茶メインSS

『選択の時』

「すもーくおんざうぉーたー、ざふぁいあ……」

 誰もが眠たくなる5時間目の授業。眠気を誘う茶さんの声をききながら、俺も船を漕ぐ一員に加わりつつある。

 だが、目の前の席である茶さんが今当てられているということは、順番的に次は俺が当てられる。

 授業から脱落するにしてもせめて自分が当てられ終わってからにしないと、クラス内でさらし者になってしまうのはやっぱり避けたい。頑張るんだ、俺!!

 ……と、考えている間にも少しずつ視界は閉ざされ、頭は思いっきり下を向いてしまっているという悲しい現実。だからマズいって。

 頭を振ってみたりシャーペンを手に軽く刺したりしても一向に眠気が飛ぶ気配はない。ふと気がつけば、いつの間にやら茶さんの声が聞こえなくなっている。

 ということは、いつ俺が当てられてもおかしくない状況になってしまった訳だ。いかんですよ、コレは!!

 もう一回気合を入れなおして黒板をにらむものの、1分と持たずに頭がゆれ始めているのが分かる。順調に視線が下を向いていく途中で、あれだけしつこかった眠気が一気に吹き飛んだ。

 眠気が吹き飛んだ瞬間の俺の視線の先にあったのは茶さんが座る椅子の背もたれの隙間。そしてそこからモロに見えている茶さんのパンツ。

 ま、マジで!? あれだけ開くことが困難になっていたまぶたをいつもの倍以上開き、もう一度確認するもそこに見えるのはやっぱり茶さんのパンモロ。

 少し視線を上げると、背もたれの上の部分にスカートの裾が引っかかっていた。おそらく、発表した後着席する時に裾が背もたれにかかって、そのまま気付かずに座ってしまったのだろう。

 本人も周りの人間も気付いていないのは幸いと言うべきなのかどうなのか分からないけれども、このままにしておく訳にもいかない。

 ……さて、どうしたものか?

1.どうにかするだなんてとんでもない!!

2.他の女の子から伝えてもらおう。

3.俺から伝えよう。

 


1.どうにかするだなんてとんでもない!!

 ……だよなぁ? 他の誰かから伝えてもらうにしても、俺から言うにしても、茶さんがテンパらない訳がない。

 そうなると授業の進行に差支えが起こる可能性が高い。茶さんには申し訳ないけど、クラスの皆に迷惑をかけるのは彼女も望まないだろう。

 つまり授業が終わった後にそっと教えてあげるのがベストな選択肢と言えるはずだ。

 ……っていうか、わざわざこんなオイシイ状況を捨てるなんてどうかしてたぜ、俺。……おっと思わず本音が。

 抑えることができないニヤつく口元を手で隠して周りを見渡し、誰も俺に注目していないのを確認したうえで改めて視線を目の前にある椅子へ。

 その時左側からポンポン、と肩を叩かれた。

「きみ——」

 どりさん、どうしたの? と言い終える前に、首を左に向けた俺の視界は黄緑さんの人差し指と薬指で一杯になった。

「——っ!! ——っ!!!」

「本人の意思を伴ってない、そういうプレイはマナー違反ですよ?」

 いつもどおりの口調で俺をたしなめる黄緑さんに涙を流しながら謝りつつ、やっぱり茶さんに伝えてあげるべきだったと反省する俺だった。

 


2.他の女の子から伝えてもらおう。

 教えてあげないとあとあと皆からボコボコにされそうだし、俺から言ってもそれはそれでボコボコにされるだろう。

 つまり他の人から、さらに言えば茶さんと仲がいい女の子からその事実を伝えてもらうようにするのがベストな選択肢に違いない。

 そこで俺が選んだのは青だ。青なら上手いこと茶さんのフォローをしてくれるだろう。ちょうど隣に座ってるから声をかけやすいしな。

「おーい、青」

「……何? 授業中なんだから静かにして。あんたも次に当たるんだから真面目に聞いときなさいよ」

 さっそく俺の右隣に座る青に呼びかけるも、黒板へ向いたまま取り付く島もない真っ当な返事をされる。

「分かってるって。それよりも、あれ、あれ」

「何なのよ、いったい——」

 それでもめげずに声をかけると、さすがにこっちを向いてくれた。そしてその視線が俺の指先からその指す場所へ移動した瞬間、青の動きが止まった。

「……」

「授業を聞く前に、とりあえずあれを何とか——」

 茶さんに伝えてくれないか、と続ける前に青の人差し指と中指によって俺の視界は塞がれた。

「——っ!! ——っ!!!」

「変態!! 変態!!」

 ……忘れてた。こいつ、結構勘違いしやすいうえに短気だった。

 罵詈雑言を浴びせつつ教科書やら何やらで暴行を加えてくる青にされるがまま、やっぱり自力でどうにかすればよかったな、と反省する俺だった。

 


3.俺から伝えよう。

 何もしないにせよ、他の人に伝えてもらうにせよ、誰かが絡んできた時点で俺の命が危なくなるのは明白だ。

 つまり俺が伝えることで、俺と茶さんの二人だけの話にしておくことがベストの選択肢になるわけだ。

「茶さん、茶さん」

「はい、何でしょう?」

 思い立ったら即行動、ってことで茶さんの背中をつついて後ろを向いてもらう。今から俺が伝える内容で、その笑顔がどうなるか考えたらちょっと言いにくい。

「……ど、どうかしました?」

 笑顔から一転して不安そうな表情になる茶さん。呼びかけた方がだんまりだとそりゃあ不安にもなるだろう。茶さんを困らせてどうすんだよ、俺。

「背もたれ見て。その、スカートが」

「……はい? 背もたれ? スカー……ト……」

 上手い説明が思いつかなかったせいで単語に近くなった俺の言葉を聞いて、よく理解していないままに自分の背中に目を向けた茶さんの顔が一気に赤くなった。

「あ、あのっ、そのっ!!」

「見てないからっ、そのっ、黒板見てたらたまたま茶さんの椅子の背もたれが視界に入って、スカートが引っかかってたから伝えただけで、それ以外見てないからホント!!」

 茶さんが慌てて座りなおした所で二人そろってテンパった状態になり、お互いよく分からない言葉を並べ立てる。

 それでも授業中ということは忘れてないのか、ちゃんと小声で言ってる辺り小心者というか何というか。

「ホント見てないから、信じて」

「あうぅぅ……」

 実際は見てしまってるんだけれど、これを言ったら収集がつかなくなる。嘘も方便ってやつだ。

 そのおかげか未だに真っ赤なままではあるけれども、何とか茶さんも落ち着いてきてくれた。

「あ、あのっ、こ、このことは——」

「大丈夫、誰にも言わないから。俺と茶さんだけの秘密ってことで」

 ……まさかあの状態からもう一段階赤くなれるとは思っていなかった。今の茶さんの顔をみると、40度を超える熱があると言われても信じれそうだ。

「ほ、本当に、わ、私たちだけの秘密……ですよ?」

「もちろん」

 少し上目遣いで念を押してきた茶さんの笑顔は、いつもと同じはずなのに何故か見とれてしまった。やっぱりいいことをしたあとは気分がいいな。

 すがすがしい気分で黒板に向き直す俺に、右斜め前に座っている黄が何か書いたルーズリーフを向けてきている。なになに?

『二人だけのヒ・ミ・ツ、うります クレープいっこから』

 ……見なかったことにしよう。黄を視界から外すために左方向へ視線を向けると、左斜め後ろに座るオレンジが何かメモを差し出してきた。

『サービス期間中 今なら一人一個で済むよ?』

 渡されたメモをくしゃくしゃに丸めて黄に投げつけ、机に突っ伏す。こんな展開になるなら、やっぱりなにもしなかった方がよかったかも、と反省する俺だった。


 ごきゅごきゅ

無「やっぱ夏はこれだよなぁ」

 こんこん

茶「色無君いますか〜……あれ? 色無君何のんでるんですか?」

無「あ、茶さん。ラムネだけど、もう一本あるから茶さんも飲む?」

茶「え? い、いいんですか? いただきます〜」

 ご……ごきゅ……ご……

無「あの、茶さん?」

茶「ふえぇ、うまく飲めません〜」

 ばしゃ

茶「やん! こぼしちゃった……せっかく色無君の大切なモノなのに……」

無「あ〜、別に気にしなくていいよ。何か拭く物を……」

茶「ふえ、顔にかかっちゃった……べとべとする〜……」

 がちゃ!

青「あんた達! さ、さっきからなんて会話してんの!?」

無「お前どっから出てきた!? つーか最初から聞いてたのか!?」


茶「色無君、聞いて下さい! 私、進路決まりました!」

無「へー、おめでとう。どこに行くことにしたんだ?」

茶「看護学校です! 私、看護士さんにあこがれてたんです!」

無「えーと……(茶色が看護士? 下手したら大惨事になるぞ)」

茶「子供のころからの夢だったから……がんばります!」

無(かといって茶色の気持ちを無視するわけにもいかないし……どうすんべ)

茶「何も言ってくれない……やっぱり、私が看護士なんて……無理なんだ(うるうる)」

無「いや、あれだ、その……(そうだ!)茶色!」

 がしっ!

茶「ふぇ!?」

無「看護よりも、お前は俺とずっと一緒に居てほしいな」

茶「ふええええ!?」

無「それで、できれば、俺との、子供の世話を……」

茶「ふにゃ〜!? それって、ぷ、プロポー……きゅ〜(ばたん)」

無「ふ〜、うまくごまかせた、のか?」

茶「あれれ〜? 1時間前の記憶がないよ〜?」

無「き、気のせいじゃないかな!?」


茶「お姉ちゃん! 私看護士になりたい!」

焦「ほう、看護士か。茶色は昔から優しい子だからな。向いているかもしれん」

茶「えへへ、なんか照れるな♪」

焦「しかし茶色にはもっと似合うものがあると思うぞ」

茶「ほえ?」

焦「お嫁さんだ」

茶「あ〜、お嫁さんねー……ふえええ!?」

焦「いつでも一生懸命やっていて、たまにドジして『えへっ♪』とか言っちゃう姿はかなり萌え……いや、魅力的だろうな」

茶「そ、そうかな……?」

焦「うむ、そのためにはまずは家事をしっかりこなせなくてはな。嫁の基本だ」

茶「よ〜し、お姉ちゃん! 私がんばっていいお嫁さんになる! 早速お料理の練習から始めなきゃ!」

焦「その意気だ(人それを花嫁修業と呼ぶ……そしてうまく看護士からはなれてくれたな、一石二鳥だ)」

茶「ふええ〜!? 消し炭になっちゃった〜!!」

焦(しかし、いくら我が妹といえど色無の嫁の座は渡さん。……手強いライバルになりそうだ)


『茶色と棚と冷麺と』



茶色「あっ、んっ、うんっ!」

色無「・・・・・・・・」

茶色「あっ・・・もっと奥に・・・、んっ!」

色無「あのさ、そろそろ昼飯にしない?」

茶色「あ、待って・・・もう少しで・・・」

色無「あ、うん。」



お尻をふりふり、一心不乱に頑張ってくれるのはいいんだけど

このやり取りもう5回目なんだよね。

さすがにお腹が限界だ。



色無「棚の下の500円はあとにして先にお昼にしようよ」

茶色「待ってください。あとちょっとで届きそうなんです・・・あっ!」



パチン!と高い音が響く。

指先に挟んでいた30cm物差しが指から離れてしまったらしい。

茶色「あ、どうしよう・・・。えい! あ、あれ。どんどん・・・奥に・・・。うぅ・・・」

まずいな。そろそろ泣くぞ。

ゆっくりと振り返った彼女の瞳には涙が溜まっていた。



茶色「ごめんなさい。私が色無君の財布落としちゃったせいでこうなってるのに・・・物差しまで・・・」

色無「いいよいいよ。小銭入れが開いてたのは俺のせいだし、あとで棚を動かして取ろう。」

茶色「でも・・・棚重いし・・・落としたのは私だし・・・ほんとにごめんなさい・・・」



これは埒が明かないな。話題を変えねば・・・



色無「じゃあお詫びにお昼ご飯作ってもらおうかな。」

茶色「あ、はい!な、なんでも作ります!できる範囲で!」

色無「じゃあ冷麺を。材料は冷蔵庫に入ってるから自由に使って。」

茶色「はい!がんばります!」



トントントン 軽快に薄焼きたまごとキュウリが刻まれる音がする。

茶色「ハムはこれでいいんですか?」

色無「あ、うん。それで」

茶色「・・・あの500円があったら良い焼き豚で作れましたよね・・・」



ぼそりとつぶやく。

まーた落ち込みそうになってるな。



色無「いやいや、あっても買ってないからw あーおなかすいたなぁー」

茶色「す、すぐにできますから!待っててください!」

バタバタとお湯を沸かし麺をゆで始める。何とかごまかせたようだ。



茶色「あ・・・」



麺をゆでる手を止めてなにやら思い悩んだ様子で固まる。

また凹んだのか?

あまりに動かないので後ろから顔を覗き込む。



茶色「菜ばしで挟んで取るのはどうでしょう?!」



瞳をキラキラさせ尋ねる茶色に俺は思わず「そうだね」と同意して

棚を動かして拾うものリストに菜ばしを追加した。のびた冷麺もたまにはいいだろう。


無「あれ?何読んでるの?」

茶「あ、これです」

無「なになに?『秋の味覚狩り特集』?」

茶「うん!ほら、おいしそうだよ!?」

無「(ペラッ)へぇ、結構近くにもあるんだなぁ」

茶「きのこ狩りとかって、やってみたいなぁ……」

無(絶対毒キノコのオチだって)

茶「マツタケ狩りはたかいね」

無(まちがえてマツタケを踏み潰しそうだ)

茶「梨狩りとかぶどう狩りはちょっと遠いなぁ」

無「あ、これは電車ですぐだな」

茶「え?あ、栗拾いかぁ、これなら拾うだけだから簡単そう」

無「じゃ、今から行ってみる?」

茶「え?いいの!?」

無「今日は予定ないし、どう?」

茶「うん、行こ!」

無「じゃ、動きやすい格好に着替えておいで」

茶「はーい!」

 そんな訳で栗拾いにやってきたのだ

茶「じゃ、落ちているイガ栗を探して、で、見つけたら足で軽く踏んで割るんだよ?」

無「うん」

無「あとコレ」

茶「手袋?」

無「うん、一応念のため。でもイガ栗をつかまないように気をつけてね」

茶「わかってますよぉ」

無「じゃ、早速拾いますかね、と」

茶「はーい!」



茶「隊長!イガ栗を発見しました!」

無「茶よ!早速足で踏むのだ!」

茶「アイアイサー!えいっ!えいっ!あれ?」

無「もうちょっと強くねじるように踏んでごらん?」

茶「えーいっ!(バキーンッ)」

無「いてっ!」

茶「あれっ!?栗がありません隊長!」

無「そりゃそうだろう、何せ目の前に飛んできたから」

茶「ふぇっ?ご、ごめんなさいぃ」

無「まぁきにしないで、ほら今度はあっちのを拾ってみよ?」

茶「はーい!」

無「って、根っこに気をつけて!」

茶「あれ?ひゃぁっ!?キャー!(ゴンッ!)いたーいっ」

無「あっ、木にぶつかった!?大丈夫?」

茶「は、はぁい、何とか」

無「よかった」

 ヒューーーー、バラバラバラ

無「いてっいてててててて!!!!」

茶「ふぇっ!?」

無「さっきの衝撃でイガ栗が落ちてきたみたい」

茶「あうぅ……ご、ごめんなさい……」

無「いや、気にしないで、それよりイガ栗が沢山だね」

茶「は、はい」

無「じゃ、順番に割っていこ?」

茶「うん……ほんとごめんなさい」

無「気にしなくっていいよ」



茶「栗が袋に一杯でーす」

無「じゃ、かえって焼き栗とか栗ご飯とかにしよっか?」

茶「焼き栗って甘くっておいしいですよね!」

無「そうだね、ホクホクしてまさに秋の味覚」

茶「栗ご飯も楽しみ!」

無「あれで渋皮がすんなりむければ最高なのにね」

茶「包丁が滑って危ないからって、いつもはお姉ちゃんがやるんですよ」

無「へぇ?焦茶さんが?」

 

無「ただいまー」

焦「おぅ、お帰り、あれ?二人でデートでもしてきたのか?」

茶「デ、デートってそんな……、あ、お姉ちゃん、これ!」

無「栗拾いに行って来たんですよ」

焦「じゃぁ、今日は栗ご飯だな、私が皮を剥いておくよ」

茶「ありがとうお姉ちゃん。じゃ、わたしは焼き栗するね!」



茶「パチパチ音がしてるね」

無「だいぶ焼けてきたな」

茶「そろそろかなぁ?」

無「あ、今は触らないほうが」

 パーン、はじけ飛ぶ栗

無「いてっ!」

茶「ひゃぁっ!」

無「結局こうなるのかよ」

茶「ふぇぇぇぇ、ごめんなさぁい」



焦「私は栗拾いより無狩りの方がいいが」

無「なんか字が違ってません?


 カスッ カスッ

茶「あ……あれ? シャンプー切れちゃった……そだ、黒ちゃんの貸してもらおう!」

 説明しよう! 虹色寮の風呂場には共有シャンプー・リンス・ボディソープが設置してある!

 しかしこれを使ってるのは色無・赤・茶・灰色だけで、お年頃な他の女の子たちは、みんな自分の好きなものを持っているのだ!
 ガラガラ……
茶「うぅ寒い……黒ちゃん……っと。ごめん! 借りるね!」

 ガラガラ

茶「ひゃうっ!?」

 ピシャッ

茶「だ、だれ!?」

無『ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ! ……あれぇ? 入浴中の札かかってなかったよな……』

茶「い、色無くんかぁ……びっくりした。よかったぁ変な人じゃなくて。どうしたの?」

無『携帯見当たらなくってさぁ……いちおうここにも探しに来たんだけど』

茶「そっかぁ……んしょっと。はい、バスタオル巻いたから入ってきていいよー!」

無『え? いや、あとで探すよ!』

茶「そんなー。せっかく来たんだから今探しちゃえばいいのにー。ほら、入って!」

無『あー……失礼します』

 ガラガラ  ピシャッ

茶「へ? なんで?」

無『茶色! どうして男巻きなんだ! バスタオル!』

茶「あ……ひゃぁあ!!」


無「まったく、空腹で倒れるなんてどうかしてますよ。いったい何があったんです?」

焦「たいしたことではないさ。ちょっと灰に頼んで色無の……ふむ、この筑前煮は実に美味い」

無「灰に頼んで何をしたんですか!?」

焦「このほうれん草の胡麻和えなぞ絶品ではないか」

無「……ほどほどにしてくださいね、ホント」

焦「それにしてもこんなにまともな食事をしたのは久しぶりだ」

無「まともって……普通ですよ?」

焦「色無と違って私は料理ができないのさ。いつもなら外ですますのだが、灰に足元を見られてしまってね」

無「何を頼んだのかマジで気になるんですが。それはそうと意外ですね」

焦「何がだ?」

無「焦茶さんが料理が苦手だなんて」

焦「それは違うぞ色無。『苦手』なのではなく『できない』のだ。うまいまずい以前に食べられない」

無「そんなので一人暮らし大丈夫なんですか?」

焦「問題はないさ。すでに料理上手な旦那を見つけてある」

無「その話は卒業してからということで……それにしても、姉妹揃って料理ができないのはどうなんでしょう?」

焦「ん? 茶色は料理はできるぞ。けっこう手際よく作るんだ」

無「えぇ! なんか意外だ……寮じゃ全然作らないから知りませんでしたよ」

焦「ただ手際はいいんだが、味が……」

無「味? まずいんですか?」

焦「いや、単に分からないだけだ。ちゃんと食べたのに、いっさい味が思い出せない料理なんだ」

無「……それって思い出せないんじゃなくって、記憶がなくなってるんじゃ」

焦「いや、ちゃんと全部食べられるしその記憶はあるんだ。味が印象に残らないだけで」

無「どんな料理ですか……」

焦「というわけで、茶色の作った料理を食べてみようってことになった」

無「相変わらずのドジにハラハラさせられたけど、本当に手際がいいんだな」

茶「そんなことないです。それにお料理失敗しちゃいましたし」

無「そんなことないだろ。こんなにちゃんとできてるじゃないか」

焦「甘いな色無。茶色の料理は見た目じゃない」

無「怖くなるようなこと言わないで下さいよ……それじゃあ、いただきま〜す」

焦「いただきます。もぐもぐ」

無「もぐもぐ。なんだ、やっぱり普通じゃ——ごりっ」

焦「もぐもぐごりもぐごりもぐもぐごりごりもぐごりごり」

無「あの、焦茶さん。このご飯、噛めば噛むほど固くなってる気がするんですが」

焦「気がするんじゃない、固くなってるんだ」

茶「し、失敗しちゃって」

無「とりあえず味噌汁で流し込んで——って冷たぁ! えっ、何で? こんなに湯気が出てるのに?」

焦「指を入れればわかると思うが、味噌汁自体は温かいんだ。しかし何故か飲んだ瞬間冷めるんだ」

茶「その、失敗しちゃって」

無「と、とりあえず野菜炒めに行きましょうか。あー、これは分かりやすい。野菜が完全に切れてなくて全部繋がってるよ」

焦「確かに、全部繋がってるな」

無「……なんでキャベツにニンジンやピーマンまで繋がってるんでしょうか。肉まで」

茶「あの、失敗しちゃったんです」

無「いったいどんな失敗をすればこんなことになるんだ?」

茶「と、ところで、味の方はどうでしょう? 味付けはばっちりだったと思うんですけど……」

無「えっ、味? 味……あじ……あれ? 思い出せない? あれ?」

焦「完食できたということは悪くなかったんだろうが……正直分からない」

茶「そんな、またなの? ふえぇぇ〜ん」

焦「第二弾はミートソーススパゲティか」

無「あ、これ美味しい。普通にイケますよ」

焦「意味の分からない失敗さえしなければちゃんとうまい物になるわけだな」

茶「ああああああああああぁ!」

無「どうした茶色」

茶「スパゲティ茹でるの忘れてました! これ、ミートソースだけしかありません」

無「へ?」

焦「は?」

無「……焦茶さん、俺たちが今食べてるこの麺状のモノはなんですか?」

焦「……おそらくミートソースの何かだろう。何かはわからないが」

茶「それで味はどうですか?」

無「さっきまではおいしかったんだけど、今は自信ない」

焦「うまいんだとは思う。ただそれ以上に得体の知れないだけで」

茶「うぇぇ〜ん」

焦「第三弾はカレーか」

無「黄色にサポートさせたので、今度こそ大丈夫でしょう」

茶「お、お待たせしました」

黄「……はい、どうぞ」

焦「おお、これは実にうまそうだ」

無「黄色がサポートについてカレーなら問題はないでしょう。カレーなら」

焦「で、なんで石狩鍋なんだ?」

茶「失敗しちゃって……」

無「黄色、サポートしてくれって言ったろ」

黄「私だって出来るだけのサポートはしたわよ! でも石狩鍋ができたの! 切ったはずのジャガイモが白菜になってたときの私の気持ちが分かる!? カレー鍋に入れたはずなのにいつの間にか土鍋になってた時の気持ちが!?  ルーを入れたのに鮭がおいしく煮えてたときの私の気持ちが色無に分かるっていうの!?」

茶「ご、ごめんなさい。私が失敗さえしなければ」

無「そ、その、二人とも俺が悪かった。だから、な? 落ち着けって」

焦「石狩鍋としては絶品なんだが、これカレーなんだよな。不思議なもんだ」

無「焦茶さんも平然と食べてないで下さい!」


『年の瀬も近づいておみかん。またはザ・グレイワールド』

「どてら考えた人は偉い。こたつ考えた人は天才。ミカンは大自然の偉大なる恵み」

「はぁ」

 どうにも理解しがたい言葉を呟いたのは、防寒フル装備の灰ちゃん。何となくで遊びに来てくれるのはいいのだけど……何というか。

「あ、あのね、今大掃除中で」

「茶は努力の子。きっと今日中に終わるさ。ふふ」

「不敵に笑わなくてもいいから……あのね、今日はそろそろ」

「こたつが私を離さないと言っている。モテる女は辛いね」

 そう言って、座卓に頬ずり。

「そ、そう……はぁ」

 それは自分が出たくないだけじゃ……。

 でも結局、今日は帰ってと言えない自分が情けない。お姉ちゃんにもよすぎて悪い日本人の典型と注意されるし。

 やっぱり私、一生流されて生きていくのかな……きっと来年も再来年も、灰ちゃんがこうしてミカンを……。

「ノット、ネガティブシンキング」

「いたっ」

 おでこに向けて投げつけられるミカン。

「ため息、良くないねぇ。良くないよ」

 そう言ってくるのは、いつの間にかミカンでお手玉を始めていた灰ちゃん。

「そ、そうだけど……でも」

「デモもクーデターもねーんですよ」

「え……」

 なぜか、灰ちゃんの口調が男らしく……ううん、どちらかといえばおじさんみたいになる。

「年末ぐらい、明るくすごそうじゃないかぁ。な、茶君」

 相変わらずの不敵な笑みを浮かべながら、でも言っていることは何となく……。

 ……そ、そうだよね。年末までこんな空気背負ってたら、来年明るく過ごせなくなっちゃうよね。

 うん、そうと決まれば気を取り直してっと。とりあえず本を玄関まで。

「そう、来年もこのオレンジ色のように明るく。という訳で、笑顔でミカンの追加、よろ」

「灰ちゃぁん」

 ……奇妙な、脱力感……少しだけ泣きそう。

 あらかたの作業を終え、灰ちゃんと一緒にこたつに入る。

「本当に、何の用事もなく来たんだね」

「うむ。ミカンは食べたかった」

「も、もうないからね……」

 山になった皮。もちろん全部灰ちゃんが食べた分。何個食べたのかな……私昨日から3個しか食べてないよ。

「しかし……うん、まぁ、なんだ。ミカンというのは食べた後、爪の間にオレンジ色の何かが詰まるね」

「何かって、皮だよね」

「ふむ、確かにそうだ。皮だ。という訳で取ってぇー」

 そう言って差し出される、灰ちゃんの細い指。

 確かに、ミカンの皮がいっぱい付いてる。だけどそれ以外は何もない、綺麗な指。

 それにしても、相変わらずめんどくさがり屋さんだなぁ……これはさすがに、私でも注意しないと。

「……口で」

「へっ!?」

 困り果てた私の手から、ミカンが落ちた。

「さぁさぁ、指だよ指。指チュパだよぉ」

「な、何でそうなるの、かなぁ」

「私なりの、愛。ふふ」

「そんな不敵な……ひゃっ、ちょ、むむっ、無理矢理はふ——っ」

「ここがええのんかぁー、ええのかぁー。噛んじゃダメだぞぉー」

 私は、ただミカンが食べたいだけなのに……どうして、灰ちゃんの人差し指がぁ……。

「それにしても、その手の趣味はないのにこれはなかなか劣情を刺激する……あり?」

「はふぅ……」

「む、これはまずい。まさかゆでだこになって気絶するとは。おーい、茶ー……何だかお茶頼んでるみたい」

「よくよく考えたら、ミカンの皮は口に入れるのには適してないね。うん、ごめんごめん」

「そういう問題じゃなくてね……もういいよ」

 今度はお茶をすすってる灰ちゃん。口では謝っていても、本心に聞こえないのはいつものことだから気にしない。

 それにしても、まだ口の中が変な感じ。痛い訳ではないけれど。

「ふぅ、茶の家で飲む茶はうまい……ふ、ふふふ。これは上手い」

「さすがにどうかと思うよ」

「ノリが悪いね。もしかして私がいるのは嫌? 嫌ならむしろ必要って言わしめるほど色々してみるか」

 面倒だから今日はしないけどと付け加える。めんどくさいのはいつもだと思うんだけどなぁ。

「え、遠慮しておくよ……それに、灰ちゃんがいて嫌だなんて思わないから」

 確かに変な友達だけど、嫌いと思ったことはない。それは、確かな本心。

 それに対し、灰ちゃんもにこりと微笑んでくれる。やる気のない表情じゃない、ちゃんとした笑顔で。

「私も、好き——ミカンとお茶が、特に」

「……うぅ」

 脱力し、座卓に額を押しつける。

 それだと私、使用人か何かみたいに思われてるようで……泣きそう。

 な、泣いちゃダメ。灰ちゃんは友達だもん。いい友達だもん……。

「おや、せっかく褒めたのにまた落ち込んで。悩みがあるなら相談に乗るよー。それぐらいは面倒じゃないよー」


焦『よし、あとはにんぎょうをかざって……』

茶『おねえちゃん、ちゃーもてつだう!』

焦『ありがとう、ちゃはいいこだな。だが、きもちだけありがたくうけとって——』

茶『おねえちゃん、このおにんぎょうさんはここー?』

焦『!! ま、まて、ちゃ! いちばんうえはママに——』

茶『ん、あとちょっと……(グラッ)きゃあっ!!』

 ガラガラドスンバタン

焦『ちゃーっ!? だ、だいじょうぶかっ!!』

茶『……きゅぅぅ』

焦『あわわわ……おめめがばってんに……しっかりしろ! ちゃ! きずはあさいぞ!!(ぺしんぺしん)』

茶『ん……あぅっ、あぅっ、い、いたいよおね、あぅっ』

焦『(ぺしんぺしん)がんばれ、ちゃ! ねたらしぬんだぞ! おきろ! おきろ!!』

茶『お、おきて、あぅっ、おきてるよおねえ、あぅっ……おきてるよぉーっ!!』

焦『はっ!? ちゃ、ぶじか! だいじょうぶか? どこもいたくないかっ?』

茶『ほっぺがいたいよぅ……』

焦『あぁ、ちゃのかわいいほっぺがこんなにまっかになって、かわいそうに……ほかはいたくないか?』

茶『うん、だいじょぶ……でも、おひなさま……ひっぐ、こわし、えっぐ、こわしちゃったよぉ……ふぇぇぇん、ごめ゙ん゙な゙さい゙お゙ね゙ぇちゃぁぁ゙ん!!』

焦『だいじょうぶだぞ、ちゃ。おねえちゃんは、ちゃがぶじならいいんだ。だから、もうなくな』

茶『ふぇっ……ぅぐ……んっ、うん……ぇぐ……』

焦『よしよし、ちゃはいいこだな。こんどはふたりでいっしょにつくろう』

茶『……うんっ!』

焦「……と、こんな感じだったな、雛祭りは」

無「なんか、今とあんまり変わらないんですね」

焦「しかも、結局親が帰ってくるまで完成しなかったんだ。さらに雛人形も無惨な姿になってな……」

無「もういいです、焦茶さん。聞いてるこっちが悲しくなってきました」


無「ただいま〜!」

茶「お帰りなさ〜 うひゃぁ!」(ドスン!)

無「大丈夫か!?」

茶「さっき食べたバナナの皮踏んづけちゃって、転んだだけだよぉ」

無(どうして玄関にバナナの皮が?)

茶「えへへ。失敗、失敗。今日も一日お疲れさま!」

無「その前に茶色、お前まっ裸なんだけど……」

茶「あっ!」

無「何があったんだ!?」

茶「さっきお風呂洗ってるときに、シャワーとカランと間違えてお水被っちゃって……」

無「熱湯でなくて良かったな」

茶「うん、そうだね。さぁて、ご飯は炊けたかな?」

無「炊飯器のコンセントが入っていませんが」

茶「あ、ゴメンナサイ」

無「今晩の夕飯も出前でいいよ……」


茶「色無くーん、こっちこっち!」

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無「まったく、あわてなくっても海は逃げないって」

茶「ほら、沖まで行って浮き輪でプカプカしよっ!」

 ざっぱ〜ん!

無「うわ、今のは大波だったなぁ、って! 茶色! み、水着が取れてる!」

茶「きゃぁー!(ブクブクブク)」

無「そりゃ両手で隠したら沈むよな、ってそうじゃねぇ! 大丈夫か!」

茶「お、おぼれるかと思った」

無「と、とりあえず片手で隠して肩まで浸かって、足の着く所まで行こう」

茶「うん……」

無「到着、っと。ここなら足が着くな。何か羽織る物取ってくるから待ってて」

茶「え、独りで待ってると怖いよう……」

無「このまま片手で隠したまま浜辺に上がるわけにもいかないだろ?」

茶「でも……あ、そうだ! おんぶして! それならほら、隠せるし、ね?」

無「はい? いや、それはイロイロマズイって」

茶「でもこのままじゃ帰れないよう……」

無「わ、わかったから泣くなって。おんぶだろ? ほ、ほら!」

茶「うん、じゃ更衣室までごー!(むにゅ)」

無「こ、こら、あんまりくっつくなって」

茶「だって、くっつかないと隠れないもん……」

 その後、女子更衣室の前で痴漢と勘違いされたりとか、背中の感触とかおんぶしてるから前かがみでもばれないとか、大変でした。


茶「い、色無ぎゅん゛!」

無「噛んだね、ものすごく……で、俺に何か用だった?」

茶「はいぃ……あの、ほんとに勝手なお願いがあるんですけど……」

無「俺にできることなら何でもするけど、どうかした?」

茶「わたしの部屋の暖房壊しちゃって、その、しばらくこの部屋にいたいかなぁ、なんて……」

無「ちょっと待った。壊れた、じゃなくて『壊した』の? どうすれば壊せるんだ、あんなの?」

茶「うぅ……温度上げようとリモコン持ったら、突然くしゃみが出てリモコンがすっぽぬけちゃって……」

無「それが本体にストライク、と……うーわぁ……」

茶「はうぅ……すみません〜」

無「いやそれ俺に謝ることじゃないから。あとで朱色さんに謝ってな? 一応寮の備品だから」

茶「はわわ〜! そうでしたー! べべべ弁償しなきゃ!」

無「まぁそれはとりあえず置いとくとして……別にこの部屋じゃなくてもいいと思うんだけど……いいよ、この部屋でよかったら。いてくれても」

茶「いいんですかぁ……?」

無「と言っても、俺もう寝ようと思ってたところなんだけど……まぁ話し相手がいなくてつまんなかったら別の部屋にでも」

茶「じゃあ! わたしも寝ます!!」

無「……はい??」

茶「すみません、こんなことになっちゃって……」

無「いや、俺はいいんだけど、いやよくないんだけど……なんというか……茶色はいいのかなぁと……同じベッドの中なんて」

茶「ふふ……色無君、温かくて、とっても気持ちいいです」

無「そう? ならいいんだけどさ……(ガンバレ俺! 負けるな俺!!)」

茶「……(ぎゅっ)」

無「ちゃちゃちゃ茶色しゃん!? なんばしよっとね!?」

茶「すいません、わたし、抱き枕がないと寝れなくて……」

無「ソウデスカ、ナラバシヨウガアリマセンネ……(耐えろ俺!! 心を無にしろ、その名の如く!! あぁ背中にぷにっとぉ!!)」

茶「嘘です……ホントは、ちょっとだけ、なんだかさみしくて……」

無「茶色?」

茶「寒くなってくると、ときどきすごくさみしくなって……いつもはお姉ちゃんがいてくれるんだけど、今日はお仕事でいなかったし……」

無「……」

茶「はは、すみません、甘えちゃって……迷惑ですよね、こんなの。わたしもう自分の部屋戻りますね……」

無「いてもいいよ」

茶「え?」

無「誰だって……俺だって、たまになんだか無性に寂しくなるときだってあるさ。そんなときは誰かにいて欲しいとも思う。だから、俺なんかでよければ、一緒にいるよ。甘えてくれたっていい」

茶「色無君……ありがとう……(ぎゅっ)……あったかい……」

青「色無ー。また早く起きないと遅刻しちゃうわ、よ……!?」

無「ん……? わりい青、また起こしてくれて助かった……」

青「なななななななぁああああああ!!???」

無「朝っぱらからなんだ……ってえええええええ!!」

茶「ほわっ……おはようございましゅ、色無くん……」

無「茶色ぉ! なんでお前はパンツ一枚の姿なんだあああああ!?」

茶「ふえっ!? ごごごごめんなさい! たまに寝像が悪くて脱げちゃって……!」

無「そういうことはせめて先に言っといて! ——はっ!?」

青「この……色無のぉ……不純異性交遊ーーーーー!!!」

無「ちょまーーー!!???」







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 04:12:46