『中庭にて』

 昼飯も食い終わりすることもないので中庭の芝生の上でまったり中の俺。

 そこへ珍しく黒が来た。

クロ「やはりここにいたのか。」

男 「お?黒じゃん。なんか用?」

クロ「お前に頼みがあるんだが。」

男 「なに?」

クロ「私は今すごく眠いんだ。」

男 「ほう。それで?」

クロ「だから膝を貸してくれないか?」

男 「へ?どして?」

クロ「貸してくれるのか、貸してくれないのか。どっちだ?!」

男 「え?あ、えと・・・別にいいけど・・・。」

クロ「そうか。」

 そう言うと伸ばしていた右足の膝の上に黒は頭を乗せ眠りだした。



 なんだこの状況は。半ば気圧されてOKしたものの、他人の目が痛い。

 5分もしないうちに黒は寝てしまうし、声かけても起きないし。

 膝の上で猫が寝てしまったような状況で動けなくなった俺は

 そのまま5限目の授業を黒とすっぽかしてしまった。

 その後で起こさなかったことを黒に怒られたが、それはまた別のお話。


『掃除当番』

本日の授業もおわり、放課後。今日は掃除当番。黒も一緒だ。

やはり先日の一件が気になる。

悩むのも面倒だ聞いてしまおう。

男 「お〜い、黒。ちょっといいか?」

クロ「? なに?」

男 「あのさ、この間の昼休み。俺の膝で寝たよね?」

クロ「ああ、そうね。寝たわね。」

男 「どうして?」

クロ「眠たかったから。言わなかったっけ?」

男 「あ、いや、そうでなくて。何で俺の膝に寝に来たわけ?」

クロ「ああ、そういうこと。

   そんなのあなたと一緒にいたいからに決まってるじゃない。」

男 「へ?・・・・あ、そう。」

 なんだかオラすっごく恥ずかしくなってきたぞ。

 というかなんなんだこの子は。こういうことを表情も変えずにサラッというのか。

 表情変えないってことは別に好きとかじゃないということか。

 いや、しかし嫌いな奴のところに来るような奴じゃないだろうし・・・。

 いやまて、だからといって好きというわけでも・・・

 だがしかし、逆もありうるわけで・・・

 むしろ逆の逆・・・・やや、そのまた逆か?・・・

男の苦悩の日々は続く・・・。


『フォークダンス;黒の場合』

そんなわけで多量のお好み焼きに飽きがこないようにチリソースver.を試作していたときだった。

?  「一緒に踊ってくれない?」

男  「ん?おお、黒か。なんだ?」

クロ 「聞こえなかった?私と踊ってくれない?」

男  「あ〜、俺はいいよ。踊るの下手だし。それに黒なら踊ってくれる奴は他にもたくさんいるだろ。」

クロ 「そうね。でも私は今あなたと踊りたいのよ。踊ってくれないの?」

男  「いや、まぁ、その俺でいいなら踊らなくもないけど、その、え〜と。」

クロ 「どっちなの?!」

男  「あ、はい!踊らせていただきます!」

無表情で問い詰められると怖いな。黒が苦手って奴がいるのはこのせいか?

クロ 「そう。じゃあいきましょう。」

あれ?でも今かすかに微笑んだような。

男  「あのさ、恥ずかしい話、俺フォークダンスっての初めてだから踊り方分からないんだわ。」

クロ 「奇遇ね。私もよ。」

男  「マジか。というか踊り方知らないのに誘ってきたのか。お前すげぇな。」

クロ 「別に。一緒に並んで歩くだけでもいいんでしょ。」

男  「まぁ、絶対踊らなきゃいけないわけでもないけど・・・。」

クロ 「そう。じゃあ歩きましょう。」

そう言いつつ、並んで歩く。でも正直日ごろ話さないこともあって話題がない。

無言状態で手をつないでるだけ。黒は少し笑顔に見える。

だが耐え切れなくなった俺は切り出すことにした。

男  「あのさ、こんなので楽しい?」

クロ 「ええ。とても。」

男  「でも手つないでるだけだし・・・。」

クロ 「十分よ。」

男  「そ、そうか。」

そんな会話をしているところに同じクラスの黒狙いな野郎どもが来た。

「ねぇ黒さん、俺と踊らない?」「俺が踊り方教えてあげよっか?」「そんなつまらん奴より俺と踊ろうよ」

黒の顔を覗いてみる。あらま、また最初の時のような無表情だ。

クロ 「興味ないわ。」

そういうと俺の手を引きまた歩き始める。一刀両断だ。

男  「なぁ。あの断り方はないんじゃないか。」

クロ 「そう?」

男  「そうだよ。お前に好意を持ってくれてるんだしさ。もうちょっとソフトに。」

クロ 「そういうの苦手だから。」

男  「じゃあ練習しないとな。そんなんじゃ他の人と踊れないぞ。」

クロ 「その必要はないわ。」

男  「え?ごめんよく聞こえなかった。なんて?」



クロ 「なんでもない。」

そういった黒はまたどこか微笑んでいるように見えた。


黒「ん?何を読んでいるんだ?」

男「な、なんでもないよ」

黒「ふむ、隠すのか。君は見られたら隠さなければいけないような本を読んでいるんだな?」

男「……」

黒「そう思われたくないのなら、今隠した本を出しなさい」

男「……これだよ」

黒「ふむふむ『カラー戦隊ペンシルファイブ』か……」

男「この年で読むものじゃないかもしれないけどさ、面白いんだよ」

黒「……」

男「……」

黒「確かに、いささか幼稚かもしれんな」

男「う……」

黒「質問だ、君はこの中でどれが一番好きなんだ?」

男「えーと、そうだな。水色かな。守ってあげたいって感じがするし」

黒「そうか、私は水色は嫌いだ」

男「どうして?」

黒「私とはほぼ逆だからな。私は言いたいことはハッキリ言うしな、それに……」

男「それに?」

黒「私が君の好みとは正反対だと言うことを突き付けられてしまったからな……」

男「え、それって……」

黒「私は君の事が好きだ、それゆえ君の邪魔はしたくない。今まで付きまとってすまなかったな。失礼する」

男「ちょ、ちょっとまってよ!」

黒「……来ないでくれ。敗者は去るのみだ」

男「僕は黒の事が好きだよ!」

黒「何……?」

男「僕が水色を好きなのは、たぶん自分に似ているからなんだ。それで作品の中で成長していく水色の姿を見て僕も頑張ろうと思ったんだ」

黒「……」

男「それでね、水色にはいつも手助けしてくれる親友の黒がいるんだ」

黒「!!」

男「だから、水色の僕には黒が必要なんだ」

黒「……本当にいいのか?」

男「うん!よろしく!」

黒「ふふっ、私と付き合うからにはもう少し積極的になってもらわないとな。しっかりしてくれよ?」





黒「本げっとぉ!」

男「ちょ、何するんだよ!」

黒「ほほぅ『カラー戦隊ペンシルファイブ』……」

男「勝手に読むなって」

黒「何色が一番おいしいのかねぇ」

男「食い物じゃねえ」

黒「はっはっは、色鉛筆が食べ物のはずないだろう。役柄で一番オイシイのは何色って事さー」

男「あー……赤じゃねーの?リーダーっぽいしさ」

黒「違うな……もっともオイシイのは黒だ!」

男「!!」

黒「いいか、様々な色をごちゃまぜにすると究極的には黒になるんだ。ということは黒が全てを制するということなんだ!」

男「そうなのか?」

黒「そうだ。赤ならばリーダーとしての気苦労、黄色ならトラブル体質、ピンクならばおいろけ担当と役得いっぱいだ」

男「それ……全部つらくないか?」

黒「うむ、手伝ってくれ。嫌だと言ったら君の事を一生『戦闘員A』と呼ぶぞ」

男「はぁ、判ったよ手伝うよ……って何を?」

黒「今現在から介護が必要になるまで私の傍にいて欲しい。もちろん同じ屋根の下でな」


—少しは他人に気を使えよ

—そういう事言わなくてもいいんじゃない?

—余計な事言わないでよ

私は、自分の思った事を素直に口に出しているだけなのに。

私は、自分に嘘をつきたくないだけなのに。

どうして、皆、私を嫌うのだろう。

言いたい事も言えず、相手の機嫌を伺って、

心にも無い言葉を舌に乗せて放つ。

そんな事をして、皆は辛くないのだろうか。

わからない、わからない。

皆に嫌われるのが辛くて、辛くて。

泣いていた私を助けてくれたのは妹の言葉。

『そんな事で悩むなんて、メンドくさいと思わない…?お姉ちゃん』

『自分の心に嘘をつかない姉ちゃんが好きな人、いっぱいいっぱい居るんだよ?』

何時もの様に眠たげな、だけど優しい目で言ってくれた妹。

簡単な事だった。

顔をあげれば、隣を見れば、何時だって私と一緒に居てくれる人達が居たのに。

そう、自分を恥じる必要など無かったのだ。

『嘘』は吐かない。己が『心』から目を背けない。

それは、私の、誇り。選ばれなかったら、選びに行けば良いだけなのだ。

—今、私には沢山の友達が居る。私の『誇り』を認めてくれる友達が。

さぁ、今日も皆で遊びに行こう。

『…どうしたの?お姉ちゃん。何か良い事あった…?』

「いや、昔を思い出していただけだ。さぁ、いくぞ灰。皆が待っている」

『…ん』


『黒ごまアンビバレンツ』



「黙れバカ」

 その一言で色無の顔がひきつるが、あたしは気にしない。昔からのことなのであまり意

識したこともないし、自分でもこれで良いと思っている。他人と喧嘩をするのはしょっち

ゅうだけれども、仕方のないことだと思うし公開もしたことも無い。とにかく小さい頃か

ら物事をはっきり言わないとすまない性分で、本音で喋るのが一番だと思っているから。

それがあたしの個性だし、それで嫌われるなら仕方がない。

 最近は少し違うけれども。

「ごめん、言い過ぎた」

 そう言って、色無の顔を見る。

「気にすんな、せっかくの休日にそんな顔すんなよ」

 先程まで苦笑していた色無の顔は、もう笑顔に変わっていた。これがこいつを好きにな

った理由、今まで誰もが驚いたり嫌がったりしたあたしを素直に受け入れてくれた。表情

を見れば、それが無理をしたものではないと分かる。だから、安心して本音で喋ることが

出来る。それが一番嬉しい。

 だから、本音で言えないこともある。

「それより、そこで少し休まないか? あそこのごまロール好きだっただろ、それを食え

ば少しは元気も出る」

 覚えていてくれたんだ、嬉しい。

 あたしが浮かべた笑みを見て、色無は笑顔を強くした。

「そんな無理に気を使わなくても良いのに、でもありがとう」

 口から溢れてくる言葉は、本音だけれどもそれだけじゃない。

 今はまだ言えないけれど、いつか必ず言いたいことがある。

 あたしが唯一言えていない本音。

 その結果ぎこちなくなるのは嫌だけど、だからといって言わずに後悔はしたくないから。


とある日の、海での出来事。

さんさんと輝く太陽、その光を受けて煌めく海、どこまでも晴れ渡る青い空。



 うん、今日は絶好の海日和ね。やっぱり来て正解だったかな。



夏休みに入って二日目、黄ちゃんとオレンジちゃんが揃って『海に行こう!』と言い出した。

……早朝5時に。

その日は朝からとても暑かったので、普段なら断っているはずの私も結構乗り気でその計画に賛同した。

「よっし!黒ちゃんが来てくれたらこっちのもんだ!!」

黄色ちゃんは私の右手を掴んで言った。

「んならまずあいつんとこ行かなくちゃね!!」

オレンジちゃんは私の左手を掴んで言った。

「え?どこに行」

二人は私の両手首を掴んだまま走り出した。階段を下り、男子寮へ。物凄いスピードで引きずられてたどり着いたのは、色無の部屋。

ノックもせず、勝手にドアをゆっくりと開ける二人。

「…おはようございま〜す…!!」

「さあこの先に色無くんの寝顔が…!みなさん、本邦初公開ですよ!!」

小声で、寝起きドッキリの真似事をしている。

「……どうして朝からそんなにテンション高く出来るの?」

正直、こっちだって寝起きなんだからあまりうるさくしないでほしい。

ほしい……けど、寝顔を見てみたい気も少ししたので、私にしては珍しくそれ以上口にしなかった。

「オレンジさんオレンジさん!!」

「どうしました黄色さん!?」

「こんなところに………歯ブラシです!!!」

「これはだいぶ使ってますねぇ!!」

なかなか先に進まなさそうなので、さっさと本題に取り掛からせる。

「そろそろメインディッシュに進んだら?」

「そうだったそうだった!んじゃ奥行こう!」

「ちょ、抜け駆けは許さないよ黄色〜!」

奥に進むと、色無くんのベッドが見えた。

暗い中目をこらすと……色無が掛け布団を蹴り捨て、完全無防備な状態で顔だけ横にしてうつぶせに寝ているのが確認できた。

ふとやってみたくなったので、近づいて頬をつついてみる。

まったく起きる様子はない。続けて二回、三回とやってみる。

『う〜ん……』と何かにうなされているような声をだした。

何にうなされてるのか知らないけど………可愛い。

そう思った。

このあと、エロ本探しをしていた二人が残念そうに収穫なしで帰ってきて、色無をたたき起こした。





他のみんなが(緑ちゃんまでもが)浜辺で水をかけあって遊んでいる中、私はパラソルの下に一人でいた。

別に特別な理由ではなく、単に肌が焼けるのが嫌だから。

みんな楽しそうに遊んでるのを眺めていると、いきなり首筋に冷たいものが当たった。

「……ッ…!!」

声にならない悲鳴をあげてしまう。

慌てて後ろを振り返ると、

「飲めよ、これ」

ギンギンに冷えた缶ジュースを二本持っている色無がいた。

「冷たかったんだけど?」

「ごめんごめん。」

私の隣に座る。

「海、入らないの?」

「日焼け、したくないから」

「あぁ。そっか…」

会話が終わる。もっと話していたいのに。

「で、あの子たちから抜けてまで何しにきたの?」

つっけんどんに返してしまう自分が憎い。

「ん?いや、黒がみんな一緒にくるなんて珍しいなと思って」

「来たら悪いの?」

「いやそうじゃないって!!ただ……なんかあんまり楽しそうに見えなくて」

「そう?これでも結構楽しんでるよ」

そう言うと彼は顔に笑みを浮かばせて

「本当!?楽しんでる!?」

「うん。楽しんでる」

「よかったぁ!」

もともとこの海水浴は黄色ちゃんとオレンジちゃんの企画したものなのに、どうして彼がそんなこと気にするんだろう。

必要ないのに、いつも自分より人のことばっかり考えて。

………だからこそ、心許せるのかも。

「…でも、いまきみといる時間が一番楽しい。」

「…え………」

「色無しぃ〜〜!黒ちゃ〜〜ん!こっちおいでよ〜〜〜!!」

オレンジちゃんがこちらに手を振っている。

「さて、日焼けクリーム塗ったし、ちょっとくらい行ってこようかな。色無し、早く行くよ。」

まだぼーっとしている色無の手を引いて、太陽の下へと駆け出していく。


ピンポーン

黒「はいはい今でるよって……色無し?」

男「よっす」

黒「どうした?」

男「どうしたもこうしたも……これだよこれ」

灰「すー…すー…」

黒「………悪い、その背中の荷物は私のしつけがなってないせいだね」

男「いやいいよ、もう慣れてきたし」

黒「さ〜て、どうやって罰を与えてやろうかな?」

男「待って待って黒がやるとホントに命が危ない気がする!」

黒「とりあえず爪剥ぎを…」

男「ぎゃーーー!!」

黒「これは冗談で」

男「どこまで冗談なのかわかんねぇよ……ってかこれだけ騒いでも起きないとは素晴らしい精神の持ち主ですねこの子は」

黒「本当に悪い、いっつも迷惑かけるね」

男「いいよ別に」

黒「そろそろ何かしらで埋め合わせしようか?」

男「だからいいってwwでもまぁ例えば何よ?」

黒「…例えば?…その………キス……とか?」

男「………へ?いくら夜だからってどうしたんですか黒さん?///」

黒「……忘れてください///」

男「いや忘れろってこんな黒の珍しい言動を…」

黒「いいから忘れろっ!」

男「でも」

黒「私もいろいろと今不安定な状態!灰、起きなさい!!あんたの役目はこういうときに起きてきて話をgdgdにさせることでしょうが!!」

男「黒大丈夫か!?」

黒「あぁもう!!」

灰(まぁ起きてるけど……おもしろそうだからもうちょっと寝たふりでwww)


「おっはよー、黒ー!」

『…おはよう』

「いやー、もうすぐ夏休みだねー、楽しみだなー」

『…私は…夏は嫌い…暑いし…』

「へ?そうなの?僕は好きだけどなぁ、海で泳げるし」

『…別に…冬でも泳げるじゃない…』

「夏に海で泳ぐのがいいんだよ!というわけで夏休み一緒に海行かない?」

『…なんで私が…他の娘誘えばいいじゃない…』

「黒と一緒がいいんだよ」

『!!!この…馬鹿…!』(///)


黒「ふぅ…」

無「溜め息なんてついてどうしたよ」

黒「この前電車にのってるときにちょっとね」

無「続きwktk」

黒「把握した。とりあえず電車に乗ってたのよ。たまたま満員電車で混みあってたのが悪かったんだけど変な中年のおじさんに髪を引っ張られてね…」

無「んでどうなったの?」

黒「中年のキンタマを掴んで去勢してやろうか?って脅したわ」

無(なんて恐ろしい子!!)

無「へ、へぇ…そういえば黒は握力が60kgいってたからな…」

黒「まあ、自慢にならないけどね。本題なんだけど、髪を切ろうかと思ってるのよ」

無「綺麗な黒色の長い髪なのにもったいないな」

黒「あら?私は黒くて長い髪じゃないと駄目なのかしら?」

無「黒髪のロングヘアーの黒が好きだなぁと…」

黒「それは髪が黒いこととは関係ないわね」

無「む…」

黒「単純に私が好きといえばいいんじゃないの?」

無「ちょ、そんなこと面と向かって言えるますかい」

黒「思ってることは口に出さないと伝わらないわ」

無「黒はどうなんだよ…」

黒「さあどうでしょうね?」

無「自分はなにもいわないのかよ」

黒「気が向いたときにはなしてあげる。用事があるからここで失礼するわ」

黒(色無が精神的に成長したらこちらから告白しようかなぁ)


ドタバタドタバタ

赤「待て〜色無〜」

桃「待ってよ〜」

黄「待ちなって言ってんだyo!」

茶「色無くん、人気者ですね」

黒「そりゃそうよ。だって彼はまっさらな画用紙。私たち色鉛筆を活かす存在ですもの」

茶「ふぇっ。そうだったんですか!?」

黒「あなた、気付いてなかったの? 鈍感ね、まったく。呆れちゃうわ」

茶「うぅ……」

水「わっ私も気付かなかったです……」

緑「でも、それじゃ白が……」

黒「あなたも鈍感ね、読書家のわりに」

緑「うっ……」

黒「画用紙が、色の付いていないものだけとは限らないでしょ?」

茶水緑「!!!」

黒「色の数だけ、また、画用紙もあるのよ」

茶「そっかぁ」

水「黒さん、大人です……」

緑「一本取られたわね……」


無(夏場は洗濯物が多いなぁ……)

ひとつひとつ洗濯物を籠に入れる色無

無(ん?この白いパンツは白のかな?清純な感じが漂ってる気がする)

黒「色無、これも洗濯しといて……」

無「あ……」

黒「その手に持ってる物はなにかしら?」

無「いや、洗濯物」

色無の言っていることは正しい

しかしパンツを片手にそれをガン見していたらどうみても変質者です

本当にありがとうございました

黒「白の下着に触っていいのは私だけだ。気安く触るんじゃない!!」

無「えぇ!?堂々の百合宣言!?」


『黒の日常』

7:00

灰色がベッドから消えている。部屋に空いた穴からまたどこかにいったのだろうか?

7:30

寮の食堂で食事。寮母の朱色ではなく黄緑が朝御飯をつくっているのをもはや違和感すら感じない。仕事をしてほしい。

8:00

登校。赤と青がなにか喋りながら教室に入ってきた。たらこがどうとかいっていた。たらこスパゲティが食べたい。

9:00

色無が遅刻してきた。うん、今日も授業中は彼を観察しよう。

10:00

色無が消ゴムを落とした。それをとなりの桃が拾う。しゃがみこみやたらと胸を強調しながら拾ってた。あのおっぱい星人め……気が付いたら右手にもってた私の鉛筆がおれてた。

12:00

橙と黄がチア部の勧誘にがんばっていた。くそ……私に胸がもうすこしあれば色無を脳殺してやるのに。

15:00

白と一緒に下校。今日のことを喋る。チア部に入りたそうだった。

18:00

夕食時に朱色さんが群青さんにしかられていた。

20:00

風呂の鏡の前で自分の体をみる。つるぺたーんとはこのことか……くそっ……

23:00

おやすみなさい。


無「お〜、よしよし」

黒「ん、その赤ん坊はどうしたんだ?」

無「親戚の赤ちゃんを預かってさ、俺が面倒をみることになったんだ」

きゃっきゃっ

無「手間かけさせやがるよ、まったく……」

黒「とかなんとかいって実はその赤ん坊のこと気に入ってるんだろう?頬が緩んでるぞ」

無「え!?いや、その、まいったな……」

黒「ふふ……可愛いな」

無「赤ん坊がか?」

黒「赤ん坊も可愛いがな相手が違うな」

無「じゃあ誰?」

黒「そこまで聞くのは無粋だと思わないか?」

無「む〜、一体だれなんだ……」

黒「まあ、わからないのはおいといてだ、その赤ん坊は男、女?」

無「女の子だとさ」

黒「そうか……(くそっ、色無に抱擁されてうらやましい……)」

無「ぼ〜、としてどうした?」

黒「気に障る女だ……(小声で)」

無「お〜い」

黒「は!?ど、どうした?」

無「なんか様子が変だけど大丈夫か?」

黒「あ、あぁ……大丈夫だ」

無「それならいいけど」

きゃっきゃっ

3日後

無「ふぁ〜あ……」

黒「やあ、おはよう」

無「よお」

黒「この前の赤ん坊はもう親のもとに帰ったのか?」

無「昨日帰ったな。赤ん坊がどうかしたか?」

黒「いや……すごい可愛かったものだからな」

無「ははっ、黒も結婚すりゃそのうち赤ん坊ができるだろ。その前に結婚相手探さねぇとだめか」

黒「結婚相手の候補なら見つかってる」

無「早いな、おい」

黒「……」

無「どうかしたか?」

黒「ふぅ……とことん鈍い奴だな君は」

無「ん?」

黒「だから私結婚相手の候補は色無、君だ」

無「はい?」

黒「まったく、いつも肝心なことを言わないと気が付かないなんてあきれたものだよ」

無「そりゃ悪かったな」

黒「返事は?」

無「?」

黒「だから結婚を前提にだな、付き合ってくれないかと聞いてるんだ。わかったか?」

無「ん〜、高校を卒業してからじゃ駄目か?」

黒「だ〜め」

無「気の早い奴だ」

黒「これぐらい強引にいかないと君は動かないだろう?さて、返事を聞かせてもらおうか。今すぐにな……」


黒「色無」

無「ん……!?」

黒「秋物の服をきてみたんだがどうだ?」

無「いや、その、いいんじゃねぇのか」

黒「このスカートのスリットなんか堪らないだろう?」

無「う……」

黒「どうした?お姉さんがコメントをきいてあげよう」

無「あ〜、もう目障りだからはやく着替えてくれ……」

黒「顔を真っ赤にしながらいっても説得力がないぞ?」

無「うるさい!!俺はそういう……色っぽいのが苦手なんだよ!!」

黒「ふふ……坊やだからさ」

無「ちっ……」

黒「目障りだったら仕方ないな。後ろから抱いてあげよう」

無「うお!?や、やめろ」

黒「ん〜、ナイスな抱き心地だ」

無「だれか助けて……」


黒「……」

無「お、マフラー編んでるのか」

黒「あぁ、長いマフラーを作ろうと思ってな。いまがんばってるところだ」

無「あんまり無理すんなよ?それけっこう疲れるらしいからな」

黒「大丈夫さ」

無「んじゃほどほどにな」

黒「了解」

 2ヶ月後

無「寒い……」

黒「ほら、マフラー」

無「俺にくれるの?」

黒「君以外に渡す人間なんていないんだがなぁ」

無「ありがとう……」

黒「礼には及ばない。ただの私の自己満足だ」

無「んー、でもただでもらうって言うのもな」

黒「じゃあお返しに寒いから君の体温で私を暖めてくれないか?」


無「くしゅん!!」

黒「どうしたの、風邪?」

無「たぶん……」

黒「ちょっとおでこだして」

無「ん……」

ぴと……

無「!?(額をくっけたな今……)」

黒「熱があるわね……顔を赤くしてどうしたの?」

無「い、いや、なんでもない」

黒「そう。それより風邪が酷くなる前に休まないと」

無「はっ……馬鹿は風邪をひかないから大丈夫なんだぜ?」

黒「こらこら、自分で馬鹿と言わない。それに馬鹿は風邪をひかないなんて健康の大切さをしらない愚か者の言葉よ」

無「そうか……しゃあないな……部屋で休む……」

黒「そうした方が賢明ね。私が部屋に連れていってあげる」

無「移るからやめたほうがいいぞ?」

黒「拒否は受け入れない」

無「やれやれだぜ……」

黒「ん?汗をかいてるね……」

無「汗臭くなりそうだから着替えてくる」

黒「いや、私が着替えさせてあげる」

無「恥ずかしいだろうが」

黒「そのうちお互いに体を見せ合うんだからいいじゃない」

無「は?それはどういう意味……」

黒「なんならいまここで……」

無「まて、落ち着け。うん。上着までなら許すから、な?」

黒「え〜」

無「え〜、じゃねぇよ。まったく……」


『like a cat』

無「猫がいるぞ」

黒「猫ね」

無「こっちを見てるな」

黒「こっちを見てるわね」

無「物欲しそうだな」

黒「そうね。煮干でもあげましょうか」

 おやつにぼし(一袋30円)を取り出す黒。

無「何でそんなもん持ってるんだ……」

黒「偶然よ、偶然」

 猫、もぐもぐと煮干を食べる。

黒「よく食べるわね」

無「腹減ってたんだろうな」

 猫、あっという間に食べ終わり、一鳴きして去る。

無「食べ終わったらすぐどっか行った……猫ってやっぱあーいうもんだな」

黒「あーいうもんね。……色無は、猫、好き?」

無「……まぁ好きだな。基本可愛いし。黒は?」

黒「私は好きっていうか羨ましく思う」

無「何で?」

黒「自由奔放だし。あーいう風に生きられたら、って思う」

無「黒って結構自由人ってイメージあるけどな」

黒「自分にちょっと正直なだけよ。自由じゃない」

無「そーいうもんなんかね」

黒「そーいうもんよ。それに、猫だったら」

無「?」

黒「色無に好きって言ってもらえるし、可愛いって言ってもらえるし。だから羨ましい」

無「……そーいうことを真顔で言うな。照れるから」

黒「そう? 色無の照れた顔も、私は好きだけど」

無「……どーも。そんじゃ行くか」

黒「ええ、行きましょうか」


『くれーぷ』

黒「色無」

無「なに?」

黒「私に付き合え」

無「唐突だね……どこに?」

黒「クレープ屋」

無「なんで?」

黒「付き合ってくれたら話す。ダメなら良い」

無「いいよ、付き合うよ」

黒「……ありがとう」

無「それで、どうして僕?」

黒「……一人では恥ずかしい」

無「他の人は?」

黒「初めて行くから良い思い出にしたい。現状で一番親しい知人は色無だから誘った」

無「……光栄だけど、友達は増やそうよ」

黒「友人の大切さは君のおかげで良く理解したつもりだ……努力する」

無「あ、クレープ屋が見えてきたよ」

黒「……君とデートしてみたかったというのもあるんだけどね、さすがに面と向かっては照れる」

無「? なにしてるの黒、早く並ぼう?」


黒「あー、つまらない」

無「おいおい、人から借りた本読んどいてつまらないはないだろ」

黒「こんな本読むんじゃなかった」

無「うわ、ひっでぇ」

黒「だってねぇ」

無「まったく、珍しく恋愛物の小説が読みたいなんて言うから緑に頼んで借りてきたのによ」

黒「ちょっと興味が湧いただけよ」

無「まあ、大体想像はしてたけどな」

黒「なにを?」

無「読み終わる前に飽きるってこと。黒って愛とか友情とかその類の言葉が嫌いだろ?」

黒「そういえばそうね」

無「だから大体の結果が予想できたんだ」

黒「なによ。人の事を冷徹な人間みたいに言って」

無「俺がそう感じただけだって。まあ気に入らないならテキトーに反論してくれ。俺は本を返してくる」

黒「え……もう帰るの?」

無「用がなければ帰るけど」

黒「そ、そう……」

無「なんかあんのか?」

黒「い、いや……そのもう少し側に居てほしいかなぁ……なんて」

無「はぁ?仕方ねぇなぁ……」

 1時間後

無「あ〜、黒さん」

黒「なに?」

無「なんで帰らせてくれないの?」

黒「そんなに帰りたい?」

無「お腹すいたからな」

黒「じゃあ帰る前にギューとして?」

無「え〜」

黒「早く!!」

無「じゃあ後ろ向いて(背に腹はかえられないってやつか……)」

黒「嫌だ。前からお願いする」

無「はいはい……」

ぎゅー……

黒「あぅ……」

無「(あぅ?)満足したか?」

黒「満足しました」

無「じゃあ、俺帰るな」

黒「わかった。また明日学校で」

黒(口で言わなくても自分の感情って伝えられないかなぁ……ふぅ……まあ、態度で示せばいいか……うん)


正直はもっとも貴重な財産のひとつであると私は考えている。

白「黒ちゃんってもしかして色無君のことが好きなの?」

黒「大好きよ」

正直とは、人との付き合いで公明正大であるということ。

白「じゃあ、黒ちゃんとはライバルってやつなのかな?」

黒「それもまた一興じゃない?」

人に嘘をつきながら毎日を送るよりも、正直に生きる方がはるかに楽。

白「黒ちゃんって容赦なさそうだから怖いなぁ」

黒「そんな大人げない女みたいにいわなくてもいいじゃない」

人生の成功は知性だけによるものではなく、道徳的な資質にも左右されると確信している。

白「とりあえず色無君のことに関係してることだったらあたしも全力でいくね。色無君以外のことだったら仲のいい友達ってことでOK?」

黒「把握したわ」

それに私には人を出し抜いてまで利益を得ようなんて起用な真似はできない。ただ自分の信じた生き方に従うだけ。

人生の成功なんて大袈裟なことをいってるかもしれない。

たかだか異性一人を手に入れるためだけにこんなにも情熱を燃やすのも馬鹿げた話かもしれない。

それでも私は自分を信じ正直に生きたい。


『やきいも』

黒「色無、焼き芋は好き?」

無「……突然だね」

黒「どうなの?」

無「嫌いじゃないけど」

黒「そう……実はさっき焼き芋屋を見つけたんだけど、見失ったの」

無「はぁ」

黒「……こう見えても焼き芋はかなり好きなのよ」

無「……それで?」

黒「手分けして探して欲しいんだけど」

無「……いいよ、じゃあ僕はこっちを探すね」

黒「……やっぱり見つからないわね」

無「くろー、あったよー」

黒「色無……」

無「はいこれ」

黒「ありがとう」

無「あむ……おいしいね」

黒「どうして私の頼み……ううん、かなり一方的な要求を聞いてくれるの?」

無「ちょうど僕も食べたかったし、友達の頼みだったからね」

黒「友達……か」

無「食べないの」

黒「……食べるわよ」

無「いい天気だし、二人で食べる焼き芋はおいしいよね」

黒「そうね……今度は一緒に買いに行きましょう」

無「そうだね」

黒「……次は恋人同士に見られたいから」


「寒くなってきたわね……」

「そうだね……もう11月だから」

「そういえば去年はこの時期に風邪ひいてたわね、貴方」

「そういえばそうだね。結局大晦日までずっと寝込んでたんだっけ」

「……」

きゅっ

「え?く、黒?」

「……今年は風邪ひかれたら困るもの……せ、せっかく恋人になれたんだから……クリスマスも一緒に過ごしたいし……」(///)

「……黒」

ぎゅっ

「こ、こら!だ、抱きついていいなんて言ってな「駄目かな?」……仕方ないわね……」(///)

「ありがと」

「き、今日だけ特別だからね」(///)


「あんたみたいな妹、ほしくなかった!!」

やってしまった、とそのとき思った。

案の定、灰色の顔は驚きの色に変わり、すぐにぐしゃぐしゃに潰れてしまった。

なんでこんなこと言ってしまったんだろう。

私は猛烈に後悔した。

自分がお姉ちゃんなのに。守らなきゃいけないのに。

それなのに、一番やってはいけないことをしてしまっている。

目に涙を溜め、せめて流さないようにと踏ん張っている私の妹。

「あ……」

「ごめんなさい!!」

次の言葉を模索している内、妹が先に口を開いた。

「ごめんなさい……お姉ちゃんごめんなさい……!嫌いにならないで……」

そこから出てきたのは、至ってシンプルな謝罪の言葉。

……なんということだろう。謝ることさえ、妹に先を越されてしまった。

悪いのは私のほうなのに。私がお姉ちゃんなのに。私が守ってあげなきゃいけないのに……

「ううん……ごめんね?お姉ちゃんのほうこそ……ごめんね」

「うぅ……うわぁーん!!」

ぎゅっと抱きしめてやると、それまでの糸が切れたのか、声を上げて泣き崩れた。

こんなにも脆い。……私が守る。私が……

強く強く、抱きしめた。いつの間にか私の目にも涙が溢れていた。

灰「覚えてる?あんときなんで泣いたか?」

黒「さあ?」

灰「私覚えてないんだけどさあ……なんだったんだろ。ねー、覚えてるんでしょー。教えてよー」

黒「いやよ。私が損した気分になるじゃない」

灰「けちー」

これからも、ずっと、守っていく。


『石焼芋?』

無「はふはふ……どうして焼き芋ってうまいんだろなー?」

黒「あら、色無じゃない」

無「お、黒。どうしたんだ?」

黒「私はちょっと買い物。それより、おいしそうなもの食べてるじゃない」

無「まぁ、この季節にこれはうまいけどな」

黒「私にも頂戴」(ヒョイ、パクッ)

無「あ、俺の芋!」

黒「いいじゃない。今度私が買ったら分けてあげるわ」

無「なんか納得がいかないが……絶対だぞ」

黒「ええ、その時はちゃんと分け合いましょう。だから今は一緒に、ね?」

無「う……(その笑顔は反則だろ、黒)」

黒「……んー、おいしい♪」

無「(ま、こんな笑顔を見れたからいいか)俺にも少しよこせよ」

黒「あら、今その部分を食べると、間接キスになるわよ?」

無「っ!?」


無「はふはふ……ずずー。 どうしてそばってこんなにうまいのかなー? あ、黒。一緒にそばを食べないか?」

黒「……そうね。食べようかしら」

無「ずずー……あー、体があったまる〜」

黒「そうね。おそばって、こういうときにしか食べることがないからおいしく感じるわね」

無「……今年も、もう終わりかぁ」

黒「? いきなりどうしたの? 色無らしくないわよ」

無「いや、そばを食べると今年の終わりが来たって思えるんだよ」

黒「何それ。それじゃ年末じゃなくてもおそばを食べると年が終わるのかしら?」

無「揚げ足を取るな、揚げ足を」

黒「ふふ……ねぇ、色無。 今年は楽しかったわね」

無「ん……そうだな」

黒「……来年も、こんな風に過ごせるよね?」

無「……黒?」

黒「……」

無「……ん、来年もきっとこんな風に過ごせるさ、だから——」

チュッ(黒の額にキス)

黒「あ……」

無「一緒に、いような?」

黒「……うん」

青「……(キリキリキリキリ)」

空「お姉ちゃん止めて! そんなにも引っ張ったらお兄ちゃんの額を貫いちゃうよ!」

灰「……まさか姉様が桃色空間を展開するとは」

空「灰ちゃんも傍観してないで止めて!」


 彼女は孤独が嫌いでした。

 それでも彼女に近寄ろうとする人間は余り居ませんでした。それは彼女が素直過ぎるせいなのかも知れないし、他人に厳しいからなのかも知れない。

 それでも彼女は気丈に振る舞い、何事も無く弱さ等、未塵も見せずに淡々と授業を聞いていて、その姿は何処か、ジャンヌダルクを思い出させた。

 そんな頃に僕と彼女は出会いました。

『孤独が好きと言った嘘吐き』

 暦では春なのに、外の気温は一桁しか無くて、相変わらず年が変わる前と一緒で僕はマフラーと手袋を持参しなきゃ高校には行けなかった。

「さび〜ぃ」

 吐く息が見える位に寒い。流石に四月と言う月は嘘だと思う。温暖化じゃねぇのかよ、温暖化じゃ。

 鼻水を少しすすりながら自転車を漕いでると、目の前には真っ黒い髪の毛の女の子が歩いていた。

 手には参考書。茶色い鞄を持って、黒いハーフコートを着た女の子だった。

 誰だったかな? 見た事ある気がするんだけどなあ……

 女の子は僕の視線を感じたのか睨み付ける様に僕を見る。

 綺麗な顔をしていた。

 本当に……何と言うか、可愛いと言うよりも綺麗と呼ぶべき物だった。例えるなら日本人形のような、それも一日二十体ぐらいしか作らない職人が作ったようなそんな精魂込めた顔をしていた。

「何? さっきからジロジロ見て」

 睨み付けるようなじゃなくて、睨んでいたようだ。

「えっと……」

 言葉を失う。というか何だよ、いきなり喧嘩腰かよ!

「用が無いなら話懸けないで」

「ちょ……」

 スタスタと彼女は前を歩いて行く、その姿は気丈に見えて少しだけ寂しく見えたのは気のせいでは無いと思う。

 だから……かな……?

「なぁ? 後ろ乗らねぇ?」

「はぁ?」

 あ、少しだけ変な人を見る目だ。

「いやだから、後ろ乗らねぇ? 同じ学校だろ?」

「お断り、そんな安っぽい女じゃないの、他人の目もあるし……」

「別にいいじゃん〜気にすんな」

「嫌!」

「じゃあ俺も嫌!!」

「何がよ!」

「お前が乗らなきゃ学校行かない」

 何とも何とも餓鬼っぽいなと思うが……何でだろうな? 何で僕はコイツをそんなにも引き止めてるんだろうな?

「……じゃあ行かなきゃいいじゃない」

「そういう事言うかお前は!?」

「じゃあね」

 片手を上げて馬鹿は相手にしてれないと言うのか、彼女は流し目で僕を見てスタスタと尚も歩いて行く。

「……ありゃ〜何とも強情な女だね全く」

 後ろ姿を見ながらそう呟いた。「はぁ〜」

 なんつうか、此処までしてやる義理と言うのも無いと言うのに、何で僕はペダルを漕いでるんだろうね?

「待てよ……」

「何?」

「じゃあさ、学校サボらねぇ?」

「はぁ?」

 またしても驚愕の声。呆れを通り越して彼女は半ば諦めた様に僕を見る。

「じゃあ、何処に連れて行ってくれるのかな? 君は」

「う〜ん、何処がいい?」

「そうねえ〜独りになれるのなら何処でもいいわ」

 独りになりたい=何処にも行きたくない。が、成立するのは僕の気のせいか?

「何と言うか……性格悪いなお前」

「アンタに言われたら終りよ」

 何だかなぁと思ってみる。そんなにも人を拒絶した所で何になると言うのだろうか? 彼女は一体何に脅えているのだろうか?

 僕だったら無理だ。しんど過ぎてしんど過ぎて……

「疲れない? そうやって片肘張って生きていくの」

 彼女の顔がゆっくりと落ちていった。何かを悟られたかの様なそんな顔。

「……煩い」

「ん?」

 ガッと顔を上げる彼女。

「煩い煩い煩い煩い煩い!! 何でアンタにそんな事言われなきゃならない訳? 何でアンタにそんな悟られた様な説教くらわなきゃならない訳!?」

 本音だろうと僕は思う。

 本音なのだろうと、彼女の本音を今聞いてるんだ。

「そりゃ疲れるわよ誰だって! 私は普通に喋ってるだけなのに、皆は一歩下がっちゃうし、陰口叩かれるし、それなら初めっから一人の方が楽なのよ」

 一人にはなりたくは無いのに? そんな台詞が頭をよぎったけど言わなかった。いや、言えなかった。

 地面に小さな小さな雫が落ちた。

 はぁ……全くと思う。いや、思った。どうしようも無い馬鹿だ。馬鹿と言うより真性の馬鹿だ。

 彼女はうつ向いたまま、ひくついて顔を拭っている。

「で? 何処に行きたい?」

「……」

 彼女は喋らない

「何処がいい?」

「……遊園地」

「ん、じゃあ遊園地行こうな」

「……動物園も」

 こいつは餓鬼か!! 普通、映画とかカフェとかお茶とか! ん? お茶とカフェは一緒か。

「じゃあまぁ行きますか」

 彼女を荷台に乗せて、ゆっくりと来た道を下がっていった。

「……ついでにホテルも」

 よっしゃとりあえず全部回ってから行こうか!!


 寮のリビングにて

『だんだんと春の息吹が芽生えてきています。最近では春一番が……』

無「もう春か……だんだんと暖かくなってくるんだよな……ふわぁぁぁぁ」

無「Zzzzzzzzz」

黒「……色無? そんなところで寝てると風邪ひくわよ」

無「Zzzzzzzzz」

黒「全然聞こえてなさそうね。まったく……」

無「Zzzzzz……んあ?」

黒「あら、起きた?」

無「ん……黒? あれ、俺……寝ていたのか」

黒「そういうこと。こんなところで寝てると風邪ひくわよ」

無「んー、分かったー……」

黒「ちょっと、色無? 寝ぼけてない?」

無「Zzzzzzz」

黒「……まったく。こんなんじゃ誰にも任せられないわね。ほら、こっちに頭を預けて」

無「Zzzzzzz」

黒「いつも私たちに優しくして……こんなにも疲れてたら、白や水が心配するわよ」

無「Zzzzzzzzzzz」

黒「今日は特別だから、私の膝枕でゆっくり……おやすみなさい、色無」


黒「おはよう、色無」

無「おはよー黒」

黒「今日は風が強くなるらしいわね」

無「そっか、じゃ気をつけないt……うわっ」

  ビュゥゥゥ!

黒「キャ!~……いきなりの強風だったわね」

無「……」

黒「どうかしたの?~急に黙って」

無「いや別に」

黒「下着が見れなくて残念だった?」

無「そ、そんなことはないぞ?!」

黒「もうあなたって人は……」

無「ご、ごめん」

黒「見たいなら見たいって言えばいいじゃない」

無「はっ!?」

黒「いくらでも見せてあげるわ、あなたになら」

無「ほ、本気で?」

黒「ええ、本気で。ただし」

無「???」

黒「見たからには……責任、とらなきゃね」


『手料理』

黒「色無」

無「ん?」

黒「料理が得意って聞いたけど、ホント?」

無「……誰に聞いたの?」

黒「白」

無「あー、そうか、そうだよね」

黒「しかも私が出掛けてる間にケーキの争奪戦まであったそうじゃない」

無「……帰って来たらケーキが綺麗になくなっててびっくりしたよ」

黒「……作って?」

無「え?」

黒「私を含めて何人かは見てもいないのよ、それって不公平だと思わない?」

無「いや、不公平とか大袈裟だと思うんだけど」

黒「材料はこっちで用意するから。というかケーキの材料は用意したから」

無「……聞いてないし。まぁ、暇だからいいけど」

無「……できたよ、というか3ホールも作らせなくても」

黒「全員にあたらないと争いの元よ」

無「争いとか大袈裟だよ」

黒「色無は、もう少し自分の立場を自覚するべきね」

無「立場って何さ」

黒「さすがの私でもそれは言えないわ」


黒「いつもうちのバカが世話になってるわね」

男「あー、まぁそれはもう世話になってますけど別に気にしてないよ」

黒「お礼といっちゃあなんだけど、今度一緒に映画でも観に行かない?」

男「だから気にしてないって……。映画?いいねぇ、もちろん黒のおごりで?」

黒「何言ってるの、女の子におごらせるなんて男として最低の行為よ」

男「結局俺持ちですか……あれ?それって別にお礼でもなんでもなくね?」

黒「私と一緒に見に行けるのよ?」

男「……つまり、お礼とか関係なしにデートがしたいと」

黒「そういうことよ。気付くのが遅かったわね」

男「うーん……いいんだけどさ、映画なんかでいいの?まぁ座ってるだけだから男としては楽なんだけど」

黒「私は映画がいい。けど色無が嫌なら……」

男「嫌じゃないよ。むしろ好きだよ」

黒「そう。よかった」

男「あ、ところで何見るの?」

黒「……愛の流刑地」

男「俺と一緒にそんなものを!?」


『好きな人』

無「黒は好きな相手はいないのか?」

黒「いきなりね」

無「昨日テレビで、好きな人に告白するとか言う番組やってたんだけど、よくわからなくて」

黒「私は色無が好きよ」

無「黒は好きだよ、友達だしね」

黒「そうじゃなくて、友達よりももっと好き」

無「?」

黒「だから、手をつないで帰ったり、お昼ご飯を一緒に食べたりしたいくらい好き」

無「そ、そうなんだ」

黒「私にこんな事言わせたんだから今日から付き合ってね」

無「いいよ、それくらいなら」

黒「それくら……いいわ、本気にさせてみせるから」

無「え?」


黒「お花見ねぇ……」

無「い、嫌だったか?」

黒「ううん。色無にしては上出来よ」

無「……何か複雑だけど、とにかく黒が喜んでくれてよかった」

 俺は先日、白のお見舞いから帰ってきた黒を花見に誘った。

黒「この桜、白にも見せてあげたかったわ」

無「ああ、そうだな」

黒「白から聞いたわ、桜の枝を病室に届けてくれたんだって?」

無「ほんとは一緒に見に行けたらよかったんだけどね」

黒「お礼を言うわ」

無「そんな、礼を言われるようなことじゃないよ」

黒「あんなに嬉しそうな顔した白は久しぶりに見たわ」

無「……」

黒「どうしたの?」

無「……いや」

黒「?」

 黒は白の話ばかりする。彼女にとって白が大切な存在であることは分かっている。

 でも……分かっていても、俺は白のことが少しうらやましかった。黒からこんなにも想われている白のことが。

無「あっ」

黒「ん?」

無「黒、髪に花びらが」

黒「え?どこ?」

無「俺が取ってやるよ……よし。取れたぞ」

黒「ありがとう」

無「それにしても黒の髪ってきれいだよな。サラサラしててさわってて気持ちよかった」

黒「ふふっ」

無「な、なんだよ?」

黒「白もね気持ちいいって言って、私の髪をさわりたがるのよ」

 また白の話……。

黒「……でも光栄に思いなさいよ」

無「?」

黒「白以外で私の髪をさわっていいのはアナタだけなのよ、色無」

無「え?」

黒「もっと言えば、異性で私の髪にさわれるのはアナタだけってこと」

無「……」

黒「なに?嬉しくないの?」

無「い、いや、スゲー嬉しいよ」

黒「じゃあ今日はしっかりおもてなししてちょうだいね♪さぁお花見の続きよ」

無「お、おう」

 白と競っても勝てそうにないけど。でも、せめて肩を並べるくらいにはなれたらと思う。

 散り始めた桜の花びらに映える彼女の黒髪は、やっぱりきれいだった。


『れんしゅう』

黒「違う! こうよ!」

無「……こうか?」

黒「そんなに遠慮してたら抱かれてる方が不安になるでしょ」

無「やっぱり難しいな」

黒「……色無は遠慮しすぎなのよ」

無「でもなー」

黒「……白が倒れた時にしっかり運びたいから練習させてくれ、って言ったのは色無でしょ?」

無「そうなんだけどな」

黒「仕方ないわね……そこの宇宙人」

灰「ワ゛レ゛ワ゛レ゛ワ゛ヴ ヂュ゛ヴ ジ ン゛ダー」

無「……扇風機の前で何を」

灰「なにお姉ちゃん」

黒「あんた色無に抱かれなさい」

無「ちょ、黒!」

黒「……言葉が足りなかった。抱き上げて運ばれる練習台になりなさい」

無「めんどくさがりの灰が言うこと聞くわけな——」

灰「いいの? やる!」

無「……なんで?」

黒「……色無はもう少し自分の魅力に気付くべきよ」


無「うわぁ〜すごい人の数だな」

黒「ほんとうね〜」

まだまだ暑い日が続くある日。俺は思い切って黒を近所の夏祭りに誘った。

「いいわよ」という黒から返事は意外なほどあっさり得られた。

無「こっちは結構勇気を振り絞ったんだけどなぁ……」

黒「何か言った?」

無「いや、何でもない。それにしても……」

黒「それにしても?」

『それにしても』である。

色無は隣を歩く黒をあらためて見た。

色(浴衣似合いすぎだろ……てか反則)

黒「何よ!人のことジロジロ見て」

無「え、え〜っと……浴衣とっても似合ってるよ」

黒「誤魔化してもダメ。本当は何て言おうとしてたの?白状しなさい」

無「いや、本当に似合ってるなぁ〜と思って」

黒「ふ〜ん。じゃ、そういうことにしといてあげるわ」

無「ふぅ」

黒「……」

無「どうしかしたか?黒?」

黒「何だかさっきからすれ違う人、すれ違う人私たちのことを見てる気がするんだけど……」

無「あぁ……」

そのことは色無も気付いていた。というかあらかじめ予想していたことだった。

ついでにその後自分に向けられる残念な視線にも……。

無「ほっとけばいいよ……」

黒「何か機嫌悪くなってない?」

無「別に〜」

黒「ほら。あ、もしかして妬いてるの?」

無「まさか」

黒「そう。こんなことなら色無が来る前にナンパしてきた人たちに着いていけばよかったかしら」

無「えぇっ!?く、黒、お前な、な、な、ナンパされたのか?」

黒「ふふふ、うーそ♪」

無「うそぉ!?」

黒「ちょっと試してみたくなっただけよ」

無「う〜」

黒「安心しなさい。あなた以外とはデートなんてしないわよ」

無「お、おう。ありがと」

黒「な、なによ急にあらたまっちゃって」

無「……」

黒「……」

無「い、行こうか」

黒「う、うん」

黒「勇気を出してOKして良かったわ」


 夜。黒は灰色のベッドを見つめている。

 ベッドの上には抱き枕。灰色はあれがないと眠れなかった。

 抱き枕をあてがわれる前は——もちろん最初に与えられた抱き枕は今より何代か前だが——姉である黒がその代わりだった。

 小学校低学年の頃までは姉にべったりで、灰色のことが嫌いではなかったが黒はほとほと辟易していた。何をしようとしてもついて回るのである。

灰が高学年になるまでは一緒の布団で寝ていた。

 その灰色は今この部屋にはいない。それは抱き枕の代わりを見つけたから。

「……なんか悔しいわね」

 妹を取られたようで悔しいのか、妹に取られたようで悔しいのか。或いはどちらもか。

 黒はよく、色無をからかった。色無は不満だったかもしれないが、好意を包み隠さずに接してくる色無が、黒には可愛くてたまらなかったのである。

 だからちょっとした悪戯。からかうと色無は怒ったが、反面どこか嬉しそうだった。それを見て黒も嬉しかった。

 幼い頃の淡い思い出。それは今思うと恋だったのかもしれない。

「さてと……」

 悔しがってばかりはいられない。例えライバルが妹であろうと、好きな男の子であろうと、身を引くわけにはいかないのだ。

 嘘をつくことは自分にはできない。そしてそのことをあの二人は望んでいないと思うから——

 黒は時刻を確認する。深夜0時。起きているとも寝ているともしれない時間。

 二人のいるであろう色無の寝室に向かって、黒は歩き出した。


 コンコン

黒「色無、いる?」

無「黒か、どうぞ」

黒「おじゃまするわね」

無「へーい。……珍しいな、黒が俺の部屋に来るなんて」

黒「そう?」

無「灰もいないのに」

黒「そうね」

無「何か用だった?」

黒「用がないと色無の部屋には来ちゃいけないのかしら」

無「そういうわけじゃないけど……」

黒「じゃあいいでしょ?」

無「まあね」

黒「……何してるの? 宿題?」

無「ああ。ちょっと今わからないところがあって、つまずいてる」

黒「ふうん?」

無「黒はわかるのか?」

黒「ふふ、私を当てにしても駄目よ。自分でやんなさい」

無「まぁ、そうくると思ってたよ」

黒「ふふ」

無「……あの、黒?」

黒「なあに?」

無「その、後ろから覗き込まれると……」

黒「何か問題でもある?」

無「問題っていうか……色々と不味いことが……」

黒「何かしら」

無「その、胸が当たってるんだけど……」

黒「私は気にしないわ」

無「いや、俺が気にするから」

黒「色無はそういうの意識しちゃうんだ」

無「まあそりゃあ男だし……」

黒「色無も例外ではないというわけね」

無「……何か黒って冷静だよね」

黒「冷静? 私が?」

無「うん」

黒「そう見える?」

無「見えるけど……違うの?」

黒「見えるだけよ。ほら、ここはこんなにもドキドキしているもの。……さわってみる?」

無「……遠慮しときます」

黒「馬鹿ね、冗談よ。本気にした?」

無「悪い冗談だな……っていうか黒、もしかして俺をからかってる?」

黒「ふふ、色無はからかいがいがあるわ」

無「あのなぁ……」

黒「……ね、もう少しここに居てもいい?」

無「いや、ていうかもう遅い時間だし……」

黒「それが終わるまででいいから」

無「そうか? まあそれなら……」

黒「♪〜」

無(……とは言ったものの……集中できねぇ……)

黒「……終わった?」

無「いや、まだ……」

黒「そう。じゃあ、まだいられるわね」

無「あ、ああ……」

黒「♪〜」

無(……ていうか終わりにしたくねぇ……)


 チュンチュン

無「ん……もう朝か……」

 もそもそ

無「……また灰か……いいかげんに……」

黒(ひょこ)

無「く、黒!?」

黒「ふふ、灰だと思ったんだ?」

無「ど、どうして……」

黒「あの子、ずるいわね。いつもこんな事していたなんて」

無「もしもーし……」

黒「だから昨日は代わってもらったの」

無「代わってもらったって……」

黒「ふふ……(ぎゅっ)」

無「ちょ、ちょっと!?」

黒「色無、好き」

無「す、好きって……」

黒「色無は私のこと嫌い?」

無「そ、そんなわけないだろ! ……ていうか、その……退いて下さい……」

黒「気にしてないから大丈夫。生理現象なんでしょう?」

無「それはその……」

黒「ふふ、可愛いわね、色無」

無(あー……もうどうにでもなれ……)


『授かり物』

無「ただいまー」

黒「おかえりなさい、遅かったのね」

無「頑張って定時に終わらせてきたのに、それはないだろ」

黒「だって、待ちきれなかったんだもの」

無「でも、有給もとったしこれからゆっくりできるから」

黒「……じゃあ、たくさん甘えるからね?」

無「いいよ」

黒「容赦なんてしないわよ?」

無「むしろ望むところだよ」

黒「そういえば、今日ご両親から電話があったわ」

無「なんて?」

黒「『孫を早くつれてきなさい』ですって」

無「……あの親共は」

黒「家の両親も」

無「……」

黒「……そういうことだから」

無「お手柔らかにお願いします」

黒「こちらこそ」


無「……?」

黒「どうしたの?」

無「いや、青と空って犬かなーって考えていたんだけど」

黒「うん」

無「そしたら、黒と灰はどうなのかな、って思って」

黒「また唐突ね」

無「そうかも。うーん、何だろう……」

黒「……ねぇ、色無」

無「ん?」

黒「にゃーん♪」

無「ちょっ、黒!?」

黒「いいじゃない。私は猫なんだから、甘えても」

無「ね、猫?」

黒「そう。孤高なフリをして、誰かに頼らないと寂しい寂しがり屋。私らしくないかしら?」

無「……かもな。それじゃ、なでなで」

黒「……」


無「やば……小テストなのに全然勉強してない……」

黒「自業自得ね」

無「黒……そんなぁ……」

黒「当たり前でしょ。それにテストってのは普段の積み重ねが試されるのよ」

無「それは確かにそうだけどさ……」

黒「言い訳はみっともないわ」

無「……ごめんなさい」

黒「わかればよろしい。ほら、教科書だして。ヤマ教えるから」

無「……え?」

黒「反省してるんでしょ?なら十分よ。代わりに放課後、付き合ってよね」

無「あ、あぁ……その、ありがとう」

黒「気にしないで。こうしてふたりきりでいるだけでホントは嬉しいんだから……」


黒「……あら、初雪。もうそんなにも寒くなったのね」

無「え? あ、本当だ。最近寒いからなぁ」

黒「そうね。暖かくしないと風邪ひいちゃうわ」

無「はは、そうだな。……黒?」

黒「何?」

無「あの、何でそんなにも近づいているんですか?」

黒「動かないで。……採寸してるから」

無「さ、採寸?」

黒「そ。寒くなる前に、セーターでも編んでおくといいでしょう?」

無「まぁ、そうだけど……って、作ってくれるのか?」

黒「当たり前でしょう? 色無は白や灰や、私にとって大切な人だから」

無「はは、なるほど……え? い、今なんて?」

黒「二度は言わないわ。……それじゃ、完成を楽しみに待ってなさい」


無「っあー!なんでこんなに宿題が多いんだ……脳使いすぎて糖分が足りないぞ……」

黒「ポッキーしかないわよ?」

無「とりあえず甘いものならなんでも」

黒「はい、どうぞ」

無「ポキポキポキポキポキ……うん、チョコうまいな。もう一本いいか?」

黒「はい、あーん」

無「ん、ポキポキポキポキポキ……」

黒「ふふっ」

無「何?」

黒「なんか、ひな鳥がえさを食べるみたいで、おかしくてつい……ね」

無「ふん、何とでも言え。ポッキーはポキポキと食べなければならないんだ」

黒「ふふっ、はい」

無「ん、ポキポ……『ボキッ!』……何してんだ?」

黒「何って少し貰おうと思って折っただけよ……ポキポキ……やっぱりおいしいわね」

無「俺の糖分を返せ!」

黒「ん……」

無「……え?」

黒「ふぁふぁふぁ、ほふぁ、はへふふぁ(訳:だから、ほら、返すわ)」

無「……なんで口にくわえたまんまなんだよ」

黒「ふぁっへ、ふぉっひーへーふはふぉふぉ(訳:だって、ポッキーゲームだもの)」

無「……わかったよ。ポキポ」

黒(ちゅっ)

無「……ポッキーゲームの意味、なくないか?」

黒「口実だもの」

無「ブッ!」

黒「……ねぇ」

無「……なんだ」

黒「……もう一回、ポッキーゲーム、してみない?」


黒「ふぅ、やっぱり温泉の素はいいわね」

灰「今日は草津の湯?」

黒「そうよ」

灰「まぁ、それは別にどうでもいいんだけど、何で色無も一緒にお風呂入ってんの?」

黒「入ってると言うより伸びてるって言った方がこの場合正しいわね」

灰「ふむ、つまりお姉ちゃんが入ってるところに色無が入って……」

黒「いいえ、その逆だわ」

灰「……この理不尽な暴力には色無に同情を禁じえません」

黒「さて、そろそろあがるわよ」

灰「はーい」

無「ぅっ……うーん……ん、黒……(ガツン)ほぁっ!?」

灰「色無……」

黒「さ、行くわよ」


無「お、振り袖?黒はやっぱり和服とか似合うなぁ」

黒「初詣行こうと思って。……い、色無も一緒にどう?」

無「……えーと、俺なんかで良ければ」

黒「なによ、色無だから誘ってあげてるのよ?」

無「いや……その……黒と釣り合わないんじゃないかなぁ……って」

黒「馬鹿ね。釣り合う、釣り合わないじゃなくて、私が色無が良いって言ってるの。ほら、早く仕度して行こ?」

無「そっか、ありがと!じゃあ準備してくるからちょっと待ってて!!」

黒「(さ、誘えたわ!か、顔赤くなったりしてなかったかしら?)」


『フタリの世界』

無「♪〜」

黒「色無、おはよ」

無「……あぁ、おはよう」

黒「ねぇ、その耳につけてるのって何?」

無「これ?ミュージックプレイヤー。ちょっと買ってみたんだよ」

黒「そう、それってiP○dみたいなの?」

無「そう、そんなやつ。まだそんなに曲は入れてないんだけど」

黒「ふーん、色無はどんな曲聴くの?」

無「じゃあ聴いてみるか?ほら」

黒「片方貸してくれるだけでいいわ……へぇ、結構きれいな曲じゃない。意外にこういうのが好きなのね」

無「……なぁ、この二人で一緒のイヤホン使うっていうこの体勢がとても恥ずかしいんですが」

黒「私は気にしてないから。それに、貴方がどんな曲が好きか知りたいもの」

無「それはそれで、嬉しいんだが……それとこれとはまた話が別じゃ……」

黒「曲変えていい?ほかにどんなのが入ってるのかしら」

無「ちょ、おい、あんまり引っ張るなって。イヤホン取れるだろ」

黒「あら、ごめんなさい」

無「離れると取れるから、ちょっと近くに寄ってくれ」

黒「……朝からずいぶんと積極的なのね」

無「何言ってるんだ?って、わ、そんなくっつかなくても……」

黒「いいじゃない、取れちゃうんでしょ?フフ……それに、貴方が近寄れって言ってくれたのよ」

無「うあ……そ、そうだけど……」

 キーンコーン……

黒「チッ」

無「あれ、今何か聞こえなかったか?……ッ!黒、ボリューム上げ過ぎだって!何も聞こえないから!」

黒「あら、私も貴方が何言ってるのか聞こえないわ。もっと近付かないと聞こえないわね……」

無「わ、お、おい、近い近い!ちょっと待った——」

先生「今日は色無と黒が遅刻か、珍しいな」

一同(全部見ていたが、何があったとは言えないッ……)


『料理、作ろうか』

無「突然だけどさ、黒って料理とかするのか?」

黒「失礼ね、一通りはできるわよ。ま、最近はほとんどしてないけどね」

無「黄緑さんにまかせっきりだもんな……」

黒「何、私に作ってほしいの?」

無「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと気になって」

黒「……いいわ、作りましょう。そうと決まったらほら、買い物行くわよ、荷物持ち。付いて来なさい」

無「げ、やぶへびかよ」

黒「働かざるもの食うべからず、ってやつよ」

黒「さ、始めましょうか」

無「なんで俺まで手伝うはめに……」

黒「一緒に作った方が楽しいじゃない」

無「はぁ、さっさと作って食うぞ」

黒「その意気よ」

無「それにしても……エプロンにポニーテールってのは、斬新だな」

黒「……そんなに変かしら?」

無「いや、似合ってる、すごく」

黒「……フフ、ありがと」

無「(ドキッ)お、おおぅ……」

 グサッ

無「——ッ、痛ぇ……」

黒「色無、指見せなさい!」

無「悪い、ちょっとよそ見してた。水で流してくるよ」

黒「止血が先よ……止まらないわね。何を見てたのよ?」

無「や、そ、それは……その……」

黒「ん?……まぁ、いいわ。そんなことより、派手に切ったわね」

無「……見た目ほどは、痛くない。げ、まだ出てる。ちょっと拭いたほうがいいかな」

黒「大丈夫よ……ぺろ」

無「がっ!!?!??」

黒「ぺろっ……ちゅっ……くちゅ、ん」

無「うあ、あ、あ、あ……」

黒「……どうしたの?血、止まったわよ」

無「おおおおお、おう、そそそうだな……」

黒「……?」

無「ほ、ほら、早く作ろうぜ、まだ途中だったろ?」

黒「……いいから、貴方は座って待ってなさい。また怪我したら危ないでしょ」

無「でも」

黒「大丈夫、ちゃんとおいしいの作ってあげるから。待ってて」

無「……すまん」

黒「いいのよ、貴方がおいしく食べてくれれば、それで」

無「ありがとな」

黒「お礼を言うのはこっちの方よ」

無「え?」

黒「さて、さっさと終わらせないと……」

無「……お礼って、何の事なんだろ」

黒「フフッ……やっぱりちょっと鉄の味がするのね。ぺろっ」

無(ブルッ。な、なんだ、この寒気は……)

 緊張していて、正直、味の上手い不味いはよく分からなかった。いや、おいしかったんだと思う。

 正面に座る黒は、やけにニコニコしていて、つられて俺も、笑っていたんだから。

黒「今度は一緒に作る?」

無「……気が向いたら、な」

黒「フフ、待ってるわ」


 パキッ

無「おう?何の音だ……って、爪割れてる……」

黒「色無、爪長すぎよ」

無「なんか、よく忘れるんだよなぁ」

黒「そういってサッカーの体育の時に足の爪はがれて血を流したのは誰よ?」

無「面目ない」

黒「自分のことでしょ、全く……ほら、切ってあげるわよ」

無「それぐらい自分でできる」

黒「ダメ、この際だからイヤってほど丁寧に切ってあげるわ」

 バチッ!バチッ!

無「うわぁあああっ——」

 パチパチ……

黒「色無、指長いのね」

無「……そうか?」

黒「短くないし、太くないし……綺麗っていうのかしら」

無「手入れなんてしてないぞ」

黒「逆にしてたら笑っちゃうわよ、女じゃあるまいし……でもね、好きよ」

無「え?」

黒「貴方の指」

無「あ、ああ、そう……なぁ、何やってんだ?」

黒「うん?割れてるところをちょっと磨くだけよ」

無「何か、くすぐったいな……」

黒「あんまり動かさない!ずれるでしょ……ほら、削りすぎちゃったじゃない!」

無「や、だって……そんなに指をにぎられるとさ……」

黒「そう……かぷ」

無「……な、んで噛むんだ、よ」

黒「はぐ……かみかみ……がじっ……」

無「痛ッ!く、ろ……」

黒「フフッ、やっと……静かになったわね……あぁ、こんなに赤くなっちゃったわ」

無「おまえが、噛んだんだろ……」

黒「そうね……ぺろっ」

無「ッ!」

黒「なんか……楽しいかもしれない……」

無「お、おい、黒さん?」

黒「安心して、ちょっと指をかじらせてくれるだけでいいのよ……」

無「だからそれがまずいんだって——」

灰「色無ー、こたつ借りるよーっていなくても使うけど……なにこのアダルティーなふいんき」

無「灰、助かったぁ……」

灰「え?なに?姉さん、目が据わってるんだけど、わ、どこ行くの、私はこたつに入らなきゃいけないのにい゛!!!」


黒「ん、やっと来たわね……用事は済んだ?」

無「あぁ。悪かったな、こんな時間まで待たせて。先に帰っても良かったんだぞ?」

黒「いいのよ、少し待ってただけなんだから」

無「先生も人使い荒いよなぁ……放課後に残らせるなんて」

黒「もう暗くなるのも早いのにね。ほら、もう夜みたい」

無「おい、まだ六時前だろ……」

黒「それじゃ、遅くならないうちに帰りましょうか」

無「そうだな」

黒「はぁ……寒い……」

無「ごめん、ずっと待たせて。身体、冷えてるんじゃないか?」

黒「ええ、ちょっとね。さすがに、日が射さないと冷たかったわ」

無「悪い……」

 ぎゅ

黒「謝らないで。私は貴方と帰りたかったから、待ってただけよ」

無「黒……ちょっと」

黒「それに、そうじゃなきゃこうして腕に抱きついたりできないし」

無「おい、だからさ、その……」

黒「暗いからできることもあるし、ね?」

無「耳元で、囁くな……くすぐったいし、顔、近いから……」

黒「あら、どうしたの?フフ、大丈夫、誰にも見えてないわよ……」

無「う、あ……ん?黒、あれ」

黒「……満月、ね」

無「雲もないみたいだ」

黒「冬の空気って冷たくて、澄んでるみたいで夜空が綺麗な感じするわね……」

無「そうだな……は、はっくしょん!」

黒「……雰囲気、ぶち壊しね」

無「や、だって……はくしゅん!」

 ぎゅっ

黒「……ほら、早く帰って温まりましょ?」


 ちゅ

黒「……何、いきなり?」

無「嫌だった?」

黒「そんなことはない。……ただね」

無「ただ?」

黒「遊びみたいな一回じゃ満足できない。するなら……ちゃんとして」

無「……悪い。そうだな」

黒「じゃあ、仕切り直してもう一回してくれる?」

無「ああ、わかった」


無「うーさむさむっ……はぁ、あったかいな、コタツは」

黒「あら、おかえりなさい。一体何してたの?」

無「雪かき。そんなに積もってはいなかったけど、せめて玄関ぐらいは、な」

黒「……また朱色さんにでも頼まれたの?」

無「いや、そんなことないぞ。誰かが滑って転ぶかもしれないし」

黒「……それもそうね。色無にしては随分殊勝なことで」

無「なんか、言葉にトゲがないか?」

黒「私をほったからかしのままにしておくなんて、さすが色無、って思っただけよ」

無「悪かったって」

黒「ま、雪が降ったからって、子供みたいにはしゃいで外に行ったわけじゃないんだし……」

無「……」

黒「貴方、まさか」

無「い、いや?そ、んなこと……ない、ぞ?」

黒(じーーーー)

無「うぐっ」

黒「……はぁ、そう。私は雪以下なのね」

無「ぐ、断じて、そのようなことは」

黒「いいのよ、無理しないでも。そんなに手が真っ赤になるくらい、遊んでたんでしょう?」

無「これは違うって!……手袋持ってくるの忘れたからさ、取りに帰るのも面倒だったから」

黒「そのまま雪だるまでも作ってたの?」

無「雪かきをしていました」

黒「フフッ、分かってるわよ。あんまり急だったから雪の喜びが手袋に勝ってたんでしょ?」

無「……悪いか?」

黒「いいのよ。手が真っ赤になるまで、頑張ってたんでしょう?お疲れ様」

 ぎゅっ

無「……冷たいだろ?」

黒「いいの。ずっとコタツにいてもう、暑かったから。ちょっと、気持ちいいぐらいよ」

無「おい、黒」

黒「ひやっ、首に当たって、冷たい……もう、なんか余計に火照ってきちゃったみたい……」

無「ちょっとちょっと!そこから先はまずいやばいって!おい、どこに手を入れるつもりだっ——」


無「あ、また雪が積もってる……通りで寒いと思ったよ」

黒「……ここ最近、妙に降るわね。おかげで登校するのに一苦労よ」

無「俺は結構、楽しいんだけどな」

黒「あのね、凍ってるところで滑っても知らないわよ?」

無「まぁ確かに、危ないっちゃ危ないけど……スケートっぽくて面白くない?」

黒「面白くない。貴方が怪我したら、もっと面白くない」

無「ん、悪かった。そんじゃ、後で氷削っとかないとな」

黒「……フフッ、がんばりなさい」

無「おう。任せとけ……って、わ、お、す、すべるっ、黒、避け——!」

黒「へ、何?……ちょ、ちょっと、こっち来るんじゃないわよ!」

 どさっ

無「うが」

黒「へぶっ」

無「……っい、たい。黒、だ、大丈夫か?……って!わっ!」

黒「……怪我はないみたい。けど、貴方、どうして私の上から動かないのかしら?」

無「そ、それは、いきなり動くと……滑るから……」

黒「ふーん、本当に、それだけ?」

無「あ、いや、その……」

黒「素直じゃないのね。ほら、折角だからもっとこっちに顔寄せて。そう、そのまま……」

 んちゅ

無「う、反則だぞ、こういうの……」

黒「何言ってるのよ。貴方が早く退かないのが悪いんでしょ?」

無「ぐ、痛いところを……」

黒「ふふ、ごちそうさま。さ、早く起きて。行きましょ」

無「……なぁ、黒」

黒「何?って、わ、えっ——」

 ちゅ

無「仕返しだ。これであいこだろ?そんじゃ、遅刻しないようにさっさと行こうぜ」

黒「……フフ、フフフッ。いいわ、今度は三倍で返してあげる……覚悟しなさい」

無「……だーかーらー、このままじゃ遅刻なんだってー!」


『ラストダンスを君と』

黒「色無、雪降ってるわよ。でも、今回はちょっと積もりそうにないわね……」

無「うわ、本当だ……明日には溶けて泥っぽくなるかな?」

黒「いっその事、積もってくれた方がまだ気が楽だわ」

無「おーい、雪かきするのは俺なんだけど……」

黒「フフ、積もったらの話よ……ん、冷たい。この分じゃ、すぐに止んじゃいそうね」

無「……」

黒「あら、どうしたの?そんなにぼーっとして」

無「いや……綺麗だなって、思って」

黒「雪なんて、最近じゃそう珍しくもないでしょう?」

無「違う、雪じゃなくて……黒のこと」

黒「……私は、白みたいに可愛くないわよ」

無「そんなこと、ないって……ただ、今はそれ以上に綺麗だった。それだけ」

黒「それだけって貴方……いきなりどうしたのよ。風邪でもひいたの?」

無「な、んでだろ……自分でも、よく……あー、なんだかだんだん恥ずかしくなってきたっ!忘れてくれ!」

黒「……嫌よ、忘れない。絶対に」

無「わーっ、うわー!なしなし、やっぱり無かったことに——え?」

黒「恥ずかしいのはお互い様よ。だから……少し、頭冷やしなさいっ!」

無「わっ、おい、押すな危ないっ!……って、タックルからいつになったら離してくれるんですか?」

黒「……雪が止むまで、ずっとよ。そうしたら、冷静になれるでしょう?」

無「その前に風邪引くって……それに、この体勢で冷静になれとか無理だって……」

黒「あら、恥ずかしいの?さっきはあんな事言ってくれたくせに……」

無「それとこれとは話が別だー!いいから、離してくれっ!」

黒「嫌、というか無理ね。私より少なくとも倍は恥ずかしがらせてあげるわ」

無「あーもー、思わず口に出しちまったんだから仕方ないだろ!」

黒「思わず、ね……そういうことは他の女の子にも思わず言っちゃうものなのかしらっ?」

無「そんなこ、と……ないぞ?って、つねるな、痛いっ!」

 雪が降りしきる闇の中、二人で寄り添う姿は、まるで拙い踊りのように。

 ぎこちないステップで、この夜を踊り明かそう。この雪が止むまで、ずっと。


『そして明日の色鉛筆より——?』

無「黒、あのさ、もし地球が明日で消滅するとしたら、最後に何する?」

黒「貴方……そんな現実逃避しないで、目の前の宿題を片付けたら? ほら、あと3ページ」

無「わかった、ちゃんとやるから。で、黒は何をしたい?」

黒「現実にありえない、そんな仮定をする必要はないわ。時間の無駄でしょ」

無「むしろ、ありえないからこその仮定なんじゃないのか?」

黒「……ほらっ! あと2ページも残ってるでしょ! さっさと終わらせなさい!」

無「いたっ、ちょ、蹴るなって。それ、パンツ見え——痛い痛い。ごめん、さっさと終わらせるから。痛いごめん」

黒「……貴方は、どうするのよ。何がしたいの?」

無「俺か? そうだな……特に何もしない、かな」

黒「あら、どうして? 貴方なら、やりたいことなんていっぱいあると思ってた」

無「まぁ、あながち間違ってもないぞ。それに、たった一日で何かしようなんて、短すぎるしな」

黒「正論ね。きっと、ひとつが終われば、他を余計にしたくなるのが普通だもの」

無「そーゆーことだ。最後だからってあれこれ手を出すのはよくない。そもそも、俺は今が一番好きなんだ」

黒「フフ。それって、今必死にやってる宿題のことかしら?」

無「ぐ、まあ、こいつは置いといて。こうして、黒となにげなく過ごす日常が、ってことだ」

黒「あら、ずいぶんと語るわね。それ、言ってて恥ずかしくないの?」

無「……実は、ものすっごく恥ずかしい」

黒「慣れないことするからよ。ま、貴方のそういうところ、とっても好きよ」

無「それ、言ってて恥ずかしくないのか?」

黒「別に。だって本当のことだもの。好き、大好き、愛してるわ、色無」

無「んなっ!?おい、からかうなって……」

黒「フフッ、耳まで真っ赤よ……」

無「頼む、ちょっとタイム」

黒「仕方ないわね。ちょっとだけよ?」

無「すーーーーー、はーーーーー……黒、ちょっとこっちに来て」

黒「何? 宿題のわからないところでも……ん、んーー、んちゅっ、ん、ぷはっ! あ、貴方……」

無「黒、愛してる」

黒「え、ちょ、ちょっと……なによ、いきなり……」

無「仕方ないだろ。俺には、こういう『なにげない日常』が一番なんだから。それに、こうなる原因はおまえなんだからな」

黒「本当に、仕方ないわね……こんな男を持つと苦労するわ。だから……責任、取りなさい……」


黒「……」

無「あのさ、とってもジャマなんだけど」

黒「勉強教えてくれって言ったくせにずいぶんなことを言うのね」

無「人の背中に寄りかかってる奴のセリフがそれか」

黒「もちろん」

無「うわー、言い切っちゃったよ」

黒「知恵を貸してあげるんだから大人しく私の背もたれになりなさい」

無「むちゃくちゃだな。あ、ここ分からないんだが」

黒「どれ……あーこれはユトランド半島。世界地理くらい暗記しときなさい」

無「はっはっは。俺は一つ覚えると二つ抜けていくのだ」

黒「笑いながら言うことじゃないわね」

無「てか、さっきから耳に息がかかってこそばゆいんだが」

黒「へぇ耳が弱いのね、いいこと知ったわ。ふーっ」

無「うお!? 覚えたものが全部抜けるからやめろ」

黒「手伝ってあげるからあとでまた覚えればいいじゃない」

無「そういう問題じゃない。放せー」

黒「いや、ふーっ」

無「ぬわぁっ!」

黒「ふふ、楽しい」


無「おじゃましまーす」

黒「いらっしゃい。さ、上がって」

無「お」

黒「ん?~どうしたの、色無」

無「いや、あそこに咲いてる花綺麗だなと思ってさ」

黒「ああ、牡丹ね。最近咲き始めたの。ほんとならもっと早い筈なんだけど……」

無「へぇ……」

黒「他に気になることでもあった?」

無「うーん、なんとなく黒って牡丹っぽいなと思ったんだ」

黒「? どうして?」

無「だからなんとなく」

黒「おかしな人。まぁいいわ。今お茶を入れてくるわね」

黒「お待たせ」

無「おう、サンキュ」

黒「はい、どうぞ。……よいしょっと」

無「ン……? んーああ、そうかそうか」

黒「何? どうしたの?」

無「さっきさ、黒が牡丹っぽいって言ったろ。黒の座り姿みてワケが分かった」

黒「……それで?」

無「なんて言ったっけ……『座りゃ牡丹』だっけ。黒にぴったりだと思ったんだよ」

黒「またそんなこと言って、何も出さないわよ」

無「いやいや、本当にそう思ったんだって」

黒「……本当に? 冗談じゃなくて?」

無「ホントにホント」

黒「ありがと、色無。嬉しいわ」

無「あ、いや。そう真顔で言われると恥ずかしいだけど……」 

黒「ふふっ……今お茶菓子でも持ってくるわね」


こんこんこんこん

無「ん?何の音だ?」

しーん……

無「気のせいか……」

こんこんこんこん!

無「!誰だ!っていうかこの音、この部屋の中から聞こえてくるぞ……けどこの部屋には俺しかいないし」

がちゃ!

黒「ちょっと色無、壁叩くの止めてくれない?隣なんだから用があるなら呼べばいいじゃない」

無「おお、黒か。それが変なんだよ。俺は何もしてないのに誰かが壁を叩いているみたいに……」

こんこんこんこん!

無「ほら!また!」

黒「これってもしかして、いわゆる……」

がたっ!

無「うおっ!?何だ!?……黒、抱きつかないでくれ」

黒「ごめんなさい、つい」

無「その顔、一応驚いてるんだ……って、これは俺のモデルガンの空マガジン?」

黒「それが独りでに落ちたってこと?」

無「いや、こいつはどこかにしまっておいたはず……誰かが取り出さない限りここにあるはずがない!」

黒「誰かって、今ここには私達しか……」

すたすたすた……

無「ひっ!?今度は足音!?本格的にやばいってこれ!」

黒「と、とりあえずこの部屋から出ましょうか」



灰「……ステルス迷彩解除、っと。ふいー、試作段階にしては上出来かな?次は無限バンダナ作らなきゃ」


 脱衣所にて

黒「……うそ」

 ○○kgを表す針。

黒「……あちゃー……夏バテで一瞬痩せたからって油断したのかな……」

灰「あら、そりゃヤバイんじゃないお姉ちゃん?」

黒「ひっ! ……もう、なんで真後ろに立ってるのよ……」

灰「ダイエット……とうとうお姉ちゃんもダイエットかぁ……世間一般の女子高生の仲間入りかぁ……」

黒「別にダイエットじゃないわ。ただ前の体重に戻すだけ」

灰「強がり言っちゃってぇー」

黒「くっ……ん?」

灰「お姉ちゃんがどうしてもと言うのなら、せめてサプリメントでも用意するけれども」

黒「……灰色」

灰「いやぁ、もちろん条件つきですけどね? そんな安くすむわけないじゃない——」

黒「……その足をどけなさい」

灰「……ばれた?」

黒「……最初から?」

灰「……最初から。あ! ごめ! やめ……ちょ、でも待ってよ! ほら! それ差し引いてもちょっと考えたほうがいいよ!」

黒「……確かに……笑ってらないわね……」

赤「厳しいよ? ついてこれるかなぁ? ……でも黒もかぁ」

黒「黒も?」

橙「……やぁ」

桃「……てへっ」

赤「この時期になると入門生が増えるんだよねー。楽しいからいいけどさ!」


黒「〜♪」

無「……ふーん、珍しいな。黒が口笛なんて」

黒「い、色無! ……盗み聞きなんて、いい趣味とは言えないわね」

無「そこは謝っとくよ……で、何歌ってたんだ?」

黒「今の曲? 題名は忘れちゃったわね」

無「何かCMで聞いた事あるような」

黒「……今の曲にはね、こんな歌詞があるの」

無「ん?」

黒「例え自分が死んだとしても、きっと君の中では生き続けるんだろう」

無「……」

黒「そう思えば、何とかやっていけそうだよ……ってね」

無「……なんだか、複雑だな」

黒「そうね。けど、悲しい事だけじゃないから。きっと……とても前向きな、幸せな曲なんだと思う」

無「……そっか」

黒「そうよ……あなたも、私の事を忘れないでいてくれるんでしょ?」

無「当たり前だろ?」

黒「そう。ありがとね(にこっ)」

無「……その顔は反則だろ」

黒「ふふ」

 たとえ、いつか別れる時が来ても……それでも、いつでも微笑みを。


灰「ふっふーん♪」

無「おはよう、灰……やけに嬉しそうだな?」

灰「へへー!」

無「へへー!?」

灰「〜♪」

無「行ってしまった……何があったんだあいつ?」

黒「おはよう、色無」

無「おう、おはよう黒。灰がやけに上機嫌だったんだけど何かあったのか?」

黒「あぁ……昨日ね、こたつを出したのよ」

無「こたつ? ちょっと早くないか?」

黒「冬服とか出すついでにね……めんどうだからまとめてやっちゃったの。暖房器具もあらかた出したわ」

無「なるほど、それでか……」

黒「あの子ったら……昨日もずっとこたつにもぐってたのよ。さすがに電源は入れないけど」

無「そうか……この時期からもうそうなのか……」

黒「で、それを見てたらなんだか私ももぐりたくなっちゃって……」

無「へぇ、珍しいね」

黒「それで、あの……えっと、言いにくいんだけどね……」

無「……黒らしくないな。どうした?」

黒「……英語の宿題見せてください」

無「なんと珍しい!」

黒「あの心地よさには勝てないわよ! 干したての布団だったし! ……色無、英語は得意だったわよね?」

無「得意だけど……他の教科に比べたらってことで。穴あいてるとこちらほらあるし。青とか緑に見せてもらえばいいのに」

黒「そこは……ふふ、やっぱり好きな人と肩並べて見せてもらいたいじゃない?」

無「……あぁそう」

黒「どうして顔を背けるの? 照れてるの?」

無「照れてない! いいから早く学校行くぞ!」


黒「それにしても、寮の裏の畑がどんどん広がってるわねぇ」

無「最初は水色の花壇だけだったんだがなぁ」

黒「いまじゃすっかり農地よね」

無「黄緑がネギや三つ葉の根っこを植えだしたのが最初だったかな?」

黒「そうね。根っこの部分も再利用しなきゃもったいないとか言い出して……」

無「そのうち黄色がカレー専用の畑を耕し始め……」

黒「黄緑はイモとかトマトとかにも手を広げてるし……」

無「黄色は黄色で最近はハーブまで……」

黒「黄緑の紫蘇やショウガもハーブと言えばハーブよ」

無「ま、そのあたりまではなんとか『ホノボノ路線』で済むんだけどなぁ……」

黒「灰色の馬鹿がたまたま見つけた4つ葉のクローバーまで栽培しちゃったからねぇ」

無「さすがにあれを売りだしたときは、朱色さんも理事長に呼び出し喰らってたね」

黒「毎回毎回、不肖の妹がみんなに迷惑かけて申し訳なく思ってるわ」

無「ま、緑化運動の一端を担えたってことでいいんじゃない?」

黒「そういう色無の前向き且つ脳天気なところが好きなのよ」

無「とりあえず、光栄です」


 「親の金で食わせてもらってる小僧が何をぬかすか!」って怒られるかもしれないけどさ、やっぱ高校生だって一週間毎朝ちゃんと起きて、それなりにまじめに授業受けて、俺の場合それプラス寮でなんやかんやと精神すり減らしてってしてりゃ、週末には結構疲れちゃってるわけですよ。

 だから日曜なんてのはね、できれば一日中寝てたいわけ。いや、何もほんとに日がな一日睡眠とるってことじゃなくてな、まあ昼過ぎには起きて、後はテレビ見ながらだらだらーっとか、漫画読みつつごろごろーって感じでいきたいのよ。

 まあでも寮生活してると、なかなかこんな、1年続けたらナマケモノに進化できちゃいそうな日曜なんて得難いもんでさ。最近はもうそれは仕方ないことだって思ってるし、「理想じゃない日曜日」ってのをそれなりに楽しめてたんだ。

 うん、でもそうは言ってもな。『同じ寮に住む黒髪ストレートの性格キツめな美少女に奴隷的扱いを受ける休日』なんてのを許容できるほどには、俺は元気が有り余ってるわけでも、働き者でもお人好しでもないんだぜ?

 なんだ? 「いや、ありだろ!」とか聞こえてきた気がするぞ? 気のせいか? 探せばいるもんなのか、『同じ寮に住む黒髪ストレートの性格と口のキツめな美少女に奴隷にされる休日』を理想とするヘンタ——おーいやいや、えー、素敵なご趣味をお持ちのマニアックな紳士が?

「いやいや、そんな紳士がいるわけねぇだろ……アホか俺は」

「ん? どうした一日奴隷色無、何か言ったか?」

「なんでもね——ないです! 何も言ってません!」

「ふーん……まあいいけどな。それより、お前やる気あるのか? さっきから全然進んでないじゃないか」

 ふん、やる気あるのか、だとぉ? あるわけあるかい! 誰が好き好んでやる気満々で奴隷ごっこなんてやるんだっての! だいたい全然進まないのはお前が重いからだし……ったくスレンダーに見えてこいつ、意外に詰まってんのな。柔らかいケツの感触でハァハァとか全然感じる余裕ねーわほんと。

「まったく愚図でのろまな馬だな。尻を叩かれないと力が出ないのか? ふう、しょうがないな……」

「うわ、待て黒っ、ああいや待ってください黒さん! スピード出しますから! 布団叩きで叩くのは布団だけにしてください!」

 まあわかってもらえるかと思うけど、俺は今黒の尻に敷かれている。これはいわゆる『恐妻の尻に敷かれるヘタレ夫』みたいな比喩じゃなく、まさに文字通り、黒は俺の背中にまたがり、父子で言うところの『お馬さんごっこ』みたいな姿で、俺を奴隷として使役しているのだ。しかしこいつ、普段が普段だけに板につきすぎな。

「お。なんだ、やればできるんじゃないか。その調子だ一日奴隷。ほら、もうすぐ台所に着くぞ、ファイトだファイト」

 

「ふう、ご苦労だ一日奴隷。さてと、飲み物飲み物……」

 そう言って黒が立ち上がると同時に、俺の体が黒の分の重力から解放される。もう四つん這いを維持することもできず、そのままべっそりと床に五体を投地。

 ああ、大丈夫かな俺の背骨。なんか若干腹側に反ったりしてそうな気がして怖いんすけど。いやそれならまだいいけど、椎間板ずれてたりとかしないか?

 膝、お前は無事か? まっ平らになったりしてないよな? 俺が自分で自分の体にせめてもの労りと慈しみを惨めに与える中、一日御主人様黒さんはさらなる命令を容赦なく下して来られた。

「一日奴隷、カルピスを作ってくれ」

「……は?」

「聞こえなかったのか? カルピスを作ってくれと言った。早くしろ、のどが渇いてるんだ。愚図は嫌いだと言ってるだろう」

 カルピスくらい自分で作らんかいボケがぁ! ……って言いたいんだけどさ。いやなんかね、ここまで当然のように奴隷扱いされるともうそんな気も起らないつーか。もう奴隷上等! っつーか。うん、そんな気になってきた。

「は、任せてください黒さん。責任持ってカルピス作ります」

 カルピスの黄金比率はカルピス:水が3:1っていうのが正解らしい。俺はあんまり厳密にやんないけど、まあ確かにそんなもんで作ってる気がせんでもない。

 でも黒の場合はちょっと違って、カルピスは薄めのほうが好みらしい。カルピス分がケチられたカルピスほど残念なものはないって俺は思うけど、こいつはこれが好きらしいから、人間ってほんといろいろだよね。だからまあ一応、黒の趣味に沿うように、ミネラルウォーター過剰気味のうっすーいカルピスにしておいてやる。

「はい、できましたよカルピス。どうぞ黒さん」

「こら、どこの世界にそのまま手渡しする一日奴隷がいる? ちゃんと床に片膝ついて、献上するという姿勢を示せ」

 うっわーこいつ、単なるごっこ遊びのつもりじゃねえな。マジだぞマジ。ってまあそんなの、馬にされた時点で気付いてましたけどね。

「で、ですよね。失礼しました黒さん。じゃあ改めて、どうぞ」

 「うん、ご苦労だ一日奴隷」と、リアルに身分が違うわけでもないのになんでこうまで尊大になれるのかという物言いで俺からカルピスを受け取り、「こくん」と上品に喉を鳴らして一口飲んだ後、何か不思議そうな顔をして、俺とカルピスをチラチラと見比べる黒。うん? なんだ? もしかして俺、なんかポカやっちゃったのかね?

「これは、かなり薄めだな……」

「お、お気に召しませんでしたでございましょうか?」

「あ、いや私はこれぐらいが一番好きなんだが……いろな——いや、一日奴隷もいつもこれぐらいで飲んでるのか?」

 なわきゃねぇだろ。そんな向こうが透けて見えるようなうっすーいカルピス好き好んで飲むのはお前だけで充分だ。俺をなめんな? 寮のみんなの理想的カルピス濃度くらいちゃんと脳みそのシワに刻みこんであんだよ。まあたいがい3:1だしな。つーか薄くしすぎて怒られんのかと思ったし。ビビらせないでくれよな。

「黒さんの好みくらいはちゃんと知ってます。だって、奴隷ですから」

「え? あ、そ、そうかそうだな。当然だな。奴隷、だからな……私の」

 ……おいおい、なんでちょっとばかりいじらしくなってんだこいつは。一連の会話のどこに頬を赤く染めなきゃならん部分があったんだよ。まったくたいして甘くもない薄味カルピス飲んで何甘くなってんだか。で俺もまたたいしてうまくないこと何平気で言ってんだか。

「ふう、美味しかった。自分で作るより美味しかったぞ。よし、喉も潤したし、じゃあ部屋に戻ろうか一日奴隷」

「あ、はい戻りましょう……あの、もしかしてまた馬ですか?」

「当然だろう。あえて答えるのもバカらしいくらいに当然だ。ほら早くしろ。尻を叩かれたくなかったらな」

 

「昨日の夜みんなで大富豪をやってな、一位で抜けた奴が色無を一日奴隷にできる権利を貰えることになってた。で、見事に私が一位抜けしたわけだ」

 食堂から黒の部屋までの再びのお馬巡業により、またしても床に五体をへばりつけてダウンしている俺に向かって、ようやく黒は今日俺がなんでこんな、キリストのパッションにも等しい受難を被っているかを説明してきた。

 なるほどそうかそうか、俺の平穏な日曜日はトランプゲームひとつでちょいと奪われたっていうわけか。……世界からトランプなんて撲滅しろ! 燃やせ! 焚書にふせバカヤロー!

「まあそういうわけなんだ。いや、私も付き合わせて悪いという気持ちはあるんだぞ? でもな、せっかくの機会だし、奴隷のいる生活を味わってみたいじゃないか」

「……21世紀の日本を生きる女子高生がする発言とは思えんな……。もう日本終わりかけだな」

 理不尽極まるとは言え、とりあえず事情が理解できたことで、一連の強制奴隷体験でヒートアップしていた俺の脳みそはようやく落ち着きつつあった。だから、考えられる中で一番無難と思われる点に適当にツッコんでおく。

 ほんとはもっと言うべきことがあるのはわかってたが、それはもうのどちんこにひっかけて留めおくことにする。黒の声色とか表情その他諸々が、さっきまでとは微妙に変わってることに気づいたから。

「でも、強制はしないけどな。さんざん馬扱いしておいてこんなこと言うのもなんだが、悪いと思う気持ちは本当にあるんだ。色無にもやりたいことぐらいあるだろうしな」

 普段相手の顔色窺ったりなんて一切しない、つーか顔色窺うって言葉自体知らなそうなこのキッツい黒が、こんな殊勝なセリフを吐くのはほんと珍しいことで。で、こいつがその性格上嘘がつけない奴だってことは、もうこれまでのつき合いでちゃんとわかってるわけで。

 そのきれいな黒い瞳から、軟弱者を射殺さんとばかりに常時放たれている強気な光も、今は心なしか威力が落ちているようで、なんか背中がムズムズしてくるほどに穏やかで、優しげで。ついでに、寂しさも2%程含んでそうで。あ、これはまったくの俺の主観だけどね。

 こいつにこんな態度に出られたらさ、もう俺が折れるしかないんだよ結局。「甘い」って言われるかもしれないけどな、普段がトゲトゲしい分、こんな風に慎ましモードになったこいつときたら、それこそ誰からも愛される性格のいい女の子が、人知れず泣いてるのを目撃しちゃった時に等しいレベルの殲滅力があるんだよ。

「まったく、そういうこと最初にちゃんと説明しとけよ。まあどうせ暇人だから、やる分には別に構わないけどな。でも、もう馬は勘弁してくれな」

「え? 本当か? いいのか色無」

「くどいようだけど馬だけは勘弁だぞ。それ以外のことならまあ……よっぽど変なことでもなきゃ、別にいいぞ。それに、黒は大好きなんだろこういうの」

「こら待て、その決めつけは何だ。私は大好きとは……ん、まあいい。よしじゃあ色無、お前は今からまた一日奴隷だ。それでいいな。まあ今更嫌なんて言わせないけどな」

 あっさりとご主人様に戻って偉そうなことを言いながらも、黒はほんの少し、わかるかわからないかぐらいに小さく微笑んだ。喜びの元は俺という奴隷を得たなんて不穏なものだったけど、どんな理由であれ、女の子が笑ってくれるのはやっぱり男としてはそれだけで嬉しいもんだ。バカにされて失笑されてるんじゃなければ。

「さてと、じゃあ一日奴隷色無、正座をしろ」

「……は?」

「お前は主人の目の前であぐらをかく奴隷が許されると思うのか? そういうことだ。わかったらほら早く正座だ」

 でまあ、さっそくこの厳しい態度でのご命令。ほんっとご主人様気質なのなこいつは。でも言われてみれば確かに、主人の前であぐらをかく奴隷はおかしいなと、変に納得したりもした。

「ふふ、聞きわけがいいな。じゃあそのまま少し待っていろ。奴隷色無を使って何をするか、私が考えてやるからな。おとなしく待つんだぞ。騒がしくしたら容赦なくしつけるぞ、わかったな」

 剣呑な言葉を口走りながら、黒はご愛用の椅子に腰掛け、机の上にあった本を手に何やら思案を始めた。『どれいであそぼ〜アメーバでもわかる奴隷取扱説明書〜』。俺の目が幻でも見てるんでなければ、そんなようなタイトルの本らしい。……いや黒、あれ買ったのか? どこまで奴隷を欲してんだよこいつは……。

 別にハナから騒ぐつもりなんてなかったが、騒いだらシメるとあえて言われてしまったから、俺にはもう目の前で奴隷取説を読みふける黒をおとなしく眺めてるくらいしかやることがなかった。

 読んでる本はアレにしても、こうやって静かに読書でもしてる分には、人間100人中97人は二度見しそうなぐらいの、正統派かつ反則的な美人なんだよな、こいつは。

 黒は部屋着とよそ行き着をはっきりと区別してないらしく、今日だって出かけるわけでもないのに、上品な感じの白いブラウスとか着て、普段はパンツルックが多いのに、珍しくスカートなんか履いてたり。

 スカートから伸びる脚は、本人の名前とは正反対に透けるように白くて、めちゃくちゃ細くて綺麗でさ。プリーツスカートの黒色がその白さを余計に引き立てて、もうほとんどあれ、陶器みたいな感じ。

 屋敷の奥深くで大事に大事に育てられた箱入りお嬢様って紹介されてもたぶん誰も疑わないと思うよ俺は。

 あの黒豹みたいな眼光と、正直者すぎる性格さえ知らなきゃね。実際あの鋭い目つきとダガーナイフばりに尖った性格のせいで、避けられたりとか敵を作ったりとかしてるみたいだしな。

 俺に言わせりゃそういう奴らはわかってないね。大損してるよ。さっきみたいに黒豹の眼光が弱まった時の黒のいじらしさも、尖ってるなりのたまの優しさも感じることができないんだから。

 「やっぱりオーソドックスなやつのほうがいいかな……」だの、「こ、これはさすがにダメだ。不健全すぎる」だのと独りごちつつ、パラパラとページを繰っていく黒。しかしあの本、いったいどんなことが書かれてんだよ……。それにもうやっぱ気になって仕方ないわ。

「黒さん、聞きたいことが。その本、自分で買ったんですか?」

「ん? ああこいつか。これは私のじゃなくて、朱色さんから借りたんだ。あの人相当読み込んでるのかな、結構くたびれてる」

 ああ、朱色さんかよ……。黒が自分で買ったんじゃなくてよかったような、でも真の持ち主を知らないほうがよかったような……。まああの奴隷取説の件については、今日が終わったらきれいさっぱり見なかったことにしておこう。

「よし、決まったぞ一日奴隷。やっぱりオーソドックスに行こう。それで文句はないな」

「いや、文句も何も、オーソドックスとだけ言われてもなんとも——」

「ほお、奴隷とは主人に向かって口答えする者のことを言うのか。それは知らなかったな」

 ……怖ええ。なんでこうまでマジなんだよこいつは。そんな野兎に狙いを定めるイヌワシみたいな目で睨まないでくれよ。

「ふふ、冗談だ。私も説明不足だしな。ほら、これだ。楽しそうだろう?」

 そう言いながら黒は、心のバイブル奴隷取説のある一点を、その白くて細い指先でビシッと指さす。

 椅子に座った女性の前に、男性がひざまづいている。男性は両手で女性の足を持ち、その足に自分の口を——いやいや、いやいやいやいやダメだろこれは。冷静に考えなくてもダメだろこんなの。どのへんがオーソドックスなんだよ。アブノーマルもいいとこだぞ。

「いや、これは力一杯アウトだ。俺は変なことはダメだって言ったぞ」

「な、そんな……こら、勝手に色無に戻るな! 今は私の奴隷なんだから、奴隷的思考をしてくれ! 私だって、色無だと思うとさすがに恥ずかしいが、今のお前はただの奴隷なんだ。これは基本だってこの本にも書いてあるし……」

 言いながら黒は、奴隷取説の別の点をちょいちょいと指さす。『基本の型。服従の証』。型ってなんだよ。要するにこの本基本からして既におかしいんだよ。とりあえず、そのことをちゃんと黒にわかってもらわないとダメだな。

「いや黒、これはだな、ダメなんだよ。違うんだよ。はっきりとは言えないけど、これはたぶん違うんだよ。だから——」

 

「ふん、なんだ。まあ最初から期待なんてしてなかったけどな。しょせん色無は色無だということか。これぐらいのこともできないで逃げるとは、この根性無し。ヘタレ男。足をなめるくらい犬でもできるというのにな。もういい、興醒めした」

 俺はたぶん間違ったことは言ってないはずなんだが、黒は黒で自分が正しいと思ってるんだろう、こういう時の黒はダイヤ並に頑固で、その分口撃も容赦なく苛烈だ。

 で、ここまで言われて黙って引き下がれるほど、俺はまだ大人にはなりきれてないもんで。普通に考えれば明らかにイケナイ行為だってわかるあの『基本の型』に対する羞恥心とか背徳感やらより、突発的怒りと男のプライドを優先しちゃうあたり、自分はほんとガキだなって思うんだけどさ。

「なんだと? ……フッ、お前のためを思ってのことだったんだけどな、さすがに犬コロ以下とまで言われちゃ、俺も黙ってられねーな。ああやってやるよ。足なり手なり、お前の望むところにやってやるよ!」

 なんて大見栄切っちまったよ。あーあ、もう退路はなくなったぞ俺。できれば黒がこの行為の変態性に気づいてギリギリセーフになる展開を期待したいとこだけど、

「まったく、逃げたり迫ってきたり、コロコロ態度が変わるなお前は。優柔不断な奴は嫌いだぞ。まあやる気になったんなら私は嬉しいけどな。じゃあほら、早くこっちに来い。一日奴隷として、主人である私の足に口づけしろ」

 なんて、またちょっと顔をほころばせて言うもんだから、俺はもう自分の言葉に責任を持つしかなくなってしまった。

 つーかこんな時にもうどうでもいいことなんだけどさ、「キス」っていうより「口づけ」っていうほうが、なんか「大人の世界」感が三割ぐらいアップするよね。あ、余計なこと考えたからますます恥ずかしくなってきちゃったぞ。

「こら、あれだけ大口叩いておいて、今更ためらうことなんてないだろう。ほら早く。主人を焦らす奴隷があるか」

 ご指摘の通り、大口叩いたくせに今更やっぱり躊躇してる俺を、黒がまた急かす。

 このままボケッとしてても、罵声を浴び続けるだけだ。何、大したことじゃないんだ。俺は奴隷だ。今日一日、俺は黒の奴隷だ。今の俺と黒の関係は、普段とは違うんだ。同じ寮に住む同級生じゃないんだ。今日一日は、主人と奴隷の関係なんだ。トランプで決められた理不尽な罰ゲームとは言っても、お遊びとは言っても、こいつは結構真剣にご主人様だ。なら俺もやっぱり、真剣に奴隷じゃなきゃダメだろう。

 無理やりな論理でなんとか自分を納得させて、俺は覚悟を決めた。椅子に座っている黒にゆっくりと近づいて、その脚の前にひざまづく。

「ふふ、やっとその気になったのか。でもさすがに待たせ過ぎだな。後でそれなりにしつけをしなきゃダメかな」

 怖いこと言ってはいたが、俺を見下ろす黒の目にいつもの黒豹の光は全然なくて、存外に穏やかだった。

 遠くから見るとかわいいと思った女の子が、接近するとそうでもなかったなんてことは、残念だけどめちゃくちゃよくある小さな悲劇の一幕。

 翻って今の俺。今までで一番近い距離で見る黒の脚は、遠目から見た時と何も違うことなんてなくて、雪みたいに白くて、すっきりと細くて、描く曲線がまたなんとなく色っぽさを感じさせる、きれいすぎる脚のままだった。

「……めちゃくちゃきれいな脚してんのな」

「え、そうか? まあたまに言われるけど、私はあまり自信はないんだ……こら、勝手に色無に戻るなって! さすがに恥ずかしいって言ったじゃないか! ほら、態度を改めろ! 今の発言、奴隷の言葉で言い直せ!」

「ご、ごめ——いやすいませんすいません! えーと、黒さんの脚、とってもおきれいですね」

「うん、いい感じに心がこもってなくて、いかにも世辞っぽさが出ていて悪くない。奴隷は主人に媚びてなんぼだからな」

 なんかお世辞だってことにされてるよ。よっぽど棒読みだったんだな俺。まあ先の一言に万感の思いを込めてたし、奴隷として言った言葉に心がこもってるってのもそれはそれでよくない兆候だよな。

 まあ黒がご主人様黒さんに戻ってくれたことで、俺としては少しやりやすくなったわけだけどね。こいつに恥ずかしがられてたんじゃ、絶対できるわけないもんな。

「え、えーっと黒さん、黒さんの脚のどの辺にしたらいいでしょうか……?」

 さっきチラッと奴隷取説の図を見た感じでは女性の足の甲にキスしてたようだったけど、いかに美脚とは言っても、やっぱり足の平には抵抗がある。いや、汚いとか、臭いがどうとか言うんじゃなくてさ、わかってくれるだろ?

 あくまで俺にはそっち系の嗜好はないわけ。たぶん、きっと、おそらく。だからやっぱり、捨てきれないプライドっていうのがあって、足の平って部分はその最後のプライドを捨てなきゃならないと思うんだな。

 俺の問いかけを受けて、黒は「うーん」と少しの間思案してから、

「そうだな……何もかも本に従うっていうのもなんかつまらないし……よし、一日奴隷の好きなところにすればいい。あ、わかってると思うけど、今お前が見えてるところの範囲内だぞ。スカートをまくり上げるような真似したら、あごにひざ蹴りを食らわせるからな」

 と、ありがたいようなそうでないようなお言葉を下された。今黒のスカートからはみ出ている範囲、つまり黒のひざ下の範囲内ならどこでもいいということらしい。つーかたとえ許可されても、そのさらに上の部位に『基本の型』を実行する勇気なんて持ち合わせてねーよ、残念ながら。

 改めて思ったけど、ひざ下って正面は骨ばっかなんだな。これなら意外に気が楽かもしれない。そんな俺の考えは、カレーの王子様甘口よりも甘かったことを、すぐに思い知った。

「あー、じゃあ、足首のあたりにさせてもらいます。いいですか?」

「ほお足首か。フェチなやつだなお前は。奴隷のくせに」

 ひざ下の中で足首をチョイスしたらなんでフェチなのかよくわからんが、そして奴隷はフェチであることも許されないのかってところがひっかかったが、満更でもなさそうだし、これで決定だ。

「じゃあ黒さん、脚、失礼しますよ?」

 そう断りを入れて、黒の右脚にそろりそろりと手を伸ばす。自分で言うのもなんだけど、俺マジで小心者。

 黒の脚に手を触れた瞬間、俺はやっぱやっちゃいけない領域に足を踏み込みつつあることに今更気づいた。

 何がダメってもう、黒の肌の手触りとか肌触りとか感触とか。ほんと見た目の印象をまったく、これっぽっちも裏切らないの。もち肌とか言うけどね、これはもうもちとか何とかのレベルじゃないよ。

 それとさ、ひざ下って正面は骨ばっかだけど、背面は筋肉ばっかなんだね。で、足首にキスをする以上、背面側に手を添えなきゃやりにくいんだ。体育の授業なんかで野郎のふくらはぎを心ならずも触らなきゃならんことはあったけど、女の子のふくらはぎなんて初めて触るわけでね。いや、何この適度な柔らかさ。こんな時にやめてほしいんだけど。野郎と変わらずカッチカチだったらまだ気楽なのに。

 女の子はみんなこんなもんなのか、きれいな脚線を持つ黒だからなのか……いやいや、もうこの際どっちでもいいって。考えれば考えるほど、泥沼から抜け出せなくなりそうだ。

「あ、そうだ。口づけしたら最低5秒はキープするんだぞ。ほんの一瞬で『はいやったー』みたいなのはなしだからな」

 ……マジで言ってんすかそれ。なんで直前になってそんなこと言いだすの? まあでもどうなんだろうな。『全か無か』じゃないけど、やっちゃったら一瞬も一時間も大した違いはないような気もする。

「わ、わかりましたよ。それじゃ、しますよ黒さん。いいですね?」

「律儀なやつだな。別に悪いことじゃないが、いちいち言わなくてもいいんだぞ。私はいつでも心の準備はできてるんだからな」

 あえて、「キスしますよ」とは言えない。「脚にキスをする」だけならいいが、これは「黒の脚にキスをする」であり、それはつまり「黒にキスをする」ってことだ。数学が苦手な俺にも、これぐらいの証明はできる。だから「キスをする」って言い方は、口が後頭部まで裂けてもしちゃいかんのだ。

 一度大きく深呼吸をして、俺は本日二度目の覚悟を決めた。黒の柔らかくて透けるように白い脚を少しずつ引き寄せながら、緩慢に顔を近づけていく。近づけば近づくほど、肌のきめ細かさとか、細い静脈的なものがうっすら見えたりで、その度に俺は数秒間、ビタ止まりのフリーズに陥った。

 救急車を呼んどいたほうがいいんじゃないかというくらい、心臓がもう大変なことになってきた。このままじゃたぶん口をつけた瞬間に俺の人生は終わる気がする。この場合はやっぱ、単なる事故死で処理されるんかね。

「こら奴隷。そんな風に口をとんがらせるのはやめろ。まるでセクハラオヤジみたいじゃないか。気持ちが悪い。もっと自然な形でできるだろう」

 もうまともに顔を見れないから、どんな顔で言ってるのかはわからないが、声の調子はさっきまでと変わらない様子で、黒は文句を言ってきた。口とんがらせてたつもりはなかったんだけどな、たぶんほんの少しでも顔自体は遠ざけようっていう意識が働いたんだろう。

 さすがにセクハラオヤジなんて言われちゃたまらない。左手で自分の口をパチンとはたき、とんがらないように戒める。

 さあ再開だ。気づけばもうあと10センチくらいのとこまで来ていた。解放までの10センチ。

 距離を詰める。ゆっくりと、でも確実に、距離は縮まってる。9センチ、8、7、6……

 心臓は意外に大丈夫だ。むしろさっきより落ち着いた気がする。ここに至って、やっと心臓に産毛が生えてきたらしい。別にいらんけどな。

 カウント、5、4、3……えっと、そろそろ目閉じたほうがいいのか? 足にする場合って、目は開けててもいいのかね?

 いや、あと3センチあるんだから、まだ閉じちゃダメだな。独断して、俺は解放までのラスト3センチを歩み出す。

 思い立って、一度しっかりと口を拭った。このきれいな脚に俺の唇の薄皮だのよだれだのをつけることになるのは、ひどくもったいないって思ったから。

 残りの距離はあっという間だった。カウントの必要もないくらいに。

 っていうよりどうやら目測を誤ってたみたいだ。思ってたよりも早く、俺の口は黒の脚に到達してしまった。思わず「むぐ」なんて情けない声を出してしまう。あ、目閉じなきゃ。

 唇で感じる黒の脚は、血が通ってるはずなのにやけにひんやりとして、きっと猿のケツ並に真っ赤になってるだろう俺の顔を、「落ち着け」と冷やしてくれてるようだった。とりあえず、赤くなってる原因はお前だと言っておきたい。

 そしてやっぱり、手で触った時と何も変わらず、つるりと剥かれたゆで卵みたいになめらかで瑞々しかった。

「ぷはっ! はあ〜あ……こ、これで満足ですか、黒さん……」

 予期してないタイミングでしてしまったから、結局時間なんて数えてなかった。俺的には結構長い時間やってた気もするんだが、こっちの世界では1秒しかたってなかったとか、さっきの状態ならありえなくないかもしれん。

「ふふ、そんな息が苦しくなるまで口づけし続けるとは思わなかったな。口もとんがらせてなかったし、まあよくやったと言っておくぞ、奴隷」

 口調はさっきと違わないんだが、声の調子がなんか変だ。黒にしてはやけに上ずってる。おいおい待て待て、まさかな。俺はさっきまではまともに見れなかった黒の顔を見上げた。

 ……こいつ、照れてやがんの。首が飛んでいきそうな勢いで思いっきり目逸らしやがったし、なんか顔赤いし。いかに正直な黒でも「私は照れてるぞ」とは言わないわけか。まあ言われてもそれこそ困るだけだが。

 もう、照れるくらいならこんなことやらすなって。そんなお前見てたら俺もまた照れるだろうが。

 でも、黒が密かに恥じらってる時間はそんなに長くは続かなかった。すぐにまたいつもの強気な目に戻って、

「うん。やっぱりなかなかいいな、奴隷のいる生活。刺激があって。じゃあ奴隷色無、次は何をしようか」

 なんてのたまった。

 その後は結構気楽なもんだった。正しい意味でオーソドックスなことばっかやらされたからね。お茶汲んだり、お菓子取ってきたり、部屋の大掃除やらされたりとか。

 まあ、ちょっとダラダラしたらケツひっぱたかれたりとか、マッサージと称してふんづけられたりはしたんだけど、精神的負担でいえば全然大したことはないレベルのことで。

 富士山レベルの山場を越えて、もうこのまま平和に一日奴隷を終えられるんだなって、そう思い始めたわけ。

 この後にエベレスト級の最後の難所が待ってるなんて、もうまったく想像もしてなかったよ。

「さてと、もうすぐ晩ご飯の時間か。一日奴隷とは言っても、まあそろそろ解放してやらないといけないな。じゃあ次で最後にしようか」

 はいついに来た、奴隷解放宣言。はあ、長い一日だったわ。馬にされ、ケツ叩かれ、『基本の型』を学ばされ。今週一週間を真面目に生きるための力を使い切った気がするよ。来週はもう寝週末決定な。

「この本によると、最後はちゃんと褒美をやらないとダメということらしい。今日一日奴隷として頑張ったことに対しての褒美だな。そういうわけだ。さあ奴隷、褒美を取らせるぞ。私を抱け」

「……は?」

「ん、不満なのか? 贅沢な奴隷だな。抱かせてやると言ってるんだぞ。これは褒美だ。遠慮なんてしなくてもいいんだぞ」

 ……まじめな顔して何言ってるのこの人? これに対してなんて言えばいいんだよ俺。「いえいえ、褒美が欲しくて頑張ったわけじゃないんで」とかしか浮かばないんだけど。

「まったくもう、最後の最後まで愚図で愚鈍なやつだ。仕方ないな、ほら」

 そう言って黒は、ぽふっと俺の懐に飛び込んできた。ぴったりと密着する俺と黒。

「本当に、主人にここまでさせるなんてな。形は作ってやったんだ、後は腕を背中と腰にまわすだけでいいんだぞ。チンパンジーでもできることだな。さあ早くしてくれ。私だけが盛り上がってるみたいで気が悪い」

 要するに、こいつの言ってる「抱く」っていうのは、「抱きしめる」ってことだってこと、みたいね。は〜、頼むわ、言葉は正確に使って欲しいわ。いやまあ完全に間違ってるわけじゃないけどさ、「抱く」っつったらね? そう思っちゃうよ高校生男子としては。

 じゃあ「抱きしめる」なら簡単にできるかっつったら、答えはオフコースノットなわけだけど。

「こら奴隷、これは確かに褒美だが、命令でもあるんだぞ? 褒美を受けるのも奴隷の義務だ。主人を焦らすなと、さっきも言っただろう」

 すぐ胸元から、そんな罵声が聞こえる。褒美を取らないから罵られるって、奴隷ってほんと不条理な身分だな。

 でもこのまま褒美を拒否し続ければ、たぶんこいつずっとこの体勢で俺を罵り倒してくる気がする。それはそれで気が滅入るし。

 まあ結局のところ、ウダウダ言わずに根性出せばいいだけなんだよな。

「……褒美、もらいます」

 それだけ言って、俺は黒の背中に腕をまわす。背中に乗せると意外に詰まってた黒の体は、腕に抱いてみると見た目の通り華奢でしなやかで、まさに黒豹って感じだった。もちろん、黒豹を抱きしめたことなんてないが。

「ふふ、やっとか。そうだ、出された褒美はちゃんと素直に受け取らないとな。どうだ、嬉しいか? 褒美は相手が嬉しくならないと意味がないからな」

 濡れたようにしっとりと艶めくストレートヘアがかすかに揺れて、甘い匂いが漂う。罵られたさっきとは打って変わって、落ち着いた声で、黒は答えるのもバカバカしいことを聞いてきた。っつっても答えなきゃまた罵られるんだろうから、

「もちろん嬉しいです」

 と答えてやった。ほんと、こんな当然のことをなんでわざわざ言わせるんだこいつは。デリカシーのかけらもないわ。

「そうか満足か、ならよかった。今日一日、奴隷としていろいろと無茶もやらせたからな……ありがとう、色無」

「いえいえ、ってお前おい、勝手に黒に戻るなよ!」

「なんだ? 主人が奴隷に許可を取る必要があるのか? そんなの私の勝手だろう。これは奴隷への褒美であり、色無へのお礼だ。わかったらおとなしくしろ。ほら手を離すな。さっき言ったが、晩ご飯の時間まではまだ私の奴隷なんだぞ、色無。まだ解放したわけじゃないんだからな」

 猛禽類の眼光と偉そうな言葉が、今までに経験したことのない超近距離から飛んでくる。いやなんか「奴隷」と「色無」の境界線があいまいになってないか? 主導権握ってるほうがそんなんじゃ困るんだよ。ああとにかくもう黄緑や、早く晩ご飯コールしに来てくれ。

 それからしばらくは俺も黒も全く口を開かず、一切無言のまま時だけが過ぎた。

 本当は何か喋ってるほうが気が紛れたはずなんだが、話す時は必ず相手の目を見るっていう黒のポリシーは、この状況では俺の心臓をメルトへと向かわせる凶器でしかない。この状況が早く終わってほしいなんて思っちゃいないが、かと言ってこのままじゃ俺の寿命は縮む一方だ。

 でもじゃあ、黒はどうなんだろう。こいつは今どんなことを考えながら、俺の腕の中にいるんだろう。思ったことはすぐ口に出す黒だから、こんなにも無言が続くことは珍しくて、俺はふとそんなことを思った。

 そんな俺の考えを見透かしたみたいに、唐突に黒が話し始める。

「ふふ、バカだな私は。はじめからこれを奴隷への命令としてお前にやらせればよかったんだ。褒美なんて気取らずに、さっさと「抱け」と命令していれば……そうすればもっと長い時間、こうしていられたんだろうな。こんな時になって気がつくなんて、私は本当にバカだ」

 俺の胸にぴったりと顔を寄せて、静かな声で自嘲気味に語る黒。俺に話しかけてるわけじゃないことは、目を合わせないことからわかった。

「……晩ご飯、少し遅くなってくれないかな」

 これも、ただの独り言。でもその声がいつになくか弱かったから、俺は

「そう……ですね」

 なんて望まれてもない言葉を返して、黒の背中に回した腕に少しだけ力を込めた。


 コンコン

黒「どうぞ」

無「黒、今日の英語——ぶぅぅぅっ! 何やってんだお前!」

黒「何って、今年の水着を確かめてるだけだけど」

無「そんなカッコんときに男を部屋に入れんなよ! 万が一ってこともあるだろうが!!!」

黒「それでも別にかまわないんだけど。アンタにそんな度胸があるわけないの知ってるし、誰彼構わず部屋に入れるほど馬鹿でもないわよ」

無「お前そのうち痛い目見るぞ」

黒「痛いのは初めのうちらしいわよ? 色無なら何回もするわよね?」

無「おまっ……あーもう、言ってろバーカ、ドS」

黒「くふふふふ。それで、どうしたの?」

無「英語の宿題でわかんないトコあんだけど、この——」

黒「私は『水着の感想はどうしたの』って訊いたのよ」

無「くっ……似合ってるよ。お前スタイルいいし髪も長くて綺麗だから、肌と髪と水着のコントラストがいい。浜辺ほバックにしたらより映えるだろうよ! これでいいか?!!」

黒「……そ、ありがと。白とお揃いにしたからちょっと地味かと思ったんだけど、アンタがそこまで褒めるならいいわ。でもね……」

無「あんだよ、これ以上——」

黒「白と比べてちょっと胸が小さいから、パットを入れようと思うんだけど、どう?」

無「知るか、そんなこと俺に聞くなよ! 黒の好きにしたらいいだろうが!!」

黒「色無の好きなのにしたいのよ。どうかしら?」

無「もういい加減にしろ! 俺は出てく! 英語は青に聞くからな!」

黒「まったく、本当に甲斐性がないんだから。じゃあ最後に……」

無「なんだ?」

黒「夏休みに入ってすぐ、海に行くから空けておきなさい。三日間荷物番させてあげるわ」

無「……ちっ、わかったよ。じゃあな」

黒「楽しみだわ。白と、私と、色無で……ふふふ」







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Last-modified: 2012-10-21 (日) 02:59:56