緑メインSS

男「緑、誕生日おめでとう。ほれ、プレゼント」

緑「……ありがとう」

男「せっかくプレゼントしたんだからもうちょっと喜んでくれよ〜」

緑「毎年同じものでなければね」

男「……だってみどりの日だし」

緑「いい加減家の庭も余裕がなくなってきてるんだけど」

男「そう言う割にはちゃんと世話してるじゃん。ガーデニング好きなんじゃねぇの?」

緑「別に」

男「じゃあ何で世話してんだ?」

緑「……貴方からのプレゼントだからよ」

男「……? 気を使ってくれるのはいいけど、何で赤くなってんだ?」

緑「……馬鹿」


緑「…………」

俺「緑、おはよう。何読んでんの?」

緑「さぁ。貴方には関係ないでしょう?」

俺「いや、まぁそうかもしれないけど……」

緑「ならもういいでしょう? さっさと自分の席に着きなさい」

俺「う〜ん……えい!」(さっ!)

緑「あっ! ちょ、ちょっと! 何するの!?」

俺「隙ありだね! えっと何々……」

【人付き合いが上手くなる20の方法】

俺「えっと……」

緑「…………」

俺「今日、一緒に帰ろうか」

緑「え? あ……うん……」(///)





男「と言うわけで傘を忘れたので入れてくれ」

緑『却下』

男「即答!?」

緑『…入れてあげる理由がない』

男「なんでだYO!友達だろ!?入れてくれYO!」

緑『却下』

男「お願いします!この通りです!可愛くて優しい緑さん!」

緑『!?……まあ…そこまで言うなら入れてあげなくも…ない(///)』

男「おお!サンキュ!やっぱ緑は優しいな!」

緑『…(///)』

男「へっ、女なんてチョロいもんだゼ。お世辞一つでこの通りだ」

緑『…やっぱやめた。キミは雨に打たれて風邪引いて肺炎併発して…入院でもなんでもすればいい』

男「すいません調子に乗りました。許してください」

緑『…許してあげるから…傘持って…』

男「フッ、それくらいお安いご用だぜ!」

緑『(…お世辞…だったんだ……まあ…当然だよね…)』



男「いやー!ホント助かった!マジでありがとな!」

緑『別に…』

男「あ、緑さん。一つお聞きしたいことが」

緑『…なに? くだらない事だったら蹴るから』

男「いや、なんでそんなに俺に密着してくるのかな〜?と思って」

緑『!?…だって傘が…小さいから…(///)』

男「あ、そういうことか」

緑『…そういうことなの(///)』

男「あ、あともう一個。さっき言った可愛くて優しいってのはお世辞じゃなくて本心だからw」

緑『あぅ……うるさい…バカ…(/////)』





 暇にかまけて町を散策していると、同じクラスの緑さんを発見した。声をかけてみるか。

「や! 緑さん。どこ行くの?」

『? ……君か。どこでもいいでしょう? 別に』

 やっぱりと言うか、なんと言うか。険しい目つきでつれない返事。

「……ん? あれ? 緑さん、メガネはどうしたの? あ、もしかして……」

『そうよ。新しい眼鏡を買いに行くの。だからついて来ないで。邪魔よ』

「でもさ、メガネがないって事は、周りよく見えないんじゃね?」

『そうね。で? だから?』

「いや、ちょっと心配でさ。怪我とかしたら大変じゃん」

『心配……してくれてるって訳?』

「うん、まぁ。友達なんだから当然じゃない?」

『そう……。ま、いいわ。ついて来たければ勝手にどうぞ』

 とまぁ、こんな感じで、二人は近所の眼鏡屋に行くことになった。

——東海○ガネコンタ○ト。

「あ、これなんて似合うんじゃない?」

『……』

「う〜ん、こっちの方がいいかな」

『…………』

「いやいや、そっちの方が……」

『いい加減にして! 邪魔よ。こんな事なら、さっき無視すればよかったわね』

「あ、いや……ごめん」

『謝るくらいならもう帰って。ありがとう、さようなら』

「分かった……。ホント、迷惑かけてごめんな?」

『ふん……』

『…………これ……似合うの、かな……?』

——翌日、学校。

「おはよ、緑さん。あ……そのメガネ、確か俺が……」

『これが一番安かったの。他意は、これっぽっちもないわ』

「そ。そりゃよかった」

『ふん……』





男「御前ほんと本読むの好きだなー」

緑「うん……」

男「でもなんつーか、あれだ。緑には近寄りがたい雰囲気ってのがあるんだよな」

緑「そうなの……?」

男「あぁ、俺も最初はとっつきにくいヤツなのかと思ってたしな。今じゃそんな事ないけどな」

緑「あなたがそう言ってくれるなら、それで充分だよ」

男「いっちゃ悪いけど、本読んでる時の緑の視線がキツイんだよな。それがなきゃ可愛い文学少女って感じなのにな」

緑「う……」

男「す、すまん!いや、これはあくまで俺の主観だからさ。そんなに落ち込むなって!」

緑「あなたの主観だから、もっと傷つく……」

男「いや、ほんとごめんな。うーん、なんでだろうな。もしかして視力悪いとか?」

緑「あまり、良くはないよ」

男「そうなのか?それじゃ眼鏡でもかけてみたらどうだ?今日付き合ってやるから試しに見に行ってみようぜ」

緑「いいの……?」

男「おお、試すだけならタダだからな!」

緑「うん…それじゃ、いこっか」



=====



男「うわぁ……」

緑「似合わない、かな……」

男「いや!すっげぇ似合ってるって!ほんと文学少女って感じだよ!」

緑「う……じゃ、じゃあ、可愛い……の?」

男「あ、うん、可愛いよ」

緑「ありがと……」



男「おーい、緑ー」

緑「……」

男「…本読んでんのか。おい緑、これうちのクラスの委員会のやつが渡しといてくれって」

緑「うん、わかった」

男「置いとくぞ」

緑「うん」

男「…何読んでんの?」

緑「うん」

男「……。それ、どんな本?」

緑「うん」

男「……。緑ー、可愛いぞー」

緑「うん」

男「…好きだー」

緑「うん」

男「……」

緑「…………っ?!」


男「よっ緑色、今日は何読んでいるんだ?」

緑「(黙って表紙を見せる)」

男「はれときどきぶた……って!?御前ホラーも読むのか」

緑「うん……」

男「しかし御前変わったよなー。うん、ちょっと白色っぽい感じもするな」

緑「!?」

オレンジ「そうだよね、緑って眼鏡かけてから可愛くなったよね」

黄「ねー、ほんと見違えちゃったよねー」

緑「う……図書室、行ってくる」

男「お、おい緑色!俺も行くよ!」





黄「あの二人くっついたのかねぇ、ちょっとついてってみ……」

オレンジ「私もついてい……」

黒「二 人 の 邪 魔 を す る な」





オレンジ・黄「ごめんなさい……」


◇緑と罪と罰◇



 放課後。

 俺は、いつものようにコンビニとゲーセンに寄り道した。

 夕暮れになったので、友達と別れて、駅へ向かうことにした。

 途中の住宅街にある、路地。

 いつもはここをまっすぐ行くんだけど、きまぐれの風が吹いて、ちょっと遠回りしたくなった。

 緩やかなカーブを描いている、別の道を行く。



 世界は、夕暮れ色と夜色に塗り分けられている。

 道に沿って並んだ電柱に、色のない風が吹いたかと思うと、銀色の灯が音もなく点っていく。



 T字になっているところに差し掛かった時、なにげなく、繋がっている横の道を見た。

 その瞬間、俺の心臓は。

 大きな音を俺の体内にだけ、響かせた。

「緑……」

 いつも、クールで読書ばかりしている、無口な、無愛想な少女。

 クラスの男どもは、眼鏡、目つきが悪い、可愛気がない、怖い、などと好き放題言っている。

 でも、俺は知っている。

 彼女は案外、表情豊かで、天然なところもある。

 けっこう、可愛いヤツなんだ。

 そう、俺は、知っている。

 いつも、見ていたから。

 彼女は、相変わらず本を読みながら歩いている。

 俺は思わず、角に隠れてしまう。

 いつものように気軽に、声を掛ければ良いはずなのに。

 ちょっと、顔を出して、彼女のほうを見た。



 夕日を浴びる彼女は、金色に輝いて見えた。

 本を読みながらなのに、背筋を真っ直ぐに伸ばし、美しい姿勢で歩く。

 まるで、モデル。デューク更家も真っ青だ。

 俺はつぶやく。

「やっぱ、緑って……いいな」

 ふと、手前の電柱に、コンビニの白い袋が風に揺れているのが、目に入った。

 緑もそれに気が付いたようだ。

 本を下ろし、周りをキョロキョロと見回す。

 誰もいないのを確かめているようだ。ま、ホントは俺がいるんだけどね。

 一安心したのか、電柱の影に目をやる。

 その顔は、俺ですら今まで見たことがないほど、にやけていた。

 手を前に差し出し、ゆっくり進む。

「白いニャンちゃーん、ほーら、おいでおいでー」

 ……どうやら、コンビニ袋を猫だと思っているらしい。

 向こうから見ると、ちょうどいい具合に電柱の影に隠れて、そう見えるのだろう。

 さすが緑だ。

 でも、どうしよう……。声を掛けるべきか。

 緑の必死な声が聞こえる。

「ほーら、ほら。こわくないにゃー?」

 思わず、吹き出す。

「だれっ?!」

 仕方ない、出よう。

「やぁ」

 緑は、俺の顔を見て口を押さえ、息を呑んだ。

 夕日より赤くなっていく。

「……見てたの」

 俺は頭をかきながら、答えた。

「うん。ごめん。……でさ、その、それ、よく見てみろよ」

 緑は、怪訝な顔をして、電柱の影に目を凝らした。

 白いそれは、また吹いた風によって、ふわりと浮き、飛んで行った。

「あ」

 それだけ、口から発して、緑の肩は震え出した。

 顔の赤さは、最高潮に達しているようだ。

 涙まで見える。

 俺は、何とかしたくて声を掛けようとした。

 だが、緑はそんな俺を、物凄い形相で睨むと

「馬鹿! 大っ嫌い!」

 それだけ叫んで、逃げるように走って行った。

 駅のほうに駆けていく彼女を見送りながら、俺はつぶやいた。

「……やっちまったか」



 次の日。

 緑は、いつものように自分の机で本を読んでいた。

 そこにやはり、いつものように橙や黄色がうだうだといる。



 緑に声を掛けるのは、かなり気まずかったが、でも、このままなのは、嫌だ。

 俺は思い切って、話しかけた。

「緑……あの」

 彼女は、俺をゆっくり見上げると、息を吸い込んで。

 目を伏せ、吐いた。

 うう、その態度は、もう明らかに怒ってる。

 二の句が継げないで戸惑っていると、彼女は口を開いた。

「罰として」

 俺以外のふたりが、きょとん、とした。

 俺は、血の制裁を覚悟した。

「今日から一週間、放課後はわたしと図書室に付き合う事。解った?」

 思わず、俺は声を漏らす。

「え……?」

 それは……罰、なのか? ……もしかして、まさか……緑も?

 そう考えた瞬間、俺の顔は赤くなった。

 黄色が俺と緑の間に、何かを嗅ぎ付けて、騒ぎ始める。

「なになに、どゆこと?」

 橙がそれに乗る。

「うっわー、もしかして、緑、ついにコイツと?!」

 緑は大きな音を立て、本を閉じた。

 そして、薄く笑う。ニッコリ、と言うよりは、ニヤリ、だ。

「彼には、罪を償ってもらわないといけないの」

 黄色が、まさに黄色い声を上げた。

 橙も続いた。

 だから、そういう言い方は意味深になるからさー、と、内心困りながらも、俺は、承諾した。

「解った。付き合うよ」

 それを聞いて、今度は鮮やかに。

 緑は、ニッコリと微笑んだ。


緑「あら色無し。あんたが昼休み図書室に来るなんて珍しいじゃない」

男「んー、ちょっと授業の関係で調べ物をね。そういう緑はまた何読んでんの?」

緑「辞書」

男「………わぁ、また物凄いのをお読みになられてるんですね」

緑「………」

男「………」

緑「………いつまでも突っ立ってないで早く調べ物すれば?」

男「……あ、うん。っつっても……江戸時代の長屋に関する小噺集なんて、こんな公立高校の図書館にあるんだろうか…」

緑「…一番奥から二番目の棚の左下」

男「……え?」

緑「そこにあるって言ってんの」

男「え〜っと…一番奥から二番目の………ほんとだ、あった」

緑「あとすぐそこの棚の真ん中の段にも少しあるわ。長屋の文化についてならその裏にある」

男「すげぇな緑…!全部覚えてんの?」

緑「全部じゃないけどほとんどはね」

白「緑ちゃん、○○の本は…どこにあるかわかる?」

緑「あぁそれならあの棚」

紫「いたいた、緑ぃ、○○はどこ〜?」

緑「一番奥の棚よ」

侍「鎧に関する本はどこに位置するかわからぬか?」

緑「鎧ねぇ…。確かあの辺りにあった気がするわ」

「緑ちゃ〜ん」

「緑ぃ〜」



男「あいつ図書室ではこんなに人気だったのか……」


人は 夢を抱く

でなければ 生きていけないから



ああ それは 文字通り

なんて なんて 儚いのだろう



ーーーーーーーーーーー

緑「……ちょっと、なに勝手に見てるの?」

男「あ、ダメだった?昔はよく見せてくれたから、いいかなーと思ってさ」

緑「昔は昔、今は今よ。人のメモ帳を覗くのはれっきとしたプライバシーの侵害」

男「そか、悪い。 でもさ、昔と違ってすごく落ち着いた詩が多くなってるな」

緑「……そう?あまり気にしてないわ」

男「うん。子どもっぽさが抜けたっていうか、大人になったっていうか……そんな感じ」

緑「それはそうでしょう。実際に大人になってるもの」

男「いや、中身が伴ってないヤツは多い。黄色に紫、赤あたりは明らかに子どものまんまだろ?」

緑「……」

男「っと、そろそろ帰らなきゃな……悪かった。もう勝手に見ないから、安心してまた書いてくれよ。俺、オマエの詩が好きだから」

緑「あ……」

pencil_0359.jpg

男「じゃな、また明日」(ガラガラ、ピシャン



緑(……大人になった今でも、私は子どもの頃の夢を抱いている。幼稚園の頃、あなたに抱いた儚い夢を。

   ———だから。 もしかしたら、私は誰よりも子どもなのかもしれないわね……)


「あ”〜〜つ”〜〜い”〜〜」

溶ける。死ねる。どうにかしてくれ、この灼熱のコンクリート。

何か水分を取らないと、マジでひからびるぞ、これ。

「ミ〇ストップのソフトクリームでも食うか……」

呟いて、俺は角を曲がる。その先には、よくお世話になる黄色いお店。

「なんにするかな。やっぱり王道のバニラか? それとも……あれ?」

道に面した雑誌コーナーで、立ち読みする人たちの中に、見知った顔があった。

緑だ。

学校の時と同じ、真面目がそのままメガネをかけたような顔。

たかがコンビニの雑誌、一体何をそこまで真剣に読んでいるのだろうか?

「…………ちょっと、興味が沸いてきましたね、解説の色無さん」

「そうですね、ここは確かめてみる必要がありそうですね、実況の色無さん」

俺はスルリと店内に潜りこむ。

すでに目的は変わっていた。

冷房がキンキンに効いた店内は天国みたいだった。

「いやぁ、生き返るわ……」

一瞬恍惚に浸るが、ふと目的を思い出し、緑の側に向かう。

まだ俺には気づいていないようだ。熱心に雑誌を読みふけっている。

真後ろまで行く。まだ気づかない。

雑誌の中身は……

「ほほぅ、『異性のハートを掴めるこの夏のファッション』ねぇ」

「ひゃうわぃうええぇっ!?」

慌てた緑が雑誌をしまおうとするが、雑誌が手の中でバサバサと暴れる。

振り向いた顔には、いつもの眼光鋭い目ではなく、まん丸く開かれた目がついていた。

「動揺する緑か。珍しいもんが見れたな」

「いいいいい色無君? い、いつから?」

「いや、今来たばっかだけど。でも意外だな、緑でも外見とか気にするんだ」

サッと、緑の顔色が変わった。

「……悪かったわね」

いつもの表情と口調に戻る。……いかん、地雷を踏んだようだ。

今度はこちらが慌てる番だった。

しどろもどろに弁明する。

pencil_0415.jpg

「いや、あの、悪いって言うんじゃなくてさ。緑って元は可愛いのにそういうの気にしないんだな〜、って前から思ってたから」

「え……?」

また、緑の表情が変わった。

とまどっているような、何かを耐えているような。

それに、心なしか、頬が赤く……?

「……からかってるなら、帰る」

「え、あ、ちょっと待てって」

足早に店を出て行く緑を、俺は追いかける。

「……ついて来ないで貰える?」

「だって怒らせちまったみたいだし。ゴメンな」

「……別に気にしてない」

「それに気になるじゃん? 誰のハートを掴もうとしているのか、さ?」

「知らないっ」

謝っているはずが、なぜか楽しかった。

ソフトクリームは食べ損ねた。


ミ〜ンミ〜ンミ〜ン……

「色無」

「ん?」

「何をしている?」

「勉強してる緑を眺めてにやけてる」

「……楽しいか?」

「ん」

「そうか」

「緑は?」

「なんだ?」

「嬉しかったり恥ずかしかったりする?」

「慣れた」

「そか」

ミ〜ンミ〜ンミ〜ン……

「緑」

「うん?」

チュッ

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「あ、これは慣れてなかった?w」

「………………」

ゴスッ ゴスッ

「OK緑、時に落ち着け、マウントから辞書の角はヤメテ」

「うるさいっ」

ミ〜ンミ〜ンミ〜ン……


「…………ふぅ」

パタン。

今日3冊目の本を読み終える。

放課後の図書室は、私のオアシス。

沈黙をBGMに読書にふけるのが、私の日課であり、一番好きな時間だ。

ただ、一方で——

パタパタパタ……

静寂を破る足音。

「はぁ……また今日もか……」

——騒動で読書を邪魔されてしまうのも、最近の日課になってしまった。

どうせ、黄や赤や色無君といった、いつもの面子なのだろう。

何が楽しいのか、彼らは毎日のように騒ぎを起こし、否応なしに私を巻き込んでいく。

もっとも、最近では、それが嫌いではなくなっている自分もいるのだけれど。

ガララ、と入り口の扉が開く音と共に、今日の主役が入ってくる。

やってきたのは、少し意外なお客さんだった。

(あら? あの子は確か……1年のクリームちゃん、よね?)

ほとんど話したことはないけれど、何度か黄や黄緑さんに食べられて——比喩ではない——いる所を見たことがあるので、間違いない。

小さな身体をさらに縮めて、キョロキョロとあたりを疑っている。

そして、不意にトテテ……と私に近づいてきて、

「あ、あの……かくまってもらえませんか?」

開口一番、そう言ってきたのだった。

「……かくまう? 私が? あなたを?」

事態が飲み飲めない私。けれど、

「まずは理由をk「く〜り〜い〜む〜ちゃ〜〜〜んっ! どこぉ〜〜〜っ!?」

続けた私の言葉は、図書室の外からの大きな声でかき消された。聞き覚えのある声。黄だ。

そしてその声が、私に事の詳細を理解させた。

「……彼女に追われているのね?」

私の質問に、クリームちゃんがコクコクとうなずく。小動物的とでも言おうか、愛らしい仕草だ。

「なるほど……いいわよ、かくまってあげる。机の下に入りなさい。」

いつも黄にちょっかいをかけられている者同士、たまには共同戦線もいいだろう。

「は、はい、ありがとうございます! すいません、失礼します」

クリームちゃんはそういうと、身体を机の下に潜り込ませる。と。

フワリ、と甘い匂いが立ちのぼってきた。

甘い、甘い、例えるなら焼きたてのシュークリームのような。

「……あなた、いい匂いのシャンプーを使ってるのね。」

「え? いえ、普通のシャンプーですけど……」

「そう……」

ということは、この匂いは彼女自身の匂いということか。

なるほど、人を惹きつけるのも分かる気がする。

体臭ともフェロモンとも違う、彼女独特の”香り”。

香りがこれだけ甘いのなら、きっと……

「………………」

「……緑さん?」

誰かの喉が、ゴクリと鳴った。


「お、私服の緑発見」

「色無か。何か用?」

「いや、たまたま見かけたから、声をかけただけなんだけど……」

「けど?」

「意外と露出高い服も着るんだな。キャミソール姿の緑が見られるとは思わなかった」

「君は私に常に長袖でいろと?」

「そうじゃないけどさ……ま、アレだな」

「どれだ?」

「緑って案外胸おおk」

ギンッッ!

「(ピキーン)……イエイエ、ナンデモナイデスヨ?」

「ならばよろしい」

スタスタスタ……

「……いやぁ、真夏なのに凍え死ぬかと思ったね」


「なぁ」

「ん?」

「なに読んでんだ?」

「ん」

「……六法全書読んで楽しいか?」

「とても」

「あぁ、そう……他には?」

「ん」

「……えと、そもそも文字が読めないのですが?」

「ヒエログリフ」

「古代文字かよ! あなたはこれが読めるとおっしゃいますか?」

「ん」

「時々、お前にはついて行けねぇよ……」


緑「……色無君」

無「うん?」

緑「……何か悪いものでも食べたの?」

無「そうそう、マナビダケって言ってな、食べると勉強したくて仕方なくなるという……そんなわけあるか!」

緑「………………」

無「無言はヤメレ。せめてノリツッコミ乙ぐらい言ってくれ」

緑「……ではなぜ急に勉強する気に?」

無「(スルーかよ)いや、何て言うかな、男にはやらねばならぬ時というものがあってな」

緑「それで?」

無「補習を受けるわけにはいかぬのだよ」

緑「そうは言っても、確か去年までは補習受け放題だったでしょう? なぜ今さら」

無「今年は去年までとは違うからな」

緑「どこが?」

無「お前」

緑「私?」

無「補習なんて受けてたら、お前といる時間が減るじゃないか」

緑「………………」

無「無反応かよ! たたでさえハズいセリフが余計恥ずかしくなるだろうが!」

緑「………………」

無「……あの? もし? 緑さん?」

緑「………………<ボンッ!>」

無「あ、ショートした」


1日目

男「何読んでるんだ?」

緑「……」

夏目漱石、我輩は猫である。

2日目

男「今日は……」

緑「……」

ドストエフスキー、罪と罰。

3日目

男「どれどれ」

緑「……」

上遠野浩平、ブギーポップは笑わない。

4日目

男「……」

緑「……」

せなけいこ、ねないこだれだ。

5日目

緑「……」

菅野彰、ろくでなしとの恋愛(←注:801)

男「ウホッ」

黒「……あんた、何でも読むのね」


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………ごめん、もうムリ」

「はい、赤の記録、2分14秒。次」

「………………」

「………………」

「………………ギブ。耐えられない」

「早っ。黄のタイムは46秒ね。じゃ、最後は私」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………ぷはっ、ゼ〜ッ、ゼ〜ッ、死ぬかと思った……」

「やるじゃん橙、5分の壁を超えたよ!」

「よしっ、じゃあ今日は私の勝ちね、赤と黄は私に何かオゴること」

「「はぁ〜い」」

って感じで、“本を読んでる緑と色無の間に陣取って、どれだけ無言でいられるか?”を競うのが、最近の私たちの流行りの遊び。

けど、ああやって1時間も2時間も無言でただ本を読んでるだけってのが、緑も色無も楽しいって言うんだから、ついていけないわ。

……正直、ちょっぴり妬けたりもするんだけど、ね。


『放課後の図書館』

緑が本を読んでいる。

俺が読んでもわからないような、堅い本だ。

男「何読んでるの?」

緑「何って、本に決まっているでしょ、わからないの?」

男「いや、それはわかるけど、ずいぶん難しそうな本だよね、俺にはわかりそうも無いや」

緑「……それは、難しそうと思うから、難しくなってしまうよ。始めに何も考えなければ、案外読めてしまうものだわ」

男「そうか……。そういうものかもしれないね」

緑は大人びている。

俺なんか緑に比べたら、大分子供の様な気がする。

俺の知らない何かを緑は沢山知っているのだろうか——————。

暫く静かな時間が図書館に流れた。

流石に放課後ともなると人も疎らだ。

緑「ねえ……」

男「えっ?」

静寂を破って、緑が話し掛けてきた。

緑「私の事どう思ってる? ……その、嫌いじゃない?」

緑にしては、珍しい質問だ。何でもわかってそうなのに。

男「どうしたの? 珍しいね、緑がそんな事聞くなんて……」

緑「私だって……不安になる時も有るのよ……答えて」

男「嫌いな訳ないよ」

緑「本当?」

男「うん」

緑「でも……」

男「嫌いになる訳ないじゃない」

緑「!!! そんな事! わからないじゃない……。わたし暗いし、偏屈だし……」

男「大丈夫、俺は緑が好きだから」

緑「あっ///……ありがとう」

男「どういたしましてw」

自然に笑顔になっていた。

俺は今まで緑のことを、あまり知らなかったのかもしれない。

緑だって人間で、女の子で。みんなや俺の様に色々考えたり悩んだりしているはずなんだ。

そんなことに今さら気付いた自分が恥ずかしかったけど、何故か同時に嬉しかった。

それはたぶん緑のことを前よりも知れた気がしたから。

男「なあ緑」

緑「え?」

男「その本貸してくれないか?」

緑「いいけど……。急にどうしたの? いつもは読まないのに……」

男「緑のことが、もうちょっと知りたいんだ」

緑「あ///」

ありがとう—————

その瞬間、緑は笑った。

実際にはそんな事無いのかもしれないけど、俺には緑の顔が確かに輝いて見えたんだ。


……さて、どう誘えばいいのかしら?

小学校の頃から日課となっている、一度も成功した事の無い——いや、実行した事の無い自問を今日も繰り返しながら私は帰り支度をする。

不自然に思われない程度にゆっくりと教科書と図書室で借りた本を鞄に詰めつつ、彼が教室を出るタイミングを計る。

しかし荷物を片付け終わっても、赤と話をしている彼が帰る気配はまだ無い。

ここで黄みたいに空気を読まずに『一緒に帰ろう』と言えたらいいのだろうけど、私はそういう事をする性格じゃないし、仮にやったとしても不審がられるだけだろう。

仕方が無い、いつも通りに本を読む振りでも始めましょうか。

「……今日こそは読みふけらない様にしないと」

一度片付けた本を取り出し、自分に言い聞かせるために呟きながら私はページをめくり始めた。

「じゃあね緑、お先っ」

「ええ、また明日」

部活に向かう紫に挨拶を返している間も、私の意識は彼と赤の方へ。あの二人の会話の内容は中学校の同窓会の話だと分かっている。

ついさっき、彼女が私に渡してきた手書きのプリントと同じと思われる物を彼にも渡していたからだ。

本に集中し過ぎないようにするため、ちらっと赤を見る。笑顔。続けて彼を見る。……やっぱり笑顔。

「…………」

これ以上二人を観察するのは精神衛生上よろしくない。そう判断した私は、本に入った指の形のしわを押さえて伸ばしながら再び本に目を落とした。

「——って事で、ヨロシクね?」

「よろしくねぇよ」

卒業してから2年も経ってない中途半端な時期に同窓会をやるって時点で無茶なのに、その上俺に緑を引っ張って来いとまでのたまう赤。

無理難題を言ってくるこいつに、俺は渋面をつくりながら心の底からの気持ちを返した。

「だってさ、さっき緑ちゃんにプリント渡したときも『……考えておくわ』しか言ってくれなかったんだもん。キミじゃないと無理だよ」

俺が何を言っているか分からないとでも言いたげに赤が言う。俺からすればお前の考えの方が分からん。

「おまえのその不思議なまでの自信はどこから来てるんだ?」

「ん〜、キミ、緑ちゃんキライ?」

「……まあ嫌いじゃ無いけど」

赤の問いかけに曖昧に返す。嘘はついていないが、実際どう思っているかは自分でもよく分かっていない。

「だよね?~それにボク達外野から見たら、彼女が一番信頼してるのはキミだよ?」

「そ、そうか?」

「そうそう。信頼してるキミの言う事なら緑ちゃんも聞いてくれるだろうし。ほら、キミが適任じゃん」

上手い事言いくるめられているようにも思うが、いろんな意味で気になっている相手に信頼されていると言われたら何となく悪い気はしない。

屈託の無い笑顔でそう言ってくる赤の顔につられて、自然と俺の頬も緩んできている気がする。

「……ん?」

突然赤が緑の席の方に視線を向けながら不思議な顔をする。そのリアクションが気になって俺もそちらの方を見た。

そこにはいつもの様に読書をする緑——ではなく、何故か一生懸命本を押している緑がいた。

……ひょっとして普通の読み方では飽き足らず、新しい読書の方法でも試してるのか?

と、意味の分からない妄想を繰り広げていると緑はいつも通りの読書の体勢に。よかった、まだ遠い世界に行ってはいないみたいだ。

これで一安心と首を正面に向けると既に赤の姿はなく、いつの間にやら教室の入り口から手を振っていた。

「じゃあお願いねぇ〜!」

「おいっ、待てよ!?~まだ話は終わってないっての!!」

「キミならだいじょぶだいじょぶ〜!!~緑ちゃん誘えてなかったら罰ゲームだからねぇ〜!!」

言うが早いか赤は持ち前のダッシュ力を使って、あっという間に俺の視界から消え去った。

結局これでどうにかして緑を説得するという使命を確実にこなさないといけなくなった訳だ。

ため息を吐きながら緑の目の前まで来たが、読書に集中しているこいつが気付く気配は全く無い。

「やあ緑君、読書頑張ってるねぇ」

爽やかに声を掛けるが当然無視。

「ヘイヘイ姉ちゃん、こっち向こうぜ〜?」

馬鹿っぽく振り付きで声を掛けても無視。

さすがにこれなら気付くだろうと緑の眼鏡をずらしてみるが、ノーリアクションで直す。

意地になって今度は眼鏡を取り上げようと手を伸ばした瞬間、本から目を離す事無く叩かれた。エスパーかこいつ。

いつもならここまでする事無く諦めるが、今日は赤の罰ゲームと称した校内暴力がかかっている。

流石に、頭蓋骨が陥没した様に感じるレベルのデコピンはもう食らいたくない。

こうなったら長期戦だ。緑が本から意識を離すまで待ってやろうじゃないか。

「おーい、早めに気付いてくれよー?」

……まさか朝までこのままって事はないよな?

ありえないとも言い切れない想像を頭の隅に追いやりつつ、俺は緑の前の席に後ろ向きに座って緑の顔を眺め始めた。

少し前まで近くで騒いでいた誰かも大人しくなったみたいで、これで落ち着いて本を読み続ける事が出来そうだ。

落ち着いた気持ちで本を中程まで読み進んだ所で、何故私がここにいるかを唐突に思い出した。

椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、急いで最後に彼が居た辺りに視線を向ける——が、当たり前の如く彼はいない。

「今日も失敗、か」

「何が失敗なんだ?」

今日もいつもと同じ失敗を繰り返し、力無く呟いて椅子に座ると、私に話しかける目の前の人間と目が合った。

「なっ……!?」

声にならない声を上げながら、椅子を蹴倒して立ち上がる。その椅子が派手な音を立てて倒れる音よりも自分の心臓の音がうるさく響く。

もしかして彼にも聞こえているんじゃないだろうか。止める事ができるはずも無いのに思わず胸を押さえてしまう。

「相変わらず面白い動きするな、お前」

「……何か用なの?」

「あ〜……」

照れを隠すために、いつも以上に愛想無く質問すると先刻までの意地の悪い笑みは消え、彼にしては珍しく歯切れ悪く答える。

『話があるなら一緒に帰りながら聞く』と言うなら、今が最高のタイミングだ。

「用事がないなら、私は帰るんだけど」

そう思いながらも口から出たのは考えていたのとは違う言葉だった。こう言われて、一緒に帰ろうと言われていると思える人間は滅多にいないだろう。

何で私はこんな風に言う事しか出来ないんだろう?~表情に出さないようにしているものの、心の中ではかなり落ち込んでいる私に、彼から予想外の声がかけられた。

「丁度いいな、とりあえず一緒に帰らないか?」

「いいわね。帰りましょうか」

偶然だろうけど、私の気持ちを代弁してくれた提案に間髪入れずに賛成する。

「……いいのか?」

「悪かったら断るわ」

答えつつも彼の気が変わったり邪魔が入ったりする前に急いで帰ろうと教室の入り口まで来たが、彼は私の席の前から動いていない。

「何してるの?~早く帰るわよ」

「……お前は鞄を置いて帰るのか?」

そう言われて初めて自分が手ぶらで立っている事に気付いた。頬に熱を感じながら彼の差し出す鞄を受け取り、今度こそ彼と一緒に教室を出た。

「……」

「……」

教室を出て校門まで来たが、全く会話が無い。

元々私は話しかける方では無いし、いつもは饒舌な彼も今日に限ってチラチラとこちらを窺いながら、何も話しかけてこない。

「お前と二人で帰るのも、小学校以来か?」

「……そうね」

微妙にぎこちない空気の中、ついに彼が口を開いた。本当は『正確には小学校四年の夏以来ね』と答えたかったけど、彼は覚えていないだろうしやめておいた。

「小学校っていえば、図書室によくいた先生の事覚えてるか?」

「ええ、覚えてるけど」

「あの人結婚して子供できてたんだってな。ちょっと前に聞いてマジで驚いた」

「そうなの」

「話は変わるけど、5年生の時の——」

全く彼の目的が分からないまま、私はタイミングを計る様に続けている彼の昔話に耳を傾けた。

「いや〜、懐かしいよな〜」

「……そうね」

「……ちゃんと聞いてるか?」

「聞いてる」

昔話を始めてから10分、今日の彼は本当にどこかおかしい。普段と違い全く要領を得ない。

「結局何が言いたいの?」

「あ〜、う〜、……そうだっ、緑は昔に戻ってみたくないか?」

「……」

私の疑問に対して苦し紛れに出してきたように思える彼の質問は、私には答えが出せないものだった。

まず、戻りたくないと言えば嘘になる。昔はほとんど常に彼と一緒に居れたし、手を握ったりするスキンシップも簡単に出来たから。

「……」

「……お〜い」

……でも、はっきりとあの頃よりも彼の事を好きだと言える今の気持ちを無くしたくも無い。

「……」

「あの、緑さん?」

今も昔もも魅力的で、かつ致命的に劣っている点がある。どちらを取るか苦しんでいると、ふと目の前でひらひらと振られる彼の手が見えた。

……私がこうしたいと思ったのは、昔話を始めた彼のせい。だから、私からこんな事をしても大丈夫。

言い訳になっていない言い訳をして、私は今までの人生でも三本の指に入る勇気を出しながら彼の手を握った。

「おわっ!?~ど、どうしたんだよいきなり!?」

「……別に」

どっちも選べないなら、両立できる方法を探せばいいだけ。こんな考えが持てるようになったのは今のクラスメートのおかげだろう。

ある意味でライバルのクラスメート達に少しだけ感謝する。

「顔、赤いぞ」

「……馬鹿」

ただ、やっぱり私の根本的な性格は変わっていないけれど。

「緑、何で手繋いできたんだ?」

「なんとなくよ」

赤くなった私の顔を見て余裕が出てきたのか、最初は驚いていた彼も先刻までのぎこちなさが無くなっていつも通りの彼に戻った。

「じゃあ繋いでなくてもいいんだな」

「あっ……」

離れていこうとする彼の手の感触に思わず声が漏れる。その瞬間、再びぎゅっと握られる私の手。

「冗談だよ、冗談」

「……」

まんまと私はからかわれた訳だ。この悔しさを晴らすために、彼の手を思いっ切り握ってもバチは当たらないはず。

「イタイイタイ、拗ねるなって緑」

「拗ねてない」

並んで建っている私達の家までもう少し。この感触を忘れないようにするためにも、彼にはあとちょっと我慢してもらおう。

「マジで降参、アイスでもオゴるから許してくれ」

「ぁ……そう言う事なら仕方が無いわね」

おどけた風に喋り、私と手を繋いだまま家と反対方向に歩き始める彼。

こういう意識していなくても私の気持ちを汲んでくれる優しさも、いつもの意地の悪さも全部含めて彼の事が好き。

自分でも惚けてると思うが、改めて好きになってしまったのを確認したのだから仕方が無い。

「おいおい、納得したなら優しくしてくれよ〜?」

「分かってる」

結局彼が何をしたいのか分からなかったけど、彼の調子も戻ったし——これはこれでいいか。

彼に言われるままに手から少し力を抜きつつ、当初の目的を忘れて私達は商店街に向かった。

余談だが、私と彼の部屋の窓は隣り合っていて、更にお互いがいつでも行き来できる様に鍵をかけていない。

「ああぁっ、忘れてたぁ〜っ!!~緑っ、中学校の同窓会——」

だから今みたいに私が制服を脱いだ瞬間を狙った様に、窓から彼が入って来るなんて事もある。

「いやあのいつも言ってるけど狙った訳じゃないからマジで!!~事故だから事故っ!!」

「大丈夫、優しくするから。今日は10冊で許してあげる」

……彼に言われたからって、いつもの半分以下のお仕置きで済ませようだなんて我ながら甘いわね。

自嘲気味の笑顔を浮かべつつ、下着姿のままで特に角の尖っていそうなハードカバーを手に取り、私は投擲姿勢に入った。

男「……まだ頭痛い」

緑「自業自得ね」

男「だから謝ってるじゃねぇか」

赤「おっはよ〜っ!!~さて、目的は達成できた?」

男「……あのな、」

赤「ムリだったみたいだね?~じゃあバッツゲェ〜ム♪~ささ、おでこ出して?」

男「待て待てまずは俺の話を聞け!」

赤「問答無用、いっくよ〜?(ベチンッ)」

男「ぐ、ぐおおぉ〜っ!?(ゴロゴロ)」

緑「あら、痛そうね」

男「人事みたいに言うなっ!~お前が同窓会に行くって言っとけばこんな理不尽な暴力受けなくてよかったんだよ!!」

緑「……貴方も行くんでしょう?~誰も行かないって言った記憶は無いけど?」

男「先に言っとけコンチクショウ!!(ゴロゴロ)」


緑「じゃぁ……図書館いってくるね」

水色「いってらっしゃい、後から私も行くね」

緑「…うん、わかった」—ガチャ(玄関の戸を開ける音)—

無「あれ、緑?これからどっか行くのか?」

緑「……」

無「へぇ〜今日の格好いいじゃん?緑もそういう服着るんだなw」

緑「……。(///)うるさい。今日は何しに来たの?」無「いや〜ちょっと水色と遊ぼうかとwデレデレ」

緑「…。あっそ」

『ギュッ』(足踏んだ)

無「っっいってぇ!!何だよ緑!!」

「…ふん。…バカ」

—タッタッタッ—


「なあ、緑って昔っから眼鏡かけてたよな?」

 人の部屋に上がり込んで黙々と本を読む緑に、色無は問いかけた。

「それが何? あなただってかけてるじゃない」

「いや、コンタクトにするつもりはないのかなーと思って」

 緑は一瞬だけ顔を上げたが、すぐに興味なさそうに読書に戻った。

「ほら、これ読んでみ? 『この夏流行のアイメイク』『今年は瞳で差をつける!』……な? 緑もコンタクトにしてさ、ちょっと可愛く変身してみようぜ?」

「……自室にある女性ファッション誌を握りしめて力説する男。実に気持ち悪いわね」

 読書を諦めた緑は本を閉じ、色無に軽蔑のまなざしを向けた。

「う、いや、これは橙が置いてった本なんだけどさ……。でも、緑だって可愛くなれるならその方がいいだろ?」

「別に興味ないわ。だいたい、眼鏡一つでそんな印象変わらないし」

「そんなことはない! じゃあ俺が眼鏡外してみるぞ? よーく比べてみろ」

 色無は自分のメガネを外して見せた。しばらく緑と見つめあう。

「そうね……思ってた以上に変な顔だわ。色無は眼鏡かけてた方がいいかもね」

「ひ、ひでえ……はあ、もういいや……」

 色無はがっくりと肩を落とし、眼鏡をかけ直した。

 

「……やっぱり、眼鏡かけてる女は可愛くないわよね。でも、コンタクトはちょっと怖いから……」

 どれくらい時間が経っただろうか。緑が聞き取れるぎりぎりの小声で呟いた。

「へ? ああ、さっきの話か……。別に眼鏡かけてるから可愛くないってことはないんだけどさ。いや、むしろ眼鏡には眼鏡で独特の魅力があると思うけど……」

 色無は焦って言葉を並べたが、緑は沈んだ雰囲気のままだった。

「……ごめんな、ちょっと言葉が足りなかった。緑は今のままでも充分可愛いよ。俺が言いたかったのは、ほら、こうするとさ……」

「!!!」

 カチカチカチ。二人の眼鏡が触れあい、静かな部屋に無機質な音が小さく響く。

「……ふう。な? 二人とも眼鏡だと、ちょっと邪魔だろ?」

「……そうね。コンタクトもいいかもね……」

 二人は互いに相手の眼鏡を外し、先ほどよりもう少しだけ近づいた。


 コンコン

 軽いノックとともに、ドアノブが回り、扉の中へ人を招き入れる。

 色無の部屋は、本棚、ちゃぶ台、ベッド、クロゼットしかない。

 この部屋に入室してきた緑の部屋ですらもっといろいろな物があるというのに。

緑「色無君、いる?」

 緑の尋ねる声に、部屋の空気は沈黙を返す。

 どうやら、彼女の目的の人物、色無は留守らしい。

 本を借りに来たのだが、勝手に持っていくのは気が引ける。

 今日は図書館も休館日だ。

しばらくの間悩んだが、自分の本はすべて飽きるほど読んだので、できれば他の本を読みたかった。

 それに、色無の読む本に興味が湧いていた。

 部屋の中に入り、本棚へと近づく。

 ここで読む分には、なんら問題はないだろう。

 ところどころ隙間のある本棚に、奇妙な本を見つけた。

 表紙が真っ白で、何の本だか分からないものだ。

 手にとって、ぺら、と頁をめくる。

 恋愛物らしい。

 おとなしめの少女が、ある男性に惹かれる様子を描いている。

 少女に妙に共感してしまい、次々と読み進めていく。

 その手が、不意に止まった。

 緑の目は、ある一点を凝視している。

 

“「だったら、俺をご主人様と呼べ」”

 勇気を持って告白した少女に対する男の反応だ。

 高鳴りだした心臓を押さえつけ、後の文を読み進める。

 屋上での告白は、そのまま、男女の絡みへと移行していた。

 顔が火照りだし、呼吸も荒くなった。

 自然と、口から言葉が漏れる。

緑「あ、あんなこと、やってる……」

 女性視点で書かれたものを何度か読んだことはあるものの、これは余りにも過激すぎた。

 時折入る挿絵がさらに淫猥に物語を飾り立てる。

 本を閉じる頃には、真っ赤に茹で上がった少女がいた。

 そこに、お約束のように襲来するのが色無クオリティである。

無「あれ、緑?何か用か?」

 心臓が、止まったかと思った。

 ぎぎぎ、オイルを注して欲しいぐらいに固まった首を動かし、色無を見る。

緑「ほ、本を貸してもらおうと思って」

 最初一回つかえたが、不審には思われなかっただろう。

無「あ、別にいいぞ、適当にもってってくれ」

 それだけ言うと、色無は部屋の真ん中にあるちゃぶ台にコンビニ袋を下ろし、腰掛けた。

 本の題名も見ずに何冊か胸に抱え、礼を言って急いで部屋を出て行こうとする。

無「あ、緑」

 部屋をあと数歩で出られるところで、色無が呼び止める。

心の中では半泣きになりながらも、普段の無表情は崩さず、振り返る。

緑「何」

 突き放すように冷たく、目も若干細くした。

無「お前、顔赤くないか?」

 ばればれだった。

 思わずぎゅっと本を抱きしめ、呼吸を詰まらせる。

緑「ッ、き、気のせい」

 それだけ言って、そそくさと部屋から出た。

緑「……ふぅ」

 自分の部屋に戻り、抱いていた本を確認する。

 さっきまで読んでた、白い表紙の本。

(も、もって来ちゃってたーーーーーーーー!!!!)

燈「緑ぃ、読書感想文代わりに書いてーって、何かな?その怪しげな白い本は」

 燈  襲  来  。

 二度目の危機は、回避不能らしい。

一方、色無の部屋では

無「あああああ!!!巨乳につられて買っちゃって処分に困ってたSMの小説がない!!」

 とか色無が騒いでいた。


カツカツ、カツカツと窓を叩く音が響く。普通の2階の部屋として考えたらホラーな展開なんだろうが、残念ながら緑の部屋に面した窓からする音なのでその可能性は9割9分ありえない。

「開いてるぞ〜」

だからこそいつもの返事をする。だが、普段なら窓が開いて見えてくるはずの緑の顔が見えず、ただ窓を叩くカツカツという音だけが続く。

「……開いてるって」

もう一度確認するように言っても、入ってくる気配は無い。……まさか残り1分が実現したか!? 
「だから——」

テレビで見てる分にはいいが、実際に遭遇すると最悪としか思えない想像を振り払うように勢いよく窓を開けると目の前には——それで部屋の窓を叩いていたのだろう、緑の突き出す物差しがあった。

「ぐぇっ!?」

幸か不幸か物差しはのけぞったのどにクリーンヒットし、俺は意味不明なうめき声を上げてうずくまった。せめて残り1分が実現しなかっただけマシと考えないとやってられない。

「へ? 何、どうしたの!?」

「ゲホゲホッ、お前がっ……やったんだろうがっ……ウェッ」

「あ……ご、ごめんなさい?」

何故か疑問形で謝る緑。状況を把握していないみたいだが、気のせいか? 何かおどおどしているように見えるその顔に違和感を感じつつも、とりあえずその目的を聞く。

「ゲホッ……で? 何か用なのか?」

「あの……実は、貴方にお願いしたいことがあるの」

風呂上りなのか、上気している頬をより赤くして、緑が囁くように言う。

普段見る事の無い、身体をもじもじさせて上目遣いでこちらを伺う姿とあいまって、ありえないと分かっていてもよからぬ想像をしてしまう。

俺もついに大人の階段を上ってしまうのかっ!? 緑に負けず劣らず、俺の頬も熱くなってくる。

「な、なな何だ?」

「眼鏡、拾ってきて欲しいの」

若干声を裏返らせつつ答えた俺に、あっさりと現実が突き付けられた。……いやまあ、分かってたよ、うん。心の中でそっと涙を拭く。

「……あ〜、どこにあるんだ?」

「そこの辺り」

あからさまにトーンダウンした俺を気にするでもなく、緑は窓の下の庭を指差す。

「何でこんなとこに落とすんだよ?」

「その……」

口ごもった緑を眺めていると、さっきから感じていた違和感はこいつが眼鏡をかけていなかった事だったんだと今更気付いた。

道理で窓を乗り越えて俺の部屋に入ってこようとしない訳だ。リアクションが微妙におかしかったのもこちらの表情が見えないせいだろう。

「結局どうしたんだ?」

「……猫」

「猫ぉ?」

「お風呂を出てから涼んでたら貴方の家の屋根に猫が居て、その猫がうちの庭の方に向かって飛び降りたの。私、猫が怪我をすると思ってその動きをこういう風に追ったら——」

そこで首を上から下へ縦に勢いよく振る緑。恐らくその時に眼鏡を飛ばしてしまったんだろう。

「オーケー理解した。大体でいいから落ちた場所分かるか?」

「多分その辺りだと思うけど……。ごめんなさい、はっきりとは分からないわ」

先程指差した場所を再び指差し、謝りつつ言ってくる。

「ちなみにその猫は?」

「……それも分からないの」

次は悲しげに目を伏せて言う。クールにしてても、根っこの部分じゃ優しいからな、こいつ。

「よしっ、その辺りも含めて行って来るから、お前はそこで大人しくしてろよ?」

昔から緑の悲しそうな顔が苦手な俺は、言うが早いか部屋を飛び出し庭へと向かった。

窓の下についた所であっさり眼鏡を発見し、辺りには負傷したような猫は見当たらない。スムーズにミッションを完了させて部屋に戻る。

問題があったとすれば、俺と緑の家を隔てる塀を乗り越えた瞬間に巡回をしているお巡りさんが通りかかった事だ。後少しでも乗り越えるタイミングが遅かったら俺は少年Aになっていたかもしれない。

相変わらず運がいいのか悪いのか分からない自分の綱渡りっぷりに感心しつつ緑へ眼鏡を渡す。

「ほれ。猫は見当たらなかったから、やっぱり元気でどこかへ行ったみたいだ」

「有難う」

緑が受け取ると同時に眼鏡をかけると、いつもの見慣れた姿に戻った。何だか勿体無い気がして、思わず声が漏れる。

「……残念」

「……? 何が?」

小首をかしげて緑が聞いてくる。確かに、こいつからすれば当然の疑問だろう。

「いや、眼鏡かけてないおまえもいいなって。コンタクトはしないのか?」

「コンタクトはよく分からないから、いい」

「そっか……」

そこで終わるはずの会話を、何故か俺は続けた。

「だったら明日ぐらいに俺と見に行ってみないか?」

純粋に緑にコンタクトを勧めたかったのか、単に緑と二人で出掛けたかったのか。

どういうつもりで言ったのか自分でも分からないが、今までにない、新しい可愛さを見せた緑に中てられた事だけは確かだ。

「っ!? あ、貴方と二人で?」

「嫌なら断ってくれていいし、緑に予定があるならそれを優先してくれていいんだけど」

「無い。予定があったとしても、無い」

勢いよく首を左右に振る緑。そんな事してたらまた眼鏡落とすだろうが。

「ストップストップ、分かったから。じゃあ明日行——」

「いいわ」

ま、緑なりに気を使ってくれたんだろう。そう解釈して、ずり落ちた眼鏡をあわてて直す緑に確認を——取る前に即答。

「……じゃあ、また明日。おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

明日に備えて、今日は夜更かしはやめとくか。がらにも無くウキウキしながら窓を閉めて、俺はベッドに向かった。

「……どう? 変じゃないかしら?」

夏休みにしては早く目を覚まし、シャワーを浴びて部屋に帰って来ると、緑がいた。

「変じゃない……けど。お前、その状態で行くのか?」

眼鏡をかけてないのもいいと言ったのは確かに俺だが、前も見えてないのに出掛ける前から外してるのは危ないだろ? 
「……駄目?」

「ダメって言うかなぁ……」

「……似合ってないのね」

俺がやんわりと否定すると、緑の眉がハの字型になり、その声も気落ちしたものになる。……何だか俺がすごく悪い事をしてるみたいじゃないか。

「いや、マジで可愛いから」

「ぁ……ありがとう。……嬉しいわ」

俺のフォローを聞いた緑の頬が赤くなり、その表情も沈んだものから安堵と嬉しさが混じったものになった。

「でもな、」

「……」

しかし、俺が逆接を使うと再びその表情が曇りがちになる。いつもより感情表現が豊かなのはいいんだけど、やりにくいったらありゃしない。

この調子なら、その気になっている緑に眼鏡をかけるように説得するのはかなり骨が折れる作業になるだろう。

……ま、今の俺の格好に気付いて本を投げつけてこない分だけよかったとしようか。トランクス一枚の状態から服を着ながら、俺は盛大にため息を吐いた。


緑「お帰りなさいませ、ご主人様」

無「のわっ!? 緑、これは一体?」

緑「ご夕食の準備ができております。こちらに」

無「え? あ、はい」

緑「(テキパキテキパキ)では、どうぞお召し上がり下さいませ」

無「い、いただきます。ってか、緑は食べないの?」

緑「メイドですから」

無「あ、そう・・・(ぱくっ)うん、おいしいよ、これ」

緑「ありがとうございます」

無「もぐ、もぐ、もぐ・・・」

緑「・・・・・・・・・」

無(・・・ずっと見られてて食べづれぇ・・・)

無「ごちそうさまでした」

緑「ご入浴の準備ができております。こちらに」

無「ちょ、食べたばっかりなのにいきなり? 少しはのんびり・・・」

緑「湯が冷めてしまいますので」

無「は、はぁ・・・」

無「(ザブン)あ〜いい湯加減・・・なんだけど・・・なんか味気ないよな。せっかくのメイドなんだから、例えば突然入ってきて」

緑「(ガララ)ご主人様、お背中をお流しします」

無「そうそう、それっくらいのサービスというかスキンシップは・・・って、うわぁ!? まぢっすか!?」

緑「流さなくてもよろしいですか?」

無「いえ、ぜひともお願いいたします」

ゴシゴシゴシゴシ

無「(うわぁ、事務的・・・)あ、あのさ」

緑「なんでしょうかご主人様」

無「俺と一緒にお風呂場にいて恥ずかしかったりはしないの?」

緑「メイドですから」

無「さいですか・・・」

無「あぁ、いいお湯だった」

緑「ご就寝の準備ができております。こちらに」

無「おぉまさに至れり尽くせり。ところで、あのさ、ひょっとして添い寝してくれるとかは?」

緑「(ギロッ)・・・なにか仰いましたか?」

無「イエ、ナンデモナイデスヨ?」

緑「そうですか。それでは私はこれで失礼します。お休みなさいませ、ご主人様」

無「お、おやすみ」

パタン

無「・・・う〜ん、緑の奴、淡々としてたなぁ。メイドってもう少し夢が詰まってると思ってたんだけどなぁ〜・・・」

別室。

黒「お疲れ」

緑「ほんと疲れたわ・・・表情に出さないようにするの大変だったし」

黒「なに今さら赤くなってるのよ」

緑「目の前で照れたら負けかなと思って」

黒「それなんてニート?」


「……眠い……でも書かなくちゃ……」

 緑は何本目になるか分からない栄養ドリンクを一気に飲み干すと、充血して熊のできた目をモニターに向けた。しかし、キーボードに置いた指は一向に動く気配を見せない。

「ああもうっ! だから書けないって言ったのに!」

 眼鏡を外し、椅子の背もたれごと大きくのびをすると、緑は苛立たしげに頭を抱え込んだ。

 

「——ねえ、お願い! どうしても今回は落としたくないの! さすがに新刊出さないとやばいのよ!」

「それはあなたのサークルの問題でしょ、友子。私には関係ないわ」

 何度も行く手を遮る友子を何度もかわし、緑はつれなく答えた。

「そんなこと言わないでよ〜。中学時代、何千人という読者を昇天させた“誘い受けの緑”が復帰して書いてくれれば売り上げも倍増——」

「その名で呼ばないで! もうすっぱり足を洗ったんだから!」

 不穏当な二つ名を口にする友子を慌てて止める。珍しく声を荒げた緑に驚いたクラスメイトの視線を、緑は沈黙でやり過ごした。

「……ふう。いい、これが最後よ。私はもう書かないって決めたの。というより書けないの。そっちの趣味がなくなっちゃったのよ」

「そう……しかたないわね。これだけはしたくなかったんだけど……」

 わざとらしく肩を落とした友子は、鞄から大仰な身振りで薄い紙の束を取り出した。

「!! そ、それは……」

「ネットオークションで数万円の高値をつけ続ける幻のコピー誌『色がつくまで待って』。筆者、碧河美土里。その正体は……」

「やめて! よこしなさい!」

「おっと。この本のすばらしさをみんなに広めたいな〜。特に虹色寮に広めたいな〜。色無君の部屋に放り込んできちゃおうかな〜」

「友子、あなたって人は……」

 まるで悪代官のような邪悪な笑みを浮かべる友子。貫くような視線でにらみつけていた緑は、やがてぐったりと脱力した。

「わかったわよ……何ページ? 言っとくけど、これっきりだからね」

「愛してるわ、緑! 印刷所の最終締切が三日後だから、それまでに二十ページお願いね! それじゃ!」

 

「……んん、そんなの無理……せめてあと二日……!! しまった!! 今何時!?」

 うたた寝——というより失神——から覚めた緑は、慌てて時計を見た。どうやら椅子ごと後ろにひっくり返ってそのまま意識を失ったようだが、幸いそれほど時間は経っていなかった。

「よかった……いや、全然書けてないからよくはないわね……」

 ほっとした直後にため息が出た。先ほど見た夢を思いだし、無茶な注文を出した友子に改めて怒りを感じる。

「だからもう書けないって言ったのに。でもどうしよう、引き受けた以上はちゃんとしないと……」

 気ばかりあせる緑の耳に、ドアをノックする音が響いた。返事をする前にドアノブが回った。

「大丈夫か? なんかすごい音が食堂まで響いてきたけど」

「色無……平気、ちょっと椅子ごと倒れただけよ」

「おいおい、ほんとに大丈夫なのか? なんか最近顔色も悪いし、みんな心配してたぞ」

 部屋に入り、心配そうに伸ばしてきた色無の手をやんわりと拒み、緑は立ち上がってベッドに腰掛けた。色無も部屋に居座り、床にあぐらをかく。

「ちょっとね、文芸部の友達に原稿を頼まれたんだけど、それがなかなか進まなくて。締切が近いのに真っ白なのよ」

「ああ、それでここんとこ寝不足っぽかったのか。うーん、さすがにそれは直接手伝うことはできそうにないな。でもできることがあったら何でも言ってくれよ、協力するぜ」

「ありがと」

 色無の心遣いに胸が温かくなる。緑が書けなくなったのは、この感情を知ったからだった。本物の気持ちを理解した今、緑はもう以前のような目で世界を見ることができなくなっていた。

 ——そのはずだった。

「でも、これは私の戦いだから、特にして欲しいことは……」

 このとき、忘れられていた悪魔が緑の中で目を覚ました。

(だ、だめよ緑! あれは封印された発想法……しかもそれを色無に使うなんて……でも時間がない……どうしよう……)

「? どうした緑? やっぱり具合悪いのか? あ、それともなんか手伝えそうなこと思いついたとか?」

「……そうね……その、色無は……男君のこと、どう思う?」

 実際にはほんの数瞬のことだっただろう。だが永遠とも思える天使と悪魔の討論の結果、ついに緑は禁断の問いを口にした。

「……は? 男? 男って同じクラスのあいつ? なんで今そんなことを——」

「いいから答えて」

「はあ……どう思うって言われてもな。実はあんまりしゃべったことないんだけど、いい奴だぜ」

(イイ奴……)

「俺とは違うグループの中心人物みたいだな。俺と違ってあっちは男ばっかりだから、女の子に囲まれてる俺としては少しうらやましいかな」

(男ばっかり……うらやましい……つまり嫉妬……)

「なんか侍黒とつきあってるらしいけど、ほんとならたいしたもんだよな。あいつの相手がつとまるなんて、並みの包容力じゃないよ」

(包容力……)

「でも何でか知らないけど、あいつ俺に敬語使うんだよな。呼ぶときも『色無さん』だし、そのへんがちょっと気になるな」

(敬語……さんづけ……気になる……!!)

 そのとき緑の脳裏に稲妻が走った。

「きた……」

「へ?」

「きたきたきたきたーーーー!!! 降りてきたわ、神様が!! こうしちゃいられない、一刻も早くこのインスピレーションを文字にしないと!」

「あの、緑……」

「気が散るから出てってちょうだい! ヘタレ攻めのくせに私の邪魔しないで!! さあ書くわよ〜!」

 モニターにかじりついた緑は、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。呆気にとられていた色無は、やがてそっと部屋を出て行った。

 イベント当日。友子のサークルは過去最高の配布数を記録し、我に返った緑は寝不足と自己嫌悪で二日寝込んだ。


全ての人の天命が生かせる事が我が望み

武者小路実篤の言葉だ

彼の著作は好きだ

ユニーク、面白いのである

本はたくさん読んだし、これからも読むつもりだ

当たり前の話だが

それぞれに “書き手” がいて “読み手” がいる

人それぞれの “伝え方” があるし “受け取り方” がある

私は実篤の言葉を

不遜な言葉とは思わない

きっと彼は作品の中に “ソレ” を再現し

実際自分自身も含めて “ソレ” を望んだのだろう

実にユニークだ

今現在

私は書き手だ

伝えたいことがある

受けとって欲しい相手がいる

しかしながら、いつもならすらすらと流れるわたしの腕は

肩の辺りにダムができたように、ぴたりとその流れを止めてしまっている

書き出しすら浮かばない

前略とか……

拝啓とか……

いやいや!!別に暑中見舞いを送るわけではないのだ

そう、つまらない貧弱な文章を書いても “読み手” を退屈させるだけだ

駄目だ

まったくうかばない

大抵の恋は愚かさでしかない

こんなときにシェークスピアの言葉が脳裏を過ぎる

確かに今の私は愚かだ

言葉では伝える自信がないから、こうやって手紙を書いているのに

全く駄目

「……愚かだわ」

そう口にしたとき

私がいる位置からちょうど反対側に当たるドアが開いた

「……緑!なんだお前も図書室で涼んでんの??」

んなわけないか、とか何とか言っているが、聞こえていても鼓膜の辺りで言葉は止まって頭の中には入ってこなかった

“読み手” が執筆の最中に現れるなんて反則もいいところだ

真っ白だ

なんだったけ

あぁ

そうだ

彼にとり入りたいのか? それならば、彼の前に出て当惑のさまを示せ

ニーチェの言葉である

わたしは書きかけの手紙をぐしゃっと潰し、まっすぐに彼を見た

しっかりと私の想いを“伝える”ために


緑「……」

男「……」

緑「……」

男「……なあ。本ばっか読んでないでさぁ」

緑「……何?」

男「……っていうかお前よくタクシーん中で本読めるな。酔わないの?じゃなかった……本ばっか読んでないでさ、俺にもかまってよ」

緑「なんで」

男「つまんないじゃん〜」

緑「……いいわよ。何するの?」

男「じゃあ……しりとりでも。しりとりのり〜からな。り……りんご」

緑「ゴン」

男「……」

緑「たんすにゴン。あ、ゴン中山でもいい」

男「いや、そういう意味の沈黙じゃないから」

緑「じゃあ何よ」

男「……しりとりでしょっぱなから終わらすヤツいるか?っていうかしりとりの最初のほうなんてだいたい決まってるじゃんか。

  しりとり〜りんご〜ごりら〜らっぱ〜ぱんだ〜は定番だろ」

緑「別に私の勝手じゃないの」

男「にしてもだなぁ……まぁいっか。じゃ、もう一回な。しりとり〜、り、り、リバプール」

緑「ルーン」

男「……」

緑「……」

運転手「……くっ……」

男「運転手さん、笑わない」

運転手「サーセンwwwwww」

男「まったく、こんな雨が降り出すまで図書館から離れなかったのはどこのどいつだっつーの」

緑「……台風が近づいてるなんて知らなかったのよ」

男「さいですか。どうせタクシー代も俺持ちなんだろ?ったく、感謝の気持ちが足りねぇよ」

緑「……別に頼んでなんか」

男「ですね。はぁ……」

緑「……」

男「……」

緑「……あ、あり

運転手「アザースwwww」

男「黙ってろドライバー」

緑「……ありがと」

男「そーそ。素直にしてろって。そんときの緑が一番可愛いんだからさ」

緑「……思ってもないくせに///」

運転手「また口説き文句ッスかwwwwwwwwww」

男「黙れドライバー」

運転手「サーセンwwwwwwwwwww」

男「……あ、着いたよほら。みんな待ってるっぽいし。早く帰ろうぜ」

緑「……うん」


緑「ん?」

白「あ、緑ちゃんこんにちは」

緑「こんにちは。白が図書室に来るなんて珍しいわね」

白「自宅にいるのも退屈ですから」

緑「そう」

白「図書室においてある本でなにかおすすめの本あります?」

緑「どういうのが読みたい?」

白「なにかSF物の小説がよみたいかな」

緑「じゃあちょっと待ってて」

 数分後

緑「はい」

白「ありがとう。読み終ったら感想聞かせてあげるね」

緑「期待して待ってるよ」

 数日後

白「あの小説すっごい面白かった!!」

緑「へぇ、どんなところが?」

白「主人公がね……」

緑「うんうん……」

白「で、仲間の女の子が……」

緑「なるほど……」

 10分後

白「感想聞いてくれてありがとう」

緑「いえいえ。私も図書室にこもって一人で本を読んでばかりだったから人と久々に喋れて有意義な時間を過ごせたわ」

白「それはよかった。これからも図書室に来ていいかな?」

緑「御自由に。それに本が好きな人が増えて私もうれしい」

白「じゃあまた今度くるね」

緑「うん」

無「なんか白と話してたけどなんかあったのか?」

緑「別に……」

無「ふ〜ん。なんかやけに微笑んでましたけど」

緑「なんでもないっていってるでしょ」

バシっ

無「痛!!本で叩くな!!」

緑「くだらないことばかりいってないで帰るわよ」

緑(これから本ばかりよんでないで人と話すのもなかなか面白そうね……)


遂にこの日が来てしまった。今日まで先延ばしにしてきた自分の目的を思い出すため、もう一度確認するように壁に掛けられた物を見る。

そこにあるのは、今日のために新調された浴衣。そう、今年こそ私から今日の夏祭りに彼を誘うのだ。

一週間ほど前に探りを入れた時点では、彼に今日の予定はないと言っていた。

彼の性格からして祭り自体は行こうと思うものの、面倒くさがって自分から予定を立てたりしてはいないだろう。つまり、私から誘えばほぼ確実に一緒に行く事が出来る——はず。

微妙に弱気なまま、朝に開いてから1ページも読み進んでいない本を机に放置して、私は彼の部屋に向かった。

あ〜、動きたくね〜。今日も今日とて夏休みの醍醐味であるヒキコモリ生活を過ごしているとコツコツ、と窓を叩く音が聞こえてきた。窓を開けると、そこには分かってはいたが緑がいた。

「よう。どうした?」

「……ちょっと、ね」

言葉を濁しながら答える緑はこいつにしては珍しく、昼を過ぎてるのに服も髪も整えられていない。お、寝癖発見。

緑を観察しつつ部屋に入ってくるのを待つが、窓を乗り越えて俺の部屋に来る気配が全く無い。

「ん? 入ってきていいぞ?」

「ちょっと確認したい事があるだけだから。今日、暇……よね?」

緑にそう質問されて、毎年こいつと行くのが恒例になっている、夏祭りの日は今日だという事を突然思い出した。

一週間ぐらい前こいつから同じ質問をされた時に緑も予定が無いって言ってたし、毎年の事だから直前になって誘えばいいかと考えていたんだがすっかり忘れてた。

こんな質問をしてくるぐらいだからやっぱり緑もヒマなんだろう。こいつと二人で出掛ける機会なんてほとんどないし、誘ってみるか。

俺がそんな事を考えている間にも、緑はモジモジしながら視点をさまよわせつつも、こちらをチラチラと窺ったりとせわしない。……むう。ちょっといいな。

めったに見れない緑の小動物チックな動きをもっと見ていたいが、下手にこいつを怒らせるのもよくないので緑に意識を戻す。

「ヒマだったけど、たった今予定ができた」

「っ!? ……そう。それじゃあ」

「お前もヒマだったら一緒に——あれ?」

俺が言い終わる前に緑は窓を閉め、俺との会話を一方的に打ち切った。後に残された俺は当然意味が分からない。

「み〜ど〜り〜、あ〜け〜て〜?」

俺、何か悪い事言ったか? 流石にこのまま会話を終わらせるのは気持ち悪いので緑の部屋の窓を叩いて呼びかけるが、緑の反応は無い。

「居るのはわかってるんだからな〜、入るぞ〜」

我ながら慣れたもので、返事は無くても勝手に緑の部屋へ侵入を開始する。

過去に何度も同じ様な事をして文字通りイタい目にあっているが、その程度の事で目的を持った俺は止まらないのだ——と言いつつも、鮮やかに撃退された数々の過去が脳裏に甦る。

……念のため、頭だけはガードしておこうか。いつ角の尖った本が飛んできてもいいように頭を手でかばいながら部屋に入ると、こちらに背を向けて机に座る緑がいた。

「やっぱいるじゃねぇか。無視すんなよ〜」

「……」

呼びかけても緑は俺を無視して机に向かったままだ。何をしているのか気になってその手元を覗き込むと、いつもの如く本が広げられていた。

本を読み始めた緑は、本人が読書を中断しようとするまで周りで起こる出来事に一切リアクションを返さないのは周知の事実だ。

ここは仕方ないけど出直すべきか? でもさっきの事が気になるしなぁ……。部屋に帰るかそれとも待つか。俺が悩んでいる間も、緑は本当に読めてるのか?ってペースで本をめくって——ない。

しばらく緑の動きを見てみると、やはり本を開いてはいるものの読んでいる気配は無い。

「よ〜し、こっち向けぇ〜」

「……えぇ」

「ほらっ、UFOだUFO!! 宇宙の神秘が今ここに!!」

「……えぇ」

「緑ちゃん、愛しの俺が来てますよ?」

「……えぇ」

本を読んでないならチャンスだ。そう思っていた俺が甘かった。いくら声をかけてみても生返事ばかりで一向に俺に気付く様子は無い。

これは声をかけてるだけじゃあダメっぽいな。何か違った行動を起こさないと。

「いい加減気付いてくれよ〜」

「……えぇ」

ネタがそろそろ尽きてきた頃、ついに俺はずっと気になっていた、緑の髪からのびている一房の寝癖を掴んだ。

「うわ、サラッサラ」

「……えぇ」

緑の髪の余りの触り心地のよさに思わず感動の声を上げてしまう。以前黄達が緑の髪を触って騒いでいた事があったが、今ならその気持ちが十二分に理解できるな。

「お〜い」

「……えぇ」

「お〜い」

「……えぇ」

……はっ、気付けば無意識のうちに緑の頭を撫で続けている。バカか俺はっ。こんな事をしに来たんじゃねぇだろうが! ……っても触ってるの楽しいしなぁ。

どうにかこの状況を維持しながら緑に気付かせる方法ってないのか? 目的と手段を変えつつ考えている間も、髪に触り続けている俺の手。その手がさっきの寝癖に触った。

ふとその寝癖を手でしばらく押さえてから離してみる。当然この程度の事で寝癖が直るはずも無く、あっさりとはねた状態に戻る。

「……これだな」

「……えぇ」

強引な屁理屈を一つ思いついたところで改めて緑に声をかける。

「なぁ、緑」

「……えぇ」

「これだけ言っても無視する気なのか?」

「……えぇ」

「もしこれ以上続けるつもりなら、お前を面白ヘアスタイルにするけどいいのか?」

「……えぇ」

よし。言質はとったし、後は俺が満足するまで緑が気付かない事を祈るだけだ。当初の目的を光の彼方へ追いやって、俺はワックスとスプレーを取りに急いで自分の部屋に飛び込んだ。

 

「ヒマだったけど、たった今予定ができた」

そう彼が言った言葉を、私は一瞬理解できなかった。彼は。今日。既に。予定が。ある。文節に区切ってもう一度その内容を頭の中で考える。……あぁ、彼と一緒に夏祭りには行けないのね。

「そう。それじゃあ」

やっと彼の言った事が分かった私は、そう言って窓を閉めるのが精一杯だった。

「……」

私の考えが甘かった。彼がクラスで人気がある事は分かりきった事だし、一週間もあれば誰かが誘うのは当然だ。毎年一緒に行っていたからといって今日まで声をかけなかった私が悪い。

放置したままだった本に目を落としながら、自分を納得させるためにひとりごちる。いつもならどんな時でも集中できる読書も、今ばかりはその内容が全く頭に入ってこない。

「——けぇ〜」

「……えぇ」

「——に!!」

「……えぇ」

「——すよ?」

「……えぇ」

何とか納得できる理由を探している私に、誰かが話しかけてきている。親が部屋に来たのだろうと判断した私は適当に返事を返す。

両親の話よりも、この気持ちにどう整理をつけるかの方が私にとって重要なのだから。

「——いいのか?」

「……えぇ」

しばらく続いた一方的な会話も何かの確認らしき台詞を最後に、私の頭を触っていた手が離れていったと同時に終了した。一体何の用事だったのかしら? 多少気にはなるが、あくまで多少でしかない。

私にとって重要なのは彼が誰と出掛けるつもりなのか見極めないといけないのだから。……あら? 
何だか目的が変わったような気もするけど、気になっているのに間違いはない。

まず最有力候補は黄とオレンジね。彼女達の行動力は侮れない。でも、自分からアクションを起こす事はないとはいっても、水色や白がたまたま出会った彼に誘われたという可能性がないとも言い切れないし……。

そう考え始めるとクラスメート全員が怪しく思えてきた。怪しくないのは彼と私ぐらいのものだ。

「——くなよ?」

私が思考の迷宮に入り始めた頃、再び誰かが私の髪を触り始めた。気にしないようにはしていたものの、流石にこれだけ執拗に続けられると何が目的なのか気になってしまう。

「一体何の——」

「前向いとけ〜」

仰ぎ見るように後ろに居る人物の顔を見ようとすると静止の声がかけられ、前を向いた状態に戻される。聞こえてきた声は、彼の物だった。

「なっ、何で貴方がここに!?」

「だから動くなっての」

頬が一気に熱くなり、思わず振り返ろうとする私をまたもや彼が強制的に前に向かせる。どうやらこの体勢を保っていないといけないらしい。

「……で、何をしてるのかしら?」

「お前が俺を無視し続けてくれるからな。お前が気付くまでの間髪をセットしてやってるんだ、ありがたく思え」

「もう気付いてるんだけど」

「一回始めた事は責任を持って最後までしないとな」

そう言いながら、彼の手は私の髪を触り続けている。彼に触れられているこの状況は嬉しいのだけど、手放しでは喜べない。

「こんな事してていいの? この後用事があるんでしょう?」

「……あ〜。忘れるところだった、それだそれだ。お前、人の話は最後まで聞けよ」

「どういう事?」

「ちょっと前に、お前も今日ヒマだって言ってたろ? だから祭りに誘おうとしたんだよ、さっき」

「……」

「なのにいきなり窓閉めやがって。せめて返事してから閉めろよな」

今回も彼の言っている事が理解できない。こういう時はあれね、文節に区切って情報を整理しましょう。彼が。私を。夏祭りに。誘ってくれた。

「……」

「おいおい、また無視かよ!?」

よく分からなかったからもう一回。私は。彼と。一緒に。夏祭りに。行ける。……彼と真正面から向き合ってなくてよかった。頬がにやけた状態から全く戻ろうとしない。

「結局どっちなんだ〜?」

「ご、御免なさい、用事はないから一緒に行かせてもらうわ」

少しでも気を抜けば笑い出しそうな気持ちを必死で抑えて彼に了解の返事をする。

「オッケー、これが終わったら行くか——って動くなって言ってるだろうが」

「あら。御免なさいね」

何だか嬉しそうに注意してくる彼に、上機嫌で謝る私。過程は失敗したけれど、たまにはこんな風に上手くいってもいいわよね? 
今の状況を少しでも続けるため、ささやかな抵抗として時折頭を動かしながら、私はこの後の祭りについて彼と語り始めた。

白「……勝手に部屋に入っちゃっていいのかなぁ?」

橙「あいつのお母さんには了解取ったんだから大丈夫なんじゃない?」

黄「そうそう、勝手知ったる……なんとやら、ってね」

橙「黄、続き知らなかったんでしょ」

白「オレンジちゃん、分かっててもそれは言わない方が……」

黄「うぅ、白ちゃんの心遣いが一番私のハートをえぐっていくっ!!」

白「え? え? 大丈夫だよ黄ちゃん、あそこまで言えただけでも凄い進歩してるよ?」

橙「……そうだね白。だからもう黄を許してあげようか?」

黄「……コホン。気を取り直して——お前は包囲されている、大人しく私達と夏祭りに——あれ?」

白「あれ? いない、よね?」

黄「恐れをなして逃げ出したか! 軟弱者っ!!」

橙「……あ。二人とも、こっちこっち」

白「どうしたのオレンジちゃん、緑ちゃんの部屋に何が——あ」

黄「……ナニアレ。私を差し置いてイチャつくなんて許せないっ!! 総員突撃ぃ〜っ!!」

白「黄ちゃんストップ、二人の邪魔しちゃ悪いよ。……彼も楽しそうだし」

黄「……それでもダメなのっ!! あいつとイチャついていいのはあいつの彼女になった子だけなのっ!! 突撃ぃ〜っ!!」

橙「はぁ、仕方ないから一緒に邪魔しに行ってあげますか」

白「オレンジちゃん、嬉しそうな顔してるよ?」

橙「白、あんたもね〜」


男「んー……ん?」

白「あ、色無くん、何読んでるの?」

男「バカの壁ってやつ。緑に無理矢理押し付けられたんだ……」

白「あぁそれ私も入院中に読んだことあるよ!結構ためになるよね!」

男「それが……俺には何がなんだか……。緑のやつ、こんなもの渡しやがって……遠まわしにバカだと言ってるのか!?」

白「えっと……ちがうと思うけど……」

黄緑「何かいいことでもあったんですか緑さん?」

緑「え?」

黄緑「さっきから顔がにやついてますよw」

緑「あ……いやこれは思い出し笑いで」

黄緑「どっちにしても上機嫌ですねw色無くん関係ですか?」

緑「な……なんであいつが出て」

黄緑「図星ですかw名前が出た途端笑顔でしたもんw」

緑「え、あ、」

黄緑「ずるいなぁ緑さんだけ……よっし、私も頑張りますか!それじゃあ」

緑「……黄緑さんは鋭いな。全部ばれちゃった……それにしても色無、もう気付いたかな?w」


……今日はどこへ行こうかしら。窓の外に広がるさわやかな秋晴れの空とは真逆の陰鬱な気持ちになりながら、私は帰り支度をしている。

『読書の秋』とはよくいったもので。普段は図書室には寄り付かないような人達もとりあえず、といった感じでこの季節は図書室に集まってくる。

他人が本を読もうが読むまいが関係ないけれど、図書室のあの雰囲気が壊されるのはいただけない。なので、この季節の私は人気がない、静かな場所をいつも捜し求めている。

「……あら」

そういった訳でここ最近のお気に入りの場所のひとつである、中庭の噴水前のベンチに来たのだが。そこには既に先客のカップルがいた。

ベンチ自体は3つほど置かれているのだけれど、流石にカップルの横に座れるほどの度胸もないし、空気が読めない訳でもない。

仕方ないわ、別の場所を探しましょう。私の存在を気にするでもなく思う存分イチャつくカップルに呆れと少しの羨望の眼差しを向けつつ、中庭を後にした。

気の向くままに校内を歩く。ふと足を止めると、いつの間にやら私は裏庭に来ていた。

こういうのもいいわね。色とりどりに染まった落ち葉に見てとれていると、肩に一枚の葉っぱが乗った。

何となくそれを手にとって見ていると、小学校の頃に誰かから聞いた、『木から落ちてきた葉っぱが頭の上に乗ると、両思いになれる』という他愛のないおまじないを思い出した。

……たまにはこういう場所も風流でいいかな。視界に入る中で一番よく木の葉が落ちている木の下で、私は本を開いた。

pencil_0774.jpg
 

読書を始めて15分程経った今、葉っぱは辺り一面に薄く積もっている。……ただ、私の頭を除いて。

……おかしいわね。肩には焚き火が出来そうな勢いで木の葉が落ちてきているのに、こうなってくると何かの陰謀を感じてしまう。

ひょっとして、彼と両思いになる事はない——いや、そんな事にはさせない。チャンスは自分の手で掴みとらないと。

「……っ」

失敗。

「……っ!」

再び失敗。

「……っ!!」

三度失敗。

葉っぱが落ちてきている所へ首を動かしてみるものの、やはり私の頭を避けて地面へと落ちる木の葉。

落ちているのを見てからじゃあ駄目ね。落ちる瞬間を感じ取らないと。段々何かの修行じみてきた自分の行動に全く疑問を感じる事無く木と対峙し、目を閉じて精神統一。

……もし、貴方に心があるなら。私の気持ちに応えて! 祈りが通じたのか、偶然なのかは分からないが、とにかく私は一枚の木の葉が落ちてきそうだというのを感じ取った。

座ったまま一歩分身体をずらし、葉っぱが頭の上に落ちてくるのを待つ。後3秒。2秒。1——。

その瞬間、風が裏庭を通り抜けた。ざあっ、という音と共に、辺り一面の木の葉が舞い上がる。当然、私の頭上に落ちてきていた一枚も含めて。

「——はぁ」

空の青と落ち葉の赤、黄とのコントラストにしばし目を奪われた後、大きく息を吐く。結局この木には私の気持ちを理解してもらえなかった、のよね。

そう考えると、この木の幹が意地の悪い笑みを浮かべているように見えてくる。少しぐらい夢を見せてくれてもいいじゃない、薄情者。

逆恨みとしか言い様のない感情で木を見る私の耳に、こんな所にくるなんて全く予想もしていなかった人物の声が聞こえてきた。

「ぺっぺっ、何だよこの風!? 落ち葉食いそうになったじゃねぇか!」

「なっ……!?」

なんでここに!? と言いたかったのだけれど、驚きすぎて上手く話すことができない。

「よう。まさか図書室にいないなんて考えもしなかったからな、かなり探したぞ?」

「探してたの? 私を?」

「その通り。せっかくの『読書の秋』だしな、お前にオススメの一冊を教えてもらおうと思ったんだよ」

「……」

なんて事。大人しく図書室に行っておけば彼と一緒に過ごせただなんて。自分の間の悪さに腹が立って仕方がない。

「って訳でさ、ヒマだったら何かいい本教えてくれないか?」

「勿論いいわよ。行きましょう」

彼と時間を共有できる事に異論があるはずがない。女心を理解してくれなかった薄情な木にもう一度恨みがましい視線を向けた後、図書室へ向かおうとすると、いきなり彼が頭に手をやった。

「ん? 何だコレ?」

「どうかしたの?」

「この葉っぱが頭に落ちてきたんだよ。まだ緑色なんて、珍しいな」

そう言って彼が私に見せてくれている木の葉の色は確かに緑色。——まさか、私の気持ちを汲み取ってくれたの?

「どした? 早く行こうぜ?」

「ちょっと待って貰えるかしら?」

「ん? 別にいいけど」

葉っぱを見つめて動かない私に不思議そうに話しかける彼に断りを入れてから、木の幹へ近づいて手を当てて目を閉じ、心の中で語りかける。

……御免なさい。私、貴方の事を勘違いしていたみたい。本当は良い木だったのね、貴方。今度来る時は御礼に栄養剤でも持ってくるわね?

私なりに精一杯の感謝の気持ちを述べてから目を開けると、木の幹もさっきまでとは違って優しい笑みを浮かべている様に見えた。

さて、この木も応援してくれている事だし、今日は少しぐらい積極的になってみようかしら?

「お待たせ」

待たせていた彼の元に駆け寄ると、再び彼が頭に手を当てた。……嫌な予感がする。

「何してたんだ——ってまた頭に葉っぱが落ちてきたよオイ」

「……」

「赤、黄、茶色に黄緑とはカラフルだな——って俺の頭はゴミ箱じゃねぇんだよ!!」

叫びつつ彼がこちらに差し出す木の葉の中には、誰がしたのかわざわざ青や紫に塗られた物まである。

……そう。応援しているのは私だけじゃないのね? 思わず振り返ると、私の目には悪戯を成功させて笑っている木の表情がしっかりと見えた。


緑「今日はお前の誕生日なんだが……」

無「なに?」

緑「……その……わからんのだ……プレゼント……」

無「んー今はそう欲しいものなんてないからなぁ。別にいいよ」

緑「それでは私の気が済まないのだ!だからその……一緒に……」

無「一緒に?」

緑「一緒に……ええぃいいいい一緒に来いぃ!!!!!!!」

無「そんな目を血走らせなくても……」

緑「ハァハァ……ハァ……ハァ……」

無「そう……か……じゃ行こう。(サッ)」

緑「……(ギュ)」

無「ほら下ばっか見てたら眼鏡が落ちるぞ?」

緑「……手……汗かくかもしれない」

無「俺だって焦ってるんだから。離す?」

緑「……や」

無「じゃ……行こ?」

緑「うん」


『ほんとうにしりたいこと』

緑「……」

無「……失礼しまーす」

緑「……ん」

無「……睨むなよ」

緑「睨んでない、何の用?」

無「本を借りに来たんだけど、忙しかったらまた今度……」

緑「……今度はどんなのが良い?」

無「前のが面白かったから、似たようなのがいいんだけど」

緑「……じゃあ、これとこれとこれ」

無「早っ……ひょっとしてこの部屋の本、全部読んだのか?」

緑「読んだというか中身も全部覚えてるけど」

無「へぇー、すごいな。緑にわからない事なんて何もなさそうだな」

緑「……私にだって解らない事はあるわ」

無「どんな事?」

緑「……他の手段が尽きたら聞くことにする」

無「緑に解らない事を俺がわかる訳ないと思うけど、一緒に考えるくらいは出来るかもな」

緑「私の部屋で読んでく?」

無「いや、自分の部屋で読むよ。サンキュ緑」

バタン

緑「……こんな本に頼らずに自分で努力すべきよね」

——【異性の気持ちがわかる本】


ある日の公園。ベンチに座って本を読む緑。

その隣で丸くなり寝ている猫。そこに偶然やってきた色無。

無「おーい緑ー」

緑「……」

緑、本に目を落としたまま微動だにしない。

無「……まぁいつものことか」

言いつつ色無、ベンチに近づいていく。

ある程度近づいたところで猫は目覚め、どこかに行った。

無「おい、緑」

緑「……」

隣に座る。

無「だから、緑」

緑「……」

無「何読んでるんだ?」

緑「……」

無「……」

いつもなら既に一言二言は返されている状況。

どうしたものかと色無が考えていると、

緑「……怖かった」

無「うわっ」

前触れもなく呟くもんだからちょっとびびった。

緑「……猫が隣にいて……いつ引っ掻かれるか気が気でなくて……」

無「……や、緑、どうしたんだよ」

緑「子どもの頃耳引っ掻かれて、化膿して、痛くて、猫、怖くて」

無「……」

緑「隣来て、怖くて動けなくて、頭の中ぐるぐるで」

無「……とりあえず、もう大丈夫だ」

緑「色無来てくれて、本当に助かった。嬉しかった。ありがと」

無「……ども」

緑「ごめん、ちょっと泣く。胸貸して」

無「ん、どうぞ」

緑「……ありがと」

静かに静かに、緑は泣いた。


『知は力なり』という格言がある。しかし正確さを期すならば『知の応用は力なり』と表現すべきね。

白「あれ、今日はなんの本よんでるの?」

緑「ヒミツ」

大切なのは知識を詰め込むことではなく、それをどのように使うか。

白「え〜」

緑「ところで今日はどうしたの?」

いままでの私は知識を蓄えるだけでそれを有効に生かせることはなかった。

白「天気がいいから外で散歩しようかなって思って。緑ちゃんもいく?」

緑「よろこんで御一緒させてもらうわ」

白は私の数少ない大切な友達。病気がちでいつも私に心配させる。

白「じゃあ行こうか?」

緑「わかった」

唐突だけど私はこの子ために医者になろうと考えている。友人一人の為に自分の人生を捧げるのもまた面白い。それで私が満足できればそれでいいのだから。


無「いってきまぁす」

緑「あ、色無……おはよう……」

無「お、緑じゃん。おはよう。つうかなぜ俺の家の前にいるんだ?」

緑「一緒に学校に行こうかなと……」

無「朝から待ってたのか?」

緑「うん」

無「そうかそうか。可愛いやつだのぉ」

緑「それより早く学校に行こう?」

無「わかった」

 5分後

緑「最近寒くなってきたねぇ」

無「そうだなぁ。暖かい食べ物がうまい季節になってきたな」

緑「色無は食べ物ばっかりだね」

無「いいじゃねぇの」

緑「食べ物以外になにか興味はないの?例えば……年頃なんだからすこしは恋愛とかに……」

無「恋愛なんて言葉が緑からでてくるなんて以外だな」

緑「わ、私だって一応女だし……」

無「女だからなんだって?」

緑「なんでもない!!」

無「あー、もう……怒んなって」

緑「馬鹿……鈍感……甲斐性無し……」

無「よくそんな酷いワードがでてくるな」

緑「本当のことをいっただけ」

無「さいですか。まあそんな男を朝から待っとく緑は相当物好きだな」

緑「うるさいわね……そんなこというから鈍感って言われるのよ」

無「そうか肝に命じておく」

緑(すこしは察してくれてもいいじゃないかなぁ……)


緑「……」

男「あれ、お前メガネは?」

緑「フレームの修理に出してる」

男「ふ〜ん」

緑「……」

男「……」

緑「……なに?」

男「いや、やっぱりメガネないほうが可愛いなぁと思って」

緑「……なにそれ」

男「ごめん怒らないで悪かったから!!……ってなんで褒めたのに謝らなきゃいけないんだ!?」

緑「黄緑さん」

黄緑「どうしたの?」

緑「普段コンタクトだよね?」

黄緑「そうよ?」

緑「……つけるの痛い?」

黄緑「……う〜んどうかしら……」


 放課後、HRも終わったので図書室へ向かおうとする私をクラスメイトが呼び止めた。

「ねえ、今日みんなでカラオケ行こうってことになったんだけど、一緒にどう?」

「……ありがとう。悪いけど遠慮しておくわ。読みたい本があるから」

「そう……じゃ、また今度ね」

 困ったような笑いを浮かべて、彼女は去っていった。

『だから言ったのに……』

『つきあい悪い……』

『本の虫……』

 背後からとぎれとぎれに聞こえる私の評価。全部事実だから、陰口とは言えない。後ろ手にドアを閉めると、それも聞こえなくなった。

 

 一人でいるのが好きってわけじゃない。さっきの子たちともそれなりにうまくやってるし、寮に戻れば親友と呼べる子たちだっている。

「でも、今は本が読みたい気分なのよ」

 誰にともなくつぶやく。人気のない図書室で今日読む本を数冊選び、お気に入りの席に陣取って、さあ読もうとページを開いたところで邪魔が入った。

「そんなこと言っても、おまえ寝てるとき以外はたいてい本が読みたい気分じゃん」

「……図書室では静かにするものよ。このあいだ選んであげた本、今日が返却期限だったと思うけど」

 この場にふさわしくない色無の大声を、私は軽くたしなめた。

「ああ、ちゃんと持ってきたぜ。分厚いから読むのに時間かかったけど、すっげえ面白かったよ」

 鞄から出した本を受け取る。こいつは面倒がって図書カードを作っていないので、私のカードで借りているのだ。

「そう、勧めた甲斐があったわね。特にどのシーンがよかった?」

「そうだなあ……やっぱラストの、主人公がヒロインと二人で丘の上に立って、夕日に架かる虹を見るところかな」

「? そんなシーンあったかしら……あんまりよく覚えてないわね」

 私の言葉に、色無は意外そうな顔をした。

「覚えてない? ラストの大団円のシーンだぜ? ふつう忘れないだろ」

「悪かったわね。私は情景描写より心理描写を重視して読むタイプなのよ。いくらきれいな言葉で風景を説明されても、見たことないものは想像できないでしょ」

「ふーん、そんなもんかねえ……」

「そんなものよ。それより、もしまだ本に興味があるなら、今日はこれなんか——」

「いや、今日は本はいいや。悪いけどちょっと用事を思い出した。またな!」

 私の言葉を遮って、色無は足早に立ち去った。暇そうな図書委員が迷惑そうな顔をしている。

「……そう。まあ、あいつと趣味を共有できるとは思ってなかったけどね」

 もともと読書とは一人でするものだ。体のいい言葉でやんわり拒否されたからと言って、特に落ち込んだりはしない。

 でも、その日はなかなか活字が頭の中に入ってこなかった。

 

「お、やっぱりまだいた! おーい!」

 やっとほんの世界に没頭し始めたころ、私の心はまたもあいつの声で現実世界に連れ戻された。

「!? 色無? 帰ったんじゃなかったの? ていうか、図書室では静かにしなさいってあれほど——」

「あー悪かった、次からそうするから。なあ、そろそろ帰ろうぜ」

「なんでよ? 閉室時間まであと一時間はあるわ。読みかけの本を残していくと気持ち悪いから」

「それじゃ間に合わないんだよ。な、今日は俺につきあってくれよ!」

「あ、ちょっと何するのよ! 離しなさい!」

 本を片づける暇もなく、私は強引に色無に手を取られ、図書室を後にした。ああ、当分あの図書委員が担当の日はここには来られないわね……。

 

「ちょ、怖い怖い! スピード出し過ぎよ!」

「しっかりつかまってろよ! あんまりしゃべると舌かむぞ!」

 無理矢理自転車の荷台に乗せられ、安全を無視した速度で走って連れてこられたのは、寮の近くの高台にある小さな公園だった。

「ぜえ……ぜえ……ふう、何とか間に合ったかな……」

「はあ……もう、生きた心地がしなかったわよ! いったいなんだって言うのよ……」

 地面にへたり込み、肩で息をしている色無は、黙って西の空を指さした。ほとんど反射的にそちらを見た私は、たっぷり数秒のあいだ呼吸を忘れた。

「……すごい……夕日が、燃えてるみたい……」

「お気に召していただいたようで何より。どうだ、これであの本のラストの光景、想像しやすくなっただろ?」

 得意げな顔をする色無に、私はつい意地悪を言ってしまう。

「確かにきれいな夕日だけど、虹がなければ意味ないわね」

「その点もぬかりなく」

 にやりと笑った色無は、隠し持っていた霧吹きを取り出すと、夕日に向かって何度か吹きかけた。

「! 虹が……」

「まあかなりちっちゃいし、一瞬で消えちゃうけどな。コツが分かれば案外簡単に作れるんだよ」

 しゅっしゅっと、何度も霧吹きを操っては虹を作る色無。生まれては消える七色の橋を、私はぼーっと見つめた。

「読書もいいけどさ、やっぱこういうのは自分で体験してみないと。そうだろ?」

「……そうね。でもこんな作り物の虹じゃ、実際に体験したとは言えないんじゃないかしら」

 そういうと、さすがの色無も少しムッとしたようだ。

「いや、それはそうだけどさ……なかなかそんなレアな風景には出会えないし……」

「じゃあまた連れてきてよ。そんなきれいな景色が見られるまで、何度でも、ね」

「え……お、おう! まかせとけ!」

 夕日に背を向けて歩き出した私を、色無は自転車を押しながらあわてて追ってきた。

 本の世界はすばらしい。居ながらにして世界中を、さらには異世界さえ旅することができる。

 でも、自分の足で歩いてみるのも悪くないみたい。今度あの子に誘われたら、一緒に遊びに行ってみよう。


緑「あ、色無——」

紫「色無ぃ猫をよこせー!!」

男「さっき触ったばっかだろ?」

紫「また会いたくなっちゃったのぉ。いいからよこせー!」

男「ったく……部屋行くぞ」

紫「わーい♪」

緑「……」

緑「色無——」

橙「だーれだっ!」

男「どう考えてもオレンジだろ……ってか抑えるところが違う!目覆えよ!どこ触ってんだよ!」

橙「あれ?あぁ間違えた、これは息子のほうだったね〜」

男「慣れてしまって勃たない自分が悲しい……」

緑「……」

緑「色無——」

水「い、色無くんっ!あの……」

男「ん?」

水「も……もしよかったら、ここ今度の日曜日、え……映画観に行きませんかっ!?///」

男「今度の日曜日かぁ。うん、もちろん行くよ!!楽しみにしてるね」

水「は……はい!///」

緑「……」

灰「なんか緑の部屋からすごい打撃音が聞こえてくるんだけどどうかしたの?」

黄緑「せっかくコンタクトにしたのに色無さんに話しかけられなかったんですって」

灰「あー……なるほど」


『どくしょ』

無「緑、また本読んでるのか」

緑「ええ、本を読むのは楽しいし、他にすることもないもの」

無「……」

緑「……なによ?」

無「……駄目だ」

緑「なにが?」

無「せっかくいい天気なんだ。外に出ないでどうする!」

緑「寒いし、私はいいわよ」

無「ほら出掛けるぞ」

緑「ちょっと! 引っ張らないでよ」

緑「……」

無「睨むなよ、そんなに嫌だったか?」

緑「……目付きが悪いのは生まれつきよ……イヤじゃない」

無「キレイな顔してるのにもったいないぞ、もう少し笑えばきっとモテるのにな」

緑「な……」

無「……どうした?」

緑「なんでもない……無差別に惚れられたくないから別にいいわ」

無「……好きなやつとかいないのか?」

緑「! ……いきなりね」

無「スマン、でもいるんなら笑えば好きになってくれるかもしれないぞ?」

緑「……効果はあんまりないみたいよ」

無「なんだ、もうやってるのか」

緑「……読書の成果を見せてあげるわ」

無「いきなり手を引っ張ってどうしたんだよ?」

緑「料理を作ってあげる……笑顔は効かないみたいだから」


『破壊神茶色』

私のリサーチした情報で茶色のことをこうよんでいる。

理由としては単純な理由だが呼び名の由来は茶色本人がもつオーラ……ドジっ子オーラとでも呼ばせてもらおう。このオーラで学校から私生活に至るまであらゆるものを破壊し尽すためである。

例をあげると体育の野球の時にホームランを打ちその打球で校長先生の部屋の窓ガラスを破壊、その次に転んだ拍子に色無の股間に頭をぶつけ色無のゴールデンボールを破壊寸前にまでおいやるなど実にさまざまだ……

無「緑、なに書いてるんだ?」

緑「なんでもないわよ」

茶「あのー、今日の調理実習でお魚を焼いたのでたべませんか?」

緑「あら、じゃあいただこうかしら……」

ボンっ!!

緑「目がぁ!!目がぁ!!」

無「魚が爆発した!?」

緑「ぬぉぉぉ……」

茶「あ、それ電子レンジ温めたやつだった……」

無「浮き袋が破裂したのか……つうか緑」

緑「なによ……」

無「目を押さえて苦るしがってるみたいだけどお前眼鏡かけてるから無事なんじゃね?」

緑「あ……」

茶「緑さんはおっちょこちょいですねぇ」

緑(この子にだけは言われたくないわ……)


『石焼芋?』

無「はふはふ……どうして焼き芋ってうまいんだろなー?」

緑「……あれ、色無」

無「お、緑。 一緒に食べるか?」

緑「うん、食べる」

緑「……」

無「ほい、どうぞ」

緑「ありがと」

無「はふはふ……うまいなー」

緑「……あつっ」

無「大丈夫か? ほら、ふーふー」

緑「!」

無「ほら、これで食べやすくなるはず……どした? 緑」

緑「……う、ううん。何でもない」

無「そうか? まぁいいや……はふはふ」

緑「……(た、食べられない)」

hr

 とある雨の日。

無「……」

緑「……」

無「なぁ」

緑「……なに?」

無「どうして、俺の部屋で本を読んでいるんだ?」

緑「あなたの本を借りてるから」

無「……そっか」

緑「……それと」

無「ん?」

緑「たまには、一緒にいたいと思ったから」

無「え……」

緑「……最近、空とか青にかまってるから」

無「……それって」

緑「……」

無「……なぁ、緑」

緑「なに?」

無「俺も本、借りていいか?」

緑「……どうぞ」


無「……We can not turn back to our past」

緑「……」

無「We can not change our past」

緑「……『過去に戻ることはできない、過去を変えることも出来ない』」

無「緑、知ってるのか? この曲」

緑「いいえ、けれど英語の意味は分かるわ」

無「そっか……」

緑「……ねぇ、色無」

無「ん? どうした?」

緑「もし色無は、過去を変えられるとしたら変えたい?」

無「え? ……んー。多分、俺は変えないと思う」

緑「どうして? もしかしたら、貴方が結ばれる未来も」

無「それはいいよ。欲深くても、俺は今のこの状況が好きだから」

緑「……」

無「どうした? 呆けた顔をして」

緑「……いえ、そういうところが皆、惹かれたのかなって(小声)」

無「え? なんて言ったんだ?」

緑「……」

無「おーい、緑ー……分からないぞー」

緑「……ごめんなさい、部屋へ戻って本を読むわ」

無「え、あ、分かった。 ところでさっきの」

バタン

無「……おーい」

緑「……また今度、本を読みに来ようかしら。これくらいなら、いいよ……ね?」


 〜カラオケ〜

無「あれ……緑? 珍しいな、カラオケボックスの前で会うなんて」

緑「……」

無「今日はどうした? 橙や黄と一緒か?」

緑「……ううん、私一人」

無「え、どうして? 黄とかつれてくれば、楽しめただろうに」

緑「……私、人前で歌うの苦手だから」

無「そうなのか。 ……そうだ、俺も一緒に歌っていいか?」

緑「……え?」

無「みぃぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁんんんんんん!!!!! ……ふぅ」

緑「……(カチコチ)」

無「ほら、次は緑の番だぞ」

緑「駄目、私、歌えない……」

無「大丈夫だって、俺は何も批判しないって」

緑「で、でも」

無「純粋に楽しもうって思えばいいんだよ。ほら(ぎゅっ)」

緑「あ……」

無「一緒に歌ってやるから、頑張ろうぜ」

緑「……うん」

無「んじゃ、緑の選んだ曲は……え?」

緑「涙に濡れた部屋〜に ノックの音が転がった〜♪」

無(これって男ボーカルの曲じゃ……けど、緑上手いし)

緑「……色無?」

無「っと、悪い。歌うか」

緑「うん」

無(ま、楽しんでくれるならいいか)


『星空』

無「緑、出掛けない?」

緑「もう夜よ?」

無「遠出はしないよ、そこの公園まで」

緑「……ならいいけど」

 公園

緑「わざわざ公園まできて何するの?」

無「公園じゃなくても良かったんだけどね……ほら」

緑「……」

無「……この前星座の本を読んでただろ?」

緑「……見てたの?」

無「寮のリビングで読んでたから通った時に目に入ったんだ」

緑「そう」

無「冬の夜は空気が澄んでてよく見えるし、たまにはこんなのもいいかなって」

緑「そう……そうね」

——腕を絡ませる緑

無「み、緑!」

緑「……たまにはいいじゃない」

無「そ、そうか……」

緑(読んでたのは恋のおまじないの本だったんだけど、効果あったみたいね)


緑の部屋にて

緑「(外を見ながら)……もう、年が明けるのね」

無「ん、どした?」

緑「今年は色々あったと思うと、ちょっと」

無「お、本の虫だった緑がそんなことを言うとは意外かも」

緑「……それ、どういう意味?」

無「いや、他意はないぞ。だからそんな六法全書を俺に向けて投げようとするな」

緑「……」

無「ほら、緑って他のイベントに積極的に参加しようとしてなかったじゃないか」

緑「そんなことは」

無「ない、なんて言わせないぞ。運動会とか、あまり参加しなかったよな?」

緑「う……」

無「……本当はさ、緑は楽しんでいるかっていう不安もあったんだ。緑も過去を振り返るってことは、少しは楽しんでくれたってことだろ?」

緑「……うん」

無「んじゃ、俺としても嬉しいかな」

緑「……それはどうして?」

無「え? えと……」

緑(じーっ)

無「んーと……」

緑(じーっ)

無(ど、どうすればいいんだ……?)

黒「……何をしているのかしら、あの二人は」


緑「むー……」

男「お?携帯とにらめっことは珍しい。メール?」

緑「違う。小説よ」

男「おー。話題の携帯小説に挑戦ですか」

緑「パソコンもないし、紙だとお金もったいないもの」

男「うぉ、すげー。書く気満々ですね先生」

緑「なめないで。ネタ次第では原稿用紙801枚は軽いわ」

男「あははーすごいやせんせー……で、ジャンルは?」

緑「恋愛物のつもりよ」

男「……俺が読んでも吐かないよね?ね?」

緑「そんなに吐きたいならやってあげるけど」

男「丁重に遠慮させていただきます」

緑「賢明ね」

男「まあ、期待してるからさ。出来たら読ましてくれよ」

緑「……そう。いいわよ別に」

男「やった! じゃな。頑張れよ、緑」

緑「ええ。 ……外ならぬアナタの期待だもの、応えないワケにはいかないわね」


無「なあ」

緑「……何?」

無「緑は年中本を読んでるけど、ネタ切れとかはしないのか?」

緑「いくら私が読書好きでも24時間本を読める訳でもないし、もともと人生の中で全部の蔵書を読み干す事は出来ないと思うけど」

無「いや、そうだけどさ。好きなジャンルの本が見つけられないことだってあるじゃないか」

緑「本さえ選ばなければ、本を読めない日などないわ」

無「……好きな本のジャンルは?」

緑「本」

無「答えになってねぇよ」

緑「そう……」

無「……暇だぁ」

緑「さっきから、何?」

無「暇で暇で」

緑「だったらジャマしないで」

無「……暇だ」

緑「……はぁ……ハイこれ」

無「ん、なんだ?」

緑「簡単な小説。SF物だから男の子には丁度いいんじゃないかしら」

無「へ〜、サンキュ」

無「な、なあ緑サン。い、いきなりアッー!な濡れ場なんですけどこれって……」

緑「……好きなジャンル(ニヤァ)」

無「ひ、ヒイッ!」


緑「くー……」

緑「ふぁ寝ちゃったのかしら」

黒「あら?またこんな本読んでいたの?飽きないわね」

緑「いつからいたの?馬鹿にしたいならすればいい。好きなものは好きだからしょうがないのよ」

黒「ふぅん、ちょっと読ませてもらえるかしら?」

緑「いいわよ。ま、あなたに理解なんて求めていないわ」

30分後

黒「成程ね。なかなか興味深かったわ」

緑「主にどのような?」

黒「同姓の愛や世間の目、それに伴う背徳感とかね」

緑「あなた……たった30分読んだだけでそこまで……!」

黒「私を馬鹿にしないで」

緑「すごい……」

黒「ねぇ?あなたは読んで物思いにふけるだけで寂しくない?」

緑「それはどういう」

黒「ねぇ?私達も同じ世界に行ってみない?」

緑「や、やめたまえ!」

黒「あなたにいいこと教えてあげる。みんなが愛する色無は白のものよ」

緑「!」

黒「どう?現実は?」

緑「そんな……」

黒「私は白が幸せになって嬉しいわ。でも現に傷付いている人もいる。それを癒すのが私の役目よ」

緑「黒……私は……」

黒「しっ。私に任せて……」

緑「ニャぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」

無「どうした!」

緑「夢……夢……夢よねっ……!」







トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-10-21 (日) 03:33:51