緑メインSS

「……くちっ」

静まり返った図書室に響く音。俺がガン見しても、音の発生源は何かあったの? と言いたそうな表情で同じ体勢を維持している。……バレバレだっての。

「……くちっ」

「なぁ」

さっきから数えるのも馬鹿らしいぐらいにくしゃみを連発する、受付の中で隣に座っている緑に声をかける。

「んんっ——どうかした?」

「お前、やっぱり風邪治りきってないだろ」

「そんな……くちっ……事ないわよ」

くしゃみをしながら平然とそんな事を言える開き直りっぷりは賞賛に値するが、全く持って意味がない。

「バレバレって言うのも恥ずかしいぐらい嘘じゃねぇか。とっとと帰るぞ」

「駄目。委員の仕事が残ってるもの……くちっ」

何回目かの帰宅命令もくしゃみと共に拒否。結局俺にできる事はこいつが無茶をしないように見張るぐらいしかない訳で。

「誰もいないし、来たりもしない図書室でいるぐらいなら家で養生してろよ。俺が代わりにここにいるから」

「これは私の仕事だから。帰りたいなら先に帰れば?」

「もうちょっとしたらな。そうだ、ここ閉めるまで後10分もないし、もう閉めてもいいんじゃね?」

「駄目」

「……はぁ」

……緑の責任感が強いのは分かってたけど、病気のときぐらいはもうちょっと頼ってくれてもいいと思うんだけどな。

ここまで頼られないと、俺が役に立たないとはっきり言われてるみたいで思わずため息だってでてしまうってもんだ。

「大丈夫?~体調悪いなら早く帰りなさい」

「お前が言うな」

「それよりも、貴方何で今日に限ってここにいるの?~……くちっ」

「……なんとなく」

腑に落ちないと言った表情で聞かれても、実際何で俺がここにいるのか自分でもわからない。緑が心配だといってもこいつだってガキじゃあるまいし、そこまで無理をする訳がないのはわかってる。

というかガキじゃないんだったら倒れるまで動くのも緑の自己責任な訳で、俺が気にする必要はどこにもないのに、俺は緑を待ってる。

……何なんだろうな、ホントに。さっきとは違う理由でため息をつき、迷いを断ち切るように立ち上がる。

「……帰るの?」

「お前が帰るならな。トイレ行ってくる」

今まで帰れと言ってたくせに、俺が立ち上がるとちょっと寂しそうな顔をするのは反則というかツボを押さえてるというか……やっぱ放っておけないじゃないか。

思わずニヤけそうになる表情を無理矢理押さえ込みながらトイレへ向かって足を向けると、同時に緑も席を立った。

「何だ? やっぱり一人は寂しいのか?」

「馬鹿。これ、読み終わったから別の本を取りに行くの」

緑の返答と共に、ぱふ、と軽く文庫本で頭を叩かれる。確かに、この程度の厚さなら緑だったらすぐ読み終わるだろう。それが今の俺には幸いとなった訳だ。

「そっか。寂しくなったらいつでも言えよ」

「ば……くちっ」

冗談交じりに言った俺に対して、緑の手からくしゃみと共に振り下ろされた文庫本はさっきより痛かった。

「……」

一体どうしたというんだろうか。トイレから図書室へと戻ってきた俺の視界に最初に飛び込んできたのは、四つん這いになった緑だった。

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「何してんだ?」

「……くちっ」

疑問を解消するために声をかけると、緑はくしゃみで答える。いくらなんでもそれで理解できる訳がない。

「わかんねぇよ」

「ごめんなさい、さっきくしゃみした拍子に眼鏡飛ばしちゃって。それを探してるのよ」

「……そっか」

俺の相手をする間も惜しいのか、緑はそれだけを言うとあっさりこちらに背を向けて、再び眼鏡探しを継続する。

……熱心なのはいいんだけど、真後ろにある探し物に背を向けて、どんどん遠ざかりつつ探索を続けているのは何のつもりなんだろうか。

とりあえず目が極端に悪いのと、風邪のせいでまだ本調子じゃないという事にしておこう。それよりも問題なのはその体勢だ。

ちょっと短めのスカートで四つん這いになられたら、その、見えるんじゃないか? ……というよりも見ようとしてる自分の正直さが憎い。

待つんだ俺、これはトラップだ罠だ孔明だ。少しでもしゃがもうとした瞬間に今まで積み上げてきた何かが確実に崩れて、更には坂道を転げ落ちるようにいろんなトラブルに巻き込まれてしまうに決まってる。

しかし、罠だと分かっていても不規則にゆれている緑の腰を見ていると、フラフラと引き寄せられてしまう。

惑わされるな、クールになるんだ俺。こういうときは目をつぶって、深呼吸をして気持ちを落ち着けよう。すーはー。すーはー。ついでに自己暗示でもしてみようか。

いいですね、3つ数えたら俺は冷静に行動が出来ます。はい、1、2、3……よし、何とか落ち着いた。

目の前で絶妙な動きをみせるスカートを見ても、吸い寄せられることは、ない。まずは眼鏡を拾ってクールに緑へ返すぜ。

誰へと言うでもなくつぶやき、眼鏡を拾うためにしゃがむ。顔を正面にむけたまま。……だってオトコノコだもん、しょうがないじゃん!!

結局自ら罠に足を突っ込んでしまった自分の理性の情けなさに思考をストップしつつも、スカートの動きを一瞬たりとも見逃さないようにするためにこれまでにない集中力を発揮している所へ、声をかけられた。

「あ、あ、あのっ」

「はいぃ〜っ!!」

光の速さで立ち上がって振り向くと、カウンターに本を置こうとしている茶さんがいた。見ちゃあいけない物を見てしまったって感じの表情をしてるのが、更に俺の危機感をあおってくれる。

「そ、そのっ、何を——」

「茶さん図書室で会うなんて奇遇だねどうしたの!?」

「あ、私はこの本を返しにきたんですけど——」

「そうなんだ俺は緑に付き合ってここにいるだけなんだけどねっ!~いやほんと偶然だね!!」

とにかく勢いでまくし立てることで茶さんからの質問を曖昧にして、さっきの体勢をうやむやにする努力をしてみる。多分無駄だろうけど、茶さんならひょっとしたら……。

「で、結局何をしてたんですか?」

無理でした。ここが踏ん張りどころだ、何とか上手い言い訳をしないと俺の学校生活がオモシロイ事になってしまうに違いない。

「じ、実は物理的な視点から物事を考えてたらあの体勢になっててね」

「……はぁ」

「いやぁ、スカートって中々捲れないもんなんだねぇ。中も見えないし」

「そ、そうですか……」

引きつった笑みを顔に張り付かせて、動転しまくりな頭を高速回転させた結果、出てきた答えは直球勝負だった。

……やっちゃった〜。俺の頭がこれほどまでにポンコツだとは……救いようがなさすぎだ。これはどうしようもない、大人しく判決を待とうか。

「……」

「……」

当然向けられるであろう軽蔑のまなざしと、浴びせられるべき罵倒の言葉を悟りきった顔で待っていても、茶さんはスカートを握り締めてもじもじするばかりで何も言ってくれない。

……バシッと言ってくれた方が楽なんだけどなぁ。

「茶さ——」

「あ、あのっ、ス、スカートの中ならわ、わたわた、私が見せてあげますからっ!!!」

意を決して話しかけた俺をさえぎり、茶さんが放った言葉は聞き捨てならないものだった——っていうか、何言ってんの?

「な、何を——」

「ちゃ、ちゃんと見ててくださいね?」

再び俺の言葉を遮り、いつ倒れてもおかしくないぐらいに顔を真っ赤に染め上げて、茶さんが自らの手でスカートを捲り上げる。

さっきまでの状況よりも更に分かりやすい罠としか思えないけれど、少しずつあらわになる茶さんの白い太ももに視線は釘付けになってしまう。

茶さんの下着姿は不幸な、いや、幸運な事故で何度か見たことはあるけども、それは全て偶然の産物であって茶さんの意思によるものではなかった。

それがまさか茶さんが自発的に見せてくれるなんて、いつの間に俺は都合のいい妄想の世界に入ってしまったんだ?

思考が全くまとまらない頭で何とか状況を把握しようと努力している間にスカートはじりじりと持ち上げられ、ついに太ももの付け根まで後一歩というところでピタリと止まった。

「……や」

「や?」

「や、やっぱり無理ですごめんなさい〜っ!!」

言うが早いか図書室から猛ダッシュで出て行く茶さん。この瞬間だけなら赤と張り合えそうなスピードだ。

「……惜しかったな」

茶さんが去った事で緑のスカートを覗こうとしたのがうやむやになった事を喜ぶよりも、茶さんのスカートの中を覗けなかった事が残念に思っているのが、我ながら正直すぎる。っていうか学習しろよ。

「ちょっと、ちゃんと眼鏡探してよね」

今日一日で何回自分に対して呆れかえれば気が済むんだろうか、なんて考えつつため息をついていると後頭部に軽い衝撃が走った。

振り返ると文庫本を手に持った緑が立っている。顔を見る限り眼鏡もきちんと見つけたみたいだ。

「あ……悪い」

「まあ、見つかったからいいんだけど。それじゃあ時間もきたし、戸締りして帰りましょうか」

「……」

何も突っ込んでこない所をみると、さっきの俺と茶さんのやりとりは見てないんだろうか。聞きたいけれど、下手につついてヤブヘビになるのは避けたい。

「モタモタしてないで、帰るわよ?」

「オッケー」

結局、俺は何も聞かないことにした。これ以上墓穴を掘って自分に対して幻滅はしたくないし。

……だから、帰り道で緑がつぶやいた、『私だってあれぐらい……』という台詞も幻聴ということにしておこう。

夜も更けてそろそろ寝る時間になった頃、緑の部屋に面した窓を叩く音が聞こえてきた。しばらく待ってみても緑が入ってくる気配もない。

少し気になって窓を開けると、緑の部屋から腰の辺りで両手を上下させている彼女の影が見えた。

窓を叩いたのは間違いなくこいつだろうし声をかければいいんだろうけど、実は気付いていたかもしれない放課後の茶さんことで呼ばれたならちょっと行きづらい。

そう考えたらあの動きも俺を殴るための準備運動に見えてくるな。……こうなったら君子危うきに近寄らず、学習をした俺は寝ます。

結論が出たところで俺は窓を閉めてベッドにもぐりこんだ。おやすみなさい。

そして次の日。昨夜に風邪がぶり返したという緑を見舞いに行くと、俺のせいだということで結局殴られた。

理由を聞いたら、顔を赤くした緑に更にヒドく殴られた。世の中は理不尽だ。


緑「色無、なんてもの持ってるのよ」

無「えっ!?」

緑「……今どきベッドの下はないでしょう?」

無「イヤ待て、本棚に隠してあるはずだ……」

緑「ふーん」

無「……謀ったな、緑」

緑「本棚、本棚……あった」

無「……天井裏にすればよかったか」

緑「……貴方には黙秘権がありません」

無「ないのかよ」

緑「重要な質問をします。偽らずに回答すること」

無「……はい」

緑「この娘とこの娘、どっちがタイプなの?」

無「こっち」

緑「……どのあたりが?」

無「眼鏡が似合ってるから」

緑「……執行猶予はつけてあげる」

無「……それはどうも、というかアイドルの写真集くらい別にいいだろ?」

緑「じゃあどうして隠したの?」

無「一応借り物だし、緑に見られたくなかったんだよ」

緑「……どうして?」

無「……た……だよ」

緑「……え?」

無「緑に似てるからだよ!」

緑「……」

無「……」

緑「……判決。明日、私と古本屋巡り」

無「……は?」

緑「待ち合わせは駅前。以上、解散」

無「え? え?」


緑「……」

無「うーん……」

緑「……何? こっちばかりみて」

無「ん? 緑は何の動物なのかなーって」

緑「ああ……さっき、黒に話していたあれ?」

無「そう、あれ」

緑「……別にどうでもいいわよ。何の動物でも」

無「そうか? 緑だったらリスとかが『らしい』と思うけどな」

緑「!」

無「本を読んでいるその姿は、かわいらしいと思うぞw」

緑「……色無が黒を撫でてなければ抱きしめてたのに(ボソッ」

無「ん? 何か言った?」

緑「別に」

無「……? なんなんだろうな?(ナデナデ」

黒「……♪」


無「緑ぃ、お手!」

緑「……」

無「……」

緑「……」

無「……読書中だもんな……そうだよな」

緑「……」

無「……」

緑「……」

無「……」

緑「色無」

無「……!あ、はい!」

緑「お手」

 すとっ

無「……」

緑「……」

無「……あれ?」


『ある冷えた朝に』

無「寒いです」

緑「だから長袖着て来なさいって言ったのに」

無「だってこんなに寒いとは思わなかったし」

緑「雨が降った後なんだし、まだ朝なんだし寒いに決まっているでしょう」

無「……すんません」

緑「別にいいけど、困るのはあなただからね」

無「……」

緑「……」

無「あー寒い」

緑「……ん」

無「何?」

緑「手」

無「手がどうかしたか?」

緑「暖めてあげる」

無「は!?~い、いいよ、そんなの!」

緑「隣で寒い寒いってうるさいの!……だから、はい」

無「分かったよ……緑の手暖かいな」

緑「そう?」

無「きっと心が温かいから手も暖かくなるんだな」

緑「……ばか」


『よーぐると』

無「ようこそ私の部屋へ、この小説はサービスだからまず読んで落ち着いてほしい」

緑「……もう読んだ」

無「ぜひもう一度、再読って言葉もあるしね。時間稼ぎのネタにしようとは思っていないんだ」

緑「……嘘」

無「……すまない、自分でも苦しい言い訳だとは思っていたんだ」

緑「この本は?」

無「実は男にすすめられて」

緑「……めがねっ娘とよーぐると」

無「……じゃあ感想を聞こうか」

緑「ヨーグルトは食べ物です」

無「スマン、反省してる。だからその広辞苑はやめ」

青「緑、ヨーグルトなんか見つめてどうしたの?」

緑「……別に」


『ある思い出の話』

緑「ようこそ私の部屋へ、この小説はサービスだからまず読んで感想を聞かせてほしい」

無「小説というか……コピー用紙?」

緑「また私の創作なんだ、すまない。副部長に最初に見てほしくてね、まだ顧問にも見せてないんだ」

無「それは光栄だけど……良いのか?」

緑「ダメなら見せない」

無「それじゃ、読ませてもらう。あとその口調はなんだよ」

緑「個性を追求してみたんだけど、喋りにくいからやめるわ」

無「……ふぅ」

緑「どう?」

無「面白かったよ、ただ」

緑「ただ、なに?」

無「ヒロインがどうして主人公を好きになったのか、もう少し詳しく書いても良いんじゃないか?」

緑「そう……覚えてないのね」

無「前に聞いたっけ?」

緑「……昔、色無に教えてもらったのよ」

無「そうなのか? でもこんな話知らないぞ」

緑「普通当事者は忘れないものなんだけど」

無「?」

緑「じゃあこれは思い出すまで封印ね」

無「なら、次の会誌どうするんだよ」

緑「大丈夫、ストックはまだあるから」


『欲の序列』

 大晦日、自室のベットにもたれかかった私の前には読みかけの本がある。

 最終巻まで読み進めた今となってはなぜ20冊近いシリーズを今年中に読み切ろうと思ったのか定かではない。

 今の私には読書家の端くれとしての意地と眠気ぐらいしか残ってないのだから。

 遠くから聞こえる除夜の鐘の音に急き立てられながら読み進め、ついに最後のページにさしかかり——読了。

「おーい緑、年越しそばが出来たんだけど……大丈夫か?」

「ダメ、口から活字がこぼれそう」

「ばか、また無茶したな」

 私を呼びに部屋まで来た色無は私の顔と床に積まれた本を見て事態を悟ったらしい。

 私の頭を軽く小突いてから一旦どこかに消えて、次に現れたときには湯気の立つタオルを手にしていた。

「ほら、これでも乗っけて寝てろ」言うが早いか、色無は私の両足と肩に手を回して体を持ち上げ、難なくベットに横たえた。

 目に乗せられる暖かな感触が心地よい。

「ありがとう色無、でもどうしても読んでおきたくて」

「心残りが無くなったって体壊したら意味ないだろ?」

「……そうね。もっとも、約束してた初日の出は見られそうにないけど」

「一緒に初詣に行けりゃそれで良いよ。今は寝なさい」

 言外にもっと自分を大切にしろと言われているようで少し恥ずかしくなる。

 この男のこういう気遣いがあるからこそ私は色無を好きになったのだけれど、それがライバルを増やす一因なのだからどうしようもない。

 また除夜の鐘が一つ、ごおんと鳴り響いて誰かの煩悩を消してゆく。

 あぁそうだ。まだ今年の間に済ませてないことがあった。

 ちょっと気恥ずかしいし抜け駆けしているようで言えなかったたった一つの言葉。

「色無」

「なんだー」

「好きよ——大好き」

 薄れてゆく意識の端で、色無がうろたえているのが解る。嫌がってない事だけでも解って嬉しい。

 答えを聞くのは来年のことにしよう。だってもう限界なんだもの。

 しかし、どうやら愛というものは煩悩の中でも最後まで残っているらしい——。


『みどりさんコスプレする』

 深夜、突然の電話に出てみると、相手は卒業した部活の先輩からだった。

『遅くにゴメンねー。売り子やる予定だった子がダメになっちゃって。頼めないかな』

「先輩の頼みですし、売り子ぐらいなら」

『ほんと? 助かるわぁ』

「その代わり——」

『解ってるわよ。夏の巡礼の時には任せなさい』

「それじゃ先輩、2月3日の7時に駅前で」

『あいー。“衣装”は送っておくから試しに着てみてよー。じゃ!』

「え? 衣装ってちょっとせんぱ——」

 という会話をしたのが一昨日。

 そして今日、先輩から送られてきた小包を開けた私はひどく後悔している。

 先輩が何のイベントでスペースをとったのか聞かなかったことを。

「どうしよう」

 自らのミスに唸った所で問題は解決しないし、着る以外の手も私にはなかった。

 5桁にもなる交通費と恥、貧乏学生が天秤に掛けて軽いのは恥の他にない。

 それにここで我慢すればそれだけ戦利品が増えるのだと自分に言い聞かせて、虎ビキニ——おそらくは先輩手製の——を取り出して体に当ててみる。

「やっぱり布地少ないなぁ……」

 カツラを用意する手間がない分ありがたいかな、と考えつつ、服を着たままブラとビキニを着替え、同じ要領で下も着替えた。

 それから上着を脱いで、眼鏡をかけ直した後で角付きカチューシャを装着する。

 そしてスカートのホックを外して——。

「みどりー、借りてた本返しに……きた……ぞ?」

 部屋のドアが開いたのと、スカートが床に落ちたのは同時で、入ってきたのは色無で、背中向きだけど色無にこの格好全部見られてて、私今コスプレしちゃっててでもこの格好はしなくちゃいけないわけで、この格好だと部屋も結構寒くて色無に見られてる色無に見られてる色無にみられうわぁー!

 パニックに陥った私が口に出来たのはたった一言、彼の名を呼ぶだけ。

「い、いろな」

「に、似合ってるとおもう……ぞ」

 こんな時に真っ赤な顔でこの男は何て事を言うんだろう。

 一気に体中を熱が駆けめぐって顔も耳も真っ赤になっていくのが解る。

 裸同然の格好を見られる恥ずかしさと、それを上回る幸福感。

 色んな感情が私の中でごちゃ混ぜになって、

「い、ろなしっ……あ、あり、ありっがとっ……!」

「え、ちょ!なんで泣くの!みどり、なぁおい緑ってば」

 こんな格好をしていても否定しないこの人を好きになって良かったなと、行動とは裏腹に、妙に冷静になりながら思ったのだった。


『腐女子のみーちゃん』

無「あー体中痛えなぁ」

赤「どうだったの?楽しかったスノーボード?」

無「楽しかったけどこけまくったな」

男「頭からイったときは死んだかと」

緑「二人でいったのかな?」

無「こいつ経験あるっていったからさ」

男「二人で行ったほうが楽しいだろ」

無『お前……経験あるのか……?』

男『二人で~いった~ほうが……楽しいだろ?』

緑(つまり男が責めで色無が受けか)

無「一体何回こけたかなぁ」

男「俺が手ぇ貸しても起き上がれなかったからな」

赤「大変だねぇ」

緑「あ、あぁ大変だな」

男『ほら、立てよ。(スッ)』

無『ありがとうわっ!(ドサ)』

男『色無……』

無『男……』

緑(そこで二人は……)

赤「緑?顔赤いよ?大丈夫?」

緑「ん?だ、大丈夫」

無「休んだらどうだ?」

緑「そんな!もったいないことできるわけないだろう!」

男「うぉ!そんなどうしたの興奮しちゃって?」

緑「続きを聞かせてくれないか?」

男「続きっつても……」

無「後は滑って終りだからなぁ」

緑「そう……」

男「帰り一緒温泉入ったぐらいだな」

無「しかもあそこ人気なかったのかな。人いなかったな」

緑「なんだと……!」

男『ほら、隠すなよ。男同士だろ?』

無『やめろよぉ』

男『そう言われると、意地になっちゃうんだよ』

緑(めくるめくめくるめくめくるめくめくるめくめくるめく禁断の禁断の禁断の禁断の禁断のおおおおおおおお)

緑「マァーベラス!!!!(ガタ)」

赤「どっ、どうしたの?」

緑「……ごめん」

数ヶ月後

緑「色無」

無「ん?どうしたんだ?」

緑「これ。次スノボ行く時は使ってくれないかな?」

無「おぉかっこいい帽子だな。ありがとう」

緑「こちらこそ」

緑「フフ……ご馳走さま」


「おーい。朝だぞ緑」

「……う〜」

「また昨日も夜遅くまで起きてたのか?」

「今週中に挙げなきゃいけない原稿g……ムニャムニャ」

「何わけのわからんことを……ほーら。起きなさい」

「うにゃぁー。やだやだまだ寝るの〜」

「そんな子供みたいなこと言わない」

「まだ子供ですもの」

「へ理屈こねなくていいから」

「む〜。わかったわ」

「お、やっと起きる気になったか」

「……恋愛小説に出てくる男の子みたいに……」

「みたいに?」

「甘〜いセリフで起こしてくれたら起きるわ」

「……」

「……」

「……」

「……ダメ?」

「つーか、これだけ話せてる時点でもう目覚めてるんじゃ……」

「へ理屈はいいの。言うの?言わないの?」

「……わかったよ」

(ドキドキ)

「やらないか——」

「怒るわよ」

「ごめんなさい……」

「まったく……」

「う〜ん……緑、起きてよ。お前と一緒に行かない学校なんてちっともおもしろくないし、お前と食べない弁当なんて全然おいしくないし、あと……えーと……とにかく今、俺にとっての世界ってのはお前を中心に回ってるんだよ。だからお前が起きて一緒にいてくれないと困るんだよ。だから……」

「もうわかった!わかった!聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるじゃない」

「よし。起きたな」

「えっ?」

「じゃあさっさと仕度済ませて朝ごはん食べに降りて来いよな」

(なにそれ。あれだけ言っといてこの変わりようは何?嘘だったの?)

「あ、あとそれから……」

「?」

「さっき言ったことは恋愛小説の主人公の言葉じゃなくて、『俺』からの言葉だから」

「!!!」

 そう言うと彼はひと足先に私の部屋から出て行った。

「と、とりあえず着替えよう」

 体は制服を手に持っていつもの作業を開始しようとしていたけど、頭の中では先ほどの色無の言葉を思い返していた。

(まだ胸がドキドキしてる……)

 チョコレートよりも甘い朝。少しハマリそうかも。


『読書ときっかけ』

緑「……」

無「……緑」

緑「……」

無「……ぇぃ」

 ぺた

緑「ふゃっ!」

無「せめて食べてから続き読めよ」

緑「ごめんなさい、でも食べ物で遊ぶのは感心しないわよ」

無「それはすまん、責任もって俺が食べるよ」

緑「……人の顔に付けた大根を食べるの?」

無「顔、ってほっぺたに少しついただけじゃないか」

緑「私が食べる……食べさせて」

無「……は?」

緑「聞こえなかったの? 私が食べるから色無が食べさせて」

無「……」

緑「……ね?」

無「……」

緑「ん……美味しいわ」

無「今日のは黄の力作だからな」

緑「そう」

無「きちんと形が揃ってるし、切り込み入れて味が染みやすくしてるし、すごいよな」

緑「……」

無「もう食べ終わったのか」

緑「……」

無「それさっき読んでたのと違うみたいだけどいいのか?」

緑「いいのよ」

無「でも料理の本なんて持ってたんだな」

緑「持ってたのよ、あとは切っ掛けだけだったの」

無「切っ掛け?」

緑「そう、色無がくれたのよ?」


『ある冬のはなし』

無「あ、もうこんな時間か、早く寝ないと」

 ガチャ

緑「……色無、寝てる?」

無「すー、すー」

緑「寝てる、わね?」

 ちゅんちゅん

無「ふぁ……もう朝か」

?「すー、すー」

無「何だ? 布団の中に柔らかくて暖かいものが……」

緑「すー、すー」

無「み、み、緑!?」

緑「……おはよ、色無」

無「な、な、なんで!?」

緑「灰は良くて私は駄目なの?」

無「いや、駄目ってことは……でもどうして?」

緑「……冬の夜にホラー物は読むべきじゃなかったわ」

無「……なるほど」

緑「それじゃ」

青「おはよう、緑。いま色無の部屋から出て来なかった?」

緑「おはよう、青。貸してた本を返してもらったのよ、読んでみる?」

青「『真冬の怪談』……いいわ、遠慮しとく」

緑「そう? それじゃ」

青「ええ……(でも緑、顔が真っ赤だったけど……風邪かしら?)」


緑「……ぅん、はぁ……」

無「えーっと、38度。絶対安静だからな」

緑「本棚の上から2段目、左から8段目にある本……とって」

無「お前、人の話聞いてたか?~本なんか読んだら余計に──「大丈夫、とって」

無「ったく……ほら、これでいいのか?」

緑「うん。それ、読んで」

無「は?」

緑「頭がボーっとしてて読めそうにないの。だから読んで」

無「じゃ、大人しく寝てればいいだろ」

緑「でも本は読みたいの。これでも譲歩してるつもりよ」

無「熱が引いてから読めばいい。その方がきちんと読めるし」

緑「それだけ読んでもらったら絶対休むから。お願い」

無「……しょうがないな。読むぞ?」

 そう言って読み始めた色無の声はどこか不機嫌そうで、でもとても優しくて。

 この二人きりの空間が熱に浮かされた私にとって何よりも安らぐものだった。


緑「ぐすっ……」

無(緑が本読みながら泣いてる!?)

緑「うぅ……」

無「よぉ。なに読んでんだ?」

緑「い、色無! いや、べ、別に……」

無「なんだよ。隠さなくてもいいじゃんかよ」

緑「そ、そういうわけには……」

無「みんなには泣いてたの内緒にしてやるからさ」

緑「えっ? 泣いてた? 誰が?」

無「誰がって、緑に決まってるじゃん」

緑「私、泣いてなんかいないわよ。これは花粉症」

無「なーんだ。そうだったのか」

緑「鼻がむずむずして嫌になっちゃう」

無「それでさっきからぐすぐすやってたのか」

緑「そうよ。用はそれだけ? じゃあ私、行くから」

無「あぁ。お大事にな」

無「結局どんな本読んでたのか聞きそびれた……」

緑「あ、危なかった〜」


白「春一番ってもう吹いちゃってるんだよね」

無「ああ、二月ごろにニュースでやってたな」

白「でも、なんでそんな寒いときなのに『春一番』っていうんだろ?」

無「えーっと……緑?」

緑「春一番は立春から春分の間にその年に初めて吹く南寄りの強風のことをさす。もともと長崎県で使われていた言葉」

無「へーそうなのか。それにしても詳しいな、お前」

緑「事あるごとに色無が聞いてくるからね。嫌でも色々なことに詳しくなっちゃうの」

無「その、すまない」

緑「いいわよ、色無が私を頼ってくれるのは悪い気分じゃないし」

黄緑「某大阪のコンサートは……」

緑「それは、関係ないと思います……」


桃「緑ちゃん、一緒に体育館行こ?」

緑「……どうして?」

桃「今日は身体測定じゃない。もう皆行っちゃってるよ?」

緑「ああ、それで皆いなかったのね。ありがとう」

桃「ほらほら、早く行こうよ」

緑「……折角のお誘いだけれど、遠慮しておくわ」

桃「え〜っ、何で?」

緑「普段なら何の問題もないんだけれど、一緒にいると今日はとばっちりを受けそうだから」

桃「何の?(ぷるんぷるん)」

緑「……先に行くわ」

桃「待ってよぉ〜っ!(ぷるんぷるんぷるん)」

水「だ、大丈夫ですからっ、絶対絶対大丈夫ですからっ」

緑「……えぇ」

水「全然痛くないですから、ちょっとチクッとするぐらいですから……」

緑「採血するぐらいで大げさすぎよ、貴女が涙ぐんでどうするの。そんな調子だから——」

紫「ここここの程度の事で、みみみ、水色怖がりすぎっ!!」

緑「この子が怖がっちゃってるじゃない」

水「ご、ごめんなさい……」

紫「べっ、別に怖くなんかないんだからっ!~」

緑「何だかんだ言ってもこの子は我慢できるからいいんだけどね。それよりも——」

黄緑「水色ちゃん、ほんとにほんとにほんと〜に痛くないんですね? 痛かったら怒りますよ? 泣いちゃいますよっ!?」

緑「貴女はもう少し落ち着きなさい」

緑「お願いね」

赤「背筋伸ばして〜」

緑「……ん」

赤「いいなぁ、ボクももうちょっと身長欲しかったなぁ。緑ちゃん、分けて?」

緑「無理よ」

赤「ぶ〜、ケチ〜」

緑「馬鹿な事言ってないで早く測って」

赤「りょーかいっ、それじゃあいっきま〜すっ!!(ガッ)」

緑「〜っ!?」

赤「あれっ、緑ちゃん120センチ!? いつの間に紫ちゃんより小さくなったの!?(グイグイ)」

緑「……いいから押さえつけるのをやめてもらえる?」

緑「……右」

茶「はい正解ですっ、両目とも1.5ですね。じゃあ眼鏡を外してもらえます?」

緑「これでいい」

茶「いきますよ——これは?」

緑「……上?」

茶「ち、違いますっ」

緑「じゃあ右?」

茶「お、惜しいですっ」

青「……ちょっと」

緑「それじゃあ左」

茶「正解ですっ。次、これはどうですか?」

緑「……右?」

茶「あ、あと一歩ですっ」

青「……」

緑「下?」

茶「正解ですっ! 緑さん、眼鏡なくても十分見えてるじゃないですか?」

緑「まあね」

青「やりなおし〜っ!!」

緑「昨日量ったばかりだからいいんだけど」

白「そんな事言わないで、ひょっとしたら痩せてるかもしれないよ?」

緑「昨日の今日で変わってる訳がないじゃない」

白「えっと——な、ななじゅう!?」

緑「……」

黒「あらあら大変ね」

緑「……何の事?」

黒「わかってるでしょ、あんたの目の前にある体重計の針の事よ」

緑「……私、よく見えないから」

黒「眼鏡外しても事態は好転しないわよ? ダイエットしないとまずいんじゃない?」

緑「……くっ」

黒「ま、頑張りなさい、応援してあげなくもないから」

白「……黒ちゃん、後ろつかえてきてるから。とりあえず体重計から足下ろして?」

黄「おっ、次は緑ちゃんか。いらっしゃ〜い!!」

緑「よろしく」

黄「説明するまでもないと思うけど、そこのイヤホン耳に当てて音が聞こえたら手元のスイッチをオン!!」

緑「えぇ」

黄「おおっと、私のミラクルボイスに感動したからってそのボタンを16連射してもどうにもならないから! できれば後でお菓子をヨロシク!!」

緑「……」

黄「ってそれよりも音出してるの聞こえない? ほらほらよく聞いてはい押した——って嘘でしたっていうのはフェイクで音出してま〜すっ!」

緑「……」

緑「どう? 聞こえてる? さっきから皆聞こえてないみたいなんだよね、全員難聴とかどうしたのかな?」

橙「……黄〜? ピンクちゃんがスリーサイズ測り始めてるけど見なくていいの〜?」

黄「あうっ、行きたいけどここの仕事がっ!」

橙「私が代わるから行ってくれば?」

黄「いいのっ!? サンキュ〜ッ、待ってろおっぱいおばけぇ〜っ!!」

橙「さて、改めてやりますか」

緑「……そうね、よろしく」

男「で、女子の身体測定はどうだったんだ?」

緑「いつも通りよ」

男「いつも通り、無茶苦茶か?」

緑「えぇ、黄が暴れて大変だったわ」

男「ピンクちゃんか。あの子も災難だよなぁ……」

緑「全くだわ」

男「そういやお前はどうだったんだよ?」

緑「私?」

男「そ。ちょっとは見れるようになったか?」

緑「……何を見るつもりなのかしら?」

男「へ?」

緑「少しは言葉を選んで話しなさいっ(ゴッ)」

男「あだぁっ!?」

緑「反省しなさい」

男「……視力の話しただけで、何で殴られないといけないんだよ」


緑「はぁはぁはぁ。もうや、やめる」

無「おいおい、まだ10分くらいしかたってないぞも少し頑張れ」

緑「む、無理。もう走れない」

無「珍しく体育祭でビリになるのは嫌だから特訓してくれって言ったのにもうリタイヤか? いや意外ともったほうなのか……」

緑「すーはー……ふう。体育祭なんてもっと先なんだからやめておけばよかったわ」

無「今にしようと後にしようと結果は同じだ。諦めろ」

緑「悔しいけどその通りね。全く赤じゃなくてあなたに頼めば平気だろうと思ったのにとんでもないスパルタね」

無「たった10回走っただけじゃねーか。そもそも1、2回見てフォームのどこが悪いかなんて言えるか」

緑「じゃあ、どこが悪いかわかったの?」

無「そうだな。俺も赤から言われたんだがもうちょっと尻を上げて走ればいいとか」

緑「初めからそれ言いなさいよ」

無「いや、まずはどんなものか見てみないと。でも緑は本ばっか読んでてケツでかいから上がらな──」

緑「セクハラよ」

 ガスッ!

無「いて! とりあえず直すところわかったんだからもう少し頑張ろう」

緑「ええ」

無(しかしこいつあれにならないか不安だ)

 夜

緑「いたたた。き、筋肉痛が……」

無(やっぱりなったか)


男「緑〜、ちょっといいか?」

緑「何?」

男「はいこれ。ハッピーバースデー!」

緑「あ、ありがとう。開けてもいいのかしら?」

男「もちろんだ」

緑「じゃあ早速……眼鏡?」

男「そ、お前って今かけてる眼鏡しか持ってないだろ? 皆で相談してそれにしたんだよ。あ、フレーム選んだのは俺だからな。どうだそれ?」

緑「えぇ、私の趣味に合ってるわ」

男「よっし、オッケー。ただ、まだレンズ入ってないから——」

緑「……あら? 全然見えないんだけど(フラフラ)」

男「っと危ない!(ガシッ)」

緑「あ……ごめんなさい」

男「人の話は最後まで聞けよな。お前の視力知らないのに勝手にレンズは入れられないだろうが」

緑「……確かにそうね」

男「ま、そういった訳で緑がヒマなら今からレンズ入れに行こうかって思ってるんだけど」

緑「今すぐ行きましょう」

男「即答かよ。分かりやすくていいけどさ」

緑「いいことじゃない」

男「……じゃあ、そろそろ抱きつくのをやめてくれないか? 出かけられないんだけど」

緑「前が見えないんだから仕方ないじゃない」

男「お前が手に持ってる眼鏡をかけ直せば——ってイタイイタイ、サバ折りすんなって!!」


 じりじりじりじり……

緑「……」

 じりじりじりじり……

緑「……(ぺら)」

 じりじりじりじり……

緑「……」

黄「およ? 緑ちゃんまた本読んでんの? このくそ暑い中よく本なんか読んでられるね〜」

緑「……」

黄「桃なんかさっき『暑いから脱いじゃお〜』とか色無の目の前で言い出すんだもん。あのデカ乳め……」

緑「……」

黄「ね〜、緑ちゃんどう思う? ……緑ちゃん?」

緑「……」

 ばたんっ!!

黄「きゃー! 緑ちゃんがぶっ倒れた! だれか! 氷! 氷持ってきてー!!」


無「あっついなー」

緑「そうね」

無「こう暑いと、夏休みの宿題なんかやってらんねー、って気になるよな」

緑「……『今年こそは七月中に宿題を終わらせる。最初に難関の読書感想文やるから、本読むのつき合ってくれ』って言ったのはあなただけど」

無「いや、それはそうなんだけどさ。俺としてはさ、クーラーの効いた涼しい部屋で、緑の煎れてくれたアイスレモンティーでも飲みながら優雅に……てのを想像してたわけよ」

緑「午前中からエアコン入れるような、時代に逆行したことはしないわ。それとも私の煎れた番茶に不満が?」

無「いやいや、これはこれで大変結構なお点前ですが……何も暑いときに熱いお茶を飲まなくてもなー、と」

緑「暑いときこそ暑気払いに熱いお茶を飲むものなのよ」

無「うん、そういう話も聞いたことあるから、まあそれはそれでいいんだけど……何で背中合わせでもたれあってんの、俺たち?」

緑「読書に必要なのはリラックスして読むことよ。姿勢は関係ないわ」

無「うーん、リラックスできるようなできないような……そもそも暑いし、俺の背中汗だくで気持ち悪いだろ? テーブルで向かい合って読もうぜ」

緑「だめよ」

無「なんでだよ」

緑「ここが私の幸せポジションだから」

無「……」

緑「……」

無「……あっついなー」

緑「そうね」

無「こう暑いと、夏休みの宿題なんかやってらんねー、って気になるけど……しょうがないな、幸せポジションじゃ」

緑「……」

無「……あいた!! お前、照れ隠しに本で殴る癖は何とかしろって言っただろ! つーか照れるくらいなら言うな!」


『緑さん、自爆する』

「おーい、緑。起きろっておーい」

「どうかしたんですか?」

「いや、緑が書いた台本を演じながらチェックしてたんだけど、途中で鼻血だしてひっくり返っちゃって」

「あら大変。色無さん、緑ちゃんはうつむいた状態にしておいてくださいね。血を飲んじゃうと苦しくなりますから」

「わかった」

「脱脂綿にオキシドールを吸わせて……っと」

「黄緑はやっぱり頼りになるな。そんな止血法まで知ってるとは」

「妹たちがよく転んで鼻を打ったりしていたからですよ」

「へー」

「ところで、何をしてたらこんなことになったんです?」

「んーと、主役の女の子が脇役の男子に迫られるシーンで、壁においつめられて——」

『——俺のモノになれよ』

「っっ!!」

「こんな感じ。ほんと緑の書く台本って色気があるって言うか微エロ」

「色無さん」

「ん?」

「そいういうの、禁止です」

「え? でもこれ台本——」

「禁止です」

「わ、わかりました」

(緑ちゃんは自業自得ですけど、私もちょっと危なかったですね)


『緑さん、また失敗。』

(女子向け恋愛ゲー的な台本一丁とか演劇部も無茶言うわ)

 カキカキ

(さすがにあれはやばかったか。心配かけちゃったわね。そもそも文化祭で演るのに乙女ゲーとか……書く私も私だけど)

 カキカキ

(絶対お断りだけど、男に頼んだら苛々して途中ではり倒してるだろうし)

 カキカキ

(あのセリフ、使い古されてる上に相手を選ぶけど、破壊力はすごいのよねー)

 カキカキ

(これで主役が告白するシーンの見直し終わるから今度は私が……いや無理無理、このセリフは私じゃちょっとね。白とか水とかあの手の子じゃないとこんな甘いのは……いやでも)

「ごほん——色無、私のこと、ずっとぎゅっと……ああー! もうだめもうだめあー!」

「緑ちゃん、夜食持ってきたけど入ってもいいかしら?」

「ひゃぁぁぁ! ちょ、ちょっとまってぇぇぇ!」


無「風邪ひいた……」

緑「夏風邪は……」

無「うぅ!反論できない!くやしい!でもごほ、げほ!」

緑「黙って寝てて。これ以上悪くなったら心配するわよ」

無「ありがとう、緑。心配してくれて」

緑「……!誰が!……私じゃなくて、他のみんなが心配するってことよ。勘違いしないで」

無「悪い……少し寝るわ。お前も自分の部屋に戻ってもいいぞ?」

緑「そうね、とりあえずこの本読み終わってから、ね」

無「そうか……」



無「……(すー、すー)」

緑「……(ぺらっ)」



無「む……けっこう寝ちまったな……緑、まだいたのか?」

緑「ちょうど読み終わるから退散しようと思ったところよ」

無「ふーん……あれ?この濡れタオル、いったい誰が……」

緑「さあ?どっかのおせっかいさんがやってくれたんじゃない?」


無「みーどーりーちゃん、帰りましょ?」

緑「……ええ」(ぺらっ)

無「またいつもの読書モードか……おーい、緑?」

緑「……ええ」(ぺらっ)

無「……メガネが似合う、緑ちゃん?」

緑「……ええ」(ぺらっ)

無「クールビューティーな緑ちゃん?」

緑「……ええ」

無「いつも何も考えていないようで、誰よりもみんなの事思っている優しい緑ちゃん?」

緑「……ええ」

無「かわいくて優しい、俺の大好きな緑ちゃん?」

緑「……ええ」

無「はー、返答無しか。しょうがない、耳まで真っ赤になってかわいい緑ちゃんと帰りたいから、

しばらく隣で待っていてあげますか」

緑「……バカ」(ぱたん)


緑「……」

無「お?どうした緑?」

緑「……読んで」

無「ああ、また本か。!ず、随分と難しそうな本読むんだな緑」

緑「読んで」

無「わかったわかった。ほら、ココ座れ?」(ぽんぽん)

緑「……(ぽふっ)」

無「よし、では……メリーゴーランドに似ている、とロバートジョーダンは思った」

緑「……」

無「ただ、回転する幸運の円盤の前に立った……ん?これなんて読むんだ?庇帽?かぼう?」

緑「……!(ぺちぺち)」

無「った!悪かったから無言でペチペチ叩くな!以外と痛いんだぞ!?」

緑「ひさしぼう……」

無「おう……こんな漢字が読めるなんて、緑は俺より頭良いんじゃないか?」

緑「そんなことない。先生が頭弱いだけ」

無「ぐはっ!……けど、じゃあなんで俺に読ませようとしたんだ?黄緑先生とか朱色先生……はダメか」

緑「それは……」

無「ん?」(顔のぞきこむ)

緑「///」(ばしばし!)

無「いてぇ!どっからその広辞苑出した!いくらなんでもそれはやばいって!」


深夜、脱衣所の大鏡に一人の少女が自分の体を曝していた。

無論ちょっとしたチェックのつもり行為に、その夜はちょっとした収穫があった。

(あ、ちょっと大きくなってる?)

眼鏡の曇りをふき取ってもう一度確認し、手ですこし弄んだ後に満足げに笑うと

寝間着を着込んで足取りも軽やかに自室に戻っていった。



その日、朝から色無は緑の部屋で原稿用紙と格闘していた。

中編程度とはいえそこそこの枚数を消化して開口一番———

「緑、お前ちゃんと食べてる?」

ベットの上で少年は原稿用紙の束を丸めながらそう言った。

眠たそうとも苛立っているとも見える半眼が緑の体を一舐めする。

「その根拠は?」

今回のはウケなかったかと即座に判断した緑は浮かびかけた眉間のシワを手で延ばしながら論拠を問う。

むしろ痩せたとか聞けば良いのに、とも思いながら。

「いち、仕上がりが早すぎる。に、髪の艶が前より落ちてる。さん、ココが一番解りやすかった」

まさか、そんな目に見えるぐらい育ってた?、と淡い期待を胸に緑は身を乗り出し、

「その服、前着たときよりウエストが浮いてる」

力強い断言をBGMに勢いよくカーペットの上に沈み込むこととなった。

「なにやってんだか」

「あんたのせいでしょぉ」

「俺のせいって横暴だな」

「なんで私の時だけこんな無遠慮なのよ。他の子なら無駄に誉める癖にぃ」

「そりゃあれだ。無理して好かれようとしなくて良いからだろ」

努力はするけど。と色無は緑に聞こえないように最後に一つ付け加えた。

「なによそれぇ」

「ほら、這い蹲ってないでさっさと立てって。お詫びに昼飯食べさせてやるから」

緑の腕をつかんで引っ張り上げ、眼鏡をかけ直してやって一人色無はキッチンへと向かっていった。


『読書の秋〜二人だけの夏〜』

 夏は終わりをむかえて、季節はゆっくりと秋へと移り変わっていく。そう、秋と言えばいろんな秋があるわけだが、オレの中ではもっぱら昼寝の秋、といきたいところだ。しかし彼女、緑がいるせいでオレの秋は読書の秋に変わってしまった。そんなわけで私こと色無は緑の家にお邪魔してるわけで。何してるかと言えば、読書なわけで。

 二人ただ黙々と。同じ部屋で。向かい合って座り。会話もなく。

 ……まぁ、いっか。

 そんなわけでオレは緑の部屋で漫画を、ここに来てからずっと読んでいる。部屋にはページをペラペラめくる音と、甘いクッキーのほのかな香りと少しきつめな紅茶の香りが混ざり合った匂いが充満していた。

 オレはちょうど一冊のマンガを読み終え机の上に閉じて、置き、大きく伸びをする。そんなオレに気づいたのか、緑はオレに声をかけてきた。

「どうした? 読み終えたのか?」

「うん。ただ飽きたから他に何か読みたいな」

「あっ、じゃあ……」

 彼女はそう言って、座ったまま自分の後ろにある本棚から一冊の本を取り出し、机の上に置いた。それは表紙に男の子二人が並んで立っている本だった。

「なにこれ?」

 オレが彼女にそう聞くと、いつもクールでぶっきらぼうな彼女がイキイキと答えた。

「バッテリーって本は知ってるか?」

「あ、うん。名前だけなら」

「その本と同じ作者が書いた作品だ」

「ふ〜ん」

「流れもマンガみたいだし、あまり読書しない人でも読みやすいと思うんだ」

「へ〜」

 イキイキと本の説明をする緑と、それとは対照的に全く興味無さそうに相槌を打つオレ。そんな温度差に気づいていないのか、彼女はいつもの口数の少なさからは考えられないほどの勢いで、作品の内容を話し始める。ていうかオレは内容知らないのにそんなにネタバレしちゃっていいんですか?

 ある程度しゃべって満足したのかそれとも疲れたのか、フゥと一息ついてから

「どうだ?」

 と落ち着いて聞いてきた。オレはなんだか吹き出しそうになるのをこらえながら、う〜んと曖昧な返事をする。すると彼女はシュンしたような表情になる。それを見て、彼女に気づかれないように小さくため息をついてから、

「とりあえず家に持って帰って読んでみるよ」

 その返事を聞くと、彼女の顔はにぱーっとみるみるうちに明るくなった。

「そ、そうか。なら読み終わったら教えてくれ。感想も聞きたいし、続きもあるから」

 笑顔でそう言う緑。そんな彼女の表情を見れただけで今日はもう満足だ。

「そういえばさ」

 オレはふと置いたマンガを手に取りペラペラめくりながら緑にたずねた。彼女はすぐに明るい表情を消して、いつものクールな顔に戻った。表情がコロコロと変わるやつだ。

「マンガのキャラクターってなんか分かりやすいよな」

「あぁ、たしかにな」

 緑は一瞬考えてからそう答えた。

「そういや赤とか紫も分かりやすいよな」

 オレがそう言うと、彼女はクールに答えた。

「いや、彼女たちの場合はどちらかと言えばわかりやすいというよりは、素直なんだろう。いい意味でも、悪い意味でも」

「あっ、たしかにな」

 そうやって談笑して過ごしていると、いつの間にか外はとても暗くなっていた。ケイタイで時間を確認する。七時を過ぎたぐらいだった。

「そろそろ帰るわ」

 オレがそう言って立ち上がると、緑は自分のケイタイで時間を確認した。

「うん? もうそんな時間か……。駅まで送っていくよ」

 そう言って立ち上がる彼女をオレは「いいよ」と言って断ったのだが、彼女は「危険だから」と言って、オレの言葉をはねのけた。オレ的にはその帰り道が危ないからいいと断ったつもりなのだが、割と頑固なとこがあるので、あえてもう言わないことにした。彼女はスタスタと部屋をでてキッチンにいた母親に「ちょっと駅まで送ってくる」と言いに行った。オレも「お邪魔しました」とそう挨拶すると、緑の母親は「あらあら。晩御飯をご一緒すればいいのに」とおっとりした調子で言ったが、そこは丁重にお断りした。

 そして二人並んで暗闇の団地を駅に向かって歩き続ける。すると緑が急に口を開いた。

「さ、寒いな」

「うん? あ、あぁ」

 オレは不意を突かれたように答えた。そして彼女は言葉を続けた。

「最近急に寒くなったな」

「あぁ、たしかにな……」

 オレは「ハァ」と美しく光る満月が浮かぶ空に向かって息を吐いてみる。やはりまだ白くはならない。

「まだ白い息がでるほどではないだろ」

 緑はそうやってオレの行動をツッコム。オレは照れ隠しのような笑いで返す。彼女も一度を空を見上げ、かと思うと下にうつむいて口元に手をあてて、ハァーと息を吐く。

「さ、寒いせいかな、手が冷たくて」

 そういいながら顔を赤くして、決してこちらを見ずにそうわざとらしく言う彼女。オレはニヤニヤしながら彼女の手を握ってみた。すると彼女は空に浮かぶ満月にも負けないぐらいの、満面の笑顔で下にうつむいた。オレたちはそのままただ会話するわけでもなく、ただ二人強く手を握り合いながら駅に向かった。外は寒く外気はヒンヤリとオレの顔を冷やすが、緑とつないだ手はまだまだ秋とは程遠いようだ。

 あっ、ちなみに借りた本は読もうと思ったけど、やっぱりめんどくさくなって、マンガ化してる方の本を買って読んだのは内緒の話だ。


緑「ふう……」

無「緑はいつも通り読書か。読書の秋とか、お前には関係なさそうだな」

緑「そうでもないわよ。この季節が読書しやすい季節なのは本当だしね」

無「暑すぎず、寒すぎず。いい季節だよなー」

緑「そうね。あなたも漫画ばかりじゃなくて、ちゃんとした本読んだら?」

無「いやー俺には漫画ぐらい簡単に読めるのが合ってるみたいだわ」

緑「……よかったら、私がオススメの本、貸してあげようか?」

無「分かりやすいの頼むぜ。緑ほど物わかりはよくないんでね」

緑「……」

 どんなに本を読んでも、私には解らない事だってある。

 ねえ色無? あなたはどんな娘が好きなの?

 どうすればもっと微笑ってくれるの?

 どうすれば私を好きになってくれるの?

 どうすれば、私はもっと素直になれるの?

 どんなに本を読んでも、答えは見つからない……。


『眼鏡っ子の憂鬱』

 読書中のBGM代わりにつけているテレビから、私を不快にさせるCMのセリフが聞こえてきて、私は即電源ボタンを押した。ここのところ見ていなかったけど、バージョンを変えてまた放送し出したらしい。といっても内容自体は全くと言っていいほど変わってない。眼鏡をかけていた女の子がコンタクトレンズに変えて、世界が変わっちゃいました的なことを言う、陳腐なCM。

「バカバカしい。何が『ホントの私』よ。眼鏡かけてる自分は偽物だとでも言うつもりなのかしら」

 小学校の頃から眼鏡をよきパートナーにしている私にとって、このCMのキャッチコピーには心底腹が立つ。きっと私だけじゃなくて、全国の眼鏡愛好家はみんなそう思っているはず……私ったら何一人で熱くなってるのかしら、こんなくだらないCMひとつに。はあ、熱くなったらのど渇いちゃったわ。冷たい麦茶でも飲みに行くとしましょう。

 

 夜も遅いし、食堂には誰もいないだろうと思った。だから、その中に一人ぽつんと座っている少年の横顔を見つけた瞬間、私の小さな胸は、分不相応に大きな音を立てて高鳴ってしまう。別に不意の先客がいたくらいで動揺したりしないけど、相手が彼となっては話は別だった。

「あら? 色無、こんな時間に食堂で何してるの?」

「お、よう緑。お前に借りた本を読んでるんだ。自分の部屋は何かと他の誘惑が多いからな」

「テレビにゲームにパソコン、三種の神器が揃ってるものね。ほんとあなたは贅沢だわ」

「はは、否定できないな。それより、この本おもしろいな。どんどん読めちゃうよ。まあ緑が貸してくれる本はどれもそうなんだけどさ」

 そんなの当然でしょう? おもしろくない本なんて貸して、あなたが「やっぱ本なんてつまんね!」とか言って私から本を借りてくれなくなったら、接点が少なくなってしまうじゃない。だからあなたに貸す本は結構厳選して、ほんとにおもしろいものだけを貸してるんだから。毎回毎回、結構苦労してるのよ? ……とはさすがに言えるわけがなくて、

「そうでしょう? 最近一番のお気に入りなのよそれ」

 とだけ返しておいた。

 

「ねえ色無、一つ聞いていい?」

 よく冷えた麦茶でのどを潤しながら、私はふと思い立った疑問を色無にぶつけてみる。自分でもなんでこんなことをあえて聞こうと思ったのかわからない。でも、この質問は他の誰でもなく、色無にしなければ意味がないような気もした。

「ん、なんだ改まって。よっぽどのことか?」

「そんな大したことじゃないわ。その、私がいきなりコンタクトに変えたら、どう思う?」

「コンタクト? 眼鏡やめるってことか? どうって……あ、好きな男でもできたのかとか思うな、たぶん」

 はあ、何ニヤニヤしてるのよこいつは。そもそも質問の意図をさっぱり取り違えてるし、だいたい好きな人ができたからコンタクトにするっていうなら、私はもっと前からコンタクトにしてるわよ。ほんとに頭の働きも勘の冴えも何もかもが鈍い男ね。

「そうじゃなくて。ああもう、1から10まで説明しないとわからないのね色無は。眼鏡かけてる私と、かけてない私、どっちがいいかっていうことを聞いてるの」

「あーなんだ。そう聞いてくれなきゃわかんないぞ。ってでも、眼鏡かけてない緑ってほとんど見たことないんだけど。だからどっちがいいかって言えないな」

 ……盲点だったわ。せっかく恥を忍んでこんなに具体的に聞いたっていうのに私ったら。こんなことにも思い至らないなんて、よっぽどあのCMで頭に血が昇ってたみたいね。ちゃんと考えれば、っていうか考えなくてもわかる話だったじゃない。

 裸眼視力0.01に強度の乱視まで入っている私は、お風呂に入る時と学校のプールぐらい、とあとは寝る時ぐらいしか眼鏡を外さない。というより、もう怖くて外せないっていうのが真実。裸眼で見る世界は、まるで異次元のように歪んでいて。隣にいる友達さえ、のっぺらぼうのように得体の知れない存在に変わってしまうから。

 眼鏡を外した私を色無が見たことがあるとすれば、お風呂を覗いたり、プールの授業中の私をまじまじと見たりしてた場合だけ。どちらも立派な変態のすることね。まあそれはそれで色無が私に興味があるっていうことだから、悪くないけどね。

「あ、そ、そうよね。当然だわ。悪かったわね、変なこと聞いて」

「あれ? ここは眼鏡を外して素顔を見せてくれる流れじゃないのか? 視力悪すぎて眼鏡がないと生活できないのは知ってるけど、じっとしてれば大丈夫だろ?」

「今ここでちょこっと外したぐらいじゃ、不公平でしょう? ずーっと眼鏡かけてる子がちょっと眼鏡外してると魅力的に見えたりするって言うじゃない」

 私も例外なくそれに当てはまってくれるのだろうか。もしそれで色無が「お前は眼鏡かけてないほうが断然かわいい!」なんて言い出したら、私はあれだけ毛嫌いしたコンタクトという魔道に落ちるのだろうか。好きな人にかわいいって言われるなら、自分の相棒への愛着なんてあっさり捨て去れるのかしら。でも、それってなんだか悲しいと思う。

「うーん、じゃあ明日の学校帰り、眼鏡外して一緒に帰ろうぜ。ゆっくり歩いてさ。寮に着く頃には見慣れてるはずだ」

 色無が何を言ってるのか、すぐには理解できなくて。なんとか理解できて思ったのは、なんでそういう発想が湧いてくるのかっていうことだった。

「どうして『じゃあ』でつながるのかよくわからないんだけど。そんなことする意味あるの?」

「はは、あんまないかもな。でも、眼鏡外した緑を見てみたいって思ったんだ。眼鏡外すの怖いかもしれないけど、俺が隣歩くから大丈夫だって」

 

 放課後になった。校門にもたれかかって、私は色無を待っている。眼鏡はまだかけたまま。一瞬外してみたけど、そのたった一瞬でも散大して迫ってくる街灯の光が怖くて、すぐにかけ直してしまった。

「よう緑。待たせたか、ごめんな」

「たいして待ってないわ。じゃあ帰りましょう」

「っとその前に。ほら、眼鏡外して」

「……どうしても?」

「どうしてもだ。昨日約束してくれたろ? 大丈夫だよ、俺が隣にいるから」

「はあ、わかったわ。何かあったらすぐにかけるからね」

 色無に促されて、私は観念した。確かに、昨日あの後私は約束してしまったし。「眼鏡外したとこ見たい見たい」って色無がしつこいし、それによく考えれば、久しぶりに色無と二人で帰れるわけだし。純粋に、眼鏡を外した私を見てほしいって思いもあった。どう思うのか知りたかった。本当のところ私自身、素顔の自分をしっかりと見たことってなかったから、すごく不安なんだけど。

「……あっ」

 おそるおそる、確かめるようにそっと眼鏡を外す。その動作をじっと見ている色無が、息を飲んだような声を出した。何かすごいものでも見たかのように。眼鏡をケースにしまい、ゆっくりと顔を上げた私の前にいるのは、目も鼻も口も一つになった、正体不明の生物だった。私が顔を上げた瞬間、その正体不明は素早く顔を逸らした、ように見えた。

「あ、その、緑……と、とりあえず、帰るか」

 正体不明は色無の声でそう言った。当然だ。彼は色無、間違いなくそうなんだから。でも視覚から入る情報は、それが正体不明の生物であると私の脳に告げてくる。ああ、嫌だ、この感覚。お風呂場の鏡に映った自分にさえ時に抱いてしまう、この感覚。落ち着かない。今この瞬間色無が別の人間に入れ替わっていても、私はそれを視覚で気付くことができない。すぐ隣にいてくれる人が、気づけば別人になっている。そんなことは想像するだけでも恐ろしい。

 

 歩きなれたはずの帰り道も、まったくの別世界。奇妙な形をした多足の生物が、向こうから私に近づいてくる。犬だってわかってるんだけど、心はざわざわと騒ぎ出す。ただの街路樹も、ぐねぐねと曲がりくねって、まるで魔界に生える食人木のよう。

 せっかく色無と二人きりで帰っているのに、色無と二人で帰る時はそれだけでドキドキするのに、今は別の緊張感に支配されている。色無はいつもと同じようにくだらない話をしているけど、私は生返事を返すことしかできない。『本当に大事なことは目には見えない』なんて、嘘っぱちね。今の私は、本当に肝心な所が見えなくて、好きな人の顔さえ満足に見えなくて、こんな不安に陥っている。すぐ隣にいて、もしかすると今までで一番接近してるんじゃないかって距離にいるのに。

「緑っ、危ない!」

 不安の中を心ここにあらずで歩いていた私に、色無が突然大声を出す。同時に私の右手がもっと大きく温かい何かに包まれて、ちょっと乱暴に引っ張られた。

「きゃっ! な、何、色無?」

 乱暴に引っ張られた勢いそのままに、私は色無の体にぶつかってしまう。胸元に飛び込むような形で。きっと傍から見れば、ほとんど抱きすくめられたようにしか見えない状態になっているはず。

「ごめん! 道端の側溝にはまるかと思って……咄嗟だったから、力の加減が」

 すぐ頭上でそう謝る色無の声が私の耳を、意外なほどがっちりした厚い胸板の感触が私の肌を、かすかに香る男性の匂いが私の鼻を刺激して、私の体温はみるみる上昇していく。そしてそのまま顔を上げれば——正体不明ののっぺらぼうじゃないはっきりとした色無の顔が、今まで見たことないような男らしい表情で私を見つめる色無の顔が、よく見えないはずの私の目に鮮明に飛び込んできた。
 裸眼の私でも人の顔が認識できる距離。男女で言うなら、それは間違いなく恋人の距離だ。そんな距離感にますます胸が高鳴るけど、同時に私は安心していた。ここまで一緒に歩いてきたのは、間違いなく色無だったなんて、当然過ぎることを改めて再確認できたから。そしてもちろん、事故ながらこんな状況になれたことに喜びを感じた。

「ボーッとしてたから。ありがと色無」

「い、いや、ごめんな。俺が隣歩くから大丈夫だとか言っといて、危ない目に遭わせて」

 努めて冷静に、動揺を悟られないように、私は愛想なくお礼を言う。謝られるようなことじゃないのに。こんな嬉しい事故も起こってくれたしね。でもせっかくだから、ちょっと利用させてもらうわ。不意打ちでドキドキさせてくれた罰よ。

「そうね。じゃあまたこういうことがないように、寮に着くまでこの手はこのままにしておいて」

「え? 手握って帰るのか? それはまずいだろ」

「じゃあ、私がまた危ない目に遭ってもいいの? 全部あなたのせいになるわよ?」

「うぐっ。そ、そうだな、わかった。緑さえよければ俺は構わないし」

 なんか脅したみたいになったけど、それでもこんなチャンスはそうそうないから。他の子たちがするような積極的なスキンシップなんて、私にはできるはずがなくて。だからこの小さなチャンス、最大限に利用しなきゃ。

「で、どう? 眼鏡かけてない私は」

「ん、そうだな……校門のところで眼鏡外した緑を見た瞬間、心臓がドキッつったんだ。びっくりしたよ。ほんとにドキッっていうんだな心臓って。そ、そういうこと。わかるだろ。今でも直視できない感じだし」

「あ、そ、そう。じゃあ、コンタクトにしてみる意味はあるってことね」

 遠まわしに、色無は「かわいい」と言ってくれていると解釈した。いや「かわいい」じゃないかもしれないけど。単に「眼鏡かけてないほうがいい」程度かもしれないけど。私の基本はマイナス思考だから、結局こうしてネガティブなほうに流れてしまう。

「うーん、でもな。やっぱり眼鏡の緑もいいけどな。違う魅力があると思う。どっちのほうがいいってもんじゃないよ。どっちも緑なんだから」

「はあ、結局煮え切らないわね、色無らしいわ。今日なんのためにこんなことしてると思ってるのよ」

「そう言うなって。あ、そうだ。それなら……」

 優柔不断を絵に描いたような男、色無。予想はしてたけど、結局白黒はっきりした返答は聞けずじまいだ。軽く腹が立って、ちょっときつい調子で言い返してやったけど、懲りずにまた何か提案するつもりみたい。どうせ昨日みたいなくだらないこと言うつもりでしょうけど。

「たまにこうやって眼鏡外せばいいじゃないか。誰かいないと不安だっていうなら、俺が一緒の時にでも。そしたら俺も眼鏡外した緑が見られるし。だいたいお前、コンタクト嫌いなんだろ」

「あら知ってたの? ええ嫌いよ。だから色無がよっぽど眼鏡外すほうを推さなきゃ、コンタクトにする気なんてさらさらなかったわ。それにしても、バカな提案平気でするのね、あなたは」

 色無がすぐ隣を歩いてくれたら、そして、できれば毎回こうやって手を繋いでくれたら、ほんとは眼鏡を外すくらいもう何とも思わない。繋いだ手から伝わる安心感は、異次元を彷徨うような恐怖感さえ包み込んでくれるから。

 でも、それでもね、色無。やっぱり見えないのはいやなの。あなたの顔が見えないのはいやなのよ。たいしてかっこいいってわけでもないけど、それでも大好きなあなたの顔が見えないのはいやだから。

 眼鏡を外して歩くのは、あんな事故がなくても、恋人の距離まで近づけるようになってからね。


 今日は朝から何かおかしい。まず、いつもなら隣り合った窓から直接私の部屋へ入ってくる彼が、わざわざ玄関のチャイムを鳴らして私を呼び出した。

 次に彼から映画に誘われた。彼好みの映画ではなく、私が見たかった映画に、だ。

 さらにその映画が面白かった。原作を無視して大変なことになっているのではないかと思っていたのだけれど、独自の展開が予想外に上手く作られていた。

 ……まあ、隣にいた人間のせいでいまいち内容を覚えていないのだけれども。

 さらにさらに、映画が終わってすぐに帰るのではなく、カップルが立ち寄るようなお洒落なカフェに現在進行形で立ち寄っている。この店での一番人気だと聞いて頼んだ紅茶の味なんて、分かるわけがない。

 そんな状態だから会話だってちゃんとできているかどうか怪しいもので、思わず化粧室に逃げ込んでしまった。

 いろいろうまくいきすぎてるし、やっぱり夢なのかしら、これ。鏡の前で自分の頬をつねったり叩いたりしても、頬が赤くなるばかりで目が覚める気配はなさそうだ。

 ……ベタベタな夢判定を行ったところで現状が変化するわけがない。化粧室から出て、おとなしく彼の待つ席へ戻ることにしましょう。

「お待たせ」

 誰かにメールでもしていたのだろうか、携帯電話を見つめる彼に声をかけると、彼は握りつぶすような勢いで携帯電話を閉じて顔を上げた。

「お、おう、遅かったな……何かあったのか?」

「……減点1。化粧室帰りの女の子に何を聞いてるのかしら」

 携帯電話でうしろめたいことでもしていたのか、焦ってデリカシーのないことを口走る彼に対して、バッグから常備しているハードカバーの本を取り出して警告する。

「ちょっ、ちょっと待て、俺はただ単にお前のほっぺたが赤くなってるから気になって聞いただけで、それ以上の意味はないぞ!? いやマジで!!」

「……これは眠気覚ましに軽く叩いただけだから。気にしないで」

 余り触れて欲しくないところに突っ込まれたせいで、こちらとしても強く追求することができない。本を片付けると彼も安心したのか、のけぞるような体勢から椅子に座り直し、コーヒーに口をつける。

「寝不足か? また読書か……あ、ひょっとして誕生日が楽しみで眠れなかったとか?」

「あなたは私をいくつの子供だと思ってるのよ……」

 謎は解けたと言わんばかりに突きつけられた指を適当な方向に向けさせながら、彼の言った言葉に対して心の中で驚く……そういえば今日は誕生日だったのよね、私。

 誕生日が祝日のせいか、交友関係が広くないせいか、はたまた自分自身余り興味がないせいか。おそらくその全部なのだろうけれど、私は誕生日を他人に祝ってもらった記憶がそれほどない。

 彼だけは義理堅くプレゼントをくれるから、それのおかげで誕生日だったということを思い出すのがお決まりのパターンになっている。

 ……そうか、これって誕生日プレゼント代わりなのね。謎が解ければ一気に冷静になるもので、さっきまでのドキドキはあっという間に霧散してしまった。

「図星なんだろ? え? ホレホレ、白状しろって」

「違うって言ってるでしょう」

 しつこくこちらを指差してくる彼を適当にいなしながら、味を確かめるために改めて口に含んだ紅茶は、冷えてしまったせいか必要以上に渋かった。

 

 カフェを出てから本屋に寄ったりして、しばらく街中をブラブラしたあと、携帯電話で時間を確認した彼の『そろそろ帰るか』という一言で帰途に着く。

「——でさ、今日もうちの親は息子をほったからしで夫婦そろって外食だ。どう思うよ?」

「……おじさんたちらしい、としかコメントできないわね」

 彼の愚痴にフォローになっているとは言い辛い返事をしているうちに、私たちの家の前に到着していた。

 ……誕生日の効力もここまでね。なるべく表情を作らないように意識して、彼の方へ向く。

「今日は誘ってくれてありがとう。すごく楽しかったわ。それじゃあ——」

「あ〜、ちょっと待った緑。……え〜っとだな、晩飯、うちで食わないか?」

「……はぁ?」

 背を向けた瞬間に投げかけられた言葉に反応して、再び彼に向き直る。私に視線を向けられた本人は照れているのか、視線を斜め上に向けて私と目をあわせずに言葉を続ける。

「あ、お前の家の心配はしなくてもいいぞ、おばさんには言ってあるし」

「お母さんに?」

 変にニヤニヤ笑いながら彼にオッケーの意思を伝える母親の姿が鮮明に見えた。確実に今も笑っているに違いない……無性に腹が立ってくるわね。

「でも、お母さんはおじさんたちがいないって知らないからいいって言ったんじゃ……」

「知ってるぞ、俺が言ったし。っていうか、うちの親がいないから誘ったんだよ」

 私の頭の中の母親が、ニヤニヤ笑いのまま教育上不適切なサインを手で作り、私にアピールする。これも確実に今やっているに違いない……とりあえず帰ったらお説教をしないと。

「で、でも、その、心の準備が——」

「いいからさっさと行こうぜ、こっちの準備はできてるし、もう待ってられないんだ」

「ちょっ!?」

 私が馬鹿なことを考えているうちに、彼は私の手を握り、強引に自分の家へと引っ張っていく。引っ張られるままについて行くものの、やっぱり私はもう少し準備をしたい。服とか下着は綺麗なのにしたいし、汗をかいてるからお風呂には入りたいし——って何を考えてるのよ。ご飯を食べるだけなんだからそんなところに気を使わなくても——って食べるのは本当にご飯なのかしら? やっぱりお風呂には入らせてもらわないと——って我ながら下品ね。あまりの急展開に、取り留めのないことしか浮かんでこない。

 さすがに隣の家だけあって、心の準備なんてできないうちに玄関へ即到着。心臓の鼓動は2倍速から3倍速ぐらいにアップしている。

 彼が玄関のドアノブに手をかけ、ガチャリとひねったところで5倍速にアップ。これ以上は生命の危機を感じる、早くどうにかしないと。

「や、やっぱり私、か、帰——」

「いいからいいから、ほら入った入った」

 いつの間にか後ろに回っていた彼に背中を押され、玄関の中へ入ってしまう。ここで鼓動は瞬間で10倍速ぐらいにはなったと思う。

 それぐらい鼓動が早くなっていたから、玄関に入った瞬間に響いたパン! パン! パァン! という音は私の心臓が破裂した音だと勘違いしても仕方がないだろう。

 当然心臓が破裂するなんて事はなく、音の正体はクラスメート達が私に向かって鳴らしたクラッカーだった。

「……」

『ハッピーバースデー!』

 呆然とする私に、皆がそろって祝福の言葉をかけてくれる。うん、確かに今日は私の誕生日。それはついさっき思い出した。

 ……で、何で皆がここにいるの? 驚きすぎて声は出せないけれど、説明を求めて後ろへ立つ彼へ首を向ける。

「びっくりしたか? 皆でサプライズパーティーを開こうって計画したんだよ」

「……」

「場所は俺の家ってすぐ決まったんだけどな、何かの拍子で緑がうちに来ないように連れ出す役まで俺がするとは思ってなかったな」

「ま〜だ言ってる。あんた以外に適役はいなかったって何回言えばわかんのよ?」

 オレンジの言葉に全員が頷く。もちろん私も一緒に頷いた。

「……何で緑まで納得してんだよ。ま、それは置いといて、準備はすんでるんだよな?」

「えぇ、とっくの昔に。誰かさんがゆっくりしすぎて料理は冷えかけてるけどね」

「さ、さーて、どんな料理があるのかな〜っと」

 黒の皮肉から逃げるようにリビングへと向かう彼のあとに続こうとすると、白に呼び止められた。

「緑ちゃん、緑ちゃん。どうだったのかな、今日のおでかけ?」

「楽しかったわ。とても」

 きっぱりはっきり即答する。なんだかんだ言って今日は楽しかった。私のためにお膳立てをしてくれた皆には感謝してもし足りない。

「それじゃあ——私のときもヨロシクね?」

 黄の言葉を聞いて、どうして皆が今日の準備をしてくれたか何となく分かった。結局世の中はギブアンドテイクというわけで、ちょっと感動が薄れてしまったけれども仕方がない。

 ……一番近いのは誰の誕生日だったのかしら。これから1年間、彼を動かすための11種類の理由を考えながら、皆の後に続いて私もリビングへと向かった。

 

「はい、緑ちゃん、プレゼント。この本、欲しいって言ってたでしょ? 皆で1冊ずつ買ってきたんだよ」

 そう言ってピンクから手渡されたものは、全12巻のハードカバーの小説の第1巻だった。

 前から欲しかったものの、さすがに12冊一気に買えるだけの余裕はなかったので、お小遣いを前借りしようか考えていたところだったんだけれど……。

「ボクからもプレゼント〜、ってピンクちゃんも1巻?」

「えぇぇっ、わ、私も1巻を買ってきたんですけどっ!?」

「あらあら、私もです」

 そうして皆から渡される第1巻×12。正直な話、邪魔にしかならない。

「何でお前ら全員1巻買ってきてんの!? 確認しろよ!!」

「あんたが言うなっ!!」

 青の突っ込みのあと、なぜか彼が責任を持って交換してくることとなった。民主主義って怖いわ。

 ブツブツ文句を言いながらも本を抱えて玄関へと向かう彼を目で追いながらひとりごちる。……実は、とりあえず1巻だけはさっき本屋で買ってきたというのは黙っておくべきなんでしょうね。


『春眠暁を……』

緑「色無、ちょっと」

無「んー?」

緑「あなたがすぐ読みたいって言うから、ここでもいいって言ったけど」

無「あー」

緑「どうしてそんなに簡単に眠れるのよ」

無「春は眠くってなー」

緑「こっちはぜんぜん眠くならないわよ」

無「いいことじゃないか、読書が進むだろー」

緑「おかげさまで、さっきからぜんぜん文字が頭に入らないんだけど」

無「なんでだよ」

緑「……」

無「……」

緑「だって、色無がひざの上に頭を……」

無「zzz……」

緑「……」

無「zzz……」

緑「……」

無「ん? あ、すまん、完全に落ちてた」

緑「……おはよう」

無「って、あ。悪い」

緑「謝らないで、悪いと思ってないから」

無「いや、すまん。どうりでいい感触の枕だと思ったら」

緑「いい感触とかいうな」

無「お詫びといってなんなんだが、代わりに俺のひざを枕にしてもらってもかまわないぞ」

緑「!!」

無「悪い! 冗談だって! だからその広辞苑をひっこめーー」


『ひきょうもの』

 黄緑の作った夕飯を平らげ、後片づけを手伝ってから緑の部屋に向かう。

 緑の部屋に入り浸り始めてどれぐらい経っただろうか。最初は眼鏡ごしに剣呑な目で睨まれもしたが、それもいつからかなくなった。

 湯気の立つ紅茶が乗ったお盆を左手に持ち替えてノックを二回。

「色無だけど、入っていいか?」

 扉越しに小さく『どうぞ』と聞こえる。

「お邪魔します……今日はまだ風呂に入ってないんだな」

「ちょうどキリが悪かったのよ」

 勉強机に乗せた分厚い本から目を離さずに緑は言う。しかし声色にはちょっとした苦笑が乗っていた。主成分は乙女心というといったところか。

「今日はアッサムのミルクティーにしてみた」

「ありがとう」

 いつもならここで一口飲んで感想なりあるのだが、本当に先が気になるのだろう、ぱらりと軽い音を立ててページが一つ進んだ。

 自分の分の紅茶を備え付けのテーブルに置きつつ、書痴なんて言葉が浮かんで消える。

 読みかけの英訳本を本棚から引き出してベッドの足を背もたれにして座り込む。

 英訳の王道ファンタジーという事で読み進めたがやはり緑の選んだ本だ。翻訳が綺麗ですらすらと読み進められる。シナリオの軸も師弟関係から禁断の道へ。悪くない——結ばれるのが男女なら。

 男同士の恋愛、緑は何を思ってそういう本を集めるのだろうか。男がレズビアンに抱く幻想みたいなものでも持っているのか。

 できればそういうものに向ける幻想を自分の方に向けさせてみたい、とは思う。そんな事を考えながら“そういう”シーンを読み終えて本を閉じた。

 気が付けば紅茶から湯気が消えていた。一口飲む。渋い。失敗するぐらいなら緑と同じミルクティーにすればよかった。

 口の中に残る渋みを消そうと、返事を期待せずに緑に問いかける。

「なぁ緑」

「んー?」

「紅茶冷えてないか」

「……もう飲んだ」

 としばらく遅れて帰ってくる。まだ意識のほとんどが本に向けられているようだ。

「その本、相当気に入ってるみたいだな」

 今度は気の抜けた生返事。また本の世界に没入したらしい。

 新しい紅茶を入れてくるか、そう思い立って緑の背後に立つ。

 呼吸に合わせてさらりと揺れる髪。猫背が小柄な緑をさらに華奢に見せた。

 そんな背中を見ながら一つのことを思いつく。

 このまま抱きしめたとしても、これ以上ないしかめっ面で「なに」と言うだけだろう。ならば。

「緑、俺のこと好き?」

「——うん」ぼんやりとした声音が帰ってきた。

「じゃぁつき合おうか」

「——うん」

 何も変わらない、惚けたような甘い声。

「紅茶、新しいのを入れてくる」

 小さな笑いをかみ殺しながら、冷えたカップを回収し「あり、がとう」とすこしばかり現実に帰り始めた緑の声を背中に受けながら部屋を出る。

 ——ばたん、ごん。

 扉越しに聞こえる小さな、何かが乱暴に閉じられる音と堅い物にぶつかる音。

「ひきょうもの」

 そんな声が聞こえた気がした。


緑「……」

無「緑?」

緑「……なに?」

無「いや、何か怒らせるようなことをしたかなって思って……」

緑「違う」

無「へ? ならどうして?」

緑「貴方はいつも怒らせてる」

無「え!?」

緑「……だって、気持ちに気づいてくれないから」

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無「夏休みはどうするの?」

緑「友達がお祭りに参加するから、その手伝いね」

無「お手伝いって?」

緑「準備とか当日の売り子とかよ」

無「売り子って屋台とか?」

緑「……ん、まあそんな感じよ」

無「見に行ってもいい?」

緑「え?あ、でも遠いし、それに初心者は来ない方が……」

無「そうなの? っていうか初心者って何?」

緑「気にしないで。あ、そうだ、いつもお世話になっているから、何かお土産を買ってくるわ」

無「え? お世話って、俺は特になにもしてないぞ?」

緑「ううん、色無のおかげでお祭りが盛り上がると思うわ」

無「あぁ、そう、よくわからないけど、まぁお土産楽しみにしているよ」

緑「うん」

 夏祭り会場当日

〜オリジナル作品「色無-愛」・「色無-受」は完売しました〜


『おもいのかがみ』

無「ちょいと緑さん? 俺の部屋で何をやってらっしゃるんで?」

緑「……何を?」

無「何を、ってそうだよ。人のパソコンを使って何をやっていると聞いたんだ」

緑「パソコン、やっている」

無「は? だから……って待て、さっきから妙に口数が少ないけれど」

緑「は?」

無「もしかして、『鸚鵡返し』を見たのか」

緑「鸚鵡返し、見た」

無「……物好きだな、お前も」

緑「物好きだな、お前も」

無「そっくりに返すな。そんな真似をする理由が分からないんだけど」

緑「返す。真似をする理由、分からない?」

無「は? ……ああ、分からない」

緑「……」

無「緑?」

緑「……色無、言葉では伝わりそうにない」

無「?」

緑「だから、貴方の言葉を真似して、知ってほしかったの」

無「……何を?」

緑「なんでもない」

無「え、なんでもないって……おーい、緑〜?」

無「……なんだったんだろう? 何を知っていて欲しかったんだ?」

緑(いつも貴方を見ている、ということを知っていてほしかったのに……馬鹿)


【Pencil mans 放課後の寮は俺達のキャンバス】



作者「いやーギリギリ締切間に合いましたよぉ。」

赤木「マジで一時はどうなるかと思った…!」

青井「それも何もあんたがずっと好きしょばっかやってるからだろうが!」

作者「フヒヒヒサーセンwwwww」

青井「ダメだこの作者……!!」

白沢「で、でも良かったじゃない?間に合ったんだし?でしょ?」

黒磯「そう白沢の言うとおりだ。間に合えばいいんだ。」

作者「もー少し時間あったら黒磯×白沢も描きたかったんだよねー。でも間に合っ」

黒磯「いいわけないだろ!」

白沢「く、黒ちゃん……!」

黒磯「俺と白沢のカラミははしょるなど言語道断!あってはならない行為だ!」(作者の首を締める)

作者「」(泡を吹いている)

白沢「やめて黒ちゃん!作者さん泡吹いてるよ!僕ら出番無くなっちゃうよ!」

黒磯「し、しまった!誰か!喜緑!喜緑を呼んでこい!」

赤木「わけがわからないけど今回はこの辺で。続きは冬のコミケだと思うから。作者が生きてればだけど。(苦笑)」

青井「そのまま死ね。」

                                             終り



緑「色無し。黒磯の頭にベタお願い。」

色「ちょっと緑…!このページ……!」

緑「どうしたの?」

色「………少し、外の空気吸ってくる。」



空「お、お兄ちゃん、どうしたの?泣いてるの?お腹痛いの?」

色「俺は言ったんだよ!あれほど『作者とキャラの後日談は寒いから止めろ』って!なのにどうして……!」

空「う、うん?そうなの?」


緑「男性化で学園モノ、ね……ふむ。

 色無が2年だとしたら先輩が赤とか青とか黄緑かしら」

緑「スポーツ万能の先輩とか、表向き厳しいけど2人になると優しい先輩とか

 知的オーラ漂いまくりで大人っぽい先輩とかに迫られる色無……アリね」

緑「下級生は、そうね。水と茶と紫かしら……色無にアドバンテージありそうだし。

 でもいっそ総受けにしてもいいわね……うふふふふ」

無「誰か、緑を止めてくれ……」

赤「よくわかんないけど、こっちまでゾワゾワしてきたよー」

水「えっと、えっと、怖くて近づけません……ごめんなさいー!」

青「無理よ! ああなったら書いて発散するまでとまらないわ!」

黄緑「まあ、未来の大作家さんの芽を摘んでしまうのも、と思いますし……」

無「そんな大作家にならなくていいです……」

桃「……」

桃「ねーえ、緑ちゃん」

緑「なに!? 今プロットで忙しいんだけど!」

桃「桃は男の子になったらどうなるのー?」

 タユンタユン

緑「……くっ!(ガクリ)」


橙「桃さん」

桃「はい、橙さん」

橙「あちらをご覧ください」

桃「あれは色無氏ですね、どうやら読書中のようですが……と、緑さん?」

橙「先ほどからあの位置をキープしてます」

桃「色無氏の視界には入らない背後でありながら、ぎりぎり手が届きそうな距離をキープしてますね」

橙「それだけではないのです、よくご覧ください」

桃「色無氏が手だけ伸ばして何かを探してますね、おそらく少し離れた位置にあるお菓子をとりたいようです」

橙「はい、手だけ伸ばしているので届かないことに気が付いていないようです。ですが」

桃「おっと、緑さんお菓子の入った器を色無氏の手の届くところにさりげなく移動しましたね」

橙「はい、先ほどからずっとあの調子なんです」

桃「なるほど、見事に呼吸が合ってますねー」

橙「何より恐ろしいのはお互いに読書に集中したままということです」

桃「それは、由々しき事態ですねー」



無(おい、あの二人なにやってんだ?)

緑(知らないわよ、ずっとこっちを見ながらぶつぶつ言ってるんだから)



青「ただいまー、ってみんなしてなにしてるの?」

空「おねーちゃんおかえりー、えっと……みんなで読書会?」

青「私に聞かれてもね」



無(おい、緑。何で俺たち囲まれてるんだ?)

緑(……さぁ、みんなここで本読みたいんじゃないの?)







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 03:47:10