茶「おねえちゃんただいまぁ〜」

無「おじゃしまーす」

焦「おかえり、茶色。友達か?いつも妹がお世話に…」

(ジッー)

無「?なんでしょう?」

焦「好きだ」

無&茶「エエェェ(´Д`)ェェエエ」

焦「すまないが、一目惚れのようだ。結婚を前提に、付き合ってくれないだろうか」

無「ちょ…ええー…//////」


—都内某図書館—

焦茶「(あの日以来妹は彼を家に連れてこない……むぅ、仕事中にも彼のことばかり考えているな、これではいけない)(・ω・`三´・ω・)フルフル」

?「すいませーん」

焦「はいなんでs……」

無「のわ!茶色のお姉さん!ここにお勤めだったんすか?」

焦「そう……だけど……

色無君、また逢えて嬉しい」

無「また……(////)」


—茶色・焦茶・色無の3人でお茶中—

茶「私もおねえちゃんくらいオトナっぽくなりたいなぁー頑張ってるんだけど(´・ω・`)」

焦「(大人……か。その上6歳の歳の差だ……やはり、壁は大きい?)」

茶「色無君も、確か年上のひとのほうが好きなんだよね?」

焦「!」

無「うん、まぁそれもそうだし、恋愛に年齢なんか関係ないだろ^^」

焦「キュン(惚れ直した……)」

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茶「おねえちゃん固まってる!?大丈夫!?><;」

焦「ハッ!すまない。ここで抱き締めてもかまわないか?」

無「照れるんでヤメテクダサイ……(////)」


紫「ほーちょ〜一本さらしに巻いて〜ボイン」

紫「ん?あんな人寮にいたっけ?」

焦「ここの寮生か?」

紫「そうですけど……」

焦「すまないが茶色の部屋を教えてくれないか?」

紫「教えてもいいですけど……あなたは誰なんですか?」

焦「あぁすまない。私は焦茶。茶色の姉だ」

紫「茶色のお姉ちゃんだったんですか」

紫「でも茶色羨ましいな〜」

焦「何でだ?」

紫「こんな素敵なお姉ちゃんがいるなんて」

焦「……(カワイイ)」

紫「どうしたんですか?急に立ち止まって……」

焦「君かわいいな私の家に来ないか」

紫「ふぇ?」

焦「美味しいお茶菓子があるし先月生まれたばかりのチワワもいるぞ」

紫「いや……その……茶色に用があったんじゃ……」

焦「私についてくるなら食べたいお菓子も買ってあげるぞ」

紫(これって誘拐……)

焦「なに怖がることはない~私は怪しい人なんかじゃないぞ」

紫(本当に茶色のお姉ちゃん……なの?)

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—都内某図書館—

焦「……本当申し訳ない。また機会があれば是非誘ってほしい。ああ。では。(プツッ)」

緑「何の電話?」

焦「あ、いや、何でもない(´・ω・`)」

緑「……

黄色、ちょっと1人で番してて。焦茶、行くわよ」

黄色「えー!?!?1人とかちょっと酷くn」

緑「黄色この前貸したジャケットまだ返してくれてないわよね」

黄「行ってらっしゃーい\(^o^)/」

焦「緑……」

緑「迷惑してたの。最近仕事でありえないボケ連発じゃない。これで焦茶の従来のキレの良さが戻るのなら、安いものだわ」

焦「緑……君は優しいな、君の友人で本当に良かった」

緑「早くシートベルトしちゃって。会う前に怪我しても知らないわよ」

無「のわ!焦茶さん!やっぱり来れるようなったんすか!?」

焦「良かった、間に合ったみたいだな……」

無「あと5分で上映っす……?走ってきたんすか?何か息あがってません?顔も赤いような……」

焦「いや……走ってきてはいないが……ちょっと道中の車内でな」

無「?まぁそろそろ入りますか^^」

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いつでも自分に正直でいろ

嘘をついて他人を騙すことはできても自分は騙せない

だから常に正直でいろ

それが親の口癖だった

だから私はどんな時でも自分に嘘をつかずに今まで生活してきた

でも自分に正直だからといって必ずしも他人に評価されるものでもなく

むしろ他人からは我慢が足りないとか協調性がないって非難されてばかり

そんな性格のせいで好きな人と付き合っても長く続かない

性格を変えようと思ってもそう簡単に変わるはずもなくて

自分に自信がなくなってきたそんな時だ

君に会ったのは

妹が君を家に連れてきた時

君は私がどんなにキツいこと言っても嫌な顔をせず、しかもニコニコ笑って謝って

あげく自分にそこまで正直になれるなんて凄いって

ずっと言ってほしかった言葉を言ってくれた

だから私は今日も

焦「色無、好きだ~いや、愛してる結婚しよう」

無「なっ、なんてことを人の通学路で言ってるんですか!!」

自分に正直に生きる

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無「ん……朝か……」

焦「やっと起きたか」

無「あぁ、焦茶さんおは……えぇ!!!!」

焦「どうした?」

無「なんで!?焦茶さんが横で寝てるんですかっ!!」

焦「そ こ に 君 が い る か ら」

無「そんなどっかの登山家の名言みたいなこと言わないで下さいよ……」

焦「しかし君の寝顔は犯罪的に可愛いな」

無「犯罪的って……」

焦「あと、よだれが垂れていたから舐めとっておいた」

無「何してるんですか!!」

焦「冗談だ~ヤッパリ怒った顔も可愛いな」

無「もう勝手にしてください……」

焦「あぁそうだ色無」

無「なんですか?」

焦「おはよう」

無「お、おはようございます……」

無(あんな満面の笑みでおはようなんて反則だ……)

焦「あと愛してる」

無「……」

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焦「久しぶりだな朱色」

朱「ホントだね何年ぶりだろう」

焦「5年ぶりくらいかな」

朱「まぁ堅苦しい挨拶は抜きにして飲もう!!」

無「なんで俺の部屋なんですか……」

焦「そんなの君のことが好……」

朱「あ、あ—!!う、上手いな—!この一杯のために生きてるよなぁ!!」

焦「なんだいきなり大声だして」

朱「な、なんでもないんだ!そんなことよりほら飲め!」

焦「すまない……きゅ〜」

無「弱っ!!」

朱「これで良しと」

焦「はにゃ〜」

無「焦茶さんて酒弱いんだなぁ……」

焦「う〜〜色無〜〜ね〜〜色無〜〜!」

無「なんか人格変わってませんか?」

朱(あれ?おかしいな?普段は寝ちゃうのに……)

焦「色無〜〜ね〜〜無視するな〜〜!」

無「ど、どうしたんですか?」

焦「私のこと好きだよね〜〜?」

無「ちょっと何言ってるんですか!」

焦「私のこと嫌いなの……?」

無「そ、そんなことないですよ!」

焦「じゃあ好きって言って……」

無(う、上目遣い……しかも涙目……これは……堪らない……)

焦「うりゅ〜……色無〜」

無「す、すすす好……」

焦「スースー」

無(嬉しそうな顔してるな……)


無「いやぁ、寒いですね」

焦「今、なんて言った?」

無「いや……寒いですねと……」

焦「そうか寒いか……なら」

無「なら?」

焦「私が温めてあげよう」

無「いっ、いいですよ……」

焦「仕方ない、それなら」

無「それなら?」

焦「人肌で温めてあげよう」

無「ちょ、ちょっと!道の真ん中で何いってるんですか!しかも声大きいですよ!」

焦「恥ずかしがることはない」

無「いや、恥ずかしいとかじゃ……確かに恥ずかしいけど」

焦「さらに人肌で温めつつ隣で寝てあげよう」

無「そんな事サラッと言いますけど、僕だって男ですよ……」

焦「知ってる、あわよくば襲われたいと思ってる」

無「……」


無「うーん……うーん……」

焦「スースー」

無「人の上で丸まって寝るなよ……」

無「しかも眼鏡かけっぱなしで寝てるよ……全く」

無「それにしても嬉しそうな寝顔してるな。どんな夢見てるんだろ」

焦「色無……フフ……」

無「無邪気な顔して……こうして見るとやっぱり可愛いな……」

焦「色無!お手、おかわり、ちん〇ん」

無「……」

焦「色無、どこ舐めてるんだ……」

無「前言撤回、やっぱり寝てても焦茶さんは焦茶さんだ」

焦「よしよし、良い子だ~色無、犬になっても……」

無「どんな夢みてんだよ……」

焦「ん〜ムニャ……」

無「布団ぐらいかけてあげるか……」

焦「……大好き……」


焦「なぁ色無」

無「なんですか?」

焦「深夜だ」

無「そうですね~でもそれが何か?」

焦「深夜は規制が緩くなるんだ」

無「何言ってるかイマイチ把握できないんですけど……」

焦「いろいろと言葉の幅が広がるというわけだ」

無「何言って……まさか!?」

焦「色無、私の×××に君の×××を入れてくれ」

無「何言ってるんですか!!!女の人が×××とか×××とか言わないで下さい!!!」

焦「これくらいじゃまだ君に対する私の気持ちを伝えるには不十分だ」

無「……」

紫「ほぉーちょーいっーぽんさらしにまいてぇぇぇぇーぼいん」

紫「うん?なんか色無の部屋が騒がしい?どれどれ?」

焦「色無、漢なら私を×××するんだ」

無「あぁー!!!!何言ってるんですかぁぁぁ!!!!アンタって人はぁぁぁ!!!!」

紫「×××って何?」

無「紫!?何言ってんだ!!そんなこと言っちゃダ……いない」

紫「ほぉーちょぉぉぉ!!いぃぃぃーぽんさらしにまいてぇぇぇぇ!!……」

黄緑「あらあら、紫ちゃん歌なんか歌ってご機……」

紫「×××!!!」

黄緑「……(なんて大胆な子)」


『こくはく』

焦「……色無君。今日来てもらったのは他でもない」

無「はあ」

焦「君が好きだ、私と付き合って欲しい」

無「……えっと、どこにお供すればいいんでしょうか?」

焦「その付き合うではない。男女交際を申し込みたい」

無「……え!」

焦「嫌だろうか。……こんな時今まで異性と付き合わなかった事が悔やまれる」

無「……えーと」

焦「しかし、ここまで想いが強くなったのは君が初めてなんだ。今まで経験が無かった

のはどうか許して欲しい」

無「……許すもなにも」

焦「それで、私と交際してもらえないだろうか」

無「あー、えーっと。……よろしくお願いします」

焦「そうか、ありがとう! ……早速デートに出掛けよう」

無「そんな、引っ張らないで下さい焦茶さ——」

焦「さん、はつけないで欲しい。どうか焦茶と呼び捨てに」

無「わかりましたから。その、僕の腕を抱え込まないで下さ——」

焦「恋人同士ならこれくらい普通なはずだ。知り合いはそう言っていた。……さあ行こう!」

無「……(押しが強いと言うかまるで台風みたいだよ)」


無「焦茶さんびしょびしょじゃないですか!」

焦「君に1秒でも早く逢いたくて走ってきた」

無「と、とにかく体拭いてください」

焦「すまない」

無「それとこれ服乾くまでこれ着といてください」

焦「……」

無「……服を顔に押し付けて何してるんですか?」

焦「色無の匂いがする」

無「……まぁそれはいいとして、どうしてジャージ(下)……しかも股の所に顔を押し付けてるんすか」

焦「ここから1番強く色無の匂いがする」

無「……すごい発見をしたかのような顔で言わないで下さい」


橙「色無〜これは何かな〜w」

無「そっ、それは……(なぜ俺の『月刊コスプレ天国がっ!)」

黄「へぇ〜色無くんは猫耳とかメガネとかそういうのが趣味なんだ〜w」

赤「これは知らなかったな〜w」

無「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

茶「お姉ちゃん」

焦「どうした?」

茶「色無くんって猫耳とかが好きらしいよ」

焦「猫耳か」

コンコン

無「はい」

焦「やぁ色無」

無「あぁ焦茶さ……それは……」

焦「見ての通り猫耳だ」

無(似合ってる……)

焦「どうした色無?」

無「な、なんでもないですよ!」

焦「色無」

無「な、なんですか!(裏声」

焦「好きだにゃー」

無「!!」

焦「暖めて欲しいにゃー」

無(猫耳・メガネ・無表情……完璧だ……)

焦「にゃー」


無「猫だ」

焦「どこだ?」

無「あそこですよ」

ちょこん

無(猫の横に体育座りで座って何するんだ?)

—10分経過

焦「……」

—20分経過

焦「……」

—30分経過

焦「……」

無「焦茶さん……何がしたいんですか?」

焦「コイツは何を見て、考えてるんだろうと思って」

無「あぁ、確かに猫ってそんな感じありますね。焦茶さんも猫っぽいです。何考えてるか分からないとことか」

焦「私はいつも君のこと考えてる」

無「……」

ひょい

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猫「にゃー」

無「人懐っこいですね」

焦「……」

無「焦茶さん……?」

焦「至福(*´∀`)」

無(ホントに嬉しそうだな)

焦「色無も抱いてみろ」

無「え?大丈夫ですか?ひっかいたりしません?」

焦「私が君をひっかくわけないだろう」

無「……猫の話です」

焦「にゃー」


無「そう言えば……焦茶さんの照れた顔って見たことないな」

茶「確かに……私もお姉ちゃんが恥ずかしがる顔見たことない……」

無「え?姉妹の茶色でさえ見たことないの?」

茶「はぅ……すいません……」

無「いや……謝らなくていいんだよ……」

茶「は!私良いこと思いつきました!」

無「どんなこと?」

茶「あのですね……」

焦「色無、寒いから抱いて暖めてくれ」

無「いいですよ」

焦「!?」

無(ふふ……動揺してるな……茶色の作戦『目には目を作戦』!!)

焦「色無、大好きだ」

無「俺もです」

焦「愛してる」

無「俺もです」

焦「……」

無(勝った……)

焦「色無、やっとその気になってくれたか。私は嬉しいぞ」

無「え?……えぇ!?」

焦「さぁ、私の部屋へ行こう」


無「茶色はドジっ子だけど焦茶さんってしっかりしてるよな」

茶「ドジっ子……うぅ……」

無「な、泣かないで!ドジっ子な所はかわいいと思うよ」

茶「ほ、ほんとですか!」

焦「……なるほど(ボソッ」

無「あ、焦茶さん」

焦「おはよう色……」

ずてーん

無・茶「!!」

無(何もない所でつまづく……これはもしや……)

茶「だ、大丈夫!?お姉ちゃん!?」

焦「……」

無「どうしたんですか?キョロキョロと……」

焦「ない」

無「へ?」

焦「私の眼鏡がない」

無・茶「……(ひょっとしてギャグでやってるのか!?)」

無「あのー焦茶さん眼鏡かけてるじゃないですか」

焦「あぁほんとだ私はドジっ子だから気づかなかった」

無「……」

焦「萌えただろ」

無「……いいえ」

焦「にゃー」

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無「焦茶さんは猫で茶色は犬って感じだよな」

茶「え?ど、どんな所がですか?(ワクワク」

無「そういう感情まるわかりな所が」

茶「そんなに分かっちゃいますか……?(ショボン」

無「うん……」

茶「わぅー……」

焦「私のどういう所が猫なんだ?」

無「前にも言いましたけど、何考えてるか分からない所です」

焦「なるほど」

無「それに飽きっぽい感じの所です」

焦「それは違うぞ色無」

無「え?」

焦「確かに私は飽きっぽい所がある」

無「それで?」

焦「しかし、私は君に飽きたことはない」

焦「何度見ても君のアレは見飽きない」

無「アレ?」

焦「象さんが好きです、でも色無の象……」

無「うわあぁぁぁぁ!!!!!いつ見たんですか!!!!!!」

焦「君が寝てるとき」

無「もう俺の部屋に入らないでください!!!!」

焦「ぱぉー」

焦「君のアレを勝手に見たのは悪かった。だけど外に追い出すのはあんまりじゃないか」

無「人の(ぱぉー)を勝手に見るような人を部屋に入れとく分けにはいきません!!!!」

焦「もう見ないから許してほしい」

無「いやです」

 1時間後

無「さすがにもう帰っただろ」

がちゃ

焦「開けてくれると信じていたよ」

ばたん

焦「色無、なぜ閉める」

無「早く帰って下さい」

焦「色無、君はさっき私のことを猫と言った」

無「何がいいたいんですか?」

焦「本当は私はウサギに似てるんだ」

無「ウサギ?」

焦「だから私は寂しいと死んでしまう」

無「分かりましたよ……もう変なことしないで下さいね」

がちゃ

焦「信じていたよ。それじゃあ一緒に寝ようか」

無「帰れ」

焦「みゅー」


焦「やぁ、色無」

無「あぁ、焦茶さん久しぶりですね」

焦「仕事が忙しくて全然来れなかった」

無「それは大変でしたね……てかそんなこと言いながら抱きつかないで下さいよ」

焦「この抱き心地、しばらく忘れてた」

無「ほおずりしないで下さいよ……早く放して……」

焦「なんでだ色無、もしかして私の事が嫌いになったのか?」

無「嫌いになってませんよ……だから放して下さい」

焦「嫌いじゃないなら良いじゃないか~久しぶりだし多目に見てくれても」

無「……久しぶりだからって……何も学校の前でこんなことしなくてもいいじゃないですか……」

焦「……」

無「みんなの視線が痛いよぅ……どうしてくれるんですか……」

焦「てへ☆」

無「そんなことしても許しません」

焦「にゃー」

無「許しません」

焦「みゅー」

無「だから許しませんよ」

焦「……フゥー」

無「逆切れしないで下さいよ!!」


『けいご』

焦「……秋だな」

無「秋ですね」

焦「敬語はやめてほしいと言ったはずだが?」

無「すいません、普段からこんな口調なんで、なかなか直せないんです」

焦「それは妹から聞いている。だが、あえてそこをなんとかしてほしい」

無「はあ」

焦「敬語もいいのだが、やはり恋人同士の砕けた会話もしてみたい」

無「じゃあ……焦茶」

焦「……」

無「焦茶? 焦茶さん?」

焦「……新鮮だ。あまりの新鮮さに言葉を失ってしまった」

無「そうですか?」

焦「ふむ、なるほど……」

無「?」

焦「やはり特別な時だけにしよう」

無「どうしてですか?」

焦「そうすればより長く新鮮な感動を味わえそうだからだよ」


焦「色無、夕飯を食べに行かないか?」

無「いいですよ。どこに行きます?」

焦「ラーメンを食べに行こう」

無「わかりました」

—————

無「味噌ラーメン1つ」

焦「私も同じのを」

無「焦茶さんと2人で出かけるの初めてですね。なんかドキドキします」

焦「それは告白と考えていいんだな?」

無「どう考えたらそうなるんですか……あ、来ましたよ」

焦「待て、話を変えるな」

無「いただきまーす!」

焦「……」

ズルズル

焦「……」

無「焦茶さん……どうしたんですか?」

焦「いや、なんでもない」

ズルズル

焦「あつ……」

無「焦茶さん、もしかして猫舌ですか?」

焦「……」

無「涙目で睨まれても怖くないですよ……というかなんで睨むんですか?」

焦「ラーメンはこんなに熱いのに色無は冷たいなと」

無「誰がうまいこと言えと」

焦「このチャーシューもうまいな」

無「……」


茶「お姉ちゃん、お姉ちゃん!隣の家に囲いができたんだって」

焦「そうか」

茶「……あ、あと、空き地の前に塀ができたんだって!」

焦「そうなのか」

茶「……(青と空ちゃんみたいに息ぴったりだと思ってたのになぁ……)」

焦「どうした?」

茶「わぅー……」

焦「私は茶色の笑った顔が好きなのに、そんな顔されると悲しいな」

茶「お姉ちゃん……(*´∀`)」


焦「最近の君は、私に冷たいぞ」

無「そんなことないですよ」

焦「いや、間違いない」

無「例えばどんな所ですか?」

焦「茶色には優しいのに私には優しくない」

無「それは、茶色がドジっこだからですよ」

焦「……」

無「その点、焦茶さんはしっかり者ですから」

焦「そうか、わかったよ」

無「理解してもらえてよかったです」

焦「それじゃあ」

無「はい、また今度」

 こてん

無「……」

焦「ふぇー痛いよー転んじゃったよー」

無「そんなことしても俺は何もしませんよ……」

焦「転んじゃったにゃー」

無「何もしませんって……」

焦「わぅー」

無「……(不覚にもちょっと萌えた……)」

焦「なるほど、次からこれでいくか」

無「読まれてる……」


無「あーさびー……うわ!!」

焦「お帰り」

無「なんで人の部屋の前に座ってるんですか?」

焦「色無に会いに来たけどいなかったから待ってた」

無「……とにかく中に入って下さ……冷た!焦茶さん凄い冷えてるじゃないですか!」

焦「そうか?」

無「どんだけここで待ってたんですか?」

焦「2時間くらいだな」

無「そんなに待ってたんですか……」

焦「くしゅん」

無「焦茶さんもしかして……」

焦「ん……」

無「やっぱし熱がある……」

焦「おでこで計ってくれ」

無「寝ててください」

焦「いいのか?」

無「仕方ないですから」

焦「すぅー」

無「って……なんでうつ伏せで寝てるんですか?」

焦「布団からする色無の匂いがたまらない」

無「……」

無「今すぐ氷嚢作ってきます」

焦「大丈夫、服全部脱ぐから」

無「わー!!なにやってんですかー!!」

焦「激しい運動すれば治ると思ったのに」

無「……」


焦「色無」

無「今から寝ようと思ってたのに……」

焦「すまない、私の事は気にせず眠ってくれ」

無「……じゃあお言葉に甘えて」

焦「じー」

無「……」

焦「じー」

無「……」

焦「じー」

無「……あの、寝れないんですけど」

焦「それは、大変だ~私が本を読んであげよう」

無「いや焦茶さんが帰れば……って、聞いてない……」

焦「むかーしむかし、おじいさんとおばあさんが住んでいました」

無「うんうん」

焦「これはそれから2000年後の話……時代は20XX年」

無「うんう……んん?」

焦「『お願い、私をお兄ちゃんの物にして』「え?でも……」『私、お兄ちゃんのことが……』」

無「うわあぁぁぁ!!!何読んでるんですかぁぁぁ!!!」

焦「何って君のベッドの下に入ってた本だけど、何か問題でも?」

無「ねー……って、ありますよ!!!」

焦「しかし、色無はこんなのが好きなのか」

無「終わった……」

焦「……おにーちゃん」

無「!!……べ、別にキュンとなんかしてないんだからねっ!!////」


私はいつも素直に自分の気持ちを彼に伝える

それは、彼が好きだから

すでに恒例となったストレートな私の告白に、彼はいつしか照れることもなくなった

最初はその反応が嬉しかった

私に自然に接してくれるようになったと思ったから

けれど、いつの間にかその反応が嫌になった

それは、私の気持ちを冗談として捉えているんじゃないかと思い始めたから

どんなに自分の素直な気持ちを伝えてもちゃんと受けとってもらえてない

そう思うと無性に悲しくて、寂しい気持ちになった

なんとしてでも彼の気持ちを確かめたい

でも、私の期待している答えが返って来なかったら……

無「最近、好きって言ってくれませんね……俺のこと嫌いになりましたか……?」

でも、それは単なる私の杞憂でしかなかった

私のしたことは間違ってた

でも、そのおかげで彼の気持ちを知ることができた

彼の気持ちを知れてこんなにも嬉しい気分になるなんて、やっぱり私は彼が……

焦「大好きだ!!」

無「ちょ!ちょっと!!声大きいですよ!!」


空「お姉ちゃん、色無先輩が変なこと言ってたんだけど……」

青「どんなこと?」

空「足音が1つ余計に聞こえるとか、夜誰かが枕元に誰かが立って自分を見下ろしているとか……」

青「そんなまさか……この寮にそんなものがでるわけ……」

無「怖い……なんで余分に足音が聞こえるんだ……どうしてついてくるんだ……」

無「……きっと疲れてるんだ……今日は早く寝よう……」

 ヒタ

無「……(まただ……また誰かが見下ろしてる……怖い……でも今日こそ正体を見てやる……COOLになれ!)誰だ!!……うわあぁぁぁぁ!!」

焦「どうした怖い顔して?」

無「なにしてんすか!!」

焦「キス」

無「そうじゃなくてなんで人の枕元に立ってるんですか!!」

焦「好きだから」

無「そうじゃなくて……は!!もしかして最近ずっと俺の後つけてたのは……」

焦「いぇーい」

無「……」


焦「色無」

無「どしたんですか?」

焦「どうやら私はアルツハイマーらしいんだ」

無「え……」

焦「このままでは私は茶色のこと寮のみんなのこと、そして色無のことも……」

無「焦茶さん……」

焦「だから……」

無「焦茶さん?」

焦「頭で忘れても体が覚えていられるように私を抱け」

無「や、やめてくださ……」

 ガチャ

青「色無!夜ば……この変態め!」

無「……(夜ば?)」


焦「聞いてくれ茶色」

茶「なになに」

焦「最近電話のとき、色無が夜9時には話題を切り上げるようになったんだがどう思う?」

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紫「怖いの見た後ってなんでトイレに行けなくなるんだろう……?」

焦「大丈夫だよ、紫」

紫「焦茶さん……」

焦「便座のふたを開けたら生首がこっち見てるなんてことはないし。幽霊なんて迷信だと思って上を向くと、思った通りの生首がニヤニヤ笑ってるとかもないし。トイレを出ようとした時に背中を撫でられたりとか全然ないから大丈夫だ」

紫「……」

 ぎゅっ

焦「どうした?」

紫「一緒に来てくれません……か?」

焦「あぁ、いいとも(読 み 通 り)」


無「やっぱりお餅は焼いたのがいちばんだなー」

焦「はふはふ……あつッ」

無「あ。そういえば焦茶さん、猫舌でしたっけ。けっこう熱いですから気をつけてくださいね」

焦「すまない。しかしこうしてお餅を食べていると、いかにも新年という感じがするな」

無「そうですね。こたつでみかんとお餅……風流ってやつですか」

焦「ちょっと年寄りじみているがな」

無「でも、いいでしょ」

焦「うむ。じゃあ、……えいっ」

無「こ、焦茶さん?なんでコタツにもぐって——うぉぁ!?」

焦「ぷはっ。 ふふ。これもまた風流、ではないかな?」

無「いきなりコタツにもぐって人のいるところに顔を出すことの、どこが風流ですか!?」

焦「恋人同士の姫始めには、よくあるシチュエーションじゃないか?」

無「どんなマンガの読みすぎですか……」(うぁー、でもちょっとこの上目遣いはやばいかもしんない……)

焦「ふふ、ふふふ……」

無「な、なんすかその笑いは」

焦「なんというか——幸せすぎて、ね」

無「え、ぁ……っと」

焦「しかしいかんな。ネコではないが、少々眠気が……」

無「……別にいいですよ。そのまま休んでもらっても」

焦「そうか。ありがとう、色無」

無「いえ。おやすみなさい、焦茶さん」

朱「ただいまーああもうホント寒い寒いこたつこた——」

焦「Zzz……」

無「ぐー……」

朱「これ、って……」

橙「おかえりなさい朱色さ——……えーと、これって」

朱「……どう思う?オレンジ」

橙「……のーこめんとでお願いします」


焦「ふふふふふ。色無、いま私は世界で一番幸せな自信がある」

無「太股を撫でないで下さいって。集中できません」

焦「愛しい男の膝枕に耳掃除。最高のコンビだ。例えるならば炬燵に蜜柑、梅に鶯、鬼に金棒、カエルに一茶、棚に牡丹餅。おっと、最後は違うな」

無「もしかして酔ってます?」

焦「当然だろう。色無の温もりと匂い、愛しい男と二人きりの時間。私の為の行動。これ程の美酒に酔わないことは無礼を通り越してもはや罪だ」

無「だから太股を撫でないで下さいって。くすぐったいんですよ」

焦「そんなことより色無、さっきから手が止まっているぞ?私に飽きたのか?」

無「人聞きの悪いことを……全然耳アカが見つからないので少し奥を見てるんですよ」

焦「耳アカなんてあるわけが無いだろう。耳掃除は今朝したばかりだからな」

無「はい?今なんと?」

焦「色無に汚れた女だと思われたくないからな。朝のうちに綺麗にしておいた」

無「……・・すみません、ちょっと何処から突っ込んでいいのかわからないんですが」

焦「耳かき棒は耳に突っ込めばいいだろう」

無「えーっと、なんで俺耳掃除してるんですか?」

焦「私がお願いしたからだ」

無「本末転倒って知ってます?」

焦「個人的には倒置法だと思っている」

無「……何を強調してるんですか」

焦「愛しい男と二人きりの時間、私の為の行動、わがままを許してくれる色無の優しさ、そして私の乙女心。あとは少々のスパイスかな」

無「……はぁぁぁ。仕方無いですね。他に言いたいわがままはありますか?」

焦「頭を撫でて欲しい。今だけ私の事を考えて欲しい。これ以上はもったいないから次回にとっておくさ」

無「まったく、わがままなお姫さんですこと」


焦「やあ色無君、今日は休館日だから遊びに来たぞ」

無「うわっ! ノックもなしにいきなり入ってこないで下さいよ、びっくりした……だいたい、こんな時間じゃ休館日も何も関係ないでしょう」

焦「そうでもない。図書館司書というのは、五時に店じまいしたあとも何かと忙しいんだぞ」

無「店じまいって……まあともかく、僕ちょっと宿題しないといけないんで、しばらくおとなしくしててもらえますか?」

焦「む、そうか……やむをえないな。学生に対して学業をおろそかにせよとは言えないし。一日千秋の思いで待つとしよう」

無「いや、そんなには待たせないと思いますけど。まあなるべく早く終わらせますよ」

 五分経過

焦「終わったか? まだか?」

無「まだ始めたばかりです!」

 十分経過

焦「終わった——」

無「もし五分ごとに邪魔する気なら、茶の部屋に行ってもらいますよ」

焦「……」

 三十分経過

焦「……にゃー」

無「……はい?」

焦「今から私は猫になる。猫は寂しいと死んじゃうんだぞ。かまってくれ。にゃー」

無「……寂しいと死ぬのは猫じゃなくてウサギですよ」

焦「……はっ! しまった。ホントはウサギだにゃー」

無「にゃーって鳴いてますよ」

焦「……最近は猫も死んじゃうんだ」

無「聞いたことないですね、そんなの」

焦「……色無君、そんな枝葉末節にこだわるなんて君らしくないな。男ならもっと本質を見据えるべきだ。つまり猫かウサギかにかかわらず、私は寂しい。かまってくれ」

無「だから宿題を——」

焦「かまってくれ。かまえかまえかまえ」

無「あーもう……わかりましたよ。宿題は明日青にでも写させてもらいます」

焦「分かればよろしい。ふふふ……やはり君は優しいな」


「おはよう。色無」

「……なにしてんですか焦茶さん」

朝。心地よい一日の始まりに、一番最初に色無が目に入れたのは焦茶のフルアップだった。

「近いです。焦茶さん」

「む、嫌か。ならば離れよう」

一瞬寂しそうな雰囲気を出して、焦茶は、すっ、と色無から顔を離して、そのまま立ち上がってノビをした。

「んん……っと。ずっと屈んでいたから大分体が固まってしまった」

「はあ……なんでまた俺の部屋に」

「なに、簡単な事だ。一日の始まりを君の顔で華やかなものにしようと思ったまでだ」

「はあ……」

時々彼女はこういう変な事を言う。そういった彼女の言動を色無は理解できないでいた。

「まぁいいです……ところで今何時ですか?」

「ん?8時だ」

「8字?!遅刻じゃないですか!何で起こしてくれなかったんですか!焦茶さん、仕事は?!」

「うむ。だから仕事前に君の顔と声を見聞きしておこうと思ったのだが」

「だったら、起こしてください!」

「しかし、君の寝顔があまりにも可愛らしかったのでついつい……」

特に悪びれた様子も見せない焦茶に溜息を一つ吐いて、色無はベッドから飛び降り、急いで階下へと降りる。

居間を通って洗面所で顔を洗った後、テーブルに並べられた黄緑が作った朝食を、つまめるだけつまんで再び部屋まで駆け戻った。この間わずか10分。そして着替えようと服に手をかけた所で、自分の部屋に焦茶が居る事に気がついた。

「焦茶さん、何時までここにいるつもりですか?」

「気付かれたか。あわよくば君のサービスシーンでも網膜に焼き付けようかと思ったのだが」

「ふざけないで下さいよ……全く。こっちは急いでるんですから」

「そうか。ならば私が手伝ってあげよう」

そう言うと、焦茶は色無の胸元に手を伸ばして、パジャマのボタンを一つ一つ外していった。

「え、あの。焦茶さん、いいですよ……そんな」

女性に服を脱がされる。初めての体験にしどろもどろになる色無。

「なに、気に病むことじゃないさ。私が好きでしてるんだ」

そうして全部ボタンを外すと、色無の背後に回ってするりと上着を腕から剥がした。

「はい。シャツ」

「あ、ありがとうございます……」

壁にハンガーで吊るしてあった学生服を取り出して、そのシャツを色無に手渡し、色無の腕を背中から通す。

ふと色無は、自分の格好を見て、少し嫌な予感がした。

「あの……焦茶さん。下は、自分でやりますので……」

「ん?何か言ったか、色無」

恐る恐る振り返った色無。しかしそこには妖しいというか恐ろしいというか目が怖いというか、まあ嬉しそうな顔の焦茶が低空姿勢で迫ってきていた。そうしてその両手が色無のズボンの端を捉えて、ずり降ろそうと力が込められた。

必死に抵抗する色無。

「うわ怖っ、ホント、マジ自分でやりますから!いいですから!」

「なに、気にする事は無い。好きでしているのだ」

「さっきから好き好きって……どんだけ好きなんですか!?」

ピタリ。

色無のズボンに込められた力がピタリと止んだ。

不振に思った色無は、焦茶を見下ろした。そこに見えた焦茶の顔色は、キョトンとしたあどけないものだった。いつもの彼女の大人っぽい雰囲気とのギャップで随分可愛らしく見えたのだが。

「私が、君をどれだけ好きか……だと?」

「え?誰もそんなこと言ってない……」

「今それを証明しても良いのか?学校行けなくなるどころか足腰立たなくなるぞ」

前言撤回。ものっそい妖艶な笑みを浮かべていらっしゃる。

「そうか……丁度目の前に君の『質量を持つ分身』が鎮座していらっしゃる。まず手始めにコレをピ—(自主規制)して……」

「わーわー!放送に適さない言葉が出てきた事をお詫びします!ってか女性がそんな事言ったらいけません!」

「ダメか」

「ダメ!」

「そうか……だったら速く着替えなさい」

「だったら速くそうさせてください」

それから……

「まあ、着替え終わったんですが、一つ気になる事があったんですが」

「なんだ?」

「さっき思いっきり俺の事好きって言ってましたよね」

確かに言っていた訳だが。

「なんだいきなり。今に始まった事ではないだろう。私は君に出会ったころから好きだ好きだといい続けてきたわけだが」

「あれ?そうでしたっけ」

「そうだ。最初の頃の君は私の一言一言に可愛らしいリアクションをしてくれていた。だのに最近はスルーされっぱなしで、実は寂しかったんだぞ」

「そうでしたっけ……そうか……焦茶さんが、俺の事……」

「そうだ」

それっきり色無も焦茶も黙りこくってしまった。

だが暫くして焦茶のクールボイスが沈黙を破った。

「時に色無。もう8時半も過ぎて9時になろうという時刻なのだが」

「……」

色無の反応はない。

「遅刻……するぞ?」

「もう、いいです」

ゆっくりと吐き出すように呟く色無。そして、焦茶のほうに向き直って、笑みを浮かべた。

「もう行く気なくしました。どうです?このままどこかへデートしませんか?」

「行くすぐ行く今に行く。まってろ、今職場に連絡入れるから……」

気持ちいいくらいの即答が帰ってきた。


『約束』

焦「お帰り色無」

無「焦茶さん、今日は?」

焦「今日来れば色無の手料理が食べられると聞いてね」

無「……何で知って」

焦「妹がメールで」

無「なるほど」

焦「しかしよかったのか、人数が増えると不都合が生じたりしないか?」

無「大丈夫ですよ今から作るんですから」

焦「ありがとう、色無は優しいな、会うたびに惚れなおしてしまうよ」

無「……とりあえず、料理が出来ないんで抱き付くのはやめてもらえますか?」

焦「すまない、つい無意識のうちに」

無「出来ましたよ」

焦「……」

無「……焦茶さん?」

焦「夢ではないよな、茶?」

茶色「うん、夢じゃないよお姉ちゃん」

焦「ぅ……」ポロポロ

無「焦茶さん……泣いて」

焦「好きな相手の手料理が食べられるなんて、私は三国一の幸せ者だ」

無「大袈裟ですよ」

焦「……すまない、泣いていては味わえないからな。しかし貰うばかりでは私の気がすまない、何か出来る事はないだろうか?」

無「じゃあ今度、食材の買い出しに車を出してもらえますか?」

全色「!!!」

無「この中で車を持ってるの焦茶さんと群青さんだけなんで」

焦「手料理だけでなくデートまで! 今日ほど年上でよかったと思った事はないよ」


「色無、そろそろ起きたらどうかね」

大手を振って惰眠を貪ることのできた休日の朝は、痺れを切らせた一人の女性の手によって唐突に幕切れを迎えた。

色無が蓑虫のようにくるまっていた布団は毛布を含めて剥ぎ取られ、急な寒さが色無の眠気を吹き飛ばし、この迷惑な闖入者へ意識を向けさせた。

「こ、焦茶さん?」

またですか、とため息混じりに呟く色無を後目に焦茶はてきばきと窓を開け放ち、布団を窓枠に引っかけて干していく。

「こんな時間まで寝ているとは感心しないな。それと、いくら寝てても誰かが部屋に入ってきた事ぐらい察したまえ。私だったから良かったが、犯罪者だったらどうするつもりだ」

「部屋に押し入って寝込みを襲った事のある人のセリフじゃないですね」

布団を干し終えた焦茶は色無の方に腕組みをして向き直り、さも当然といった風に言ってのける。

対する色無も慣れたもので、焦茶が振り向いた時には脱いだ寝間着を脱衣籠に放り込み、手近にあったジーンズとパーカーを着込んでいた。

「ああ、着替えはもうちょっとゆっくりでも構わないんだが」

「ゆっくりしてたら嬉々として手伝おうとするでしょうが」

それでも焦茶はパーカーの巻き込まれた部分や服の皺をめざとく見つけて直していく。

なにしろ裾を直すだけでも口の端がやんわりと上がっているのだ。

色無は最初から最後まで着替えさせられてしまった日の事を思い出して軽く身震いをする。

気恥ずかしさも手伝って視線を動かすと、時計が10時前を指している事に気づいて良く半日近くも寝たものだと色無は自嘲する。

服を直した後に軽く抱きしめた事で満足したのか、焦茶はそれ以上何かする事もなく。

2人は食堂でブランチをとり、春の陽気が差し込む色無の部屋でのんびりと過ごしていた。

程良く暖まったベッドの真ん中に焦茶が寝そべり、その横に窓枠を背もたれにして色無が座り込んでいた。

一人用のベッドに2人がきっちり収まる余裕は元より無く、色無が焦茶に膝枕をする事となった。

座り込むちょっとした隙に片足を抱き枕よろしく絡め取られた色無は気が気ではないため、少しでも気を逸らそうと適当な話題を見つけて話しかける。

「さっきは適当に作りましたけど焦茶さんってホント好き嫌いないですよね」

黄緑の手によって管理された冷蔵庫の中には殆ど食材が残っておらず、苦肉の策として漬物でチャーハンを作ったのだったが、焦茶はそれを嬉々として平らげた。

「小さい頃は幾つかあったんだが、茶の好き嫌いをなくそうとする内になくなったよ。なにより、君が作ってくれた物を私が残す訳がなかろう」

誰も知らない2人の幼い頃を思い出したのか苦笑しながら焦茶は言う。

「なら、苦手な物とか嫌いな物とかはありませんか」

「ないな」

「人間何か一つぐらい怖かったりとか絶対駄目な物があるでしょう」

「君は私の弱味を握って何かするつもりなのかな。君になら何をされようと臆することなく受け入れてみせ——」

自分の事を知ろうとしてくれるのが嬉しいのか、食い下がる色無の顔を笑顔で見つめていた焦茶は何か思いついたらしく、浮かべた笑みを悪戯っぽいものに変える。

「や、ちょっと話が飛躍してますってば」

自分の企みに気付かずに慌て始める色無に満足したのか、それからこう言った。

「そうさな、君に抱きしめられるのが怖い、かな」

「え?」

言うが早いか焦茶は体を起こして色無の体に抱きついた。

焦茶の動作自体は緩慢だったのだが、色無は焦茶の言葉の意味を理解しきれなかった為に対処が出来なかったのである。

色無の首に腕を回し、細身の割にしっかりとした色無の胸にしなだれかかるような体勢になり、焦茶は待ちわびたかのように頬ずりをした。

色無は柔らかなふくらみがしっかりと自分の体に密着しているという基本的な事も忘れてただ焦茶のされるがままになっている。

「君が寝込みを襲うなと言ったから私はいろいろと我慢したのだぞ。ただでさえ会える時間は少ない上に、寮の中では2人っきりになれる機会は輪をかけて少ないんだ。

今日はたっぷりと色無分を補給させて貰うぞ」

それでも今朝は2時間ほど寝顔をつついたり眺めたりと堪能させて貰ったのだが、と付け加えそうになり焦茶はそこで口をつぐんだ。

「怖いって何が。それと色無分って何ですかっ?頬ずりなんてしてないで教えて焦茶さんっ」

そこでようやく色無は気を取り直し、抱きついて離れない焦茶の体を揺さぶりながら問いかけたのだが一向に答えが返ってくる様子もない。

色無はいったん諦めて体の力を抜いた。

焦茶の温もりと水色の花壇から漂う春の香りに包まれて色無は少し眠り、

「ふたりとも、何やってるのよぉぉぉっ!」

気が付いたのは、遅い昼食を出来れば一緒に食べようと色無を誘いにやってきた群青の絶叫を聞いたからであった。

「ぐ、群青さんっ!や、これには深いわけがありましてほら、焦茶さん起きてっ!」

怒髪天を衝かんばかりに目をつり上げる群青を見て恐れおののく色無とは対照的に、

群青の絶叫を聞いてもまだ色無の胸の中で寝ていた焦茶はまだ寝足りないと言った表情で、「なぁ色無、君に抱かれるのは怖かろう」と言ってのけ、

群青に向かってにやりと笑ってから今度は色無の胴に手を回してまた深い眠りに落ちていった。

「本当は、君と離れる時が来るのが、たまらなく怖いのだがね」

彼女が眠りに落ちる直前そう呟いたのは、誰も知らない。


『挨拶と生きがい』

焦「色無君おはよう、今日も愛らしいな」

無「焦茶さんおはようございま——うわっ」

焦「抱き心地も最高だ」

無「はずかしいですよ焦茶さん」

焦「ただの朝の挨拶じゃないか」

無「そうなんですか?」

焦「そうだとも、映画でもやっている。こんど見せてあげよう」

無「遊んでくれるのはうれしいですけど、高校のお友達と遊んだほうが……」

焦「私の心配をしてくれるのか? 大丈夫、高校の友人ともきちんと遊んでいるからな」

無「でも、毎日会いますよね?」

焦「色無は私の生きがいになっているからね……それではまた後で」

無「毎日抱きつかれるのはなれたと思ったんだけど、最近またドキドキするようになってきちゃったし……どうしたんだろ僕」


茶「(ガサゴソ)〜♪」

焦「茶、何をしているんだ?」

茶「えへへ〜、明日は修学旅行なんだよ」

焦「なんだと?どうしてそれを早く言わないんだ!」

茶「ふぇっ?!だ、だって……」

焦「もちろん宿泊先は旅館だな?」

茶「? そうだけど……」

焦「大浴場はあるな?」

茶「うん、多分……」

焦「混浴は?」

茶「そ、そこまでは知らないよ……それに、混浴なんかあっても入らないし」

焦「ふふふ、そうと決まれば早速私も旅支度だ」

茶「ちょっと、お姉ちゃんも来るの?!」

焦「来ちゃ悪いか?可愛い妹が心配でな」

茶「そっかー。じゃあ仕方ないね」

焦「……。(これで了承してくれるのだからある意味本当に心配なんだが)」

茶「でもあんまり目立った行動しちゃダメだからね」

焦「それは問題ない。私は色無と一緒に行動するだけで後は何もする気はないからな。間違ってもホテルに連れ込もうなどとは考えてはいない」

茶「そっかー、なら心配ないね」

焦「……。(本当にこの子は大丈夫なのだろうか?普通の子なら突っ込みがきてもおかしくないような発言をしたつもりなんだが)」

茶「一緒に旅行楽しもうね、お姉ちゃん♪」

焦「……(ガバッ!)」

茶「ふぇ?!ど、どうしたのお姉ちゃん、いきなり抱きついてきて……」

焦「すまない、茶。私は一つの愛にとらわれ過ぎてもう一つの身近な愛すべき存在に盲目になっていたようだ」

茶「?」

焦「今回は私は引き下がろう。修学旅行、楽しんで行っておいで」

茶「え?お姉ちゃん行かないの?」

焦「あぁ、もう少しお金に余裕ができたら、のんびりと旅行に行くことにするよ。茶と一緒に」

茶「本当?!楽しみにしてるね!!」

焦「ふふ、期待を裏切らないように頑張るよ」


「うわー……びしょびしょだ……」

「まぁ、通り雨だろう。しばらくここで雨宿りしようじゃないか」

 突然の雨に、俺と焦茶さんは少し走った所にあった、商店の軒先にお邪魔するはめになった。

 と言っても店は閉まっており、迷惑をかけることもない。

 とはいえ目の前で滝のように流れ落ちる雨に、少々うんざりしていた。

「……結構激しいですね」

「そうだな……」

 取り留めのない会話をしながら、ハンカチで滴る水滴を拭った。

 ふと、焦茶さんの方を見ると自分と同じように拭いてる所だった。

 綺麗な茶色のロングへアーが、濡れてなんとも言えない色気をかもし出していた。

 長い指先とハンカチが髪に絡み、余分な水滴を拭き取っていく。

 ふと、その動きが止まった。一泊置いて声が届く。

「どうした?」

「あ、いや、別にっ!」

 その光景に魅入っていた俺は、慌てて焦茶さんから目を逸らした。

 それが、要らぬ誤解を生むとも知らずに。

「ま、まさか、服が透けているのか?」

「いやそんなことは———」

 誤解を解こうと振り返った先では、焦茶さんが少し困り顔でそわそわと服のチェックをしていた。

 いつも冷静沈着で、慌てることなんてないんじゃないかと思っていたから、その様子は新鮮だった。

「大丈夫だよ、焦茶さん」

 だから俺は、できるだけ落ち着いた声音で声をかけた。

「本当か?」

「うん、本当」

「そうか……良かった。君以外に見せるなんてとんでもないからな、安心したよ」

 その声には安堵の響きが含まれており、その内容は俺を突き動かすには十分だった。

「……抱き寄せて頭撫でてくれるのは嬉しいが、急にどうしたんだ?」

「なんだか可愛くて……つい……」

「……そうか」

 そう言った焦茶さんから、俺は妙な違和感を感じとった。

 一瞬聞くべきかどうか迷ったが、また違う一面が見られるかもしれないと言う好奇心の方が勝った。

「どうかしました?」

「……私は可愛いなどとは言われないし、自分でもそうは思わない。いつもなら否定するところだ。

だが、どうしてだろう。君が言うと、素直に信じられるんだ」

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 ———俺はただ、何も言わずに抱きしめる力を強くした。

「君の腕の中は、心地が良いな……」

 どうかもう少しの間だけ、雨よ止まないでくれ。

 曇り空に、そう、願った。


 喉が渇いて、居間に下りていくと玄関に茶髪の女性が居るのが目に入った。

 髪が濡れていたから、きっと降られたんだろう。今日も外はドシャ降りだ。

 そこまで考えてふと疑問が沸く。

「あれ、茶、傘持って行かなかったっけ?」

「やぁ、色無」

 女性はこちらに気がついたのか、顔を上げて挨拶をした。

 ただそれは俺が想像していた声ではなかった。

「……こげちゃ、さん?」

「正解。出先で降られてしまってな、寮が近かったので妹にタオルと傘でも借りようかと思ったのだが……居ないみたいだな」

 残念だ、と付け加えてまた出て行こうとする。

「ダメですよ、風邪ひいちゃいますよ!」

「……いや、しかしだな……」

「いいから!」

 また濡れようとしてる焦茶さんにも、頼ってもらえない自分にも少しいらだった俺は、

 強引に焦茶さんの手を取ると自室に取って返した。

 バスタオルをタンスから取出し、とりあえずこれで体を拭いてくださいと焦茶さんに渡した。

「あ、ああ。すまない」

 すぐに髪を拭き終わった焦茶さんから、バスタオルを返却された。

 その時、その体が寒気からか少しだけ震えたのが分かった。

「あ……服、濡れてますよね。俺の服で良ければ着てください」

 気が付かない自分の鈍感さに嫌になりながら、適当に見繕って服を差し出した。

「ふむ……」

 焦茶さんは少し考えた後、おもむろに服を脱ぎ始めた。
「こ、焦茶さん! な、何して……」

「着替えろ、と言ったのは君だぞ?」

 慌てふためく俺に、いたずらっぽい笑顔を浮かべ答えた。

「そ、それはそうですけど……」

「まぁ、そういう訳だからな。君が見たいのなら見てもいいぞ?」

 そう言って焦茶さんは作業を続行しようとしたので、慌てて背中を向けた。

 衣擦れの音がやたら大きく聞こえ、否が応でも意識がそちらに集中する。

「なんだ、てっきりこう言うことがしたいから私を部屋に連れてきたのかと思ったんだが……」

「い、いや俺は焦茶さんが心配だったからこうしたまでで……」

 何故だか残念そうに呟いた焦茶さんに、しどろもどろになりながら答えた。

「それなら他の女の子を呼んでも良かったのではないか?」

 言われて気付く。何も自分の部屋につれてくる必要はなかった。

 寮なんだから誰か居たかもしれないし、風呂だって湯が張ってあったかもしれない。

「ふふ、冗談だ。私もこうして貰った方が嬉しい。——っと、もうこっちを向いてもいいぞ」

 頭を抱えている俺に声が掛かる。その言葉に救われた気がした

 衣擦れも聞こえない。どうやら着替えも終わったらしい。

「ああ、君の匂いがシャツに染込んでいて、まるで君に抱きしめられているようだよ。今夜はなんだか安眠できそうだ」 

「な、何いってるんですか——」

 相変わらずこの人は恥ずかしいことを言うな。そんなことを思いながら振り返った。

「——って下着! 下着しまってください! というかなんで脱いでるんですか!」

「下着も濡れていたんだ、仕方ないだろう」

 いたずらっぽい笑顔で、答える。明らかに確信犯だ。

「ああ、そうだ。お礼として置いていこうか?」

「な、なな何を言って!」

「ふむ、では私のでは興奮しないか?」

「そんなことはっ!」

「……君は本当にからかいがいがあるな」

 そう言ってくすくすと笑う。

 言われて初めて自分がとんでもない墓穴を掘っていることに気が付く。

「ひどいですよ、焦茶さん……」

「まぁ、そういうな。礼と言ってはなんだが、受け取ってくれ」

 急に焦茶さんの顔が近づいてきたかと思うと、唇に柔らかい感触があたった。

 雨の匂いと濡れた髪が妙にくすぐったかった。


 遠くから風鈴の透明な音が聞こえる。

 そんな中、色無は部屋でうちわをあおぎながら一人机に向かって勉強していた。

「今日も寝苦しそうな夜だな……ああ、こんな日はアイスが食べた——ぅわあぁッ!?」

 予想だにしていなかった感触が首筋を襲い、色無は思わず変な声をあげて振り返った。

「やぁ」

 スーツ姿の焦茶が、チューペット咥え、色無の首筋にチューペットを当てた体勢そのままでそこにいた。

「なんでこんなとこに!」

「しほほかえりにひゅほのんこほ……」

「チューペット咥えたまま喋らない!」

 焦茶は色無にそういわれると、仕方なし、と言った表情で咥えてたチューペットを持った。

「仕事帰りに朱と飲むことになってね」

「……それがなんでチューペット食べてるんですか……」

 スーツ姿と、アップにした髪がまた違った印象を色無に与えていた。

「朱がチューペット食べたいと言い出して、私がじゃんけんに負けたのだ」

「はぁ、それで取りに行くハメになったと。 で、なんで俺の部屋に?」

 スーツ姿でキリっと真面目に答えると勘違いしそうになるが、言っていることは小学生と余り変わらない。

 だが何時もどおりと言えば納得できる理由に、半ば以上呆れた声音で色無は答えた。

「帰りに前を通ると扉が少し開いているのを発見してな。 閉めようと近づいたらいたいけな少年の願いが聞こえたので、叶えてやろうと思ったんだ」

 ほら、ともう溶けかかっていきているチューペットを色無に差し出した。

「いやこれ朱さんのでしょ?」

「そんな硬い事を言うな。 じゃあこうしよう。 私が君とチューペットが食べたいんだ」

 そこまで言われては受け取らぬ訳にはいくまい。 色無は渋々受け取ろうとする。

 手が伸びてきたところで、焦茶がハッとした様にチューペットを遠ざけた。

「そんなにチューペットが嫌なら、チューにしよう。 そうだ、それがいい」

 嬉々として言う焦茶に、色無は思う。

「……焦茶さん、酔ってます?」

「君にな」

 その返答はどこまでもまっすぐで、何よりも早かった。


がちゃ

「……おはよう、茶」

「ね、姉さん! お、おはよ……」

「我が妹ながらこんなに積極的だとは思わなかった」

「ち、違うの。これはその夜にお手洗いにいった帰りにちょっと寝ぼけて」

「そうか、なら早く自分の部屋に戻った方がいい」

「そうするけど、お姉ちゃんはどうしてここに?」

「朝這……1日の活力補給に」

「……」

「……」


『メガ』

 あれは学校の帰り道。 たまたま下駄箱で茶色と会って、一緒に帰る事にした。

 くだらない話をしていたら、突然の急な雨。

 とりあえず俺たちは目の前にあったマク●ナルドに避難した。

「俺はメガテリヤキを試してみるけど、茶色は何食べる?」

「えーっと……チーズバーガーセットで飲み物はコーラにしようかと……」

 ごそごそとカバンの中を探しながら、茶色が答える。 多分財布を捜しているんだろう。

「んじゃ一緒に頼んでおくから、茶色は先に席確保しておいてよ」

「わ、わかりました。 財布さん、どこにあるの〜でてきて〜!」

「まぁまぁ、見つかった時払いでいいよ。 それより席、頼むね」

 はい、と気落ちした様子で茶色が答え歩いていった。

 他にも自分達と同じ考えなのか、少し混んでいるレジに並んでからオーダーを終え、商品を受け取って茶色の後を追った。

 軽く探すと、茶色はすぐに見つかった。 片方がソファーになってるテーブルで、ソファー側に座っていて——

「やぁ、奇遇だな。 私も雨宿りなんだ」

 ——隣に、スーツ姿の焦茶さんが居た。

「たまたまお姉ちゃんがいてね、せっかくだし一緒に、と思ったんだけど……」

「うん、かまわないよ」

「すまないな」

 焦茶さんは、俺の答えに嬉しそうに少しだけ笑った。 困り顔だった茶色の顔にも笑顔が戻る。

「あ、それがメガテリヤキですか?」

「ああ、思ってたよりも重そうで参ってるよ」

 包装を解いている俺の手元を指差して、茶色が言う。

「メガ? あのバーガーが2段重ねになっている奴か」

「それを言ったら身もふたもないでしょう」

 コーヒーを飲んで冷静な意見を言う焦茶さんに苦笑して答えた。

 ふと、何か思い当たったのか焦茶さんがおろしていた髪をポニーテールに纏め上げる。

「……なにしてるんです?」

 質問を無視して、焦茶さんは同じように見ていた茶色と同じ姿勢をとると、真面目な顔で。

「メガ茶色」

 何故かみるみる真っ赤になる茶色。真面目な顔のままの焦茶さん。唖然とする俺。

「……め、メガ茶色〜」

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 数秒の間を置いて、赤面したままの茶色の追撃。

 何故繰り返したのか、とかいろいろ考え出したら耐えられなくなって思わず噴き出してしまった。

「や、やったよお姉ちゃんっ」

「いや、私は別に笑わそうとしたわけでは……」

 そんな感じで俺は、目の前に居る二人の姉妹となんだかんだ良いながら楽しく過ごしたのだった。


 目的の階についたエレベーターが、そのドアを開く。

 今日も家につくころには、すでに時計の短針はてっぺん近くを指していた。

 それもここ最近では当たり前になってしまっている。

 ——もう、何年も彼に会っていない気分だ。

「おかえり、焦茶さん」

「……私はついに幻覚を見るようになったのか。色無がウチのドアの前で待っているなんて……」

 あるはずのない光景。いるはずのない人物。

 最近仕事に忙殺されていて、会えないフラストレーションが溜まっているのかもしれない。

「久しぶりに恋人に会えたと思ったら第一声がそれ……おわっ!」

 雰囲気に苦笑が混じるのがわかる。それでも良い。この衝動は抑えられない。抑えたくない。

 抱きついた彼の体は変に硬くなっていた。きっと、長い時間待っていたんだろう。

「ずるい、ずるいぞ。君はいつもそうだ」

「そんな事ないですよ」

 彼の手が、優しいリズムで私の頭に手を置く。

 その場所からそのリズムで暖かさが広がっていく。

「……ぐすっ……」

「喜んでくれたら、とは思っていたけど……さすがに泣かれるとは思ってなかったなぁ」

「すごく嬉しいんだ」

「嬉しいときはやっぱり笑わないと」

 そう言われて、笑いかけてみる。

 うまく笑えただろうか。私には分からない。

 それでもいい。彼の満足そうな笑顔が見られたのだから。


 コンコン

無「どうぞ〜。焦茶さん!どうしたんですか?びしょ濡れじゃないですか!?」

焦「いやぁ〜。参った、参った」

無「黄緑さんを呼びますね……って何ナチュラルに俺の部屋に上がろうとしてるんですか!」

焦「私が君の部屋に上がることに何か問題でもあるのかね?」

無「大ありですよ。だから黄緑さんを……」

焦「その黄緑が見当たらなかったからココに来たのだが。迷惑ならば仕方がない帰るとしよう」

無「……あぁもう!風邪引いちゃいますよ。待ってください今タオルを……」

焦「済まないな」

無「どうぞ」

焦「ありがとう」

無「他に何か必要なものありますか?何でも言ってください」

焦「……今、『何でも』と言ったか?」

無「な、何だか嫌な予感がするんですけど……」

焦「大したことではない。ただ君が少しだけ私の冷えたこの体を抱きしめてくれれば……」

無「それだけでいいんですか?」

焦「うむ。!?い、今何と言った?」

無「『本当にそれだけでいいんですか』って聞いたんですよ」

焦「き、今日はいつになく積極的だな。でも嬉しいぞ。ついに君が私の思いに答えてくれて」

無「立ち話もなんなんでこちらへどうぞ」

焦(そ、そっちは寝室のほう!?)

無「どうしました?」

焦「い、いやさすがの私にも心の準備というものがあってだな……」

無「そんなものいりませんよ」ガバッ

焦「あっ……色なっ……ダメだ……」

—ジリリリリ

茶「朝ですよ〜おねぇちゃん起きて〜」

焦「……」

茶「おはよ♪」

焦「妹よ」

茶「?」

焦「タダでは済まさんぞ!」

茶「ふぇ!?」


「色無。すまない、待たせたな」

「焦茶さん、今日はやけに準備に時間が——」

 そう言いながら視界の中に焦茶さんを捕らえ、俺は息を呑んだ。

「どうした? ……やっぱり、変か?」

「なんていうか、不意打ちですよ……」

 浴衣とアップをした髪でこんなにも印象が変わるのかと、内心すごく驚いた。

「不意打ちとは酷いな。私だっておしゃれぐらいする。恋人の前なら尚更だ」

「あ、いや、そういうんじゃなくて! 嬉しい誤算というか、俺も甚平にすれば良かったというか——」

 傷つけてしまったと、焦茶さんの雰囲気に焦る。誤解を解こうにも頭が回らない。

 と、急に漏れた笑いと共に雰囲気が和らいだ。

「私は愛されているな。私の言葉一つでそんなにも慌ててくれる」

「まったく、何言ってるんですか。こっちはすごい焦ったんですよ?」

「ふふ……いや、すまない。私は悪い女だな」

 まぁ焦茶さんが嬉しそうなので良しとしとこう、かな。

「で、どうかな?」

 焦茶さんが少しポーズを取る。なんだか褒めて貰いたがっている子犬のようで、可愛い。

「すごく似合ってます」

「ふふ、そうか。良かった」

 焦茶さんはそう満足そうにうなずいた後、「そろそろ行こうか」と一歩足を踏み出して—— 

「危ないっ!」

 焦茶さんが体勢を崩した。咄嗟に出した腕がなんとか捕まえる。

「すまない、助かった。ケガはないか?」

「俺は大丈夫。焦茶さんは?」

「私は大丈夫、鼻緒も切れたりしていない。慣れない履物だからかな。足を踏み外すとは……」

「こうすれば大丈夫」

 しきりに足元を気にしている焦茶さんの手を取る。焦茶さんは一瞬驚くと、すぐに握り返してきた。

「それじゃ、行きましょうか」

「そうだな。せっかくのお祭りだ、もっともっと楽しもう、色無」


『うっかりもの?』

無「あの、色無だけど」

?「どうぞ」

無「茶、この前借りた本返——」

焦「ようこそ色無」

無「失礼しました」

 ガシッ

焦「まあ、まちたまえ」

無「あの、焦茶さん。何か上に着てくれませんか?」

焦「ん? 私としたことがブラしかつけて無かったか。まあ減るものでもないし」

無「色々減りますよ……羞恥心とか俺の寿命とか」

焦「しかし我が妹はスカートを履き忘れることがある。姉が多少そそっかしくてもいいじゃないか」

無「わざとでしょ焦茶さんの場合は」

焦「……色無に疑われて私の心は傷付いた、賠償を要求する」

無「……俺、貧乏学生ですが」

焦「なに、金などかからない。少しの間体を貸してくれれば」

無「何を」

ぎゅ

無「!!!」

焦「やはり夏の暑さも色無の体温の心地よさで打ち消せる。大発見だなこれは」

茶「お姉ちゃん、洗濯できたよ……」

無「……」

焦「このまま色無を抱きしめながらうちに帰るというのはどうだろう」

無「多分捕まりますよ」

茶「ず、ずるいよお姉ちゃんばっかり! 私も、っと、ひゃあ」

焦「大丈夫か二人とも」

無「すいませんすぐに退きますから」

茶「きゅ〜〜」

焦「大変だ腕が動かない、このままでは色無を離せないな、ああこまったこまった」

無「めちゃくちゃ棒読みじゃないですか」

 色無が解放されたのはそれから数時間後のことだった


「ちょ、ちょっと焦茶さん。急にカキ氷食べたいとか言うから用意したけどそんなにガッついたら——」

「うぅ……頭が……」

「ほら、言わんこっちゃない」

「撫でて欲しい」

「え?」

「頭を撫でてくれれば、良くなると思う」

「そんなもんかなぁ」
 ぽふ なでなでなで

「♪」

「……もしかして、最初からコレが目的?」

「ご名答。君は普通にお願いしても、撫でてくれないだろうからな」

(涙目になる程の痛みを味わってでも撫でて欲しかったのか)


無「ただいまー……って何て格好してるの!」

焦「水着だな」

無「俺がコンビニ行く前は服着てたでしょう!」

焦「ちょっとしたサプライズと涼を求めた結果ということで、一つ」

無「一つ、じゃないですよ……まったく」

焦「それより何か一言あっても良いと思うのだが」

無「あー、その、よく似合ってますよ」

焦「ふふ、そんなに照れなくても良いのに。わざわざ着た甲斐があると言うものだ」

無「で、ですね。冷静になったら刺激的過ぎてちょっと……」

焦「そうだ! さらなる涼を求めてお風呂で水遊びしよう」

無「あの……俺の話……」

焦「早く着替えるんだ!」

無「じゃ、じゃあ今度の休みに海かプールに行きましょう!だから、今日のところは!」

焦「本当か!行く、絶対に行くぞ。明日、休暇の申請してくる!」


『冷やし焦茶始めました』

「今日も暑いな……」

 残暑が厳しい。少し外を歩いただけで、色んなものを奪われていく気がする。

「ただいまぁ……」

「おかえり、色無」

 出迎えてくれた焦茶さんが何か紙を持ってるのに気付く。

「……冷やし焦茶始めました?」

「そうなんだ。是非注文するといい」

「ちなみに、おいくら?」

「只今サービス期間中なので、無料でのご提供になります」

 なんだか上機嫌らしくにこにこしている焦茶さんに乗っておくことにした。

「じゃあ1つ」

「承った」

 と言うが早いか、焦茶さんが抱きついてきた。

「ちょ、ちょっと暑……あれ?」

「どうだ?」

 焦茶さんの肌は冷え切っていて、自分の体温が移っていくのが分かるほどだった。

「気持ち良い——じゃなくて、何してるんですか!」

「む……君はひんやり、私は抱きしめられて嬉しい。まさに二兎を得た形だと思ったのだが」

「どうやって冷やしたのか知らないですが、風邪でも引いたらどうするんですか」

「むむ……でも」

「でもじゃないですよ」

「すまない」

「うん、よし」

 ぽんぽんと焦茶さんの頭を撫でてあげる。

「とりあえず暖めないと——」

 なんとなく焦茶さんの思い通りの展開になっている気がするけど、気にしないことにした。


『焦茶さん、朝駆けする。』

 夏も終わりに近づいたある朝、色無が目を覚ますと何か柔らかなものに包まれている感触があった。

 色無の部屋には抱き枕はないが、時々灰色が夜這いを仕掛けてくることがある。

 今回も灰色が来ているのだろう。そう帰結して普段灰色の頭がある位置、自分の目の前の空間めがけて手を伸ばす——むにゅぅ

 明らかに頭の固さではないなにかを触って、まだ眼のさめやらない色無は考える。灰色のほっぺはぷにぷにだなぁ……。

 普段は触ろうとしてもはね除けられるためにこれ幸いと色無は灰色の頬らしき所をふにふにと触り、つつき、撫でる。

 そのつど、そこはふにふにとやわらかに色無の指を受け入れ時にやんわりと押し戻す。

 緩やかなまどろみの中で少女の頬をさわる愉悦を色無が感じていたその時——。

「お……おはよう色無。きょ、今日はいつになく大胆だな」

 頭上からすこし熱を帯びた、それでも凛とした声が降り注いできたのだ。

 そこにいたのは愛くるしい後輩の少女ではなく、下着の上に男物のワイシャツ一枚という艶姿を惜しげもなく曝す妙齢の美女だった。

「こ、焦茶さん何でここに! とゆうか胸がががが」

 慌てて目を開ける色無の手をむんずと掴み、ぐいと胸に押しつけながら焦茶は言った。

「外に声が漏れないなら、好きにして……いいんだぞ?」

 その言葉に色無の意識は急速に覚醒し、全身を血が駆けめぐる。

 頭の中では『すきにしていい』という言葉が駆けめぐり、体は女性的なやわらかさを感じることに全神経を集中させる。

 このまま溺れてしまっても良いか、そう色無が思い至った瞬間、

「はいはーい、みなさん起きてくださーいご飯が冷めちゃいますよー!」

 ハンドベルの音が廊下に響き、優しい黄緑の声が皆の起床を促していた。

 その声を聞いて色無はこの寮には魔物が住んでいることを思い出す。

 そして彼女が哀悼の意を込めてと言いながら密かに原爆固めをマスターしたことを!

「さ、さぁ起きましょうね焦茶さん! ご飯は冷めない内に食べるのが一番です」

 いきなり切羽詰まったその声に焦茶は不満ながらも従い、ベットから立ち上がる。

 色無が「着替えるなら眼を閉じてます」と言うより早く焦茶はシャツを脱ぎすて、そのあられもない姿に色無が息を呑んだ瞬間、 その眼に飛び込んできたのは——。

 なんともかわいらしい“くまさんぱんつ”であった。

「あぁ、これはうっかりだ茶色のを穿いてきてしまったー」

 わざとらしい棒読みで言う焦茶の言葉も色無の耳には届かない。焦茶が振り返った時にはすでに、色無はベットの海に沈んでいた。

「ふむ、朱色め。色無はギャップに弱いからそこを攻めろだと?」

 効きすぎては元も子もないと腕組みしつつ溜息を一つ。

 けれど嬉しそうに焦茶は色無の介抱を始めたのだった。


『色無目覚まし』

「焦茶さん! いい加減に起きてください!」

 暑いのか、それとも邪魔をする声を撥ね退けたいのか……目の前の女性が寝返りを打った。

 その動作に布団がはだけ、乱れた長く綺麗な茶髪とはだけたパジャマが露出する。

 その姿が扇情的で、俺は思わず目を背けた。

「うーん……あと20分」

 焦茶さんに起こしてくれ、と頼まれて起こしにきたのはいいけれど——

「昨日、色無が起こしてくれると思うと寝付けなかったんだ……だからあと20分」

「それって本末転倒じゃないですか……」

「そこの『優しい焦茶の起こし方』と書いてあるメモの通り起こされたら、寝不足でもすごく気分よく起きれる気がするのだが」

 最初からこの調子だ。俺が来る前から起きていたのだろうけど、この人はあくまでメモの通り起こされたいらしい。

「かんべんしてくださいよ……」

「ならあと30分」

「さっきより10分長くなってるじゃないですか!」

「起こしてくれるの楽しみにしていたのに……」

 ダメだこの人。早くなんとかしないと俺も遅刻してしまう。

 深く一呼吸。覚悟を決めるしかない。

 ベットの縁に座り、髪を手で梳く。からからの喉で声が震えないように願いながら。

「焦茶、おはよう」

「……50点。『耳元』と『キス』の最重要点が抜けてる」

 ぱっちりと目が開いて、手の感触に嬉しさ半分、不満半分と言った顔で俺を見上げる。

「あんまり無茶言わないでくださいよ……」

「まぁそのお楽しみは今度にとっておこう」

「も、もうやりませんよ!」

 次は何をしろといわれるかわかったもんじゃない。

「なら明日は私が起こしてやろう。なに、遠慮することはない」

「いいです、自分で起きれますから!」

 焦茶さんの連続攻撃に慌てた対処する。

 起こされるとか、それこそ何をされるかわかったもんじゃない!

「むぅ、そこまで嫌がられては仕方がないな」

 焦茶さんは心底残念そうに呟いた。


『やわらかな鎖』

焦「……もう離さない」

無「そうですか」

焦「……素っ気ないな」

無「えっと、余計なことを考えられないと言うか」

 ゴロゴロ

焦「っ!」

無「痛っ、柔っ!」

焦「〜〜〜!」

無「天国と地獄が同時に……」

茶「お姉ちゃん昨日はどこにいたの?」

焦「この世で一番安心できる場所だ」

茶「お姉ちゃん雷嫌いだもんね」

群「色無くん、具合悪そうね大丈夫?」

無「……柔らかい万力ってどう思います?」

群「?」


焦「色無、好きだ。結婚してくれ」

無「そんなこと急に言われても困ります。大体まだ俺、学生ですし」

焦「そんなことは関係ないさ、愛があれば」

無「関係あると思います」

焦「つれないな、君は」

無「いえ、それほどでも」

焦「では、私と付き合ってくれないか? ……これならいいだろう?」

無「考えておきます」

焦「む、またそんなことを言って。半年前私が告白したときから少しも進展していないじゃないか」

無「焦茶さんと付き合う人はきっと、苦労しますからね。慎重に考えないと」

焦「……君は随分と慎重なんだな……」

無「よく言われます」

焦「私はこんなにも君を愛しているというのに」

無「そうですか」

焦「……色無はいじわるだ」

無「そうかもしれませんね」

焦「……えい」

無「……何をしているんですか?」

焦「見ればわかるだろう? こうして君に抱きついているんだ」

無「だからどうしてですか?」

焦「ふふ、男女のペアでジェットコースターに乗ったとき、恐怖感によるドキドキが、相手へのときめきだと錯覚することがあるらしい。

だから抱きついてみた。こうしているとドキドキするだろう? さぁ錯覚するがいい」

無「これは……吊り橋効果っていうか、まんまじゃないですか。……それに、ドキドキしているのは焦茶さんの方なんじゃないんですか?」

焦「う……そうかもしれないな。……君への気持ちがあふれそうで自分にも止められそうにないよ。……困ったな、身体が熱い」

無「……顔が火照ってますよ? 熱でもあるんですか?(ピト)」←おでことおでこをくっつけてる

焦「それは……君のせいだ……」

無「……ふぅ。まぁ、気のすむまでしていてください。どうせ解放してくれと言ってもしてくれないんでしょ?」

焦「ふふ、君は私のことを良くわかっているんだな。それだから君が好きだ」

無「はいはい、わかりましたから」

茶「うう、お姉ちゃんと色無くんまたあんなことしてる……見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよぅ……」


 週末の夜、寝転がって予定を立てていた色無の耳に軽いノックの音が響く。

「開いてるよー」

 返事のすぐ後にドアが開き、隙間から半身を滑り込ませたのは焦茶だった。

「あれ。焦茶さん来てたんですね」

 タイトスカートに七分袖のカーディガンを羽織った焦茶が色無に問う。

「こんばんわ色無。一つ聞きたいんだが、今夜の予定はないね?」

「はぁ。ありませんけど」

「それはよかった。ちょっと付き合って欲しい」

 そう言って焦茶はドアの陰に隠していた半身を引き入れる。

 その手に持っていたのはまだ目減りしていない一升瓶とグラスが2個。

「あぁ、今日は2人とも出かけてましたね」

 群青は同僚の結婚式に、朱色は旧友の頼みで用事が出来たとかで、2人ともが朝早くから荷物を抱えて出ていった。

「女の手酌ほど侘びしいものはないからね。しかし、茶色に相手して貰うのは姉として……な?」

 珍しく困った様子の焦茶を見て、色無は立ち上がり、

「わかりました、何か作ってきましょう」そういって台所へと向かったのだった。

 それから少しして2人の前に色無の手による酒肴が並び、それを口に運んでは焦茶は目を輝かせている。

「全く君は対したものだ。普通、作れと言われてすぐにこうはいかない」

「朱色さんのお陰ですよ」

「最初は君の顔を見ながら呑もうと思ってたんだが、思わぬ誤算だっだよ」

 日本酒をあおる焦茶のコップにおかわりを注ぎつつ、この人は本当にやりかねないからなぁと心中で呟いた。

「……言ってくれればこのぐらいいつでも作りますよ」

「ほ、本当か!あぁ、私はなんと幸せ者なんだ……ッ」

 そう言いながらテーブルから身を乗り出した焦茶の姿を見て、色無は尻尾があれば振り切れるよなと思わず想像し、

 それから幸せそうに自分の日本酒をあおったのだった。


『焦茶目覚まし』

「んん……?」

 朝——窓から差し込む光が、いつもとは違い人型に切り抜かれている。

「おはよう色無、まだ起きなくても大丈夫だぞ」

 起き抜けで動きが鈍い脳がやさしい声音の正体を必死に思い出す。

「君の寝顔は見飽きないな。あまりに幸せそうに眠っているから、なんだかこっちまで心が満たされるよ」

 顔はすぐ上にまで来て、綺麗な茶色のロングへアーが目の前まで垂れてきていた。そこでようやく誰か気づく。

「こげ……ちゃ、さ……?」

「うん?」

「あれ、なんでここに……」

「忘れたのか?君が昨日私に目覚ましを頼んだんだぞ」

 そういえば何か2択を迫られて、こっちを選んだような気もする。

 ようやく半身を起こし、寝ぼけた頭が「案外普通に起こされたなぁ」等と状況整理を開始する。

 近くでかちゃりと音がし、コーヒー独特の香りが漂ってくる。

「眠気覚ましのコーヒーも入れておいた。飲むと良い」

「ああ、すいませ——」

 そうして受け取ろうと振り返った時に初めて焦茶さんをしっかりと視界に捕らえ、同時に硬直した。

「——なんで裸ワイシャツなんですか!」

「この格好の方が、それっぽいかなと思ってな」

「それっぽいってなんですか!」

「上半身裸の男と、裸ワイシャツの女が夜明けのコーヒー。すごくそれっぽい」

 言われて確認。確かに上だけ脱がされてる!

「何時の間に!?」

「寝てる間に」

「そりゃそうだ……じゃなくて! ……許すのは今回はだけですからね?」

 抗議をしようとしたものの、くすくすと嬉しそうに笑う焦茶さんを見てなんだか怒る気力も失せてしまった。


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焦「子供のころ、こんな遊びをしたな」

無「はは、確かに子供のころって残酷な遊びが多かったですねえ」

焦「何かを観察してデータを集めるのは昔から好きだな。今も」

無「……」

焦「……」

無「あの、何でずっと俺を見つめてるんですか」

焦「言っただろ、観察するのが好きだって。君には興味が尽きないからね」

無「……お手柔らかに」

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『計画』

無「ただいまー」

焦「おかえり色無、食事と入浴どちらからにする?」

無「じゃあ焦茶さんで」

焦「……すまない、私は両方の後だ」

無「……軽い冗談のつもりだったんですが、予定に組み込み済みですか?」

焦「冗談? 夫婦の営みを冗談にするのか」

無「えっと、そうじゃなくて。軽い会話のやり取りがしたかっただけと言うか」

焦「……今日は結婚記念日で、明日から有給休暇をとっているのは把握済みだ」

無「まあ、焦茶さんが上司だから、把握されてるのは当たり前ですけどね」

焦「私は今日から休暇をとっているがな」

無「……社長、泣いてましたよ」

焦「家族を最優先するのが私の方針だからな」

無「そうですね」

焦「それで、家族を増やしてみようと思うんだが」

無「……頑張ります」


焦「ぽっぽっぽ」

無「どうしたんですか?」

焦「ああ、これを見てくれ」

無「うわぁ、鳩がいっぱいですね」

焦「なぜか寮の庭に大量に鳩が。色無も一緒に餌をやってみないか?」

無「え? はい……」

焦「かわいいなぁ……」

無(正直あんまりそうは思わないけど……焦茶さん動物全般が好きなのかな? 猫も好きみたいだし……)

茶「お姉ちゃーん! ただいまー!」

無(そういえば茶も動物っぽいっていうか……ペットっぽいよな……)

焦「茶もかわいいなぁ……」

無「同列!?」


無「焦茶さん?」

焦「ん、なんだ?」

無「恐縮ですが、お手」

焦「む……こうか。(ばっ)」

無「焦茶さん、それはちんちんです」

焦「いや、このまま色無に襲い掛かろうかと思って」

無「……焦茶さんは自由ですね」

焦「だが君になら縛られてもいいぞ。あ、もちろん通常の意味と性的n(ry」


焦「ふぁ……うーむ、休みの後の仕事は分かっていても嫌なものだな……」

無「おはようございます、焦茶さん。朝食、もう準備できてますよ」

焦「い、色無!? どうして、私の部屋にいるんだ?」

無「? 何言っているんですか? 夫婦なんだから一緒にいて当たり前でしょう?」

焦「……私は夢でも見ているのか? こんな素晴らしいことが起きているなんて」

無「夢じゃないですよ。ほら、顔を上げて」

焦「あっ……色無」

無「目覚めのキスです。これで、目を覚ましてください……」

焦「色無……」

ジリリリリリリリリリリリリリ

焦「……」

茶「お姉ちゃーん、もうそろそろ朝……」

焦「目覚ましよ、光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

茶「お姉ちゃん!?」


『君と私とマフラー』

 突然、寮の部屋のドアが勢い良く開いた。その気配に驚いてドアを注視する。

「色無」

「な、なんです?」

 焦茶さんがちょいちょいと手招きしてくるので、椅子から立ち上がって近くまで歩いていく。

「少し体を貸してくれないか」

「力仕事ですか、いいですよ——って!」

 答えた途端、焦茶さんが抱きついてくる。

 そのままペタペタと体をまさぐり、時折「なるほど」だとか「意外と広いな」等と呟いている。

「あ、あの……焦茶さん?」

 首に回された手がこそばゆく、いつも以上に密着している焦茶さんからは石鹸か何かの清潔感のある香りがした。

 と、突然焦茶さんが頬擦りしてくる。

「ついでにこのまま私の充電もさせて欲しい」

「充電って……ん?ついでに?」

 ついで、と言う言葉が引っかかった。他に何か目的があったのだろうか。

「今は気にするな」

「……左様で」

 どうせ食い下がった所で教えてはくれないだろう。大人しくぬいぐるみになっておくことにする。

 しばらくして満足したのか、俺を解放してくれた。

「突然すまなかったな、もうすっかり元気だ。これなら24時間戦えるぞ」

「そんなサラリーマンじゃあるまいし。まぁ、これくらいならいつでも貸しますよ」

「ふふ、ありがとう」

 その答えに焦茶さんは嬉しそうに答えて、部屋に戻っていった。

 

 寮の部屋のドアが勢い良く開いた。驚いてそちらを見る。

 ドアには紙袋を持った上機嫌の焦茶さんがいた。

「色無」

「な、なんです?」

 軽いデジャヴを覚えた。こんな場面、ついこの間もあったような。

「体を借りにきた」

 ……確かに貸すとはいったが、面と向かって言われると恥ずかしい。

「そういえばその袋はなんです?」

「ああ、これか。小道具だ」

 そういって袋に手を入れると、白くてふわふわした長いものが取り出される。

「これ、マフラー……?」

「ああ。練習用に編んでいたもので、少々長くなってしまってな」

 見ると一定感覚で柄が変わっていて、なんだか柄の見本のようになっている。

「もしかしてくれるんですか?」

「それはダメだ。練習用だからね。君に渡すなら、もっとちゃんとしたものにしたい」

「これだって味があって良いと思うけどなぁ」

 ちょっとわくわくしていた俺だったが、すぐにその想像は打ち砕かれた。

 だけど、焦茶さんの「ありがとう」という言葉と微笑みに少し心が和らいだ。

「で、最初に戻って、体を借りに来た内容だが……それをちょっと巻いて欲しい。あ、片側寄りで頼む」

 普通に巻こうと位置を調節していた俺に追加の注文を出る。焦茶さんに言われるがままに巻いていく。

「ん……っとこんな感じで?でもこれだと片側すごい余っちゃってますよ」

「それでいいんだ。失礼するよ」

 そういって焦茶さんは俺の隣まできて余っているマフラーに手を伸ばすと、器用に巻き始めた。

 あっという間に巻き終わり、俺の腕と絡ませ手を握り、嬉しそうに笑う。

「ふふ。こうすると恋人みたいだな」

「ちょっと恥ずかしい……かなぁ。まぁ俺なんかでよければ」

「なんか、じゃない。私は君が良いんだ。君じゃなければダメなんだ」

 俺の言葉にムッとしたのか、強く批判された。でも、そこまで言われるとなんだかくすぐったい。

「すいません」

「謝るなら誠意で見せてもらおう」

「——こんなんで良いんですか?」

「ああ」

 背中合わせで座るのが焦茶さんが求めた誠意の形だった。今、俺の背中に心地よい重みがかかっている。

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「広い背中にホットココア。心が安らぐよ」

 バランスを取るためについていた左手が、焦茶さんの右手に触れる。

 そのまま手を重ね、お互いが満足するまで一緒に過ごした。


焦「ただいま」

茶「あ、お姉ちゃん! お帰りー」

焦「ケーキを買ってきた」

茶「わぁ、じゃあ今お茶淹れるね」

むぐむぐ

茶「おいしいねー」

焦「ああ。……ぷっ!」

茶「ど、どうしたの!? 私の顔に何か付いてる?」←頬に生クリーム

焦「い、いやすまない。なんでもないんだ」

茶「? 変なお姉ちゃん」

焦(ああ、なんて可愛いんだ……さすが我が妹)


焦「妹よ、今年の文化祭はどうだった?」

茶「あ、うん。つつがなく終わったよ」

焦「それは良かった。私も出張さえなければ遊びに行ったんだがな。何か面白い見せ物とかはなかったか?」

茶「写真部の展示会が大盛況で、2日目からは空き教室から体育館に移ってたよ」

焦「ほう、そんなにもか。いったい何の写真を展示していたのだ?」

茶「色無君」

焦「色無?はて、私の旦那がどうしたのだ」

茶「せめて『未来の』くらいつけてよ。そうじゃなくって、色無君の隠し撮り写真の展示会だったの」

焦「何ぃ!?それは本当かっ!」

茶「うん。オリジナルの写真集も売ってた。五千部が一日で売り切れだって。凄いよね」

焦「ああ、私は何故出張なんて下らないものに行ってしまったんだ。たかだか会社の一つや二つ、潰れたところで何も困らないというのに……」

茶「いや、困るって。で、はいコレ。お姉ちゃんに」

焦「これは?」

茶「写真、焼き増ししてもらってきた」

焦「妹よ、今私はお前を妹に持ったことをなにより誇りに思っているぞ!」

茶「大袈裟だって。いつもお仕事、お疲れ様」

焦「うぅ、ありがとう妹。姉さん絶対幸せになるな!」

茶「飛躍しすぎだって」

焦「なんということだ……この写真、全部もう持っている……」


『こねこ』

「はぁ……いろなし、キミは可愛いな」

「なんでそんなに愛らしいんだ。いろなしの可愛さは犯罪的だな」

「鍋の中で丸まっている姿も素晴らしくキュートだよ、いろなし」

「あの、焦茶さん……そろそろ勘弁してくれませんか?」

 さっきから続く応酬にいたたまれなくなって抗議する。当の焦茶さんは「食いついた!」と言わんばかりの目の輝きを放つ。

「どうした? 私は子猫を可愛がっているだけだぞ」

「子猫に人の名前を付けないでください」

「私のペットだ。どんな名前をつけようとも私の好きではないかな」

 焦茶さんが「なぁ、いろなし?」と子猫に問いかけると子猫は子猫で「にゃー」とか返事している。

「……じゃあ、せめて俺の部屋じゃないところで」

「私の部屋で『いろなし……そんなところ舐めないで欲しい。くすぐったいだろう』とか言ってもいいのなら」

「それはどこであってもやめてください!」

 子猫は無邪気に焦茶さんの指を舐めている。

「俺が名前付けますから、変えてください……本当に」

「むむ……そうするとこの子は色無と私の子になるわけだな。それは捨てがたい……」

「な、何を言っているんですか! 違うでしょ、ちゃんと子猫って言ってくださいよ!」

 真剣に悩み始めた焦茶さんは、すごく悲しそうに首を振った後に言う。

「すごく魅力的な提案だったが、それはできない。この子の名前を一番気に入ってるのは茶色なんだ」

 それを聞いた俺は即座にドアを開けて叫んだ。

「茶色ぉおおお!!ちょっと俺のとこまできなさい!すぐに!」

「ふぇえ!? わ、私何もしてないですよぅ!」


焦「色無、明日暇か?」

無「まぁ……暇っていえば暇ですけど……」

焦「ならカラオケに行かないか?これから忘年会シーズンだからそろそろ練習でもしようかと思って」

無「分かりました、いいですよ」

焦「ありがとう。じゃあ明日の10時に迎えに来よう」

無「で、焦茶さんはどんな歌を歌うんですか?」

焦「ん?あぁ、その前に色無何か歌ってくれないか?どうも緊張していてな……」

無「じゃあ……ちょっと待っててください。……えい(ピ)」

焦「……いやいや、なかなか上手いな色無」

無「そうですか?」

焦「(ピ)あ、すまない。間違えて曲を入れてしまったようだ。せっかくだからコレも歌ってくれないか?」

無「は、はぁ……」

焦「お見事。(ピ)む、どうやらまた曲を入れ間違えたようだな」

無「じゃあ演奏中止——」

焦「あ、イントロが流れてきたぞ。ほら、マイク持って」

無「えっ、えっ?」

焦「うむ、色無の声は素晴らしいな。よし、次はこの曲……」

無「……焦茶さん、歌う気ないでしょ」


『暖の取り方』

焦「寒いな」

無「初雪降りましたからね」

焦「暖まってみないか?」

無「……方法を先に聞いてもよろしいでしょうか?」

焦「ヤッてみる方が早いと思うんだが」

無「冒頭の発音にかなり不穏なものを感じたので遠慮します」

焦「仕方ない、ならこれでどうだ」

無「ゲームソフトですか?」

焦「踊りの要素をとり入れたゲームらしい、後輩に借りたのだが」

無「それならいいですよ」

朱「色無、昨日はにぎやかだったなおまえの部屋」

無「……運動しすぎました」

焦「体力には自信があったんだが色無にはかなわないな、流石は男子高校生だ」

群「部屋……運動……かなわない……男子……!!」

朱「姉さん? って顔真っ赤にして倒れた!」


『耳掻き』

 ベットに寝転がって音楽を聴いていた色無は起きあがり、かけていたヘッドフォンを外すと机の上から耳掻きを取って耳掻きを始めた。

 コリコリと耳の中で音が反響する。ちょうど片耳が綺麗になったところで部屋にノックの音が二回。

「色無、いるかい?」

「空いてるんでどうぞ」

 色無の声を聞いて焦茶は部屋の中へ上がり、ベットに座り込む色無の前まで寄ってきた。

「お邪魔するよ。一つ聞きたいんだが明日の予定は空いているかな?」

「特には。……何か用事でも?」

 そう言いながら色無は耳掻きの先をティッシュで拭き取り、綿棒を戸棚から取り出した。

「ふむ、耳掃除をしていたようだが綺麗になったか?」

「まだ半分だけですけどね」

「そうか。私は実に運がいいな!」

 焦茶は笑顔で色無の隣へ腰掛け、色無の手から耳掻きを引き抜くと、ぽんぽんと自分のふとももを軽く叩く。

「さぁどうぞ」

「えぇと」

「遠慮なく枕にしてくれ。まだ掃除してないのはどっちかな」

「いや自分で出来ますから」

「腕は心配しなくて良いぞ。茶の耳掃除で10年ちょっとの経験がある」

 焦茶は胸を張ってそう言った後、急に心配そうな顔になり、

「それとも、迷惑だったか?」

 その顔を見て色無は罪悪感に襲われた気がして焦茶のふとももに頭を乗せて言う。

「お願いします」

「君は良い子だなぁ」

 声の調子が明るくなったのを確認して色無はほっと胸をなで下ろした。

 普段は直球力押しで攻めてくる焦茶が今のようにしおれると、どうも調子を狂わされていけない。

 少々無茶なお願いでも今回のように受け入れてしまうので彼女に気付かれる前に耐性を付けないと、などと考えていると、焦茶が「おわったぞ」と声をかけてきた。

「有り難うございます。人に耳掃除して貰ったのなんて久し振りですよ」

「そうか。所で明日の予定だが一緒に買い物に出かけ——」

「そうだ。お礼に焦茶さんの耳を掃除してあげますよ」

「……いいのか?」

 にっこりと笑いかけた色無のふとももに迷いもなく焦茶は頭を乗せたものの、耳掻きが耳に近づくと首をすくめて小さく震えるのだった。

「焦茶さん、力を抜いてください」

「人に掃除して貰うのもかれこれ十数年近くてな、どうも緊張してしまうらしい」

 少し頬を赤く染めている焦茶を見て色無の口から無意識に言葉がこぼれた。

「焦茶さんにも可愛らしいところがあるんですね」

 その言葉を聞いた焦茶は体を反転させて色無の顔を見上げる。

 眉間に皺を寄せつつも、何処か恥ずかしそうで怒り顔も綺麗なのはずるい、と色無は思う。

「む?確かに私は常々女っぽくないと言われてきたが、可愛らしいところがないというのは心外だな」

「あ、そういう訳でなくてですねちょっと緊張するのが珍しかったというか」

「私とて人間だ、緊張の一つもするさ——!」

「いやそうじゃなくて——!」

 この言い合いは明け方まで続き、二人は夕方までたっぷりと一緒のベットで眠りましたとさ。


「なんだかデートも久しぶりだな」

「そうですねぇ……最近、なんだかんだでお互い忙しかったですしね」

 嬉しさが滲み出ている顔で焦茶さんが言う。きっと、俺も似たような顔だろう。

 久しぶりということもあってか、焦茶さんはすっかり張り切っている。

「そうだな……手を繋ごう、手」

「え、いやそれはちょっと……」

 差し出してきた左手を気恥ずかしさから思わず断った俺の言葉に、焦茶さんが唖然とする。

「……恋人同士が手を繋がないなんて、一大事だよ色無」

「え?」

「一秒だって離れていたくないという気持ちの表れなんだぞ」

「あ、いやなんでそんなことに……」

 そうして俺は、手を繋ぐとはどういうことなのか焦茶さんにしっかり説かれた。

「さっきの映画は面白かったな」

 焦茶さんはさっきの恋愛映画にご満悦らしい。

 俺には少しくすぐったかった。主人公たちが、あまりにまっすぐだったから。

「あんな風に愛されたら、きっと幸せだろうな」

「あんな風に、ですか?」

 焦茶さんが頷く。

「……」

 あんな風に……。焦茶さんは喜ばせたいけど……。

「……」

 ふと、焦茶さんが眉を寄せて何やら悩んでいるのに気づく。

「どうしたんです?」

「いや、君が悩んでいるようだったからな。どうすれば君の悩みを解消できるだろうか、と」

「ぷっ、あはははは!」

 原因となった人が自分以上に頭を悩ませていて、つい笑ってしまった。

「どうした?」

「そんなことより……手、繋ぎましょう」

「それは構わないが……」

 不思議そうな顔で手を繋ぐ焦茶さん。俺の気持ちは伝わっているだろうか?

「楽しい時間というのはあっという間だな」

「本当に」

 いきなり怒られて、映画見て、その話で盛り上がって、ご飯食べて。

「次は何時会えるかな?」

「きっと、すぐですよ」

「そうか。そうだといいな」

 もう駅の前。楽しいデートも終わりが近づいていた。

「色無、今日は楽しかった」

 言葉とは裏腹に焦茶さんはまだ物足りなさそうだった。ふと、いたずら心が沸く。

「俺もですよ。じゃあ、また」

 素っ気無く行こうとすると、袖を引っ張られた。

「……」

 見ると焦茶さんが無言の抗議をしている。

「いやぁ、今日はちょっと都合があってキスはまた今度ということで……」

「……そう、か」

 焦茶さんは搾り出すような声でそう言うと、打ちひしがれた。さすがに気まずくなって弁解する。

「ご、ごめん、冗談だよ焦茶さん」

「……本当か?」

「うん、ごめん」

「許さない。もっと一緒にいて、ちゃんと愛情表現してくれないと許さないぞ」

 ああ、本当に俺はいっしょうけんめい愛されているんだなぁ……。

 そんな事を思いながら、その思いに負けないように俺は誓う。

「わかりました。精一杯努力します」


 ふと、額にひんやりとした物体が乗っていることに気付く。

「ん……」

 濡れタオルだった。冷たさからすると、まだ取り替えられて間もない。

 時刻は……お昼を少し回ったぐらいか。遠くからくつくつと小刻みなリズムが聞こえてくる。

「……茶、か……?」

 音の主と推測した妹の名を呼んでみる。

「あ、起きました?おかゆ作ってるんですけど、食べられそうですか?」

「色無……」

 予想外の人物がそこにいた。信じられずに手招きをする。

「なんでしょ……いたたたた!」

 手を拭きながらやってきた色無(仮)のほっぺを思わずつねる。

「夢じゃない……」

「当たり前でしょう!全く、仕事を午前で切り上げてきた恋人になんて仕打ちですか」

「……すまない」

「別に気にしてませんよ。——ん、熱も落ち着いてますね。おかゆ仕上げて持ってきます」

 私のおでこに手を当て、満足そうに頷いた後、台所に戻っていく。

「茶が心配してましたよー?」

「そうか……妹から連絡がいったのか。本当にすまない」

「別にこれくらい。俺が倒れたら、焦茶さんもしてくれるでしょ?」

 当たり前だ、と答える前に色無が続ける。

「でも、うつしたくないからダメですよ」

「……それは私だって同じだぞ」

「俺は良いんですよ」

 こうなったら色無はてこでも動かない。

「……ずるい」

「そうです、俺はずるいんです」

 そう言いながらおかゆを乗せた盆を持って色無が戻ってくる。

「焦茶さんは猫舌でしたね」

 息を吹きかけ、適度に冷ましたレンゲが差し出される。

「あー」

「……しょうがないなぁ」

「ん」

 口を開けてアピールすると、苦笑しながら口に運んでくれる。

「2倍おいしいよ、色無」

「それは良かった」

 2回目以降も色無が冷まし、口に運んでくれる。

「果物の缶詰もありますけど、食べます?」

 おかゆを綺麗に食べた所で色無の言葉。

「それよりも一緒にいて欲しい」

 首を振って立ち上がろうとしている色無の手を握る。

 色無は浮かしかけた腰を戻し、しっかりと握り返してきた。

「……たまには、風邪をひくのも良いものだな」

「心配する方の身にもなってくださいよ」

「すまない。余りにも幸せで、な」


『紅茶』

焦「この紅茶はおいしいな。色無が淹れてくれたんだろう?」

無「まあそうですけど。でもそれ……」

焦「香りも味も素晴らしいな」

無「……焦茶さん、言いづらいですけど、その紅茶は市販のティーパックをポットに入れただけのやつですよ」

焦「わかってるさ」

無「それにしては褒めちぎりますね」

焦「だって君が淹れてくれたものだからな。愛情成分で何十倍もおいしく感じる」

無「あ、愛情って……」

焦「だがそうだな、強いて言うなら甘さが足りないな。色無、もう少しこっちに来い」

無「砂糖ですか?でも、焦茶さんって甘くないほうが——」

ちゅ

焦「うん、これで完璧だ」


「ふむ、まだダメか」

 休日、リビング備え漬けのソファの上で焦茶は唸っていた。

 眉間に皺を寄せ、半眼で遠くを見つめる様は重大な問題を抱え込んでいるようでもあった。

「焦茶さん、どうかしました?」

「む?」

 怪訝そうな顔で焦茶は振り向き、買い出しから戻ってきた色無を見て破顔した。

「おかえり色無。帰ってきて早々悪いんだが、一つ頼まれごとをしてくれないか?」

 そういって彼女は手に持った耳掻きを目線の高さまで持ち上げた。

「昨日、同僚と仕事帰りに泳いでからどうも聞こえが悪くてね。自分でどうにもならんし、茶色には、な?」

「わかりました。汗くさいですけど我慢してください」

「ありがとう、君は優しいな」

 焦茶はちょっとした興奮を覚えつつ、自分の傍らに座り込んだ色無の太股に頭を預ける。

「じゃ、動かないでくださいね」

 色無は綿棒を焦茶の耳にゆっくりと差し入れ、くるくると回して汚れを拭っていく。

「あ、だいぶ湿ってますね。もしかして潜水しました?」

 拭った綿棒を目の前に出された焦茶は珍しく赤面しながら呟いた。

「できれば余り見ないで欲しい。君だから任せたが、これでも恥ずかしいんだ」

「っ……!」

「どうした?」

 その言葉に色無はぞくりとした身震いを感じ、それは焦茶にも伝わった。

「い、いやなんでもないです」

 その後、色無の腹の方に向き直ろうとする焦茶と反対側に転がってくれと主張する色無の攻防が続いたのち、つつがなく焦茶の耳掃除は終了した。

「うん、君の声もちゃんと聞こえるし、膝枕もしてもらえた。今日は実に良き日だ」

 色無の手から綿棒とゴミを受け取って捨てた後、焦茶は一つ伸びをして色無に向き直る。

「そこで、君にお礼をしようと思う」

「(焦茶さんが弱ってる所って普段見ないだけにさっきのはやばかった……!)……え?」

 焦茶はそっと背をかがめ、色無の額に口付ける。

「え、あ、こ……こげちゃさん?」

「やはり今日は最良の日だ」

 赤面してソファに深く身を埋める色無を見て焦茶は満足そうに言うのだった。


焦「ゲリラ豪雨、というのが流行っているらしいな」

無「流行ってるというか……っていうか割と不謹慎ですよ、そのネタ」

焦「ああ、君は優しいんだな。見ず知らずの人達の事まで想っているとは。他人に出来ない事を平然と

やってのける。そこにシビれる……いや違う、そんな解りきった事を言おうとしたんじゃない」

無「いつも言ってますが、とりあえず落ち着いて下さい」

焦「すまない……君を目の前にすると不意に愛しさが込み上げてくるんだ」

無「嬉しいんだけど、実際恥ずいです……」

焦「恥じらいモジモジする君もまた愛おしいな……ほら、君はまたそうやって私を狂わせる」

無「俺にどうしろと……?」

焦「君は君でいてくれればそれでいい……それだけで、十分だ」(ぎゅっ)

無「ななな!?いきなり抱きつかないで下さい!」

焦「それは無理だ。私の愛しさメーターが振り切れた」

無「いつもは振り切れてるんじゃないんですか!?」

焦「この衝動はいつも突然やってくるんだよ……そう、正にゲリラ豪雨のようにね?」

無「それが言いたかったんですか……はぁ、まったくこの人は」


焦「色無、せっかくの三連休だ。一緒に愛を育もうじゃないか」

無「……なるべくソフトな方向でお願いします」

焦「何? 色無はソフトSMが好みなのか? 私は経験がないが、他ならぬ君のためだ。甘んじて受け入れよう」

無「あなたの耳と脳はどんな構造をしているんですか!?」

焦「耳は君の言葉を一句逃さず聞き取り、脳ではいつも君のことを考えている」

無「! ……はぁ、あまり暴走しすぎないで下さいよ?」

焦「ふふ、やはり君は優しいな。こんな私に愛想を尽かすわけでもなく、ただ微笑んでくれるとはな」

無「俺はこれが普通だと思いますけどね」

焦「その『普通』の思いやりを持てない人がどれだけいるんだろうな」

無「そんなもんなんですかね」

焦「そう、そんなものだよ……私が君に惚れた理由はね」

無「そうですか……どこに行きましょうか?」

焦「どこでもかまわないさ。君が一緒にいてくれるなら、それで」

無「……焦茶さん、いつでもそう言ってくれますよね」

焦「私が言うことはいつでも一緒さ。『君を愛している』」

無「じゃあ俺も……『ありがとうございます』」


焦「悪いが探し物を手伝ってくれないか? さっきの風で飛ばされてしまった」

無「いいですよ。で、何を飛ばしちゃったんですか?」

焦「パンティだ」

無「ど、ど、どうしてそんなものを?」

焦「君に渡そうと思って持ってきたのさ。逢えない日にはそれを……」

無「な、何言ってるんですか!?」

焦「ちゃんとフロント部分に『色無専用』と墨で書いておいたのに」

無「お願いですから、妙な誤解招くようなことしないで下さい」

焦「そんなに私のことが嫌いなのか?」

無「いえ、別にそういうことじゃなくって……(参ったな、これ苦手なんだよな)」

焦「やはり生身の私の方がいいのか。それならそうと言ってくれれば」

群「私にも焦茶ちゃんの十分の一でいいから積極性があれば……」


無「はぁ〜、もうすぐクリスマスかぁ……今年はいくら諭吉さんが飛んでいくんだろ……リアルにサンタがいてくれないかなぁ……」

焦「サンタか……小さいころ、この時期の茶色は特に嬉しそうだったな」

無「あー、何となく想像できます」

焦「ある年にな……」

 数年前

茶「♪もーいーくつねるとークリスマースー♪」

焦「茶色はクリスマスが楽しみなのか?」

茶「うん、お姉ちゃん! 今年もサンタさんにプレゼントお願いしたんだよ〜」

焦「そうか。だが残念ながら、今年から無理になったんだ」

茶「えっ! 何で?」

焦「今年からクリスマスが中止になってな。プレゼントは世界中でもらえなくなったんだ」

茶「……」

焦「サンタさんが……正確にはサンタ一族が、世界中の玩具業者から襲撃を受けて全滅してしまってな……」

茶「じ、じゃあ……もうカレンダーからクリスマスがなくなっちゃうんだね……」

焦「あぁ……こればかりは……私でも……」

茶「ぅう……ひぐっ……しゃんたしゃん……かわいしょぅ……えぐっ……」

焦(悲しんでいる茶色の泣き顔……可愛い)

茶「じゃぁ……じゃんだじゃん……の……お墓……行っで……お花……ふぇぇぇん!」

焦(本当に泣いてしまったか……その泣き顔も可愛いのだが、そろそろだな……)茶色よ」

茶「ふぇ?」

焦「今のは嘘だ。試しに私が持っているカレンダーの十二月を見るがいい」

茶「えぐっ……本当? (ペラペラ)あっ、本当だ!」

焦「私一流のジョーク——」

茶「よかった……しゃんたしゃん……生きてた……よがっだー、ふぇぇぇん!」

焦(う〜む、怒られると思ったんだが……茶色よ、その純粋な心、忘れるなよ……)

焦「……ということがあってな」

無「それかなりひどいからかい方ですね。トラウマになりかねませんよ」


焦「『運転の練習をしたい』と言っていたが、普通にうまいんじゃないか?」

無「いやぁ、今はまだ表面上うまく見えるだけですし。やっぱり、積み重ねって大事じゃないですか」

焦「ふむ。そのまっすぐな姿勢が君の優秀なところだよ」

無「でも青になんか聞かれたら『勉強も積み重ねでしょ』なんて言われそうなセリフですよね」

焦「確かに勉強も積み重ねが大事ではあるが、私は色無君の方がよっぽど大事だよ」

無「恐れ入ります」

焦「む、最近の君は反応が鈍くなって来たな」

無「お陰様でそっち方面の耐性がつきましたからね」

焦「なるほど、倦怠期という奴か。つまり、もっと君に刺激を与えればいいわけだな。さっそく帰ったら期待していたまえ。ふふふ、家に帰るのが楽しみだ」

無「焦茶さん怖い!? 俺何されるの!?」


焦「色無、こないだサマーせーターを着ていなかったか?」

無「えぇ、そこにありますよ。でもどうかしたんですか?」

焦「明日貸してくれないか? 会社のエアコンが強くって寒いんだ」

無「いいですけど、そう言って昨日もシャツを持っていきませんでしたか?」

焦「あぁ、今着ているこのシャツか?」

無「そうです。いや別に急ぎませんからいいですけど」

焦「いや、借りっぱなしは悪いから返そう」

無「……って何脱いでるんですか!」

焦「今すぐ返そうと思って」

無「ここで脱がないで下さい」

焦「脱ぎたては嫌いか?」

無「そういう問題でもないです」

焦「冗談だ、ちゃんと洗濯して返すよ」

無「そうしてください」

焦「なんだったら中身つきで返そうか? 借りた利息分くらいにはなると思うが」

無「無金利で貸し出してますからいらないです」

焦「つれないなぁ。せめて下着分くらいは」

無「いりません」

焦「冗談だ。それじゃサマーセーターは借りていく」

無「どうぞ」

焦「ありがとう」

無「でも焦茶さんって服とかたくさん持っているのに、何でわざわざ?」

焦「愛する人と同じ服を共有したいだけだ。……どうせなら身体も共有するか?」







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 05:30:44