水メインSS

水「そろそろお花も芽を出すころかなぁ……あ、色無君」

無「ああ、水。今日も花の様子を見に来たのか」

水「うん、習慣みたいになってて。色無君は野菜畑で何しているの?」

無「俺が育ててる野菜の芽が出たんで間引きをな」

水「そうなんだ……色無君、間引きした芽って捨てちゃうの?」

無「んーそうだな、場所もないからな。水もそうするだろ」

水「うん。でも……なんだか可哀想だよね」

無「え?」

水「だってやっと芽を出したのに私たちは勝手に抜いちゃってそれで……グスッ」

無「水、なにも泣くことはないだろ」

水「グスッ、ごめんね、こんなことで泣いちゃうなんて」

無「はぁ……泣かれると弱いな」

無「えっと確か鍬はこのへんに……」

水「なにを……」

無「やっぱり勿体ないからな。間引きした奴を植えるために畑を広げようと思って」

水「色無君……」

無「まぁ水の言うことにも一理あるしな。食べ物も増えるし良いこと尽くめだろ?」

水「うん!」

無「でだ。きっかけは水なんだから手伝ってくれるよな?」

水「もちろん、私も頑張るよ!」


 〜本当にあった子どもの話〜

い『おなまえはなんですかー?』

み『み、みじゅいろ……』

い『みじゅいろじゃなくてみずいろだよ!もういっかい!』

み『み……み、みじゅいろ……みじゅ……グスッ』

無「——ってことがあったの、覚えてる?」

水「覚えてます……どうしても“ず”が言えなかったんです、私」

無「今じゃ大丈夫なのに、不思議だよなぁ」

水「……色無くんは、覚えてるかな?」

無「え?」

水「そのことをからかわれて泣いてるとき、やめろよって助けてくれたこと」

無「えーと……それって、俺が後頭部にタンコブ作ったケンカのときかな?」

水「そうだよ。先に手を出して怒られたのは色無くんだったけど……けど、嬉しかったんです。すごく」

無「あー、う、うん。と、当時はケンカっ早かったからなぁ。あはは」

水「えへへ……」

無「でも今じゃもうそんなことないし!水色も、名前ちゃんと言えるようになったし!成長してるんだよな、俺たち!」

水「ふぇっ!? あ、う、うん!」

無「はい、あなたのおなまえはなんですか!」

水「え、えええっと、み、みみみじゅ」

無「……」

水「……噛んじゃいました……」


水「わぁ!こんな立派な桜の木、私はじめて見ました!」

無「この前、学校帰りにたまたま見つけたんだ。ちょうど見ごろを迎えたみたいだね」

水「わたし感激しました!」

無「そう言ってくれると、俺も連れてきた甲斐があったよ」

水「ソメイヨシノみたいですね」

無「へぇ〜さすが水ちゃん。詳しいね」

水「そんなことないです」

無「それにしても随分と立派だなぁ〜」

水「樹齢は50年くらいですかね?」

無「そんなことまでわかるの!?」

水「だ、大体ですけど……」

無「へぇ〜。じゃあ、こいつは俺たちが来るずっと前からこの町を見守ってきたってわけだ」

水「きっと色んなものを見てきたんでしょうね」

無「……来年もまた来ようね」

水「えっ!?そ、それって二人っきりで……」

無「今度は寮のほかの奴らも連れてさ。こんなにきれいなものを独り占めするのは悪い気が……」

水「やっぱり……」(ショボン

無「ん?水ちゃんどうかした?」

水「いや、な、なんでもありません!」

無「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

水「はい」

水(今はまだ……でもいつかきっと……頑張れ!わたし!)


水「〜♪〜♪」

無「お、何か花壇も春になって大分賑やかになってきたな」

水「ひゃっ!い、色無君?」

無「あ、ゴメン。驚かせちゃったな」

水「う、うぅん……大丈夫だよ」

無「でも鼻歌まで歌ってご機嫌な水見たらなんか声かけたくなってさ」

水「あぅ……は、鼻歌……聴いてた?///」

無「チューリップの歌なんか聴いたのいつ以来だろうなぁ」

水「……」

色無「あのさ、迷惑じゃなかったらもう少し見ててもいいか?」

水「え?あ……ぜ、全然かまわないですけど……」

無「あと、なんか手伝えることあれば手伝うよ。結構こういうのって重労働なんだよな」

水「……じ、じゃあ……ちょっとだけ手伝ってもらえますか?」

無「はぁはぁ……結構……水って……人使い荒い……な……」

水「あ、あと如雨露に2、3杯持ってきて下さい。それに肥料ももう一袋追加で……」

無「う、うぃ……」

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水「あ、あの! 色無さんその映画……」

「あれ? 水、どうしたの?」

水「その……チケット貰って……い、一緒に行きませんか!!」

色無「どんな映画? えーっと……(うわ、コレって甘々な映画じゃないか)」

水「グスッ、すみません、無理ですよね、お邪魔しました——」

無「いやいや、大丈夫だから!!」

(上映中)

水「……グスッ」

無(こんなのは明らかにお涙頂戴なんだが……あーもう涙ぐむ水もかわいいなぁ!)

(上映終了)

水「……グス、良かったですね。どうでした?」

無「水がとっても可愛いということが分かったよ」

水「ふぇ?」


水「おはよう、色無君」

無「おお、水。……水、髪形変えた?」

水「あ、うん。昨日橙ちゃんに切ってもらったんだ」

無「へぇ橙ってそんなこともできるんだ」

水「あの……似合う……かな?」

無「ああ、可愛いと思うよ」

水「あ、ありがと……」

無「でもさ」

水「え?」

無「ツインテールでもショートでも、俺の好きな水には変わりないからな」

水「……あぅ」


『たのみごと』

水「あの……静かにして下さい」

ザワザワ

無「……」

水「あの、静かに……」

ザワザワ

無「ほら、水が困ってるだろ静かにしろよお前ら」

男「なんだよ、水の味方しやがって、そんなに好きなら結婚しろよお前ら」

無「なっ!」

水「もういいよ、ありがとう色無君」

男「ふひゅーふひゅー」

無「とりあえず吹けもしない口笛は止めろ……侍黒」

侍「すまんな……ほら来い、今日は二時間は説教してやる」

男「ちょっとま——」

ズルズル

無「ごめん、役にたてなくて」

水「そんなことないよ、嬉しかったです。ありがとう色無君」

無「なにか出来ることあったらやるから、何でも言ってくれていいから」

水「そ、それじゃ私を」

無「なにすればいい?」

水「お、およ」

無「?」

水(言えないよ……『お嫁さんにして』なんて)


 ええと、みなさんこんにちは。水色です。

 梅雨前線は本格的に日本上空での篭城を決め込んだのか、ここのところずっと雨続きの毎日です。

 半ば義務と化したような日課ガーデニングは、お花の水やりの手間は省けるんですが、雨の中での花壇の手入れってけっこう難航するので、結局差し引きすると晴れた日のほうが作業自体はラクだったりします。

 って、今はお花の話をしたいわけじゃなくてですね。な、何と言ったらいいんでしょうか、その、最近なんだか気になる人がいるんです。

 あぅ、いや、べべ別にす、好きだとかそういうんじゃなくて。ただふと気付くと彼のことを考えてたりとか授業の時無意識に視界に入れちゃってたりとか、単にそれだけなんです。うん、それだけです。

 でも、彼をよく見るようになって気付いたんですが、彼、すごく人気者なんです。

 特に女の子に。

 ……えと、これって何気に由々しき事態だと思うのです。だ、だって、ためしに指を折って数えてみたら、瞬く間に手の指の本数を超えちゃったんですよ? それに、なんの因果か皆さん美人ぞろい。

 もともと、人見知りが激しかったり、恥ずかしがり屋の私は、他の皆ほど積極的にはなれなくて。たまに彼と話したりはしますが、恥ずかしいのと緊張で頭の中がぐるぐるミックスシェイクみたいなことになって、ろくに気の利いたことも言えないんです。

 今朝は少し晴れ間がのぞいていましたが、放課になるとほぼ同時にまたどしゃぶりの雨。そんな天気も後押ししてか、今はちょっと憂鬱な気分。

 はぁ、なんてため息を吐きつつ、靴を履き替え生徒玄関を出ようとしたところで、

「!」

 思わず下足箱の後ろに身を隠してしまいました。噂をすれば何とやら、ドアの前に色無くんが立っています。

 こんな時、黄色ちゃんや橙ちゃんなら屈託一つなく彼に話しかけれるのでしょうけど、今日ここにいるのは正真正銘紛れもなく、気が弱く人見知り。いつも下を向いてる水色です。

 い、いやいや、きっとここでめげちゃ駄目なんだ。せめて話しかけるくらいは平気でできるようにならないと。日進月歩、今日の私は機能の私より前にいなくちゃ。

 初めはただおろおろするばかりだった私ですが、思考を落ち着けるにつれだんだん勇気が湧いてきました。今なら何だってできちゃう気がします。

 一念発起、しゃがんでいた体を直立させると、

 ずがんっ!!

「ふぎゃっ!?」

 バブル崩壊寸前、とてつもなく景気のいい音がして視界が明滅しました。視界はオリヒメとヒコボシまみれ。かわいいひよこさんもぴよぴよ鳴いてます。

 すぐに頭頂部が激しく痛み出し、私は頭を抑えてその場にうずくまりました。はうぅ〜、た、たんこぶできたかも……。

 痛みに耐えながら目線を真上に上げると、一つだけ開いた下足箱の戸がきぃ〜こきぃ〜こと揺れ動いています。どうやら誰かが閉め忘れていた戸に下から頭をぶつけちゃったみたいです。

 本来なら正方形の戸が、少し歪んでます。閉まらなくなってたらどうしよう、と、自分でも分かるくらいにズレたことを考えてると、

「水、ナニやってんだこんなとこで」

 それは、私の耳に焼き付いて離れない声で。

 私は声の主を見上げたまま固まってしまいました。

「……」

「……」

 無言。永劫に続くかと思われた静寂を、

「ふひゅあぁぁぁ! い、いろなしくんっ!」

先に破ったのは私のほうでした。

「うぉっ! お、落ち着け水!」

 私が有史以来稀に見ぬような奇声を上げたからか、色無くんもびくりと仰け反りました。そうです、すっかり失念していましたが、玄関口には色無くんが居たのでした。

 不幸中の幸いか、傷みはすぐに消えてくれて、たんこぶもできませんでした。

 でも、無論ですが下足箱に頭をぶつけた由は洗いざらい話す他なくて、あ、も、もちろん色無くんを発見して隠れちゃったことは伏せましたけど、少し呆れたように苦笑いされちゃいました。うう、私ってホントにドジだなぁ。

 ところがこんな出来事は所詮、この後起こる一大事の序章にしか過ぎなかったということを、この時の私が分かるわけがありません。

 とりあえず一段落して、さぁ帰るか、となった時、色無くんが言ったのです。

「なぁ水。予備の傘とか持ってないかな?」

 何でそんなことを聞くのか首をかしげながらも、生憎と傘は一本しかもっていなかったので、

「ごめんなさい、一本しかないです」

 正直に答えると、色無くんはあわてた様子で、

「いや、べつに水が謝ることじゃないよ」

「えっと……傘がどうかしたんですか?」

「ああ、今朝は晴れてたから大丈夫かと思って傘置いてきちゃってさ。こりゃ濡れて帰るしかないか」

 ああ、と私は納得。それならさっきの質問の意味も分かります。

 でも。

「濡れて帰ると、風邪引いちゃいますよ?」

「……でもそれ以外に帰る方法ないしさ」

 そうつぶやく彼の表情は真剣そのもので、このままじゃ本当に雨の中を走って帰りそうな勢いでした。

 だから、私とは違って、彼はきっと本当に気付いていないだけ。本当は、彼が濡れずに帰る方法を私は思いついているのに。それを言う勇気のない自分が、本当にもどかしい。

 でも、今回ばかりはいつものように逃げてばかりというわけには行かなくて。

 私が内気なせいで、彼の健康が損なわれるのは絶対に嫌だったから。

「じ、じゃあ、その……二人でこれ、使いませんか」

 傘を広げ、自分でも驚くくらいあっさりと、すごいことを口にしていた。

 ざあざあ降る雨も、上気した私の頭を冷やしてはくれませんでした。

 考えてみれば、雨に当たっていないのだからそれは当たり前で。今更ながら、どうしようもなく自分の頭が混乱していることを実感しました。

 客観的に見て、一つの傘に男と女、というシチュエーションがどれほど凶悪なものであるか、などと余計なことを考えて、いっそう顔が火照ります。軽く触れているだけの肩からも、過剰に動く心臓の音が伝わってしまいそう。

 断られたらどうしよう、なんてことも考えましたが、現に彼はこうしてくれているわけで。

 で、でも色無くんは別に、そういう気持ちがあってこんな事してるわけじゃなくてだからわたしも余計な期待とかを持つのは彼に失礼だしけどそれでも少なくとも嫌いじゃないって事だよねああだからこういうこと考えちゃダメなんだってばうわどうしようまたカオが熱く

「おい、水ってば」

「あ、ふぁい!? なな、何ですか!?」

「いや、どうかしたのか? さっきからずっとだんまりで」

「えええ、えっと別にその、特に体に異常は見られませんです、はい」

 発熱量だけは異常値ですが。

「そっか。ならいいんだけどさ。ここんとこ何か元気ないように見えたから」

 そんな、彼にとってはなんでもないのであろう、友達を気遣う言葉に。

 ただ、彼が私のことを気にかけてくれていたというそれだけで、私の心臓は体外に飛び出すほど猛烈に跳ね上がりました。

 もう何を言っていいのかは勿論、自分が何を考えているのかも分かりません。顔に血が上りすぎてフラフラと倒れてしまいそうです。もう全身真っ赤っかになってるんじゃないでしょうか。

「あ、あ、あ、ホントに、本当に大丈夫ですからっ」

 この期に及んで彼の顔を直視などできるはずが無く。

 手で顔を隠すようにして、日本語とも取れないような言葉を返すのが精一杯。

 ただ恥ずかしくて。そして、それ以上に嬉しくて。

「ホントかよ……。顔真っ赤になってんぞ」

「ここここれは違うんですっ」

「そこまで言うならいいけどさ。無茶はすんなよ」

「は、はい。無茶しません絶対しませんから!」

 例えこんなぎこちない会話しかできなくても。

 憂鬱になるくらい恥ずかしがり屋でも。

 そんな憂鬱を洗い流してくれる雨もあることが分かっただけで。

 私はとても、心が温まるのを感じました。

——そんな私の、近況報告。


無「しっかし雨やまないな、風も出てきたし」

パタパタ

無「ん?」

水「……あ」

無「……水?」

水「い、色無くん」

無「やっぱり水か、一瞬妖精かと思ったよ」

水「え、いや、これは違うのお花の手入れをして、風でダメになっちゃったお花をそのまま

捨てるのが勿体ないとか、捨てるんなら一度髪につけてみたらどうかなとか思ったわけじゃなくて」

無「……」

水「濡れた服も着替えなきゃならないし、だったら絵本の妖精さんみたいな格好してみようかなとか、今日はみんな出かけてて誰もいないはずだからこんな格好しても平気だよねとか」

無「あー、水さん?」

水「だからとにかく違うの!」

無「とりあえず落ち着いて、な?」

水「う、うん」

無「なんというか色々驚いたよ、水がこんなに喋るところなんて初めて見たし」

水「あ、その」

無「そのそういう格好の水も綺麗だと思った」

水「色無くん……」

無「でも、着替えてきた方がいいよ、みんなそろそろ帰って来るし」

水「うん、そうするね」

無(あと、いつもと違う水の格好にこっちが落ち着かない気分になってるんだけどね)

水「何か言った?」

無「……コーヒー淹れとくからって」

水「ありがとう色無くん」


ある日、花屋で次に植える花を選んでいると、珍しい苗があった。名前を見てもわからない。

店員さんに聞……けなくて、帰って調べてみるとちょっとした伝説がある木の苗だった。

翌日、私はその苗を買って花壇に面している2階の廊下に置いた。

その時後ろから声がかかった。

朱「あれ、新しい苗か? 今度はどんなのが咲くんだ?」

水「あ、えっと、その……ひ、秘密です!」

朱「……? ま、いいけどさ。季節の花で一杯ってのも良いからなぁ」

水「ご、ごめんなさい……」

秘密。そう、秘密——。

このことは誰にもバレてはいけない。

その日から私は花壇に居る時間が増えた。

そして私が待ち望んでいた日は、意外とすぐに来た。

「今日も精が出るね」

「あ、色無さんっ」

「いつもの差し入れ。水はオレンジだよね、はい」

「ありがとうございます」

プルタブを開けて一口。味が分からない。いつもより緊張しているからかもしれない。

色無さんはブラックのコーヒー缶をそばに置くと、いつもの文句を切り出した。

「今日はなんか俺でもやれる作業ある?」

「大丈夫ですよ、雑草摘みもあとちょっとで終わりますから」

「じゃあ俺が残りをやろう。水は休んでていいよ」

「あっ……色無さん!」

「ん?」

「コーヒー、ひとくち貰っても良いですか?」

「ああ、全部飲んでも良いよ」

「えへへ……いただきます」

一口飲んだコーヒーはもちろん苦かった。でも、私にはそれ以上に甘い余韻が残った。

元通り缶を戻すと、色無さんの背中を追った。

「……あれ、珍しい木があるわね」

「どうした緑。……ああ、それか。この前水色が真剣な顔でそこに置いてったぞ」

「ふーん……」

「その木が何の木か知ってるのか? 水色には秘密にされちってさー」

「……いえ、知らないです」

「緑も知らないのかー。じゃあいいか……」

この木の秘密は知られてはいけない——。

なぜならこの木の下でキスをすると、その人と幸せになれると言う伝説があるから。


『アイスコーヒー』

無「水、こんな暑い日に庭の手入れなんてすごいな」

水「だって毎日お世話しないと」

無「大変そうだな」

水「楽しいから大丈夫だよ」

無「そっか、何か手伝おうか?」

水「ありがとう、でももうすぐ終わるから」

無「そっか、頑張ってな」

水「うん。ありがとう」

水「よし、これでおしまい」

無「お疲れ様、水」

水「い、色無くん」

無「アイスコーヒー入れたんだけど一緒に飲まないか?」

水「……いいの?」

無「ああ、俺がちょうど飲みたかったし、もしよければ」

水「あ、ありがとう」

無「いいって、ついでみたいなものだし」

水「……おいしい」

無「そこそこ上手くいったかな今日のは」

水「作るのって難しいの?」

無「いや、コーヒーの濃さの調整に失敗すると割と悲惨なことになる。滅多にないけどな」

水「そうなんだ」

無「もしよかったら時々こうやって付き合ってくれるか?」

水「私でよければ喜んで」

 時々と言いつつ、夏のあいだ毎日のようにアイスコーヒーをいれてくれる色無であった


『なみだ』

水「……グスン」

無「……」

水「……ご、ごめんなさい……グス」

無「そんな事いわないでさ……良いだろ?」

黄「……なにしてるの2人とm……こら色無! そこを動くな!」

ぽか

無「イタッ、なにするんだよ黄色」

黄「寮で一番内気な水色になにしたのよ! 泣いてるじゃない」

水「ち、違うの」

黄「いいの、安心して私が来たからにはもう大丈夫よ。このテーブルの上の玉ねぎに誓って……」

無「……」

黄「誓って……」

無「……」

黄「……まさか!」

無「多分合ってるぞ」

黄「今日はカレーなのね、やったー……じゃ!」

無「待て、お前も手伝え」

水「色無くん、大丈夫だから……グス」

無「そんなにポロポロ泣かれたら放っておけないんだよ」

水「……ありがとう」

黄「カレーだけに、あたしは2人のスパイスですか?」


 ガチャッ

水「色無くーん、うぉ〜♪(ガバ)」

無「み、水!? いきなりどうした? 何があった? ていうか一体何だ!?」

水「よばい?」

無「よばっ……夜這いって……お年頃の清楚な女の子が使う言葉じゃ……」

水「ふふーん♪」

無「水、しっかりしろ! こら!」

水「んー……ちゅっ」

無「!!」

水「えへへー……しちゃったぁ……すぴー」

無「…… っは!? 余韻に浸ってる場合か! ていうか微かに酒の匂いがしたぞ?」

朱「色無ー、こっちに水ちゃんこなかった?」

無「ほう、原因はやはりアナタですか?」

朱「……あれ? なんか眼が怖いよ、色無?」

無「俺や橙や黄に飲ませるならまだしも、水ちゃんにまで飲ませるなんてこれは断じて許すわけにはいきませんよ?」

朱「い、いやぁほら……人生何事も経験——」

無「さて、この確たる証拠(水色)を持って群青さんのところに行きましょうか」

朱「え? ま、まさか色無がそんな鬼畜なことするはず……」

無「よい……っしょ」

朱「ちょっ、待って!待って!! 姉さんには……姉さんにだけはぁぁぁ!!!」

水「……んっ……いたっ!」

無「おはよ、水」

水「アレ……色無君? ……な、なんか頭が痛いよ? 昨日私何を……」

無「……い、いや……何にもしてない。うん、俺も何にもされてない」

水「……顔赤いよ?」

無「き、気のせいだよ(……何だかんだでキスされた感触は覚えてます)」


「水もこっち来いよ!」

部屋の隅っこで無愛想に花に水をあげている彼女に声をかける。

「わ、私はいいよ」

彼女の答えはいつもこれ。

彼女は水色。寮では専ら花壇、花瓶の花に水をあげてる所しか見たことがない。

「そんなこと言わないでさ。一緒に」

「ごめんなさい」

「あ、ちょっと待ってよ」

バタン、と引き留める言葉もドアの音にかき消されてしまった。

「水色ちゃんってちょっと喋りにくいよね」

そういう寮の奴らの小言を聞きつつモノポリーを再開した。

翌日、学校から寮に戻る途中窓に置いてある花を眺めながら笑っている彼女を見つけた。

「水ー!ただいまー!」

「っ!」

まるで盗み食いを見つけられた猫のごとく逃げてしまった。

しかし花を眺めていた彼女は心なしか笑っているようにも見えた。

コンコン

「色無だけど、入っていい?」

何をトチ狂ったのかもわからんが俺は寮に入って真っ直ぐ水色の部屋へ向かった。

「……いいですよ」

「お邪魔します」

今まで他の女子の部屋には入ったことはなかったがこれは驚いた。

1面花、花、花。本当に世間一般の想像通りの部屋だ。

「な、何の用事ですか」

おどけた声で答える彼女。

「一緒に散歩とか……行かない?」

無言で俺の後ろからついてくる彼女。正直、追われてる感じがして消して心地良いものではない。

試しに歩幅を遅くとってみても等間隔でついてくる。

「……楽しいですか?」

「はぇ?」

「楽しいですか?私なんかといて」

心底つまらん。なんて言えるわけもなく彼女に言った。

「水ってさ、花大好きなんだよな。いい場所があるんだ」

「ここなんだけど、どう?」

そこは橋を一つ越えた所にある河川敷。普段は何もないところだが季節が彩りをつけている。

1面に広がる花、花、花。どことなかく彼女の部屋に似ているものがあった。

そこで普段うつ向いていた彼女の顔が明るくなっていく。

「ここ……こんなに……!」

花を見つけては花に飛び付く彼女。

「なぁ水」

ぽぇ、と口を半開きの水に俺は言った。

「寮でもその顔でいろよ」

カシャ。写メっておいた。

「はぅ……何をするんですか!」

声を荒げる彼女を初めてみた。新たな瞬間の発掘に成功したみたいだ。

写メを見せつけて言う

「こんなにいい笑顔できるんだからさ、みんなにも見せてやろうよ」

「やっ、やめて下さい!」

ぴょんぴょん跳ねながら携帯を奪おうとする半泣きの彼女の肩を押さえ付ける。

髪からいい匂いがする。

「写メじゃなくて水ちゃん本人がみんなの前で笑ってみせるの!」

「えっ……!」

一瞬口ごもったがすかさず言う。

「俺ともこんなに話せるんだもん。みんなの前でも話せるよ。みんな水と話したがってるぞ?」

「私、みっ、みんなのこと全然わからないよ」

「大丈夫、水ならできるよ。俺が保証するから信じてって」

「……」

「もう暗くなるから帰ろう?また今度一緒にここ来よう?」

「約束……ですね?」

「約束する」

彼女赤くなった頬を見つめながら悟った。

彼女は本当に花が大好きなのだ。

「よし!今日は黒ひげ危機一髪だ!」

「負けないからね!」

いつものように馬鹿げた遊びで盛り上がる俺達。しかし今日は俺の隣には

「えっと……水色ちゃん?」

「えゃぁ……はい……」

水がいる。今日は彼女も参加なのだ。

「ルールは言わなくてもわかるね!じゃあ行ってみよう!」

赤の掛け声と共にゲームが始まり樽に一本一本短剣が刺さる。

そしてついに……

「……」

「水色ちゃん、無理しなくても」

グッ……

見事不発だった。次は俺の番だ。ここでしくじる分けには

グァシャーン

「ふぉっおー!!!!!!!!」

親父が俺の顔をめがけて飛んできた。そのアイパッチをつけた鋭い眼光に威圧され俺はつい奇声をあげた。

カラン、カランと転がる親父と共に静寂が空間を支配する。

「プッ……キャハハハハハ!!!!!」

「『ふぉっおー』だっ、だってさ!おっかしー!!!!」

急にかん高い声が広がった。その中で彼女は……

「あっ、あははははっ!!」

笑っていた。それを発見した赤が驚きながら言った。

「うお!水色ちゃん笑ってるの初めて見た!」

「私も私も!」

次々とみんなが彼女の笑い声に集まる。当の本人は今は苦笑いになっているが。

だが視界の片隅に震えている桃を発見した。

「おい!こら!なに人の携帯見て……」

「みんなぁ!これっ!これっ見てぇ!」

そうだ、確か待ち受けはあの時の写メ……

「まずい!」

「え?どうしたの色無君……」

夕食の時間も含め俺達は尋問をされたことは言うまでもない。

だがその時でも彼女は笑っていたのを覚えている。


「はぁ……」

寮の自室にて、彼女は悩んでいた。

「困ったなぁ……また、胸が大きく……」

鏡の前に立ち、紫が聞いたら狂乱しそうな事をつぶやく少女。

「このサイズだと、新しいブラジャーあるかな……?」

彼女の名前は水。推定(ピー)カップの胸を持つ、虹色寮の中で隠れた巨乳の持ち主。

そんな彼女は胸が大きくなったことで悩んでいた。

いや、正確には胸が大きくなったことで悩んでいるのではない。

「……色無君、なんて言うだろうな……?」

水の頭の中に描かれているのは、一人の少年の姿。

彼女の思い人にして、虹色寮唯一の男の子、色無。

彼女は自分の胸の大きさと身長がアンバランスで、色無に嫌われるのではないかと心配していた。

「……はぁ」

深いため息をつく水。

ここで色無がいたならば、目を逸らしながら「いや、胸の大きさなんて関係ないよ」と言っていただろう。

そんな些細な言葉でも、彼女は元気を取り戻す。水とはそういう少女なのだ。

しかし、色無はこの部屋にはいない。故に——

「色無君……」

物思いにふける彼女を覚ます相手は、しばらくは現れなさそうだ。


『精一杯の勇気』

無「ただいまー」

水「お、おかえりなさい」

無「ん? 台所から顔だけ出したりして、どうしたんだ?」

水「あ、あの結婚記念日だから」

無「うん、ケーキも買ってきたよ」

水「こうすると旦那さんが喜んでくれるって聞いたから」

無「ん?」

水「……恥ずかしいけど」

無「ぶっ! は、裸エプロン!」

水「ど、どうかな?」

無「……いろんな意味で幸せ者です、本当にありがとうございました」

水「あ、あなた! 急に倒れたりしてどうしちゃったんですか!?」


『愛してるといってみる』

水「〜♪」

無「なぁ、水」

水「あ、はい。なんですか、ご飯ならもうすぐ出来ますよ」

無「いや、そういうことじゃなくてだな。えーっと……」

水「?」

無「……その、お皿でも運ぼうかなーと思って。ははは」

水「そうですか?じゃ、そこのお皿運んでもらえますか」

無「あ、いや、そうじゃなくて。言いたいことがあるっていうか」

水「???」

無「俺たちって一緒になってからもう結構たつよな」

水「んーそうですね、かれこれ三年は」

無「だからってわけでもないんだが、一応区切りというわけで」

水「……」

無「フウ……水、愛してるぞ」

水「……」

無「……」

水「……」

無「……あの、水……さん?」

水「グスッ」

無「ってあれ!?~俺なんか変なこと言っちゃったか!?」

水「いえ、あの、すごく嬉しいのと、すごく驚いたのがごちゃごちゃになってそれで……」

無「うん」

水「それで、あの……私も、色無くんのこと大好きです。これからもずっと大好きです」


『コーヒー』

無「コーヒー、ブラックで。水ちゃんは?」

水「わ、私もぶ、ブラックで!」

店員「かしこまりました」

無「へー、水ちゃんブラックで飲めたんだ」

水「……」

水「……うぅ……」

無「……水ちゃん、ブラック、飲めないの?」

水「……コクン」

無「じゃあ砂糖いれようよ。別に無理して飲むこと——」

水「の、飲みます!」

無「だ、大丈夫なの?」

水「だ、だって……色無くんと……同じものが、飲みたいんだもん……」


『Sign』

「あ、あのね……」

今日、朱色さんから今話題の映画のペアチケットを貰いました。

……ペア、ってことはやっぱり、色無くんと行っておいで、ってことですよね……。

「どうした?水?」

色無くんは優しく問い掛けてくれます。……言わなきゃ、自分で。

「あ、あのね……こ、今度の、に、日曜日ね……」

映画のチケットを握り締めている手が震えています。うぅ……なんでたったこれだけのことが伝えられないんだろう。

「……うん。どうしたの?」

——色無くんは、笑って一度頷きました。これは色無くんが、私が伝えたいことを言うのを、いつまでも待ってくれるというサインでした。

……言わなきゃ!

「に、日曜日、一緒に映画見に行かない?」

言えた!

「うん、わかった。一緒に行こう」

やっぱり色無くんは笑顔で答えてくれます。それにつられて私も笑顔になってきます。

このドキドキと、こんなに嬉しい気持ち。これは、色無くんが好きっていうサインです。


無「あれ? 水ちゃん、マスクなんかして風邪でもひいたの?」

水「あ、色無くん。ううん。花粉症なの」

無「そっかー。大変だな」

水「そうなの。特にこの時期は。くしゃみは止まらないし、眼はかゆくてたまらないし……」

無「そりゃお気の毒に……」

水「色無くんは大丈夫なの?」

無(うっ……目を潤ませながらの上目づかい……何という破壊力!)

水「?」

無(お、落ち着け! 落ち着くんだ! 素数を数えろ……)

水「色無くん?」

無「えっ? あぁ、ごめん。俺は全然大丈夫なんだ」

水「いいなぁ〜」

無「花が好きな水が花粉症ってのも何だか皮肉な感じだよな」

水「花は好きだけど、花粉はキライです(プイッ)」

無(あぁ……また頬をふくらましてそんな可愛らしい仕草なんかしちゃって……も、もう限界!!)

朱「おはよーさん」

無(ビクッ!?)

水「あ、朱色さん。おはようございます♪」

朱「おう。ところで色無くん?」

無「な、なんでしょう?」

朱「今、おかしな行動を取ろうろしてなかったかね?」

無「な、な、な、何のことでしょう?」

朱「若いっていいなぁー。なぁ色無?」

無「ははははは」

水「?」

無「あれ? 朱色さんも花粉症ですか? 目、真っ赤ですよ?」

朱「あ? これか? 昨日も遅くまで飲んでたからなぁ。わっはっはー」

群「その話、詳し〜く聞かせてもらえるかしら?」

朱「ね、ね、姉さん!? いや、これは言葉のあやというやつで……」

群「問答無用!」

朱「いやぁ〜〜〜」

水「……」

無「……で、何の話をしてたんだっけ?」

水「忘れちゃいました♪ そんなことより花壇のお手入れを一緒にしませんか?」

無「大丈夫なの? 花粉」

水「マスクをしていればどうってことないです」

無「じゃあやろっか」

水「ハイ!」

水(花粉はキライだけど、色無くんのことは……)


水「あ、新しいスレッド立ってる……」

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水「色無さんと付き合う方法……(ゴクリ)」

水「イチ、ニィ、サン……」

黄緑「水ちゃんどうしたの?腹筋なんかしちゃって?」

水「ちょ、ちょっと……」

黄緑「そう。理由は聞かないでおくわ。うふふふ」


『飴玉』

黄「あー色無飴持ってるー」

無「なんだよ、めざといな」

黄「一個ちょーだい!」

橙「あたしもー」

無「橙もかよ。ほら」

黄「いえーい!」

橙「さんきゅー」

水「……あ、あの色無くん」

無「水、どうした?」

水「……あの、そ、その……」

無「あ、水も欲しいのか。ほら、あげるよ」

水「あ、ありがとう……」

別に、飴が欲しかったわけじゃない。

黄「なんで水ちゃんには優しいのさー」

無「水とお前らを一緒にできるかよ」

橙「それって差別——」

 ただ、彼女たちのように自然と色無くんとお話がしたかっただけ。

無「るせえ。ほら、水も飴食べなよ」

水「は、はいぃ……」

 なかなか甘くはなれない私の恋は、きっとこの飴のようにグレープフルーツ味。


水「色な……あなた、お帰りなさい。今日も一日、お疲れ様でした」

無「ただいま、水色。水色の顔が見たくて、頑張って仕事終わらせてきたよ」

水「もう、あなたったら。でも無理はしないでね。あなたが倒れたらわたし……」

無「こらこら、水色。結婚式の時に誓っただろ。お前を困らせるような事はしない。絶対に幸せにするって」

水「ふふ、そうでしたね。まるで青ちゃんが言ってるみたいで面白かったです」

無「み〜ず〜い〜ろ〜ぉ!」

水「きゃ〜っ、ごめんなさ〜い。うふふふふ」

無「まったくもう。あはははは」

水「そうだあなた、今日のごはんはなにがいいですか?」

無「水色が作るものならなんでもいいよ」

水「なんでもいいって言うのが一番困るんですよ」

無「そうだな……。じゃあパスタにしようか。鳥と卵で親子丼みたいなパスタ」

水「ごめんなさい、それはちょっと作り方がわかりません」

無「俺が作るから大丈夫だよ。だから水はスープとサラダをお願い」

水「でも色無さん、お仕事で疲れてるんじゃ……」

無「あ・な・た、だろ? それに水色と過ごす時間に疲れは関係ないよ」

水「あなた……。わたし、やっぱりあなたと結婚してよかった」

無「こちらこそ、だよ。愛してるよ、水色」


水「じゃああなた、お風呂入って下さい」

無「一緒に入らないか?」

水「そ、そんな……恥ずかしいです」

無「結婚してるんだしいいじゃないか」

水「でも……色無さんお風呂でエッチなことするんだもん」

無「むー、残念だ。それと、『あなた』だろ」

水「ごめんなさいあなた。……エッチなことしないのなら一緒に入ってもいいです」

無「エッチなことはする」

水「じゃあダメです」

無「ま、しょうがないか。じゃあぱぱっと入っちゃうから待っててね」

水「……」

無「ふぃ〜、いい湯だなぁ〜っと」

水「あなた、入っていいですか?」

無「えぇっ、水ちゃん!?」

水「こっちを見ないで下さい!」

無「ご、ごめん! でもなんで? 一緒に入るの嫌がってたじゃない」

水「その、お背中を流そうと思って。あなたお仕事で疲れてますし、これくらいは……」

無「ホント? ありがとう水ちゃん!」

水「はい。……じゃあいきますね。……ぇぃっ!(ぎゅっ!)」

無「ちょっ!? 水ちゃん!!?」

水「こっちを見ないで下さい! 背中が洗えませんからっ!(ぎゅぎゅっ!)」

無「……水ちゃん」

水「はい?」

無「前もお願いできるかな」

水「……えっち」


水「あら、起こしちゃいました?」

無「いや、暑くて目が覚めた。まだ四月だってのになんでこんなに暑いかな」

水「やっぱり温暖化のせいなんでしょうか。明日もこうなら毛布だけでも仕舞っちゃいましょうか」

無「三寒四温って言うし、いちおう出しておいて、寒い時だけ使おう。使う機会がないならそのまま仕舞えばいいし」

水「寒かったら私が暖めますよ」

無「え?」

水「……(かぁぁぁ)。んくっんくっんくっ。ふぅ。その、忘れてください」

無「あ、ああ、うん。……あ〜、俺もそのアイスティーもらっていい?」

水「これは私のだからだめですよ」

無「ちょっとだけでも」

水「……だめです」

無「一口だけでも」

水「だめ」

無「む〜……。あっ、あれはなんだ!?」

水「え?」

無「(ばっ)んくんくんごはぁっ! な、なにコレぇ?」

水「だからだめって言ったのに。コレは紅茶で作ったカクテルです。あなたは絶対一気飲みすると思ったから止めてたんです」

無「ごほっえほっ。うあ〜み〜ず〜」

水「なんですか?」

無「そうじゃなくって、水をくれ水」

水「はい、お嫁に来ましたよ」

無「水色がいじわるだ……」

水「たまにはいいじゃないですか、あなた」


水「あなた、大丈夫そうですか?」

無「ああ、これくらいなら楽勝だよ。シンプルな構造だからすぐに出来そうだ」

水「よかった。せっかく買ったフラワーラックが無駄にならずにすみそう」

無「向きはこっちでいいの? こっちにしちゃうと縁側から見えないと思うんだけど」

水「そうなんですけど、こっち向きだと一番下の段に光が当たらないですから」

無「りょーかい……っと、こんなもんかな。どれどれ?」

水「ずいぶん簡単にできちゃうんですね。説明書とか見るとすごい複雑そうだったのに……」

無「順番に組み立てるだけだからそうでもないんだよ。それにしてもけっこう不安定だな。強度も心許ないかも。ちょっと補修しておくか」

水「やっぱり男の人って頼りになりますね。それともあなたが特別なのかしら。ふふ」

無「おう、俺は水のためなら何でもできるのだ……痛っ!」

水「大丈夫ですか! ちょっと見せてください!」

無「あ〜、これくらいなんともないって。ほら、あんまり痛くないし」

水「こんなに腫れてるのにそんなわけないじゃないですか! 変に強がらないで下さい。いま救急箱持ってきますから」

無「せっかく水にかっこいいところを見せようと思ったのに、かっこ悪いなぁ」

水「あなたがかっこよくて素敵なことは知ってます。これで——きゃっ。きゅ、急に抱きしめないで下さい」

無「こうやって水を抱いていた方が気がまぎれて痛み止めになるからさ」

水「もう……」

無「ありがとな、水。こうしてるとなんだか安心する」

水「私もです。私にとってあなたの腕の中は、世界で一番安らげる場所です」

無「……やっぱり水と結婚してよかった」

水「私もです。あなたと一緒になれてよかった……指、まだ痛みますか?」

無「あはは、やっぱりまだ痛いや」

水「とりあえず明日まで様子を見て、痛いようでしたら病院に行きましょう。それまでラックはお預けですね」

無「面目ない」

水「それは言わないお約束、ですよ」

無「それは『苦労をかけるねぇ』のときの返しだよ。ところで水」

水「?」

無「水を抱いてると安らぐどころかたぎってくるんだけど、どうやったら安らぐと思う?」

水「もう、えっちなんだから!」


無「あー、何かだるいなぁ。まだ風邪直りきってないのかなぁ……」(てくてく)

水「お手入れお手入れ……お花さんたち、喜んでくれるかなぁ」(とてとて)

もふっ

水「きゃっ……」

無「うお!悪い水色、ちょっとぼーっとしてた」

水「い、色無さん……も、もう体の調子はよろしいんですか?」

無「あー、それが何だかだるくってさー」

水「えぇ……!?大丈夫なんですか……!?」

無「大丈夫だって、寝ときゃ治るから。心配してくれてありがとな」(なでなで)

水「色無さん……」

無「(あー、水色の髪、さらさらというか、なんかやわらかいなぁ……)」(さわさわ)

水「い、色無さん?」

無「(なんかこう、癒されるなぁ。ずっとこうしてたい)」(もふもふ)

水「あの、えと……」

無「(なでてるこっちもふわふわしてくるなぁ。いいなぁ……)」

もふもふもふもふもふもふもふ

水「あ……」

もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふーもっふ

水「(色無さんの手、あったかい……お花のお手入れ……けど、ずっとこうされていたい……///」

結局日が暮れるまでその状態が続いたとさ


水「ふっふふっふふ〜ん♪」

無「よっ!水ちゃん、朝から水撒きかい?」

水「ひゃっ!い、色無さん!?」

無「なんか手伝おうっか?」

水「い、いえっ、だ、大丈夫です」

無「ところで、そろそろ咲く花って何かな?」

水「えっとぉ、あ、きんもくせいです」

無「あ、あの甘い香りがするやつ?」

水「はい」

無「そういや熱心に世話してるよね?」

水「あ、えっと」

無「その分咲くのが楽しみだね」

水「はい!」

無「何かあったら言ってね、いつでも手伝うから」

水「はい」

水(きんもくせいの花言葉は……初恋。咲かせたいなぁ)



水(色無さんもいなくなったし、キョロキョロ……誰もいないよね?)

水(じょうろを持ったし、アレをやるなら今のうち)

水「すこやかに〜のびやかに〜、水(すい)ドリィ〜ム!」

水「なんちゃって」



灰「へぇ〜、すいどりぃーむねぇ」

水「へっ!?灰ちゃん!?」

灰「ドリームじゃなくって、ドリィ〜ムですか」

水「ぁぅ、あの、このことはみんなには」

灰「今日はおやつがあるといいなぁ……」

水「わ、わかりましたぁっ!スコーン作りますっ!」


 夕食後。

水「あ、あの。色無君……」

無「なに?」

水「今晩、色無君のお部屋に行ってもいい?」

無「別にいいけど、どうしたの?」

水「そのときになったらお話するから、ね……」

 小声でそれだけ話すと、水色は真っ赤になって自分の部屋に入ってしまった。

 お風呂で体はいつもより念入りに洗った。

 髪もシャンプーで二度洗ってから、リンスして丁寧にすすいだ。

 もちろん下着もパジャマも新しい可愛いものをチョイス。

 お化粧はしてないけど、ベビーローションはタップリすり込んだ。

 こんなこと女の子がしてもいいのかなという気持ちと、抑えきれない感情が水の脳裏を駆け巡る。

 コンコン

無「はい、どうぞ。開いてるよ」

水「ごめんね。こんな時間に……」

無「やっと宿題が終わったところだし」

 必要以上に気を遣わせまいという色無の優しさに改めて、頬を染めてしまう水色。

無「それで、用件は?」

水「どんなこと言っても軽蔑しない?」

無「ああ。約束してもいいぜ」

水「そ、それじゃ……」

 いつも以上にもじもじしながら、慎重に言葉を選んでいる水色の姿はなんだか小動物のような愛しさを感じてしまう。

 やがて、意を決した水は目を瞑ってこうささやいた。

水「そ、空ちゃんと同じこと。私にもして欲しいの!」

無「えっ!?」

水「私にも空ちゃんと同じようにして欲しいの!」

無「そ、空の奴。あれほど誰にも言うなって言ったのに……」

 唇を噛み締める色無。

 どれほどの時間が経ったのだろう。十秒? 三十秒? それとも三分?

 真っ赤になった水色の体が小刻みに震えている。

無「わかった。こっちへおいで」

水「うん……」

 初めて踏み入れる色無のベット。水色はそっと体を横たえた。

 桃色や黄緑ほど大きくはないが、白桃を思わせる乳房が重力に逆らってパジャマを下から突き上げてくる。

無「なんだか、すごくいい香りがするね」

 さすがは天然ジゴロ。全く計算なしで、そんなセリフがスラスラと色無の口から出てくる。

水(は、恥ずかしい。でも嬉しい!)

無「それじゃ、始めようか」

水「は、はい。よろしくお願いします……」

 水の顔を覆っている髪の毛を優しくかきわけ、色無は水の横顔を覗き込んだ。

水「あん。くすぐったい……」

無「すぐに気持ちよくしてあげるから、我慢して」

水「うん」

無「それじゃ、中に入れるね」

水「はい。私、男の人とこんなことするの初めてだから、優しくしてね」

無「それじゃ、これまでどうしてたの?」

水「ずっと自分で……」

水「あ、そこ」

無「ゴメン。痛い?」

 色無の堅い棒が水の柔らかな粘膜を刺激した。

水「ううん。大丈夫」

無「もうやめようか?」

水「そんなこと言わないで!」

 日ごろのおとなしさをかなぐり捨てて、水色は色無に懇願した。

無「水色の中って、柔らかいね」

水「そ、そんなこと言わないで」

 色無の棒が水色の中をかき回す。

水「ああ、気持ちいい」

無「もうすぐ終わるからね」

 そう言って色無は枕元のティッシュを手に取った。

無「もういいかい?」

水「うん。もうそれぐらいでいいよ」

水「こんなに……」

無「もっと早く言えよ。耳垢溜まりすぎだぞ……」


『水色の逆転』

「さてと、早速続きやるか」

 晩飯が終わってフリータイム。ここのところ俺はこの時間を、友達が貸してくれたゲームに費やしている。

 ジャンル的にあまり興味がないゲームだったけど、ちょっとやってみると意外や意外、これがほんとおもしろくて、今はすっかりハマってしまっている。プレイヤーが弁護士となり、依頼人の無実を証明するために圧倒的に不利な裁判を逆転する、という内容で、通称『逆転』。正直事件のトリックなんかは突飛過ぎて、現実離れしていると思うけど、そんなハチャメチャさも魅力と思えるくらいの魔力にすっかりやられてしまった。

「お、きたきた。えーと、ここでつきつけるのは……これだな。よし」

 『つきつける』。おかしな証言をした証人に対して、証言と矛盾する証拠品をつきつけ、追い詰めていく。

 ストーリーよりぶっとんだトリックより何より、俺個人の意見ではこの『つきつける』がゲーム中で一番燃え上がるポイントだ。何が気に入ってるかって言えば、

「異議あり!」

 『つきつける』と同時にゲーム機のマイクに向かってこう叫べば、まるで自分が本当にゲーム中の弁護士になったような気分が味わえてしまうのだ。これで証言者がグラグラ動揺したりしたら気分爽快、してやったりってもんだ。タッチペンやボタン決定で『つきつける』ことももちろんできるけど、俺はそんなヘタレなことはしない。男は黙って叫べばいいのだ。黙って叫ぶという言葉の矛盾なんて小さいことは気にしてはいけない。

「って、誰だよったく、いいとこだってのに」 

 ヒートアップする俺に水を差すように、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。このタイミング、もしかして今のキメキメの「異議あり!」を誰かに聞かれたか。それはさすがにちょっと恥ずかしいな。

「はい、誰だ? 何か用か?」

 盛り上がってるからって流石に無視するなんてわけにはいかないので、渋々ながら俺は返事をしてやる。思いっきり無愛想に。一応返事してやって、相手によっては門前払いで追い返してやるつもりだ。

 で、せっかく返事してやったというのにドアの向こうにいると思われる人物は何の反応も返してこない。

 ここで考えられることは2つ。ひとつは誰かの、まあ大概黄とか橙とか紫とかのドアトントンダッシュ。

 つまりはただの悪戯だ。もうひとつは、この寮に住む超がつくほど内気で恥ずかしがりで人見知りな少女が、俺の部屋を訪ねてきてるっていう場合。彼女は俺が返事をしても反応してこないのだ。してこないというより、しようとがんばるけどできないっていうのが本当のところだけど。

 ただここのところ俺の反応が面白くなくなってきたのか、最後にトントンダッシュをされたのはもう結構前のことになっている。なので消去法で後者ってわけだ。ちなみにトントンダッシュは基本鬱陶しくて、たまに本気でキレたくなるけど、されなくなったらそれはそれで寂しかったりする。今度されたら思いっきり面白い反応をしてやろう。

「あ、この無反応は水だな? 開いてるから入れよ」

 板きれ一枚隔てた向こうで、返事をしなきゃと今もあわあわしてるだろう少女に向かって、俺は確信を持って彼女の名前を呼び、さっきより優しく話しかける。そしてそれは、今日の俺の逆転タイムが終了したことを意味する。水が相手では、無碍に追い返すことなんてできるはずがない。

 人の部屋のドアをノックするというそれだけのことも、超内気な彼女にとってはとても勇気がいることなのだ。寮にいる他の連中の部屋の前で、一人でもじもじしている水を見たことは一度や二度じゃない。そんな姿は見ていて微笑ましくもあるけど、この子は今後社会の荒波を乗り越えていけるのだろうかなんて、近所のおばさん的心配をしてしまったりもするほどだ。

 俺がこんな風にウダウダと考え事をしている間、ドアはピクリとも動かなかった。もしかして、実はトントンダッシュだったのか? だとしたら今の俺の反応は果たして面白いのか? そんなことを思い始めた矢先、ドアノブがゆっくりと動いた。そしてその状態のままドアが開けられることなく10秒ほど経過した。今日はいつにもまして焦らされている気がする。

 それからさらに20秒ほどたって、ようやくドアが開き出した。めちゃくちゃ重たい鉄の扉を開けようとしているような、もう見てるだけでムズムズしてくるような、緩慢な動きで。そうしてようやく姿を現した水色の少女は、いつものように俯いて、申し訳なさそうに一歩だけ、俺の部屋に足を踏み入れた。

「水、今日はずいぶん時間かかったな。まあ入れよ。ほら、こっちきて座れ。お前がわざわざ来たんだから、なんとなくってわけじゃないだろ?」

「あ、う、うん。て言っても、そんな大したことじゃ……ないんだけど」

 そう言いながらも水はまた亀の如きスピードでドアを閉め、とことこと俺の側に寄って来て、俺の真正面、手を伸ばせば届きそうなぐらいの距離にぺたりと女の子座りをする。座ると同時に、女の子特有の甘い香りがふんわりと漂い、俺の鼻に届いてくる。橙や桃がさせているような香水の匂いとは違う、女の子が本来纏っている素の香り。香水の匂いも悪くないけど、こっちのほうが不意打ちっぽくてドキドキしてしまう。

 内気でいつも俯き加減でいるせいで気付きにくいけど、水は正直俺なんかが言葉を交わしていいのかって思うくらいの美少女だ。いつも瞳が潤んでいて、話すときは下を向いたまま時々瞳だけを上に向けて、いわゆる上目づかいでこっちを見たりするので、そんな時俺の心臓は200メートルを全力疾走した後のようになってしまう。まあ200メートルを全力疾走したことなんてないけどな、きっとそんな感じだ。

 って、いかんいかん。ほっといたら水は自分からは永遠に喋り出さない。俺が話をフってやらないと。

「で、水。わざわざ来てくれた理由を聞かせてもらおうかな」

「え? あ、ああ、うん。い、色無くんの部屋の前を通ったら、変な鳴き声がしたから……なんか珍しい動物でもいるのかな、って……」

 変な鳴き声? さあ、一体なんのことだろう。当然ながら、珍しい生き物なんて俺の部屋にはいない。

 聞こえるとしても、さっきのかっこよくキメた「異議あり!」ぐらいだろうから、変な鳴き声ではないはずだけどな。

「珍しい生き物なんていないぞ。俺だって変な鳴き声なんか出してないけどな。それ、どんな声だったんだ?」

「え、え、そうなの? じゃあなんだったんだろ……聞こえたんだけどな、『イミアリ!』っとかなんとか……」

 なるほど、間違いなく俺の「異議あり!」だ。そしてこの少女は俺の渾身のかっこつけた「異議あり!」を変な鳴き声と断じている。到底許されない。俺の「異議あり!」は間違いなくキマっているはずだ。

 でも——事情を知った上で、水に嘘をつくことはもっと許されない。人が苦手な彼女が、こんなくだらないことでわざわざ訪ねてきたのだ。それを考えたら、俺のプライドなんて安い物だ。

「あ、あああれね、ごめん、それ俺の声だ。やっぱ聞こえてたのか。一応気にしながらやってたんだけど、なんか恥ずかしいな。ほらこれ、ゲームやってたんだ。これがおもしろくてさ、今ハマってるんだ」

「へー、ゲーム? 変な鳴き声でできるゲームがあるの?」

「あ、あー、そうだな、なんていうんだろ。興味があるならやってみるか? 遊び方教えてやるぞ」

 彼女には悪意がない分、変な鳴き声なんて屈辱的なことを何度も言われるのは逆にこたえる。この際水にも変な鳴き声を出してもらって、思いっきりからかってやることにしよう。

「え、いいの? できるかな、私に……変な鳴き声、うまく出せないよ」

「大丈夫大丈夫。基本簡単なゲームなんだから。ところどころで変な鳴き声出せばいいだけだから」

「そうなの? しょっちゅう変な鳴き声出すゲームじゃないの?」

「いや違う違う。たまにで大丈夫。そもそも別に変な鳴き声出さなくてもいいんだけどな、出したほうが盛り上がるから出してるだけ。まあとにかくやってみようぜ」

 屈辱的だったはずの変な鳴き声発言を早くも完全に受け入れてしまった自分が悲しい。でもそんなことより、水がゲームにこんなにも興味を持ったことが意外でもあり、嬉しくもあった。でも、この寮のメンツだったら水が一番ゲーム好きっぽい感じもする。赤とか黒がゲーム……はあまり想像がつかないな。あ、でも緑とかはなんかやってそうだな、意外に格ゲーがうまかったりして。それと青もなんかやってそうだ、本格的な戦略シミュレーションゲームとか。例えば信長の野望とか。

 そんなどうでもいいことを考えている間に、水はさっさとゲームを進めていた。今はただ黙々と、携帯ゲーム機の小さな画面に表示されるテキストを一生懸命に読んでいる。こうして改めてみると、水は意外に表情豊かな子らしい。常日頃から恥ずかしげな表情を浮かべていることは多いけど、あまり長く話せないから、感情の起伏を感じられることはそんなに多くなかった。そんな水が、ゲームのテキストにいちいち驚いたり、喜んだりしているのだ。その微笑ましい姿をかわいいと思わずにどう思ったらいいのか。

「い、色無くん、裁判始まっちゃったよぉ」

「うん、法廷バトルゲームだからな。裁判が始まらないとこのゲーム始まらないからな」

「ふぇ、やっぱ難しそうだよぉ。色無くん、代わりにやって?」

「それじゃ意味ないだろ。変な鳴き声出すのは法廷パートだけなんだぞ? いいのか? お前は変な鳴き声に興味を持ってこのゲームやってるんじゃないのか?」

 だだをこね出した水はますますかわいいけど、ここで代わってやったんじゃあ全く意味がないので、冷たく突き放してみることにする。そもそも第一話なんて難しいわけないし。

「あわ、い、色無くん、なんかゆさぶるとか、つきつけるとか出てる」

「お、ついに来たぞ、水の変な鳴き声デビューの時が。さあがんばれ水! 勇気を出して叫べ! っておいこら、当然のようにタッチでつきつけるな! ちゃんと男らしく叫べ!」

「ふぇぇだって恥ずかしいし……って、私男じゃないし……なんか子どもっぽいし」

 珍しく水がちゃんと的確にツッコんできたが、それよりもだ。今子どもっぽいって言ったのか。あれだけ変な鳴き声と連呼して辱めた次は子どもっぽいとくるのか。

 それでも水に悪意はないので、怒れない……水よ、本当に悪意はないんだろうな? なにげにひどいこと言ってるって自覚してるのか?

「『変な鳴き声』とか、『子供っぽい』とか。お前地味に人を傷つけるよな」

「あ、合ってたっ。色無くん、証拠品合ってたよっ」

「まっったく聞いてないし! 俺の存在の軽いこと軽いこと」

 水の声が音符を飛ばす勢いで弾んでいる。こんな風にしゃべることはなかなかないから、相当嬉しいんだろう。俺のことはほぼスルーされているような気もするけど、こんなに楽しそうにしている水が見れるなら、もう好きなように遊ばせておこうと思った。

 第一話も終盤に入り、証言のラッシュ。必然的に、『つきつける』を行う回数も増してくる。

 順調に進んでるように見えるけど、どうも水の様子がおかしい。ちょっとゲーム機に顔を近づけては遠ざけたり、鯉のように口をパクパクさせたりしている。ははーん、なるほど。ようやくその時が来たわけだ。

 今水は、叫んで『つきつける』をやってみたいという衝動にかられていると俺は見た。

 そう、どれだけタッチペンでつきつけるほうへ逃げようとも、この誘惑から完全に逃げ切ることは不可能なのだ。

 俺は俺で今の水をいじってやりたい衝動にかられたが、それをやると変な鳴き声を出す水というレアCGが永遠に回収できなくなる気がしたので、ここはぐっと堪えた。

「ぃ、ぃぃ、ぃぃぃ、ぃ……」

 そんな状態で5分くらいたった。まだ水は「い」しか言っていない。で、そもそもちゃんと認識できるか微妙なぐらいの囁きボイス。これなら1メートル離れて飛ぶ蚊の羽音のほうがまだ聞き取れる。

「ふぇぇ、やっぱり無理。色無くん。お手本見せて、お手本」

「はああ、手本とかいらんだろ。マイクに向かって異議ありって言うだけなんだから。大丈夫、あまりにでかい声出さなきゃ、俺しか聞こえないから」

「……それが恥ずかしいんだけどなぁ。でも、うん、がんばってみる!」

 はじめのほうは何を言ってんだかよく聞き取れなかったけど、水にしては力強くがんばる宣言をしたので、俺は大きくうなずいて、また水を見守ることにした。

「い、い、ひい、ひぎっひぎありっ」

 そうしてさらに5分後、ようやく水は「異議あり!」デビューを果たした。変なところでどもった上、声が裏返って異議ありではなくなっていたけど、さっきよりは大きな声で、はっきりと言えた。

 目をギュッとつむって、顔を真っ赤に染めて。なんかきっと水がいつか好きな男に告白する時も、きっとこんな顔で告白するんだろうな。こんな顔して「す、す、すす、好きっ好きですっ」なんて告白されたら、俺だったらトロットロに溶けちゃうんだろうな。くそっ、うらやましいぞ水に好かれる男! チェンジだチェンジ! 俺と代われ!

「い、色無くん、反応しないよぉ……」

 俺にそんな妄想を抱かれているとは露も知らない水が、泣きそうな、というかほぼ半泣きの顔で俺の名前を呼んだ。反応しないだって? くそこのポンコツゲーム機め、水の決意の告白をなんだと思ってる。スクラップになりたいっていうなら喜んでしてやろうじゃないか。って、買ったばっかのゲーム機に俺はなんてことを言ってるんだ。っていうかそもそもゲーム機に話しかけてる時点で俺のほうがよっぽどポンコツだ。

「お前、ちゃんとボタン押しながら叫んだか?」

「ボ、ボタン押しながら? そんなのあるの?」

「あ、やっぱ。Yボタン押しながらじゃないと反応しないぞ」

「ふぇぇ、聞いてないよぉ、色無くん。先に言っといてよぉ。じゃあもう一回やらなきゃ。うう、恥ずかしい……」

 そう言いながらも、今度はしっかりとボタンを押して、またも変なとこでどもりながら、声を裏返しながら叫び、『つきつける』を成功させた。俺のとは別の意味の、というよりこれこそ真の意味での変な鳴き声をその後も何度か上げながら、水は逆転第一話をクリアしたのだった。

 

「いぎありっ」

 晩飯後の食堂に、昨日よりも元気で明瞭な異議ありが響く。昨日のプレイですっかり逆転にハマってしまった水に、俺が本体ごと貸してやったのだ。もちろん友達の許可は取っている。無断で股貸しなんてしませんとも。

 にしても、あの水が人目もはばからず堂々と食堂で異議ありしている。それだけハマっているってことなのか、何か別にここでやる理由でもあるのか。いずれにしても、普段の水からは考えられない行動だ。でも本当に楽しそうに遊ぶ彼女を見て、俺自身まだあのゲームやり終えてなかったけど、貸してやってよかったと思う。

 まだ晩飯直後の食堂には、洗い物をしている黄緑以外みんな残っている。必然的に、食堂で奇声をあげつつゲームに興じる水にみんなが注目していた。真っ先に絡んだのは桃だ。

「あー、水ちゃんゲーム? 何のゲームしてるの? おもしろいの?」

「う、うん、色無くんに貸してもらったの。すごくおもしろいんだよ!」

 行動はらしくなくても、相変わらず控え目な柔らかい笑顔で、声をわずかに弾ませて、無邪気な答えを返す。

「え、色無くんに借りたの? いいなあ、ねぇ色無くん、次は私に貸してくれるよね?」

「ダメ」

「うわ、返答まで0.1秒! なんでなんで? 水ちゃんには貸して桃ちゃんには貸してくれないの?」

「もともと俺が友達に借りてるやつなんだ。水がえらくそのゲームを気に入っちゃったから、友達に許可とって

貸したんだよ。で、水が終わったら俺がやる。それが終わったらさっさと返すんだ」

 桃がやっかいな甘えんぼモードに入りかけたので、俺は精一杯冷たく突っぱねることにする。

 実際にはその友達は返すのはいつでもいいと言ってくれてたんだけど、桃に貸したら何かと面倒なことになるのが目に見えている。どうせ体をすり寄せて「色無く〜ん、ここどうしたらいいかわかんないよぉ」とか言ってくるに決まってる。まあ正直言うとそれはそれで嬉しいんだけど、この寮の他の連中にどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。桃には悪いけど、俺は我が身が一番かわいいと思うごくごく平凡な人間なのだ。

「へー、水がそんなに気に入るゲームがあるなんてね。私もちょっと興味あるな。どんなゲームなの?」

 今度は青が水に絡む。昨日思ったとおり、やっぱりこいつはゲームやるタイプなんだ。今度信長の野望のうまい攻略のしかたでも聞くとしよう。

 青が信長の野望をプレイする絵を俺が想像する間、水は青に逆転のゲーム概要を説明していた。水は普通に話していても支離滅裂になっていることがあって、人に何かを説明するというのは特に苦手としている。今回も例外ではなく、説明が前後したり、同じことを何回も言ったりしていたが、青はそれにうんざりすることもなく、うんうんとか、それでそれで? なんて、子どもの話を聞く保母さんのような聞き上手に徹していた。

「ふんふんなるほど、だいたいわかった。で、どんなとこがおもしろいの?」

 ゲームの概要を聞き終えた青が、さらに質問する。こいつ、ほんとに興味津々だな。もしかしてマジでかなりのゲーマーなのか?

 まあ純粋でおとなしい水のことだから、単純に話がよくできてるからとか、謎解きがちょっとありえないけど逆に笑えていいとか、個性的なキャラばっかで素敵だとか、大逆転した時のカタルシスがたまらないとかそんな答えを返すだろう。って、最後のやつなんて、すでに水らしくないか。

「うーんとね、はじめは自信満々に澄ました顔でこっちをバカにしてる証人がね、矛盾を暴いて追い詰めていくと、どんどん壊れちゃって、間抜けな顔になってくの。それがもうほんとに笑っちゃうの。そんな子どもでも考え付くような幼稚な嘘ついて自信満々な顔されてもねみたいな。間抜けな顔してるほうが似合ってるのに、みたいな。えーっと、つまりね……人をガンガン追い込んでいく快感を感じるのがこのゲームのおもしろいとこじゃないかな」

 ……あれ? 今喋ってるのって誰だっけ? 俺が昨日一緒にゲームをして、それを気に入ったからじゃあ貸してやるつって貸してあげたのは水なので、喋ってるのは水しかいないよな? でもなんだろう、M男が聞いたらそれだけで達してしまいそうなこの過激な発言は。こんな発言を水がするわけがないよな。それに水がこんな長文をつまらずに言えるわけがないよな。うんうん、きっと何か決定的に勘違いをしているんだ。

「いぎありっ! ふふ、やった正解っ。あーあ、またこんなに壊れちゃって。もっとわかりにくい嘘ついたらいいのに。でもほんといい気味、すっきりしちゃう」

 再びの黒い発言によって、俺のささやかな現実逃避はあっさりと終了を迎えた。親にほめられた子どもみたいに無邪気に笑いながら、その口から飛び出す言葉は邪気にあふれている。なんというギャップ。俺は真剣に背筋が寒くなってしまった。と、鳥肌が立っている?

 他のみんなは……一様に俺と似たような反応だ。カッチカチに凍りついている。なんとか氷を溶かした橙がこそこそと近づいてきて、

「色無あんた、あの子の新しい扉開けちゃったわね。あんなキャラが潜んでたなんて……」

 俺の耳元でそう囁いてから、凍りついた場の雰囲気を暖めるように、黄緑ー、食後のデザート持って来てー、と無駄にでかい声で台所に向かって叫んだ。それを受けて、

「はいはい。いちご買ってあるから、すぐ持ってくわ」

 と、体感氷点下に冷え込んだこの空間からただ一人逃れた黄緑の、のどかでほのぼのとした声が食堂に響いた。

 

「あ、はーい開いてるぞ、勝手に入れ」

 晩飯後、ゲームを水に貸してからはただダラダラしているフリータイムに、来客があった。誰が来たのか確認するのを忘れたけど、もうなんとなく予想がついた。のんびりと動くドアノブ、ゆったりと開かれるドア。それでもこないだと比べれば半分くらいの時間で、思ったとおりの水色の少女が姿を現した。

「よう水。今日はどうした」

「あ、うん。あのね、このゲーム、クリアできたんだ。だから、返そうと思って」

 そう言って水は、数日前に俺が貸した例のゲームを差しだしてきた。橙をして「水の新しい扉を開かせた」と言わしめた運命のゲーム、『逆転』。その名のとおり人の性格さえも時に逆転させてしまうのか。うん、我ながらあんまりうまくない。

 結局あの日以降も水は食堂でこのゲームをしていることがあり、その様子はやはり普段の水からは想像できないSっ気にみちあふれていた。晩飯を食べている間はみんなが知っているおとなしい水なので、その変貌ぶりといったら朱色さんさえヒかせるレベルだった。

「ああ、もう終わったのか、早いな。まあ、あれだけやってればな。おもしろかったか?」

「うん! こんなにおもしろいゲーム初めてだよ! ありがとう色無くん。 あ、貸してくれた人にも、色無くんからお礼言っといてくれないかな」

「わかった。『人を崖っぷちに追い込む快感がたまらない』って喜んでたって言っとく」

 恐る恐るながら、俺は我慢しきれず、ちょっといじってみることにした。水の状態は、いわゆるドライバーズハイみたいなもんだと思う。この場合はゲーマーズハイか? いずれにしても本人に自覚がないってことはないはずなので、それなりにリアクションはあるだろうと思った。

「え、え、え? ちょ、ちょっと待って色無くん! そんなのやめて? 普通におもしろかっただけでいいから! そんなこと言わないで? 絶対言っちゃやだよ……」

「わーっごめんごめん! 冗談だって! おもしろかったって言ってたって言っとくから! 絶対それ以外言わないから!」

 いつものように恥ずかしさからくるものか、それとも逆鱗に触れてしまったのか、水の顔はみるみる紅潮していく。その顔で、めずらしくムキになって懇願する水の声に、俺は本気で焦ってしまう。うん、やっぱいじるんじゃなかった。真剣に怒った水は、あの黒いモードを発現してものすごい言葉で罵り倒してくるかもしれない。それは勘弁してほし……いけどちょっとそんなのもいいかも、って俺はそういう趣味じゃないだろ! まあでも水がこんなに焦ったってことは、自覚しながらやってたってことだ。

「じ、自分でもびっくりしてるんだよ? 人を追い詰めることに楽しさを感じてるなんて……私、なんかおかしいよね……自分がこんな子だったなんて、私、私……」

 そう言って水は泣きそうになった。と思ったのもつかの間、下を向いているので、あっという間に涙は流れてしまっていた。

 こんな些細なことで、たかがゲームの楽しみ方ひとつで、水は本気で気にして泣いてしまう。人を追い詰めることに快感を覚える。まあ水ほどの極端さは珍しいのかもしれないけど、そういう人間は少ないわけでもない。ただ水にそういうイメージがないから、戸惑ってしまうだけのこと。それを本気で気にして泣いている水が、いじらしくて仕方なかった。

「水、ほら泣くなよ。確かにみんな驚いてたし、水だってびっくりしただろうけど、別に水はおかしくなんかないぞ。そんな奴いっぱい……はいないかもしれないけど、珍しくもないよ。俺はこのゲームやってた時の水好きだぞ。ほんとに楽しそうだったし、今までにない水が見られたんだから」

「え? 色無くん、今、なんて……? す、すす、す、すき……?」

「俺もみんなも、もっといろいろな水を見たいんだ。あまり話せないからさ、みんな水のこともっと知りたがってる。今回のはいい話のネタになるよきっと。橙とかはしばらくこれでいじくり倒してくるだろうな」

「い、色無くん、さっきなんて……」

「まだ泣いてる。いつまでもそんな顔するな。あ、そうだ。このゲーム続編があるらしいんだ。明日友達に頼んで貸してもらうよ。そしたらまたあの水が見れるもんな」

 水の透き通る瞳からは、相も変わらず涙がこぼれていた。水はそれを拭おうともせず、ただ俺を見つめて話を聞いている。泣いている女の子にこうやって見つめられ続けるのはきつい。だから俺は、彼女の涙を親指でそっと拭いてやる。涙の温かさに彼女の体温を感じて、若干気恥ずかしく思っても、涙をこぼす瞳に見つめられ続けるよりはマシだと言い聞かせながら。

「あ、んん、い、色無くん……そ、そうなんだ、続きあるんだ。うーんと、でもね、せっかくなら次は」

 まあきっと俺も同じようになってるんだけど、水の顔は39度の熱がありそうなぐらいに真っ赤になっている。

 真っ赤な顔をしつつ、水は喜んで「ぞ、続編やりたいっ」と言っ……あれ? あんなにハマったゲームなのに続編には興味がないと言うのかこいつは。そんなにあのSモードをさらけ出すのが嫌なのか。その割にはみんながいる食堂で楽しんでましたよね水さん。

「せっかくなら次は、ふ、2人で一緒に遊べるようなゲームがいいかな、なんて思ったり思わなかったり……」

 ものすごいこと言っちゃった! みたいな顔をして、水は思いっきり俺から顔を逸らした。

 別にたいしたことは言っていないと思うけど、水的には勇気を振り絞った発言だったんだろう。2人で遊べるゲームか。お安いご用だ。それなら据え置き機でいくらでもある。

「なんだ、それならここにあるよ。ほら、このへんとか。じゃあ早速なんかやるか!」

「え? や、違う、違うの。携帯ゲーム機がいいの。食堂で2人でできるゲーム」

「なんで? 2人でできるゲームならなんでも……」

「ダ、ダメなの! みんなの前で2人で一緒にできるゲームがやりたいの!」

 そう言ってまた水は、言ってしまった! みたいな顔をする。何を言ってしまったのかはよくわからないけど、とりあえず水の希望は、携帯ゲーム機で2人でできるゲームらしい。なるほど、食堂でみんなとわいわいやりながらゲームしたいってわけか。随分積極的になったじゃないか。水がここまで自己主張するなんて、こりゃよっぽどなんだな。でもまことに残念ですが、それはできないんですよ水さん。なにせ本体がひとつしかない。携帯ゲーム機で2人で遊ぶには、どうしてもハードがふたつ必要だ。

「水、それはちょっと無理だ。本体がふたつないと、携帯ゲーム機で2人プレイはできないよ」

「あ、そ、そうなんだ。そうだよね、うん、うんうん」

 水は消え入るような声で呟きながら自分を納得させるように何度も頷き、シュンとなってしまう。もともと俯き気味でシュンとしているように見えるこの子が実際にシュンとすると、悲痛と形容する以外有り得ない姿になる。うーん、どうしたもんかな。橙なんかは同じゲーム機持ってるけど、私も混ぜろ! とか言ってきそうだしやめたほうがいいな。それじゃ、やっぱアレしかないか。妙案なんて言えるもんでもないけど、水がまた元気に笑ってくれるなら、それでいいか。

「水、このゲーム俺明日の晩飯後に再開するから、お前俺の隣で進み方教えてくれよ。これ最後のほう難しいらしいからさ。ゲームで詰まるのって嫌いなんだ俺」

『2人で一緒に』。これはそういうことにはならないか。苦肉の策だし、正直俺の楽しみは減っちゃうんだけど、水は喜んでくれるかな。

「え、あ、う、うん! そうだね、そうしよう! ま、任せて、私2周やって、もう全部覚えちゃってるから」

 深く沈み込んでいた水がぱっと顔を上げ、つぼみがいきなり満開の花を咲かせたような、華やいだ笑顔を俺に向けてくれる。普段は笑っても控えめな水が見せた、満面の笑顔。そんな反則的笑顔を見せられては、俺も笑うしかない。2周やったとかいう発言は、この際無視。

「ちょっと見づらいけどな。こんな小さな画面を2人で一緒に見ないといけないんだから。それでもいいのか?」

「ふぇ? あ、そそ、そっか。ほ、ほんとだねっ、見づらいよねっ。でも、私はいいよ、それでも……」

 言いながら水はまた、下を向いてしまう。はにかんだような笑顔を浮かべ、頬をほのかに赤く染めながら。落ち着かせるところもなく漂う視線は、ちらちらと上目遣いで俺を見たりする。これはもうあれだ、200メートル全力どころじゃない。いっそ500メートル全力ぐらいの勢いで、心臓がバクついている。さっきのレアな笑顔も反則だけど、水は普段のままでも十分反則な女の子だという認識を今深めた。尻すぼみに小さくなっていく声の最後に、どっちかって言うとそのほうが嬉しいよ、とか聞こえた気もするけど、正直ドキドキしすぎてどうでもよくなっていた。

「あ、明日からやるんだよね。じゃあ、今日はもう戻るね。ふふ、楽しみだなぁ、明日が」

 俺と一緒にゲームをする明日を、こんなにも楽しみにしていてくれる子がいる。ただ一緒にゲームをするなんていう、たったそれだけのことを。でも水にとってはこれはきっと『たったそれだけ』じゃあないんだろう。そこにどんな意味があるのかはわからないけど、でも間違いなくそうなんだ。「こんなことでそんな大げさな」とか言いそうになったけど、俺だってそれぐらいの空気は読める。

「じゃあ色無くん、また明日、ね」

 そう言って部屋を後にする水の背中を見送った後、俺は彼女が返してきた『逆転』を見る。中途半端なとこで水に貸したせいもあり、俺の逆転への渇望は半端なく燃え上がっている。正直なところ、今すぐ再開したかった。直ちにかっこよく「異議あり!」したかった。返ってきたら即再開する気でいたし。でも、

「約束したからな……」

 『2人で一緒に』。実際にははっきりと約束なんてしていない。それでも、俺の中ではもう約束だと思っている。だからそれを破るような真似はしちゃいけない。このゲームは俺と水『2人で一緒に』楽しむ。俺がそう決めて、水がそれを……いや、もちろん俺だって、それを本当に楽しみにしているんだから。


 水色が新妻だったら

水「い、い、色無クン、起きてる?」

無「おはよう。起きてるよ、色無さん」

水「う。うううううう……」

無「結婚して3ケ月経っても、まだ『色無さん』に慣れないようだね」

水「だ、だって……なんだか恥ずかしくって……」


無「あははは……」

水「うふふふ……」

友「おや、水色も笑うことあるんだ」

水「?」

友「水色はいつも黙って下向いてるイメージが強いからさぁ」

無「寮だとけっこうよく笑ってるんだけどなぁ」

水「……」

友「しかし、水色以外で評価が2つに分かれる女子って黒くらいだからね」

水「?」

無「どういうこと?」

友「黒の場合は白黒はっきりつける性格が好きか嫌いかってパターンな」

無「うん、それは言えるだろうな」

友「曲がったことが大嫌い派には、ああいう性格は好感がもてるけどな……」

無「お前の場合は間違いなく黒援護派だろうな。で、水は?」

友「無性に虐めたくなるか、守ってあげたくなるか」

無「おい!?」

水「い、色無君。友君はこないだも肥料運ぶの手伝ってくれたんだよ!」

友「そういうことだ、色無。俺は前者な」

無「ならいいんだけどさ……お前には彼女いるだろ?」

友「だから、学校で水を見てると迷子の子犬みたいでさぁ」

無「?」

水「?」

友「で、飼い主(の色無)を見つけると急に表情が変わるあたりが、なんとも萌えるわけだ」

水「……」

無「……」

友「それじゃ、お邪魔虫は先に帰るから、あとはお二人でごゆっくり」

 数年後

友「色無、久しぶり! 色無、水色、結婚おめでとう!」

無「今日はわざわざ遠いところをありがとう」

友「ところで、お前たち2人くっつけたのは、実質俺なんだろ?(小声で)」

無「ま、まぁそういう感じだな」

水「あ、ありがと……」

友「久しぶりだけど、水色も明るくなったな」

水「う、うん」

無「そういうお前はあんまり元気ないじゃん?」

友「最近、煮えたぎったカレーやら百科事典やら包丁が落ちてくるんだよ……」

無「そりゃ危ないな。気をつけろよ!(あ、あいつら)」

友「こないだは庭に大量の女物の下着が撒き散らかされて、警察が来たし……」

無「マジか?(マジで鬼だな、あいつら)」

友「上から落とすんだったら、せめて金タライくらいにして欲しいもんだぜ」

無「それドリフ」

水「クスクス」

友「なんだかむこうの女子の集団がすごく怖い顔で睨んでるから、また後でな」

水「友君、ほんとにありがとう!」


 うつむいて唇を噛み、あふれそうな涙をぐっとこらえながら、水は誰もいない河原を走っていた。青々と茂った雑草が靴を汚したが、そんなことにはかまわずに走り続けた。足がもつれ、息が切れても走り続け——。

「あっ!」

 何かにつまずき、頭から草むらの中に突っ込んだ。

 草いきれにむせかえり、水は荒い息を整えながらふらふらと身を起こした。ついにこぼれて頬をつたう涙をぐしぐしと拭うと、すりむいた手のひらにひりひりとしみた。

 もう我慢できなかった。諦めて涙腺を決壊させようとしたその時、水は気づいた——つまずいた何かが、河原に寝そべったままで不機嫌そうな顔をして自分をねめつけていることに。

 それは大きな男だった。小人の国のガリバーみたいだと、水は思った。

 実際には、それほどの巨漢というわけでもなかった。一緒に暮らしている父親の方が、背は高いかもしれない。だが、その父と教師を除けば、年上の男をこんな間近で見るのが初めてだった水にとって、その男は誰よりも大きく見えた。

 しばらくのあいだ、男は水をじっと見つめ続けた。目を逸らすこともできず、水も身動き一つせずに見返した。不思議と恐いとは思わなかった。いつの間にか、涙も引っ込んでいた。

 男はのそりと立ち上がると大きな歩幅で水に近づき、しゃがみこんだままで少し身を反らして見上げる水に向かって手を差しだした。

「手、見せてみろ。すりむいたんだろ?」

 わずかにためらってから、水はおずおずと両手を広げて見せた。男は膝立ちになってちらりと目をやると、傷に触れないように手首をつかみ、ぐいと引っ張り上げて水を立ち上がらせた。

「他にどこか痛いとこあるか? 肘とか膝とかはすりむいてないか?」

 水は首を横に振った。その全身を観察し、本当に怪我がないことを確かめると、男は川辺に行ってハンカチを濡らし、それで水の手のひらについた土や草の汁をていねいに拭った。刺すような痛みが走り抜けたが、水はじっとこらえていた。

「こんなもんか。川の水もそんなきれいじゃないから、あとでちゃんと消毒しろよ。つーかお前、小学生だろ? 学校行かなくていいのか?」

「……お兄ちゃんは?」

 男の問いには答えず、水は逆に聞き返した。“お兄ちゃん”と呼ばれたのが気恥ずかしいのか、男は何とも言えない微妙な表情をした。

「大人は学校行かなくていいんだ」

「嘘。お兄ちゃん、大人じゃないもん。その服、あそこの学校の人が着る服でしょ? お母さんが言ってた」

 確かに、男は暗い緑のブレザーに茶色のスラックスを身にまとい、えんじ色のネクタイを締めていた。それは高校の制服以外のなにものでもなく、男はしまった、と呟いて舌打ちした。

「だからいつもサボってる奴らはわざわざ私服を用意してたのか……失敗したな。それにしても、最近のガキは知恵がついててやりにくいな」

 水は少しむっとして訂正した。

「ガキじゃないよ。水だよ。お兄ちゃんは?」

「……色無だ」

 男はそっぽを向いて、ぶっきらぼうにそう名乗った。

 

 男——色無は水に興味を失ったように離れていき、また草むらに寝転がった。水はそのあとについていき、横に座りこんだ。その気配を感じ、一度は閉じたまぶたを開けて下から見上げる色無の目を、水はしげしげと見つめた。

 色無がため息をついて起き上がり、また少し離れたところで横になると、水もまたついていってちょこんと座った。色無がまた起き上がり、離れたところで横になる。水がついていって座る。

「……」

 それを三回繰り返したあと、四回目に腰を下ろした時点で水がついてきているのを確認した色無は寝転がるのをやめ、無言でその頭をつかんでぐいと突き放した。

「むー」

 水は眉をひそめていやいやと頭を振り、色無の手を両手でつかんで押し返した。根負けした色無がぱっと手を離すと、水ははずみで色無が伸ばした足の上にぽてっと倒れた。少しびっくりしたが、なんだかおかしくなって、自然に笑みがこぼれた。

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「なんでくっついてくるんだよ。誰かに見られたら俺がロリコンかと思われるだろ」

「ろりこんって、なに?」

「……お前は知らなくていい」

 実のところ、なぜこんなことをしているのか、水自身にもよく分からなかった。傷の手当てをしてもらったからだろうか。教師はおろか、クラスの男子にさえ近づかれると萎縮してしまうのに、色無のそばにいるとなぜか安心できた。

「まったく……さっきも聞いたけど、お前、小学生だろ? 何年生だ?」

「五年」

「五年!? てっきり三年か四年だと思ってたのに……もう高学年じゃないか。俺が言うのもなんだが、学校サボってるとろくな大人になれないぞ」

「サボってないよ。今日は写生大会だから、みんな学校の外で絵を描いてるんだよ」

「へえ。じゃあお前はさっさと描き終わって、一人で河原を走り回ってたのか。友達と遊んでればいいのに、変な奴」

 色無が“友達”と口にしたとたん、みるみるうちに水の顔が曇った。転んですりむいた手のひらではない、どこか別のところが痛んでいるように見えた。

「まだ、描けてないけど……」

「なんだ、描けてないのに遊んでるんなら、やっぱりサボりだろ。今日中に描き上げないとまずいんじゃないのか?」

 さっきまで邪険に扱っていたくせに、泣きそうな顔をされては放ってもおけず、色無はさらに問いただした。それに対する水の返事は——。

「くちゅん!」

 ——かわいいくしゃみだった。

「……女ってのは、なんでそんなにちっさいくしゃみができるんだ? 練習してんのか? それとも生まれつきなのか?」

 ぎゅっと身をすくませて震える水に、色無は上着を脱いで頭からばさっとかぶせた。

 水はジャケットの下で少しもがいてからぷはっと顔を出し、きょとんとした目で色無を見た。

「ほら、寒いならこれでもはおってろ」

「……ありがとう」

「今日は朝からけっこう涼しかっただろ。お前、ちょっと薄着過ぎじゃないか? 上に何か着てこなかったのか?」

 今年はいつになく気温の上下が激しく、衣替え前だというのにうだるような暑い日が続いたりもしたが、今日は雲が厚くて日が差しておらず、少し風もある。ノースリーブのワンピース姿の水は、いかにも肌寒そうに見えた。

「上着……着てきたけど……」

 色無としては、なにやら落ち込んだ水を気遣って話題を変えたつもりだった。だが、どうやらそれは失敗に終わったようだ。

 ますますうつむき、肩を落とす水をどうしたものかと頭をかいていると、堤防になっている土手の上からいくつかの女の子の声が聞こえてきた。

「……ず——水! どこ行ったの! 出てきなさい!」

「黒ちゃん、そんな恐い顔で呼んだら出てきづらいよ……水ちゃーん、どこー?」

「おーい、水ー! ふう……水ってこういうときだけは、すごく走るの速いんだよね。ボクが追いつけないなんてびっくりだよ」

 首だけひねって声のする方に目を向けると、十人ほどの女の子たちがきょろきょろしながら、色無のかたわらで下を向いている水の名を連呼していた。

「ほら、サボり姫を友達がお迎えに来たぞ。なんだよ、あんなに友達いるなら、最初から一緒に遊んでればよかっただろ。おーい——」

「だめ! 呼んじゃだめ!」

 女の子たちに声をかけようとした色無を、水がこれまでになく鋭い声で制止した。色無は大きく吸った息をゆっくりと吐き、手を振ろうとして上げた腕を下ろした。

「……なんでだ? あいつら、お前を探してるんだろ? 友達じゃないのか? それとも、あいつらなのか? お前を……いじめてるのは」

 ぎゅっと色無のズボンにしがみついていた体がびくっと震えたが、水は何度も首を横に振った。色無の推測通り、いじめられてるのは確かなようだが、その相手は彼女たちではないようだ。

「じゃあやっぱり友達なんだろ。なんで呼んだら駄目なんだよ」

 問いただしてみたものの、水は目を固く閉じて首を振るばかり。

「だめなの……私はいない方がいいの……」

 ようやく口を開いたかと思えば、何度も何度もそう繰り返すだけだった。

 色無は困った顔で水を見下ろし、その水を探し続けている女の子たちを見上げ、もう一度水を見て——最後にため息をついた。

「あーもう! なんだって俺がこんなことしなきゃならないんだ……どうか誰にも見つかりませんように!」

 信じたこともない神様に祈ると、色無は制服の上着で水をくるんで抱え上げ、人目につかない場所を求めて走り出した。

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 特急が轟音を立てて走り抜けていく鉄橋の下で、色無は大の字になってぜいぜいと荒い息をついた。

「……お兄ちゃん、大丈夫?」

 落ち着きを取り戻した水が心配そうに声をかけると、色無は手だけを上げてひらひらと振った。

「はー、はー……ふう……あー、気持ち悪い。普段ろくに運動してないのに、ひと一人抱えて走るのはさすがに無理があったな……」

「ごめんなさい……私、重かったよね」

「まあな。あ、いや、お前が太ってるとかじゃなくてだな、俺の体力からすると重いってことで……そんなことより、ほんとにこれでよかったのか?」

「……うん……」

「……そうか」

 色無はそれだけ言うと口をつぐんだ。

 二人の頭上を何本かの列車が通り過ぎたあとで、先に質問したのは水の方だった。

「どうしてなんにも聞かないの?」

「聞きたいことは山ほどある。けど、お前が話したくないなら別にいいよ。話したいなら聞いてやるけどな」

 今度の沈黙は、列車一本分だけですんだ。

「私……私ね、声が小さくて、嫌なことされても嫌って言えなくて、すぐ泣いちゃうから……クラスの子によく意地悪されるの」

 やはり色無が想像していた通りだった。水の様子からすると“意地悪”なんておとなしいものではないだろうが、色無はひとまず無言で先を促した。

「今日も絵を描いてたら……『下手な絵しか描けないくせに』って絵の具も画板も取られちゃって……カーディガンも『似合わない』って引っ張られて……」

「それで走って逃げてきて、俺につまずいたのか。ひでえな、そりゃ」

 胸が悪くなり、色無は身を起こすと渋い顔でぺっとつばを吐き捨てた。

「だけど、お前を探しに来てた子たちは友達なんだろ? なんで一緒に帰らなかったんだ?」

「私がいると、みんなに迷惑ばっかりかけちゃうから……私はいない方がいいの」

「……別に、いいんじゃねえの。お互いに迷惑かけたり、かけられたりするのが友達だろ」

 色無が説いた一般論に、水は納得しなかった。

「かけたり、かけられたりじゃないの。私ばっかり迷惑かけてるの。いつもいつも、みんな助けてくれる。でもその分、みんなはやりたいこととかできなくなっちゃうの。だから私はいない方がいいの」

 もうあふれる涙を拭おうともしない水に、色無はなんの言葉もかけてやれず、その体を無言で胸にぎゅっと抱きしめるばかりだった。

 

 泣き疲れた水は、色無のお腹を枕にうとうとしていた。その髪を撫でると気持ちよさそうに目を細め、涙の跡の残る頬をつつくと眉をひそめて嫌がる。水の百面相を堪能していた色無は、不意に真面目な顔をした。

「なあ。お前の話を聞いてやった代わりに、今度は俺の話も聞いてくれよ」

「……んー? ……うん……」

 水は寝ぼけながらもなんとかうなずいたが、色無はそれを確認した様子もなく、独り言のように話し始めた。

「このあいだ、進路調査票ってのを書けって言われたんだよ。うちの学校は成績別にクラス分けしてて、特進の奴らは一年のうちから書いてたらしいけど、俺のクラスは……まああれだ、最下層でさ。三年になってやっとってわけだ」

 色無は手近にあった小石をつかみ、川に向かって放り投げた。

「クラスの奴らはほとんどが就職組で、俺も何となくそのつもりでいたんだけど……提出直前になって、ガキのころになりたかったものを思い出してさ」

 色無は小石を投げ続け、それはぽちゃん、ぽちゃんと正確なリズムを刻んで川面を揺らした。

「で、大学進学希望に書き直して出したら、もう大騒ぎだよ。担任に学年主任、生徒指導、果ては親まで出てきて『無理だ』『諦めろ』の一点張り。そりゃまあ、かなり無理めなのは分かってたけど、大人が子供のやる気を削いでどーすんだっての」

 色無が最後にサイドースローで力任せに投げると、無理な姿勢にもかかわらず、小石はぱぱぱぱぱっときれいに水を切った。

「今日も朝から呼び出して同じことを繰り返すもんだから、ついに温厚な俺様も頭に来て、こうして河原でサボってたってわけ——おい、水?」

 なんの反応もないのを不審に思って声をかけると、水は安らかな寝息でそれに応じた。

「……なんだよ、さっきまで泣いてたくせに、気持ちよさそうに寝やがって」

 背中からずり落ちそうになっている自分の上着を、色無はそっと水の肩に掛け直した。何かいい夢でも見ているのか、その寝顔は微笑んでいるかのように穏やかだった。

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「まあ、お前にこんな話をしたところでどうしようもないか。俺も結局、お前になんにも言ってやれなかったし……だいたい、えらそうなこと言える立場じゃないんだよな、このままじゃ」

 色無は強い決意を胸に宿しながら、水を起こさないようにゆっくりと体を横たえた。

 

 頭を激しく揺さぶられ、半ばパニックになった水が目を覚ますと、すでに日は西の空に傾いていた。

「やっと起きたか。いつまで人の腹の上で寝てるつもりだ。そろそろ戻らないとまずいんじゃないか?」

 水はくしゃくしゃにされた髪を手櫛で整えながら、差し出されたケータイの画面で時間を確認した。色無の言う通り、そろそろ集合の時間だった。

「絵描いてないから、先生には叱られるかもな。だけど俺もお前も、いつまでもここにいるわけにはいかないだろ」

「うん……ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ」

 しばらくのあいだ、水は言いにくそうに身を揉み、やがて上目遣いで切り出した。

「またここに来たら……お兄ちゃんに会える?」

「……いや、ここで会うのはこれっきりだ」

 落ちこませると承知の上で、しかし色無はきっぱりと首を横に振った。

「だけど、一つ約束しよう。俺は今日からめちゃくちゃ頑張ることにした。絶対諦めない。だからお前も頑張れ。絶対諦めるな。そしたらきっと、またいつか会える」

 色無が何を言っているのか、水にはよく分からなかった。何を頑張ればいいのか。何を諦めてはいけないのか。

 それでも水は、色無の強い視線を正面から受けとめて頷いた。

「よし。じゃあな」

「……待って」

 立ち去ろうとする色無を呼び止め、水はおずおずと小指を差しだした。

「約束……」

「……ああ、約束だ」

 色無は小さな指に自分の小指を絡め、しっかりと指切りをした。

 

「あっ、水ちゃん!」

 水が集合時間の五分前に姿を現すと、気遣わしげな顔をした友人たちがあっという間に集まってきた。

「ちょっと、どこ行ってたのよ! 勝手にいなくなって、みんながどれだけ心配したと思ってるの!?」

「まあまあ、帰ってきたんだからいいじゃん。怒りたくなるのも分かるけどさ。なにせ一番心配してたもんね」

「べ、別にそんなこと……私はただクラス委員として……」

「水ちゃん、大丈夫? どこ行ってたの? 私たち、みんなで手分けしてあちこち探し回ったんだよ」

「そしてあんたは迷子になって、手間を二倍にしてくれたんだよね」

「うう……だって目印にしてた犬がいなくなっちゃったから……」

 かしましく騒ぐ仲間たちに、水は深々と頭を下げた。

「ごめんね、みんな……ありがとう」

 ほっと緩んだ空気を、輪の外から飛び込んできた刺のある声が凍てつかせた。

「謝るくらいなら帰ってこなければよかったのに」

 にやにやしているとりまきを引き連れ、声の主が近づいてきた。

「水、どこに行ってたか知らないけど、いい絵が描けた? ちょっと私にも見せてよ。まさか、描いてないってことはないよね?」

 嘲笑を顔に貼りつけた女の子が嫌みたっぷりな台詞を吐くと、その後ろで控えている子たちがおもねるようにくすくすと笑った。「よくもそんなことが言えたものね」

「あんたたち、いい加減にしなさいよね!」

 水を守るように囲む子たちの中から、特に気の強そうな二人が前に出ようとした。しかし水は、さらに言葉を続けようとする二人を制し、自らいじめグループのリーダー格と対峙した。

「なに? なにか言いたいことでもあるの?」

「絵はまだ描けてない。でも先生にちゃんと話して、きっと描く。今日はもう無理だけど……できるだけ早く。だから、絵の具と画板と、カーディガンを返して」

 水が言い終わると、とりまきたちがいっせいに気色ばんだ。

「ちょっと、なにその態度? 生意気なんじゃないの?」

「お願いするならもっとちゃんと頼みなさいよ!」

 だが水はそちらに一切注意を払わず、真っ直ぐにリーダーの目を見て繰り返した。

「返して」

 いつもと様子が違うことに戸惑ったのだろうか。わずかな沈黙のあと、目を反らしたのは相手の方だった。

「ふん……返してやんなさい」

「え? でも……」

「いいから! 持ってたって邪魔になるだけだし、もともと返してやるつもりだったのよ! いい、先生にチクったら許さないからね!」

 戸惑うとりまきを一喝し、水から奪ったものを返させると、いじめの主犯は捨て台詞を残して不機嫌そうに立ち去った。

 その姿が見えなくなると同時に、水は膝からがっくりと崩れ落ちた。

「わっ! 水ちゃん、大丈夫!?」

「う、うん……あはは、今になって恐くなってきちゃった……」

 震えの止まらない水の体を、一人が優しく抱きしめた。

「よしよし。よく頑張ったわね、水ちゃん。見直したわ」

「ほんと、かっこよかったー! 水ちゃんが男の子だったら、私きっと一目惚れしちゃってたよ!」

「何でもそういう話に持ってくのはやめろって言ってるでしょ、この色ボケ女! もっと普通に褒めなさいよ!」

 友人たちのいたわりと称賛の言葉を浴びながら、水は心の中で呟いた。

(お兄ちゃん……私、頑張ったよ)

 契った小指が、温かくなった気がした。

 

『——以上をもちまして、天弓高校入学式を終了いたします——』

 放送を合図に、まだ着慣れない制服に身を包んだ新入生が体育館から溢れ出した。

 その中に、ひときわ軽い足取りで初めての教室を目指す女子がいた。他の一年生も、式を手伝っていた先輩たちも思わず振り向き、見とれるほどの可愛さだ。

「水ー! ちょっと待ってってばー!」

 その少女——水は、同じ中学からの友人に呼び止められて振り返り、もどかしそうに足踏みした。

「もう、早く早くー! 教室に一番乗りして、窓際最後列の特等席を確保するんだから!」

 この元気がありあまってる様子の女の子から、かつての気弱で泣き虫な姿を想像できる者はほとんどいないだろう。五年の年月を経て、水は生まれ変わったかのような成長を遂げていた。

 

 生徒がそれぞれ簡単に自己紹介し、担任が明日からの予定を説明すると、その日は解散となった。

「ほら、もう部活の勧誘始まってるよ! 先行ってるからね!」

「なんであんたは一日中ハイテンションなのさ……」

 げんなりしている友人を置き去りにし、水が廊下を疾走していると、その背に気の抜けた叱責の声が飛んできた。

「こらー、廊下を走るなー」

「え? ……あっ! は、はい……」

 振り切ってしまおうか、とちらりと考えた水だったが、声の主の姿を目の端で捕らえたとたん、急ブレーキをかけて立ち止まった。

「はしゃぐ気持ちも分かるけど、一年のうちから生徒指導に目をつけられないように気をつけろよ」

 苦笑いをしながら注意してきたのは、入学式の際に壇上で紹介された、今年大学を出たばかりだという新米教師だった。

「はい、あの……すみません」

「よし。じゃあ気をつけて帰れよ」

 手にした書類の束で水の頭をぽんぽんと叩き、男は水を追い越した。

「あ……」

 その後ろ姿に手を伸ばし、水は呼び止めようとした。しかし言葉が出ず、がっくりと肩を落とした——その時だった。

「だから言っただろ。頑張って諦めなければ、また会えるって」

「!!」

 はじかれたように顔を上げると、男は振り返って水に微笑んでいた。

「見違えたよ。お前も約束守ったみたいだな」

「……お兄ちゃん!!」

「おわっ、やめろ! 離せって、馬鹿! つーかお兄ちゃんはいろいろまずいだろ。ちゃんと色無先生って呼べよ……うわっ、教頭がにらんでる! 早く離れろ!」

 同級生たちの好奇心にあふれた眼差しの中、水はいつまでも色無の胸にしがみついていた。

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『ひなたぼっこ』

水「ふんふんふふふん♪」

無「水、なにしてんだ。ずっと畑のそばに座って」

水「色無君!(今の鼻歌聞かれちゃったかなあ)チューリップの種を植えたところを見ながらひなたぼっこしてたの」

無「まあ今日は暖かいしなー。どれ、俺も座りますかな」

水「暖かいねー」

無「そうだなー」

橙「くっ……。あそこに入りたい……! 入れない……!」







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 04:39:45