜、何で箱詰めしてあったのをわざわざ引っ張り出したのよ!」

 片っ端から拾い上げ、小脇に抱えながら、群青は部屋の真ん中で口を開けている段ボール箱へと近づいた。

「開けたのは一箱だけみたいね……ん?」

 もう一度畳んでしまい直そうと、未だ片づけられていないコタツの上にドサリと服を下ろす。その拍子に、チラシの裏を再利用したメモがひらりと宙を舞った。

「何か書いてある……『姉さんへ。いい服があったらガメちゃおうと思って箱を開けたら収拾がつかなくなりました。ごめんなさい。あとよろしく。 朱色』……しゅ〜い〜ろ〜!!」

 怒りに髪を逆立て、群青はメモを固く握りつぶして丸めると、隅にあったゴミ箱めがけて力一杯投げつけた。

「あ〜も〜!! なんとしても今日持っていってもらわないと、月曜日に着る服がないっていうのに! 覚えてなさいよ!」

 何かに当たり散らしたいのはやまやまだったが、何しろ手の届く範囲には自分の服しかない。ぶつけどころのない憤りを飲みこんで、群青は再び服を拾い始めた。

 

 群青はさほど服に気を遣う方ではなかったが、会社でそれなりの地位に就いてる者としてはあまり見苦しい格好もできない。そのためけっこうな数を持っている。

 しかし、今住んでいるワンルームマンションに全部を置いておくといかにも手狭だ。そこで季節別に箱詰めし、スペースの余っている朱色の部屋に預けていた。

「預かり賃までせしめてるくせに、ホントろくなことしやしないんだから……」

 年四回の宅配代もかなり痛かったが、薄給で馬車馬のように働く身では、広い部屋に引っ越すだけの資金も時間もなかった。

「でも、やっぱり朱色に預けたのは失敗だったわ……いっそここの庭に倉庫でも用意して……あー、さすがに湿気が防げないわね……」

 悔恨の念と代替案をぶつぶつとつぶやきながら、群青はてきぱきと服をていねいに畳んでいく。その手が、ある服に伸びたときにぴたりと止まった。

「やだ、これまだ残ってたんだ……なんでこの箱に入ってたんだろ? いつ紛れこんだのかしら」

 他の服と違い、クリーニングから戻ってきたときのビニールカバーがかけっぱなしになっている。そのカバーもずいぶんくたびれた様子の“それ”は——。

「……懐かしいわね」

 ——群青が学生時代に来ていた、虹色学園の制服だった。
 最近の流行と比べればずいぶんと長い、膝丈くらいのプリーツスカート。上着はごく普通のセーラー服で、特にどこがというわけではないが、やはり古くさい感じのデザインだった。

「そうそう、すっかり忘れてたけど、私たちのころはこんなだったっけ。あれから二回くらい制服変わってるのよね。さすがに私立」

 埃避けのカバーを外し、身体の前に当てて姿見に映してみると、忘れかけていた当時の思い出が次々と蘇ってきた。

「ふふっ、思い出しちゃった。生徒会の書記だったあの子、今なにしてるんだろ? もう誰かいい人見つけて結婚しちゃったかなあ」

 自分が生徒会長を務めていたとき、子犬のようにあとをついて回ってきた男子生徒の顔が浮かび、群青は押さえきれずに笑みを浮かべた。

「卒業式のとき、泣きそうな顔で送り出してくれたっけ。あのとき告白してくれたら……ううん、意気地がなかったのは私も同じか。そう言えば、ちょっと色無くんに似てたかも」

 お互い何も言い出せずに見つめ合い、そのまま別れた卒業式。それ以来誰ともつき合わなかったのは、やはり引きずっているからなのだろうか。

「あはは、そんなはずないか。もう何年も前の話だし、今の今まで忘れてたくらいだもんね」

 少し沈んだ気持ちを空元気で吹き飛ばすと、群青はもう一度姿見の中の自分を見つめ直した。

「……ちょっと、着てみようかな……」

 それは春の陽気がもたらした気の迷いだったのかもしれない。普段なら思いつきもしないことがグッドアイディアに思えて、群青はゆっくりと服を脱ぎ始めた。

「ん……さすがにちょっときついわね。でも……うん、大丈夫。入った」

 防虫剤の匂いがたちこめる上着を頭からかぶると、脇のジッパーを慎重に上げる。胸のあたりや肩周りが若干窮屈だったが、さしたる苦労もなく身につけることができた。

「問題はスカートだけど……だ、大丈夫よね? 全然太ってないもの。……太ってないはず」

 自ら課した踏み絵を試そうと、おそるおそるスカートに足を通す。ウェスト部分のホックをかけると、あつらえたようにぴったりだった。

「やった、ジャストフィット! やだ、私もまだまだいけるんじゃない? 女子高生で通るかも!」

 学生時代、少し緩かったスカートをベルトで支えていたことは、群青の記憶から都合よく削除された。

「ふんふんふーん♪ おはようございます、色無先輩♪ なんちゃってー!」

 そのときだった。鼻歌を歌いながら鏡の前で一回転したとたん、突然押し入れのふすまががらりと開き、群青は文字通り飛び上がった。

「きゃーーーーー! な、なに!? 誰!?」

「よっしゃあ!! な、やっぱり着ただろ? 姉さんはこういうところは単純なんだよ! 約束通り、今夜は焦茶のおごりだからな!」

「むう。理性的に行動すれば、卒業して十年近く経過した学園の制服を着るなどあり得ないと思ったのだが……まあ賭けに負けた以上、仕方ないな」

「朱色!? 焦茶!? いつからそこに!? それに……なによその格好!?」

 腰を抜かしてへたり込んだ群青が見たのは、押し入れから飛び出してガッツポーズを取る妹の朱色と、押し入れの奥で不服そうな顔をする焦茶だった。

 そして何より奇妙なことに、二人とも群青と同じ、学園に在籍していたころの制服を着ていたのだ。

「いやあ、姉さんの制服見つけて、何か懐かしくなっちゃってさあ。焦茶を呼んで二人で着て遊んでたんだよ。で、ついでに姉さんをこっそり観察して賭けてたんだ」

「あ、あんたねえ……悪戯にもほどがあるでしょ! 焦茶も! 学生のころから、朱色の暴走を止めるのが焦茶の役目でしょ! 何で一緒になって着てるのよ!」

「私としても不本意でしたが、『太ったから着られないんだろ?』などという安い挑発を放置していては、女としての沽券に関わりますので」

 のそのそと押し入れの奥から這い出てきた焦茶は、逆に群青に冷めた眼差しを向けた。

「それより、私としては賭けに負けたのが残念です。群青さんはこのような無意味な行動を取らない人だと信じていたのですが」

「ち、違うのよ、これにはわけがあって……」

「焦茶は昔から姉さんを過大評価しすぎなんだよ。生徒会とか職場とか、公の場ではきちっとしてるけど、プライベートじゃ今も昔も夢見る乙女なんだぜ」

「朱色、ちょっと黙ってて!」

 賭けに勝ち、ただ酒が飲める喜びにはしゃぐ朱色と、真実を知ってますます冷たい視線を送る焦茶。二人に挟まれて混乱する群青の耳に、ドアをノックする音が地獄の鐘のように響いた。

「朱色さーん、なんか宅配便の人が集荷に来たって待ってますけど」

「い、いいい色無くん!? 入っちゃダメー!!」

 群青の制止も虚しく、扉はガチャリと音を立てて開いた。

「あれ、群青さん? 来てたん……です……か……?」

 目前の光景が色無の脳に到達するまで、たっぷり十秒はかかった。

「あの……これはいったいどういう……」

「おー、色無。どうだ、あたしらもまだまだ捨てたもんじゃないだろ? なあ、あたしらの中だと誰が一番似合ってると思う?」

「はあ……そうですね、皆さん甲乙つけがたいんじゃないかと」

「ダメだぞ、朱色。ちゃんと色無“先輩”とお呼びしなければ。さっき群青さんもそう言っていただろう」

「ぶははははは!! そうだったそうだった。すんません、色無セ・ン・パ・イ♪ ……だーーーーーっはっははははは! ひー、あれはさすがに無理があったよなー!」

「……もう、勘弁して……」

 コタツに頭を突っ込み、お尻だけ出してすすり泣く群青の懇願に答えることもできず、色無は困り切った顔でポリポリと頭をかいた。


「群青さん、一息入れませんかー?」

 深夜、片手にお盆を携えた色無は群青の部屋を訪れた。

 部屋の主はそれにも気付かないほど集中して座卓に向かって書き物をしている。

「ぐんじょーさーん」

「え? あ、ありがとう。ごめんねこんな夜中に」

 丸められた紙くずと消しカスを綺麗に片づけながら群青は色無を迎え入れた。

「いいんですよ。俺も寝付けなかったんで」

 そう言って色無は群青に紅茶の入ったカップを差し出す。

「おいしい」

「スピーチの原稿、進んでますか?」

「んー、ぼちぼちかな。朝までにはなんとかするけど」

 紅茶と共に出されたクッキーを幸せそうに囓りながら群青は言う。

「ええと、結婚式まで余裕ありましたよね? 確か来週末って」

 遠回しに寝るように言う色無に、群青はにっこりと大人の顔で笑って言った。

「早めに作ればそれだけ見直せる時間があるわけじゃない? それに……初めての部下が結婚するんだし、きっちり送ってあげたいのよ」

「なんつか、いい上司してるんですね」

「んん? 私ってそんなに信頼されてなかったかな」

「いやあのそういう事じゃなくてっ」

「冗談よ。あ、そうだ。色無君が結婚するときは言ってね、私こう言うこと得意だから」

 スピーチしてあげる、と言いかけたところで群青の口にクッキーが一つ放り込まれる。

 張本人はクッキーをくわえさせた格好のまま、赤面しながらこう言いきった。

「できりゃその、俺の時には横に座っててほしいんですが」

 数年後、その目があまりにも真剣だったので、という事を彼女はのろけることになる。


 はっきりした理由があったわけではなかった。そんなことをするのは、もちろん初めてだった。

「やっべー、完全に遅刻じゃん! くっそ、なんで誰も起こしてくれないんだよ!」

 寝坊したのを人のせいにしている自分が嫌になったのかもしれないし、教室でみんなと顔を合わせづらいと思ったのかもしれない。

「いってきまーす! ……あっ、畜生! なんてこった……」

 あるいは、慌てて寮を飛び出て最初の角で鞄を忘れたのに気づいて、何もかもが嫌になったのかもしれない。

 とにかく、その日の色無はそこで決断した。

「……今日は、サボるか」

 色無は一度だけ寮を振り返ると、学園とは反対の方向へ歩きだした。

 歩きなれた駅前の道も、学生の少ない平日の午前中はまた違っているように見えた。

「こういうときは私服の学校でよかったよなあ。いつもは服選ぶのめんどくさいけど」

 五分もしないうちに補導員か警官に呼び止められるかと内心びくびくしていたが、幸いそうはならなかった。

「堂々としてりゃ、暇な大学生くらいにしか思われないか」

 見れば、コンビニの駐車場に制服のままでたむろしている柄の悪そうな連中もいた。彼らが無事なうちは自分も大丈夫だろうと思うと、少し気が楽になった。

「しっかし、どうすっかな……別に行くあてもないし」

 もともと目的があってサボったわけでもない。どこへ行くでもなくうろうろしていると、視界に大きな建物が入ってきた。

「お、そうだ。あの人にはいっつも困らされてばっかりだからな。たまにはこっちがびっくりさせてやるか」

 新しい悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、色無はその建物——焦茶が勤める市立図書館へと足を向けた。

 

 焦茶を驚かせようという試みは、確かにある程度の成功を収めた。

「……いらっしゃいませ」

 他の司書は別の仕事をしているのか、受付に一人でいた焦茶は、色無の顔を見るなり目を見開き、わずかな間を置いて来客用の顔に戻った。

「あの、焦茶さん。その……こ、こんにちは」

 もう少し好意的な対応を想像していた色無は、予想外の反応に少しひるんだ。

「学校は?」

 いつも通り、焦茶の言葉は真っ直ぐ核心を突いてきた。

「ええ、そのなんというか、まあいろいろあって……」

「そうか……あと一時間ちょっとで交代して昼休みだ。それまで館内で本でも読みながら待っていてほしい」

「はい。あ、そういえば焦茶さんて仕事中は眼鏡かけてるんですね。いつもはコンタクトだから印象が違って——」

「すまないが仕事中だ。図書館業務に関わること以外はあとにしてくれ」

 ほんの世間話のつもりだったが、焦茶の返事はいつもとはあまりに違っていて、色無はそれ以上言葉を続けることができなかった。

「……すみません」

 やっとのことでそれだけ絞り出し、本棚の並ぶフロアへと向かって手近な本をぱらぱらとめくる。内容はまったく頭に入ってこなかった。

 色無は何度か焦茶の様子をうかがったが、焦茶は一度も色無の方を見なかった。

 

 引き継ぎをすませた焦茶は、色無を連れて近くの喫茶店に席を取った。

「待たせてすまなかった。君も何か頼むといい。遠慮はいらない」

「はい。じゃあその、アイスコーヒーを」

 焦茶は『何か食事を頼め』と言ったつもりだったのだろう。わずかに眉根を上げて色無を見つめたが、何も言わずにウェイトレスに注文を伝えた。

「それで、サボりだな?」

 ウェイトレスが席を離れたとたん、焦茶は真っ直ぐ色無を見つめていった。学園の卒業生である焦茶に『今日は創立記念日なんです』などと言えるわけもなく、色無はただうなずくしかなかった。

「感心しないな。せっかく手に入れた学ぶ権利を自ら放棄するのは」

 素直に反省すべきなのは分かっていた。だが普段とあまりにも違う、焦茶の冷たくも思える態度に色無は反発した。

「いいじゃないですか、たまには。いつもの焦茶さんのはっちゃけぶりにくらべたら、サボりなんてたいしたことないですよ」

「私は二人とも休みの日にしか、君に会いには行かない。今日は仕事があり、学校がある。どちらもおろそかにすべきでは決してない」

「む……」

 正論だけに異を唱える隙がない。しかし意地になった色無は、手近な反例を取り上げた。

「し、仕事をおろそかにしてる人だっているじゃないですか。朱色さんとか——」

「朱色が仕事をおろそかにしている? 本気でそう言っているのか?」

 そう言った焦茶の声音は、これまでの二人の関係を変えてしまいそうなほどに低く、冷たかった。

「違うって言うんですか? 寮の掃除やみんなの洗濯、朝飯や晩飯の支度だってほとんど黄緑がやってるじゃないですか」

「確かにあの子もよく手伝っている。だが彼女も超人ではないんだぞ。君以上の熱意を持って学園生活を送っている彼女だけで寮が維持できるとでも?」

「そ、それは……」

 言われてみれば、その通りだった。二十人弱を抱える寮のこと、炊事洗濯掃除、どれをとっても結構な時間がかかる。

「一人でやるとなると、朝食の用意のためには何時に起きる? 学園が終わってまっすぐ帰ったとして、夕食の準備は間に合うのか? 掃除洗濯は休みの日にしかしないのか?」

「……」

 少し考えてみれば分かることだった。朱色が働いているところを見たことはないが、少なくとも学園に時間を拘束される黄緑一人でできることではなかった。

 焦茶は食事を終えて腕時計を見ると、伝票を持って席を立った。

「もう時間だ。私は仕事に戻るが、君は今日のところは寮に戻りなさい。せめて部屋でおとなしくしていること」

「……はい」

 支払いを済ませ、図書館と寮へ向かう分かれ道にさしかかったところで、焦茶がいくぶん悲しみを含んだ眼差しで色無を見つめた。

「色無くん、どうか私を失望させないでほしい」

 焦茶の残した言葉が、色無の胸に深く突き刺さった。

 

 暗たんたる気持ちで寮に戻った色無を出迎えたのは、朱色の調子っぱずれな鼻歌だった。

「ふんふんふーん、今日も元気に雨漏り修理〜、クソ暑いのに屋根の上〜、っとくらあ」

「しゅ、朱色さん!? 何やってんですか、そんなとこで?」

「お? ずいぶんとお早いおかえりだな、色無。見てわかんねーか? 最近食堂で雨漏りしてたからな、その修理だよ」

 朱色は金槌をくるくる回してみせると、あまり高くない食堂の屋根から止める間もなく飛び降りた。

「あいたたた。さすがに足にきた……くー、しびれるー!」

「ちょ、ちゃんとはしごつかって下さいよ! ていうか、業者を呼んだらいいじゃないですか。危ないですよ」

「バーカ、その金はお前らの寮費から出るんだぞ。だったらアタシが直して、浮いた分でうまいもんでも食った方がいいだろ」

「朱色さん……」

 工具を点検し、はしごを抱えようとする朱色の代わりにそれらを持ってやった色無は、思い切って真相を尋ねてみた。

「朱色さん。朝飯や晩飯の支度とか、寮の掃除と可って、もしかして朱色さんもやってくれてるんですか?」

 色無のうしろからついてきていた朱色は、目の前にある後頭部を軽くこづいた。

「朱色さんも、とはなんだ。アタシがやるのは当たり前だろ、寮母なんだから。何でまたいきなりそんなこと——あっ、まさか黄緑が全部やってると思ってたのか!?」

「いや、だって全然働いてるとこ見たことないから……つい……」

 申し訳なさそうにする色無に、朱色は大げさなため息をついた。

「報われねえなあ……寮の仕事も経験のうちだから、自分から手伝いたいって言ってくる奴にはできるだけ任せるようにしてるんだよ」

 朱色は突然背後から色無を羽交い締めにすると、その首をグイグイと締め上げた。

「それにしたって、黄緑一人でできるわけねーだろ! このカボチャ頭が!」

「ぐ、ぐるじい……ギブギブ!」

 色無が首に巻きついた腕を必死にタップすると、朱色はもう一締めしてから抱えた頭を解放した。

「まあ、土日に朝から酒飲んでる姿しか見せてねーしな。毎年一人は殊勝な奴がいるけど、黄緑は特に有能なもんだから、つい多めにまかせちまってるのも確かだし」

「そうだったんですか……あの、すみませんでした」

 小さくなって詫びる色無に、朱色は苦笑いを浮かべてひらひらと手を振った。

「気にしてねーよ。それより焦茶に礼を言っとけよ。さっき電話があったぞ」

「え!? あの……何か言ってましたか?」

「『図書館近くの病院に入っていくのを偶然見かけた。学校に連絡するのを忘れてるかもしれないから、朱色から伝えておいてくれ』ってさ。担任には寝こんでるって言っといたからな」

 このとき、色無は心の底から理解した——自分がいかに多くの人に甘えて生きてきたのかを。

「ほんとに……ほんとにすみませんでした」

「これっきりにしとけよ。次はねーからな」

 深々と頭を下げる色無を置いて、朱色はさっさと寮内に戻った。色無はそのあとを慌てて追う。

「朱色さん……俺ってガキですね」

「はっ、今さらなに言ってんだ。だがまあ、そこに気づいたんならようやく一人前——いや、半人前くらいか」

「そうですね。まだまだです。あの、まだ仕事残ってるんですよね? 手伝いますよ」

「おお、そんじゃ晩飯の買い出しに行くか。今日はちょっと豪勢にいくから荷物多いぞ。覚悟しとけよ?」

「望むところです!」

 張り切って声をあげ、いったん部屋に戻ろうと駆けていった色無の背中を、朱色は目を細めて見送った。


朱「は〜、色無の野郎、今度会ったらただじゃおかねえ……!」

無「それは怖い話ですね」

朱「! ……ほう、言ったそばから出てくるったあ、覚悟は出来てるようだなぁ?」

無「すみません、群青さんに見張っておくように言われてたもので……」

朱「言い訳無用! ここで散りくされぇ!!」

無「と、いうことで、お詫びにビールと、それと俺がおつまみ作ってきました」

朱「……お?」

無「昨日のお説教のおかげで今日はちゃんとお仕事してたみたいですし、これぐらいは、ね?」

朱「おおお!?」

無「今日は存分に飲んじゃって下さい。もちろん全部俺のおごりです。群青さんに何かいわれたら、俺のせいにしていいですし」

朱「おうおう!? それならお言葉に甘えちゃおっかな!? なんだよ、やっぱ話の分かる奴だな、お前は!」

無(ふ〜、ミッションコンプリート! こうでもしなきゃ、後がこええからな)

朱「おらおら! 飲んでっか、色無!? あたしの酒が飲めねえってのか!?」

無(ま、この人はやっぱりお酒飲んでるときが一番輝いてるからな。役得役得……)

朱「何だよ? 人の顔じろじろ見やがって。もしかしてお姉さんに惚れちゃったか!? がはははは!」

無「はい、そうかもしれませんね」

朱「おう!? 言うようになったじゃねえか! よ〜し、今日はとことん飲むぞこらぁ〜!!」

朱「ぐが〜……」

無「ま、こうなる訳ですが……」


朱「よ、ほ!」

無「……」

朱「と、や!」

無「……何してるんですか、朱色さん?」

朱「お! ……色無! ……か! ……と! ふー」

無「これ飲みます? スポーツドリンクですけど」

朱「さんきゅ。いやー、暑いからって毎日食っちゃ寝してごろごろだらだらしてたらちょっと……」

無「体重の方が思わしくない、と」

朱「そうそう……ってはっきり言うな! 女に向かって!」

無「がふ! でも、あんまり気にしなくてもいいんじゃないですか? そういう風には見えませんよ?」

朱「一応女なんでね……お前もいるしな……その……(ごにょごにょ)」

無「朱色さん、変わらずスタイルいいですしね」

朱「は、恥ずかしい事言うなー!」

無「ごふ!」

朱「ったく、色無のやろー、あんなんでこの私がオチるとでも……ふふ♪ スタイルいいって♪」

群「ちょっと、朱色?」

朱「あいつはホント、狙って言ってんのかね。こう、女が喜ぶ事をさらっと……」

群「ねえ」

朱「よーし、気分いいからあいつ誘ってしこたま飲むかー♪」

群「させるか!」


朱「あ〜、明日から2学期かぁ〜。はぁ……」

無「朱色さん、ため息なんかついてどうしたんです?」

朱「夏休み中は黄緑が昼飯作ってくれたけど、明日から自分で作らなきゃ。はぁ……」

無「そうですね(もはや、何も言うまい)」

群「お昼ぐらい毎日自分で作りなさいよ!」

無(ツッコミ役が来てくれた)

朱「えー、だってめんどくさい……」

群「はい!?」

朱「あ、いやほら、毎日仕事のしすぎでご飯作る暇がないなーと」

群「夏休み中あんたが仕事してる姿見たことないんだけれどねぇ?」

朱「むー、姉さんだってお昼コンビニ弁当とかじゃん……」

群「わ、私は仕事きちんとしてるからいいの!」

無「群青さん、毎日コンビニだったんですか……ちょっとイメージ崩れたなぁ……」

群「色無君!? これはあの、その……」

朱「今のうちに逃げよっと」

群「逃がすかぁ! だいたいあんたは普段から黄緑ちゃんとかに迷惑かけて、大人なんだからもっときちんとしなさい! もう子供じゃないんだから!」

無「朱色さん……言い訳しようがないですよ、こればかりは」

朱「うー……うるさいうるさい! そんな目で見るな! 寮母だぞ!? 年上なんだぞ!? えらいんだぞ!?」

無(この人、本格的にダメかもしれん)

黄緑「まぁまぁ、群青さん。朱色さんだって本当はわかってますよ」

朱「き、きみどりぃ!」

群「……黄緑ちゃん、甘やかしちゃいけないわ。こういうときにビシッと言ってやらないといけないのよ」

黄緑「でも、その……実は、意外にも、朱色さんには朱色さんの得意分野があるんですよ!」

群「得意分野?」

朱(……今、意外にもって言ったよな?)

無(さ、さぁ……?)

黄緑「はい。みんなの相談役なんです。朱色さんは人一倍人情に厚いです。一見興味なさそうにしてても、実はとても親身になって考えてくれています。みんな感謝してるんですよ?」

無(……いわゆるツンデレってヤツですか?)

朱(うるさいわっ!)

黄緑「だから、あんまり責めないでください! お昼ごはんも、私がやりたいから勝手に作ってただけなんです!」

群「……まぁ、黄緑ちゃんがそこまで言うのなら……」

朱「……おぉ!! ありがとう黄緑ぃ!」

黄緑「いえいえ。口には出しませんけど、本当にみんな感謝しているんですよ?」

朱「よかった……相談乗っててよかった!」

橙「朱色さーん、お酒買ってきたよー! 朱色さんの名前出したら普通に売ってくれた!」

桃「さすが朱色さん、夏休み最後にお酒振舞ってくれるなんてねー!」

朱「……バカヤロウたちめ……」

群「……さて? 学生に酒買いに行かせるたぁよくできた寮母だこと?」

黄緑「朱色さん……お金、いったいどこから出したんですかぁ?」

朱「……いや、まぁ、な、誤解……誤解……じゃないんだけど、ほら、その……な? 色無?」

無(無理っすこれは……)

朱「あの、その、ごめんなさ……ぎゃぁぁああああ!!!!」


朱色「お、色無。いいところに来た、ちょと付き合え」

色無「またお酒ですか、群青さんに怒られても知りませんよ?」

朱色「まぁそうカタイ事言うな、今日は特別なんだよ」

色無(毎日が特別休暇みたいなもんなのに…)

朱色「なんか言ったか?」

色無「ぃぇぃぇ」

朱色「9/9は重陽の節句と言ってだな」

色無「ちょうようのせっく?」

朱色「そう、端午の節句とかあるだろ?あれの仲間だ」

色無「仲間って…、で、それとお酒がどう関係するんですか?」

朱色「良くぞ聞いてくれた。重陽の節句は菊花の香りの酒で月を愛でるそうだ」

色無「それで日本酒ですか、それにしても菊の花がありませんよ?」

朱色「まだ時期じゃないからなぁ、ま、そんかわりにコレだ」

色無「菊○宗って読めますが」

朱色「菊には違いないだろ?」

色無(ダメだこの人、早くなんとかしないと)

朱色「ま、そういう訳でちょっと付き合って欲しいんだが、ダメか?」

色無「少しですよ?(そういう顔で頼まれたら断れないじゃないですか)」

朱色「サンキュー色無」

色無「それでは一献(トクトクトク)」

朱色「菊花はないが、色無のお酌で呑めるなんて幸せの極みだ」

色無「恥ずかしい事を言わないで下さいよ、ささ、もう一献」

朱色「お酌もいいけど」

色無「けど?」

朱色「月を愛でながら色無も……」

色無「しゅ、朱色さん?」

朱色「節句でセッ(ry」

色無「ベタなのはいけないと思います」


朱「(くいっ)ふう……」

無「あれ?朱色さん?」

朱「おう色無、お前も飲むか?」

無「未成年に酒すすめんで下さい……今日は(珍しく)静かに飲んでるんですね?」

朱「おう。ここら辺は人も少ないし、まったり呑むのに丁度良いんだよ」

無「そうですか、では」

朱「ん?やっぱり飲む気になったか?」

無「飲みませんて。ただ、まったりするのにはつき合いますよ」

朱「そか。じゃ、まったりしますか」

無「はい」

朱「(くいっ)ふう……やっぱ一人酒よか、お前でもいてくれた方がいいな」

無「なんか失礼なこと言われた気が……」

朱「気にすんなよ……飲むか?」

無「飲みませんて……」


??「う……うん……」

無「あれ?誰だろこの子?迷子かな?」

??「ふわ〜、今日も良く寝たなー。おう色無、お帰り」

無「君、どこから来たの?何で俺の名前知ってるの?」

??「なーに言ってるんだお前?酔っぱらってんのか?」

無「何か朱色さんみたいな事言うな、この子。お母さんが心配してるんじゃない?」

??「だから、あたしが朱色だっつーの。頭沸いてんのか?」

無「ぅええ!?朱色さん!?だって、見るからにロリ……いやいや、幼稚園児ぐらいですよ!?」

幼朱「な、何だってーーーー!?」

無「ほら、鏡!」

幼朱「……?」(ぱたん)

無「ああ!倒れた!目を覚まして!現実から逃げないで!!」



幼朱「ぬぅ……今日一日中寝てたから何時小さくなったか憶えてない」

無「またあなたは仕事もしないで。バチが当たったんじゃないですか?」

幼朱「うっさい!皆の見てない所でたまにやってるっつーの!」

無「たまにって……じゃあ、何か変なモノ飲んだとか」

幼朱「あたしは酒しか飲まん」

無「じゃあ、黒い服の人達に実験段階の薬でも飲まされたんですか?いや、ウチの場合灰のヤツか」

幼朱「またあのマッドサイエンティストか!人をマウスか何かと勘違いしてんのか!?」

無「まあまあ、落ち着いて。原因はともかく、まずは戻る方法を探しましょう?」

幼朱「あいつから治療薬ふんだくればいいだけだろ?」

無「こういうパターンではあいつはそうそう簡単には見つかりません。諦めて別の方法を探しましょう」

幼朱「……っつったってどうしろってんだ?」

無「某漫画ではお酒飲んだら元に戻りましたよね……はっ!しまった!!」

幼朱「ほーう、つまりあたしは元に戻るため仕方なーく酒を飲まなきゃいけないわけだ」

無「ダメですよ!そんな姿でお酒飲んだら犯罪にしか見えな……ぐふぉあ!」

幼朱「やかましい!合法的に酒が飲める機会なんて滅多に無いんだ!この機会を逃すか!」(ごきゅごきゅ)

無「あー、飲んじゃった……しかも一升瓶ラッパ飲み……」

幼朱「ぷはっ!しみるねぇ……♪」

無「ああ、姿は幼女なのになんて似合うのだろう」

幼朱「うっ!これは、まさか……カラダが溶けてるみてーだ……」

無「来ましたか!?」



灰「バーロー」

幼朱「んな!?」

灰「この私がお酒如きで治るような薬を使うと思って?」

幼朱「おいてめえヒック!タダで済むと思うなひょう……」

灰「すでにアナタがタダでは済んでないように見えますが?」

幼朱「へめえ……」

無「お前これどうする気だよ?こんなのでも元に戻さないと色々大変だぞ?」

幼朱「ほんなのっへゆーらぁ……」

灰「安心していいよ。データは取れたし、今元に戻してあげるから」

無「じゃあ、さっさとたのむ」

灰「はーい。じゃあイクよ……今回のはちょっとキビシイかもね……」

幼朱「ほい?ひひひいっへほーゆーほほは?(ぷしゅっ)はれ?何だか眠くなって……(ぱた)」

無「今度は麻酔型腕時計かよ……」

灰「打ち込んだのは薬だから、すぐ戻るよ。じゃーねー」



朱「ったく、ヒドイ目に合った……」

無「まっ、あいつも(黒に)こってりしぼられてたから、よしとしましょーや」

朱「しょうがねーな……それより色無?」

無「なんですか?」

朱「幼女のあたしも、かわいかったか?」

無「んな!?」

朱「ふふん♪お前が好きだって言うなら、たまには良いかもしれねーな♪」


無「頼まれてた納屋の掃除終わりましたよー」

朱「うわっ! 色無、入る時はノックをしろ」

無「気づかなかっただけでしましたよ。あ、それなんですか?」

朱「な、なんでもない、見るな!!」

無「朱色さんがそういう反応するときは、酒か当たり馬券かよからぬものを隠す時だけじゃないですか。さて何かな……ん? ヌイグルミ?」

朱「くそっ」

無「どうしたんですか、これ?」

朱「つくったんだ」

無「え!? 朱色さんが!?」

朱「悪いか?」 

無「いえ。意外ですよ、朱色さんがト○ロのヌイグルミつくってるなんて」

朱「夏休み中に見てつくりたくなってな。だいぶ時間はかかったけど、さっきできたんだ」

無「へえ。朱色さんはこういうの興味ないと思ってましたよ」

朱「2〜3歳のころ、○トロのビデオ見せればおとなしかったんだってさ。刷り込み効果か知らないけど小さい時から大好きでな」

無(そんな子がどうしてこんな大人に)

朱「あ? 何にか言いたそうな顔だな?」

無「い、いえ何にも。じゃ、俺は部屋に帰ります」

朱「待て色無!」

無「何ですか?」

朱「このことは絶対に誰にも言うなよ」

無「言いませんよ」

朱「いちおう釘を刺しておくけど、もしバラしたらお前の部屋にあるガサ入れを逃れたエロ本のことばらすからな」

無「!! だ、大丈夫です。信じてください」

朱「よし。まあこのことじゃなくても他の時にばらすかもな」

無(この人アクマだ)


 ポロン……ポロロン

無「この音……屋上からだ……」

 ポロロンポロン……

無「ギター、弾けたんですね?」

朱「んー? 色無か。昔、ちょっとな」

無「けど朱色さんのイメージだともっとジャカジャカ鳴らしてそうなんですけど……」

朱「確かにそういうのも好きだけどよ……こんなときにそれは似合わないだろ?」

無「そうですね……きれいな、月夜ですからね……」

朱「ま、近所迷惑にならない程度にな」

 ポロロン……ポロン

無「聞いたことあるような気がしますけど、何て曲弾いてるんですか?」

朱「忘れた」

無「そっすか……何か、ちょっと寂しい感じですけど」

朱「あ〜、ちょっと待て。クラプトンだったと思うんだけど、なんつったっけなぁ」

無「エリック・クラプトンですか……ちょっとわかんないですね」

朱「ま、こんなの雰囲気だ雰囲気。いい感じなら、それでよし」

無「それもそうですね」

 ポロロン……

 

無「群青さんも楽器弾けたりするんですか?」

群「え? 私?」

無「ええ。この前朱色さんがギター弾いていたから、もしかしたらって」

朱「姉さんは元吹奏楽部だぜ」

群「ちょ、ちょっと! 朱色!」

朱「いいじゃん別に。それとも、何かあるのかにゃ〜?」

群「くっ……あとで覚えてなさいよ……!」

無「へ〜、吹奏楽。で、何を担当していたんですか?」

群「えーと、いちおう、フルートをね」

無「フルート! 群青さんならきれいな音色出すんでしょうねー」

朱「それが聞いてくれよ色無! 姉さんとそのとき一緒にやってた奴がいてな、結局——」

群「それは言わないでよ!」

朱「う〜、怒った怒った! 逃げろ〜!」

群「まったく、あの子は……色無君、できたら今の忘れてちょうだい」

無「まぁ、詮索はしませんが……いつか、フルート聞かせてほしいですね」

群「そんなに旨くないわよ?」

無「群青さんの出す音だから……根拠はないですけど、きっと、きれいな音色だと思いますよ」

群「色無君……もう、おとなをからかわないの! ふふ♪」

朱「あら? なんか姉さんの手助けしちゃった?」


無「ただい……臭い! 酒臭い!」

朱「おー! 来たかー!」

無「ちょっと控えたほうがいいんじゃないんですか?」

朱「じゃあよぉ……! (ドン)色無も飲め。な?」

無「……はいはい」

朱「(プカー)ふぅー」

無「朱色さんけっこう吸いますねぇ」

朱「興味あんのか?(ニヤァ)」

無「まぁ、少しは」

朱「よし、今は姉さんも黄緑もいないからな。どうだ?」

無「じゃ、じゃあ……」

朱「(シュボ)はぁい社長さん」

無「(スゥ)……ゲフン! ぐっお……!」

朱「ははっ! まだ早いな!」

TV「『ねぇ? どこ? ここ? ここがいいの? ねぇ?』『いゃ……あ……』」

朱「(プカー)ふぅ」

無「朱色さん……!」

朱「おぅ。いいもん持ってるじゃねぇか」

無「人の部屋からそういうの持ち出さないでくださいよ!」

朱「いいねぇ。若さってのは……」

無「AV見ながら黄昏ないでください」

朱「なぁ、色無よ(ジュ)」

無「なんですか……」

朱「こういうの、興味あんのか?(グイ)」

無「あるけどしませんからね」

朱「あら?」

朱「徐々に染めてやろうと思ったが……。固いなぁ(プカー)」


朱「ヒック。おい、色無! 親子丼って食ったことあるか?」

無「それぐらい食ってますよ。卵と鶏肉の入ったアレでしょ?」

朱「普通はそうだな。ヒック」

無「えっ、他にもあるんですか?」

朱「鮭とイクラを載せたのもあるじゃんか。ヒック」

無「ああ、そうですね。それも寮の食事でたまに出るじゃないですか」

朱「それじゃ、ヒック。他人丼は?」

無「牛肉と卵を載せたアレでしょ? 一昨日の夕飯で出たじゃないですか」

朱「あれ、そうだっけ?」

無「朱色さんが2日酔いでマトモな料理作るのが辛いって言って——ゲフォ!」

朱「ヒック、余計なこと言うな! それじゃ姉妹丼って知ってるか?」

群「ちょ、ちょっと朱色。アンタなんてことを!!!」

無「なんです、それ? 初めて聞きましたけど」

朱「姉妹揃って、ヒック、賞味する例のナニだ。私もお前のベットの下の本で知ったんだよ。ヒック」

無「し、朱、朱色さん。見たんですか!?」

朱「私と姉さんの姉妹丼、食わないか?ヒック、なんなら2人まとめてでもいいぞ」

無「朱色さん、いくら酔ってるからって……」

朱「私はともかく、姉さんはそろそろ賞味期限も理性のヒューズも切れそうだからな」

群「……」


朱「ああ、勤労感謝の振替休日も終わっちまうなぁ」

無「そうですね」

朱「また、毎日寮母としての過酷な労働が待ってるんだよなぁ〜」

無「はぁ(朱色さん、ほとんど仕事なんかしてないじゃないですか)」

朱「そんな私の血と汗と涙の結晶でもある給料を」

無「はぁ(ほとんど酒とタバコとギャンブルに注ぎ込んでますね?)」

朱「姉さんは私からむしりとっていくんだよ」

無「……(さて、高速離脱!)」

朱「まったく、あの鬼ババァ。あ、姉さん。おはようございます!」

群「また理事長先生にお金借りて、駅前のおでん屋さんで飲んでたそうね?」

朱「な、なぜそれを?」

群「次のお給料からその分差し引こうと思ったけど、全然足りないじゃないの!」

朱「いやぁ、それは、その、姉さんが天引きしてるから……」

群「三ヶ月先までの分割払いでお願いしておいてあげたから。感謝しなさいよ!」

朱「姉さんの尊いお働きに深く感謝致しますです。はい」

無(そういう『勤労感謝』って……)


美藍「ねぇ群。来週末は何にもないよね?」

群「ええ、久しぶりに日曜休みだけど」

美藍「ちょっと手伝って欲しいことがあるから、色無君だっけ? 一緒にウチに来てくれない? 男手も必要なのよ〜」

群「私はいいけど、色無君の予定が判らないから、返事は明日でいい?」

美藍「うん、大丈夫よ。それじゃヨロシクね!」

群「ただいま〜。あっ、色無君」

無「おかえりなさい、群青さん。何か用事ですか?」

群「来週の日曜日って空いてる?」

無「空いてますよ」

群「以前、遊びに行った私の友達が、手伝って欲しいことがあるって言うのよ。頼んでもいいかしら?」

無「いいですよ。久しぶりにあの子に会えるのか〜、楽しみにしてますね!」

群「詳しいことは前日にでも教えるわね」

無「了解です」

群「ハァ……まったく。何でアンタの家のピクニックについて行かなきゃならないの?」

美藍「だってウチの子が呼べってうるさくてさぁ」
群「旦那さんが仕事で来れないからって、こういう誘い方は今後はやめてよね」

美藍「アハハ、ゴメンゴメン! でもそうでもしないと色無君、連れて来てくれないじゃない?」

無「逃っげろ〜」

 「にーちゃまて〜」

美藍「ウチの子も楽しんでるしさ、許してよ? ね?」

群「今回だけだからね! 全く……」

無「あーあ、捕まっちゃったか〜」

 「えへへ〜Wつぎはにーちゃがオニだよ〜にげろ〜」

無「よーし待てー!」

 帰り道

無「少し大きくなってたなぁ」

群「ごめんね色無君。疲れたでしょ?」

無「大丈夫ですよ。あの子も覚えててくれてたし、美藍さんのお弁当も美味しかったし。久しぶりに童心に戻った気がします」

群「ふふっ、まだそんな年じゃないでしょ?」

無「あはは。でも将来、家族で今日みたいに遊べたらなぁ…」

 その科白で想像してみた。もし、旦那さんが色無君で、私との子どもと一緒に遊ぶ場面を……。

無「……さん……群……青さん……群青さん?」

群「えっ!? な、何?」

無「どうしました? ぼーっとしてましたけど、もしかして疲れました?」

群「だ、大丈夫よ。え〜え〜私は体力の落ちた年寄りですよ〜」

 半分本気で拗ねてみる。

無「ちょ、違いますよ〜」

群「本当に〜?」

無「違いますって。でも拗ねた可愛い表情の群青さんも見れたし、それが報酬ってことで」

群「ちょっと! 大人をからかわないの!」

 ……ヤラレた。でも今回も夕日が正面にあったから赤くなった顔はバレてない……わよね?


朱「んぐっんぐっ……かぁーっ! 今日も元気だ酒が旨い!」

無「いつも美味しそうに飲みますよね」

朱「当たり前だろ? 不味い酒なんて飲みたくないな」

無「ちなみに不味い酒ってどんな感じの物なんですか?」

朱「あぁ? そうだな……例えば、馬券もパチンコもまったくダメだった日とか」

無「じゃあ今日は?」

朱「メインも取ったしパチンコも確変しっぱなし! おまけにイイ男が横にツマミでいるしな」

群「へぇ〜え」

朱「ね、姉さん!?」

無「あっ群青さん、おかえりなさい。晩ごはんは?」

群「ただいま色無君。まだちょっと仕事が残ってるから一時間後くらいに頂くわ」

無「わかりました」

群「さて朱色、ちょっといらっしゃい?」

朱「……はい、お姉様。これを飲んだらすぐうかがいます」

 バタン

無(群青さん、仕事大変そうだな……プラスで何か作ってあげよう……)

朱(一気に酒が不味くなった……)


季節は春に入ったとはいえ、まだ肌寒い二月。

群青はこたつに入って家計簿をつけていた。

「姉さん……」

「朱色。何か用?」

そこにやってきたのは妹の朱色。彼女は真剣な顔つきで、何か言うのをためらっていた。

「?」

おかしいと思い群青はふせぎみの顔を覗き込んだ。どうしたの?と、声をかけようとした瞬間だった。

「姉さん!お願いがあるんだ!!」

張り詰めた声でそう言うと朱色はいきなり頭を下げてきた。

「朱色……?!頭を上げて!いきなりどうしたの?」

朱色は何も言わない。やはりまだ躊躇っている様子であった。

「どうしたの??……何か言ってくれないと困るじゃない。姉妹なんだし、言いたい事があるなら言いなさい?」

優しく群青が言うと朱色は恐る恐る顔を上げ、まるでこれから叱られる子供みたいな顔をして群青を見た。

「姉さんッ……!」

「?」

「金かしてッ……!!!」

「……は?」

「お願いだよ!! 競馬ですって無一文になっちゃったんだよ!」

「……明日また千円渡すじゃない」

「明日は色無の誕生日じゃまいか!だから頼んでるんだよ!千円じゃたりない!」

「自業自得でしょー?お金を渡す気にはなれないわよ」

「———ッ何だよ姉さんの馬鹿!ケチ!ご老体!黄緑と一緒に干乾びちゃえ!」

「誰と一緒に?」

「あ……、黄緑……さん……アッー!!!!!!!!!!」


 朱色が新妻だったら

無「朱色さん、起きて下さい!」

朱「うるせえなぁ。日曜ぐらい、ゆっくり寝かせろよ!」

無「日曜日以外も毎日昼前まで寝てるじゃないですか」

朱「お前の方が家事能力あるんだから、別にいいじゃん」

無「お、俺、会社でも働いてるんですが!?」

朱「ガタガタ言ってると、襲っちゃうぞ!?」

無「ガタガタ言わなくっても襲うつもりでしょ……」


 群青が新妻だったら

群「ZZZ……」

無「群青さん、起きて下さいよ!」

群「やだ、まだ寝る〜」

無「今日はお昼からお取引先さんとこの結婚式で来賓挨拶しなきゃいけないんでしょ?」

群「昨夜も残業で午前様だったから、あと30分だけ〜、お願い!」

無「美容院の予約入れてるんでしょ、群青さん!?」

群「キャンセルしといて〜」

無「(しょうがないなぁ。それじゃ、あれを)起きて下さい、色無部長!」

群「わかったわよ。起きるから、家ではその名前で呼ばないでくれる!?」


無「朱色さん、お酒もタバコもやめたんですか?」

朱「やめる訳ないだろ、このスカポンタン!」(バキ!)

無「アベシ! えっ? でも、ここ数日は……」

朱「連休明けに健康診断があるからさぁ」

無「?」

朱「実はこないだ自費で検査したら、いろいろヤバイ数値が出ていてなぁ」

無「えっ、そうなんですか?」

朱「会社の健康診断でも妙な数値が出たら、姉さんに何言われるやら……orz」

無「この際、思い切って『ズバッ!』とやめちゃいませんか? タバコとお酒」

朱「てめぇ、他人事だと思って好き放題言いやがって!」(ドガ!)

無「ヒデブ〜! 暴力反対!」

朱「酒とタバコが無くなったら、生きていけないよぉ」

無「それじゃ、どちらか1つだけでもやめませんか?」

朱「?」

無「俺、飲食物以外のものが朱色さんの唇に触れるのって、嫌なんです」

朱「お、おい、色無……」

無「だから、朱色さん。俺のためにもタバコはやめて下さい! お願いします!」

朱「グフフフ。デヘヘヘ……」

赤「朱色さん、幸せそうな顔して寝てるよ」

黄「しかもヨダレまで垂らして……」

橙「こんな大人にはなりたくないわね」

空「この分じゃ当分群青さんは安心してお嫁にいけそうにないですね」

青「空、あんた、どさくさに紛れて何言ってんの」

空「エヘヘ……」


朱「あ〜あ、ゴールデンウィークも終わっちまったな」

無「朱色さんの場合は一年中ゴールデンウィークみたいなもんじゃないですか」

朱「な、何言ってやがるんだ!(ドガ!)」

無「いてっ! 朱色さん、後頭部殴るのは勘弁して下さいよ!」

朱「そもそも、誰が寮の炊事や掃除をやってると思ってるんだ」

無「炊事はもっぱら黄緑さん、掃除はもっぱら青ですが、何か」

朱「洗濯だって、庭の手入れだって……」

無「洗濯はこないだ洗濯機が壊れたから各々コインランドリーで、庭の手入れは水が」

朱「それはあえて、花嫁修業教育の一環としてだな」

無「朱色さんも未婚——」

朱「うるせー! 私はともかく姉さんに聞かれたら、殺されるぞ!(ボコ!)」

無「いてっ! 顔面をグーで殴るのも反則!」

朱「あと帳簿付けとかの事務仕事だって……」

無「それ、群青さんが黄緑さんから直接領収書もらうやり方に変わったじゃないですか」

朱「なに勝ち誇ってやがるんだよ! お前には武士の情けってものがないのか! ああ!?(ガシ!)」

無「いてっ! し、朱、朱色さん、急所掴むのは反則ですよ!」

朱「嬉しそうな顔で叫ぶな、このエロ無!」

無「朱色さん、玉が、玉が〜!」

青(ふ、服の上からとは言え、朱色さんが色無の○○○○を……)

緑「青、よだれが垂れてるわよ」


『つきあかり』

 夕立が残した僅かな熱が寝苦しさを呼び、色無は浅い眠りから目を覚ました。

 首元に浮いた小さな汗の玉を手で拭った所で喉の渇きを自覚する。

 寝起きのゆっくりとした動作で部屋を出て台所へ向かうと、リビングの奥から小さな水音が聞こえてくる。

 庭に繋がった窓からやんわりと風が吹き込み、音もそこから流れていた。

「だれか……いるのか?」

「ん?」

 色無の声に答える少し低い女性の声。

「お前、まだ起きてたのか」

「朱色さんこそ。縁側で何してるんですか?」

 ぼうとした月明かりに照らされながら件の女性は小さく笑う。

「姉さんを待ってたんだけどな。そのまま月見酒になっちまった」

「プロジェクトが押してるって言ってましたもんね」

 今日は泊まりだってよ——いまだ仕事に忙殺されているのだろう姉を想ってか、寂しそうに言って朱色はまた夜空に視線を戻す。

 ぱしゃり。水音がまた響いた。

「ご一緒します」

「これはやらんよ」

 色無は縁側に出て朱色の隣に座り込み、朱色はお猪口の中身を傾けた。

 色無が苦笑いしながら足下に目をやると朱色の足が水を張ったたらいの中に使っているのに気付く。そして。

「浴衣を着てるなんて珍しいですね」

 淡い水色に金魚が数匹。その素朴だが涼しげな色合いが、朱色の赤毛と相俟って月明かりに映える。

「田舎にいる頃は良く着てたけど、おまえが居るから控えてたんだ」

「え?」

「ばか、着物を綺麗に見せる基本だぞ?」

 そう言いながら朱色は浴衣の衿をくい、と指で引っ張り。

「若い男にゃ毒だろぅ?」

「——っ!」

 足下に視線を落とす色無。目に飛び込む金魚。

 悠々と泳ぐ金魚とともに水の中を流れる整った白い魚。

 ぱしゃりと朱色が蹴り上げた雫とやわらかな夜気が、色無の火照った体をゆっくり冷ましていった。







トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-10-21 (日) 04:53:46